まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。

pivixさんに投稿していた話の区切りとは変えてあります。容量的に……
この回は8迄のお話しになってます。

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重なり合う協奏曲 ~再生の町ルインにて~

「すげ~!」
「というか、さっきもそんなこといってなかった?」
目的地は、ルーメンの祭壇のある地。
そのように伝えてあるがゆえに、移動面においては問題はない。
そもそも、センチュリオン達の祭壇の場所は、魔物達も把握している事柄。
特にシムルグ達にとっては直接にかかわりのある光のセンチュリオン。
いくらマナの逆転が起こっていようとも気配をたどるがゆえに問題はない。
先刻とは異なり、そのまま全員がその大きさのまま、ラティスの背にとのりこんでゆく。
さすがに巨体に乗るにあたり、ラティスが少し身をかがめ、ついでにその翼をもってして、
背に移動するための橋がわりに橋げたにその手羽先をつけてきたが。
空にうかび、ばさり、と再び巨大なる翼が空にと羽ばたく。
さすがに落ちるかもしれないから気をつけるように、といった台詞がきいているのか、
かがんだまま、眼下を見下ろしつつそんなことをいっているロイドの姿が見て取れる。
「……姉さんがいってたのって、このこと?」
あのときは、コレットが呼んだ、もしくはコレットを助けるために、
天が遣わした、とばかりおもっていたのだが。
その優美なる姿を目の当たりにしたときに。
しかし、実際はそうではなかった。
エミルが何かいったとともに、魔方陣のようなものからこの鳥はでてきた。
それは裏をかえせば、この鳥を呼び出しのたはエミルだ、ということ。
神鳥、とよばれし神鳥シムルグ。
しかし、エミルはシムルグは神鳥ではなく魔物だ、という。
いわれてみれば、たしかにこの鳥から感じるマナは魔物のもの。
光属性のマナを感じはするが、魔物であることは疑いようがない事実であるらしい。
だとすれば、女神マーテルに仕えているというあの伝承は?
という少しばかりの疑問がおそいかかる。
伝承では、神鳥シムルグは、聖なる鳥で、魔物やディザイアンを封じる力をもっている。
そういわれていたのに。
そのシムルグが魔物であるならば、あの伝承そのものが嘘をついているか、
もしくはマーテル教の教えが間違っているか…そんなことはありえない。
とおもうのだが。
もしくは、神鳥シムルグによくにた、シムルグ、という種族の魔物がいるのか。
そんな馬鹿な、そんな偶然があるはずもない。
それに、とおもう。
先ほどエミルがいっていた言葉。
”本当に、ヒトって自分が信じ込まされていることしか信じようとしないよね?”
”心をもって、文明を築いているもの、それすべてが僕にとってはヒトにはかわりないから”
その考えでいけば、エミルにとって天使達ですらヒト、という括りにはいるのではないだろうか。
まさか、とおもうが、その可能性のほうがはるかに高いかもしれない、と思ってしまう。
気になるのは、信じ込まされていることしか信じようとしない。
エミルは確かにそういっていた。
何を信じ込まされているのか、という疑問はある。
何かをもしかして自分達は見落としているのかもしれない。
それは再生の旅に関してなのか、それとも別の何かなのか、それはジーニアスにはわからない。
ロイドは先ほどの台詞を深く考えることなくはしゃいでいるのがみてとれる。
…何も考えていないっていうのはこういうときには便利だよね。
そんなロイドの姿をみてそんなことをふと思う。
そんなジーニアスに対し、
「どうしたの?ジーニアス?空のおさんぽ、たのしくないの?」
コレットが心配そうに、そんなジーニアスにと問いかけてくる。
「え?あ、ううん。あの、空を飛べてるってのが信じられなくて」
先ほどもそうだったが。
というか大地がもののみごとに小さくみえている。
「私もここまで高く飛べるのかなぁ?」
自分の翼にてどこまで飛べるのか、まだコレットは確認したことはない。
「でも、コレットでも全員は運ぶことできないだろ?」
「ちょっとむりかなぁ?この鳥さん達に感謝だね」
そんな会話をしているコレットとロイドの声がきこえてくる。
「この調子だと、どれくらいでつくかしら?」
「そんなにかからないとおもいますよ」

「…あれは……」
鳥の背にのりつつも、直立不動のまま周囲を見渡していたクラトスが、
ふと進行方向のさきの空をみて思わず声をつまらせる。
「あれ~?先生、あそこから先が真っ暗です。あの先だけ先に夜になってるのかなぁ」
「ありえないわ」
部分的に夜になる、などありえない。
可能性とすれば何らかの人的要因が加わっている、としか思えない。
コレットの台詞に即座に否定の言葉を発しているリフィル。
ある一点から、まるで闇のカーテンがかかっているかのごとくに、まったく先がみえなくなっている。
そして、自分達がむかっているのは、その闇のカーテンがかかっている方向。
「念には念をいれたほうがいいかもしれないわ」
いいつつも、その背にある荷物を下ろし、その中からカンテラを取り出し、
それに火打ち石にて火をともしているリフィル。
「?姉さん?」
「方向からしてルインはあの闇の先のはずよ。あの闇の中がどれだけの暗闇なのかはわからないけども。
  みる限り、太陽の光りも届いていないよう、だしね」
入った直後にまったく視界が奪われる、という最悪な可能性も視野にいれておいたほうがいい。
それほどまでに漆黒の闇が移動してゆく先に広がっている。
そうこうしている間にも、ぐんぐんその闇のカーテンは近づいてくる。
くっきりとわかれている、太陽の光りがまだ届いている夕刻の光景と、
光すらとどかないとおもわれるような漆黒の闇。
その闇はまるで何かを区切るかのように、光りと闇、くっきりとその落差がみてとれる。
「ショコラがいっていた、闇が襲う、という意味は、これなのかしら」
しかし、襲うというのが文字通り、襲いかかるように押し寄せているという意味ならば。
この闇はどんどん広がっている、という可能性がある、ということ。
「…どうやら、今、峠を越えたみたい、だな」
いつのまにか、どうやら関所のある峠は飛び越えた、らしい。
クラトスが眼下をみつつもそんなことをいってくる。
「しかし、あの闇は……」
「あれも、ディザイアンのせい、なのかな?姉さん」
「…ありえるかもしれないわね。そもそもディザイアン達が何らかのマナ。
  闇、ということは闇のマナかしら?でも闇を司る精霊シャドウは伝説上でしかないはずだし」
書物、しかも遺跡にしかその名は記されていない。
生まれ育った里にはその名は確か書物に記されていたが。
「なあ。先生。もしかして、あれも例の異常気象、の一端、なのかなぁ?」
「ロイドにしてはさえているわね。その可能性は高いわ」
何しろ砂漠地帯に雪が降っていたほどである。
その可能性は否めない。
「なら、あの闇もディザイアンのせいなんだ」
何やら勝手に思い込んだらしく、そんな会話をしているのが聞き取れるが、
まったく見当はずれもいいところ。
「あ、危ないですから、動かないほうがいいかもしれませんよ?」
「そうね。特にロイド。ジーニアス、しっかりロイドをつかまえときなさい」
「ひでぇ!なんで俺だけ名指しなんだよ?!」
リフィルに名指しされ、ロイドがすばやく抗議の声をあげているが。
「コレットはいざというとき、翼があるからどうにかなるけど。
  あなたは興奮してそのままこの鳥の背から飛び降りかねないからよ」
「そこまでいくら何でも俺は馬鹿じゃないぞ!」
「ロイドならやりかねないから姉さん、いってるんだとおもうよ?いつも後先考えずに行動するし」
さすがに付き合いが長いがゆえに、ジーニアスはロイドのことをよくわかっている模様。
きっぱりとそんなロイドの言葉を否定しているのがみてとれる。
ロイドならやりかねない、という思いを抱いているのがその言葉からも感じ取られる。
「…闇に突入するぞ」
そんな彼らの会話をききつつ、ため息まじりに、それでいて忠告がてらにクラトスが言い放つ。
と。
ボスン。
ラティスの体が闇のカーテンの中へと突入する。
本当は音などはないのだが、明るい場所から暗い場所へ。
それこそ区切りがあるかのごとくの闇のカーテンに突入したのをうけ、
何やら音がしたようなそんな感覚にロイド達は陥ってしまう。
刹那、自分達の体すら視えないほどの闇にと包まれる。
「「うわ?!」」
「うわ~。ものすごいまっくら~、あ、羽だしたら少しはあかるいかな?」
自分達が今どこにいるかすらもわからない暗闇。
足元も、自らの体すらも認識できない暗闇の中。
当然、相手の姿も、自分がどこにいるのかすらも認識できない。
「カンテラを用意していてよかったわ」
リフィルがカンテラを照らすとともに、どうにか自分達の姿だけは認識可能な明るさを取り戻す。
「つうか、この鳥って、なんで暗闇なのに普通にとべてるんだ?」
ロイドの素朴なる疑問。
ロイドにとって鳥とは夜には目がみえず、狩りをしたりするのにかりやすい。
という認識でしかない。
梟は逆に夜目がきく、であろうが。
「そういえば、鳥目ではないのかしら?」
普通、鳥は闇夜に慣れておらず、見えない、というのが定説となっている。
夜行性の鳥ならばいざしらず。
「神鳥だからじゃない?」
「ほんと、認めようとしないんだね。神鳥なんかじゃないっていってるのに」
ジーニアスの台詞に、エミルがため息まじりにぽつり、とつぶやく。
「そりゃ、たしかにこの鳥からは魔物の気配は感じるけどさ。けど、光りのマナも感じるし」
「まさか、光りのマナを感じるから、神だ、とか馬鹿なことをいうわけじゃないよね?」
「え?」
「だったら、光り属性の子達は全部ジーニアスがそういう考えなら、
  君たちのいう神の使い?とかいうのになるよ?ありえないでしょ」
たしかにエミルのいうとおり。
世の中には光属性をもっている魔物もたしかにいる。
そう文献にのっていた。
リフィルがもっていた文献にも。
「そもそも、君たちのいう神ってどういう意味があって神とかいうのか。
  いつの時代も自分達を神だ、とかいって他者を操ろうとするものは多々といたからね」
「たしかに。かつて滅んだ王国の国王も自分達は神の末裔だ、とかいっていたわね」
エミルのつぶやきに、リフィルが答え、
「神…ね」
クルシス、天界による天使への試練。
コレットの犠牲によって世界が助かる、というその仕組み。
そこまでおもい、何かひっかかる感じがするのだが、
リフィルは何が心にひっかかったのかがわからない。
だからこそ、神、という言葉を思わずつぶやいているリフィル。
「そういう人達って、かならず、口先三寸とか、もしくはもっともらしいことをいっては。
  まったく関係ないものたちを生贄、とかいって殺したりしてたんですよね」
「そうね。いい例がバラコラフ王廟後ね。あの地はかつて生贄をささげた地でもあるもの」
生贄。
世界を救うための生贄。
いわれてみれば、まさに天使の試練とは、世界を救うための生贄でしかないのでは。
そんな思いがふとリフィルの脳裏によぎる。
本当にそれしか方法がないのか。
では、その生贄でしか世界を救えない女神とは、天界とは?
今まで思ったことすらなかったが、そんな疑問が今さらながらにわきあがる。
「生贄なんかで何もかわるはずないのに。…逆に聖なる地とか穢すことになって、力を削ぐだけ。
  というのに、どうしてそれに気づかないのか」
それは精霊としての本音。
ラタトスクとしての本音といってよい。
というか、生贄などを使用し、その負の気配が高まれば、それこそ魔族達が活性化するであろう。
もしくは、負が完全に具現化するか、そのどちらか。
そもそも人の負の思念ほど厄介なものはない。
だというのに、本当に人は愚かでしかない、とおもってしまう。
この世界においては負を糧とする精霊はまだ生み出していない、というのに。
そんな会話をしている最中もどうやら完全にラティスの巨体は、闇の中に入り込んでいたらしい。
すでに先ほどまでみえていたであろう周囲の景色はまったくみることができない。
周囲をみわたせど、あたりは漆黒の闇でしかない。
「姉さんが容易していたカンテラ…灯りがなければ、まちがいなく、
  自分達は足元すらみえず、移動しようとして鳥の背から落ちてしまったかもしれないね」
周囲の闇をみつつもそんなことをぽつり、とつぶやいているジーニアス。
それほどまでにこの闇はジーニアスにとってかなり異常。
「…それに、この闇…普通の闇じゃないし。ものすごい闇のマナを感じる」
それこそ闇のマナが荒れ狂っているかのごとくに。
あのとき、火の神殿で、精霊を解放するときに集まった火のマナのごとく。
「…本当に、まったく周囲がみえないわね。今どのあたりなのかもわからないわ」
ちらり、と下をみてみても、そこにあるのは漆黒の闇のみ。
リフィルがカンテラを手にもちつつも、そんなことをいっているのがみてとれるが。
「それで、リフィルさん。えっと、ルインの街のあたりで降りてもらったらいいんですかね?」
「え?ええ。そうね」
できればマナの守護塔の近くに、といいたいが、あのあたりは山の麓。
暗闇で空から降り立ち、周囲がみえないがゆえに何かあってもかなり困る。
眼下を確認していた最中、いきなりエミルに話しかけられ、
おもわず、はっとしつつもエミルの問いに答えているリフィル。
眼下に灯りの一つもみうけられない。
それほどまでに暗闇は深い。
そこに灯りがあっても、深い闇ですぐさまその灯りの導は閉ざされている。
「というわけで。ラティス」
『了解いたしました。…しかし、本当に外に出られているのには驚きです』
「…皆と同じようなことをいうな」
思わずため息まじりにそうつぶやくラタトスクの心情は間違ってはいない、であろう。
そもそも、外にでた、というか精霊達やセンチュリオン達でも同じようなことをいっていたのだから。

