イズールドで買い物を済ませたのち今度は外へ。
目指すはカンベルト洞窟とよばれし地。
カンベルト洞窟。
それは集落から少し離れた場所にあるちょっとした小さな海沿いの洞窟。
真水と海水が入り混じり、様々な生物が生息している場所、でもある。
村からでて西にいった先にとある山脈の麓。
そこにカンベルト洞窟の入り九ぢはある。
長くつづく白い砂浜の海岸線添いを進んでいったその先にみえてくる山脈。
「この辺りにはローズマリーは生えていないようね」
洞窟にはいるとひんやりとした空気がたちこめており、
そして洞窟の上に空いた穴から太陽の光りが洞窟内部を照らし出している。
この洞窟には光コケなるものも自生しており、
ゆえに少しの明かりでもちょっとした植物が生息するのに不都合はない。
リフィルが洞窟にはいり、周囲にある草花を注意深く観察しながらそんなことをいってくる。
実際このあたりに生えている草花の中に目当てとなるローズマリーは見当たらない。
コケや草花で地面はおおいつくされており、
周囲を流れる真水が洞窟全体をより冷やしているといってよい。
「ここらへんはハーブの自生地みたいだね」
「そのようね」
奥に進んであるいていきつつも、注意深く周囲の草花を観察する。
周囲はいくつもの小島らしきものにわけられており、
その小島の間をさらさらと水がながれている。
ここから生えている木々もあり、
それらはより大きくそびえたち、洞窟をつきぬけ、
山のほうにその顔を、その頂上付近をのぞかせていたりする。
周囲をみつつ、ぽつり、とつぶやくジーニアスに同意するかのようにこたえているリフィル。
「ハーブは組み合わせ次第でいろいろとつかえるから便利ですよね」
「そうね。もっとも、ハーブの苦みが苦手、という人も世の中にはいるけども」
「あ~…テネブラエがそういえばいってましたね。…闇と苦みは大人の味だって」
それはかつての記憶。
実際、あのときのテネブラエの台詞はデリス・カーラーンでもテネブラエがいっていたこと。
「あら。うまいことをいうわね」
「おほめにあずかり光栄ですね」
「「え!?」」
リフィルがうなづくとどうじ、その場の空気がゆらり、とゆらめいたかとおもうと、
次の瞬間、闇が凝縮したような一つの形をなしてゆく。
「テネブラエ。何?いきなり現れて」
「何ではございません。アクアとウェントスを呼び出しておいて。
この私に声がかけられないのはどういうことですか!?」
「あ~。別にかまわないだろうに」
そんな小言をいうためにわざわざでてきたのだろうか。
こいつは。
いくらミトスがいない、とはいえ。
まあ、たしかに、ミトスがいる前では姿をみせるな、とは命じているが。
「ふふ~ん。やいてるの?うらやましいでしょう。エミル様は、私をたよったのよ。わ・た・し、を」
「…おまえら、いい加減にしておけよ?」
エミルが小さくぽつり、とつぶやくとほぼ同時。
気のせいか、ずん、と周囲の空気がいっきに冷たさをましてゆく。
まるで息をするのも肌寒くかんじるほどの、とてつもない冷気のようなもの。
威圧感、とでもいうのであろうか。
「「も、もうしわけありません」」
そんなエミルの変化にいち早くきづいたのか、あわてて二柱があやまってくる。
「ったく。喧嘩するほど仲がいい、とはいうが。ほどほどにしておけ」
盛大なため息とともにエミルがそういえば、しゅん、となりて大人しくなる二柱の姿。
「とりあえず。お前達、ウェントスもだ。用事があればまた呼ぶ。いいな?」
「「「・・・はい」」」
エミルの、否ラタトスクの決定は絶対。
ゆえに、しゅん、となりつつも、瞬時にその姿をその場からかきけす三柱たち。
「ったく。本当にあいつらはいつまでたっても……」
ほんとうに、仲がいいのか悪いのか。
へんなところでは意気投合するくせに、ことあるごとにああいいあいをするのは。
あるいみそれを二人が楽しみにしているのではないか。
と実はラタトスクとしてはひそかにおもっていたりする。
当事者たちにそれをいえば絶対にありえない、というであろうが。
よくもまあ、あきもせずにどの世界においても同じような態度でいられるものだ。
とあるいみつくづく感心してしまう。
「闇は関係ないとおもうけどなぁ」
さきほどのエミルの言葉にぽつり、とセレスがつぶやけば。
「セレスはそのままでいいからな?」
「?お兄様?」
どうやらゼロスはエミルのいった闇、というのは普通の闇を指している、ととらえたらしい。
ふわふわと足場のおぼつかない浮く島のようなそれら。
それらをどうにか移動しつつ、奥に進んでゆくことしばし。
セレスがわかっていないのをうけ、ほっとしつつも、妹の髪をくしゃり、となでているゼロス。
「エミル、いったい、あれらはいったい……」
いつみても、精霊でも魔族でもない、ましてや自然に一体化しているようなマナ。
どちらかといえば魔物にちかいような気がしなくもないが、あきらかにことなる。
いくらきいても返事はもどってこない、とわかっていても問いかけずにはいられない。
「え?あの子達は僕の大切な家族ですよ?それ以外の何ものでもないですし」
ちなみに忠実なる
実際彼らが魔物達を統治しているがゆえに、ラタトスクがかなり楽ができている。
というのもまた事実。
もっともそのような特性をもたしたのも他ならぬラタトスク自身、なのであるが。
そんなエミルの返答にリフィルはため息ひとつ。
返事にならない返事であろう、とおもっていたが、案の定、というべきか。
「…まあ、エミル君だしなぁ。とりあえず。リフィル様ぁ。奥のほうにまでいってみねえか?
たしか、エンジェルアトボスはローズマリーが群生しているところを好んだはずだし」
「そうね。…いろいろと聞きたいことはあるけど。
今はエンジェルアトボスの殻を探すのが第一、だものね」
「それにしても、さ、さむい……」
おもわずぷるり、とジーニアスが身震いする。
「凍ってはいないから、そこまで気温は寒くない、とおもうけど?」
そんなジーニアスにたいし、エミルが首をかしげつつ問いかけるが、
「たしかに。おそらく地下水のこともあるのね。
この山脈はけっこう標高が高いから。雪溶け水がわき出ているんだとおもうわ」
だからこそ、空気がひんやりとしているのだろう。
この洞窟がある山脈はたしかに標高がそこそこあり、上のほうには雪がつもっている。
流れる湧水はちょっとした川のようにさらさらと流れており、
その流れの中にこの洞窟で咲いたちょっとした大きめの花が流れていっている。
浮き島になっているような足場が不安定な場所を飛びこえつつ、すすんでゆくことしばし。
周囲を注意深くさがしつつも、その他のハーブに交じってなのか、
ローズマリーは見当たらない。
洞窟内を流れる湧水はもより地下水というよりはちょっとした小川にもちかく、
小さな滝などがつくられているのもみてとれる。
ほんどコケに覆われた地下洞窟を進んでゆくことしばし。
やがていつのまにか一番奥らしき場所にとたどり着く。
「ここにくるまで魔物よく姿みたけど、まったくいつものごとく襲ってこなかったね」
「だなぁ」
トータスなどが普通に闊歩している、というのにまったくもって襲ってすらこないのは、
あるいみゼロス達の常識からあてはめれば驚愕に値する。
もっとも、彼らの姿をみてすぐに川の中にはいってしまい、襲ってくるも何もないのだが。
よくよくみれば、川の中にはいったのち、
その長き首をうなだれさせているのがみてとれる。
エミルからしてみればそんなトータスの姿に苦笑せざるをえないのだが。
このあたりはウェンドラゴンも生息しているが、それぞれが端のほうにより、
ほとんどちょこん、とすわっているか、はたまたぺたり、と地面につっぷしているか。
そのどちらかであり、何の問題もなく進めているのだが。
エミルからしてみればいらないことをするな、いうな、と言明をだしているがゆえ、
その態度に納得しているが、第三者の視点からしてみればそうではない。
洞窟の一番奥、否、その先もあるようではあるが、
これまでのように飛び越えては移動する、という手段がとれそうにない。
まあ、川にはいり、川を越えて先にいく、という方法をとればいけなくもないが。
「あ、あれ!」
ふと、ジーニアスが声をあげつつ先を指差す。
洞窟の行き止まり、であるらしき足場の先。
いくつもの何かが群生して生えているのがみてとれる。
「ここは日光もあまりあたらないのに。こんなところに群生しているなんて」
リフィルがそれをみてぽつり、と何やらいっているが。
そういえば、とおもう。
以前のときもここに一株だけローズマリーはのこっていたな、と。
周囲にはキノコもこれまでどおりに生えており、そのキノコの下には小さなキノコもみてとれる。
「お兄様、ローズマリーがありましてよ!」
「あ、おい。セレス!」
セレスがそれにきづき、そちらのほうに駆けだしてゆくが
セレスが近づくとともに、ローズマリー達の横にはえているキノコが大きくぶれる。
「いけない!あれは魔物だわ!」
はっと気付き、リフィルが思わず杖をかまえようとするが。
「え?きゃあ!」
いきなり突如としてキノコがうごきだし、今にも襲いかかってきそうな様子をみて、
思わずセレスが悲鳴をあげる。
「セレス!」
ゼロスがそんなセレスをみてすばやく剣を抜き放つが。
「まって。皆!」
「で、でも、エミル!」
「大丈夫。……ジョンドウ」
ぴくり。
エミルが皆を制し、そちらに視線をむけるとともに、ぴくりとあからさまにキノコの魔物が反応する。
そのまますたすたとそんな魔物の横にむかっていき、
「驚かせたようだな。この人間達はお前の子供達に害をあたえにきたわけではないからな」
そっと、その場にいるキノコの魔物、ジョンドウ、というのだが。
その紫色のカサの部分をそっとエミルがなでると、
魔物は気のせいではないであろう、ものすごく気持ちよさそうにしているような態度をみせる。
そして、その下にいる小さなキノコの魔物達をみつつ、
「子供達だな?」
こくこくこく。
子供達もヒトリヒトリ、ゆっくりとエミルがなでると、
いつのまにか子供達がわらわらとエミルの足元にとよってくる。
それらはキノコ、なのだが。
ちょこまかとうごきまわっており、そのまま小さな体をごろん、ごろんさせるもの。
じゃれついているようなもの。
態度は様々。
「「「え、えっと……」」」
そんな光景を目の当たりにし、セレス、ゼロス、ジーニアスの声が同時に重なる。
何といえばいいのだろうか。
この光景は。
「ごめんね。セレス。この子、今子育て時期で敏感になってるみたいで」
「え。ええ。…というか、これはいったい……」
エミルがあからさまに魔物をてなづける光景をあからさまに直視し、戸惑いの声をあげるセレス。
セレスの常識からしてみればあきらかに信じられない光景がある。
そもそも、野生の魔物が普通にヒトになつくなど、これいかに。
ゆらゆらと巨体をゆらすとともに、そのカサからいくつかの胞子が周囲にこぼれおちる。
「え?ああ。エンジェルアトボスの殻を探しにきたんだが…」
こてん。
それは目の前のジョンドウがエミルにここに来られたのは、いったい。
と問いかけてきたがゆえに、素直にこたえているエミル。
そんなエミルの言葉をうけてか、
ゆらゆらと体をジョンドウが揺らしたかと思うと、次の瞬間。
ぽこ、ぽこぽこっ。
周囲の大地からいくつもの小さなキノコがわいて出る。
「あ、リフィルさん。皆。この子達が殻、さがしくれるそうですよ」
「「「ちょっとま(ってよ)((ちなさい))(てい)」」」
嬉々としてエミルの言葉をうけ、ならば自分達が役にたつ!とばかりに、
それぞれ現れた小さなキノコの魔物達…ジョンドウの子供達しかり、
またシュリーカーやマイコニドといったものたちも加わって、
ローズマリーの根元の土をその体をもってして掘り返していたりする。
その光景をあからさまにみて、思わず同時に声をあげる
ジーニアス、セレスとリフィル、そしてゼロスの四人。
「?みんな?」
そんな皆がなぜか唖然とし、叫んでいるその意味がエミルにはわからずに、
きょとんと首を横にかしげていたりする。
あからさまにおかしすぎるといえばおかしすぎるその光景だが。
エミルからしてみれば至極当然で。
いつのまにかこの場にこの地にいる魔物があつまってきているらしく、
ふとジーニアスたちがきづけば魔物に取り囲まれている状態。
そんな魔物達をちらり、とみつつ、
「お前たちの手をかりるまでもない。気持ちだけはうけとっておく」
すっと目をとじ、魔物達のみにわかる原語を紡ぎだす。
やがて、わきゃわきゃ、というような声がきこえるのではないか。
というような小さなキノコの魔物、またキノコ以外の魔物達が、
その触手…どうやらローバーなども探索に加わっていたらしいが。
その触手の先に小さな水晶のでできた天使の形をしているかのような何かを差し出してくる。
これこそがエンジェルアトボス。
そもそも、エンジェルアトボスはその体は透き通った水晶体の小さな虫であり、
ゆえに幼虫体のときはぱっとみため、普通の水晶、としかうつらない。
もっとも、その水晶そのものが天使のような翼をもちし虫の形をしているがゆえ、
それをヒトが発見したときは、それが生物である、と気付かれなかったほど。
そっと膝をつき、差し出してくるエンジェルアトボスの抜け殻をうけとり、
「ごくろう」
エミルがそういえば、探索に加わった魔物達全てから嬉しそうな声があがってくる。
彼らにとって王に直接声をかけてもらえるなど、それは誉以外の何ものでもない。
エミルがすっと手を横にふるとともに、再び現れたときとおなじく、地面にもぐりこんでゆくもの、
また、川の中にとぷん、とその身を隠すもの。
あっというまに数多といた魔物達がその場からかききえる。
「あ。リフィルさん。ここの子たちの協力で殻、みつかりましたよ」
エミルが差し出した手には、十数個の小さな殻が無造作にとつかまれている。
「エミル…あなたねぇ」
エミルが魔物を使役しているっぽいのをあからさまにみるのは相変わらず慣れない。
食事の用意をしている手伝いなどはみることがあっても。
盛大にため息をつくリフィルの心情はジーニアスも同じなのであろう。
ジーニアスもため息をつきつつ、手をかるく上に掲げ、
やれやれ、といったような動作をしているのがみてとれるが。
エミルからしてみれば、なぜこの姉弟がこんな表情と動作をしているのかが理解不能。
「…ま、まあ、何だ。とりあえず、これで殻は手にはいったんだし。村もどろうぜ」
「…そうね。何だかどっと疲れたわ……」
もうそれは色々な意味で。
ゆえにゼロスの言葉に力なくうなづき、リフィルもそんなエミルの言葉に賛同する。
「ちょうど時間的には昼だし。戻るころにはちょうどいいかな?」
「で、エミル。戻るときはまたペガサスつかうの?」
「そのつもりだけど?」
「「「は~」」」
「いいな~」
きょとん、としつついいきるエミルの台詞に、ジーニアス、リフィル、ゼロスがため息をつき、
セレスはセレスでうらやましそうな声をだしていたりする。
ともあれ、目的であったエンジェルアトボスの殻は手にはいった。
ゆえに、用事もすんだこともあり、
それぞれ再び、イセリアの村、そしてダイクの家にと戻ることに。
「あ。おかえり。?なんか疲れてるようだけど、どうかした?」
イセリアにと戻り、コレットの実家、ブルーネル家へ。
リフィル、ゼロス、セレスが家にもどるとマルタがそんな三人を出迎えてくる。
そして。
「うん?コレットちゃん、もう大丈夫なのか?」
ふと、コレットが家にはいるとともに、ファイドラ達の前にいるのにきづき、
ゼロスがそんなコレットにとといかける。
気がゆるんたのか、もしくは症状の関係か。
それはゼロスにもわからないが、どちらにしても、コレットがほぼ昏睡状態であったのは確か。
ゆえに、洞窟からもどってすでにおきているコレットをみて、
気づかうように声をかけているゼロスはさすがというか何というか。
常に女性への配慮を忘れない。
ゼロスが配慮するのは主に女性と子供。
ゆえにゼロスは人気がある。
神子、という立場だから、とゼロスは思いこんでいるが、
実際はゼロス、という人柄がかなり人々に好印象をあたえている。
だからこそ、教皇がゼロスを手配したとき、
人々はそれに反発し、またほとんどのものがゼロスを信じた。
ゼロスが国を裏切ろうとしている、など信じたものは、
教皇の権力によって甘い汁を吸おうとしていた愚か者達くらいしかいない。
「今まで、この人達といろいろと話してたんですけど。
リフィルさん達、エンジェルアトポスの殻は手にいれた、んですか?」
その場にいたミトスが、もどってきたリフィル達にと問いかける。
リフィル達はその殻をもとめ、カンベルト洞窟へといっていた。
「ええ。みつかったわ」
その手にいれた方法がリフィルとしては何ともいえないが。
なぜに魔物が率先し、エミルが提示したものを見つけ出すのだろうか。
エミルはそれが当たり前であるがゆえに気がついていないが、
その行為はよりリフィルにエミルが精霊ラタトスクの関係者なのでは、という思いを抱かせていたりする。
まあ、事実関係者ではなくラタトスクそのもの、なのだが。
さすがのリフィルもそこまで気付いてはいない。
「このミトス殿は博識じゃのお。いろいろと話しが弾んでしまったわい。ふぉふぉっふぉ」
リフィル達が出かけている間、この場に残されていたのは、しいなとマルタ、そしてミトス。
コレットは自室で眠っており、実質三人がこの場に留守番していた。
「それでじゃ。その殻をダイクのもとにもっていってもらってくれるかのぉ?」
「?それはかまいませんが。何かありまして?」
リフィル達が席につくとほぼ同時、ファイドラがそんなリフィルに視線をむけていってくる。
「うむ。すっかり失念しておったのじゃが。
本来、神子の旅の前には、ドワーフの元で、その殻をつかい、
ちょっとしたお守りをつくってもらっておったのじゃよ」
それは姉ももっていた。
当時はダイク、ではなく、この付近にいたドワーフ達にと頼んだ記憶がファイドラにはある。
いつのまにかこの付近からドワーフ達はいなくなっていたが。
「何でも、ドワーフに伝わる技術でそれらを細かな糸にして、
その糸をこれまた特殊な方法で文字のように抑制鉱石にととりつけて、
まじない文字といわれしものを刻むことにより、
聖なるお守り、というものが完成するそうなのじゃよ」
現物はファイドラもみたことがない。
しかし、姉からきいていたのでそれは間違いないであろう。
すっかり、ミトス達と会話をするまで忘れてしまっていたが。
それは素朴なるマルタの疑問から。
かつての神子はどうやってあの症状を防いでいたんだろう?
