港町パルマコスタ。
あれほど降り続いていた雷を伴っていた豪雨、ともいえる雨は。
パルマコスタの街並みがみえたとたん、ぴたり、とやんだ。
それこそ、かつての闇のカーテンのような現象のごとく。
ある場所を区切りにして、雨が降り注いでいる場所。
そしてまったく晴れている場所、というのがきっちりと別れているのを目撃した。
背後を振り向けば、それまで降っていたはずの雨もいつのまにかやんだらしく、
それまで雨が降っていた、という痕跡は大地にのこりし水たまりのみ。
空をみあげるが、またたくまに黒い雲すらかききえて、
先ほどまでの豪雨が嘘のようにからり、とすでに夕焼け色に染まり始めた空を映し出している。
「皆さん!ご無事でしたか!」
街にはいり、なぜか街の入口に待機していた人物が、
リフィル達の姿をみとめたのか、はっとしたように、街の中にかけてはいりしばらく後。
「あ~!ミトス!もう、どこいってたのよ!皆で探してたんだからね!」
ばたばたといくつかの足音が聴こえたかとおもうと、
街の奥のほうからかけてくる数名の人物。
そのうちの一人は、ほっとしたような声をミトスをみてあげてくる。
そしてまた、む~としたような頬を膨らませ文句をいう少女に対し、
「ご、ごめんなさい……」
ここは謝っておくべきであろう。
というか謝らないと何となく面倒なことになるような気がひしひしとする。
それゆえにミトスが一歩後ろにさがりつつも小さくつぶやくが。
「部屋からいきなり消えてたっていうし。誰かに誘拐されたんじゃないかって大騒ぎになってたんだよ?」
なぜかその手にいくつかの本らしきものを手にしつつ、
これまた首をかしげながらいってくるエミルによくにた少年に、
「見張りのヒトがいうのに、出た形跡すらなく、消えていたっていうしな」
ため息まじりにそんなことをいってくる赤髪の男性。
「え……」
まさか、見張りなんてものがいた、などとはミトスは失念していたがゆえに言葉につまってしまう。
そもそも、ミトスは部屋の中から転移でクルシスに一度もどっており、
ゆえに、直接の移動であったがゆえに誰にも気づかれるはずがなかったこと。
「ご、ごめんなさい。勝手に抜け出して……」
「しかし。どこからでたのですか?あなたがいたのは二階でしょうに。
唯一ある階段をまもっていたものも姿をみていない、というし。
窓の外の見回りをしていたものもみていない、というし……」
実際、ミトスが気にしていなかっただけで、
今現在、ディザイアン達の目撃情報が多発しているがゆえ、
総督府の見回り、そしてまた警戒態勢が強くなっていた。
つまり、外にでられるであろう場所には必ず二名以上が待機し、誰かが通るのを常に監視していた。
そんな中で、部屋の中からいきなり子供が消えれば、どうなるかはいうまでもない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
たしか、ニールとか名乗っていた男性の台詞にミトスは思わず黙り込む。
ヒトの組織の体制などあまり気にしていなかったのがここにきて禍したというべきか。
「ミトス。セレスにもあやまってきなよ?
ミトスが消えた、ときいてセレスったらまた倒れちゃったんだからね?」
「なんだって!?セレスは、セレスは大丈夫なのか!?」
マルタのその言葉に反応し、ゼロスがぐいっと身を乗り出すが。
「う、うん。今、私のママが治癒術を試みてくれたから」
ゼロスのいきなりの必死の表情に多少おどろきつつも、
それでいて、安心させるように言い放つマルタ。
事実、ミトスが消えたということと、ディザイアン達がこれまでしてきたこと。
それを聞かされていたセレスはさらに熱をあげてしまいその場にて倒れてしまった。
「いきなりヒトがきえた、というので、ディザイアン達が入り込んだのでは。
と街の中では騒然となってたんだよ?
御蔭で僕らもディザイアンとかいう輩を探すのに駆り出されちゃってたし」
ここの学校にあるっていう図書館でいろいろと調べていたのに。
ぶつぶつとつぶやきつつも、金髪の少年…アステルがそんなことをいってくる。
「でも、よかったですわ。無事で。…今、人々はかなり不安になっています。
神子様。再生の旅はいつおわるのでしょうか?」
ニール達の背後からやってくる優しい雰囲気をもった女性。
「え、えっと……」
ドア夫人である彼女に問いかけられ、コレットは言葉につまってしまう。
「しかし。再生の旅が救いの塔が最終場でなかった、というのがきになりますね。
ディザイアン達の不可思議な動きにも何か理由があるのでしょうが……
神子様達が救いの塔にむかわれた、というのはすでにハイマの旅業者達から報告をうけていますし」
しかし、神子コレットがここにいる以上、救いの塔にいっても、
まだ再生の旅は終わりではなかった、ということに他ならない。
「・・・・・・・・・・・・・すみません」
コレットはそんなニールやクララの台詞をきき、ただ謝ることしかできない。
世界再生の旅を途中でやめてしまっているのは本当。
「あ、い、いえ。いいのですよ。神子様はマーテル様の試練を受けられているのでしょうし
我らは神子様が救いの塔にいけば全てが解決する、とおもっていた…というか。
神子様がここにおられ、救いの塔がみえている以上、再生が失敗したわけでもないのですし」
そう、まだ救いの塔はみえている。
だからこそ、人々は、神子コレットが救いの塔に向かった、ということもあり、
いつ世界が再生されるのか、というその日を日々待ちわびている今現在。
「それより。みなさん。かなり濡れてますわね。
風邪をひいてはいけませんわ。ニールさん、クララさん。彼らをお風呂にいれてあげませんか?」
ため息とともに、それでも彼らが無事であったことを安心してか、
ほっとしたような表情でいってくるリリーナ。
「そうですわね。特に女性は体を冷やしてはいけませんもの。すぐにお風呂の用意をさせますわ」
リリーナの台詞に少しばかりうなづいたのち、その場にいた街の人。
おそらくは総督府につとめているもの、なのであろう。
そんな彼らに指示をだしていっているドア夫人ことクララの姿。
「ところで。エミルは?」
一行をきょろきょろとみわたしたのち、そこにエミルの姿がみえないのにきづき、
マルタが首をかしげ、目の前にいるリフィルやコレットに問いかける。
「?エミルのやつ、先にもどってるんじゃないのか?」
そんなマルタの台詞に逆に首をかしげて問い返しているロイド。
「どこかで雨宿りしているのかな?」
あれほどの雨である。
どこかで雨宿りをしていてもおかしくはない。
ロイドにつづき、ジーニアスもまた首をかしげていってくる。
「…っくしゅっ!」
それとともに、ひやり、とした風が吹き抜けたこともあり、
体をぶるり、とふるわせて、小さくくしゃみをしているジーニアスの姿。
「もうそろそろ日もくれます。ここは日がくれれば結構温度が下がりますからね」
事実、空はもう夕焼け色に染まっており、あと少しすれば完全なる夜が訪れる。
ニールがいいつつ、
「そういえば、牧場のほうは……」
彼らが風邪をひいてはいけない。
というよりは、神子が病気になってはもともこもない。
ゆえに、うながしつつも、彼らを街の中にいれながら、
ニールがあるきながらそんな彼ら一行にと問いかける。