真っ暗闇の中、かろうじての灯りはリフィルが手にしているカンテラひとつ。
バサバサと暗闇に、翼が羽ばたく音のみが響き渡る。
今どのあたりにいるのかすらもわからない。
まるで、暗闇の中に放り出されたようなそんな感覚にふと陥ってしまう。
灯りが届いているのはほんのわずかなる距離。
ここが上空だ、と理解しているがゆえ、灯りがみえないところに移動する、というのは危険極まりない。
まあ、移動しようとしたコレットやロイドをどうにかジーニアスが幾度かとめている光景が目につくが
と。
突如とし、何やらがくん、と下降しているような感覚がリフィル達の身に襲いかかる。
「え?」
「うわ!?もしかして力つきたとかじゃないだろうな!?」
ロイドが見当違いなことをいっているが。
「違うよ。そろそろついたみたいだよ?」
ついた、といわれてもまったくわからない。
「とりあえず、ラティス。…街道の上へ。あそこなら道しるべもあるしね」
人の目、すなわち目でみえるものでしか判断しない存在達では気配を感じることも、
周囲を心の目で視ることすらできないであろう。
それゆえの指示。
一応、主要街道らしき場所は人の手が加わっているっぽい。
右も左もわからないほどの闇の中、道でない場所におりたとしても、
彼らがきちんと街道沿いに進めるかどうかすらはなはだ疑問。
天使化しているクラトスにとっては、暗闇などは関係なかったりするであろうが。
ぐん、とした下降してゆく感覚。
それとともに、はばたきの音もこきざみにとなってゆく。
気のせいか、先ほどまでとは異なり、多少息が楽になったような気が。
そんなことをロイドは思うが、それが何を意味するのかロイドには理解不能。
もっとも、急激なる降下は人の体には負担がかかるがゆえ、
それとなくエミルがそのあたりの負担をやわらげるべく簡単に風を操ってはいるにしろ。
それは微々たるものなので、マナの流れを感じることのできる
リフィルもジーニアスも気づいてすらいない。
ふわり、とした感覚とともに、それまで移動していたと感じ取られていた風の流れもぴたり、ととまる。
「ついたようですよ?」
ついた、といわれても、周囲はやはり漆黒の闇。
「あ、ほんとだ~。この鳥さん、地面におりてる~」
コレットが下をみつつそんなことをいってくる。
「コレット、みえるの?」
「え?あ…はい。なんでかみえます~」
火の試練を解放してからなぜか視力がよくなったような気がするのは、コレットの気のせいか。
それは気のせいでも何でもないのだが、コレットはその疑問を誰にも話していない。
おそらくはこれが天使になるということの一つなんだろう、そう自己完結していたりするがゆえ。
「あ、ちょっとまちなさい」
リフィルが止めるよりも早く、翼をだし、そのまま地面にとすとん、と降り立つコレット。
そして。
「先生達もはやく~」
コレットの翼の灯りにて、ぼんやりとコレットの体が暗闇にと浮かび上がる。
ぼんやりと、その周囲が大地であることがみてとれ、ようやくたしかにどこかに着地したのだ、と理解ができる。
コレットが降りたのをうけ、クラトスもまた、背の端にまで移動し、滑り落ちるようにして、そのまま大地へと移動する。
「もう。仕方ないわ。私たちもおりましょう」
すでにコレットは降りてしまっている。
ため息をひとつつき、リフィルがいい。
「ここってどのあたりなの?」
「それは、降りてみて周囲を確認してみないとわからないわね」
ジーニアスの疑問にリフィルが答え、
「こんな暗闇でわかるものなのか?」
「道があるみたいだから、どこかに道しるべはあるはずよ」
道沿いにすすめば、かならずどこかにはたどり着ける、はずである。
「たしか、ルインって水の都とも別名いわれてるんだっけ?姉さん?」
「そうよ。シノア湖の恩恵をうけている町といってもいいわ。
  かつて、古代大戦の時代、町が壊滅してしまって、そのときに復興させた人達が、
  町の名前をルイン…古代言語で廃墟、という意味にした。というのが成り立ちといわれているわ」
「廃墟って、なんでまた昔の人はそんな名前にしたんだよ?先生」
リフィルの説明に、ロイドが信じられない、とばかりに口をはさむ。
「どんなに廃墟となっても必ず復興させてみせる。その思いをこめてつけられた。
  と文献には残っていたわね。希望は必ずある、だからあきらめるな、という意味もあるらしいわ」
どんなに廃墟となってもかならず再生できる。
その意味合いをこめての街の名である、そう伝えられている。
その街の名前の意味を今どれほどの人間達が覚えているかはわからないが。
リフィルの説明が聴こえ、クラトスとしては何ともいえない思いになってしまう。
それは、クラトスがもっとも愛した女性からきいた町の成り立ちの名。
ルインの街。
それはクラトスにとっては大切な街でもある。
アンナの産まれ故郷たる町。
「だからってなんで反対の名をつけたんだよ?そのときの人って。なら、再生とか復活とかでもいいじゃないかよ」
ロイドの言葉に
「ロイドは情緒がないなぁ」
あきれたようなジーニアスの台詞。
「む。どういう意味だよ」
何やら言い合いを始めそうな気配である。
「おりないんですか?」
とりあえず、やんわりと彼らに降りるようにと促しの言葉を発するエミル。
『それで、王。私はどうしましょうか?レティスが傍にいるようですが。私もおそばにいましょうか?』
そういってくるその言葉に思わずコメカミに手をあててしまうエミルは間違ってはいないであろう。
どこまでほんとうに過保護というか心配性というべきか。
『問題はない。我はルーメンを起こしにいくがゆえな』
どちらにしても、ここからルーメンの祭壇まではほんの目と鼻の先。
『ムー達もいるがゆえに、ギンヌンガ・ガップのほうも問題はない。
  念のために封印は強化して出てきているがゆえにな』
事実、何かあればすぐにわかるように、そちらにも意識は常にむけている。
「エミル、あなたまたその言葉のようなもの。いったいその言葉は……」
リフィルがそれにきづいて何やらいってくるが。
「とにかく。何かあればまた呼ぶから。それまで待機で」
「判りました。…くれぐれもお気をつけて」
そういうとともに、とっん、とラティスの背から飛び降りるエミルの姿。
「…さて、ヒトの子たちよ。我の背から降りないのならば、我がそのままおろすが?」
いまだに背にのったままのリフィル、ジーニアス、ロイドにたいし、ラティスがそんなことを言い放つ。
王とともにいるがゆえに、一応強制的に振り落とすようなことはしはしないが。
王がすでに降りたのに、そのまま彼らを乗せておく義理はラティスの中には存在しない。
「とりあえず、おりようぜ。ジーニアス」
「あ、ちょっと。ロイドまってよ!」
「まちなさい!…ったく」
一応は体をかがめているらしく、大地との差はあまりないっぽい。
それでもある程度の高さはあるにしろ。
恐る恐るという形でリフィルもまた、飛び降りたロイド達につづいて、滑り降りるようにして大地にと降り立つ。
「それでは、私はこれで」
全員が大地に降り立ったのをみて、そのままばさり、と飛び上がり。
それとともに、周囲に風がまいおこり、周知の土すらをも巻き込んでゆく。
バサッ。
そのまま羽ばたく音とともに、あっというまに巨鳥の姿は瞬く間にと闇にとかききえる。
その最中、青白い光が見えたような気がしたのは、リフィルの目の錯覚か。
上空において彼をもとの場所にラタトスクが送り返しただけ、なのだが。
当然そんなことをリフィル達がしるよしもない。


「さてと、エミル。ここはルインの近く、でいいのかしら?」
「え。はい」
リフィルに問われ、それは間違いないのでうなづくエミル。
「あ、先生。向こうのほうに灯りみたいなのがみえてますよ~?」
コレットがふととある方向をみて、その目の上に手をあてつつそんなことをいってくる。
事実、コレットの目にはぼんやりとうかぶ灯りがみてとれている。
が、リフィル達の視界にはそんな灯りはみあたらない。
「そうかぁ?灯りなんてな~んもみえないぜ?」
自分達の周囲以外はまったく見えない漆黒の暗闇。
普通の夜ですらここまで暗くはないであろうに、とロイドからしてみれば思わざるを得ない。
星の灯りも月の灯りもない闇、というのは初めてというべきか。
みあげたそらはどこまでも深遠の闇。
「ここでこうしていてもはじまらないだろう。
  神子がいう方向はたしかに道が続いているようだし。いってみてみてはどうだ?」
クラトスの視界にもそちらに灯りがみえている。
すなわち灯りがある、ということはそこに誰かがいる、ということ。
さらに視力の効力をあげていけば、その先にあるのはどうやらまちがいなくルインの街、らしい。
しかしそれをいうわけにはいかず、無難なところをいっているクラトス。
「どちらにしても、どっちかには進まなければいなけいのだもの。ここはコレットを信じて進んでみましょう。 
  けど、暗闇ではぐれてはいけないから、皆勝手な行動は慎むように。
  どこからいつなんどき敵が襲ってくるかもわからないのですからね」
「こんな暗闇でそんなことあるのか?」
「暗闇だから、奇襲をかけられてもわからないでしょ?僕らには灯りがあるんだから」
灯りを目安に襲いかかられる、という可能性はなくはない。
ロイドの疑問にあきれたようにジーニアスがいい放つ。
「コレットはそしてその羽をしまいなさい。ディザイアン達にみつかったら大変よ。
  彼らはあなたを狙っている、のだからね」
「はい。先生」
いまだに羽をだしたままのコレットに注意を促すリフィルの言葉に素直に従うコレット。
天使の羽をだしていれば、自分が神子です、といかにも宣伝しているようなもの。
すなわち、標的は自分ですよ、といってるにも等しい。
「では、いくか」
「しかし、ここまで暗いと今がいつなのかわからないね」
「真夜中でもこんなに暗くはないぞ?」
「やはり、ディザイアンが何かしでかしてる、のかなぁ?」
コレット、ロイド、ジーニアスの台詞。
何かあってはいけない、というのでクラトスが先頭にたち、リフィルからカンテラを預かり、その足元をてらしている。
子供達四人を真ん中にいれたのち、一番背後にリフィルがついていく形となり。
それぞれ二列ずつになりすすんでいくことに。
ちなみに、ロイドとコレット、ジーニアスとエミル、という並びになっていたりするのだが。
ロイドの真後ろにジーニアスがいて、コレットの後ろにエミルがいる、という形となっている。
一列になればそこまで灯りがとどかずに、はぐれてしまいかねない、という懸念のもと、
リフィルの提案のもと、このような隊形になったのだが。
「時計でもあればいいのだけども」
「時計って、先生、日時計も役にたたないだろ?こんな暗闇だと」
「魔科学によってつくられた時を示す道具があるのよ」
「それなら、私がもっている」
クラトスがそんな会話にわってはいり、
「あなたが?そんな貴重なものをどうして?」
「たまたま手にいれる機会があったまで」
そんな基調な品を手にいれる機会など、ありえるのか、とはおもうが。
しかし、今はそんなことをいっている時ではない。
疑問に思いはすれど。
「今の時刻はならどれくらいなのかしら?クラトス?」
「今の時刻は…」
いいつつも懐から懐中時計をとりだし、時刻を確認する。
時刻はそろそろ六時をまわるころ、らしい。
この時期、このあたりの日没は五時近くであったことをかんがえれば、
移動の最中、太陽が沈みかけていたことを考えると、どうやら一時間ばかり、
鳥の背にのり移動していた、ということに他ならない。
ちなみにクラトスにとって時計は必需品といってよい。
何しろ仕事をするのに常に秒刻みで行わなければいけないことも多々とある、のだから。
かつてクラトスがテセアラ王国に仕えていたころからの愛用品の一つ。
伊達に王家、しかも王女の直属親衛隊長を務めていたわけではない。
当時からしてみてもかなり高級品であった懐中時計なれど、
その身分からしてもっていても不思議はない品物。
もっともそんな事情をリフィル達がしるよしもないが。

「あ、灯りがみえてきましたよ」
真っ暗な中、ぽつん、といくつかの灯りが街道の先にとみえはじめる。
気になるのはなぜか武装している人々が入口付近にいる、ということだが。
もっともエミル以外その姿を認識できるのは、この場においてはクラトス、そしてコレットくらいであろう。