という素朴なる疑問から、ファイドラがそのお守りのことを思いだした。
そして、それの材料となるものを偶然というかリフィル達に頼んだこともあり、
ならば、それらを素材としてダイクにそのお守りをつくってもらえばどうか。
という意見がまとまったのは、つい先ほど。
つまりはリフィル達がもどってくる少し前。
「なるほど。聖なるお守り、ですか。たしかに、それに意味があるのかもしれませんわね」
今回のコレットの旅は始めから異例づくしであった。
ディザイアン…だとおもっていたレネゲード達に同行するはずの祭司達がころされてしまい。
実情をしらないリフィル達に護衛の白羽の矢がたった。
ファイドラがそのことをしっていたのは、旅にでる前。
姉が神託をうけたあと、祭司様達からこういわれたのよ。
といっていたのをきいていたからに他らない。
つまるところ、聖なるお守りは、神託をうけたのち、
祭司が神子につげるのが恒例となっていたがゆえ、普通の人々はその存在を知らない。
しるよしがなかった。
そもそも、神子は一度旅にでてしまえば、二度ともどってくることがないのだから、
知ろうにもしりようがなかったといって過言でない。
「まあ、無事にもどってこれて何よりだよ。何か問題なかったかい?」
そんな会話をかわしながら、しいながリフィル達を気遣うようにいってくるが。
その台詞に思わず顔をみあわせるリフィル達三人。
問題、といえば問題のだが。あれを口にするのはどうか、ともおもう。
リフィルとゼロスがほぼ同じ思いにて顔を見合わせている中、
「エミルとジーニアスがイズールドってところに買い物にきてたくらい、かな?」
セレスも魔物が嬉々として手伝ってきたのを目の当たりにしているがゆえ、
何ともいえない表情をうかべつつ、かといってそれを口にするというか、
どう説明していいのかがわからない。
ゆえに無難な言葉を紡ぎだす。
「?あいつらがかい?」
「ええ。昼食用に海の食材をかいにきていたようだわ」
リフィルの言葉に嘘はない。
その後のことをいっていないだけ、で。
「何でもお昼はバーベキューにする、とかいってたけど」
セレスは買い物の途中、彼らがそんな会話をしていたのを知っている。
そんなセレスの台詞に、
「ああ。それはいいね。というか、あいつらあたしら抜きでそんな楽しそうなことするつもりかい!」
うんうんうなづいたのち、それとともにそんな彼らに突っ込みをいれているしいな。
「バーベキュー?いいなー、私も参加したい。今からいってもまにあうかなぁ?」
そんな彼らの会話をききつつ、今までだまっていたコレットが心底うらやましそうにいってくる。
コレットがそういうのに参加したのは、ファイドラが行ったものか、
もしくはロイド達におよばれし…これは神子が村からでるのは危険だ!
という村長が出してくれなかったので、ロイド達がこっそりとコレットをつれだし、
バーベキューパーティーに招待したときのみ。
「まあ、エミル達もさっきもどったばかりだから。今ごろ準備してるんじゃないのかな?」
別れたのは村の手前の上空。
ペガサスに乗りたい!という意見のもと、…というかさすがペガサス、というべきか。
空中停止がかるく行えたというのはすばらしい。
レアバードの翼の上をあるき、セレスとジーニアスが入れ替わり、
そしてジーニアスとエミルはダイクの家にもどっていき、
セレス達はここ、イセリアの村へともどってきた。
「おばあさま、私も参加したい、…だめ、かな?」
それは懇願するような瞳。
というより、本気で懇願しているらしく、手を目の前でくみ、
瞳をうるうるとうるませて、心の底から参加したい、と切実に訴えているのがみてとれる。
「しょうがないのぉ。せっかく戻ってきおった、というのに。やはり、ロイドの傍がいいのかの?」
「お、おばあさま!?」
「ふぉっふぉっふぉっ」
笑いながらそういうファイドラの言葉に思わず顔を真っ赤にして抗議しているコレット。
ファイドラからしてみれば、恋が悪いこと、とはいちがいにいえない。
そもそも、コレットが神子として命を捨てる覚悟をしたのも彼のことがあってこそ。
そうファイドラは知っている。
そう、姉もそうであったように。
「……僕としてはかなり複雑なんですけどね……」
リフィル達の説明によって、コレットが命をクルシスの試練で落すことはなくなった。
それはわかった。わかったが。
今、コレットは別なる試練のようなものにおそわれている。
もっとも、コレットが実はあの天使レミエルとなのった輩の子供ではない、
とわかったことから、真実自分の子である、と理解したフランクの気持ちはかなり複雑きわまりない。
実の子ではないとおもっても実の子のように大切にしていた。
まあ真実、フランクの実の娘、であったのだが。
死んでしまった妻にその真実をきちんとわかってもらえていれば。
あのとき、しっていれば、妻は。
そう思うとフランクは何ともいえない。
自分は夫を裏切っていない、なのに天使の子を産んでしまった。
確かに神託によって結婚したのは事実。
それでも、昔から思いあっていたのもまた事実で。
夫以外の子を産んだとおもった彼女はそれに耐えられず…
そこまでおもい、その頭をかるく横にふる。
過ぎてしまったことを後悔してもしかたがない。
あのとき、まったく妻を疑わなかったか、といえば答えは…否。
天使に迫られれば、妻とて拒否できなかったのだろう、と自分に言い聞かせていた。
しかし、リフィル達の説明をきくかぎり、それはまったくの誤解で。
妻が死んだ理由は自分がどこか信じ切っていなかったのもあるのだろう。
今さらながらにそれが悔やまれる。
どうして、自信をもって、妻を信じてやらなかったのだ、と。
「まあ、善は急げ。ともいうし。今からむかっても問題ねえんじゃねえのか?」
それこそここからレアバードを起動させていけば、一分もかからない。
歩きでいけばかるく三十分はかかるであろうが。
ちなみにこれらの分の感覚は、ゼロス達がもっているテセアラ制の時計が示す時刻から。
そんなコレットの父だときいたフランクの心情を表情からして悟り、
半ばおどけつつも、首をすくめていいはなつ。
ゼロスからしてみれば、子供を利用する親は嫌いだが、
どうもみるかぎり、きちんと反省しているようなふしがみられるので、
始めは子供を生贄に差し出していたのにいい印象はなかったが、
…もっとも、クルシスの話をきいてもまだコレットを生贄に、とかいうのならば印象は覆らなかったが。
どうやらコレットの命は大切におもっていたらしい。
それだけでもゼロスにとっては意味がある。
もっとも、セレスに害が及ぶようならば、ゼロスもさくっとコレット達を切り捨てる覚悟はできていたのだが。
しかし、以前と今とでは状況が異なる。
あの精霊の関係者様が何をかんがえているか、によって。
確実にエミルと敵対すればセレスにも危害がおよぶ。
それだけは断言できるがゆえに、エミルと敵対する、という選択はゼロスの中にはもはやない。
まさか、とはおもうが、あの魔物達の態度。
ひょっとして、エミルは精霊ラタトスクの関係者、などではなく。
まさか、とはおもうが、精霊自らなのではないか、という思いすら最近はもっている。
リフィル達からきいた、精霊達と話していたっぽいというエミルに、
それに、ともおもう。
絶海牧場にてあからさまに、あの水の精霊ウンディーネは、気づかれていない、
とおもっていたのかどうかわからないが、あきらかにエミルにたいし敬意を示していた。
精霊が人の姿になれるのか、という疑問も第三者がきけばあきれるかもしれないが、
ゼロスからしてみれば、精霊という存在は何でもありなのではないか。
という思いをいだいていたりする。
何しろ、かの精霊ラタトスクはアステル曰く、この世界を創世した。
といっても過言でない、万物の源たるマナを司るであろう精霊、なのだから。
自分が創造したといってもよい何かになることなど簡単であろう、と。
それは漠然とした予感であったが、
さきほどのカンベルト洞窟の様子で、その予感はもはや確信に近いといってもよい。
「たしかに。…少しでも早いほうがいいかもしれないわね。
ファイドラ様。私たちはコレットをつれてダイクの家にむかってみますわ。
その聖なるお守りをつくってほしい、といえば通じるでしょうか?」
「うむ。間違いなく通用するとおもうぞ。何でもドワーフに伝わりし技術の一つ。
そうかつて姉は旅の前に話していたからの」
――そんなのがあるんですって!
そういってはにかんだ笑みを浮かべていたかつての姉の姿は
いまだにファイドラの脳裏にのこっている。
そして、一行に入り込んでいたディザイアンの手により姉が殺された。
そうきいたときのファイドラの落胆。
救いの塔がきえたあのとき。
神子が失敗したのだ、と誰もが理解したあのとき。
戻ってきた祭司が、神子の優しさにつけこんで、ディザイアンが一行にまぎれこみ、
不意打ちで神子を殺してしまったのだ、守りきれずにもうしわけない。
そういっていたのを今でも鮮明に覚えている。
そんな祭司達は神子アイドラを守れなかった責任を感じた、のであろう。
翌日には死体で発見された。
――そう、ファイドラはきかされている。
事実は、目撃者はけしておけ、というクルシスの命により、
ディザイアン達が同行していた神官を殺した、のだが。
当然そんなことをファイドラ達第三者が知るはずもない。
「お婆様、せっかくもどってきたのにすぐに出発することになりますが」
「よい。それより、コレット…気をつけるのじゃぞ?」
「はい」
神子ではあるが、孫でもある大切な娘。
今、彼らは新たな試練をむかえている。
これまでは互いの世界を搾取し合う関係でしかなかったというシルヴァラントとテセアラ。
…まあ、聞かされたときには驚きもしたが。
しかし、今は真なる再生の試練を互いの世界の神子は任された、という。
ならば、自分達にできることは、今後の憂いを子供達にかわりはらすのみ。
マルタ・ルアルディという少女から預かった手紙には、
かつての王家の生き残りからのメッセージが書かれていた。
そして近いうちにこの地にくる、とも。
たしかに、話をきくかぎり、世界がかつてのように四千年前の、
古代戦争のときのように一つにもどったとしても、
貧富の差どころか豊かさに隔たりがありすぎる。
そして、テセアラは王制をひいている、という。
こちらには統括するような組織がない。
手紙にはそのことについてのこともかかれていた。
詳しいことは出向いた先で話すとかかれていたその手紙の内容。
おそらく嘘ではないのであろう。
このシルヴァラントのどこかに王家の生き残りの一族がいることは、ファイドラは知っている。
それでも、その身がディザイアンに狙われかねないために、隠されていることも。
しかし、どうやら事態は隠れ住む、という段階ではなくなっているらしい。
ならば。
マーテル教におけるマナの神子の血族として、
そしてマーテル教における、ここシルヴァラントの最高権力者として。
手をかさないで、何がマナの血族の長、といえるのか。
「では、ファイドラ様。私たちは善はいそげ、ですので」
「うむ。…リフィル殿。孫を…たのみますじゃ」
「はい」
「テセアラの神子様、そしてその妹御様もおきをつけて」
「おう」
「ありがとうございます」
村の出口から彼らを見送り、…レアバード、といったか。
あの機体をみたときにはかなり驚いたが。
村人たちもそれを目にし驚きを隠しきれなかったが、
ファイドラが、あれは神子様が天から授かった乗り物だ、というとともに、
村人たちはあっさりと納得してしまう。
そもそも、神子コレットが救いの塔にむかったのは事実であり、
ゆえに、天と何らかの繋がりをもったことも彼らは皆しっている。
そして、封印全てが解放されている、ということも。
神子コレットが旅にでてからしばらくして、
あれほどあった魔物の襲撃達がぴたり、とやんだ。
そしてあれほど育ちにくかった植物などが今では豊かなまでに育っている。
この先にある麦畑が何よりそれを証明している。
ゆえに、村長がいうように神子コレットが旅を失敗した、とおもっているものはまったくいない。
そういいきっているのは、村長くらいなもの。
村長以外の村人ほぼ全てに見送られ、コレット達はロイド達のいるダイクの家へ。
リフィル達とわかれ、ダイクの家へ。
カンベルト洞窟からもどってきたエミルとジーニアス。
「あ。エミル!」
「うむ。もどったか。いきなり出かけておどろいたぞ」
「ジーニアス。なんで俺も誘ってくれなかったんだよ」
アステルがその姿にきづき、ぱっと顔を輝かしてそういうのとともに、
その姿を認識し、リーガルがうなづきつつもいってくる。
そしてまた、ロイドも外にでていたらしく、ジーニアスをみてそんなことをいってくるが。
「あはは。ごめん。ロイド、もう細工ものはできたの?」
そんなロイドの言葉をさらっとかわし、逆にといかけているジーニアス。
たしかロイドは自室にて、ペリットの彫像細工にいそしんでいたはず。
それがこうして外にいる、ということは、すんだ、ということなのだろう。
「お、おう」
そういうロイドの口調はどこか歯切れがわるい。
この場にいるのは、ロイドを含めたアステル達三人組達とそしてリーガルとプレセア達。
タバサの姿がみえない、ということは、そろそろアレを起動させたのであろう。
そんなことをおもいつつも、
「あ、バーベキューの用意、してくれてたんだ」
一応、出かけるときに伝言とばかりに紙にかいてもおいておいたのだが。
お昼をバーベキューにしようとおもうので、食材をかってきます、と。
どうやらその伝言をみたらしい。
皆が外にでているのは、どうやらバーベキューをするために支度をしていたらしく、
この場には炭や、そして使用するためであろう薪などがみてとれる。
すでに台座はくまれており、その上には金網もしっかりと設置されている。
「食材はしっかりとかってきましたから。これで海産物と山の幸。両方を味わえますよ」
「お!サザエまである!」
エミルが荷物からそれらをとりだせば、ロイドが目をかがやかせつつもいってくる。
「あれ?ダイク叔父さんは?」
きょろきょろと、こういう騒ぎがすきなはずのダイクの姿がこの場になく、
ジーニアスが首をかしげつつもといかけている。
「あ。それなんだけどね。ふふふふ」
そういって笑みをうかべるアステルはどこか何かを企んでいる様子。
それとともに。
「お。もどったのか」
「お前達からしてみれば、ひさしぶり、になるのかのぉ」
ダイクの声と、そしてこの場には本来いるはずのない第三者の声がしてくる。
その声をきき、おもいっきり目を見開いているジーニアス。
エミルは始めからしっているので驚く必要性を感じていない。
「え?え?な、なんで?」
おもわず、そこにいる人物と、そして周囲をきょろきょろ見回してはみつめなおしているジーニアス。
まあ、わからなくもないが。
何しろ、目の前にいるのは慣れ親しんだタバサの姿。
にもかかわらず、その口からでているのは、ジーニアスもしっている、アルテスタのもの。
家の中からでてきたのは、たしかにダイクとタバサであるのに。
しかし、タバサの口からは、テセアラのいるはずのないアルテスタの声が紡がれている。
「いきなりその姿で話しかければ混乱するのは必然じゃねえのか?アルテスタ殿」
「かかか。たしかにの。まあ、これはタバサの中にわしがいれた、
わしの記憶と人格。その人格を今タバサの器を通じて発現しているだけじゃて」
「だけって…え?え?人格?記憶?え?」
目の前にいるのはたしかにタバサ、なのに。
語られている口調はあきらかにアルテスタのもの。
混乱するジーニアスとは対照的に、
「あれ?ミトスは?」
きょろきょろと周囲をみて首をかしげつつもといかけているエミル。
確か、ミトスは先に戻っていたはずだが。
「…なんか、倒れてしまってのぉ。疲れておったんじゃろう」
この場にいるはずのミトスの姿がみあたらず、聞けば倒れているっぽい。
…そこまでショックだったのか?
タバサの姿はマーテルの姿。
そんなマーテルの姿でアルテスタの声になった、というのは、
すくなからずミトスの心に多少のダメージというかショックを与えたらしい。
エミルはしらないが、嘘、とつぶやいたのち、ふらり、と気絶したミトスは、
いまだに眠りについたままであったりする。
おそらくは、姉マーテルが男性の声を使ったように感じてしまったのかもしれない。
別に声くらいでどうこうなるようなあいつではないとおもうのだが。
そうエミルはおもうが、不意打ちであったために、かのミトスとてダメージをうけたらしい。
正確にいうならば、森にはいってきたミトスがタバサの姿でアルテスタの口調で話す姿をみて倒れた。
というのが正しいが。
「む~。エミルはどうしておどろかないのさ。
というかよくミトスが戻ってきてたのしってたね。
僕らはすごくおどろいたよ!何でも古代大戦よりも前の技術らしいよ!
知識と人格を特殊なコアに投射して、もう一つの自分にする技術だって!