「パルマコスタ牧場のほうは復活している気配はなかったわ。安心してちょうだい」
そんなニールの不安にきづいたのか、リフィルがかわりにそんな問いかけに返事をする。
事実、復活している兆しはまったくもってなかった。
というか、あそこまで綺麗に何もなくなっていたことに驚愕してしまう。
ありえないほどに、本当に何ものこっていなかった。
あれはどう考えても、ただの施設の自爆、というだけでは絶対に説明がつかない。
まるで、そう。
何か別の力が働いたかのように。
施設があった場所はちょっとした湖にすらなっていた。
「そうですか!…しかし、ディザイアン達が目撃されている。ということは。
何かあるのかもしれませんしね。これからも我らは警戒をつづけます。
ところで、皆さんはこれからどうなさるのですか?って聞くまでもないですね」
「神子様、一日も早い、世界再生を願っていますわね」
ニールにつづき、クララがそういうと、
「は。はい…えっと、頑張って…みます」
コレットはその台詞にうつむくしかできない。
自分は彼らの期待を裏切っている。
その事実、否、コレットにとっては事実になるのであろう。
そのように育てられている以上、命をささげるのが当然、という考えであり、
それを裏切っている、というのはいうまでもなく。
だけども自分が命をささげても、ユアン達がいうように、世界が消滅してしまうのならば。
だからこそ、コレットにはわからない。
自分が命をささげることで世界が救われるのならばそれでいい。
そうもっていた。
しかし、それをすれば世界が滅ぶかもしれない、というのならば。
選べない。
選べないからこそ、しいながいった別の方法。
それにかけるしかない。
コレットが望むのは、ロイドが平和にいきていける世界、なのだから。
「しかし。すごい雨だったねぇ」
ありえないほどの集中豪雨、という言葉がしっくりくるほどの雨。
しかも、綺麗に雨がふっている場所とそうでない場所が区切られていた。
何の冗談なんだ、ともおもう。
まるで雨のカーテンのごとく、きっちりと境界線がある、などと。
普通はありえない現象が確かにあった。
首をすくめそうつぶやくしいなの台詞に。
「しいなさん。それなんですけど。しいなさんが今契約している精霊って、たしか……」
何か思うところがあるのか、アステルがふとしいなにむかって問いかける。
ちなみに、今一行は街の奥に進んでおり、
一度総督府に戻ろう、という意見のもと、そちらにむかって進んでいっている。
ぞろぞろとつれ立ち歩く様はあるいみで何ごとか、ともおもえなくもないが。
しかしすでに夜が迫っており、そんな一行を気にとめる街のものはほぼいない。
そもそも、ディザイアン達が街の中に潜入したかも。
という総督府からの発表で、人々はほとんど家の中に閉じこもっていた以上、
人通りがすくなく、ゆえに気にとめるほどの人間達がいないといってよい。
「うん?今契約してる精霊かい?今のところ、ヴォルト、セルシウス、ウンディーネ、シルフ、だけど」
「つまり、雷、氷、水、風、ということですか。
さきほど、それらの精霊を呼び出したりした、ということは……」
アステルが何をいいたいのかわからない。
「施設の中でウンディーネは呼び出したけどね。それが何か?」
「いえ。異様に風、水、雷のマナが高まっていたんです。
マナの測定装置ですら計測不能、とでましたので。
もしかして精霊が具現化していた影響なのでは、とおもっていたのですけども」
実際、いきなりの雨をうけ、アステルたちはマナの測定装置をもって原因を探ろうとした。
が、結果は計測不能。
そんな数値を叩きだせる存在、など限られている。
それゆえの問いかけ、なのだが。
と。
「あ。皆、お帰り~」
ふと、目の前にある宿の中。
そこの扉ががちゃり、と開かれたかとおもうと、扉からみおぼえのある姿が。
『エミル!?』
先ほどまで話題にあがっていたエミルがなぜか宿の中からでてきたことにたいし、
思わず同時に声を張り上げるロイド達。
宿の中からでてきたのは、見間違えるはずもなく、先ほど先にいったはずのエミルの姿。
「あ、エミル!もう、いなかったから心配したんだよ!」
む~、と顔を膨らませ、そんなエミルにかけよってゆくマルタ。
そのまま、すばやく腕をからませているのはさすがというか何というか。
「え、えっと、マルタ?」
「さ!エミル!私の両親に挨拶にいこ!」
「?」
エミルにはマルタのいっている意味がわからない。
ぐいぐいとマルタが腕をからめ、エミルをひっぱっていこうとしているが。
「もう。マルタ。今はそんなこといってる場合じゃ。って、エミル、いつもどってきてたのさ」
「え?少し前だけど。あ、宿の人に頼んですでにお風呂をわかしてもらってるから。
皆、雨に打たれて寒いでしょ?お風呂を借りてきたらいいよ」
しいながため息まじりにそういうと、きょとん、としたようにそんなことをいってくるエミルの姿。
「あら。それは助かるわね」
というか用意周到、という気もしなくもないが。
「お風呂は男性用と女性用、それぞれ別れてるから一緒にはいってくれば?」
ちなみにこの宿。
さすがに巡礼における要の港町、ということだけのことはあり、
お風呂も一応、男女別に二つ、しっかりと設置されている、らしい。
本当はまだお風呂に入れる時間帯、ではないのだが。
そこはそれ。
コレットの名をだせば、いともたやすく宿の主人は了承した。
「ああ。それは助かるよ。このままだとたしかに、風邪ひきかねないものね」
「たしかに。ニールさん、ドア夫人。先にお風呂をよばれてもいいかしら?」
しいながうなづき、そしてまた、リフィルが二ール達をふりむきながらも問いかける。
「え。ええ。そうですね。皆さん、お疲れでしょうし。では、話しは明日、ということにしましょうか。
あなた方の宿はこちらにすでに頼んであったことですし」
彼らが牧場にいったのち、念のために人数分の部屋というか、
大部屋を二つ、念のために確保はしている。
総督府の貴賓室に、という考えもあったが、基本、誰かを大人数とめる。
というような設備ではない。
ならば、最近、ディザイアンが出没している、という影響で、
少しばかり客の入りがさみしくなっている宿にたのめばいいだろう、ということもあり。
この宿に彼らの寝床を頼んでいたのもまた事実。
すでにセレスもまたこの宿に移動させており、
二人部屋、すなわち、タバサと同室において部屋はとってある。
「この宿にはあなた方のおつれさまのセレスさんとタバサさんもいますし」
その言葉にはっとし、
「セレスはどんな具合なんだ?」
そんなゼロスの問いかけに。
「今は落ちついているそうですよ。…倒れたのも熱がでていたのも疲れからではないか。
ということでしたし。安静にしていればすぐに元気になりますよ」
実際、マルタの母親における治癒術においても完全には回復しなかった。
そのとき、マルタの母親が、セレスの身につけている首飾り。
その異様のまでの高い治癒術を感じるマナを感じ取り、首をかしげていたらしいが。
そこまでニールは詳しくしらない。
知らないがゆえに彼らに説明できるはずもない。
「…妹さんのお見舞いにいかれるのはいいですが。
えっと、あなたもお風呂にはいってから、にしてくださいね?