「先生。あそこがルインの街、なんですかね?」
「そうね…どうやら、かがり火をたいているようね」
まあここまで暗いので日常生活を送るにあたり、
かがり火などを使用しなければ、やっていけない、という理由もあるであろうが。
「なんだ、ディザイアンじゃなかったのか」
ふとこちらの姿を認識、したのであろう、一人の村人らしき人物がそんなことをいってくる。
「アルバ。どうやら旅の人らしい。宿にその旨をつたえてきてくれ」
「わかった」
町の入口にいた数名の男たち。
それぞれ手に武器をもち、何やら緊張した面持ちであるのがみてとれるが。
おもわずエミルはそのうちの一人の姿をみて目をぱちくりさせてしまう。
記憶にあるよりも、少し若い知った人物がそこにいる。
しかし、彼らは自分のことを知るはずがない。
そもそも『エミル』だと思いこんで、『ラナ・キャスタニエ』がいうように、この街にきたのはほかならぬラタトスク自身。
一人の人物が何やら声をかけられ、町の中にはいってゆくのがみてとれる。
黒き髪の男性は声をかけられ町の中のほうにはいってゆくが。
「あなた達は…」
「ふむ。どうやら町の自警団、のようだな」
リフィルがいいかけると、クラトスが彼らの格好をみてそんなことをいってくる。
「あんたたち、よくこの暗闇の中をやってきたな。
  旅業か?ディザイアンにあわなかったのは運がよかったな」
一人がそんなことをいってくるが。
「ディザイアン?たしかこの近くにも人間牧場があったのでしたわね」
リフィルがそんな男性の台詞に答え、
「ああ。先日もうちの村の村長が…いやまあ、これはいい。
  ともあれ、ようこそ、ルインへ。暗闇に覆われてからぱったりと旅業者も減ってしまってね」
「しかし、旅人をうけいれる食材の予備はあまりないのではないのか?」
そんな会話をしている男たち。
「?どういうことだ?」
その言葉を疑問におもった、のであろう。
ロイドが問いかけている姿が目にはいる。
「ああ。まあ子供にいってもしょうがないけどな。この暗闇でぱったりと行商人達の行き来も難しくなっていてな。
  かろうじて蓄えのある備蓄でどうにかなってはいるんだが」
「え、えっと、すいません」
おもわず謝ってしまうのは仕方がない。
絶対に。
何しろこれの原因になっているのはルーメン。
「エミル。あなたが謝ってどうするのよ」
そんなエミルに思わずあきれたようにリフィルがいってくるが。
「うん?その子はエミル、というのか?」
「え、あ、は、はい」
そういえば、とおもう。
アルバ達は彼らの甥のことを話しているのであろうか。
だとすれば、エミル・キャスタニエ、という甥がいる、というのを彼らは知っていることになる。
「へぇ。偶然だな。さっき連絡にいかせた、アルバってやつの妻の姉の子。
  アルバにとっては甥っ子だな。その子の名もエミルっていうらしいぞ。
  今はパルマコスタに家族で住んでいるらしいが、このご時世だからな。
  まだ一度もあったことがないとかいっていたな」
「たしかに。普通に旅をするのは一般人には危険ではあろうな」
その台詞にクラトスがうなづき、
「その格好、あんた、傭兵かい?この美人さんと子供達の護衛ってところか?」
「まあな。私は護衛に雇われている」
「なるほど。たしかに腕のたつ護衛がついていれば安心だろうね」
何やらそんな会話をしている大人たち。
一方で、
「へぇ。エミルと同じ名前の子かぁ」
「同じ名って姿とかも同じなのかなぁ?」
「馬鹿いってないの。たしかに世の中、似た人間は三人いる、というけども、
  同姓同名で、しかも姿形までそっくり、というのは天文学的な数値の確率でしかないわ」
ロイドがしみじみいい、ジーニアスが何やらいい、そんなジーニアスの台詞をびしゃり、とリフィルが否定する。
見た限り、彼らは一般、すなわち一見である旅人にさほど否定的ではない、らしい。
エミルの…ラタトスクの記憶にあるこの街の人々は、
ことごとく自分を否定し、さらには拒絶しまくっていた、のだが。
ことあるごとに、ちかづくな、だの禍の子だのいわれていた記憶がある。
あのとき、精霊としての記憶が戻っていれば、まちがいなく人間を滅ぼしていた、という自覚がありまくる。
やはり人間などは愚かでしかない、とそう判断していたであろう。
何しろ町ぐるみで自身を否定してきていた、のだから。
「あ。あの。僕、けっこう食材もってますので、一晩お世話に皆がなるでしょうし。
  その、迷惑料をもかねて食材を受け取ってもらえませんかね?」
「なんだ。あんた、食材をもってるのか?そうはみえないけど」
「…えっと……」
「とある遺跡から発掘した、空間魔法らしきものがかかっている袋をもっているのよ。私たちは。
  だからこのようなあるいみ軽装で、しかも子供をつれても旅ができるのですわ」
返答に困っていると、リフィルがさももっともらしいことをいってくる。
「ほう。それはすごいな。たしかにそういう品物がある、とはきいたことがあるが。
  しかし、たしかに物々交換は今の状態では願ったり、ではあるな。
  今はお金があっても、それを循環する手段がないからな。
  どちらかといえば、消耗品とかのほうが村人たちにとっても助かる」
いいつつも、
「この暗闇で、まともに馬車も動けないからな」
ため息ひとつ。
ルーメンのやつ、いつからこの状態にしてたんだ?
そんな疑問がふとよぎる。
「でも、なんだってこの辺りだけこんなに暗いんですか?」
コレットが首をかしげつつといかけるが。
「さあな。しかし、まちがいなくディザイアン達が何かしたんだろうよ。
  この暗闇が押し寄せてきたのは、救いの塔がみえたその直後でもあったしな」
救いの塔が出現し、再生の神子が神託をうけたのだ。
と人々が喜びにあふれていたそんな中、突如として、シノア湖のあたりが闇にとつつまれた。
その闇はじわじわと、あっというまに町をも包み込み、だんだんその範囲を広げていっている。
「教会の祭司長様は、マーテル様の加護を強めるとかいって旅業にでているしな。今は」
闇が迫りくるのをうけ、どうにもならない。
と判断し、女神の加護をうけとるために、あえて旅にとでたこの町のマーテル教会の司祭長。
「え?ピッカリング祭司長様はおられないんですか?」
その言葉にコレットが反応する。
「うん?じょうちゃんは、ピッカリング祭司長様をしってるのか?」
「えっと、おば……」
「このこの叔母達が以前、お世話になったことがあるらしくて。ところで、私たちは町にはいってもよろしくて?」
おばあさまのところに祭司長様は以前みえられてましたから。
そういいかけるコレットの言葉をすばやくさえぎっているリフィル。

――遥か昔、世界を支える大樹カーラーンは滅び、世界は天の意向により二つに引き裂かれた。
  それから長い時間をへたある時、再生の神子は大樹カーラーンにかわる新たな世界樹を誕生させる。
  そして、二つの世界、シルヴァラントとテセアラも一つの世界となって生まれ変わったのであった。
  新時代の幕開け、と誰もがおもったわ。けど……

この地で、マルタからあのとき、そのことをきいた。
そのときに何か違和感を感じなかったといえば嘘になる。
思わず、天の意向なんて違う、といいたかったあのとき。
記憶にある町と今のこのルインの街は何かが違う。
よくよくみれば、見慣れていた像がみあたらない。
そういえば、ロイド達が街を復興させたとか何とか当時、この街の人がいっていたような気がするが。
ならば、今の時間帯からしてまだそれをロイド達は成していないのであろう。
かつての記憶をふと思い返していたが、どうしても町の人々のあまりにも何ともいえない
排除しようとする態度がしっかりと思い返されてしまい、人に対し、何ともいえない気持ちが押し寄せてきてしまう。
…考えないことにするか。
とりあえずかるく首をふり、当時の記憶を振り払う。
エミルがかつてのことを思い返しているそんな中、
「かまいませんよ。しかし、さっきのなら何かがとんでゆく音はディザイアンでなかったのかな?
  あんたたち、ディザイアンにあわなかったんだろ?」
「ええ。ここにくるまで出会ってないわね」
「運がよかったよ。そもそも灯りを目安にしてディザイアン達はよく襲ってくるからね」
「とんでゆく音って?」
「音からしてまたディザイアン達が飛竜をもちいてどこかに移動したんじゃないか。
  という懸念からこうして俺達はここで監視していたんだよ。
  …もっとも、本当にディザイアンだったらこんな武装は意味もないんだけどな」
ジーニアスの台詞に、自嘲気味にこたえてくるその男性。
翼の音、という台詞をきき、リフィルとクラトスは思わず顔をみあわせる。
おそらくそれは、自分達がのってきた鳥の羽音であることは想像にかたくない。
暗闇であったがゆえに、どうやらこの街の人々には、鳥にのって移動してきた。
というのは認識されてないようではあるが、今後は考える必要せいがありそうである。
ディザイアンが、またあらたな飛行手段をとっている、と思われても面倒極まりない。
まあ、あのシムルグを使用するにあたり、別の懸念もある。
マーテル教の教えにある神鳥を使用していれば、再生の神子だ、といってるようなもの。
エミルは神鳥ではない、その鳥からも否定の言葉をもらってはいるが、
一般的な認識は、その特徴から神鳥シムルグだ、とおもってしまうであろう。
ここまでは急ぐがゆえに乗せてもらうにはもらったが、今後は自粛したほうがよさそうである。
すばやくそう脳内でそう判断したのち、
「それは仕方ないわ。相手はディザイアンですもの。
  それで、この街の宿、私たち全員がとまれるかしら?一つの部屋でもいいのだけど」
「今は闇によって町からでれなくなった人もいるからな。
  何しろ右も左もわからない状態で外にでる、というのはあるいみ自殺行為だしな。
  まあ、この暗闇の中でもやってきた根性ある旅業のものをないがしろにはしないだろうよ。
  お、アルバのやつがもどってきたな」
みれば、アルバ、と呼ばれた…エミルにとってはみおぼえのありすぎる男性が、
こちらにむけて戻ってきているのがみてとれる。
「どうだった?アルバ」
「この暗闇で旅業者がきたことに驚いてはいたようだな。
  あんたたち、大人二人に子供が四人。全部で六人でいいのかい?
  それはそうと、その背後の巨大な動物もどきはなんだ?」
「む。ノイシュは犬だぞ!動物もどきって失礼な」
「…ノイシュを犬、といいはるのはロイドだけ、だとおもうけどな~。僕」
ぽつり、とジーニアスがそんなロイドに何やらいっているが。
今のこの子の種族はアーシスなんだけどな。
思わずそんな会話をしつつ、内心で突っ込みをいれるエミルは間違ってはいないであろう。
どこをどうみたら犬、といいきれるのか理解不能でもある。
きゅぅ~ん
ロイドの台詞をうけ、おもいっきり背後でノイシュがうなだれているようではあるが。
「もし、このノイシュを休ませるところがないなら、僕は外で野宿でもいいですよ?ノイシュを一人にはできませんし」
そんなエミルの台詞に。
「エミルがそういうなら、先生、私も野宿でもいいです」
「コレット、あなたはしっかりと体を休ませる必要があるわよ」
コレットの台詞に即座にリフィルが訂正をいれている。
「まあ、馬屋でよければ、たぶんあいてるとはおもうよ。アルバ、案内してやってくれ」
「はいはい。それはそうと、お前はエミル、というのか?」
「え…あ、あの、は、はい」
やはり違う名にしておけばよかったかもしれない。
が、今さらどうにもできないし、
それに何よりこの世界においてエミルという名は、自分にとってもかなり大切なものになっている。
だから、過去に戻ったときも、エミル、という名を使うことにためらいはなかった。
「うちの妻の甥っ子と同じ名なんだな。フロルはいつかパルマコスタにいってみたい。
  というが、このご時世で旅業なんてもってのほか、だしな」
フロル、とは彼の妻でもあり、かつてエミルが叔母とおもいこんでいた女性。
しかし、今の彼らは当然エミルのことを知るよしもない。
そもそも、この時代では、まだパルマコスタの血の粛清、とよばれたあの事件は起こっていない。
名をよばれると、かつてどなりちらされ、意味もなく叩かれていたことを思い出してしまう。
一応、扉を封印し、さらには理をかえるにあたり、彼らにお別れの挨拶をかねて、
分霊体をつくりきちんと報告というか戻ってこれない、という意味と、
自分が彼らのおいではなかった、ということは説明に出向いたにしろ。
そのとき、たしかこの街はディザイアンに壊滅させられた、というようなことを確かフロルはいっていた。
しかし、今そんな気配はこの町からは感じられない。
だとすれば、これから起こる、ということなのだろうか。
自分がここにいる以上、同じようなことになるかどうかはわからないが。
しかし、念には念をいれておいたほうがいいかもしれない。
「世界の再生がなされれば、おのずといく機会もできるだろう」
クラトスのそのものいいに、
「たしかに。しかし、神子様はいったいどこにいるのやら。
  救いの塔が現れた、ということは再生の旅にでているのだろうが。
  神子様が本当にいるのなら、この街の実情をどうにかしてほしいものだよ」
「まったくだ。こう暗闇がつづくと今後どうなるかわかったもんじゃない」
「え、えっと。その、頑張ります」
「ん?お嬢ちゃんにそういわれてもね」
そんな男たちの会話に、コレットがそんなことをいっているが。
よもやコレットがその再生の神子とよばれし本人だ、とは夢にも思っていない、らしい。
「ともあれ、宿に案内するよ。こっちだ」
「ノイシュを預けられる場所も宿のちかくなのか?」
「まあな。ここはマナの守護塔があるがゆえ、旅業者の馬車馬を休ませる宿舎も一応はある」
閉鎖されている、とはいえ、熱心な信者はマナの守護塔を近くで少しでもみようとする。
ゆえにそういった設備は一応、唯一といってもいい宿場町でもあるので整えてある。
「とりあえず、宿に案内するよ」
「お願いするわ」
「この暗闇でここまでたどり着いたんだ。特に子供達は疲れてるだろうしな」
「そうね」
「え?でも先生、お……」
「はいはい。お腹がすいたのね~?少し待ちなさい」
俺達、空とんできたし、といいかけるロイドの台詞をすばやくさえぎるリフィル。
空を飛んできたとかいって下手に町の人の警戒心をあおる必要はない。
この暗闇では、おそらく町の人々はかなり疑心暗鬼になっているはず。
下手をすれば旅業をよそおったディザイアンの仲間、とかいって襲われかねない。
念には念を。
それがリフィルのだしている結論。