すごいよね!そもそも、古代大戦より前の歴史なんてまず知られてないもの!」
アステルのその表情はものすごく輝いている。
どうやらここにもどってくるまで、多少のことはアルテスタ(の人格)から聞いたらしい。
エミルはかのコアにアルテスタがあの家から出頭?するときにわかっていたので、
ゆえに、いつ皆にそのことを伝えるのかな?というくらいの認識でしかなかったのだが。
まあ、タバサがこの場にのこったことから、同じドワーフというのもあり、
タバサがアルテスタのことづけ、すなわち、シルヴァラントのドワーフにあったときは、
自分を表にだしてほしい、とことづけていたその言葉を実行にうつした、のであろう。
ジーニアスはアステルの予想通りに混乱しているので満足したが、
エミルがまったく驚いていないのをうけ、おもわずむくれているアステル。
エミルからしてみれば、アステルがなぜそんな文句をいっているのかが理解不能。
普通はいきなりこの場にいないはずの人物の声がしたりすれば、
すくなからず驚き狼狽する、というのがヒト、なのだが。
それにエミルは気づいていない。
まあ、あの技術は当人同士の精神が干渉しあい、
どちらかが消滅、もしくは互いに消滅する危険がある、というので、
あのあと、ハロルドが全ての研究成果とその資料を破棄していたがゆえ、
知られていなくても当たり前といえば当たり前なのだが。
アステルの言葉をきき、ふとかつてのことを思い出す。
疲弊していった人々が、ようやく新たに再起をし、
互いに手を取り合い生活していたとおもったら、またヒトは同じような過ちを繰り返しだした。
あのとき、ですら人々は地上に生活の場がないから、という理由にて、
マナを利用し大陸を浮かす、ということを選択していた、というのに。
それゆえにおこった、地上と彼ら曰く天界との戦い。
天界、とはよくいったもの。
ただ、浮遊した大陸を勝手にヒトがそういっていたに他ならない。
今のこの世界でいうのならば、ミトス達が空に拠点を、
つまりは、デリス・カーラーンにおいていることからそれらを天界というのだろう。
なぜに同じようなことを繰り返するかが疑問に思わざるをえないが。
「…いきなり、服をまくりあげて、オヘソをおしてください。
といわれたときには、どうしようかとおもいましたけど……」
お皿に綺麗に切り分けた野菜を並べながらリリーナがため息混じりにぽつり、といってくる。
…どうやらアルテスタはかの起動スイッチをタバサのオヘソ部分につけた、らしい。
たしかに、一晩しかなかったがゆえに、すぐに作業ができる場所。
といえば限られていたのであろうが。
そして、他の目につきにくいところ、もしくはそう簡単にはスイッチが押せないところ。
それらを考えた結果、オヘソをスイッチにしていた、らしい。
リリーナからしてみれば、女性が…いくら機械人形だ、といっても。
見た目もその触れた感覚もあきらかに人のそれ。
そんな彼女がいきなり服をまくりあげ、オヘソをおしてください。
といきなり言いだしたことにかなり抵抗があったりする。
ダイクが叫び声をあげて、すわなにごとか、とリリーナがかけつけてみれば、
服をまくりあげてダイクの前にたっているタバサと、
そしてほぼ顔を真っ赤にさせていたダイクの姿。
エミル達が食材を買いにいったのち、ここではそんなちょっとした騒ぎがおこっていたりする。
結局、だれもおしてくれそうにないので、タバサ自身がそのオヘソスイッチを起動、
させたのだが。
こちらを視ていなかったエミルはそんな事情まではしりはしない。
「ふぅん。それより、これ、食材だし。もう準備はできてるっぽいし。火をいれる?」
「…どうじないんだな。エミルは」
「?リヒターさん?」
「いや。こんな状態をみてもほとんどというかまったく驚いてもいないだろ?お前は」
「驚いたからって何かどうにかなるんですか?」
「「「いや、それはそう(だが)(だけど)(ですけど)」」」
首をかしげ、さらっといいきるエミルの台詞に、
リヒターとリーガル、ロイドとジーニアス、そしてリリーナとプレセアの声が同時に重なる。
確かにエミルのいうとおり、驚いたからといってどうにかなるというか、
それが解決するわけではない、のだが。
何というか、こう釈然としないのもまた事実。
そもそも、なぜ人格投射とかいうのをきいてもまったく驚いていないのか。
それが彼らからしてみれば不思議でたまらない。
「そういえば、アルテスタさんの人格が表にでてたとき。
器用さとかはどうなってるんですか?」
「うむ。それは問題ない。こやつの体もそういった器用さはきちんとしておるしな。
…不器用であったあのおかたにせめてもの、というユアン様の…な」
「・・・・・・・・・・・・」
あ~。
アルテスタが何をいいたいのか察知し、思わずエミルも納得してしまう。
…どうやら、かなり不器用であったマーテルのために、
せめて新しい体になるであろう器くらいは器用さを、とでもいったのであろう。
当人に確認しているわけではないが、何となく予測はつく。
「僕らからしてみれば、タバサさんのその体が。
実は女神マーテル様の新しき器としてつくられた、というのに驚きでしたけど」
「?え?」
彼らにはそのことは話していなかったはず、なのだが。
ゆえにすこしばかり首をかしげるエミルに対し、
「え?え?どういうこと?だって、マーテルの器は、コレット……」
ジーニアスも理解不能、とばかりに首をかしげていってくるが。
「うむ。そもそも、この体は、あまりに有機生命体ではマーテル様の新しき器。
それらが拒絶反応をおこすがゆえ、もう一つの方法として生み出されたのじゃよ。
マーテル様の生前の体をそのままに、つくられたのが、このタバサじゃ」
いくつもの試作品の後に完成したこの器。
「…じゃが、この器でもマーテル様の精神体はうけとめきれんかった。
ユグドラシル様はタバサを失敗作、として処分なさるようにいわれたのじゃがの。
わしはさすがにマーテル様と同じこの姿の彼女を処分するのはきがひけての。
じゃから、人工知能、成長するプログラムを搭載し、あらたに再利用したのじゃよ。
わしがクルシスから逃げ出すとき、彼女をつれてでたのもまた、
あの地にのこしておれば、まちがいなく処分命令がくだっていたこやつは、
確実に破壊されてしまうという思いがあったも事実じゃな」
どうやら自分達が出かけている間に【アルテスタの人格】の口から、
このタバサにおける真実が彼らにすでに説明されていたらしい。
もっとも、その説明をうけたときに、またひと騒動があった、のだが。
何しろこのタバサの姿はかのマーテルそのものだ、というのである。
マーテル教で育っている彼らにとってこれほど驚愕するような事実はない。
ようやく少しは落ちつきを取り戻したころにエミルとジーニアスが戻ってきたわけなのだが。
「え?え?ええええ!?」
一方で、いきなりそんなことを説明され、ジーニアスからしてみれば混乱せざるを得ない。
そもそも、今まで一緒にいた彼女が女神マーテルと同じ姿であり、
また、コレットの変わり、というか神子の変わりとしてつくられていた。
という事実はすくなくともそう簡単にはいそうですか、と納得できるものではない。
一人叫びをあげているジーニアスをみて、
「だよなぁ。俺だってしったときには叫んだしなぁ」
「まったくです」
プレセアとてそれをきかされたとき、思わず叫んだほど。
そしてはっと自分が叫んだことにきづき、とまどったのはつい先刻のこと。
うんうんうなづくロイドの横で、ぽつり、とどこか悟ったようにつぶやくプレセア。
そんな彼らの声にはどこか達観したようなものが含まれているのは気のせいか。
「あ。なら。ナイフを持ったら、いつのまにか手をきってて血がどばどばでてたり、
あげくは食材が食材でなくなってたり、というのはないんですね」
「…う、うむ。しかし、お主、その基準はいったいどこから……」
今表にでている人格はアルテスタのものではあるが、アルテスタとてドワーフのはしくれ。
そんなに不器用ではない。
それどころかかなり器用な部類にはいる。
にもかかわらず、エミルのその台詞はいったい何を基準に、というのだろうか。
もしも、このアルテスタの人格が、かの地をでたときの彼と同調している、
もしくはあの後投影されていたならば、すぐにその理由に思い当たっていたであろう。
すなわち、エミルの今の言葉は、マーテル本人と比べているのだ、と。
余談ではあるが、ゆえにミトス達四人の認識では、マーテルに刃物をもたせるな。
危険すぎる、というのが共通の認識であったりしたことはいうまでもない。
何しろアクアですら、どうやればそこまで、と中ば呆れていたほどに、
驚くほどにマーテルの刃裁きはかなり不安定なものがあった。
ついでにいえば、かの石を授けたのち、力もふえたせいか、より危険になったがゆえ、
絶対禁止、とミトスが口をすっぱくして姉にいいきかせてもいたりした。
「とりあえず、準備はできてるみたいですし。
なら、これらをそこの川であらって、バーベキュー開始しますか?」
そんな【アルテスタ】の疑問をにこやかに笑みをうかべるのみでかわし、
イズールドでかってきた魚介類をみつつもそんなことをいっているエミル。
このまま、というわけにはいかないであろう。
しかし、ここには綺麗な小川が流れている。
そこである程度食材をあらうことにより、独特の臭みや汚れ、
そういったものは最低限は取り除くことができる。
「なんか話しをはぐらかされているような気もしなくもないが。
たしかに、もうおひるはすぎちまったしな」
実際、すでに昼時はすぎている。
まだ食べていなかったのは、出かけていた二人がもどってくるのをまっていたがゆえ。
それぞれ思うことはありはすれど、
「ま、準備してくれてるみたいだし。さくっとお昼にしましょう、お昼に」
なぜにエミルはこの状況で驚きも動じてすらもいないのだろうか。
そんな疑問はありはすれど。
ぐ~…
そんな中、どこからともなくお腹のなる音が。
おもわず音がなったほうをふりむけば
「…また、ロイドなの?」
どうやら今のお腹の虫はロイドのものであったらしい。
ジーニアスがまた、といったのは、これまでにも幾度か、こういった場面があったがゆえのこと。
パルマコスタにたどり着いたときも、ロイドは盛大にお腹をならしていた。
それらのこともあり、ジーニアスはまた、といったにすぎないのだが。
「わ、わるかったな!さっきまでずっと作業に没頭してたからお腹すいてるんだよ!」
あきれたようなジーニアスにたいし、顔をまっかにして抗議しているロイド。
ジーニアスのまた、という言葉に自覚があるのかどうかは定かではないが。
「んじゃ、さくさくっとはじめましょうか」
おそらく、焼けたころにコレット達もくる、であろう。
あちらを視るかぎりどうやら話しの方向性がこちらにくる、というようにむかっているらしい。
ならば。
彼女達もおそらくはお腹をすかしているはずである。
ゆえに、会話をさらり、ときりあげて、エミルはエミルでそのまま食事の準備にとはいってゆく。
「お、この肉もうやけたな!」
「ああ!ロイド!それ、僕が確保していた肉ぅぅ!」
何とも騒がしい。
「そんなに騒がなくても。というか……」
血抜きがまだだ、というので血を好む魔物を呼び出し、ロイド達がとってきた、
というエッグベアの血をぬき、さくり、と解体。
ちなみに解体はこれまた刃をもつ魔物にやってもらったがゆえに、
エミルとしてはあまり手間をかけていない。
なぜかエミルがそれらの魔物を呼び出したのをみて、ダイクが唖然としてはいたが。
エミルが食事時に魔物を呼び出したりするのはよくあったことでもあり、
ジーニアスやロイドは驚くことはなかったが、
その光景を始めてといっても過言でなく目の当たりにしたアステル達はといえば興味深々。
周囲にはいくつかの魔物達が鎮座しており、
そんな彼らにもエミルは予備につくった料理をふるまっていたりする。
ひたすらに網に材料をのせては、やけたころには、
いつのまにかそれぞれが手を伸ばし、あっというまに食べごろの品はなくなっている今現在。
ロイドに取られないように、少しよけて確保していた、というのにロイドにとられ、
思わずさけんでいるジーニアス。
「あ。リリーナさん、お帰りなさい。ミトスの様子どうでした?」
ある程度やけた品々をきちんと小分けにお皿にいれ、
二階の寝室で休んでいるミトスのもとにもっていっていたリリーナが戻ってきたのをうけ問いかける。
「ええ。起きてはいたけど、こころなしか顔色はわるかったわね。まだ」
リリーナはミトスが倒れたその場にいたがゆえに、何ともいえない。
おそらく、疲れがたまっていたのではないか、とダイク達はいっていたが。
一応、降りれるようならば一緒にどうか、と誘いはしたが、
ミトスは食べたくない、と一度は拒否し、
そんなミトスに滾々とリリーナが食べなければ成長速度にも体にもわるい。
と滾々といい始めたのをうけ、ならもってきたそれだけはたべる、
とミトスもどうやら妥協をしめしたらしい、が。
「そう、ですか」
ミトスはこういう場を知らないゆえに、彼にはこういったものを味わってもらいたかったのだが。
まあ、当人がきたくない、というのに無理やり、というわけにもいかないだろう。
そう納得し、
「ロイドもジーニアスも。お肉ばっかりたべてないで。
しっかりと野菜もたべないとだめだよ。あ、そのイカ、もうたべごろみたいだよ」
イズールドでかってきた海鮮類はマンボウだけでなく、イカやエビ、
そういった一般的なものも購入してきている。
先ほどから彼らはどうも肉系統ばかりにめをやり、
肝心な野菜にほぼてをつけていない。
香ばしい独特な香りが周囲にたちこめるこれは、
せっかくなので近くにある赤松付近から、一気にマツタケを成長させ、
ついでに具剤の一つにくみこんでおり、それらがやけるいいにおいが漂っている。
もっとも、この味は好みにわかれるらしいが。
不思議なことに、子供のころは味がない、とおもうらしいが、
大人になればこれがおいしい、とヒトは感じるらしい。
すでに、購入していたマンボウはそれぞれ部類ごとに料理してあり、
この場にはおさらに小分けした煮物も一応用意していたりする。
量的にそうはないが、まあすこしばかり食べるのにそう問題ないであろう。
ちなみに、腸は風属性の魔物にいって、一気に乾燥させており、
ちょっとしたお酒のつまみに、とばかりに一応用意はしていたりする。
もっとも、この場にいるのがほとんど子供ばかりであり、
また、リーガルも子供達を身守る必要性がある、といってお酒をのもうとはしていないが。
プレセアはといえば、いくら本来の年齢が二十八とはいえ、今の体は十代でとまっていた。
自分でも身長が成長している、というのに気付いているらしく、お酒に手をつけようとはしていない。
成長期のお酒というかアルコール類は成長をさまたげる。
というヒトがいうところの諺もどきはどうやらテセアラ側でもいまだに健在、であるらしい。
「うわふっ(ラタトスク様)」
「?どうした?」
ふと、ぴくり、と何かに反応したこの場にあつまっていた魔物のうちの一体。
ウルフがぴくり、と耳をうごかしつつも、一声ないてといかけてくる。
「ガウガウガウ(森に誰かきたようですが、いかがなさいますか?)」
どうやら、こちらにやってくる人の気配にきづいて念のためにきいてきたらしい。
「ああ。かまわない。どうやら村にいっていた彼らがもどってきたようだしな。
――そうだな。ノイシュ。この子と一緒にお出迎えにいってくれる?」
「わうっ!」
ノイシュもまたこの場にやってきており、魔物達とともに食事をしており、
エミルの言葉をうけて、その場にすくっと立ちあがる。
頼られるのが嬉しいのか、ぶんぶんと尻尾をふっており、
横にいるウルフもまた同じように尻尾をふっていることから何ともほほえましい。
大小の動物が同じようにふさふさの尻尾をふっている様は何とも心が和む光景。
それ以外の魔物達は、なぜかうらやましそうに、その命令をうけたウルフをみているが、
「…おまえら、おまえらもいきたいのか?」
ぶんぶんぶん。
それはもう、もののみごとに。
彼らからしてみれば、王からの命を直接うける、というのは何よりの誉。
そもそも、自分達はその本能に刻まれてはいても、直接に会話できるなど。
おもってもみていなかった。
その自分達の王であり、世界の王がこの場におり、
そんな王の役にたてる、というのは彼らにとって何よりの誇り。
「しかし、お前ら全員でいっても驚かれるだろうに。
そうだな。ウルフにピヨピヨ、ラビット、お前ら達くらいでいいだろう。
ちなみに、誰がいくかは、お前達にまかせる」
その言葉をうけてか、なぜか、ざっとそれぞれの種族がかたまり、
そして、何やらガウガウといったり、チュンチュンいったり、一気にその場が騒がしくなる。
やがてどうやら誰が代表してゆくかきまった、らしい。
負けたものは、しゅん、となっているが。
「わおおんっ(残ったひとは、王様の護衛でしょ?)」
ノイシュが一声いななき、はっとした表情を浮かべる魔物達。
そんな光景をみつつ、
「エフュ(もぐもぐ)もくらむ・・・」
「…ロイド。せめて何かいいたいんなら、口の中のそれを飲み込んでからにしようよ」
口の中にお肉をほうばりつつ、何やらいいかけるロイドにたいし、
そんなロイドをあきれたようにみていっているジーニアス。
ジーニアスの台詞をうけ、やがて、ごくん、とそのノドをならし、
どうやら口の中にあった食べ物をいっきにのみこんだ、らしい。
「エミル、今、お前何いってたんだ?」
あいかわらず、エミルが魔物達と何か会話らしきものをしているのはわかるが。
その言葉の意味はロイド達には理解不能。
しかも、あきらかに魔物達はエミルの言葉?のようなものをうけ、
これまでとは違う行動をみせていた。
なぜか、三種の魔物達の一体がかちほこっているようにみえるのはロイドの気のせいか。
「え?ああ。どうやらリフィルさん達が、コレット達ともどってきたみたいだから。
彼らに迎えにいってもらおうかと。ノイシュひとりでも心配だしね」
このあたりはノイシュの庭、とはいえ、何がおこるかわからない。
まあ、魔物達がノイシュを傷つける、ということは絶対にない、といいきれるが。
「え?姉さんたち、もうもどってくるの?」
「みたいだよ」
そんなエミルの台詞に目をぱちくりさせ、ジーニアスが驚きの声をあげてくる。
「たぶん、殻をもっていって、ダイクさんに何かつくってもらえとかいわれたんじゃないの?」
エミルのそんな言葉をうけ、
「うん?殻?」
ダイクがこれまた首をかしげつつ、その手にしっかりとお酒をもちながらいってくる。
どうやらこのしいなが持ち込みをした【大吟醸・誉れ】はお気に召したらしい。
「ええ。僕とジーニアスがイズールドに食材かいにいったのはしってますよね?
そのとき、リフィルさん達が、エンジェルアトポスの殻をもとめやってきてたんです」
エミルの説明をうけ、手にもっていたコップを木でつくられた折り畳み式のテーブルの上におき、
「ふむ。ということは、マーテル教の聖なるお守りを、というところか?」
殻、だけでどうやらダイクには彼らの意図がつたわったらしく、
腕をくみながらそんなことをいってくる。
「ああ。あれか。あれは我らがドワーフに伝わりし技術の一つで、
あの殻をなめして薄くして、さらには糸状に伸ばす必要があるからな」
「…どうでもいいですけど、
やっぱり、タバサさんの姿でアルテスタさんの声は、…なれません」
「まったくだな」
そんなダイクの横で、これまた腕をくみながら、アルテスタの声でいってくるタバサ。
そんな彼女の姿をみて、ぽつり、と何ともいえない表情をうかべつぶやいているプレセア。
いつものカタコトのような彼女の話し方になれているがゆえの反応か、
それとも、彼女の口からアルテスタの声がしていることに違和感を感じているのか。
おそらくはまあどちらも、なのであろう。
みれば、リーガルもまたプレセアの言葉にうんうんうなづいているのがみてとれる。
「あたしとしては、人格の投射?だったっけ?そんな技があったのはしってたけど。
実際にまのあたりにするのは…ねぇ」
みずほの里につたわりし古の技術にそういったものがあった、というのは、
しいなもまたしっている。
知識だけ、ではあるが幼き日、自分がもう一人いれば、といっていた彼女に、
イガグリがかつてそういう技術があったが、それは互いの精神体を共鳴させ、
どちらも消滅させかねない技術であった、と。
たしかにこの場にアルテスタ当人がいないのであれぱ問題ないのかもしれないが。
しかし、そんな危険な技術がいまだにドワーフに受け継がれていた。
というのにしいなは何より驚愕せざるをえない。
まあ、アルテスタ曰く、絶対地上ではこの技術は使用できない、といっていたが。
きけば、かなりのマナを多様するらしく、
これもとある実験の過程でクルシスの拠点、デリス・カーラーンでつくった、とのことらしい。
どうやら始めのころはそれのコアにマーテルの人格を投射できないか、
という思いからの実験であったらしいが。
そもそも、人格を投射するためには特殊な機械に人格のオリジナルが入る必要がある。
しかし、マーテルはそれに入ることができないがゆえに、その案はボツになった、とのことらしい。
今いるマーテルの魂を削るような行為になるかもしれないがゆえ、
姉の安全が確保されないその技術の使用は不可能、と判断され、
ゆえに何もはいっていなかったコアのみが残された、とのこと。
すでに最終段階まで調整をしていたがゆえ、
すこしの作業でそれの中に人格投影をすることができ、
あの日、アルテスタが投降する前に自らの記憶と人格をそのコアに投影し、
そしてタバサの中にくみこんでいたのだ、と。
しいな達はエミル達が出かけている間にそう、タバサの口から【アルテスタ】に聞いている。
そんな話しをしている最中、どうやらノイシュ達はリフィル達を迎えに、
つれたってどうやら森の出口あたりまで移動していったらしい。
ちなみに、しいなはミトスが倒れたのもあり、
ミトスを心配しついでにここに戻ってきていたりする。
もっとも、いきなり戻っては驚かせるかもしれない、というのもあり、
さきがけて、ミトスとしいなが先に出向いた、のがそもそもの原因なれど。
「とりあえず、リフィルさん達ようの分もやきはじめよっか」
「…エミル、あんた本当に何事にもどうじないねぇ」
いいつつも、あらたな野菜や魚介類を網にのせはじめるエミルをみて、
苦笑しながらしいなもまた、同じように作業を開始する。
この場でもくもくと食べているのはほぼロイドのみで、
それぞれ、自分がたべたいものなどは自分で網にのせており、
タバサは食事をする理由がないから、という理由にて、
少なくなった野菜などをきってはこの場にはこんできていたりする。
黙っていれば彼女が今現在【アルテスタ】の人格が表にでてきている。
などと誰もおもわないであろう。
エミルがいそいそと新しい具を網にのせているそんな中、
「なあ。親父。今いったドワーフの技術っていうの。俺もならっちゃだめか?」
どうやらロイドはロイドでその技術、というのに興味があるらしい。
というか、初耳、というような表情をありありとうかべているのがみてとれる。
そんなロイドの言葉に顔をみあわせるダイクとタバサ…もとい【アルテスタ】。
「あれは、このように、自らの手に魔力をこめることができなければむりだぞ?
たしかにわしはおまえさんに要の紋の作成方法をおしえはした、がな」
アルテスタ当人の手は彼自らが壊していたから、要の紋を自らつくる、
ということはできなくなっていたが、このタバサの体ではその心配はないといってよい。
そもそも、あのようなことにならなければ、自分の人格をコアに投影しよう、
などと夢にもおもってもいなかったアルテスタ。
「…しかし、やはりこの体では完全にマナの調整、はむずかしいな」
「それは仕方なかろう。こちらとしてはそのように人とかわらぬ機械人形。
そんなものをつくりあげたアルテスタ殿の技術に感服じゃわい」
その手にマナを纏わし、正確にいうならば力のみを纏わせる方法、なのだが。
これは繊細なマナの調整が必要となる。
ちなみにこの方法は普通の肉体をもつものならば誰でもでき、
また肉体強化、という点にも使用できる、のだが。
そのコントロール方法を一歩間違えれば体が壊れてしまう、ということもあり、
今ではこの技術を使用しているものはどうやらいないらしい。
まあ、体を強化しました、体全体が壊れました、ではつかいものにならない、
と判断されたのであろう。
かつてのように、今のこの世界にはそれらを調整する機械類といったものはみあたらない。
あれもまた、かつての天地戦争時代には普通にあったが、
その後、かの技術もまた停滞し、あれを作りだせる技術者もいなくなっていた。
もっとも、それらの応用で空中戦艦などというものがつくられてしまったのが、
五千年前あたり、なのだが。
「エンジェルの糸は一人ではなかなか時間がかかるからな」
「だな」
何やら通じるところがあるのか、しみじみうなづいているこの二人。
本来ならば、数名で作業するのが通説であったかの糸の作成。
しかし一人でやるとなると工程がなかなかに難しく、
また、完全にマナが霧散してしまう前に行わなければいけない、ということもあり、
かなりの時間、そして集中力、そして材料を消費していたのであろう。
「マナを、纏わす?」
「あ、それ無理だね。ロイド、そういったところは不器用だもん」
「う、うるさいなっ!」
「それ以前に、ハーフエルフ、もしくはエルフ以外に魔術が使用できるのか?