念には念、です。あなたも濡れたままで妹さんと面会し、心配かけたくないでしょう?」
まだ風呂にはいってきたから、という理由ならば相手も納得する。
しかし、そうでないのならば、彼らが雨にぬれた。
それだけならまだしも、彼らが海にあるという牧場にむかったことは彼女も知っている。
もしも、深く考えて何かそこであったのでは、と心配をかける原因にもなりかねない。
「たしかに。ここまで濡れていては、私たちが海の中にほうりだされた。
そう勘違いされてもおかしくないわね」
ニールが言いたいことを察知し、リフィルが顎に手をあてうなづきながらいってくる。
「お風呂か…あ。そうだ。忘れてた!」
お風呂、といわれ今さらではあるのだが。
はっとしたように懐に手をあてるジーニアス。
そして。
懐に手をつっこみ、
「…ミトス、笛…って…あ……」
確かに大切な懐にいれていたはず、なのに。
というか、牧場をでてからこのかた、まだかえしてなかったのか。
という思いを抱かなくもない。
「どうかしたのかしら?」
ジーニアスがそのままの姿勢で固まってしまったのをみてとり、
リフィルが心配そうにそんなジーニアスの手を覗き込む。
ジーニアスの手にはジーニアスが懐からだした笛が握られており、
しかし、問題なのはそこではない。
木の実らしきものをくりぬいて、いくつかの管がつながっていたそれは、
それらの管の連結部分であろうものが破損してしまっていたりする。
「壊れてる…ど、どうして?!」
叫びにもちかいジーニアスの声。
「あのとき、だろうね。ほら、あいつがかたっぱしから衝撃派をくりだしてたじゃないか」
あのとき、とは異形と化したロディルがひたすらに腕をふりまくっていたとき。
しいながそのことに思い当たり、何ともいえない表情を浮かべていってくる。
「というか。ここまでくるまでにまだ返してなかったの?ジーニアス?」
呆れたようなリフィルの声。
そもそも、ここにくるまで時間がかなりあった。
夕闇がかっていた空は今はもう完全に太陽も沈み切り、
あと少しすればまたたくまに夜の闇にとつつまれる。
しかも、ミトスと合流?したのはかの施設をでた直後。
ここにくるまで時間があったというのに、今気付いた、ということは。
すっかり失念していたのか、はたまた雨に気を取られていたのか。
おそらくは両方、なのであろうが。
しかも、口をあてる部分の一か所がいくつか欠けているのもみてとれる。
このままでは紐を直したとしても、本来の音を紡ぎだすことは不可能であることは一目瞭然。
「ご…ごめん、ミトス、これって大切なものだったのに…僕、それをわかってたのに」
死んだ姉の形見だ、といっていた。
オゼットがあのようなことになっている以上、彼の家が無事ともおもえない。
だとすれば、これはミトスにとって唯一、残っていたはずの姉との絆。
それを自分が不可抗力、とはいえ壊してしまった。
あのとき、危険な場所かもしれない、とわかっていたのに。
ミトスが笛を預けてきたときに、気持ちだけうけとっておく。
といっておけばこんなことにはならなかったのに。
そう思うとジーニアスは自分自身が許せなくなってくる。
そんな大切なものを預けてくれた、というミトスの気持ちにばかり目がいって。
このような可能性を失念していた自分自身に。
「……ううん。かなり古いものだったから。ちょっとの衝撃でもたぶん壊れてしまったんだとおもう」
「ミトス、悪い。俺でなおせるようなら……」
ロイドがいい、手を伸ばしてくるが、そんなロイドの手をさらり、とかわし。
ロイドの手はむなしく空中にとどまりゆく。
「…笛が壊れてしまっても姉様との思い出が壊れてしまったわけじゃないから」
いいつつも、笛をみるミトスの目には哀愁がこもっている。
「……はぁ。ミトス、ちょっとかして」
「え?」
ミトスが断るよりも先に、ミトスの手におかれていた笛にいつのまにかエミルがすっと手をだしてくる。
はっとミトスが我にもどればいつのまにか笛はエミルの手の中に。
「エミル?」
「…まあ、これくらいなら何とでもなるしね」
『は?』
そんなエミルの言葉の意味はこの場にいる誰もが理解不能。
そもそも、この世界の全てはエミルの、否、ラタトスクの生み出すマナによって創られている。
つきつめていえば、それを壊すことも、また再生することもラタトスクの意思次第。
「――ウム エ フウグオディン ウム ティアン プエスティ」
あるべき姿に
ありし日の姿に
思い浮かべるは、ありし日のかの笛の在り様。
伊達に永らく分霊体ともいえる蝶の身で彼らをみていたわけではない。
それに、こういった”物”にはこれまでの記憶、というものが宿っている。
それを少しばかり蘇らせてやればよい。
エミルがすっと目をとじ、かるく笛を握り締めたかとおもったその刹那。
緑と赤の入り混じった光がエミルの握り締めた手の中にといきなり現れる。
「「「「!?」」」」
それは膨大なるマナの奔流ともいえしもの。
そのマナの流れに気づき、はっとしたような表情をうかべる、
リフィル、ジーニアス、ミトス、そしてリヒターの三人。
光は瞬く間にエミルの手の平の中に収束し、
そして。
「はい。終わり」
そのまま、何でもないように、唖然としているミトスの手をつかみ、
その手の平の中に、先ほどまで壊れていたはずのそれをぽん、とミトスの手のひらにとおいてくる。
大体、まきもどしたのは、ミトスがこれをたしかマーテルから正式にもらい、
この笛にマーテルがミトスのものになったのだから、といって、
木のタグをつけ、そこにミトスの名を刻んだころ。
「エ…エミル?」
今、エミルは何をした、というのだろうか。
何かエミルが呟いたかとおもうと、信じられないことが目の前でおきた。
確かに壊れていたはずの笛。
しかし、その笛は古さを感じさせることもなく、
まるで、そうミトスもそれを信じられないような面持ちでみつめてしまう。
すでに朽ちて名すらかすれよめなくなっていたはずの、みおぼえのある木のタグ。
その木の裏には、姉から弟へ、
すなわち、愛するミトスへ、とマーテルが刻んだ文字が。
しっかりとそのタグにみてとれる。
すでに時間の経過とともに、朽ちてしまったそれには文字すらみえておらず、
かろうじてタグがあったか否か、というものしか残っていなかったはず、なのに。
「エミル…お前は、いったい……」
自分達はハーフエルフでも扱えないであろう、マナ。
今、一瞬ではあるが感じた膨大なるマナは間違えようもなく勘違いでも何でもない。
茫然としたようにつぶやくリヒターに、
「今のは……」
かすれたような声をあげているミトス。
ありえない。
それに、この状態の笛は、まぎれもなく。
かつての…まだ、姉が生きていたときの状態のままによみがえるなど。
しかし、姉が不器用ながらも刻んだその文字を間違えるはずもない。
「ミトス?え…えっと?」
ぽたり。
あれ?