「しかし、闇の被害は予想以上に深刻、ね」
宿の部屋をあてがわれ、ひとまず一部屋にと集まって今後の相談。
エミルはといえば、町の人に食材をわたしてくるから、といって今この場にはいない。
何でもけっこうな量を袋にいれてはいるが、使い道があまりないから、
必要としている人にわけたほうがいいから、というのが理由、らしい。
「町の人がいう話しをまとめてみたよ」
宿にはいり、宿の主人に話しをきいたところ、この闇は、救いの塔がみえたその直後。
というか救いの塔がみえて数刻もしないうちに始めはシノア湖のあたりから発生した、らしい。
そのあたりでよくディザイアン達の姿をみていたこともあり、
ディザイアン達が何かしでかしたのであろう、という認識であったのだが。
しかし、時とともに、闇はどんどんひろがっていき、今ではみてのとおり。
空を移動してきたからよくわかる。
くっきりと、闇に覆われている地とそうでない地の落差は激しい。
「ディザイアン達が、闇のマナに関する何かの研究でもしてる、のかな?」
調べてまとめた内容を見返しつつ、ジーニアスが首をかしげる。
「それか…コレットをマナの守護塔に近づけさせないためにあえてこの地を闇で覆った、とも考えられるわ。
  ドアはディザイアンに通じていたわ。そしてスビリチュアの書のことも当然、ディザイアン達は知っていたはずよね?
  もしかしたら、偽の神子一行に書物をわたしたのも、コレット…
  本物の神子に再生の書をみせないがためにわざとだったのかもしれないわ。
  偽物が書物を必要としないのは誰でもわかるでしょうし。
  ならば、どこかに売り払う可能性が一番大きいもの。
  そして、その売り払う先は、どうみても教会と結託している…」
「あの、コットン、とかいう人だね。旅業代理店と絶対にあの人間ってつるんでるよね」
可能性をあげればきりはない。
しかしその可能性は否めない。
再生の書がなければ、次に必要とするであろうは、マナの塔にあるであろう書物。
が、そこに近づくことすらできなくなれば、懸念は少なくなる。
そこに闇のマナの実験、という名目などをもってくれば、今の現状はわからなくもない。
真実はまったく異なっているのだが、リフィル達がもっている情報からすれば、
どうしてもこの現象はディザイアン達に結び付けてしまう。
そもそも、マナが涸渇している、という理由すら、ディザイアン達がマナを消費しているから、と信じている、
否、信じ込まされている、のだから。


「しかし、あそこまで感謝されるとは……」
――エミル、また戻ってきたのか。この疫病神が。
――甥っ子とはいえアルバもとんだ厄介ものを引き取ったものだよ。
かつて自分にそんな言葉を投げかけていた男たちがまったく逆の言葉。
よもや感謝の言葉を投げかけてくるとは。
眠りにつくまでの記憶の上書きのせいか、はたまたこの街にやってきたからか。
記憶の上書きについてはかの時間のことは上書きなどされているはずがないのだが。
あの短き時間の出来事が鮮明に思い出される。
とりあえずありったけの食材は町にと渡しておいた。
あとは町の人々がどうにかするであろう。
この食材をつかって腕を振るう、といっていた中にフロルの姿もみてとれた。
ほんとうに嫌な子だよ。
そういっていたフロルですら感謝の言葉を投げかけてきたときは、おもわず乾いた笑いしかでなかったが。
人間、あそこまでかわるのか、と思わず実感してしまったほど。
まあ、事実、あのときのあの水の異常は自分にあるといえばあったのだが。
正確にいうならば、アクアが完全にマナの調整たる仕事をほうっておいた結果
あのようなことになってしまっていたのだが。
アクアもヒトなどどうなってもいい、とあのとき間違いなく思っていたのであろう。
でなければ、人は水がなければいきていかれない。
にもかかわらず水のマナの調整をまったく放り出すなどありえない。
最も、リヒターにはそのことをまったくもって伝えていなかったようではあるが。
それは過去の、否、この時間軸からしてみれば未来の記憶。
「それで、王、どうなさるのですか?」
周囲にはすでに人の気配はない。
食材をえて、騒ぐ村人の間をこっそりと抜けてきた。
おそらくリフィル達は自分が街の人達の手伝いをしている、と思っているであろう。
かといって、彼らがともにいれば神殿にいくのすらあるいみ危険。
そもそも、今から迎えにいくのはルーメンであり、
おもいっきりクラトスとは面識があるセンチュリオンであるのだから。

そのまま闇にまぎれ、森の中へ。
周囲は漆黒の闇に包まれているが、ラタトスクにとっては関係ない。
そもそも、見えるものでしか判断しないのはヒトくらいなもの。
肩にのりしレティスがそんなことをきいてくるが。
「ひとまず、ルーメンのところにいくぞ」
シノア湖にある洞窟がたしかルーメンの祭壇に続いていたはずである。
それはあのとき、自分にとっては初めてヒトに…アルバに反抗した始めの一歩。
そして、自分を取り戻す旅の始まりでもある地。
「?こちらに入口があるのですか?」
「地底洞窟がある。そこから祭壇にいけるからな」
「そうなのですか」
王がいうならばそうなのであろう。
それゆえにレティスは何の疑問も感じない。
たしかこのあたりは、かつて人間達が光の祭壇をつくっていたはずである。
それをレティスもまた思い出す。
「まあ、たしかシノア湖にうもれて、ヒトはその洞窟の存在をしらない、だろうがな」
あのときは、アクアがマナの調停をしなかったがゆえに
水がひあがってあの洞窟がヒトの目にとまることになっていた。
「ついたな」
そんな会話をしている最中、眼前に広がるちょっとした広さをたたえた湖。
シノア湖、とよばれし場所。
今はなみなみとした水を湛えており、この奥によもや洞窟がある、など夢にもおもわないであろう。
いくつかの小さな船が湖の上にういているのがみてとれる。
「レティス。お前はどうする?」
それによって、そのままいくか、それとも道をつくるか、どちらかになるであろう。
「お供いたします」
それは即答。
「しかたないな。いくぞ」
どうやら待っている、という選択肢はないらしい。
ため息をひとつつき、そのまま一歩、足を進めてゆく。
それは普通からしてみれば信じられない光景、であろう。
エミルがそのまま湖に足を踏み入れるのと同時、
しかしそのままエミルは湖の上を普通の大地よろしく歩いてゆく。
目指すは湖の奥にとある洞窟の入口。
すたすたと湖の上を歩くことしばし、やがて、すっとエミルが意識するとともに、ざっと水が割れ、水の階段ができあがる。
その階段は、地底にとある洞窟にいざなうようにと出現する。
すこしばかりマナをいじり階段を出現させただけのこと。
そのまま水の階段をおりきり、洞窟の中へ。
この洞窟は常に光のマナが停滞しているがゆえ、基本的に水は入り込まない。
かつては光の神殿、としてあがめられていた地。
もっとも、かの戦いより後、人はこの地のことを忘れ去ってひさしいようであるが。
石でつくられし階段をおりてゆく。

――いいか、ああいうムナクソ悪いやつらはこちらが声をあげなければどんどんつけあがる。黙っていても何も解決しないんだ!