いや、ドワーフ族ならぱそれはたしかに可能であろうが。それは魔術と同じ扱いなのか?」
「あ、それは僕もきになります」
どうやらこちらの研究二人組のほうは、アルテスタ達のいった、魔力を纏う。
その方法に興味をひかれた、らしい。
そんなリヒータとアステルの問いかけに、
「これは周囲のマナと、自らのマナを同調させる必要があるからの。
ふむ。たしかに、エルフ達の血をひくものならばできるだろうが」
「じゃが、古にこれらを習得しようとしたエルフ達がことごとく再起不能、
となった、とこちらはきいておるぞ?」
…どうやら今の話しから、自分が寝ている間にそれを挑戦したものがいたのか、
そういった現状が実際におこっていたらしい。
ダイクとアルテスタの説明をきき、おもわずため息をもらすエミル。
たしかに人の身であれは扱えるといえば扱えるが。
その点でいえば、無意識にそれらを応用しているリーガルのほうが、
そういった流れのつかみをつかむのははやいかもしれない。
タバサの中にとあるアルテスタの人格と話しつつ、ダイクが腕をくみ、そして。
「そういえば。この技術は始まりのときに精霊様から授かった。ときいていたが」
「うむ。たしか、氷の精霊、セルシウス様が始まりとかいわれていたな」
ダイクがつぶやくのとともに、タバサもまた、うんうんうなづきつついってくる。
否、この場合はアルテスタが、というべきか。
「?セルシウスが、かい?」
そんな彼らの会話にしいなが首をかしげといかければ、
「うむ。この大地に始めて我らの種族がうまれしとき。
かの精霊からこの技術を授かった、といわれているな」
「…なら、セルシウスにきけば、わかる、のでしょうか?」
【アルテスタ】の言葉に、ふと何かおもうところがあるのか、プレセアがぽつり、といってくる。
「しいなさん。たしか、氷の精霊と契約してましたよね?ましたよね?」
それまで【アルテスタ】やダイクのもとに言い寄っていたアステルが、
何かはっと気付いたかのように、いっきに間合いをつめしいなにと問いかける。
その目は何かを期待するかのように、きらきらと輝いており、
ゆえに、しいなも彼がいわずとすることを嫌でも悟る。
「はいはい。呼べばいいんだろ。ったく。
こんなことで精霊をよんでバチがあたらなきゃいいけどねぇ…」
やれやれ、とばかりに盛大にため息をつき、
そして。
「蒼ざめし永久氷結の使徒よ 契約者の名において命ず 出でよ セルシウス!」
手をすっとつきだし、契約の言葉をつむぎだす。
刹那、周囲に氷の粒がまいちり、それはやがて一つの形となしてゆく。
「契約者よ。我に何かようか?」
形はすぐさまに人の姿をなし、その場に精霊セルシウスが現れる。
「ほう。話しにはきいていたが。本当に召喚士の資格をもってるんだなぁ。おまえさんは」
それをみて感心したようにつぶやくダイクに、
「うむ。直接に精霊様をみたのはさすがに始めてじゃの」
うんうんうなづくようにいっている【アルテスタ】。
「セルシウス。彼らがマナを纏わすいわくヒトが格闘術とよんでいるものをしりたいんだって」
ちなみに、それが普及していたけっか、人の中でも格闘術、というものがうまれ、
それらを人々はうまく利用していた。
『え?』
別に誰も格闘術、なんていっていない。
ゆえに、思わず同時につぶやくロイド達。
一方で、
「ふむ。なるほど。しかし、そこの男は我の格闘術の流れをくんでいるのではないのか?
完全とはいかないまでも、どうやらある程度はつかんでいるようだしな。
そのマナの流れからして、おそらくはあのファラ・エルスレッドとかいうものの血筋だろう」
ファラ・エルスレッド。
それは、天地戦争の時代に活躍したとある武道家の名前であり、
また、エルスレッドという家名は古にセルシウス自らが格闘術を授けたといわれている家系。
実際は授けた、というよりは暇だからという理由でふらふらしていたセルシウスが、
それなりに組み手ができそうな人間をみつけ、人の姿をもってして、
そのものと幾度も格闘を繰り広げていたけっか、いつのまにか師匠と弟子。
という形になってしまっていた、というのが事実。
セルシウスがあまりに人に当時のめり込んでいたがゆえ、
注意をそれとなくしたこともラタトスクは覚えている。
「?ファラ・エルスレッドとは、私の母方の祖母の名ではあるが……」
リーガルの母曰く、ファラ・エルスレッド、という名は、
エルスレッドの家系の中で、より武術にすぐれているものがうけつぐ名。
そうリーガルは亡き母からきかされている。
リーガルがその身においてそういった武術を学べたのもあるいみ血筋がなせるわざ、というべきか。
リーガルは完全にまだそれらの術をきわめているわけではないがゆえ、
その一撃で大地すら砕く、という領域まではどうやら至っていないらしい。
しかも、どうやらそれらの調整が苦手なのか、手以外では威力がかなり落ちているっぽい。
セルシウスの台詞に戸惑い気味な言葉をはっするリーガル。
なぜ精霊セルシウスがその名をしっているのか、という戸惑いのほうがリーガルしてみれば遥かに強い。
「何。古に汝の先祖とあったことがあるだけだな。して、我をよんだ理由は何なのだ?」
「うわ~。あなたが精霊セルシウスですね!はじめまして!僕、アステル・レイカーといいます」
「うむ。私はセルシウス、という、しかし……」
『?』
言葉を濁すセルシウスの態度に思わず首をかしげるその場の全員。
よくみれば瓜二つ。
ということは、ラタトスク様はこの人間の姿を模したのか。
そう納得しつつも、
「いや。何でもない。ところで。契約者よ。何がききたかったのだ?」
今、ラタトスクに格闘術、といわれたがおそらくそうではないのであろう。
それゆえのといかけ。
「あ。ああ。ドワーフにマナを纏わす?技術をさずけたのが、
セルシウス。あんただっていう伝説があるって彼らからきいて。
それは、人の身でも可能、なのかい?こんなことで呼び出してわるい、とはおもうけどさ」
呼んだ以上はきちんと聞く必要がある。
すこしばかり戸惑いぎみにといかけるしいなの台詞をうけ、
「うむ。まあ適正があるものならば簡単であろう。
そこのドワーフ達はその適正をその種族的に先天的にもっておる。
しかし、ドワーフ以外の種族は、各自の適正によるであろうな。
つまりは、武道家とヒトがいう輩の適正があるものならば所得は可能だな」
かの技は武道家における調和率が一番高い。
それ以外のものもつかえはするが、なかなか感覚をつかめていない。
「ヒトは生まれながらにそれぞれ適した職業というものがある。
もっとも、その職業をきわめていくにしたがい、利用できる職もふえてゆくがな。
…と、この方法は今の世界ではすでに失われてひさしい、か」
天地戦争からあと、職をかえる、という技術は失われた。
一番の理由は、かの戦争の後、一気に減ったマナの影響、ともいわれている。
あまりに人が戦争を繰り返すがゆえ、マナがあまっているからなのか、
という理由のもと、ならば最低限のマナだけのこし、
それ以外のマナをラタトスクが種子にとし、
マナの衰退は、一気に人々の文明レベルを壊滅的に下げていった。
もっとも、またマナが豊かになるに従い、人は愚かにも戦争を起こし始めたが。
「?それって、どこかで働くとか、そんな感じのものかい?」
職をかえる、といわれてもしいなにはよくわからない。
「いや、そうではない。本質的な職、だな」
そんな彼らにきっぱりといいきるセルシウス。
『???』
さらに意味がわからずに首をかしげるしいな、そして他のものたち。
「じゃあ、いったい……」
しいながさらに問いかけようとしたその直後。
「あれ?なんでセルシウス様が呼びだされてるんだ?」
ふと、聞きなれた声が道のほうからきこえてくる。
「ゼロス!?それにセレスもリフィル、それにコレットも」
どうやら無事に彼らもこの場にやってきたらしい。
ゼロス達からしてみれば、いきなり魔物とともにノイシュが現れたことにもおどろいたが。
ノイシュが共にいる以上、迎えだろう、とおもい一緒にこの場にやってきた。
いい匂いを漂わせている方向、すなわちダイクの家にむかってゆく最中、
突如として周囲の気温がさがったような感じがしたかとおもえば、
その先にみおぼえのある精霊の姿がみえたのだから戸惑いの声も当然といえば当然。
何か精霊の力を借りなければいけないようなことがおこったのだろうか。
そうおもい、思わず警戒してしまう。
「それより、さっき、アルテスタさんの声がしたんだけど…アルテスタさんもこっちにきてるの?」
きょろきょろと周囲をみつつ、コレットがそんなことをつぶやくが。
「おお。嬢ちゃんか」
「「「「え(は)?」」」」
【アルテスタ】の声をきき、思わず同時に間の抜けた声をだす、
ゼロス、セレス、リフィル、コレットの四人。
たしかに目の前にいるのはタバサのはずなのに。
なぜその口から【テセアラのドワーフ・アルテスタ】の声が紡がれているのだろうか。
その事実は一瞬彼らの思考力を奪うには十分すぎるほどの衝撃。
そして、次の瞬間。
「「「え、え、ええええ~~!?」」」
何ともいえない三人の叫びが、ダイクの家がある森の中を響き渡ってゆく……
「何だか違う意味でまたもや疲れたわ」
セルシウスの召喚をしいながきったのち、どこかつかれたようにつぶやくリフィル。
ちなみに、ダイクの用意したこれまた折り畳み式の木でつくられた椅子。
それらにそれぞれこしかけているリフィル達。
ちなみに、目の前ではいまだにバーベキューパーティーは継続中。
なぜ精霊を呼び出していたのか、ときけば、
ドワーフの技術のことについて聞きたいことがあったから、であったらしい。
そんなことでいちいち精霊を呼び出すなんて、とつぶやいたリフィルの気持ちはいうまでもなく。
「しかし。聖なるお守り。か。あれをつくるには特殊な石が必要なんじゃが……」
石、というか鉱物というか、それとも生命とでもいうべきか。
「うむ。特殊な物質、とおもわれているベルセリウム、とよばれしものでな。
鈍く銀色にひかるそれは、まあありていにいえば生きておる鉱物。
とでもいえばよいのかの?かつてのときはオサ鉱山でときどきとれておったのじゃが」
しかし、今かの鉱山はうちすてられている。
「もしかして、あの廃墟となってたあの鉱山でとれてたのか?親父?」
オサ山道、といわれ思うところがあったのであろう。
ロイドが確認をこめて問いかけてくる。
「うむ。かの地でとれた品はマーテル教に必ず納めることになっておったからの。
さすがの俺も予備なんてもんはもっちゃいねぇ。が、かの品を手にいれるとなると……」
ドワーフだからこそみつけることができていた。
腕をくみ、リフィル達から聖なるお守りをつくってほしい、そういわれ、
たしかにエンジェルアトポスの殻で糸はつくれる。
しかし、肝心の台座、となる品がない。
「抑制鉱石じゃだめなのか?親父」
「うむ。この殻でつくった糸は抑制鉱石にくみいれれば効果をうしなってしまうのじゃよ」
「…そんな。どうにかならないのですの?」
不安そうにつぶやくセレス。
「いや。たしか、地の神殿でベルセリウムがとれる、ときいたことがあるぞ。
かの地はクレイアイドル達もたしかすんでおるはずじゃ。
うまく協力がとりつけられれば、簡単に手にはいるやもしれぬ」
ふと、【アルテスタ】が何かを思い出したように、ぽん、と手をたたきつついってくる。
「地の神殿?たしか、地の精霊がいるあそこか」
「たしかに。あの場所にはクレイアイドルとよばれし精霊達がすんでいますね。
それに、精霊達と契約をするのなら、地の神殿にどちらにしてもいくのですし。
なら、次は地の神殿にむかっていき、その品を手にいれるのではどうですか?」
たしかに。
どちらにしても地の神殿にはいかなければならない。
ゆえに、アステルの台詞に思わず顔をみあわせるロイド達。
「なら、きまり、だな」
「うむ。お前達が材料を手にいれてくるまでに糸と必要な材料はこちらで準備しておこう。
かの品ものいがいは手にいれるのはそう難しくはないからな」
うなづくロイドにたいし、ダイクもうなづきながらいってくる。
「では、わしは、タバサのこの体でなければどうにもできないからな。
ダイク殿の手伝いでこちらにのこる。他にものこるものはいるか?」
「ミトスはどうする?まだ顔色わるいけど」
すでにミトスもどうにか起き上がることができるらしく、といってもいまだに多少顔色がわるいが。
どうやらいまだにマーテルの姿で口調というか言葉が男性のそれがつむがれている。
それが受け入れることができないらしい。
「僕もいくよ。ジーニアス達だけじゃあ心配だし」
「ミトス。でも、ミトス、具合わるいんじゃあ…」
「…僕が一緒にいったら、邪魔?」
「ミトスも一緒にいくっていうんだから、いいんじゃない?
それより、リフィルさん。レアバードの空間移動。それってすぐに可能、なんですか?」
「ええ。そのようね。ボータ達からあずかったこれによれば。よむわね」
レアバードでの空間転移について。
レアバードの空間転移が使用可能となりました。
これによって自由に世界の移動ができます。
シルヴァラントでは、シルヴァラントペース。
テセアラではテセアラペースの上空にいくと、
ペースからエネルギー供給をうけ時空を超えることができます
どうも説明口調っぽい何かでかかれているらしい。
「テセアラペースってどこにあるんだ?」
ロイドが首をかしげていえば、
「前に移動したとき、フラノール付近にでてたから、そのあたりじゃないの?」
実際、始めて移動したとき、あのあたりに移動している。
エミルはそれをしってはいるが、あえてそれをいわずに、あたりさわりのないことをいいはなつ。
「たしかに。そうでしょうね。あのとき。
トリエットにあるあの施設がここにかかれているシルヴァラントペース。
だというのなら、まちがいなくあの付近に施設はあるのでしょう。
なら、次の目的地は、地の神殿。これでいいかしら?