なぜかじっと手をみつめていたミトスが何か笛が濡れたのにきづき、
思わず空をみあげるが、空は先ほどの雨が嘘のように雲一つない。
というよりすでに夜の闇が押し寄せてきており、綺麗な夜空がみえかけている。
ならば、この笛におちた雨は…
「え、えっと?ミトス?何か僕、へんなことした?」
滅多とかつて彼らを視ていたエミルでも視たことのないミトスの涙。
「え?」
エミルに困惑されたようにいわれ、それでもミトスにはその意味がわからない。
「はい。ミトス」
「…え?」
いきなりマルタからごそごそとポケットをさぐったかとおもうと、すっとミトスにハンカチを手渡してくる。
「ミトス、涙ふきなよ」
「…涙?…え…あ……」
マルタにハンカチを渡され、そしてようやく、ミトス自身が涙を流していることにようやくきづく。
この四千年。
流すことなんかない。
あのとき、姉を失ったときに流しつくした、とおもっていた涙。
先ほど、雨とおもったのはどうやらミトス自身の涙であったらしい。
「エミル…あなた、今、何をしたの?」
やはり、このエミルは底が知れない、というか正体がわからない。
こんな現象はみたこともきいたこともない。
「え?別に」
探るようにしてみてくるリフィルの問いかけに対し、
首をちょこんとかしげ、さらっと何でもないようにいいきっているエミル。
『いや、どうしても何かした(でしょ)(だろ)(よね)(であろうに)』
エミルからしてみみればそれほど重大なことをした、という認識はない。
というか出来て当然のことをしたまで。
きょとん、と首をかしげるエミルに対し、
その場にいた全員、といってもミトスはいまだに唖然としているがゆえ、ミトスは除くが。
ほぼ全員の声が同時に重なる。
「?」
ただありし日の姿に戻しただけ、だというのに。
彼らの反応がエミルからしてみれば理解不能。
「とりあえず、皆、宿にはいらないの?そのまま濡れたままだったら、風邪でもひいたらこまるでしょ?」
「お風呂かぁ……私、後でいい」
「コレットもでもだって、かなり濡れてるよね?というか、服がぬれてすごいことになってるよ?」
実際、この場にいる皆の服は完全に濡れて、体にぴったりとはりつくようになっている。
「いやいやいや。そうじゃないから!」
どうやら話題がいきなりお風呂のことにかわっているのをうけ、
はっとしたようにあわててジーニアスが何やらいってくるが。
「?どうしたの?ジーニアス?」
『どうしたの、じゃない(わよ)(だろ)(でしょ)(です)!!』
首をかしげたエミルの台詞に、もののみごとに、再び彼らの声が同時に重なる。
「?変な皆。とりあえず、ゼロスさん。セレスさんのいる部屋に案内しますね」
「うお?お、おう!そうだよな。今はエミルよりセレスだよ!」
「いや、というか、エミルが今、何をやったのかがかなりきになるのだが……」
エミルにいわれ、はっとしたように、ゼロスが宿の中に足を踏み入れるとともに、
そんなゼロスを案内するように、そのまま何でもなかったかのように宿の中にはいってゆくエミル。
そんなエミルの後ろ姿をみつつ、ぽつり、とつぶやくリーガルの台詞は、
今まさにこの場にいる全員の気持ちを代表している、といって過言でない。
「…あれ?おかしいな…もう、涙なんて……」
もう、涙なんて出ない、とおもっていたのに。
それでも、この不器用なまでの必死に彫られている文字をみれば、
とどめなく涙がこみ上げてきてしまう。
「…ミトス?」
「…このタグに彫られている文字…姉様がほってくれたもの、なんだ。
もう、タグも朽ちて文字なんて……でも……」
ミトスがぎゅっと握りしめる笛はたしかに古めかしい感じはするものの、
しかし、ジーニアスが預かったときよりはどちらかといえば新しい感じがする。
正確にいうならば、何となくどことなくぬくもりをかんじさせるといってよい。
朽ちていたはずの木のタグの復活。
ありえない。
ありえるはずのないこと。
しかし、実際、今、ミトスの手の中にあるのは、
あのとき、姉がミトスに渡してきた笛のまま。
あの当時のままの状態のそれがそこにある。
「朽ちていたものを蘇らせた?…まるで、時を操ったような……」
「!?」
時を操れる力。
それはエターナルソードがもちし力。
しかし、エターナルソードとの契約は途切れていない。
アステルの呟きに、はっとしたように顔をあげる。
そんなミトスに対し、
「ミトス。その笛、他にも何かかわってることない?たとえば、そう、昔の状態にもどってるもの、とかさ」
「…そういえば……」
四千年の間に補修していたはずの紐。
その紐がかつてのそれにとかわっている。
その紐はリンカの木に寄生するというとある蔓によってつくられていた。
しかし、それが手にはいらないから別の品で代用し、紐のかわりにしていたはず、なのに。
ミトスの手の中にありしは、ありし日の笛のまま。
つまり、姉が生きていたときの状態のままに戻っている、といっても過言でない。
「しかし。アステル。時を操る、など。それこそ人の身にはむりなのではないのか?」
「時を操る精霊、というのがいればだけどね。
けど、今、エミルはそういった力を呼び出したわけでもなかったし。
だとすれば、やっぱりエミルが先ほど呟いた旋律のような言葉らしきもの。
それに関係してる、のかな?」
リヒターに突っ込みをいれられ、その場にて深く考え込む姿勢をとりはじめるアステル。
先ほどエミルが呟いた言葉の旋律。
おそらくそれが鍵となる。
「あの言葉って、たしか水の祭壇とかでもきいたあのエミルの言葉、だよね?」
「だね」
時折エミルが口にするあの旋律のような何か。
確実精霊達と意思表示というか会話をしているとみてとれるそれ。
「ウンディーネとの契約のときも、エミルがあの言葉らしきものをいったあと。
なんでか契約してもらえたしね……」
こちらの実力をきちんと見極めた、とかではないような気がする。
それはもう果てしなく。
首をすくめそういうしいなの台詞に、
「それは、興味深いですね?そのとき、エミルが何といったのか覚えてますか?