ここにくると、あのときのリヒターの言葉を思い出す。
たしかに、人は相手が何もしてこない、となればどんどんその行動を過激にしてゆく。
記憶を失っていたあのときは、ともかく目立たないように、というのを心がけていたような気がする。
――誰かに従属しているような態度はよせ。もっと自分を大切にしろ。
あのときのリヒターの心がまさに彼の心情、であったのであろう。
思えばあの時の彼は、戦闘の仕方すらしらなかった自分にいろいろと教えてくれていた。
姿がアステルのそれだ、という理由があったにしろ。
そもそもアステルの姿をとったのは、人の姿になるにあたり、
すぐにおもいつく姿がアステル以外になかったから、といってもよい。
あのとき無意識のうちにぱっとおもいついたのがアステルの姿であり、
だからこそ無意識のうちにアステルの姿を模した。
あのとき、感情のまま、アステルを殺すことなく、人を見限りはしてはいても、
世界をはぐくみしものとして、そのまま彼らを追い出していればまた違ったのかもしれない。
そして二度と人が踏み入れないように結界を強化してしまえばよかった、のかもしれない。
が、あのときはそんなことはおもわなかった。
大樹との繋がりが完全に断ち切られているのに気付き、みれば、まったく異なるしかも力なきものが大樹となのり、
それを護りし気配は自らが信じた人の姉弟であったことも大きかったとおもう。
結局、あの姉弟は人を信じる、といったまま自ら滅びの道をたどってしまったが。
世界を護る、というその認識が薄いままに。
結果として大樹のかわり、という自覚がないままに滅びを選んだあのユグドラシル。
ここではそんなことはさせない。
気になるのは、数多の少女達の精神融合体であったというマーテルのありよう。
だとすれば、種子に数多なる人の精神体が入り込んでいる可能性がはるかに高い。
まずはそれらを全て内部より浄化、もしくは昇華させる必要がある。
内部にいるであろう少女達の魂が転生を望むのか、それとも消滅を望むのか。
それは接触してみないと何ともいえないが。
このまま大樹を蘇らすことなく、しばらくかつてのデリス・カーラーンのように、
自らがこっそりと大樹の変わりとして行動しておく、という方法もなくはない。
あまりにもかつて人が愚かなことをするので、枯れたカーラーンをそのままに、
そのマナの変換役割は自らが担ってディセンダーとして表にでていたあのときのように。
というよりそのほうがはるかに地上の負などを取り込んでマナに変換し、
新たな世界を構築する、というのにも役立ちそうな気がする。
それはもう果てしなく。
人の欲ははてしない。
その欲によって生まれ出る負たる感情もまた然り。
あのときのように、完全にマナと切り離した世界にするか。
それとも、マナを継続させたまま、マナを制限するか。
その決定はまだどちらともついていない。
どちらにしてももしも切り離した世界にするのならば、
別なる惑星を生み出して、精霊達全員をそちらに移動させなければ、まちがいなく、人は同じ過ちを繰り返す、であろう。
まあ、原子や分子のみで文明が発展していった先もまた滅びを導く兵器をヒトは開発するであろうが。
その前に魔界そのものを一つの惑星として移動させてしまうべきであろう。
彼らが彼らのままでいられるような理をもった惑星を生み出してしまえばよい。
それこそもといた時間軸のように。
と。
「こんなところにおられたのですか」
ふと聞きなれた声がする。
「テネブラエか」
虚空より聞こえる聞きなれた声。
それとともに、目の前の空間が歪み、見慣れた姿が出現する。
闇をまといしセンチュリオン・テネブラエ。
「命じたことはすんだのか?」
「は。エルフの里にいってみましたが、やはりあの本を狙いし間者が入り込んでいた模様。
  念のためにエルフの長老に話しはしましたが、彼らがどうでるか、ですね」
あれについてはまだどうするか決定打に欠けていたので先送りをしていたのだが。
どうやら命じるまでもなく、テネブラエのほうで行動をおこした、らしい。
らしいが。
「エルフ達はあてにはならんだろ。あいつらは、かつてとはちがう。
  いつのまにか、彼らは事なかれ主義となってしまっている。
  それこそ、世界がどうなろうが、自分達にはかかわりはない、とばかりにな」
本気であてにならない、とおもう。
話しをきいても、関係ない、とばかりに傍観するような気がする。
どうしてそんなことになってるのか、という原因を突き止めようとすらせずに。
「あ、ラタトスク様!・・・げ。陰険!?」
それとともにもう一つの声がする。
ふとみれば、虚空より出現したアクアがテネブラエの姿をみて何やら身構えているのがみてとれるが。
「いっとくが、言い争いをするならお前達には反省するまで傍にいることを禁じるぞ?」
「「そんな!?」」
ものの見事になぜか異口同音で悲鳴に近い声が二柱より発せられるが。
「いえ、あの、王?それはすこしかわいそうなのでは……」
こういうあたりはこの二柱は本当に気があっている、とつくづくおもうのだが。
そもそも、一字一句まちがいなしに、同時に否定の言葉を紡ぐこともしばしば。
レティスが肩より彼らを援護する声を発しているが。
レティスからしてみれば、センチュリオン達は上司にあたり、ないがしろにはできはしない。
「こいつらが言い合いをはじめたら終わりがないからな。
  それで、アクア?海底にあるというかの施設の様子はどうだ?」
ひとまず命じていた結果を聞かなければどうにもならない。
「はい。なんでか人間達は海底に建物をつくって、
   かつてのテセアラで量産していた精霊石を穢す実験を繰り返しているようです。
   それだけでなく、あの……魔血玉デモンブラッドの製造まで手掛けているようで」
言葉を濁しつついってくるアクアの報告は厄介きわまりないもの。
そういえば、とおもいだす。
かつて、ハイマの地にてあったあの石。
あのときの自分はあれが何かはわからなかった。
わからないままにあれを壊したが。
それこそ無意識のうちにマナを使って。
「いつの時代もヒトとは愚かな。その力をつかいし、また再び魔界との扉を開こう、というのか」
もう呆れざるをえない。
どうしていつの時代もヒトは同じようなことを繰り返すのであろうか。
「その装置とおもわれしもののプログラムを書き換えが必要だな。ふむ。アクア。トニトルスに繋ぎをとれ。
  お前とあいつの力ならばミトスに気づかれることなく、また第三者に気づかれることなく、プログラムの書き換えは可能だろう。
  空間を内部に繋げるように、といっておけ。
  ヴォルトより分霊体の一部を預かり内部にいれてプログラムそのものを支配下におけばいい。
  あと、魔導砲のほうは……そうだな。近くのヒトドモからのみ使用可能。とでもすれば問題はなかろう」
少しは問題はあるかもしれないが、それは力を利用とした人間達の自業自得というもの。
かの施設に入り込むことにより、何をたくらんでいるのかより鮮明にわかるはず。
ミトスがそれを命じているのか、それとも他のものが暴走しているのか。
「無理やりにつかまってた人達はどうしましょうか?
  なんか、グラキエス達がいうには、同じような施設において、ラタトスク様。微精霊達を解放されたらしいですけど」
どうやらあの地にある精霊石達をどうするのか、という確認をこめて戻ってきたらしい。
たしかにパルマコスタの人間牧場では自ら手を下したが。
どうも他の施設においてもあきれることに同じようなことをしでかしている、らしい。
「……ソルム」
「ここに」
名を呼ぶと同時、目の前の空間がぐにゃり、と歪み、すぐさまソルムがあらわれる。
少し大きめの亀のようなその姿。
「幻影をまとい、アクアがみつけたという施設に潜入しそこにいるものたちから情報をききだせ。
  が、無理は禁物だ。魔血玉デモンブラッドも製造している、となるともしかしたら魔族が絡んでいる可能性もあるからな。
 お前のほうはどうやら力の回復はかなりできているようだが。
  テネブラエ。念のためにお前もついていけ。いざとなれば闇を使用し撤退しろ」
シルヴァラントの地にしろ、テセアラの地にしろ負は充満している。
その隙をみてあまり力なき魔族が呼び出されていてもおかしくはない。
そもそも、いくばくかの魔族達は、かの争いのときにこの地にやってきていた、のだから。
それこそリビングアーマー達に呼び出された結果、
たしかまだこの地上にのこされていた魔族も少なからずいたはず、である。
最も、中にはヒトとともに暮らすことをきめた魔族達もいたにしろ。
それらの魔族は一応配下にと収まることで、秩序は保たれていたかつて。
目覚めたときに感じた感覚からして、どうやらテネブラエとの繋がりは途切れてはいなかったらしく、
ゆえに二つの世界においてあまりに目立つような混乱はおこっていなかったらしい。
まあ、完全に過去を視たわけではないがゆえに四千年の間に多少の何かはあったかもしれないが。
「ゆけ」
そういうと共に、再び現れたときと同じように、再びかききえるセンチュリオン達。
「で?グラキエス。お前は何か用なのか?」
ふと気付けばいつのまにかこの場にあらわれているグラキエスの姿。
ちなみにグラキエスはぱっとみため、白き服をまとったヒトの女性にみえなくもない。
よくよくみれば、それが服、でなく模様である、ということもわかるが、
強いていうならば、人がかつてとある大陸でうみだせし服に近しいものをまとった姿といってよい。
簡単にいえば、どこぞの着物をきている、というようにぱっと見た目はみえる。
が、それは服でなく、あくまでも体の一部として具現化しているにすぎず、
ゆえにその服にみえる部分もまた、グラキエスの体の一部といってよい。
もっとも、かつて幾度かグラキエスの姿を垣間見た人間が、
雪女とかいいだして、なぜかその話しにオヒレがついて伝承となってしまったりしているが。
「皆との話し合いの結果。とりあえず、我らの縁は全て結び直しが終了いたしましたので。
  必ずひとりはおそばに、と決定がなされました。
  あと、覚醒していないのは、ウェントスとルーメンですよね?」
「・・・・・・・・・・・まあな。今からそのルーメンは起こしにいくところだが。
  ウェントスのほうは大分目覚めかけているようでもあるしな。
  迎えにいくが先かあちらがくるのが先か、というところだろう」
どこまでほんきで心配性なのだろうか。
このしもべ達は。
一瞬、無言になってしまうのは仕方ないであろう。
あまりにも過保護というか心配性の僕達の行動に呆れざるをえない。
トニトルスのほうはかの地にいながらも縁を強化していたようなので何の問題もない。
たしかに、センチュリオン達の力が充実しているのが感じられる。
もっとも、二柱のみはまだ完全ではない、と実感してしまうが。
「縁の結び直しがおわったのならば、マナを正常につむいでゆけ。
  どちらの世界もどうやら歪みが生じているようだからな」
「それはわかっております。が、あのクラトスがおそばにいる以上、
  ラタトスク様をおひとりにする、というのは危険、という意見がでております。
  我らとて信じたくはありませんが、あのミトス達が裏切った、というのは。
  しかし・・・万が一、ということもあります。
  ラタトスク様をコアにして、その力を我がものにしようとしない、ともいいきれません」
「この我が素直にコアにされる、とでも?」
「おもいません。せぬが…万が一、ということもございます」
事実、かつて目覚めたばかりでヒトにコアに戻されたことがあるので何ともいえない。
そのことはセンチュリオン達がしるよしもない未来の時間軸のことではある、にしろ。
実際になったことがある以上、ラタトスクとしても強くはいえない。
最も、なったことがある、などと絶対にいう気はさらさらないが。
「…いるのはいいが、気をつけろ。天使化している彼らには、
  おまえたちが姿をけしているだけの姿ならば、認識することが可能のはずだ」
たしかかつてもそうだったはず。
それにユアンがかつて、アスカードにおいて姿をけしていたテネブラエに気づいたことからもうかがえる。
おそらく、必要ない、といってもきかないであろう。
このしもべ達は。
それがわかるがゆえに、おもわずため息を盛大についてしまう。
なぜだろう。
過去にもどってきたとたん、ため息を盛大につく回数が増えたような気がするのはラタトスクの気のせいか。
かの間にはネオ・コアを置いているがゆえにいつでも移動は可能。
あの場につくりし椅子にとそれは埋め込んである。
「イグニスはどうした?」
「イフリートと繋ぎをとりつつ、何でも大地を活性化させる、とのことです。
  どちらの世界も大地の力が薄くなっている模様なので」
てっとり早く、いくつかの火山を活性化させるつもりらしい。
「ならば、かつての大地に戻したときに不都合がないように、それらを見越してやれといっておけ」
「了解いたしました。レティス、少しの間、ラタトスク様のことを頼みましたよ」
「わかりました。襲ってくるものには問答無用で輝く息をお見舞いします!」
「…しなくていい」
「いえ。そもそも、今の王の気配はヒトのそれとかわりがありません。
  愚かなことにも魔物達がただの人間、とおもって行動しないともかぎりません」
「たしかに。我らとて直接目覚めさせられなければ間違いなくきづきませんしね。今のラタトスク様の気配は」
なぜかレティスの言葉に同意をしめしているグラキエス。
「かつてもあまりかわらなかっただろうが」
ディセンダーとして表にでてきていたときもあまりかわりがなかったとおもうが。
「しかし、かの地にて我らが命名したディセンダー、という存在として、表にでられていたとき。
  そのときですら大樹のマナを纏っておられましたよね?今はそれがないですし」
「念には念をいれたほうがいいからな。今、何が確実に起こっているのか。
  それを見極めるためにも、な。あれから四千年もの間、何がどうなっているのか。
  かつて、ミトス達にいわれ延期した地上の浄化をすべきか否か。そのあたりの見極めのためにもな」
ミトス達がやってきたときにそのことをいうと、延々とミトスが自分達が何とかするから。
としつこく、しつこく説得してきたことをふと思い出す。
「どちらにしても、位相軸をずらしての世界の存続。あまりに長く大地の位相軸をずらしているがゆえに歪みが著しい。
  この歪みの修正も考えなければならないしな。
  てっとりはやく、その歪みの力を利用して、変換させた力にてあらたな世界を構築するか」
力をすこしばかり転換するだけで一つの『世界』、『惑星』を誕生させるほどの歪みが生じている。
そのためにも元の大地に戻す必要性がある。
それには、ミトスの契約を破棄、もしくは誰かが上書きする必要があるのだが。
一番いいのは、ミトスが説得できれば、ミトス自身にそれをさせること。
それができれば一番申し分はない、のだが。
今のミトスが自分の意見をきくか、といえば何とも言い難い。
コアそのものがもつという巨大な力を利用しよう、と考えてもおかしくはないかもしれない。
もっとも、確実にヒトがコアを長時間利用しようとすれば、その力の大きさに耐えられず、確実に狂うのだが。
ヒトは愚かにも都合のいいものしかみない傾向がある。
それを行うと何がおこるか、という可能性があるにもかかわらず、目を、耳をふさぎ、
絶対にありえない、自分、もしくは自分達ならば大丈夫、という変な認識のもと。
制御しきれない力ですら自分達ならば制御できる、そう信じてつきすすんでゆく。
当事者だけがその被害にあうのならばいざしらず、関係ないものまで巻き込む。
それがヒト。
それこそ、そこにいきている大地の命すら巻き込んで。
「ともあれ、さくっと用件を伝えてまえります。レティス。あとはお願いしますね」
「お任せを」
勝手に話しを何やらまとめている彼らであるが、そんな彼らの会話にさらにため息がもれてしまう。
以前、自分がため息をつけば幸せがにげる、という諺をリフィルにいったが、
どうもそれは自分にも当てはまるような気がする今日この頃。
「・・・・・・・・・いくぞ」
ふいっとグラキエスの気配がかききえる。
どうやらイグニスのもとに連絡を伝えにいった、らしい。
イグニスとイフリートがやる気になっているのだとすれば、かなり大規模な火山活動が活性化する確立が高い。

ひんやりとした空間。
ところどころにある水晶の柱がぼんやりと光をはなっている。
通路をふさぐは紋様が刻まれし扉。
手をかざせば、淡い光とともに、扉は左右にと開かれる。
ここを創ったときのことを思い出す。
ルーメンがあまり凝った創りを嫌ったがゆえに、ならば、というアクアの提案で、
灯りのもとを水晶にしたのはこの地におりたち、そして彼らの祭壇を創ったあの当時。
この空気は冷たく、それでいてマナが満ちているがゆえにここちよい。
しばらくかつて整備し、魔物達も率先してこの地の整備を担っていたからであろう、
ほとんど劣化していない道をすすんでゆくことしばし。
やがていくつもの扉が連続してあらわれ、その先の扉をくぐる。
扉の先には、地面にひかるぼんやりとした扉に刻まれし紋章と同じもの。
周囲には水晶の柱がいくつもあり、部屋の中をぼんやりと照らしている。

きん、きん。
剣を交える音と、その先にうかびしセンチュリオン・コア。

ふと、あのときのことを思い出す。
あのとき、ここにきたとき、マルタとロイドが剣を交えていた。
ロイドの姿をみてかっとなり、そして力が不安定のままにと彼にと挑んだ。
今思えば、あのときの怒りももっともで、彼がユグドラシルに名をつけたがゆえに、
完全に自分との繋がりがたちきられたといってよい。
つまり、父と子にわたり、自分を彼らは裏切ってくれたわけなのだから。
ロイドのほうはその自覚が、誰にも説明されなかったがゆえになかったにしろ。
しいなたちもどうして止めなかったのか、とおもう。
精霊に名をつける、というその意味を召喚士の資格をもつ彼女はわかっていたはず、なのに。
名で縛る、というその意味を。
足元にと輝く布陣。
その輝きはその先の祭壇をほのかに照らし出している。
祭壇の上には、蓮の花が開いたような水晶のようなものがあり、
そしてその上に、ふわり、とうかんでいる金色の涙のような物体が一つ。
それこそが、センチュリオン・ルーメンのコア。
そのまま、そちらにと近づいてゆく。
すっと手をかざすとともに、ふわりとエミルの手の中にとおさまってくるコア。
そのまま、手をはなすとともに、ふわり、とコアは上昇し、やがて、一定の高さまでくると、コアは一気に輝きをましてゆく。
「目覚めろ。ルーメン」
ラタトスクの言葉をうけ、このあたり一帯が、地上も含めて一瞬、光りにとつつまれる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・え?ええええ!?」
ゆっくりと目をひらく、光りをまといし、白き鳥。
それがルーメンの具現化形態。
ぱっと見た目は白鳥に近いその姿。
なぜか、こちらをみて驚愕の声をあげているのがかなり気になるが。
「ラタトスク様ですよね!?何ですか!?その気配にそのお姿は!?
  というか、この世界では一度も地上に降りたったことすらなかったですよね!?ええ!?」
口早に何やらそんなことをいっている。
「あのな」
そんなルーメンに思わず再びため息をついてしまうのは仕方がないであろう。
「そもそも、お前はなぜにさくっと目覚めなかった。
  お前の属性の反転作用で地上は厄介なことになってるぞ?とっととマナの乱れを直せ」
腕をくみ、淡々というラタトスクの言葉は間違ってはいない。
「あと、この人間の姿のときにはエミル、とよべ。いいな?」
「え?あ。はい。ということは、このたびのそのお姿の名は、
  エミル・レジェンド・ラ・キャスタニエでよろしいのですか?」
「・・・・・・まあな」
というかそこまで考えてはいなかったが。
たしかにディセンダーとして活躍というか表にでていたときは、必ずそう名乗っていたがゆえ、
名をエミルにした以上、それがしっくりくるであろう。
問題なのは、エルフ達がディセンダーの名字をどこまで伝えているか、ではあるにしろ。
「すでに先に目覚めさせているセンチュリオン達は縁を結びなおしている。
  お前もとっとといってこい。おそらくは、お前も配下の魔物達との繋がりが途切れているはずだ」
そういわれ、感覚を研ぎ澄ましてみれば、たしかに繋がりが途切れている。
「あ、あの?ラタ…いえ、エミル様?わたしはどれくらい眠っていたのでしょうか?大樹は?」
「・・・・・・・・・・・あとで説明する。まずはマナの乱れを正すように命じろ」
「は、はい」
何か含みがある主のいいように、何か一抹の不安を感じざるをえない。
まさか、あのミトス達に何か、という思いも否めない。
しかし、主であるラタトスクの命は絶対。
ゆえに、まだ繋がりがあるであろう魔物達にすぐさまに念波において命をだす。
「…あれ?かなりの下っ端のものとの繋がりが……」
念波が伝わらないものたちがいることにきづき、戸惑わざるをえない。
ほんの数百年にもみたない期間、たかが眠っていたからといって、縁が途切れるはずがない。
魔物達が暴走、という結果にはなりえない、とおもうのだが。
「お前も縁を強化するにあたり、いずれはわかるとはおもうが。
  あの姉妹…あの四人は我らを裏切っている。これを忘れるな」
「・・・・・・・・・・え?あ、あの、それはいったい・・・・」
「外にでてみればわかる。ともかく、外にもどるぞ」
「は、はい!ともあれ、ラタトスク様、おひさしぶりでございます」
ちかよってきたルーメンの頭にぽん、と手をのせ、ひとまずルーメンの力を補充しておく。
力が補充されたことにより、主の力がかつて眠りにつくいたときよりも強くなっていることに気付きはするが。
ま、ラタトスク様ですし。
それですましていたりするルーメン。
このあたりの反応は、どのセンチュリオン達にも共通していたりする。
ほとんどのセンチュリオン達がまったく同じ思いに捕われ、それで納得してしまったのだから。