そして、品物を手にいれればまたここにもどってくる。よろしくて?」
リフィルがこの場にいる全員をみわたしつつもといかける。
それに否定する要素がないがゆえ、おおきくうなづくロイド達。
「今から出発したのでは、遅くなるわ。明日、出発しましょう。皆もそれでいいわね?」
今から出発したとしても、下手をすれば夜の遺跡にはいることになりかねない。
ならば、一晩、こちらで休んで明日の朝出発したほうが、時間的にも都合がよい。
リフィルの提案に不備はなく、ひとまず今日のところは、
ここ、ダイクの家、またその付近にテントをはり野宿をして休むことに。
~スキット・ダイクの家・夜~
リフィル「ねられないのかしら?コレット?」
コレット「…先生」
ふと、外にでてみれば、空をみあげているコレットの姿が目にはいる。
そのまま、コレットの横にいき、そして、
リフィル「綺麗な夜、ね」
コレット「…はい」
リフィル「コレット。あなた、あれから調子は?」
コレット「・・・・・・・・・・・・・・」
リフィル「…あまり時間がない、ということかしら。いそがなくてはね」
無言はあまりよろしくない、という証拠。
ゆえに、盛大にため息をつきつつつぶやくリフィル。
コレット「…先生」
リフィル「何かしら?」
コレット「…これって、罰があたったんですかね」
リフィル「え?」
コレット「…私が、世界の再生を途中でやめちゃったから、だから……」
コレットはどうしてもその思いが捨て切れない。
自分があのとき、デリス・カーラーンにいかなかったからではないのか、と。
リフィル「そんなことはなくてよ。あなたがマーテルの器となっていたら。
それこそ、ユアンのいっていたように、そのときに世界が終わっていたかもしれない。
それに、あなたはよくやっているは。昔も、今も。
でも、あなたはまだ子供なのよ。少しは私たち大人をたよりなさい」
コレットの産まれからしてそれは無理かもしれないが。
それでもリフィルはコレットには幸せになってほしい。
彼女が命をおとさなくてもいい世界が、その可能性かるあのならば。
リフィル「テセアラにいけば、マナリーフも手にはいるかもしれないわ。
マナの欠片もうまくしたら手にはいるかもしれない。
いざとなれば敵の本拠地にいくことになるでしょうね」
ウィルガイア、というらしい。
天使達が、クルシスが天使の街、として拠点としている場所は。
それはさきほどアルテスタからリフィル達はきかされた。
救いの塔からウィルガイアにつづく転送装置があるのだ、と。
いざとなればそこから敵地に侵入してでも品を手にいれる必要があるであろう。
リフィル「あなたを罰することなんて誰もできはしないわ。
今は、明日にそなえて、おやすみなさい。
たしかエミルがノイシュの馬小屋付近でハーブティーをつくっていたはずよ」
コレット「…そう、ですね。エミルのハーブティーはよくききますもんね」
それこそ、味覚などが失われていたときですら、エミルの料理だけはコレットは味わえた。
ゆえにその効果のほどはコレットは身にしみて理解している。
リフィル「私ももう少ししたらねるわ。あなたはさあ、もうおやすみなさい」
コレット「はい。先生」
エミルがいるであろう馬小屋のほうにむかってゆくコレットをみつつ、
リフィル「…私も、覚悟をきめるべき、なのでしょうね」
コレットを助けるためには、エルフの協力が必要。
そう、村を追いだされた身ではあるが。
避けるのではなく向き合うときがおそらくは近づいてきている、のであろう。
それに母のこともある。
今回の一件がおわったのち、母のもとでゆっくりするか、
それとも差別をなくすために旅にでるか。
それはまだリフィルの中ではきめかねている。
リフィルもまた後悔だけはしたくない。
だからこそ。
リフィル「…あの子の目的が何なのか。きちんと把握しないと、ね」
魔物達をあそこまで従わすことができるエミルが精霊ラタトスクと無関係とは絶対にいえない。
エミルがもっていた自分専用だ、とパルマコスタでいったあの小枝。
そして、神鳥といわれているシムルグの使役。
さらには、エイトリオン、となのった魔物でも精霊でもない生命体の存在。
気のせい、ではない。
たしかに、エイトリオン、となのった彼らの瞳の中に、
あの海賊船カーラーンの中でみた、センチュリオンを示している、という紋章。
その紋章がはっきりとみてとれた。
それが示すことは、すなわち。
彼らがセンチュリオンとよばれし存在そのものなのか。
はたまた、それに付随するものなのか。
すくなくとも、無関係ではない、というのは完全に確信がもてた。
だからこそ。
そんなエミルがどうして自分達とともにいるのか、それを見極める必要もあるであろう。
敵対してくる、とはあの様子からしてみてもおもえないが、
しかし、念には念をいれておいたほうがよいであろう。
もしもそうだとするならば、彼らにとってヒトより世界の安定のほうが最優先、であろうから。
※ ※ ※ ※
翌朝。
「きをつけてな」
「親父。それにえっと、どっちでよべばいいんだろ?」
姿はタバサなのに、しかしその意識がでているのは【アルテスタ】の人格だ、という。
そもそも、人格投影なんていう技術があったことに驚きをかくしきれないが。
しかし、マルタ曰く、昔は使い手の人格を封じた剣すらあったらしく、
ゆえに、昔の技術を継承しているのであればありえることなんじゃないか、とのことらしい。
それをきき、昔って、と思わずロイド達がうなったのは昨日のこと。
とりあえず森をぬけ、レアバードを取り出せる開けた場所にまでやってきて、
目の前に八機のレアハードがすでにこの場におかれている。
翼は閉じたままになっているがゆえさほどスペース事態はとっていないが、
それでも、こんな機械をみたことがないものがみればディザイアンの使うものでは。
とおもわれかねない。
そうリフィルの提案もあり、村にはよらず、そのままレアバードで空を移動し、
そのままステルス機能を使用して、シルヴァラントペースの上空からテセアラへ。
それがリフィルの案、であるらしい。
結局、この場にのこるのは、タバサだけでなく、
タバサの体にてアルテスタが作業をするのならば、手伝いが必要だろう。
というのでリリーナが立候補していたりする。
この場にはこのあたりの自然をも調べたいがゆえ、リヒターもまたこの地にのこるといい。
アステルはといえば、地の精霊にも興味があるから同行する、といってきた。
結局、移動するのは、
ロイド、コレット、ジーアス、リフィル、しいなにマルタ。
そして、リーガル、プレセア、ゼロス、セレス、アステル、エミル、ミトスの十三人。
ノイシュをどうするか、という話しもあったが、結局ノイシュの意見もあり、
といってもこれはエミルからロイド達に伝えられた、のだが。
ノイシュはロイドの両親からお願いされているからロイドの傍にいる、
と頑固としてゆずらず、結局ノイシュもこれまでと同様に同行することに。
ノイシュの体は今現在、いつものようにエミルがその体を小さくし、
エミルのノイシュ専用のポシェットもどきの中にとはいっており、
その首から上をちょこん、とだしてその顔をのぞかせていたりする。
機体に乗り込むは、ゼロスとセレス。
これはもう決定事項らしく、リフィルとコレット。
そして今度こそ、とばかりにごねたマルタのごね勝ち、というべきか。
エミルとマルタ。
そして、ジーニアスとミトス。
アステルとリーガルに、しいなとプレセア。
唯一残ったロイドは一人での搭乗。
計八機。
それぞれに乗り込み、イセリア地方から砂漠地方へと空をつかい向かってゆく。
レアバードを利用すれば、地上をあるいてゆくより、また竜車、
などといったものよりも当然はやく移動が可能。
それは、地上にある様々な森などといった障害物などをものりこえて、
山すらをも乗り越えていけるがゆえに、距離がかなり短縮されるに他ならない。
『――きたか』
レアバードに取り付けられている無線機からきこえるボータの声。
「ええ。テセアラに移動するわ」
無線機にむかい、リフィルがといかければ、
『マナを照射する。…精霊との契約はまかせたぞ』
それとともに、眼下にある施設より青白い光の帯がたちのぼる。
どうやらそれをうけ、この機体にエネルギーをとりこんだのち、空間移動をするらしい。
それぞれ、機体をあやつりつつも顔をみあわせ、一機、また一機と
その光の柱にむけてレアバードをすすめてゆく。
目指すは、テセアラの地の、地の神殿、とよばれし場所。
~スキット・地の神殿入口前~
リヒター「きたか」
一同『・・・・・・・・・は?』
なぜにあの場にのこったはずのリヒターがここにいる、のだろうか。
ゆえに、思わず全員の間の抜けた声が一致する。
ロイド「え?あれ?親父のところにあんたのこってなかったか?」
ロイドの疑問はこの場にいる全員の疑問を体現しているといってもよい。
うんうんうなづいているジーニアスに、
アステル「あれ?リヒターって、もしかして空論でしかまだないテレポートを完成させ!」
リヒター「するかっ!…お前らが出かけてすぐに、レネゲードのやつらがきてな」
盛大にため息をつきつつも。
リヒター「あることを頼まれ、しかたなく、この俺もここにきたわけだ」
そのあること、というのは何が、とはいわないあたりがリヒターらしいというべきか。
ボータからもたらされたのは、この地にいるであろうとある人物の内容。
それはリヒターにとっても見逃せるものではなく、
天秤にかけるまもなくこちらに移動することを了解した。
エミルを除いた一同『あること?』
リヒター「とにかく、先にいくぞ。先にお前達がきているとばかりにおもっていたからな」
どうやらボータ達はこの地にはいるための地下道をしっていたのか、
少し離れた場所にあるレアバードの着地場。
しかもその付近にどうやら簡易転移陣を用意していたらしく、
ゆえにリヒターはロイド達よりも先にこの場にたどりつけているらしい。
そういえば、そんな品をあいつらは設置していたな、とふとエミルはおもうが、
別に聞かれてもいないし、またエミルがしっていてもおかしいので
いわなくてあるいみ正解、であったのであろう。
アステル「あ、まってよ!リヒター!というか、詳しくはなしてよね!」
リヒター「…あとで話す」
リヒターのあとで、というのはかなりあてにならないような気がするなぁ。
ふとエミルはそんなことをおもうが、
アステル「…あとでしっかりとききだしてやる…」
何やらアステルが決意をひめてそんなことをいっているのがみてとれる。
リフィル「きてしまったのもはしかたないわ。あとでしっかりと説明してもらうとして、いいわね?」
リヒター「・・・・・」
リヒターからしてみれば、そうかんたんにいっていい内容ではない。
ゆえに無言でリフィルの問いに答えるのみで、否定も肯定もせずに、
そのまますたすたと洞窟があるであろう道のほうにむかってあるいてゆく。
マルタ「…はやくここにくる手段があるなら、ポータさん、
あの転移するときいってくれれば……」
ジーニアス「ほんとだよ」
しいな「わすれてたんじゃないのかい?」
一同『・・・・・・・・・・・』
一瞬、ありえる、とおもった彼らの気持ちは、間違ってはいない…であろう。
※ ※ ※ ※
冷たい風をうけ、テセアラに無事にたどり着いたことを確認する。
見下ろす風景は、広がる海とそして雪景色。
「自動操縦で、神殿へ設定したわ。皆、きをつけて」
念のためにステルス機能をつけているがゆえに、完全にそれぞれの姿はみえないが。
それでもぼんやりとではあるがそこにそれぞれの機体がある、というのだけは認識可能。
よくよくみれば、水の塊がゆらめいているようにみえなくもない。
もっとも、エミルの目からしてみれば、普通に視えて、いるのだが。
エミル、コレット、ゼロス、ミトス以外のものたちには、
ステルス機能を使用している今現在、そのようにみえていたりする。
そのまま、一気に海を超え、アルタミラ大陸へ。
地の神殿、とよばれている場所は、大陸の端にあり、
少しの海峡をはさんだ先に導き温泉、といわれている救いの小屋がある島がある。
アルタミラ大陸、とよばれている一番最北端ともいわれる位置にとあるその場所は、
切り立った断崖絶壁のような場所にその入口をかまえている。
切り立った断崖の壁をすすみ、入口らしき場所をくぐる。
山脈の峰が複雑にからまあった位置にある神殿への入口、といわれている洞窟。
そこをくぐれば、ひんやりとした独特の土の冷たさがただよってくる。
位置からしてみれば、首都メルトキオの北東、といった場所にとこの神殿は存在している。
「あれ?」
洞窟にはいった直後に、ふとジーニアスが手前にある見慣れたものをみつけ思わず声をだす。
「あれ?これって、力の場、じゃないのか?こんな入口付近にあるなんて」
「今度の効果はなんだろうねぇ。ロイド、早くやってみて」
「あ、ああ」
首をかしげるロイドにたいし、コレットが興味深かそうにといかける。
「ソーサラーリング、か。研究所でも自作しようと研究してるんだけど。
いまだにきちんとつくれないんだよね」
ロイドのもつそれをうらやましそうにみつめつつそう呟き、
「あら。王立研究院ではそんなものも研究しているの?」
リフィルが興味深そうにそんなアステルにと問いかける。
「ええ。まだきちんとしたものは作れてないんですけどね。
力の場がちょうどメルトキオの地下にあるので。
でも、一度力を充電したら壊れる品ばかりなんですよねぇ。今のところ」
つまりは使い捨て。
その台詞をきき、ぴくり、と反応しているミトス。
つまりは、テセアラではもうそこまで技術が発達している、ということ。
マナが豊かということは、ヒトはどこまでもつきすすんでしまう。
「でも、あんなのが普及したら治安とかの問題もあるんじゃない?」
「そこなんですよね。まあ、一つつくるので一年の国家予算かるく超えるので。
前につくったひとたちはことごとくその年の給料を取り上げられたみたいですけどね。
あはははは」
「「「・・・・・・・・・・」」」
さらりと笑いながらいう台詞ではない。
絶対に。
「御蔭で、あれをつくるのは禁止、と王家からもいわれてましてね」
「…一つで一年の国家予算って…どれだけかかるのよ」
アステルの台詞にリフィルが盛大にため息をつきつぶやくが、
その横では、うんうんしいなもうなづいていたりする。
「まあ、あれはなぁ」
アレをつくれば国が傾く、とまでいわれた品。
ゼロスが神子になる前に国から禁止命令がでたらしいので、ゼロスはそこまで詳しくはない。
「よくわかんねぇけど。よっし。力の変換完了。つかってみるぞ」
「ロイド!人に指輪はむけないでよ!どんな効果があるかわからないんだからね!」
ロイドがそのまま何でもないように使用しようとしているのをみて、
あわててロイドの前からたちのくジーニアス。
どんな効果になっているのかわからないのに、人がいる方向にむけて使用しようとするな、
といいたい。
切実に。
そんな抗議の言葉を含んだジーニアスの言葉をうけ、
「わりぃ、わりぃ、えっと……」
ズゥゥッン。
ロイドが指輪をかざすとほぼ同時。
ズンっとした地響きのような振動がロイドを中心にして発現する。
「うわ!?」
「うわ~。すごいねぇ。今世界を襲ってる地震と謙遜ないねぇ」
すぐに揺れは収まるが、どうやら今の揺れはロイドがかざしたソーサラーリング。
その性能によるものであるらしい。
ゆえに、ジーニアスが思わず驚きの声をあげ、
コレットはコレットでにこやかにそんなことをいっていたりする。
「範囲はそう広くはないようだな」
「ロイド。もういっかいやってみて。あ、合図してからね。
皆、あるていど距離をおいて、ロイドから離れてみて」
どうやら研究心をくすぐられた、らしい。
アステルの指示とおり、ロイドから一定の距離をおきつつも離れるしいな達。
数メートル起きくらいに全員がそれぞれはなれたのをうけ、
「いいよ~」
アステルが力の場の目の前にいまだにいるロイドにと合図をおくる。
それとともに、ロイドが再び指輪を使用するが、
ズウウウッン。
よくよくみれば、ロイドを中心にし土埃らしきものが円を描くように、
というよりは湖面に波紋を広げるようにと広がっているのがみてとれる。
と。
『きゅいいいいっっっっっっ』
ポトリ。
天井付近から大人ほどの大きさのイモムシが突如としておちてくる。
「うわ!?魔物!?」
ロイドが思わず剣を構えようとするが。
「まって!」
あの子達を傷つけられてはたまらない。
ゆえにあわててロイドを止めにはいっているエミル。
「今のはロイドが悪いよ。この子達はこの上でいい子にしていただけなのに。
今のロイドが放った衝撃で天井から落とされただけだよ。さ、元いた場所におもどり」
エミルの言葉をうけつつも、なぜかキュイキュイとなきつつ、
エミルの体に体をこすりつけるようにしているイモムシのような魔物、ワーム。
ちなみに、この魔物の名前はなぜかダンジョンワーム、という名がつけられていたりする。
…まあ、この子達を産みだしたときに、これもまたとあるエルフの子供がつけた、のではあるが。
しかしそんな名前の由来など当然ロイド達はしるよしもない。
エミルがそんなワーム達をかるくなでれば、何やら嬉しそうな…
というか、魔物にも感情があるのか?といいたくなるような、
しかも、その体をくねくねとくねらせ、あからさまに嬉しいです。
といっているようなイモムシもどきの姿をしているそれらは、
うぞうぞと、しかもなごりおしそうに振り向きつつも、
近くにある岩壁にとむかっていき、そのまま天井にむけてもぞもぞと進みだす。
『・・・・・・・・・・・・・』
「もう。ロイド。その性能になったんなら、周囲に気をつけてよね。
もしもあの子達の卵までおちたらどうするのさ?」
「え?あ、ご、ごめん?」
というか、ここは自分があやまるところなのだろうか?
そうはおもうが、エミルにいわれ、ロイドは思わずあやまるしかできない。
「え、えっと…とりあえず、今ので範囲が絞れたようですね」
「ええ。そうね。その衝撃派が発生するのは、どうやら、一部のみ、みたいだわね」
揺れはどうやらロイドを中心に半径二、三メートル、といったところか。
それが判明したのは、アステルが指示をしながら、
ロイドを中心にし、足元に細かな砂…どうやらトリエット砂漠の砂を持ちこんでいたらしい。
その砂の動きにて振動を把握したらしく、たしかにある一定の距離をこえれば、
まったく砂に動きはみあたらない。
ということは、すくなくとも、この振動は一定の範囲にしか伝わっていない、という証拠。
今のエミルの行動にいろいろといいたいことはあるが、
とりあえずそれについて突っ込みをしてもおそらくまともな返事はもどってこないであろう。
ゆえに、今みたことをさらり、となかったことにしてアステルの問いかけに答えているリフィル。
そもそもこんな光景をみるのはこれが初めてではない。
ゆえにどこか達観したような形になっているのもまた事実。
「しかし。これほどの衝撃だ。使いどころを気をつけなければ。
たしか、この地の神殿はもろくなっている足場もかなりあったはず。
ロイド。そこいらでそれを使用はするなよ?」
腕をくみつつ、リヒターが淡々とロイドにそういうが。
「お、おうっ」
おもわず、じっとリヒターにみつめられ、ロイドとしては言葉につまってしまう。
「たしかに。今のように振動がおおきいとなると。
ロイドがいつものように面白いからってつかいまくって、足場がくずれて、
この崖の下にまっさかさま、なんて僕、いやだからね?」
実際、この洞窟の足場はたしかにしっかりはしているが、
周囲に柵というものは存在していない。
切り取られたようにタイラになっている足場の横。
そこには削り取られたような絶壁があり、その下にはごうごうと川が流れていたりする。
まちがいなく、足場を踏み外しておちたら命を落とす、もしくは確実に怪我をするか。
はたまた水におぼれるか、の最悪なパターンしか思いつかない。
「そうね。これほどの衝撃によって簡易的に地震がおこせるようだものね。
ダンジョンの地形がかわってしまいかねないわ。
ロイド、その力はやすやすと使用することは禁止します。いいわね?
くれぐれ!も水の神殿や、火の神殿のときのように、遊びまわらないように!いいわね?」
リフィルが警告をこめていい、
「あと、ロイド、使う時は上をよくみてね?ここ、あの子達の住み家でもあるんだから」
「うげっ」
「うわ~。なんかものすごくいるねぇ。あ、大きな蝶さんらしいのもみえる」
エミルが天井をしめしたそのさきには、天井をある程度うめつくすような、
といっても一部のみ、ではあるが。
くものすのような何かが天井にはりめぐらされており、
その天井にはりめぐらされた白き糸をはうように、
さきほどのダンジョンワーム達がうごうごとうごめいているのがみてとれる。
そしてその中央に、大きく羽を広げたちょっとした蝶のような魔物がとまっており、
ちなみに、かのワーム達が成長すればあの魔物にと変化する。
なぜか、幼虫にも名前がつけたい!というのでかつて任したのは失敗だったか?
ふとラタトスクがかつての古の時を思い出し、思わず遠い目をしているそんな中。
「…ロイド。本当につかいまくらないでね?あれが全部おちてきたら、僕、いやだよ?」
ある程度の大きさがあるからまだましかもしれないが。
巨大なイモムシがうようよと自分達を取り囲む。
という光景を想像したのであろう。
少しばかり顔色もわるく、ロイドに切実に訴えているジーニアス。
「お、おう。そう、だな」
さすがのロイドとて、すきこのんで巨大なイモムシもどきに囲まれたくはない。
「あの子達、防衛本能で危険と思った相手を糸でからめとったりするからなぁ」
実際、自分達に危険がせまれば、あの幼虫達は相手に糸をはきかせて、
目の前のソレを糸でおおってしまい、簡易的な繭もどきをつくりだしたりする。
その特製を利用して、かつての人間達は、
普通に綿とかから糸を紡ぎだすよりも耐性のある糸を手にいれるために、
あえて振動をおこし幼虫達を天井から落していたなごりの力の場。
それがここにある力の場の由来でもあったりする。
「エミル、詳しいんだね」
「まあ、あの子達のことは結構有名だし」
「たしかに。この地にいる幼虫達の糸は火の耐久性にすぐれている。
というので有名だけど…シルヴァラントにもいるの?」
「え?いるよ?」
実際にいる。
モーリア坑道にこの魔物達は生息しており、ゆえにエミルは嘘はいっていない。
「ふむ。シルヴァラントとテセアラの魔物の共通点。か。
新たな研究の視点としてもいいかもしれない」
さらり、というエミルの台詞に、横でアステルが腕をくみつついっているが。
「なあ。そんなことよりさ。…この先につり橋みたいなのがみえてるんだけど。
その前になんか岩のつららっぽいのがふさいでるようにみえるのは。俺様のきのせい、か?」
「「「え?」」」
ゼロスがすっと指さしたそのさき。
たしかにその先につり橋らしきものがみてとれるのだが。
その手前にいくつもの石でできたつららもどきが突き刺さっており、
完全に行く手を遮っていたりする。
ちなみにこの岩、ソルムが目覚めるまえにこの神殿の中を風が吹き荒れており、
その結果、崖下にながれている川の水が天井付近などにまきあげられ、
ちょっとした浸食状態をおこし、こういった岩でできたつららもどきがいくどもでき、
それらが重さにたえかねて、普通に落下していたりするに過ぎない。
「……のぼる、のは無理そう、だな」
ゼロスにいわれ、その岩のつららもどきにちかづいてみあげるが。
つるり、とすべるような岩であり、のぼってこの先をこえる、というのは無理らしい。
ゆえに、ロイドが一度挑戦したのち、ぽつり、とつぶやく。
「なら、ここは、これで」
ロイドがソーサラーリングを構えようとするが。
「まってよ!ロイド!この先にみえてるあのつり橋。
どうみたって木でつくられている簡易的なものでしょ!
あの衝撃であれまでこわれたらどうするのさ!」
ロイドがかまえた腕をあわててつかんで
ジーニアスがその先にみえている木のつり橋を指差し思わず叫ぶ。
あれほどの衝撃である。
この先にみえているつり橋がどれほどの耐久性をもっているかはわからないが、
しかし、衝撃をおこしたせいでつり橋まで壊れてはたまったものではない。
なぜかそのつり橋の上に小さなとんがり帽子をかぶった小人?らしき姿もみてとれているが。
「たしかに。ジーニアスのいうとおり、だな。ここは、私にまかせたまえ」
いいつつも、そのまま、
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
どげしっ!!!!