何か法則性がわかるかもしれませんし」
その言葉にくいつくかのように、アステルがずいっと身を乗り出してくる。
「よく覚えてないよ。意味不明、というところではヴォルトと一緒なんだけどね」
「エミルのあれは古代エルフ語でもないから、私でもわからないわ。
ヴォルトの言葉は古代エルフ語だったからわかったけども」
アステルの言葉をうけ、しいなが首をすくめていい、
リフィルもまた思いだすかのようにいってくる。
「ま、よくわかんねえけど。
とりあえず、エミルのやつが壊れてた笛を直した。それでいいんじゃないのか?」
「…ロイド、それですます?」
あっけらかん、とばかりにさらりと言い放つロイドの台詞に、
ジーニアスが呆れたようにそんなロイドに視線をむけるが。
「だって、考えてもわかんねえもんはわかんねぇだろ?とりあえず、よかったな。ミトス。笛が直って」
「…え、あ、う、うん」
涙なんて枯れた、必要のないもの、だとおもっていた。
でも、自分は今無意識に涙を流していた。
そのことにミトス自身が驚かざるを得ない。
忘れていた何か。
そう、人としての心。
欠けていたもの…それは、喜怒哀楽。
どうもこの一行とともにいれば自分を見失ってしまう。
心から呆れたことも、そして唖然としたことも。
クルシス、という組織を立ち上げてからこのかたなかったのに。
絶望したことはあった。
クラトスが地上におりたあのときに。
でも、結局クラトスは自分の元にもどってきた。
が、今、死んだとおもった息子と再会し、再びクラトスは裏切ろうとしている。
大切なものを失ったことがないからえいる戯言。
ロイドの姿はどうしてもミトスにかつての自分を思い起こさせてしまう。
それに、今の現象をどう説明すればいいのだろうか。
そもそも、対象の時間をまきもどすことができるなど。
そんなこと、あの剣やセンチュリオン達ならば可能かもしれないが。
そこまで思い、はっとする。
「…ねえ。そういえば、エミルって、ここにいた人をかつて治療したってきいたけど」
この地にいたはずのドアとかいう人間の妻。
彼はクルシスの、否、マグニスの手によりエクスフィギュアと化していたはず。
しかし今彼女は元の姿にもどっている。
だとすれば、誰かがレイズレッドを施し、マナの乱れを直したということ。
さらに、きになりしは、ここパルマコスタにのこって知った事実であるが、
牧場に捉えていた全ての苗床の人間達からエクスフィアが取り除かれていた。
というその驚愕の事実。
しかも、すこしばかり聞いてみれば、ほとんどのものが全員が全員。
魔物に攻撃をうけたあと、それが体から離れていた、というようなことを言っているらしい。
――魔物が独自でそんな行動をするはずがない。
だとすれば、すくなからず第三者の意思が絡んでいる。
そして、魔物に言うことをきかせられる。
また、そのようなことをする心当たりがある、といえば……
木々すらなかったはずの場所に生えていたあの森。
ラタトスクがいるギンヌンガ・ガップにつづくはずのあの場所すら、
ありえないほどに緑豊かになっていたというその現実。
まさか…ありえない。
けど、ありえるかもしれない。
まさか、センチュリオン達が目覚めている?
だとすればこれまできいた、世界において起こったという異常気象。
そして、このありえないほどに安定しているマナ。
それが説明がつく。
ついてしまう。
本来、センチュリオン達はマナを安定させる役目をおっていた。
そして、マナを司りしは……
「……ラタトスク……」
思わず、無意識のうちに、ぽつり、と言葉を紡ぎだす。
そんなミトスの言葉を捉えたらしく、
「うん?ミトスもラタトスクのことに興味あるの?」
「え?あ……」
「アステル。仮に、だけども。もしも精霊ラタトスクの力を誰かが授かる。
もしくは契約していたとすれば、時間を操ることは可能、かしら?」
「可能、でしょうね。そもそも、ラタトスクはこの世界の源。
つまりは世界をうみだせしもの、それ以外の何でもないんですから」
言葉につまるミトスとは対照的に、リフィルが何か思い当たるのか、
ふと思いついたかのようにアステルにと問いかける。
そんなリフィルの言葉に淡々と答えているアステル。
「詳しくは、ラーゼオン渓谷にいる語り部さんにきくのがいいんですけどね。
そのためにはエルフの長老に認めてもらわないと話しもきいてもらえないですけど」
いって首をすくめるアステル。
アステルもまた、エルフの長老に許可をもらうのにかなり苦労した。
そもそも、人間に話すきはない、とけんもほろろ。
ようやく話しをきいてもらえだしたのは、アステルが精霊ラタトスクにたどり着いた時。
精霊のことならばエルフにきこう、という何とも楽観的というか、
あるいみ的確な判断にて、精霊ラタトスクのことについて聞きたいんだけど。
といってエルフの里を訪れたときのエルフ達の狼狽ぶりは、
今をもってしてもアステルの記憶に新しいところ。
アステルは知らない。
ちょうど、その直後というかその直前。
テネブラエが里を訪れていた、ということを。
つまり、エルフ達もまたセンチュリオンが目覚めたということは、
精霊ラタトスクも目覚めたのではないか、と危惧していたところに、国の研究者の来訪。
これで混乱しないほうがどうかしている。
そもそも、とある書物のことでかなり釘をさされたばかりのころに、アステルが来訪し、
エルフ達がかなりピリピリしていたのはいうまでもなく。
もっともそんな事情をアステルが知るはずもないのだが。
「とにかく。俺達も宿にはいろうぜ。なんか肌寒くなってきたし。服もかわかしたいしさ」
ロイドとしてはいつまでも濡れた服をきている、というのが何ともいえない。
宿にはいってさえしまえば、タオル一枚でもどうにかなる。
最悪、服がかわく、までは。
「…こっちに戻ってきてるんだから、着替えでもとりにかえるかなぁ」
ぽつり、とつぶやくロイドの台詞に。
「そうね。…コレットの着替えのこともあるし。それもいいかもしれないわね」
リフィルが意味ありげにいいつつも、ちらり、とコレットのほうをみながらそんなことをいってくる。
コレットは何かを隠している。
まさか、とおもうが、しかしコレットは隠しきるであろう。
そういった点ではこのたび、雨に降られ、お風呂にはいる、というのはある意味で好都合。
リフィルの懸念が現実となっているのか否かを確かめることができる絶好の機会。
ここ最近、コレットは水浴びするときや、宿で休むときでも、絶対に一人でしかはいろうとしなかった。
始めはあの日かともおもったが、よくよく考えてみれば、
旅にでてから、というかコレットが試練をうけてこのかた。
彼女から血の匂いを感じなかったことに今さらにがらに気づき驚愕もした。
天使疾患、とリフィルが名付けたその病が、いまだにコレットを蝕んでいる。
その可能性がはるかに高い。
ジーニアスとロイドは村を追放されている身ゆえに村にはいるのは無理であろうが。
少なくとも、疾患の事がすこしでもわかればそれにこしたことはない。
それに、ともおもう。
火の精霊イフリートと契約を交わすのにどちらにしてもあちらの大陸に移動する必要もある。
せっかくこちら側に戻ってきた以上、たしかにボータのいうとおり。
楔の一つであろう、イフリートと契約を交わし、イフリートとセルシウス。
この二つの相反する精霊達の楔を解き放つ必要もある。
「先生。それにアステルも。よくわかんない話ししてないで、宿にはいろうぜ。
エミルやゼロスも先にはいっていってるしさ」
リフィルが今後のこと、そしてエミルのことを思案している中、
ロイドがさらり、と何でもないかのようにいってくる。
「…ロイドさんは、きにならないんですか?」
プレセアとて、今エミルがやったこと。
それがありえないことだ、と何となくではあるが理解ができた。
にもかかわらず、ロイドは何ごともなかったかのような振る舞いをしており、
それがプレセアからしてみれば理解できない。
「だって、考えてもしょうがないだろ?わからないものはわからないんだし」
「…ロイドのそういうところ、あるいみで尊敬するよ……」
判らないことを突き詰めるのではなく、あるいみで放り投げる。
それはいいことなのか悪いことなのか、ジーニアスにもどちらともいいきれない。
ゆえに、盛大にため息をつきつつも、
「とりあえず、僕たちも宿にはいろ。姉さん。話しはそれからでも遅くないでしょ?」
「え。ええ。そうね。リーガル達もそれでいいかしら?