空にみえるは、彗星、ネオ・デリス・カーラーン。
が、彗星はそこにある、というのに大樹の気配はまったくない。
さらに。
「四千年…?ですか?地上時間で?」
主よりの説明をうけ、ルーメンとしては驚愕せざるをえない。
「そうだ。しかもミトスのやつは、精霊達を魔科学の檻に閉じ込めていやがる。
  …これであいつらがかつて封じた魔族達と契約していたら地上は完全に瘴気に満ちていただろうな」
それをしていないだけまし、とはおもうのだが。
しかし彼が行っているであろう精霊達を穢す行為によって、小さなほころびが目立ち始めていることは否めない。
それはここ、シルヴァラントと呼ばれし地においても、テセアラ、とよばれし地においても。
あちらのテセアラとよばれし地のほうは、あいかわらずヒトの手により、
何ともいえない胸糞がわるくなる実験が繰り返されている結果であるようだが。
四千年という永き時間も世界をわけている、それはありえない。
すくなくとも、あのとき、託したはずの種子にはそこまでの時間を保たせるほどの力はなかったはず。
「マナが流れているような感覚なのは」
「ほうっておいた彗星内部のマナ調整をどうやら使用しているようだしな。
  まあそれも問題はない。あれはお前達が一柱でも眠ったときに限り使用できるようにしていた代物。
  あとはウェントスさえおきれば、あの装置は自動的に停止する」
センチュリオン達の波動とリンクさせているがゆえにそのようになっている。
あのときの約束は、彗星が接近するまで、というはずだったのに。
「ミトスが…心の闇にまけた、ということですか?」
「おそらくは、な。もっとも当人と話しができれば一番いいのだが。
  あいつの考え次第によっては、かつての盟約は破棄されることとなる」
契約まではいかにいなしろ、盟約を交わしたのは事実。
ゆえにその約束を精霊としてたがえることはできはしない。
他の精霊達は第三者が契約の上書き、という逃げ道を用意しているが、自分にはその理はのせていない。
それは自分の責任は自分で、というラタトスクが自分自身にかしている枷ともいえる。
それほどまでに巨大な力である、と認識しているがゆえの枷。
「すでに他のセンチュリオン達は縁の強化はほぼ済ませてある。お前もゆくがいい」
「わかりました。しかし、地上で御一人、というのは危険では……」
「お前達がとっとと全ての縁を結び直せばその問題も解決するだろう? 
  今のお前では、少し力ある魔族や他のものによってですらコアに簡単にもどされるぞ?
  さきほど、俺が力を補充はしはしたが、な」
魔物達と縁を結ぶことにより、センチュリオン達の力はこの地において強固ともいえる要となる。
ルーメンの覚醒とともに、霧がはれるかのごとく、周囲の闇は取り払われている。
まったくみえなかったはずの夜空がくっきりと視界にうつりこむ。
月を覆いこむような彗星の姿すら。
ひんやりとした夜独特の空気が周囲を包み込んでいる。
そしてまた、これまで闇に沈んでいたがゆえに静まり返っていた虫達が、
異常が取り払われたことに気付いた、のであろう。
我先に、と鳴きはじめているのがききとれる。
「我はいま、人とともにいる。ゆえに用事があるときは、念波、もしくは影にとひそめ。
  その姿を表にだすことはままりならん」
「?は、はあ。しかし、姿をけしてでもよろしいのでは?」
自分達が大気に溶け消えるように擬態すれば人間達はその姿を認識できないはず、であるが。
「天使化しているものがいる。やつらはお前達の擬態をみやぶる、からな」
「…まだいる、のですか?かつての人がつくりし人体兵器たるものたちが。しかし、危険、なのでは?それこそ」
「それを隠しているようだから、問題はなかろう」
それがクラトスであることはあえて伏せておく。
いえば、縁を結ぶよりも傍にいる、と絶対にいいだしかねない。
それに何より、クラトスにルーメンがつめよりかねない。
目覚めたばかりで悲しい思いをさせたくない、という配慮があるにしろ。
「ご心配なく。ルーメン様。いざとなれば、私が問答無用で輝く息で敵を撃退いたします」
「ああ、レティス。久しぶりですね。そうですね。あなたがいればたしかに心強いです」
「問答無用はやめておけ」
この台詞を幾度いったであろう。
おもわずこめかみに手をあて、ふたたびつぶやくラタトスク。
本当に、なぜにこう、魔物達やセンチュリオン達は自分に対しこうも心配性になっているのか。
それがラタトスクからしてみれば不思議でたまらない。


「これは、いったい……」
突如として、一瞬、何やら眩しいばかりの光が感じられた、とおもった直後。
まるで、さぁっと霧が晴れてゆくかのごとくに視界が濃厚になってゆく。
それまでは一寸先すら、自分の足元すらみえない闇であったというのに。
はっとして、空をみあげれば、いつぶりであろうか。
夜空がくっきりとみてとれる。
そして、なつかしき虫の声も聞こえだす。
「闇が…取り払われたのか?」
「らしいな。何があったんだ?」
見張りにでていた男たちの戸惑いの心情はまさに何があった、といわざるをえない。
「ディザイアン達の牧場で何かがあったのかもしれないな。用心はしたほうがいいかもしれない」
「たしかに」
ディザイアンが何かしていた実験が終わった可能性もある。
だとすれば、その実験の成果をもとめて何かしでかしてくる、という可能性すらも。
「もしかして、今日きた旅業のものたちが、マーテル様の加護がつよいのかもしれないな」
「まさかぁ。まあ、闇の中、無事にたどり着けた。ということはたしかに加護が強いのかもしれないがな」
塔があらわれて、それから再生の神子が旅にでたとしても。
ここまでたどり着くのには早すぎるゆえによもやコレットが再生の神子だ、という考えは男たちの中には欠片もない。
よもや空を移動してきた、とは誰が想像できようか。
マーテル教の教えにある神託の日。
あの日の翌日からじわじわと闇はひろがりはじめ、あっというまに周囲全てをのみこんでいった。
その闇がようやく取り払われた。
「神子様が何かしたのかもな」
「もしかして、どこかの精霊を解放したがゆえに闇がとりはらわれたのかな?」
「ディザイアンの実験が終わった、という可能性のほうが強いような気がするけどな」
そんな会話をしつつも、しかし問題なのは。
「しかし、どうする?あの星の位置からして、今はどうやら真夜中、らしいが」
時刻は星の位置からどうやら真夜中、らしい。
寝ている町の人達に、闇がなくなった、というのははばかられる。
「とりあえず、様子をみよう。朝になれば全て判明する」
きちんと太陽の光りが周囲をてらせば、闇は完全に取り払われている、ということに他ならない。
一人の意見にそれぞれがうなづきつつ、
「朝日か…本当におがめるのかな?」
「さあ、な」
しばらくずっとかがり火のみの灯りで生活していたがゆえ、その不安はぬぐえない。


コケコッコー
コケッ、コケッ、コケコッコー。
コーコココッコッコッコ。
何ともにぎやかな鶏達の鳴き声。
ざわざわとしたざわめきが外よりきこえてくる。
「うわ~、いい天気~」
何だか久しぶりによく眠ったような気がしなくもない。
コレットが目をさましつつも、大きく背伸びをし、窓の外を乗り出しつつながめる。
昨夜は、食料を提供してくれたという旅人と、そして暗闇の中を根性でやってきた旅人。
というのもあって、あるいみ町をあげての歓迎会のようなものになりはてていた。
それでも疲れているから、という理由をリフィルがあげ、なるべく子供達、
特にコレットの負担にならないようにリフィルが気をくばり、
あえて宿からあまり出ないように子供達には言い含めていたのだが。
エミルの姿は結局戻ってこなかったことからすれば、食材提供にあたり、
町の人にエミルが変わりにつかまっていた可能性が高い。
何となくだが、あのエミルは強くいわれれば断りきれないのではないか、
というのがリフィルがエミルにもっている認識。
今、この街には町長がいない、とは昨夜の話しで理解した。
救いの塔が出現した数日後あたりにディザイアンに殺された、らしい。
あたり、というのはその時にはすでに闇がおしよせており、日付の感覚がマヒしていたから、ともいっていたが。
今、その町長宅には、道具屋をいとなんでいた人物が間借りしている、らしいとも。
「ロイド、ロイドったら!」
ヌヌヌヌ…
いまだに寝ているロイドを揺り起こしているジーニアスの姿がみてとれる。
と。
「めしだ!」
がばり、といきなりロイドが飛び起きる。
それは何ともいえないいい匂いがちょうどコレットが窓をあけたとたん入り込んできたのとほぼ同時。
食欲をそそるようないい匂いが風にのってただよってくる。
「ロイドって、ほんと食い気はすごいよね」
あきれたようなジーニアスの台詞。
以前、ロイドが寝ているときに、実験とばかりに、ロイドの前に料理・・・クッキーをもっていき、たべさせたことがある。
が、ロイドは眠ったままにも器用にそのクッキーをたいらげた。
あのときはさすがにジーニアスはあきれざるをえなかっだか。
「コレット。いつまでも外みてないで、食事にいこ。たぶん、姉さんたちも食堂にいってるだろうし」
「あ、うん。…あれ?エミルは?」
「さあ?もう先にいってるんじゃないの?」
たしか寝るときにもまだエミルは戻ってきていなかった。
ベットの布団がそのままであることから、きちんとしていったのか、
それとも、町の人につかまり宿に戻ることができなかったのか。
それはジーニアスにはわからない。