ドガァァッン。
…バッシャァァァン
岩のツララもどきにみえる柱っぽいものが突き刺さっている反対側にとまわりこみ、
そのままぐっと足に力をこめておもいっきり蹴りを放つリーガル。
リーガルの蹴りの衝撃で柱の根元をたたき折られた岩の柱は、
そのままリーガルの放った蹴りの衝撃のままに、リーガルの正面にむかってとんでいき、
そのまま崖下にむけておちたとおもうと、その下に流れる川の中にとおちてゆく。
「うむ。一つだけだが、問題なかろう」
道をふさぐようにあった柱は全部で五本。
そのうちの一本がなくなったことにより、どうにかすり抜けられる程度の隙間は確保される。
「さ。通れるようになったからいきましょう」
「前きたときはこんな岩なんてなかったんだけどなぁ」
前調べにきたときにはこんな岩など天井にもなかった。
ゆえに首をかしげているアステル。
だとすれば、たったの一年以内にこんな巨大な岩のつららもどきが発生した、
ということに他ならない。
どうやら天井からおちてきたのは明白らしく、
上のほうをみれば、これらの岩があったであろう、突起がいくつかみてとれる。
「一年前に調べた時にはなかったものがある、ということは。
何かがこの地にもおこっている可能性がある、ということだろう」
「だね。雷の神殿が危険になったと同時に他の神殿も調べられたけど。
ここはなんでか風が異様にまってて、中にすらはいれなかったっていう報告だったし」
天井、そしてその場につきささっている石をみつつひたすらに首をかしげながらづふやくアステルに、
同意するかのようにいっているリヒター。
あれからこの地の神殿に誰かが調査にむかった、とはきいていないので、
いまだ研究者達はこういった場所にまでは手がまわっていないのであろう。
そうおもいつつも、顔をみあわせているアステル達。
「よくわかんねぇけど。とりあえず、通れるようになったんなら、いっか。
しかし、リーガルの蹴りはすげぇなぁ。俺も足技覚えるべきかな?」
「いや。ロイド。お前は剣を鍛えたほうがいいだろう。
中途半端で他の技を磨こうとすれば、確実に他の技の切れもわるくなるものだ」
「ふぅん。そんなもんか」
ロイドがリーガルの蹴りによって、岩を壊したのをみて、
自分も、とばかりに足蹴りしてみるが、足が痛いばかりで岩はぴくり、とも反応しない。
あるいみ、いきなり自分もとばかりに
岩に足蹴りしたロイドは自業自得、としかいいようがないが。
足の痛みにたえかねて、ぴょんぴょんとかるくとびはねつつも、
リーガルにそんなことをいっていたりする。
そんなロイドにやんわりと諭すようにいっているリーガル。
「はいはい。馬鹿をいっていないで。あとロイド。
いきなり変な行動をしないでちょうだい。まったく。さ、先にいくわよ」
そんな彼らをみてため息をついたのち、そのまま、するり、と岩と岩の間をすりぬける。
そんなリフィルにつづき、あわてたようについてゆくジーニアス。
「ミトス?大丈夫?」
「え?あ、うん」
ふと、エミルから声をかけられ、はっと我にともどるミトス。
今、アステル達はたしかにこの地が風がふきあれ入れなくなっていた。
といっていた。
ありえない。
というかそんな報告、ミトスはうけてすらいない。
まあ、短い間であったがゆえにミトスに報告があがるまでもなく。
また、もしユアンが気付いていたとしてもその報告はあげなかったであろう。
「あの。今、アステルさん達がいってた現象って?」
それでもきになるのか、アステルにといかけるミトスに対し、
「僕も詳しくは。調査に赴くよりも先に気になることができたしね」
突如としたマナの安定。
ゆえに、何ごとか、とおもいそちらのほうに気をとられていたといってもよい。
それに、雷の神殿の空間の歪み。
それも放置できるような内容ではなかった。
必然的に精霊に関係あるのでは、というので精霊研究の第一任者であるアステルに、
それらの調査命令が下ったのはいうまでもなく。
ゆえに自力での調査におもむくことができなかった、というのが真実。
「おい。おめえら、勝手にはいってくるなよな~」
彼らがそんな会話をしている中。
突如として第三者の声がそんな彼らの耳にときこえてくる。
思わず声のしたほうをみれば、つり橋の中央付近。
そこに小さな人影がみえ、その小さな小人のような姿は
大きく両手をひろげ、ここは通しません、とばかりに通せんぼをするように、
立ち入り禁止、とばかりにたっているのがみてとれる。
しかも、小さな体だというのに、足元のつり橋がぐらぐらゆれており、
このつり橋がいかにももろいのか、というのがはたからみても判るほど。
おそらく、一人ならばかろうじてたもてるかもしれないが、
二人以上渡ろうとすれば確実にこのつり橋は崩れてしまうであろう。
それほどまでにどうやらこのつり橋は頑丈ではないらしい。
「何だ?こいつ?というか俺達のこと覚えてないのか?」
その姿をみて、ロイドが思わずつぶやけば、
「何だとは何だ。やんのか。おめ~。おめえなんかしらないよ~」
何やら小さな体で喧嘩を吹っ掛けるようにいい返してくる。
『・・・・・・・・・・・・・・』
そんな小さな人影…どこからどうみてもクレイアイドルでしかないその姿をみて、
思わずその場に立ち止まり、誰ともなく顔をみあわせている一行の姿。
そんな小さな姿をみてため息をひとつつき、
「私たち、この先に用事があるの。通してくれないかしら?」
リフィルが盛大にため息をつきながらも、一応説得のためにと声をかける。
実際、ロイド達があったのはこのクレイアイドル達とは別なものであり、
しかしロイド達はどうやら見分けがついていないらしい。
ちなみにリフィルは視線をあわすように、しっかりとその場にかがみこみ、
相手の目をはなしつついっているその様は、さすがに小さい子供相手になれている。
というのを思わずにはいられない。
リフィルが教えていたのはイセリアにいた子供達全員。
その中には小さな子供もいたりした。
ゆえにこういった小さな…まあ、クレイアイドル達はさらに小さい、が。
とにかく小さな子供相手に語りかけるのはリフィルは慣れているといって過言でない。
「だめ~。だめ~、絶対にだめ~」
ふるふると小さな体をふるわしていう様は、いかにも子供がダダをこねている模様。
「アニキに断りなくここはとおせね~」
ふるふると首をふりつつそういうクレイアイドルに対し、
「まあ、兄弟がいるのね。いいわね~」
リフィルは幼児の心をほぐすかのように話しを進めてゆく。
実際、クレイアイドル達の知能は人でいうところの三歳児並み。
ゆえにリフィルの対応はあるいみ正しい。
「そうさ~。おいらは五男だ~。兄貴は長男さ~」
その台詞に、
「クレイアイドルにも兄弟っているんですね……」
などという声がプレセアからぽつり、と聞こえてきているが。
「そのお兄さんというのはどこにいるのかしら?」
子供に問いかけるように優しくきくそんなリフィルの問いかけに、
「旅にでたきりもどってこないさ~。たぶん美味しい石を探しにいったんさ~」
「「・・・・・・・・・・・」」
その台詞に思わず顔をみあわせるロイドとジーニアス。
二人の脳裏に浮かびしは、トイズバレー鉱山でであったクレイアイドル。
オイラはオサケってものが喰いたくて旅をしてるんさ~
そういっていたあのクレイアイドルはたしかエミルからもらったワインを飲んで、
あの場をいなくなったはず。
「石、ってことはもしかして、トイズバレー鉱山にいた、あいつ、かな?」
ジーニアスが首をかしげてそうつぶやき、
「じゃあ、あのとき、オサケをくれってうるさかったのが長男?」
マルタもあのときのことを思い出し、首をかしげつつもそんなことをいっているが。
「…まあ、あの子はここに戻ってきてるとおもうよ?
君たちにもワインをあげたいっていってたし」
そんな様子をみつつ、苦笑しながらもそんなクレイアイドルの末っ子に語りかけるエミル。
「?そうなのか?」
「うん。『せっかくもらったものだから、弟達にもわけてやるんだなぁ』っていってたしね」
エミルは嘘はいっていない。
まあ、ソルムに散々自分のことを他人にもらすな、といわせているし、
また彼にも直接そう命じているがゆえにそうぽろり、ともらすようなことはない、とはおもうが。
「そういや、そんなことをいってやがったな。今ごろもう帰ってきてるんじゃねえのか?」
「ん~。んじゃ、ちょっとみてくるさ~。おいらがもどるまで、ここからでんなよ~」
「おいおい」
「もし、勝手に渡ったら、落石に~、地震に~、地盤沈下もおこしてやる~」
そういうクレイアイドルだが、彼らにはその力がある。
いいつつも、その小さな体をとてとてとうごかし、奥にとひっこみ、
そして奥の壁にある小さな穴にとその身を投じるクレイアイドルの五男。
「あ~。このつり橋、もう耐久性がのこってないっぽいな」
そんなクレイアイドルがいなくなったのをみて、かがみこみ、
そこにあるつり橋をじっとみつめ、多少さわったりしながら、
その安全性をたしかめるようにいうリヒター。
「あの子がわたっただけでもかなりミシミシいってたし。
この先にいくのだとすれば、新しい足場をつくってここにわたしたほうがよくない?」
実際、このつり橋の耐久性はまちがいなく、人間の子供がわたっただけでも崩れるであろう。
どうやら先のソルムの覚醒手前の影響でこのつり橋につかわれていた木々が腐りかけているらしい。
リヒターの言葉をうけ、エミルもまたそこにかがみ、かるくそこにある木をさわるが、
少し力をこめただけで、その足場になるであろう、
つり橋につけられている木がぼろり、とくずれさり、下にながれる川の中におちてゆく。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
「こりゃ、あいつがいなくなって黙ってわたる、という方法はとれなかったな」
「仕方ないわ。…外にいったんでて、足場をつくってきましょう。
そこにささっている石で代用するにしても、そこまでつるつるだと渡るにわたれないもの」
たしかにこの場につきささっている石をつかえば足場、にはなるであろう。
「あ。なら。このうちの二本を倒して、ここにわたして、その上に足場をつくったらどうかな?」
「「それだ!!」」
きょとん、と首をかしげ提案するエミルの台詞に、同時に叫ぶジーニアスとロイド。
たしかに普通に足場をつくったとしても、下に軸となるものがあるのとないのとでは、
安全面からしてもかなり違ってくる。
「よっしゃ。たしかこの外、いくつも木々がはえてたよな?
その木々をつかって、まず簡単な梯子もどきをつくる、として」
ロイドがいえば、
「ロイドさん。木をきるの、私も手伝います。木をきるのは専門、です」
「おう。頼んだぞ!プレセア!先生、先生もそれでいいよな?」
「仕方がないわね。というかここを渡れなければ先にすすめそうにないもの」
どうやらみたところ他に先にすすむような道はないらしい。
「手分けが必要だな。新たなつり橋をつくるにしても、それを束ねる紐が必要になってくる」
リヒターが腕をくみつつもいってくるが。
「紐なら、あの子達にたのんでもいいとおもうけど」
いいつつ、エミルが指をさすのは天井にいる数多の幼虫達。
「は?」
「幾重にも編みこんで束にすれば頑丈になるよ?」
「「ちょっとま(て)(ちなさい)」」
らさり、とエミルはいうが、普通魔物がいうことをきく、とはおもえない。
否、エミルだからこそできるというか、絶対にできる。
という確信があるがゆえに何ともいえない。
ゆえに思わずコメカミをおさえつつ、つぶやくリーガルとリフィルの気持ちは、
まあ判らなくもない。
「あの子達の親は熔解液をも吐くから、ここの岩を根元からとかしてもらって、
それをここに渡せば問題ないんじゃ」
「あの魔物の熔解液って下手したら人間まで溶かすっていう話しなんだけど……」
さらり、というエミルの台詞に思わず突っ込みをいれているアステル。
たしかに、あの魔物は金属すら溶かす液体を吐くことが知られている。
いるが、何といえばいいのだろうか。
「ま、エミル君がそういうなら、ここはまかせて。
俺達はその新しいつり橋をつくりに一度外にでねえか?」
「なら、別れたほうがいいわね。エミル、まかせてもいいかしら?」
いっても無駄。
というか、このままあの天井にいる魔物達をこの足場によばれては、
確実に足の踏み場がなくなるどころか、自分達が身動きがとれなくなる。
それに、これまでのエミルの動向、そしてリフィルの半ば確信していること。
それらを考えてもエミルに任せるのがたしかに無難、ではあるであろう。
…それが正しいかどうか、は別として。
ともあれ、このままでは先にすすめない。
ゆえに、エミルをこの場にのこし、リフィル達は一度外にでて、
新たにそなえつける橋をつくるべく、洞窟の外にとでることに。
きゅーい、キュイキュイ!
何ともにぎやかな声が響き渡る。
エミルが声をかけると同時、周囲にいた全ての幼虫達がいっきにあつまってきて、
すでに周囲は幼虫だらけ。
知らないものがみれば、子供がダンジョンワームに取り囲まれ、
捕食されかけている、と見まがうばかりの光景。
「うわ~。この子達って、大きなイモムシみたいっておもってたけど。肌触りいいんだね~」
「でしょ?」
なぜかエミルとともにこの場にのこる、といったマルタとともに、
今現在、この場にいるのは、エミルとマルタ、そしてアステルの三人。
アステルは幼虫達が何でも糸を吐く様子がみてみたいらしく、
リヒターがかなりしぶっていたが、リヒターの使用する斧も木々を伐採するのに必要。
ということもあり、しぶしぶながら外にとむかっていたりする。
「こんなに簡単に危険視されている魔物に触れられるとはおもってなかったよ」
「まあ、この子達に普通はヒトって害ばかりあたえるからね」
今は自分がいるから彼らにこの魔物達は敵対していないだけであり、
普通は、魔物達からしてみれば、ヒトは自分達を意味もなく駆逐する害悪、といってもよい。
「――クウムグ!?」
ふと、周囲に魔物達をはべらせつつ、子供達が吐きだした糸を束ねながらも、
それらを取り出した糸紡ぎの道具によってくるくると形にしてゆくエミル。
ちなみにこの道具、リリアン作成などにも重宝する筒のようなもの。
この道具がなくても手編みのみで作成もできるが、これを利用するのとしないのとでは、
その効率のほどが違う。
もっとも、これを使用するのは、もっぱら不器用、といってもいいマルタ用に取り出したのだが。
使い方はいたって簡単。
内部を確認できるようにとある樹液を固めてつくっている容器に、
これまた樹液でつくられた蓋のようなもの。
その蓋にはいくつかの突起物があり、容器に簡単に取り付け、または取り外しが可能となっている。
その蓋をかえることにより、作成したい紐が何重ねでつくるか、というのがきめられる。
蓋の土台部分に溝があり、またピンの側面にも溝があるがゆえに、
糸をからませやすく、また作業用の編み針も使いやすい。
この道具は普通にシルヴァラントにも普及しており、
といってももっぱらシルヴァラントで普及しているのは木製の品のようではあるが、
マルタもこれだと普通にリリアン編みではあるにしろ、
紐が作成できることもあり、ひたすらに虫達が吐きだした糸。
それらを成虫である蝶のような魔物がその八本の手足でおいて細い糸にしたのをうけとり、
それらをくるくると道具にまわし、リリアン編みでつくられし糸をつくっている今現在。
「あ、きちんと戻れてたみたいだね」
ふと、視界の先に驚愕の表情をしているさきほどのクレイアイドルの長男。
トイズバレー鉱山でであったクレイアイドルがやってきており、
何やらエミルのほうをみて驚愕した声をあげてくる。
「前、いったことはわかってるよね?」
その前、というのが瞬時に何をいわれたのかを悟ったのか、
こくこくと勢いよく首をふっている橋の上にいるクレイアイドル長男。
「今、新しい橋をつくる過程をしているから、ちょっとまってね」
すでに、この場にあった石の柱もどきは根元からとかし、
つり橋の横に支えとなるかのように足場と足場に渡してある。
そしてその背後には天井にまだあった柱もどきをあと二本ほど余分にとってきてもらい、
少し後ろに横たえていたりする。
ロイド達がもどってくれば、今ある橋の上にこれをのせるか否かを相談するつもりであるエミル。
すでに幾本かの糸はエミルがさくさくっと作成しており、その糸を小さな魔物達がうけとり、
石の柱に小さくつくられし溝にその糸をとおし、魔物達が紐もどきとなったそれを結んでいる様は、
第三者がみればかなり信じられない光景といえる。
「みな、とても喜んでたんだな~」
「そう。よかった」
「新しい橋ができる?これ?」
これ、といって指をさすのは、橋の横にわたされた石の柱もどき。
「うん。どうやらこのつり橋、腐食しちゃってるみたいだしね。
君たちもおちてはこまるだろうし。それに飛べないこたちもいるし」
エミルからしてみれば、この地にいる魔物達がとべなかったり、
また壁を這うことができない魔物達のためにも新たな足場は必要。
ゆえに、新しい足場をつくることに何らためらいはない。
「皆にもそう伝えておいて。あと、他にもこんな状態の橋があったら数をおしえるように」
「了解しました~」
ぶんぶんと大きく大げさに手をふりつつも、その場をたちさってゆくクレイアイドル。
「……あの言葉は?」
その台詞をきき、思わずその場で一瞬手をとめ考えるそぶりをはじめるアステル。
クレイアイドルもまた精霊。
そして、リリーナが記していた言葉の中に、たしかに同じ言葉があった。
それは、地の神殿においてしいな達が契約をかわしたときに交わされた言葉、らしい。
その意味まではわからないけど、わかる範囲の響きをかきだしている。
そうリリーナはいっていた。
何となくだが、あれと同じような響きのような気がする。
アステルは自分のこういった直感はとても大事にするようにしている。
その直感がときには突破口となる、というのはこれまでの経験で理解しているがゆえ、
思わずその場で考えこんでしまう。
「さてと。ロイド達がくるまでに、さくさくっといくつかの紐もどきをつくっときましょ」
「あ、う、うん」
アステルが考え込みはじめるその横では、さらさらと慣れた手つきで、
さくさくっとまるで魔法をつかっているかのごとくに、
あっさりとまともな糸を編みあげているエミルの姿。
それらの糸を再びいくつもに編みこんでいくことにより、より頑丈な紐もできあがる。
「しかし、高級品の糸がこう簡単に手にはいる、というのは何だかなぁ」
それこそ、生死をかけてこの糸は本来ならば手にいれられるか否か。
といった品物、であるのに。
普通、幼虫であるこのイモムシもどきたちを相手にした場合、
すぐさまに親がやってきて、攻撃を仕掛けた相手は溶かされる。
それが一般の常識というかヒトが認識している事実。
魔物が率先してこのように手伝ってくる、と誰かにいったとしても、
夢でもみたのだろう、と絶対に笑われる。
それはもう確信をもっていえること。
みるかぎり、魔物達は率先してエミルの手伝いをしているようにみられる。
やっぱり、このエミルって。
アステルがそんなことを思っているそんな中。
「エミル。私もちょっと外にでてきてもいい?」