アステル、あとであなたが調べているという精霊のことを詳しく教えてもらえるかしら?
今後のこともあるしね」
ゼロスがいうには、このアステルは精霊研究においては第一任者といわれているらしい。
ならば、あのとき現れていた精霊アスカのことにしても何かがわかるかもしれない。
そんなリフィルの問いかけに。
「わかりました。とりあえず、いきましょう。僕らもここに宿をとってますしね」
実際、アステル達もまたこの宿に部屋をとっている。
アステル曰く、宿などでは様々な人の話がきけるので、
シルヴァラントの研究に役立つから、という理由で普通に宿に泊まることを選んだのだが。
そんな事情は当然、離れていたリフィル達はしるよしもない。
「で?」
「?」
ロイド達をその場に残し、セレスが眠っている部屋、すなわち二階にと移動する。
セレスが眠っているのを確認し、熱がないことすらも確認し、
なぜか、ほ~と、深い息をついたのち、部屋にあった椅子にどかり、とすわりつつ、
横にいるエミルに視線をむけてくるゼロス。
声が外から聞こえる感じからして、今だに彼らは宿の外でいろいろと話しこんでいるらしい。
「ゼロスさん?」
何が、で、なのだろうか。
それゆえにエミルが首をかしげるが。
「エミルくんのことだから。いきなり風呂とかいったのにはわけがあるんじゃねえのか?」
宿にはいると、宿の従業員らしき人物から、いつでもお風呂にはいれる用意はできています。
と声をかけられた。
テセアラの自分の自宅ならばまだしも・・・あれはいつでも風呂にはいれるように、
常に召使たちが用意をしていた。
こちら側の文明をみるかぎり、そうそう風呂、というものは常に沸かしておくものでもないであろうに。
「ああ。いきなり雨がふったでしょ?体が冷えたら皆風邪をひいちゃいますし。
だから、宿の人にお願いしたら快く引き受けてくれたんです」
にっこりと、そんなゼロスの台詞に返事を返しつつ、
「じゃ、僕は……」
いいつつ、ドアノブにと手をかける。
そんなエミルをみつつ、しばし腕をくみ、何か考えていたゼロスであるが、
「…何であんたはアレをわざわざ修理したんだ?」
ぴたり、とドアノブに手をあてたまま、ゼロスの問いかけにエミルが制止する。
あんなことをすればエミルに何かある、と相手にわからせるようなものであろうに。
「……今のあの子なら、思いだしてくれる可能性が高かったですからね。
それじゃ、僕はこれで。ゼロスさんも風邪をひかないうちに、お風呂にいってくださね。それじゃ」
ドアノブに手をかけたまま、ゼロスを振り返ることなくこたえるエミル。
そう、あれを直したのはこれまでのミトスの様子をみていたがゆえ。
今のミトスは過去を常に思い返している。
一番の気持ちとしては、マーテルのあの文字をみて、自分の行いを省みてほしいから。
今からでも遅くはない。
というか、自分とそろそろ話しあってほしい、というような思いもなきにはあらず。
ヒトは変わってしまう。
大切なものが害されて、とことん変わってしまっていった人間を、
これまでの永き時で嫌というほど目にしている。
それでも、何かのきっかけで思いとどまり、またやり直そうとするものも多々といた。
ラタトスクとしてはミトスにこのままでいてほしくない、という思いもある。
あのとき、いくらミトス達が熱心にいってきたからといって、
ミトスを半精霊化、すなわち彼らのいうところの無機生命化
…天使化を許したのは、他ならぬラタトスク自身。
やはり、彼らに託さずに自分で始末をつけておけばこのようなことにはならなかったのに。
ともおもう。
それでも、ミトスは自分の手でやり遂げたい、といってきた。
次代にその役目を引き継がせるのではなく、やり始めたことは自分でやり遂げる。
誰かにその責任を押しつけたくはないから、といって。
大樹さえよみがえれば、彼らの半精霊化を解き、普通のヒト、として。
普通の人生を歩ませるつもりだった。
それをミトス達が承諾するかどうかは別として。
あのときのあの思い、あの気持ち、決意が変わっている、とはおもえない。
特にユアンからミトスの本心に近いことを聞いた今では、強くそう思う。
心の支えがなくなったヒトというものは簡単に暴走してしまう。
マーテルの声があったとしても、ミトスはどこか不器用であったがゆえ、
いくらマーテルだ、とわかっていても姿形が違えばどこか否定しかねない。
というか不安定なままの心だというのに、マーテルだとすれば、
いきなり間違っている云々、とかミトスに説教をし始めない。
あの子はああいうことがあった。
まず注意をして、それから滾々とその説明をし始める。
これまでヒトがいうところの反抗期というものがなかったミトスである。
その言葉に反抗してしまう可能性は遥かに高い。
かつて、彗星と意識を同調させたとき、ミトスが地上から実りとともに立ち去ろうとした。
そんなことがあったというのをラタトスクは記憶している。
どうしてそうなったのか、までは判らなかったが。
一つ、小さなものでもたった一つだけでも、
何かすがれるものがあれば、ヒトというものは踏みとどまれる。
その事実をラタトスクは嫌というほどに目の当たりにしている。
だから、あれが壊れているのを目にし、あれを直した。
かつてマーテルが生きていた当時の状態に。
「――あの子は優しい。優しい人間に限って、簡単に堕ちそうになってしまう。
それは、ゼロスさん。あなたもでしょう?