「あんた、器用だねぇ」
そんな呆れたような声とともに、
「はいはい、並んで、並んで~」
何やら外が騒がしい。
みれば、なぜか子供達がずらり、と並んでいるのがみてとれる。
「?これって、何なんだ?」
おもわずロイドがその光景をみてそこにいる宿の主人にとといかける。
「え?ああ。あんたたちと一緒にきたエミルって子だったっけ?
  料理を作りたい、というから厨房をかしたはいいんだけどね。
  その子のつくった料理というか、パンがとてつもなくいい匂いでね~。
  つれらてやってきた子供達、ついでに噂があっというまに広まってこのありさまさ。
  あんたたちのはそこに用意されてるよ?しかし、あの子、器用だねぇ」
いわれてみてみれば、テーブルの上にパケットがいくつかあり、
ちょうど一口サイズ程度のパンがいくつか入れられているのがみてとれる。
が、問題なのはそこではなく。
様々な形がしっかりとほどこされた動物といった形をしていたパンの数々がみてとれる。
「うわ~。ノイシュの形もあるよ。これ~」
コレットがふと、ノイシュの形をしているパンにきづき、思わず感心した声をあげる。
ちなみに、きっちりと色彩まで再現しているのがエミルらしい。
ルーメンを覚醒させ、縁の強化を命じたのち、町にもどったものの、
手もちぶたさというのもあり、またルーメンが迷惑をかけていた、ということもあいまって、
そのお詫びがてらをかねて、エミルは料理をする、と申し出たのだが。
といっても、ルーメンのことは一言も触れず、料理をしたいのですけど、厨房をかしてもらえませんか。
といって許可をもぎとったのは昨夜のこと。
「あ、コレットの姿発見」
「うわ~、ロイドの姿もあるよ」
「あ、僕もある」
「私もだわ」
みれば、顔のみ、ではあるがロイド達の姿を模したパンもある、らしい。
「しかし、あんたたち本当に運がいいんだねぇ。嘘のようにあの闇も取り払われたようだしね」
他の料理、野菜スープらしきそれをもってきつつ、宿の主人がいってくる。
「そういえば、あれほど濃かった闇の気配が今朝はまったくないですわね。御主人」
「ああ。ディザイアン達の実験がおわったのか。はたまたマーテル様の加護が強まったのか。
  まあ、前者、だろうけどねぇ。ほんと、よくしっかりくっきりと救いの塔がおがめるよ」
晴れたがゆえに、視界のさきにしっかりと救いの塔はみてとれる。
リフィルの問いに答えつつ、
「そのスープもあの子特性さ。わたしらも食べさせてもらったけど、かなりおいしいよ?
  というか、あの子、料理屋さんやってもやってけるんじゃないのかい?」
「エミルの料理屋さんかぁ。
  もしかしてエミルが料理屋やったらただでいつもたべさせてもらえるかな?」
「ちょっと。ロイド、まさかエミルが店をひらいたらタダ食いにいくつもりじゃないよね?
  まさか、いくらロイドでもそんな迷惑かけるようなことはしないよね?」
「でも、エミルだったらいえば絶対に何かつくってくれるとおもうぞ。ただで」
「あのね…とにかく、食べてしまいましょう。御主人、ここからマナの守護塔へはどれくらいかかりますか?」
席につき、何やらリフィルからしてみれば頭が痛くなってくる子供達の会話をききつつも、
とりあえず気になることを問いかける。
「マナの守護塔かい?それだと、町の出口の北からいけばいいよ。
  高い塔があるからすぐにわかるとおもうよ。山の麓に囲まれてはいるけどね。
  塔そのものは山よりも高いからすぐにわかるとおもうよ」
いいつつも料理を運び終えた、のであろう。
「さて、私はあの子にたのまれたのもあるし。のこったパンなどを町の人にくばってくるよ」
丁寧にも町の人全員分のパンを一人五個程度つくっているエミル。
ざっと人数は確認してあるので数に不足はないはずであるが。
それをいうわけにはいかないので、大目につくったので、皆さんでどうぞ。
というように言葉を濁していたりする。
まあ、バスケットにいれた数が、はかったように、町にある家の数であった。
ということから、一件に一つ、バスケットをもっていけばいいか、という認識でしかない宿の主人であったりする。
そこに違和感というものを一切感じていないのは、
あまりにエミルのつくりしパンが精密で、しかも味見してみたところ食べたことがないほどにおいしいがゆえ。


マナの守護塔は、すぐ近くでみると塔、というよりは巨大な建造物、というような認識にうけとれる。
町にある北の出口より、橋をとおり、マナの守護塔があるという場所へ。
マナの守護塔がある場所は、周囲が海流が流れ込む川の水に覆われており、
橋をつかわなければ先にすすむことすらできない位置に属している。
それでもみあげてみれば、たしかに塔なのだろう、という認識はできるが、
わざわざみあげてその全体を確認しよう、というもの好きはまずいない。
「す、すばらしい!」
突如として、リフィルの雰囲気が変化する。
「……え?」
そういえば、と思いだす。
リフィルはたしか遺跡とかみると、まったく人格が豹変する、というか何というか。
「えっと…あの?ジーニアス?」
「…うう。エミルにもばれた……」
「あきらめろ。ジーニアス、いずれは、いつかばれることだったんだ」
何やら哀愁ただようそんな会話をしているジーニアスとロイドの姿。
すばやく入口に続いているであろう階段をのぼりきり、
両手をひろげ、高らかに何かいっているリフィルの姿が目にはいる。
「これがかつて、救いの塔をのぞんだというマナの守護塔か!」
いいつつも、いったりきたり。
周囲を検索するかのごとくに、いったりきたりしはじめているリフィル。
「えっと……」
何といえばいいのだろう。
幾度かたしかにかつてこの変わりようはみたことがあったが。
改めてみれば、何といってよいのかわからない。
「えっとね。エミル。先生は遺跡マニアなんだよ~」
「そ、そう」
それ以外何といえばいいのだろう。
コレットの台詞に短く答えるしかないエミルであるが。
「この塔っていったい何の目的でつくられてるんだ?」
ロイドが今さらながらそんなことをいってくる。
「なげかわしい!ロイド!お前は授業で何をきいていた、何を!」
リフィルがそんなロイドの台詞に豹変する。
「えっとね。ロイド。マーテル教が救いの塔に祈りをささげる塔として利用していた場所なんだよ。
  ずっと昔に魔物がでるからって封鎖されているらしいけど」
そんなロイドにコレットがにこやかに説明しているのがみてとれる。
「ここが封印の可能性はないのかな?」
「神託の石板がないし。違うみたいだよ」
それをきき、ロイドがふといい、
リフィルともども入口付近を調べていたジーニアスが肩をすくめていってくる。
「ふむ。鍵がかかっているようだな」
クラトスが入口をかるく開けようとし、そんなことをいってくるが。
「くそ。俺でもあけられねえや」
ロイドが鍵をあけようとし挑戦するが、どうやら空振りであったらしく、
そんなことをいいはなつ。
というか勝手に鍵をあけたりする、というのは問題ならないのだろうか、と思ってしまう。
「勝手にあけたらあけたで怒られない?」
それゆえに素朴なる疑問をつぶやくエミルはおそらく間違ってはいないであろう。
「どうやら魔科学の鍵のようだな。おいそれとはあけられないだろう。
  やはり、管理人を探さなければだめのようだな。あと、エミル」
「え?あ、はい?」
「大義の前にはどんなことがあっても些細なこととして許される。誰かを傷つけたりするのならばともかくな」
「それは……」
そういう考えのもと、人は愚かな道にいつも迷い込んでゆく。
リフィルの口から大義、という言葉がでるとは信じられず、思わず言葉をつまらせる。
彼らがいう大義、とは偽りでしかない、というのに。
「大義って、何がどう大義というのかきいてみたいですけど」
「え?そういえば、このあたり、おおきい木がおおいねぇ」
大義をどうやら大木、と聞き間違えしたらしきコレットがそんなことをいってくる。
「このあたりは大木が多いみたいだからね。このあたりはマナが充実してるんじゃないのかな?」
「そっかぁ」
コレットの素朴なる疑問に一応こたえておく。
そもそもこの地下にはルーメンの祭壇があることもあり、
マナが比較的安定している地といってよい。
「ほんと、よく感じてみたら、このあたりのマナ、かなり濃いいよね。
  何でだろ?シルヴァラントではマナはほとんど感じられないはずなのに。
  まるで、そう、火の封印の遺跡にいったときと同じようにマナが多いよ」
あの地もマナにあふれていた。
それゆえのジーニアスの台詞。
「ともかく、中にはいれないのであればここにいても仕方がないだろう」
「たしか。コレット、ここの管理はルインの教会がしていたはずだな?」
「はい。そうきいてます~」
「ならば、一度ルインにもどろう。交渉すればおそらく中に入れてもらえるはずだ。
  あまりに公言したくはないが、必要とあればコレットが神子であることもいわざるを得ないだろうな」
いいたくない理由は他にもある。
自分達が街にとまった日の夜。
救いの塔が出現したその日より周囲を覆っていたという闇が取り払われた、という。
コレットが別に何かをしたわけではない。
が、コレットが再生の神子、とわかれば、人々はコレットの神子の奇跡、としてコレットをあがめるであろう。
人は奇跡を目の当たりにすれば、不可能にも近いことを求めようとしてくる傾向がある。
そして、できなければ、非難、もしくは排除しようとする。
そんな人の真理はリフィルとて理解しているつもり。
だからこそ、あえてコレットが神子であることは町の人達にはいっていない。
「それじゃ、一度、町にもどるんですか?」
「そうなるな。皆もそれでいいな?」
「中にはいれないのであれば仕方があるまい。鍵をみつけるのが先決だ」
鍵さえ手にいれ中にはいれば、彼らは封印の石板に気づくであろう。
が、中に入れなければ封印の解放にもいたらない。
それゆえにそれとなく先をうながしているクラトス。
クラトスからしてみれば、再生の書が彼らの目に触れていない以上、
どうにかしてコレットを封印の場所に導くという役割がある、のだから。
その役割を放棄しよう、という思いが多少クラトスの中で芽生えてはいるが、
どちらもえらべずに結果として自身に下された命を実行することを選んでいるといってよい。
「あと、ロイド。それからコレットも、なるべく私たちが再生の神子の一行だ。ということはあまり口外しないように」
リフィルの台詞に、
「え~?何でだよ。先生」
「念には念をいれたほうがいいのよ。ここはディザイアンの牧場にも近いのですからね。
  それに、気になるのは、私たちが町に泊まった翌日闇が取り払われた。
  という事実があるわ。余計な心労をコレットにこれ以上負わす必要もないでしょ」
「たしかに。再生の神子が立ち寄って、原因不明の闇が取り払われた。
  となれば、神子の奇跡だといって人々が興奮しかねないな」
「え?あの闇ってコレットがとりはらったの?」
「私は何もしてないよ?」
ロイドが不満そうにいい、そんなロイドにリフィルが説明し、
それを補足するかのごとくにクラトスがぽつり、とつぶやく。
ジーニアスがまじまじとコレットをみつつといかけているが、コレットは首をかしげるのみ。
「まあ、そのほうがいいかも。たとえば、たとえばだよ?
  もし、勝手に違うといっても信じ込んだヒトってなんでか突き進んでいくしね。
  ロイドだって、自分の銅像とかたてられて、毎日、朝昼夜。
  『今日すごせているのはロイド様達のおかげです。ロイド様に私たちは忠誠を誓います』
  とかいわれたいの?しかもご丁寧にお辞儀までされるおまけつきで」
「うげっ。何だ、それ!?」
「エミル。それはちょっといきすぎじゃあ……」
いきすぎでも何でもなく、実際にかの地…二年後のルインではそうなっていた。
ロイドがその台詞に思わずひき、ジーニアスがエミルの台詞に、突っ込みをしてくるが、
「神子一行に加わっていたという理由で、リフィルさんやジーニアス達もそうすると、
  全身像が造られて、毎日のように人々がお祈りしたりするかもしれない可能性があるよね?
  ヒトってなんでか勝手に他者を神聖視したあげく、都合がわるくなったら、 
  あっさりと、その人物すらをも貶める傾向があるし」
実際、神子一行全員の銅像がかの地にかつては建てられていた。
それこそ町の人々は、像をみてはふかぶかとおじぎをしていたことを思い出す。
「ロイドの銅像かぁ。私、みてみたいかも~。ロイド、どこで銅像つくってもらったの?」
「んなのどこにもつくってないっ!昔、図工の時間に自分の像をつくったことはあったけど」
「あ、あれロイド上手だったよね~。私のもあれつくってくれたし」
「何でつくったの?」
それは素朴なる疑問。
そんなエミルの問いかけに、
「粘土だよ。素焼きの授業をしたことがあったんだ。ロイドって図工の時間とかはまじめに授業うけてたからね」
かわりにジーニアスが答えてくる。
「木彫りとかじゃないんだ~」
「…何か話しが擦り替わってるようだけど。と、ともかく。
  余計な混乱を招かないためにも、あまり他言はしないほうがいいのよ。わかった?」
どうもほうっておいたら確実にこれ以上話しが脱線するような気がする。
それはもう果てしなく。
ゆえに、リフィルがぴしゃり、ととりあえず話しをまとめがてらにいっくてる。
「ともかく、町に戻っても、コレットが再生の神子であることはいわないように」
人の過剰な期待はコレットに余計な負担をかけかねない。
それゆえにリフィルの台詞。