「いいけど。あ、アステルさん。念のために一緒にいってあげてもらえます?」
「エミルは?」
「僕はこれつくってますから」
マルタがもじもじしつつ、多少顔をあからめそういってくる。
どうやら生理現象が近い、らしい。
しかしそれを口にして、かつて散々、デリカシーがないだの何だの、
とまだ記憶をうしなっていたあのときにいわれていたのを思い出し、
さりげなくアステルにそんなマルタの護衛を頼むエミル。
エミルとしては、この場に本当はのこるのは自分だけのほうが都合がよかったので、
このマルタの提案は願ったり。
「え?あ、うん。いいよ。じゃ、いこっか。マルタ」
「エミル、すぐにもどってくるからね!」
エミルがすっと手を振るとともに、ずざっと道をあける魔物達。
魔物達が道をあけたことにより、その隙間からマルタとアステルが外にとむかってゆく。
やがて、彼らが完全に外にでたのを確認したのち、
「さて。ソルム」
「――ここに」
エミルの言葉をうけ、その場に亀のような姿をしている
その背に背負いし水晶のような甲羅をもちしものがあらわれる。
「この奥にかの施設から逃げ出したものがいるのは間違いないのか?」
「はい。かの品がある場所に逃げ込んでいる模様です」
「ふむ…まあ、どうにかする、か。こちらがやるよりは、リフィルにさせるべき、か」
自分がかつてのようにパルマコスタのときのように元にもどすよりは、
せっかくこの場にはリフィルもいるのである。
ならばリフィルに任せたほうがいいであろう。
「念のためにノームと繋ぎをとっておけ。
くれぐれ!もいらないことをいわないように、とな。
あと、契約時に、あえて壁をつくり、俺とミトスとを隔離するように、とも。
そうだな。あえて一番後から部屋にはいるように仕向けるがゆえ。
しいなを含めた数名がはいった直後、いつものように場をつくれ、と」
「――御意に」
そのまま、ふわり、とその姿はうきあがり、そのまま壁の中に吸い込まれるようにときえてゆく。
ミトスがかの契約に参加しては意味がない。
ならば、あえて一番後ろからあの部屋にはいるようにし、ノーム自らに壁をつくらせてしまえばよい。
ノームは自分がいたらいらないことをいいかねない。
というか絶対にいう。
そしてミトスに対しても。
ならば、自分達が視界にはいらないところで契約をすまさせたほうがまだまし、
というもの。
「――しかし、あちらのほうは面白いことになっているな」
必死でゼロスと繋ぎをとろうとしているかの国のものたち。
どうやらかの人間が、とある人物を誘拐、したらしい。
これだから、ヒトは、とつくづく思う。
しかし。
「かの地に拠点をかまえた、か」
ある意味であの地、というのは何といったらいいものか。
かつては、セレスがデクスに囚われていたあの地を利用しているなどとは。
それにしても、ともおもう。
「…血の繋がりがあるから、といって子供を利用しようとするのは、
ヒトとはほんとうにわからないものだな」
子供を道具のように扱うような親は、ほとんどの種族をおいてヒト以外にはありえない。
自分達が好き好んで生み出した子供をどうしてあそこまで邪剣にできるのか。
本当にヒト、というものは。
自分のことしか考えていないものが多すぎる。
だからこそ。
「――彼らが全ての契約を終えたとき、それがヒトの新たな試練の始まり。
というのは、よもや彼らは知るよしもない、だろうがな」
くすっ。
思わず笑みがもれてしまう。
すでに、その旨はヴェリウスにも伝えている。
そして、その為の力もヴェリウスはすでに蓄えおわっている。
あとは、その実行のときをまつ、のみ。
「――あえて、何か敵をつくらなければきがすまない。
というのならば、ならば、自分達の心を敵、として見つめ直すがいい」
これは、新たなる人間達への試練。
この試練を乗り越えることができないようならば、本当の意味で地上を、
否、人間を一度粛清せざるをえないであろう。
もしくは、自分達の【心の闇】に負けて自滅してゆくか。
マナをかの実りに照射し、自らとの繋がりが濃くなったそのときこそ。
「――幾度か前の世界のように、完全なる負の具現たるものを産みだすか否か。
それはこの地にいきるヒトの心、それにかかっているのだからな」
そして、かの力と解放とともに、今だに眠っている聖獣たちの目覚めをも促す。
世界を一つに戻すと同時に彼らが完全に覚醒できるように。
「ゲルギオスは今の人をみてどう判断するか、ではあるがな」
それと同時に魔界をあちらに移す気であるがゆえ、
わざわざかの扉を守る必要性は皆無となる。
そして、この地にみちるその力を利用して、新たな世界を、惑星を構築する。
そこに、今自分が生み出している精霊達をひきつれてゆくつもりであるがゆえ、
この地にのこされるものは、あるいみで試練を迎えるといってもよい。
その前に。
「かの書物の処分をミトスがどうするか、だな」
ミトスが心の闇に負けるかどうかはそれはわからない。
だけど、信じたい、という思いもある。
光と闇。
かの試練が開始されたとき、その心に負がたまったとき、
そのものから光と闇がわかれ実体化する、のだから。
「しかし、あのつり橋が通れない、というのはきつかったなぁ」
思わず愚痴をもらすロイドの声はあきらかに疲れ切っている。
せっかくここまでやってきた、というのに。
まずは足場を確保しなければ先にすすめない、などとはおもってもみなかった。
「残ったエミルさんやアステルさん、マルタさんは大丈夫、でしょうか?」
「平気なんじゃない?というかエミルが魔物にいうことを聞かせられるのは。
今に始まったことじゃないし。エミルに何かあったらたぶん、
あの場にいた魔物達が逆にその何かしようとした相手に何かするとおもうよ?」
ジーニアスの声には多少の諦めというか達観のようなものが含まれている。
「ミトス。どうかしたのか?さっきからだまってるけどさ?」
「え?あ、ううん。何でもない。たしかに。あの橋が腐食していたっぽいのは困ったよね」
ふと、ミトスがさきほどから顔を伏せてだまりこんでるのをみて、
ロイドが愚痴をいったあと、ミトスのほうを振り向きつつもいってくる。
今現在、エミルとアステル、マルタの三人はあの洞窟にのこっており、
新たな足場をつくるために外にでてきたのは、
ロイドを含めた、ロイド、ジーニアス、コレット、ミトス、リフィル、
しいな、リーガル、プレセア、リヒター、ゼロス、セレスの十一人。
ちなみに、念のために誰かが洞窟に近づいてきても危ないかもしれない、
というゼロスの意見もあり、ゼロスとセレスの二人は洞窟の入口付近で待機していたりする。
何かがあったときにすぐに対処できるように、というゼロスの意見であるらしいが、
言外に、足場もわるい場所でセレスに作業をさせてたまるか、
という思いがありありとみてとれ、しかたなくリフィルもそれに賛同した。
「このあたりの木々でいいかしらね?」
さすがに渓谷にも近い場所に洞窟があったがゆえに、
安全に木々を伐採できる場所まで移動するのに多少の時間を要したのも事実。
このあたりならば、足を踏み外して渓谷の下にまっさかさま、ということもないであろう。
「よっし、一つでいいんだし、とっととつく…」
ロイドがそういいかけるが。
「いやまて。あの場所はいくつも木でつくられたつり橋によって移動が可能の場所がある。
ゆえに、あのように腐敗している可能性もなくはないので、
いくつか予備をつくっておいたほうがいいだろう」
問題は、結構長いつり橋もあったような気もするが。
あのあたりは下に川とかがながれていなかったがゆえに、腐敗していない、と信じたい。
リヒターのそんな言葉をうけ、
「では、かなりの数の板をつくっておいたほうがいいわね」
エミル達が紐をつくる、というので、ロイド達がつくるのは足場となる渡し場ともなる細い板。
それらを紐で束ねてきちんと結ぶことにより、簡易的なつり橋をつくろう、というのが彼らの意見。
エミル達がどんな紐をつくっているのかはわからないが、
しかしすくなくとも、あの魔物の糸でつくられている紐ならば、
耐久性は信用できる、というリーガルの言葉もあり、ひたすらに木を伐採しては板をつくってゆく。
その作業につきるといってよい。
あんな狭い場所で斧を振るったりしてその反動でそのまま崖下にまっさかさま、
というのは洒落にならない。
それに、あまり大きすぎてもそれらを束ねるのにも場所が必要。
リフィルの意見からしてみれば、あの朽ちた橋の上に石をわたし、
その上に板をのせていき、ゆっくりと確実に一枚一枚、しっかりと、
木々をつなぎ合わせていくことにより、
しっかりとした頑丈な足場を確保したほうがいい、とのことらしい。
念には念を。
そのあたりの簡単な川などならばそこまで頑丈に、
しかも丁寧につくる必要もないであろうが、足場から眼下にみえていた川までかなりの距離があった。
つまりは慎重にしかし確実に安全な足場を確保することが必要。
「道具袋の中にカンナをいれてきて正解だったぜ……」
一度、家にもどったとき、何か必要かもしれない。
とおもい、道具袋の中にロイド専用の道具箱。
それをもってきたのがこうも早く利用することになろうとは。
そんなロイドの言葉をうけ、
「ま、とにかく。はやいところ板をどんどんつくってこ」
「そう、だな」
とりあえず、先にすすむためには、足場の確保が何よりも必要事項。
ゆえに、ジーニアスにうながされ、ロイド達は木々を伐採しつつ、
足場となりし木々の板をつくっては簡単にそのあたりにはえている木のつるにより束ねてゆく。
リヒター曰く、
コレットとゼロスが翼をもってして空を飛べるのであるがゆえ、
もしも長いつり橋があったとしても、それに近い長さの橋をつくって、
彼らにとんで対岸にもっていってもらい、
しっかりと結び付けることができれば飛べない自分達も渡ることができる、
と提案しており、たしかにリヒターのいうとおり、コレットに確認すれば、
それくらいはたやすい、と許可をえているがゆえに、
材料が足りなくなりまた外にでて板をつくる、というのはなるべくさけたい。
ゆえに、しばらく、木々を伐採しては、ロイドがプレセア達がちょうどいい大きさにきった木々。
それらをカンナをかけては統一の大きさの板をつくる。
そんな作業をしばし、ロイドたちはその作業を分担しつつもしてゆくことに。
~スキット・ロイド達が洞窟からでてゆく直前~
ジーニアス「さっきのクレイアイドルって、なんか誰かさんがいいそうな台詞だよね」
いいつつも、ジーニアスの視線はゼロスにむかっている。
ゼロス「何いってるんだ。がきんちょ。俺様はあんな軽い話し方じゃねえぜ?
あんなに軽い話し方と思われているなんて、俺様ショック~」
ロイド「お~い。とっとといこうぜ」
そんなゼロスの言葉に誰も反応せず、そのまま洞窟の出口にむかってあるきだす。
ゼロス「…つっこみも相槌もなし?」
さすがに視線の先でエミルが声をかけるのとともに、
魔物達がわんさかとあつまってきているのをみているためか、
どこか現実逃避をしている彼らをなごませるためにあえてそういったというのに。
しかし、ゼロスの言葉に誰も反応しないどころか、
そのまま無視をしてというか何も考えずにとっとと外にでたほうがいい、
と判断されたのか。
そのあたりはわからないが、そのまますたすたと出口にむかってゆくロイド達。
そんなロイド達をみて、ゼロスが小さくつぶやけば、
プレセア「ゼロスくん。ゼロスくんとあの小さい子は違うようにおもいます」
淡々とそんなゼロスにいっているプレセアは、
今のゼロスの台詞があえてわざと場を和ますためにいった、ということに
どうやら気がついていないらしい。
ゼロス「プレセアちゃ~ん。プレセアちゃんはいい子だねぇ。ガキンチョとは大違いだな」
ジーニアス「何だと!?」
何やら今にもこの狭い足場において言い合いをはじめかけているジーニアス。
リーガル「こんなところで言い合いをして何になる。
あと、プレセア。会話には間合いというものがある。
今の神子の台詞は無視をしてもいいところだ」
かるく突っかかっていこうとしているジーニアスをたしなめつつも、
プレセアにたいし、会話の心得のようなものをいっているリーガル。
プレセア「そう、なんですか?」
間、といわれてもよくわからずに首をかしげるプレセアに対し、
ゼロス「あんたが話術を語る、かねぇ。さすが会長様ってか?」
首をすくめつつリーガルにたいしそんなことをいっているゼロスであるが。
セレス「わ、わたくしは、お兄様があんな子供のようなものとは一緒とは、
絶対におもってもいませんですから!」
顔を真っ赤にしてゼロスを庇護するようにいっているセレスの姿は、
はたからみればかなりかわいらしい。
ゼロス「セレス、ありがとな~。あと、疲れたらすぐにいうんだぞ?」
セレス「大丈夫ですわ。なんだかものすごく体はかるいのですの。
しかも、まったくせき込むこともないですし」
ゼロス「無理だけはするなよ?いいな?」
セレス「…はい、お兄様」
しいな「あ~。はいはい。兄妹のほほえましいやり取りはあとにして。
とっとと橋の材料とりにいくよ、ったく」
リフィル「そうね。いきましょう」
※ ※ ※ ※
「疲れたぁぁぁぁぁぁ!」
本当に疲れた。
ようやく大量の板を作り終え、それでも手分けしてやったからか、ある程度はどうにかなった。
途中、なぜか鳥の魔物がやってきて、エミルからの伝言、なのであろう。
その足元に籠にはいった束になった紐がはいっていたのには苦笑せざるを得なかったが。
しかも、鳥の口には羊皮紙にかかれているエミルの手紙がくわえられており、
あるていど、紐ができたからそっちにおくるね。
といったようなことがかいてあった。
さらに一体どうやって調べたのかはわからないが。
とりあえず、この洞窟の中にあるという橋という橋。
それらの長さはこれくらいみたいだよ?
というような、目安になる紐も一本つくられており、唖然としたのはいうまでもなく。
それらの長さをもとに何とか幾多ものつり橋もどきを完成させ、
あとは両脇にある紐を固定させて結べばいつでも使用は可能。
そんな状態にまでもっていけたは昼近く。
全員で昼は食べたほうがいいだろう、という意見もあり、
…というか、リフィルとリヒターがつくろうとしたので、
全力でジーニアスがとめた、という経緯があったにしろ。
ともあれ、ようやく洞窟に再びもどってきているロイド達。
一体エミルはどうやったのかはしらないが。
元々あったつり橋の上。
そこに平らになった石の柱もどきがのせられており、
その上に恐る恐るロイド達はつくった橋をのせ、
そして元々くくられていた岩の突起に両端を結びつけ、
時間はかかったものの、ようやく先にすすめたロイド達。
新たなつり橋をかけ終えて、そのままつり橋をわたりその先の足場へと。
少しすすむと、どうやら道案内板、なのであろう。
朽ちかけて文字がすでによめなくなった案内版らしきものがみてとれる。
おそらくかつてはここに文字がかかれており、別れている道の先に何があるか、
そんなことが書かれていたのであろうが、その文字は完全にかすれて読み取れはしない。
道の至るところには魔物達の姿もみてとれ、
ジャイアントスネイル、クレイゴーレム、アースエレメントなどが、
狭い足場にところせましと動き回っているのがみてとれる。
もっとも、風属性が弱点であるアースエレメント達は一時弱体化していたらしいが、
それはソルムの力の補充により、その弱体化は克服されている、とエミルは報告をうけている。
案内版が示しているその先は、奥につづく道と、また下にさがる道。
それぞれに矢印の形をした木の板がむいており、どちらにも進めることを示している。
しかし、かなり気になるのは、クレイゴーレム達の態度といっていいであろう。
何しろクレイゴーレムはどちらかといえばひょろり、と背の高い人型の魔物。
その体がすべて土でできており、やわらかなその体は高級品の土としても扱われていたりする。
そんなクレイゴーレム達が横によけてはことごとく、
その腕を前に掲げるように、まるで礼をとっているようにみえるのは
おそらくロイド達の気のせい、ではないであろう。
エミルからしてみれば、そんな彼らの姿をみて、ため息をつかざるをえない。
たしかに襲わないように、という命令はしてはいるが。
自分の姿を目にするたびによけては礼をとってこなくてもいいだろうが。
という思いがはるかにつよい。
さきほど命令をしておくべきだったか、とはおもうが、これから先もこのような態度でいられるのは、
かなり面倒きわまりない。
ゆえに。
『――我に対する礼は不必要。汝らは汝らの役目を果たせ』
すっと目を閉じ、この地にいる全ての魔物達らそう命令を下しておく。
そうしなければ、この地にいる全ての魔物が自分に臣下の礼をとってくる可能性が高すぎる。
それはエミルにとってはあまり好ましいことではない。
「?エミル?目をつむってどうかしたの?」
そんなエミルの態度にきがついた、のであろう。
マルタが心配そうに問いかけてくるが。
「え?あ。うん。どっちの道にすすむのかな、っておもって」
それは本当。
このまま奥にすすむのか、それとも下の道に進むのか。
嘘はいっていない。
嘘は。
そうおもっていたのも真実であり、ただ魔物達に命令をしていた、というのをいっていないだけ。
「しかし、この下につづいている道の足場、かなり狭いぞ?」
「たしかに。足元にきをつけてすすむ必要があるわね」
上の道をすすめばある程度の幅があるがゆえ、あまり気にせずとも平気だが。
どうやら下につづく道となっているこの足場は、
かなり切り立った足場となっているらしく、
かろうじて三人が並んで動けるか否か、というくらいの幅くらいしかみあたらない。
ゼロスの言葉をうけ、リフィルもそちらのほうをみつつ、しばらく思案するようにいってくるが。
「あなた達はたしか、神殿を調べているのよね?どちらがいいのかしら?」
「精霊の封印の間とよばれている場所にむかうのなら、下の道、ですね。
もっとも、精霊の封印の間にまで僕らもはいったことはないんですけど」
リフィルの問いかけをうけ、アステルが首をすくめつついってくる。
封印の間は聖なる場ともいわれており、一般のものが立ち入るには許可が必要、といわれている。
実際、そこにつづく転送装置が起動しないことから、神子でないと無理なのでは?
というのがまことしやかにいわれているほど。
「なら、下の道、ね」
下の道から封印の間にいける、というのであれば、先に用事をすますべき。
「でも、姉さん。何とかっていう物質は……」
「ベルセリウムです。どこにあるかわからないのだもの。
まず、しいなに契約をしてもらって、直接ノームにきいたほうが早いわ」
探しまわるより、精霊にきいたほうがあきらかに効率的。
「それはそうと、はらへった~」
「なら、この先の奥に開けた場所がありますよ。
そこで、なら食事にでもします?皆そろってますし」
いって、アステルが指し示したのは下の道、ではなく上の道。
「あの洞窟の先の橋をわたったところに開けた場所がありまして。
あそこならちょっとした休憩場にも都合がいいですしね。
僕ら研究者達もここを調べるときにはよくそこを拠点にしてるんです」
「なら、先生。さきに腹ごしらえしようぜ!腹が減ったらうごけないってな!」
「…ロイド、まさか、腹が減っては戦はできぬ、とかいいたいの?