…妹さんのために、自らの命を差し出そうとしているあなたなら。わかるはず」
「っ!?」
パタン。
いきなり最後の最後に図星をつかれ、そのままの姿勢で固まるゼロス。
そんなゼロスをその場にのこし、パタンと部屋を後にするエミル。
「…あの子、というのはまちがいなく、あのミトスのこと、だろうな……」
もしもゼロスの認識が正しいのであれば。
自分達と離れたときに、クルシスからの接触が彼にあったはず。
もしくは彼のほうからしてくるか。
「…なあ、セレス。俺様は誰を選べばお前が幸せに暮らせるようになるのかな……」
眠っているセレスに近づき、そっとその前髪をかるくよけつつもぽつり、とつぶやくゼロス。
レネゲードに協力し、クルシスを打倒したとして。
クルシス、という天界がなくなったあと、神子という制度がどうなるかもわからない。
しかも、彼らがいう世界を統合したのち、ここまで文明の差が開いている二つの国。
この二つの国が争わない、とはいいきれない。
争いは必ず、女子供を犠牲にしてしまう。
その中にセレスが含まれてしまう。
それだけは何としてもゼロスは避けたい。
否、避けなければならない。
だから、選ぶのは間違えないようにしなければ。
セレスが安全に暮らせる世界をつくるためにも。
しかし、判ったことが一つだけ。
エミルに敵対する方向を選べばどうしようもなくなるはず。
あのようなことができるものが普通のヒトであるはずがない。
それに何よりも、エミルの傍にいた彼ら。
魔族、と名乗ったものがあの犬のようなテネブラエ、となのったもの。
それを知っていたことから、あのテネブラエというものが普通でないことを示している。
それに、あの意味ありげな言葉。
だとすれば、これはゼロスの勘でしかないが、おそらくは間違いはない。
まちがいなくエミルは精霊ラタトスクの関係者。
だとすればエミルに敵対する方面を選んだりすれば、セレスに安息の地は訪れない。
「…それとなく、カマかけるしかねえか。ったく、俺様のキャラじゃねえんだけどな」
それをするにしても、ミトスやロイド達がいない所でするしかない。
がしがしとセレスの安らかな寝顔をみつつも頭をかくゼロス。
しかし、ともおもう。
おそらくはエミルの決定。
それが世界の命運を担う。
これはもう絶対的な確信。
「ん?」
ふと、テーブルの上に先ほどまでなかったはずの紙らしきものをみつけ、
ふとそれを手にとるゼロス。
そこにかかれている文字は、
――ゼロスさん。クララさん達にリーガルさん達と後で説明をお願いしますね。
そのように書かれている文字と、
リフィルさん達もおそらくは説明をするでしょうから、という文字が完結にかかれている。
これが意味すること。
「…テセアラとシルヴァラントの説明…か」
エミルが何の目的をもって動いているのかはわからない。
しかし、先ほど感じた懸念。
二つの国の間でかつてのように戦争がおこらないためにも。
このシルヴァラントの中で唯一、きちんとした組織がある、というこのパルマコスタの地。
この地の責任者達と会話をする、というのはあながち間違いではない、のであろう。
「…どうやら、テセアラの神子は勘づいてきたらしいな。…まあ、それはそれでいい」
できればヒトの協力者もほしいところ。
自分が率先してヒトの内情に干渉するのはあまり好ましくない、というのを理解しているがゆえ。
そもそも、こちらの世界にわたった時、ゼロスを協力者にする。
という案は始めからもっていたのもまた事実。
それはかつてのロイド達の話しから、どうやら彼はかつて、ロイド、レネゲード、
そしてクルシス、とそれぞれ計りにかけていた時期があったらしい。
ラタトスク、としての記憶を封印?したときに彼らからきかされたとある事実。
おそらく、それが今、なのであろう。
ロイド達がミトスの話をするときに言葉を濁していた理由。
それも理解した。
短いながらも共に旅をしていた相手。
ミトスがあのときすでにおらず、樹の新たな魂となっていたことから、
彼はその命を…つまりは、自らが授けていたあの石を破壊した、のであろう。
でなければ、あらたな転生、ということができるはずもない。
あの石はあくまでもいろんな意味での保険でもあった。
もっともその保険ゆえに、ミトスがマーテルが蘇らせられるかも。
という可能性にいきついているっぽいが。
「…本当に、ヒトの心、とはままらなない、な」
幾度世界を産みだしても、こればかりは完全に理解ができない。
かつてのときですらそうだった。
自分達が守って見せる、といったのに。
それでも、結局、彼らはヒト同士の争いで命を落とした。
マーテルとて同じこと。
やはり人の精神体の集合体であったマーテルは決定的な決断をすることができなかった。
そもそも、自分をコアにして扉を封印云々、ということですら、
精霊、としての自覚があったのならば、それをすればどうなるのか。
すぐさまにおもいついた、であろうに。
人の意識がつよいがゆえに、
そのことにすらおもいつかなかったユグドラシルの精霊マーテル。
この地に降り立つ前、かつて自らがゼロから生み出した惑星デリス・カーラーンにしても。
そもそも、ダオスがヒトの、地上に干渉してしまったがゆえに、接触がもてなくなってしまった。
共に共存し発展してゆくか、もしくはヒトは自ら滅びの道を周囲を巻き込んで発展させるか。
大概どちらかのパターンとなりえている。
自分達の首を絞める、とわかっていながらも力と、そして豊かさを求めたあげく。
中には結果として星そのものを爆発させた文明すらいくつかある。
それはもう数えるのもばからしいが。
いくら自分が完全に干渉していない世界、といえど、
世界の滅びの波動は【ラタトスク】全てに伝わってくる。
全は個であり、また個は全である証拠、ともいえるのだが。
「…とりあえず、新たに地上における聖地もどき。それをそれとなく彼らにまた考えさせるか」
フラノールの雪まつりのイベントでそれとなく彼らに差し向けた彼らにとっての理想郷。
それとなく、話しをそちらのほうにふっていき、彼らがどのような場所を望んでいるのか。
ヴェリウスの協力もあり、今いる人々の理想というものの概念。
それは大体そろってきている今現在。
ロイド達は覚えていないようではあるが、
こっそりとそれぞれの夢の中にそれらしき選択をさせるように、ヴェリウスには命じてある。
それらをまとめ、簡単な場所を想像し、それに対し人間達がどうおもうのか。
ちなみにこれは、ウィルガイアとよばれし場所に住んでいる存在達にも適応している。
そのために、彼らは失いし自我というか感情が
ゆっくりとではあるが、確実にもどってきているようではあるが。
それはそれにこしたことはない。
――どちらにしても。
世界を一つにもどすとき、彼らの元から全ての精霊石、それは消し去るつもり、なのだから。
「……願いします。先生」
ふと、下におりれば、何やらコレットの声がきこえてくる。
どうやらそれぞれに宿の中にはいり、彼らも風呂にはいる。という選択をしたらしい。
コレットのことだから、自分は後でいい、といいつつも。
あるいみ、おそらくはしいなにひきずられるようにして連れていかれたのであろう。
もっとも、あの雨を降らせたのもそれをみこして、なのだから。
あるいみこちらの予測通りともいえる。
それは女風呂、とかかれている脱衣所のほうから。
いくつかの息をのむ気配からして、ざっと視てみれば、
その場にいるマルタ、しいな、リフィル、プレセアが息をのんでいるのがみてとれる。
どうやらリリーナは共には脱衣所にむかわなかったらしい。
まあ、彼らは濡れていないのでそれはそれで当たり前、なのかもしれないが。
マルタはおそらくは、せっかくだから、という理由で付き合うことにしたのだろう。
そこで何をみるのか、考えることもなく。
ともあれ、これでリフィル達が知るところになった。
あのままではコレットは誰にもいうことなく、
確実にゆっくりと、その体そのものを精霊石化していた。