「あ、もどってきた」
「え?あ、あの?」
何だろう。
なぜか町にもどれば、町の入口に数名の街の人々…特に女性達の姿がみてとれる。
「あんたがあのパンをつくった子だね?あのレシピ、できたら教えてもらえないかしら?」
「あれ、うちの子たちがかなりきにいってねぇ。お母さんつくれないの?とかせがまれてるんだよね」
なぜか町に入るとどうじ、わらわらと町の女性達にと取り囲まれてしまう。
「え、あ、あの……」
「たしかに、エミルのあのパン、うまかったよなぁ」
「細工もすごかったけどね」
「私、ノイシュのパンがきにいっちゃった~」
「…たしかに、うまかったのは認めるが……」
味覚を失っていっているはずのコレットが素直に食べられている、ということも驚愕だが。
自身でも味覚をあえて閉じて食していても味が感じられる。
ということ自体がクラトスからしてみれば信じられない。
そういえば、以前、ミトスが味はマナに関係しているとかいっていたような気がするが。
よもやエミルがつくりし品はあるいみでマナの塊といっても過言でない代物である。
など一体誰が想像できようか。
「えっと。レシピは簡単ですから教えることはできますけど。
  ですけど、誰がつくっても同じ味になる、とは限りませんよ?」
「それはわかってるよ。でも分量とかのコツとかもあるんだろ?」
気まぐれでしかないのだが。
そういわれ、
「えと……」
何と答えればいいのであろうか。
「仕方ないわ。エミル。あなたはレシピをこの人達に教えておあげなさい」
「え?あ、あの、リフィルさん?」
「私たちはその間、教会にいってきます」
どうみても女性陣達はエミルを解放しそうにない。
ならば、エミルには悪いが、エミルをそのままにして用事を済ませたほうがはるかによい。
「厨房をつかうなら、うちの厨房をつかってもいいからさ」
みれば、なぜか昨夜お世話になった宿の女将もいるらしい。
「そうそう。この依頼をうけてくれたら、
  ちょうど、もう少ししたら、この街で足止めくらってた商人たちがいるから。
  あんたたちがどこかにいくのなら、頼んで連れてってもらってもいいよ」
「それは?」
首をかしげるリフィル。
「闇がこのあたり一帯を覆って、旅の商人たちもここであしどめくらっていたからね。
  彼らはハイマにむかっていくらしいからね。
  見たところ、子供四人もつれていたら歩きの旅も大変なんじゃないかい?」
その台詞に思わず顔をみあわせているクラトスとリフィル。
「しかし、時間があわないのではないか?」
鍵さえ手にいれれば、クラトスからしてみれば、順番は異なるにしろ、
ルナの解放をさせておきたいところ。
「まあ、まだ彼らの出発時間までは時間があるし。あなた達も旅をするのなら、ハイマにもいくのでしょう?
  そろそろアスカードでは風祭りの時期にもなるし」
風祭り。
それは、風の精霊を崇めて舞いを石舞台で舞う、という毎年行われている儀式の一つ。
観光の目玉にもなっており、この時期、それゆえにアスカードへの旅業者は結構な数となる。
「祭り!?なあなあ、それって村祭りみたいなもんなのか?うまいもんがたべられるのかな?」
「ロイド、たぶん、村の基準で考えたらだめだとおもうよ」
ロイドが祭り、という言葉に反応し、目をきらきらさせていい、
ジーニアスがため息まじりにそんなロイドに突っ込みをいれている。
「とりあえず。じゃあ、僕はこの人達に一応レシピを教えておきますね。とりあえず、実践形式もかねて」
細かな細工はレシピというか作り方をみたほうが早い。
そもそも、いくつかの部分にわけてそれから組み合わせてつくったほうが、慣れてないものにとっては簡単、であろう。
「先生、先生!アガードってところにいこうぜ!祭りいきたい!」
「アスカード、です。ロイド、この旅は遊びではないのよ?」
「しかし、風の精霊を祀る、ということから何か関係があるかもしれないな」
それとなくの軌道修正。
話題がでた以上、それとなく誘導するくらいは怪しまれないはず。
それゆえのクラトスの台詞であるが。
「たしかに。かの地は風の精霊、シルフを崇めている、というものね。いってみる価値はあるかもしれないわ」
「やりぃ!」
「わたし、村以外の祭りみるのは初めてです~」
「アスカード…って…あ゛」
ジーニアスがとあることにぎづき、思わずその場に硬直していたりするのだが。
「?どうしたんだよ?ジーニアス?」
「…姉さんがいきたい理由は別にあるような気がひしひしするよ……」
アスカード、別名、遺跡の街。
リフィルにもっともジーニアスからしてみれば近寄ってほしくない町でもある。
しかしそれにロイドは気づかない。
授業で町の名を習ってはいるが、そこまでロイドは覚えていない。
記憶にない、といってよい。

ともあれ、エミルは町の女性達にパンの創り方を実践形式で教えるということで話しがまとまったらしく、
そのまま女性達とともに、宿の厨房へ。
リフィル達は、マナの守護塔に入るために、管理しているであろう場所。
すなわち、ルインのマーテル教会へと移動することに。


元町長の家だというその場所は、少し前、ディザイアンに町長が殺されてしまい、
今は道具屋を営む人物が、その建物の一階を間借りして店を開いている、らしい。
旅の商人であったらしいのだが、この闇によって移動ができなくなり、
それならば、ということもあり、家の管理とともに次の町長が決まるまでならば、
建物を提供する、と町の人からの言葉もあり、この地で商売を営んでいる、とのこと。
そして、そんな元町長の家であり、今は道具やの隣。
その横にこじんまりとした小さな建物が存在している。
かろうじてマーテル教のシンボルのマークがみえることから教会であることがうかがえるが、
どうみても教会、というよりはちょっとした礼拝堂、にしかみえないほどの大きさでしかない。
「これはこれは。ようこそ。マーテル教会へ。教会、というよりは礼拝堂ですけどね。
  あなたがたへ女神マーテルの御加護がありますように」
建物の中にはいると、祭司らしき人物、教会の聖衣をまとった男性が
入ってきた一行、リフィル、ロイド、コレット、クラトス、ジーニアスをみていってくる。
男女の大人に子供が三人。
ぱっとみため、家族旅行、ともみえなくもない。
もっとも、ここしばらく、この教会に人が訪ねてくる、というのはあまりなかったがゆえに、
しかもどうやらみたところ、町の人ではないらしい。
だとすれば外からの客。
昨日いっていた、外からやってきたという旅業者達であろう、そう予測をつけての言葉。
「こちらでマナの守護塔の管理をしている、ときいたのですが」
そんな祭司らしき人物に、リフィルが一歩前にでて問いかける。
「いかにも。もしかして、その杖ということは、あなたは治癒術の術士ですかな?」
「ええ。そうです」
どうやらリフィルのもつ杖をみて、術士だ、と判断したらしく、そんなことをいってくる。
事実、術士であることは間違いないのでうなづくリフィル。
「なるほど。それではボルトマンの治癒術をお探しですかな?」
治癒術の術士が用事があるとすれば、ボルトマンの治癒術の書くらいしかおもいつかない。
まさか精霊の封印の場所を探している、というわけにはいかない。
が、この勘違いはリフィルからしても好都合。
どちらにしても、ボルトマンの治癒術はリフィルとしても身につけたい、とおもっていた品。
「ええ。さきほどいってみたのですが、どうも鍵がかかっていたようでして」
「あの塔は、魔物がでるがゆえに、いつもは鍵をかけて封鎖してありますからな。
  専属の鍵でなければあれは開けられないようになっております」
「その鍵っていうのかしてもらえないか?」
ぼごっ。
「~~~っ」
ロイドが敬語も何もあったものでなく、そういうとともに、
問答無用でリフィルの鉄槌がロイドの頭にと振り下ろされる。
その場に頭をかかえてうなるロイドをちらり、とみつつ。
「この子のことはきにしないでください。いつも礼儀作法をおしえても覚えない子なので」
「…は、はぁ」
ものすごくあるいみでいい音がしたがゆえに、おもわず祭司からしてみてもひいてしまう。
が、美人が気にしないで、とにこやかに笑っていない笑みを浮かべていれば、それ以上の追求はできはしない。
それはあるいみ処世術、といってよい。
世の中、触れてはいけないことがあるのである、と彼は身をもって知っている。
否、ヒトは大人になれば自然とそれは身につく、というべきか。
「鍵を貸し中にご案内してさしあげたいのは山々なのですが。
  鍵はピッカリング祭司長がおもちになっているんです。
  ですが、祭司長は現在、旅業中に出かけられているのです」
申し訳ない、とばかりにいってくる。
「?旅業?」
その意味がわからずに首をかしげているロイド。
いまだにいたいらしく、手は頭をかかえている。
「ばっかじゃないの?ロイド。マーテル教の修業だよ。前にもいったでしょ?
  『いきるとは、すなわち旅をすること。ヒトは皆、旅をせよ』って経典にもかいてあるでしょ」
「馬鹿でわるかったな……」
ぽつり、とつぶやくロイドだが。
その思いはどうやらリフィルも同じらしく、こめかみに手をあてていたりする。
そして。
「何で毎回この子はおしえても興味あることしか覚えないのかしら?」
などとぶつぶついっているのが聞き取れるが。
それを聞いてしまったクラトスなどは、思わず何ともいえない気持ちになっていたりする。
誰しも我が子がこのように成長している、と目の当たりにすれば、何ともいえない気持ちになってしまうであろう。
特に実の親、ならば。
「というか、前に救いの塔でも僕、同じことをいったよね?ね?」
呆れた口調でジーニアスがいうが、ロイドはそんなジーニアスからあからさまに目をそらしていたりする。
どうやら完全に忘れていた、らしい。
「どちらへむかったんですか?」
そんな彼らとは対照的に、祭司にとといかけているコレット。
ロイドとジーニアスのやりとりはいつものことなので、コレットは気にしていなかったりする。
「ハイマへむかわれたようです」
ハイマ。
それはたしか、先ほど町の人達から、旅の商人の一行に加えて移動してもらえるかも。
というような話題がでていた地。
「そういえば、竜車を利用した旅の商人たちが本日、ハイマへ出発予定だとか。
  もっとも、竜車といえども小さな竜を利用して馬車を引っ張っている形式みたいですけどね。
  普通の馬車よりはかなりはやく目的地にたどり着けるとおもいますよ?
  何でしたら交渉してみたらいかがでしょう?」
その言葉からどうやら、この祭司は先ほど町の人たちがいっていた内容を知らない、らしい。
「お心遣い感謝いたしますわ。それで、祭司長様をみつけて、話しがつけば。
  塔の中にはいってもかまわないでしょうか?」
「ええ。祭司長が許可をだしたのであれば問題ないですよ。が、書物は傷つけないでくださいね?
  あれでも私とピッカリング祭司長で、何とか整理をしている書物の数々なので」
いいつつも、
「もっとも、私も祭司長も、すでにどこにボルトマンの書を棚に片付けたのか。
  それすら覚えていないんですけどね。それほどまでに書物の量は半端ないんですよ…
  でも、ときおり虫干しとかもしないと本は朽ちてしまいますしね」
そういって苦笑してくるその様子は、どうやら本気でいっているらしい。
「そもそも、あの管理があるから、ここの教会もこうして礼拝堂くらいまでしかならないわけで。
  というか、何だって私と祭司長の二人で管理しろなんて…
  誰か他にも人員がきてくれれば、二人だからまだ私もイセリアに修業にすらいかれませんし」
もっとも、イセリアにやってきたことがある祭司ならば、コレットとも面識があり、
すぐさまにコレットが神子である、とわかったであろう。
しかし、まだ彼はイセリアのファイドラの元に修業にいっていない。
いずれは、とはおもっているが、一年以上も修業にいけば、本の管理がままらなない。
交互に旅業にでるのがやっとというこの現状。
何やら愚痴を言い始めた祭司の姿。
どうやらいろいろと鬱憤などがたまっているらしい。
このままここにいてはどうやら愚痴を延々ときかされかねない。
ゆえに。
「ありがとうございました。では、祭司長様をさがしてみますわ」
そういって、きびすをかえそうとしたリフィルにたいし、
「ああ。もし祭司長にあわれましたら、闇が取り払われた、と伝言してもらえますか?
  そもそも、祭司長が旅にでたのも、あの闇をどうにかするためのお祈りの旅でしたので」
すでに闇は今朝から取り除かれている。
ひさしぶりの太陽の光りに町の人々の表情は明るい。
「伝えておきますわ。それでは。いくわよ」
そのままきぴすをかえし、子供達がいらないことをいうまえに、教会を後にするリフィル。
そして、
「ともかく、ハイマに行く必要がでてきたわね。馬車があるのならそれを利用したほうがいいかしら?」
教会をでたところで、全員を見渡しつつリフィルがいってくる。
「しかし、それでは危険ではないか?神子のことを悟られてもしたら」
クラトスからしてみればあまり他人とかかわりあうことは避けたいというのもある。
いつ、レネゲード達が襲ってくるかわからないがゆえの懸念。
「あら、クラトス。旅の一行に紛れる、というのは一つの手よ?
   存在を隠すため、わかりにくくするためにあえて別のものに紛れる、というのはね」
リフィルのいい分は至極もっとも。
「なるほど。死体を隠すのは戦死者の中、などの諺のままか」
「クラトス。せめて木の葉を隠すのは森の中、といってちょうだい」
「盗まれた封筒を隠すのは状差しの中ともいうね」
「?何だ?それ?」
クラトス、リフィル、ジーニアスの台詞にロイドはただ首をかしげるのみ。
一方で、
「じゃ、先生、馬車での移動になるんですか?」
「そうなるわね」
「とりあえず、エミルのところにいってみようぜ。なんかいい匂いがしてきてるし」
たしかにいわれてみれば、風にのり、何ともいえない匂いがただよってきている。
おそらく、エミルが実践がてらに教えるといっていたのでその匂いであろう、とは予測がつくが。
「おっしゃ!たきたてパンをエミルからもらうぞ!」
「あ、ちょっとロイド、まってよ!」
いいつつも、そのままかけだしていっているロイド。
「あ、ロイド、まって~」
「まったく、あの子達は……」
「再生の旅の一行だという自覚がないのではないか?子供達は」
かけてゆく子供達をみてリフィルが盛大にため息をつき、
クラトスが淡々と言い放つ。
クラトスからしてみれば、ロイドをこの旅からはずしたいのも本音。
が、見えないところでレネゲードや、クルシスに襲われて失う可能性もある。
ならばせめて見える位置にて、少しでも手助けをとおもうが、彼にかせられている命令が命令。
確実に、ロイドを傷つけることになるのは明白。
いまだ、クラトスは自分の中でどちらを選ぶか、という判断はできては…いない。



pixv投稿日:2014年1月7日某日(Hp編集:2018年4月22日(日)

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あとがきもどき:
編集するのに、やはり時間がかかる今日この頃……
編集現在でpiさんに投稿してるのすでに150あるんですよね…あう……