まあ、言葉自体はおかしくはない、けどさ」
たしかに言葉自体はおかしくはない。
ないが、諺をいいたかったとするならば、その台詞はあきらかに間違っている。
そして長年の付き合いであるがゆえ、
ロイドが諺をいおうとしていたのを察知して、
ジーニアスがため息まじりにそんなロイドにむかって訂正をいれている。
「どうします?リフィルさん」
「そうね。たしかに。そろそろおひるもちかいし。そうしましょうか。
どちらにしても、ノームとの契約では体力をつかうでしょうしね」
これまでの契約と同じであるならば間違いなく戦闘になる。
ならば、お腹がすいていて力がでない、というのはかなりこまる。
「じゃあ、案内しますね」
リフィルの言葉をうけ、アステルとリヒターが顔をみあわせ、
研究者達がこの地にやってきたとき休憩所にしているその場所にむけ、
案内するべく、二人が先頭にたち誘導してゆく。
そんな彼らの背後についていきつつも、
「ここは、地の精霊がいるというだけあって、鉱脈としてもすぐれていそうね」
リフィルが周囲をみつつも思ったことを口にする。
「たしかに。精霊の眠る地というのもあり、
ここには基本、人の手ははいっていない。必ず立ち入りには許可が必要となっている」
「あら。でも見張りはいなかった、わよね?」
「みてわかるように、ここは魔物の巣窟でもあるからな。
好き好んではいるような輩もいないのであろう」
リーガルの台詞にリフィルが首をかしげる。
許可を得ていなければ、というのならば入り口付近に人がいてもいいはず。
雷の神殿のときのように。
しかし入口には誰もいなかった。
そうおもうが、リーガルの台詞に納得せざるをえない。
たしかに、いたるところに魔物の姿がみてとれる。
こちらに攻撃してくる様子はまったくみえないが、本来ならばこれはありえない。
そのことはリフィルがよく理解している。
魔物達が襲ってこないのは一重にエミルの存在があるからであろう。
というのも口には出さないがリフィルはほぼ確信している。
「そう。でも、精霊や魔物がいなければ、ここにも産業の手が伸びるのかしら……
そのあたりはどうなのかしら?リーガル?」
「人は欲深い。精霊や魔物がいたとて、心ないものに目をつけられればひとたまりもあるまい。
我が社はここを開発する気はないが、な」
「もしかして、過去の文明はそういったヒトの心が崩壊を招いたのかもしれないわね」
リーガルの台詞にふと顔をふせつぶやくリフィル。
「そうかもしれぬ、な」
「いつの時代も、ヒトの欲によって滅びたり、また裏切られたりするんですよね。
そして、犠牲になるのは力なきものであったり、
世界を変えようと努力しようとしている子達だったり……」
「エミル?」
リーガル達の会話がきこえていた、のであろう。
ぽつり、とそんな彼らに対してなのか、それとも独り言なのか。
誰にともなくつぶやくようにつぶやくエミル。
「エミル、あなた……」
今のエミルのものいいは、これまでにそんなヒトを嫌というほどにみてきた。
そんな哀愁がこもっているように感じられた。
ゆえに、リーガルとリフィルが思わずエミルのほうをまじまじと振り向くが、
「…何でもないです。リフィルさん。リーガルさん。
その気持ちは忘れないでくださいね。ヒトの欲はたしかに限りがないですが。
その欲を抑制することができるのもまた、ヒト、なんですから」
そんな彼らにかるくほほ笑み、それでいて、じっと二人の目をみつついいきるエミル。
そう、欲におぼれるのもヒトならば、その欲を制止することができるのもまたヒトの心。
心の持ち方一つにて、ヒトは破壊者にも何にでもなれてしまう。
マーテルが殺された一件においても、ヒトの欲が原因。
大いなる実りを、マナを独占しようとしたヒトの心が招いた結果。
「欲にかられたヒトの心は平気で他者をふみつける。
それによって世界がどんな危険なことになろうとも、ね。
目先の欲にだけとらわれて、大局をみようともせず。
その結果、自分達にまっているのは滅びだ、とわかるはずなのに、ね。
――そう、おもわない?ミトス」
「…うん」
エミルのその言葉はミトスにあのときのことを思い起こさせる。
人々に裏切られ、大いなる実りを守って死んでしまった姉、マーテル。
どうしてエミルが自分に同意を求めたのかミトスにはわからない。
でも、エミルがいいたいことは嫌というほどにミトスは理解してしまう。
せざるを得ない。
「でも、ヒトの心は、僕はそこまでまだ見限るほどではない、とおもってるんだよね。
……世の中には自らの身を挺してでも他者の命のために頑張ろう、
とするヒト達がいる、そうわかっているから」
それには、お前も含まれていたんだぞ?ミトス。
そうおもうが、それは口にはせず、それでも、ミトスにかつてのことを思い出してほしい。
それもあってのエミルの言葉。
あのときのミトスの思いが完全に失われていない、とわかっているからこそ。
自分から間違いを、歪んだ思想から抜け出してほしいからこそのあえての提言。
「たいきょく?わかった、タイヤキか?!」
「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」
そんなエミルの独白にもちかい台詞をきき、首をかしげ、
そしてぽん、と手をうちながらも、的外れのことをいっているロイド。
一瞬、そんなロイドの言葉にその場にいる全員がだまりこみ、
「はぁ。ロイドは平和だよ、ね」
おもわずぽそり、とつぶやくジーニアスの台詞に、うんうんうなづいているプレセア。
一方、リフィルはその手をこめかみあて、
「本当に、この子は……」
別の意味でどうやら頭がいたくなってきたらしい。
「…大変だな。ロイドの教師、というのも」
「ええ。まったくだわ」
「?何だよ?」
「ひゃはは。ま、ロイド君らしいんじゃねえのか?とりあえず、アステル達においていかれそうだぜ?」
ふとみれば、いつのまにか距離がひらいている。
「ま、一本道だから迷わないんじゃないのかな?」
周囲をみても他に道らしきものはみあたらない。
そんなマルタの言葉をききつつ、
「それにしても、本当に魔物達はおそってこない、のですわね。ここまで大量にいる、というのに」
たしかに。
周囲をみてもどこもかしこも魔物だらけ。
天井にも魔物がいるというのにまったくもってむかってこない。
セレスがぽつり、と気になっているであろうことをいってくる。
「そんなことより、いこうぜ。俺様、お腹すいちまったしな」
「ロイド、いこ?アステルさんたちまたせたらわるいよ」
エミルの今の言葉の意味。
その意図が気にはなれど、しかし今ここでといかけるというわけにもいかないであろう。
もっとも、問いかけてもエミルがきちんと答えてはこないだろう。
というのはリフィルはこれまでの経験で理解せざるを得ない。
リフィル達がそんなことを思っている中、コレットが首をかしげつついってくる。
たしかに、彼らをまたすわけにもいかないのも事実ゆえに、
とりあえず
「今の話しはこれまでってことで。とっとといこうぜ」
話しをきりあげた、とばかりにぴしゃり、とゼロスが一言でしめ、そのまますたすたと先にと歩きだす。
「人のこころ…か」
「…心がなかったら、差別とかもないんだろうけどね」
「でも、それだと、生きてるっていえるのか?心がない、なんて……」
今のエミルの言葉にそれぞれ思うことがあったらしい。
心、で思いだすのは心を失っていたときのコレットのあの様子。
あんなのは生きている、とはいえない。
絶対に。
ゆえに、おもわずぎゅっと手をつよく自ら握り締めるロイド。
「心…か」
そしてまた、心、という言葉にしいなも思うところがあるらしく、
ぽつり、とどこか遠くをみつつもつぶやいていたりする。
しいなの心に浮かびしは、心を司る、といっていた精霊ヴェリウスの姿。
しいなにとっては何ものにも代えがたい、孤鈴の本来の姿であろう、精霊。
かの存在を思い出し、しいなもまた思わずぽつり、とつぶやく。
三者三様。
エミルの今の言葉にそれぞれ思うところがありながらも、
ともあれ、アステル達をおいかけて、彼らもまた、奥にむかって足をすすめてゆく――
「たしかに、ここは広くていいわね」
ふと見上げれば吹き抜けになっているらしく、頭上のほうには少しばかり空がみえている。
ということは、ここで火をたいても、煙が充満する、ということはないのであろう。
アステル達のような研究者達がここで休憩をよくしている、というのも納得の地形。
幾度かこの場で焚火をしている、のであろう。
少し崩された、かまどの跡らしきものもみてとれる。
そしてその横のほうの壁際にはきっちりときれわけられたレンガが積み上げられており、
どうやらこのレンガを利用してカマドを作成することも可能らしい。
アステル達に連れられてきたのは、下に続く道のほうではなく、
そのまま奥につづいてゆく道をすすんだ先にあるとある場所。
岩をくりぬいてつくられている穴らしきものをくぐったさきに、
まだ道がつづいており、橋をわたったところが広い場所となっており、
ちょっとした大人数でもやすめるほどの広さをこの場はゆうしている。
リフィルがそんなことをいいつつも、周囲の様子を念のために見回しているそんな中、
「じゃあ、料理の用意をするとして。
僕が用意するから、ロイド達はこの付近何だったら探索しておく?」
料理器具などをとりだしながら、ロイド達のほうをかるく振りむきつつもといかける。
そんなエミルの問いかけに、
「そうね。今から準備しても少しばかりかかるでしょうし。
その前に足場の確保をしておく、というのも一つの手でしょうね」
あのような渡れなくなっている橋が他にもない、とはかぎらない。
実際に、今この場にわたってくる橋もある程度朽ちかけているのか、
ぎしぎしとかなり音が危険すぎて、一人一人ゆっくりと移動したほど。
テキパキといつものように鍋などを用意しはじめているエミルをみつつ、
リフィルが少し思案しつつもいってくる。
「アステル、リヒター。道案内をたのめる、かしら?」
とりあえず、翼があるコレットとゼロスは必要不可欠。
何しろ万が一にもわたっている途中に橋が崩れました、では洒落にならない。
しかし、二人ならば翼があることからどうとでもなる。
そんな会話をしていると、
「うん?もしかして、地の精霊にあいにいくのか~?」
ふと、ひょこり、と奥のほうから小さなクレイアイドルの一人が顔をのぞかせていってくる。
ちょこん、と岩壁にある小さな穴から顔をのぞかせているのがいかにもかわいらしい。
「あ、おまえ……」
ロイドがその姿をみて思わず声をかけようとするが、
しかしそれよりも早く、
「ん~。なんだ~。おまえ~、やんのか~」
そんなロイドにたいし、小さな体で身構えつつも何やらいってくるのがきこえてくるが。
「…あきれるほどに同じリアクションだな」
おもわずその言葉をきき、がくり、と肩をおとすロイド。
同じような姿をしているものに同じような言葉をいわれたがゆえ、
どうやら脱力したらしい。
「えっと、小さな妖精さん、何か用事があるの?」
この小さな人形のようなものたちは妖精の一種だ、ときいた。
ゆえに、コレットが首をかしげつつも、ちょこん、
とその場にしゃがみこみ、クレイアイドルにむかって首をかるくかしげつつもといかける。
「ん~。おまえらの道案内を~、頼まれた~、からな~」
「頼まれた?」
その台詞にぴくり、とリフィルが思わず眉を動かすが。
「ん~。なんだか~。面白いな~。お前~。
そこの赤い髪のトンガリアタマのやつ~。
その顔は~地の精霊に会いにきたはずなのに、
よくわからない奴の相手をさせられて大変だな~
まだいっていないところで進めなくなるかもしれないし、
こんな所で道草くわずに進んでいくべきかな~でもお腹すいたな~
でもこいつ、案内するっていってるけど何かの役にたつのか~?
というような顔をしてるな~」
「…どういう顔だよ」
「…あながち、間違ってはいない、な」
目の前にいるクレイアイドルの台詞に肩をおとしつつつぶやくロイドとは別に、
ふむ、とその手を顎にあててつぶやくようにいっているリーガルの姿。
「この場所はおいらたち、クレイアイドルの庭、なんだな~。
ちなみに、おいらは三男、なんだな~」
ロイド達がきいてもいないのに、勝手に自己紹介をはじめているクレイアイドル。
「案内、といっているけども。お願いしてもいいのかしら?」
リフィルもまたコレットの横にしゃがみこむようにしてといかける。
「ん~。ほんとうは~、人間なんか~にあまりかかわりたくはないんだけどな~
でも、お願いされたからな~」
だから、そのお願いって。
おもわず視線がエミルにと集中する。
お願いする時があるとすれば、
エミルが一人になったときに彼らにお願いした、というのであればわからなくもない。
しかし、こうあっさりということを聞くのか…否、きく、のであろう。
何しろ魔物ですらエミルのいうことをきいている、のである。
そして、これまでリフィル達はエミルが精霊達と何やら知り合いのごとくに、
彼女達には理解できない何かで会話らしきものをしていたのを幾度も目の当たりにしている。
ならば、このクレイアイドルもまた精霊だ、というのならば。
何らかの会話をかわしていても不思議ではない。
「その子達専用の通路とかもあるでしょうから。その子達が案内についていれば、
まずこの洞窟内で迷子になったりはしないとおもいますよ?」
そんなリフィル達の心情をわかっているのか、さらり、と食事の準備をしつつもいってくるエミル。
「あ~、お…」
王様、といいかけるが、しかしあわてて口をふさぐ。
その言葉は口にはするな、ラタトスク、という名もいうな。
という厳命がセンチュリオン・ソルム様だけでなく、当事者様からも下ったではないか。
ゆえに思わずいいかけた口をふさぐその様子は、すこしばかりかわいらしい。
かわいらしいが、いらないことをいってほしくない、というのはラタトスクの本音。
「食事の準備をするのに、ミトス、一緒につくらない?」
「え?僕?どうして?」
「さっきからだって、ミトス、なんか沈んだような表情してるでしょ?」
万が一、それはクレイアイドル達の口からソルムという単語がでたときに、
ミトスにきかれないがための措置、ともいえるのであるが。
ミトスが少し沈んだ表情をしていた、というのも事実であり、ゆえにエミルは嘘はいっていない。
ミトスは気付かれていない、とおもっていたらしいが。
ミトスはその感情を悟らせるようなことはない、とおもっていても、
実はちょっとした癖があったりする。
その癖は今も昔もかわっていない。
そしてその癖をラタトスクも知っているからこそ、ミトスに提案したに過ぎない。
どうやら先ほどの自分の台詞は、ミトスの心の中にいまだにくすぶっているらしい。
「あ、なら僕ものこるよ。いいでしょ。姉さん」
「そうね。なら、危ないから、セレスもここにのこりなさい。
あと、しいな、あなたも契約にむけて体力を温存しておきなさい。
探索にいくのは、私とコレット、そしてロイドとゼロス。
そして、アステルとリヒター、プレセアとリーガル。八人もいれば十分でしょう」
あまり大人数でうろうろとしても、足場の悪さ、というものも影響する。
マルタをいれないのは、エミルが残るなら私も!
と即座にいってきたがゆえに数勘定にいれていないだけのこと。
「いや。彼らだけこの場に残すというのも危険だろう。
誰か一人ほど残るべきであろう。…私がのころう」
たしかにリフィルのいい分もわからなくもない。
が、この場にエミル、ミトス、ジーニアス、
そしてしいなとセレス、そしてマルタ達だけを残していく、
というのは多少の心残りというか、何かがあったときに困るかもしれない。
ゆえにリーガルが自分もここにのこる、と立候補を申し出てくる。
エミルが強い、とはリーガルはきかされてはいるが、
実際にその強さを目の当たりにしたことがないがゆえ、
いまいちエミルの強さ、というものに実感がない、という事情もあるのだが。
やはりここは年長者が申し出るべき、そうおもってのリーガルの台詞なのだが。
「じゃあ、リーガルさん達はカマドの作成をお願いしてもいいですか?
そうだな。簡単にカレーにしましょうか。探索に一時間程度はかかるでしょうし」
「何でカレー?」
「え?その子たちの四男である子がなんか辛いものを食べたいっていってたし」
それは嘘ではない。
実際にきいたわけではないが。
そのようにいっていた、とソルムからの報告でエミルは知っている。
「あの子達ようにもつくって渡すつもりだし」
わざわざ呼んで一緒にたべてもいいが、それこそ彼らが口を滑らしかねない。
ならば、あの子達の居住区にことづけてもっていってもらったほうが効率的。
「エミル。私がちょっとの間外にでたとき何してたのよ」
む~、とそんなエミルの言葉をうけ、マルタが頬をふくらませつつ文句をいってくるが。
少しばかり外にでただけのはずなのに。
あの短い間にどうやらエミルはこのクレイアイドル達と会話をかわしていたらしい。
そう一人勝手に解釈しむくれるマルタに対し、
「マルタ、カレー嫌い?」
「そうじゃなくて!…もう、いい!」
首をちょこん、とかしげ逆にマルタにといかけるエミルの台詞に、
マルタはぷいっとそっほをむいてしまう。
「そう。なら、リーガルにお願いしようかしら。エミル達もそれでいいわね?」
「べつにそんなに大人数のこらなくても問題ないけど」
「いや。何があるかわからんからな。それでなくても」
それでなくても、周囲にはなぜか魔物がかなりみてとれる。
少し見あげただけでも少し高い位置になっている切り立った岩の上。
そこにもいくつもの魔物達の姿がみてとれるのだが。
ほとんどの魔物達がちょこん、とお座りしているようにみえるのはこれいかに。
どうやら魔物達は魔物達なりに、王がこの地で休憩する、というのをききとり、
護衛をする気満々、であるらしい。
ソルムに命じられたわけでもない、というのに。
何というか、心配症にもほどがある。
しかし当然リーガルはそんな事情を知るはずもない。
魔物の声、そして気持ちがわかるラタトスクだからこそ、
魔物達の気持ちを理解しているのみで、そのほかのものが理解できるはずもない。
「…ま、リーガルさんがそういうならいいですけど、ね。その人たちをお願いね?」
「お願いされるのだ~」
エミルの言葉に元気よく、ぴっと手をあげてこたえるクレイアイドル。
そもそも、ラタトスク自らの言葉に否ということはありえない。
彼らとて精霊のはしくれ。
自分達の産みの親であるラタトスクの為に何かをしたい。
とおもうのは至極当然、なのだから。
「じゃあ、案内していくのだ~」
「…おまえ、歩調すくないから、もちあげ…って、おもっ!?」
ひょいっとかるくその体をもちあげられるかとおもったが、
ずしりとした重さがあり、逆にそのまま腰をかかめた姿勢で固まってしまうロイド。
「もう、ロイド、そんな小さなこ…って、おもっ!?」
ジーニアスがあきれたようにロイドの変わりにクレイアイドルをもちあげて、
その腕にだっこして案内をさせようとするが、
ジーニアスもまた、その体に手をかけたままの姿勢でかたまってしまう。
「もう、二人とも、何してるのよ。かわい~、この子」
ひょい。
「「・・・・・・・・・・・・・・・」」
何だかデジャヴを感じる。
以前、リーガルを気絶させたときもこんな光景でなかったか?
ゆえに思わずコレットが何でもないようにひょいっと、
三男となのったクレイアイドルを抱き上げて、
その胸にと抱きしめるのをみつつ、顔をみあわせているロイドとジーニアス。
「俺、力落ちてるのかなぁ……」
ぽつり、とつぶやくロイドの言葉に、
「クレイアイドルはあれでも精霊よ。あの小さな体でかるく大人の数人分の重さはある。
そうたしか以前に聞いたことがあるわ」
そして頑丈な体。
トラクタービームのように上空にもちあげて大地にたたきつけるのでなければ、
また専用の武器でなければその小さな体に傷をつけることすらできない、らしいとも。
リフィルがうなだれるロイドに忠告がてら説明する。
つまるところ、あの小さな体でかるく数十キロ以上はあるわけで。
百キロ以上はあるであろう、といわれているのがクレイアイドル、という存在である。
実際にその重さを計ったものがいないので一概にこれくらいの重さ、といえないのが実情だが。
「お~。視界がいきなり高くなった~。…うん?えっと~、おまえ~お仲間にちかい?」
ぴくり。
その台詞に思わず胸にかかえていたクレイアイドルの体をよりつよく握りしめてしまうコレット。
「わ、私、天使だから」
「ん~?でもおまえ~」
「あ、案内おねがいね。いこ、先生」
これ以上、このクレイアイドルに言葉を話させてはいけない。
まちがいなく、勘でしかないが、このクレイアイドルは、
自分の体が変化していることを今絶対にいいそうになっていた。
ゆえに。
「ここ、君たちの住み家なんでしょ?いろいろとおしえてね?」
「ん?お、おう、まかせとけ~!」
何かに頼られる、というのは悪い気はしない。
ゆえに、先ほどいいかけたことばをすっかりわすれ、コレットの言葉にうなづくクレイアイドル三男。
「じゃあ、いきましょうか」
いいつつも、二手にわかれる組み分けを開始しているリフィルの姿がめにはいる。
どうやら、さきほどの下にいく方向の道と、この奥につづいている道。
その二手にわかれて探索するつもり、であるらしい。
やがて組み分けがきまった、のであろう。
リフィルとコレット、ロイドとリヒター。
そして、プレセアにアステルにゼロス、計七名。
それぞれ四人と三人にわかれ、ひとまず探索にむかってゆくリフィルたち。
そんなリフィル達をみおくりつつ、
「さてと。準備をはじめるとしますか」
せっかくだから、この場にいる魔物達全て分もつくってしまおう。
そんなことをおもいつつ、エミルは食材をどんどん取り出しては加工してゆく――
pixv投稿日:2014年2月8日某日(Hp編集:2018年4月22日(日)
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あとがきもどき:
さて、そろそろリフィルにも気づかれました(笑
センチュリオン達も紋章を彼らがしっている。
というのを知っているでしょうにねぇ。
あのとき、船首の彫像をみるために全員集合していたのですから。
主によばれ、ほいほいとでてくるからv(マテ
タバサ&リリーナはいったん、しばらくは別行動です。
タバサはアルテスタの人格のままに、ダイクのお手伝いにはいっています。
手をつぶして自分では細かな作業ができなくなっていたアルテスタですが、
タバサの体ではそれは問題ないですからね。
シルヴァラントとテセアラのドワーフの交流がダイクの家にて開始されてます。
ちなみに、クレイアイドルさんの長男でてきたのはトイズバレー鉱山です。
さて、さらり、とそろそろラタ様がどう考えているのか。
ラタ様の考えがでてきたりします。
えええ?!ここであのシリーズ!?とおもってくれる人がいれば万々歳!(マテ
あの、がどのシリーズのやつなのか、…まあ、テイルズシリーズをやりこんでいるひと
絶対にすぐにわかるかと。ふふふふv