自分の干渉がある、とはいえ弱い人の体がいくら微精霊、とはいえその力に耐えられるはずもない。
そのための要の紋、といわれしもの。
それにより、微精霊達の力を器である肉体に影響を与えないようにしているのだから。
しかし、コレットが身につけているのは仮初めのもの。
より強い精霊達が宿りしそれに、普通の要の紋は通用しない。
そもそも、すでにアルテスタのもとでその件に関しては忠告をうけていたはずなのに。
どうもロイド達はそのことを失念している傾向があった。
だからこそ、これはあるいみ強制的にその事実を知らしめたのみ。
以前のときはどうしてそれが判明したのかもわからないが。
まあ自分の干渉がなかった以上、それ以上に結晶化は進んでいたのであろうが。
今はまだ、コレットの肩の部分における場所のみ結晶化がゆっくりと進んでいっている。
内部にいる微精霊達もなるべく影響がいかないように、ときにかけているらしく、
通常より結晶化における時間はゆっくりとなっている。
リフィル達がタバサの中に設置されたアレにきづけばよし。
そうでなければ彼らは彼らで本格的にコレットを治療するために動くであろう。
かの要の紋をつくるのに必要なマナの欠片。
自分にいってくれば簡単に作ることは可能なれど、おそらく彼らはそれには気付かない。
だとすれば、確実にある、とおもわれるであろう彗星にとりにいこう。
という結論に至るはず。
クラトスはクラトスでどうやらエターナルリングを創るつもりらしく、
いろいろと動き回っているのが視てとれているが。
というか、ロイド達がこちらにきた、とわかったとたん。
彼もまたこちら側にきているのはいかばかりか、ともおもわなくもない。
「…人間達はああいう行動を、たしかどこかの世界でストーカーとかいっていたな……」
当人に自覚があるのかないのか。
そもそも、それほどロイド、そしてミトスが心配ならば、堂々と出てくればいいのに。
とも思う。
「…まあいい。さて、ヒトの子達よ。お前達はどう選択する?」
仲間、といいきっているコレットの現状をしった彼らが今後どう行動するのか。
どうやらコレットはこのことは皆には、特にロイドには黙っていてほしい。
と今現在、リフィル達に懇願しているところ、らしいが。
しばし脱衣所のほうに意識を向けて視ていたが、そのままその場を後にする。
「…問題は、アステル達、だな」
どうもリフィルと先ほど、自分のことについて会話していた以上、
彼女達が風呂からあがったときに、自分のことを再び話題にする可能性が高い。
どうにかそれを阻止し、それとなく話題をかえなければ。
「……たしか、この宿にはトリエットの悲劇、という本がおかれていたな」
それを手にし、アステルの興味をそちらにひきつけられれば。
研究者、というものは目の前の新しいものにすぐさまとびつく傾向がある。
アステルもそのたぐいかどうかはともかくとして。
おそらくこの考えは間違ってはいない、であろう。
「……宿の人に本をかりてくるか」
そのまま風呂場につづく廊下を素通りし、受付にとあるいてゆくエミル。
おそらくここに第三者がいれば、エミルのその言葉、すなわち独り言をきき、驚愕したであろう。
が、この場には誰もいない。
ミトスはジーニアスにひきづられるようにして、共に脱衣所につれられていき、
すでに視るかぎり風呂にと入っている以上、
ジーニアス達とのやり取りをするのが精いっぱいでわざわざ聴力を強化している、ともおもえない。
「いかがなさるのですか?エミル様?」
ふわり、とエミルの真横に出現したテネブラエが問いかけてくる。
「あのものたちに、イフリートと契約をかわさせたのち。
それから…それとなくエグザイアに向かわせるか。はたまた…
アルテスタの記憶媒体を彼らに気付かせるか、だな」
ロイド達はまだ気づいていない。
記憶と知識、それらを埋め込んだとある品物がタバサの中に組み込まれているということを。
かつての人間はこれをこう呼んだ。
すなわち、レンズ…コアクリスタル、と。
それを応用して意思を持つ件などが、かつての天地戦争と呼ばれた時代に開発されたりしていたが。
どうやらアルテスタもまたそのコアクリスタルの作成方法。
それを受け継いでいたらしい。
こちらでそのようなものがつくれるとはおもわないがゆえ、
おそらくアルテスタがクルシスを抜けだす前につくっていたものを利用したのであろう。
その際、人間達がうみだせし、有機体とレンズを集合させたとある生命体。
それもいまだに健在なれど。
ほとんどのものは、古代大戦とよばれしときにその命を散らしてしまった。
飛行竜、海竜とよばれしそれらは、ひとまずセンチュリオン達に命じて保護をしているが。
そもそもあのとき、人間達は彼らから自我をも奪い取った。
保護したのち、彼らに自我をもたせ、魔物の一部、として組み込んではいるにしろ。
マナが少なくなったのち、彼らはマナが多量にあるときだけにつくられし、
彼らにとっての主食。
ベルセリウムの生息数が少なくなったことから、
自分が目覚めたときにはすでに卵の状態でしか残っていなかったが。
彼らは卵の状態であればかなりの年月をたえることができる。
一定のマナと、そして環境さえあれば目覚めることが可能となりし種族となっている。
それをミトス達がみつけなかったのはあるいみ不幸中の幸い、というべきか。
記憶媒体。
その言葉をきき、すこしばかり…ラタトスクだからこそきづける変化、であるが。
すこしばかり顔をしかめ、
「あれ、ですか?…あの技術がいまだにこの世界に残っていたのが何ともいえませんけど」
「かの時代につくられし剣はたしか封印されていたはずだな?」
「はい。いかがなさいますか?」
「――すぎたる力はヒトにまた欲をもたらすだろう。
……回収しておけ。彼らに投射された人格と話しあいを設ける、というのも手だしな」
それにより、彼らが死を望むのか、それとも別なる道を歩むのか。
どちらにしても彼らのオリジナルとなっていたヒトの魂はすでに転生を果たしている。
あんな力を手にしただけで手にいれるような品がある。
と人間達が気付けば何をしでかすか、目に見えて理解ができる。
すなわち、再び力をめぐっての争奪戦。
永き時にわたり、切り離された人格は新たな人格を形成しているはず。
彼らを新たな魂として新たな転生を果たさせるもよし。
それとも役目がおわったという理由で自らの内部に還すもよし。
それか、彼らの記憶そのものを、本来の魂に戻す、という方法もできなくはない。
あと一つ、懸念があるが、まああれは知識というか歴史を認証させるためだけに設置されていた。
ゆえに別に手をくわえなくても問題はないであろう。
結局、マルタ達はかの地…王廟跡地とよばれし場所であの品をみつけることはできなかったのだから。
そんな会話をしつつも、ひとまず脱衣所の前を通り抜け、そのまま扉をくぐる。
ちなみにこの宿、一階の一部がちょっとした食堂もどきになっているらしく、
扉をくぐった先にみおぼえのある人影がいくつかみてとれる。
「あ。クララさん、それにニールさん、えっと、それと……」
何やらおもいっきりみおぼえのある人物がいるのだが。
たしかに、彼らに彼に話しがある云々、とはいったのだが。
その横にマルタに雰囲気がよくにた甘栗色の髪をしたにこやかな笑みをしている女性が一人。
椅子にすわっていてもその背の高さと雰囲気というかかなりこの場に似合っていない男性が一人。
マルタによく似ていることからこの女性がおそらくはマルタの母親、なのであろう。
たしか、かつてのときは大樹の暴走のときに死んだとか何とかマルタがいっていたが。
たしかに、自らとの強い盟約の力を感じることから、
彼らが自らとかつて盟約をかわした一族の末裔であることは疑いようがない。
「あらあら。あなたがマルタちゃんがいっていたエミルくんね?」
にこにこと、笑みをうかべ、こちらをみていってくる女性に、
「あ~。こほん。すこしきくが、お前はうちのマ……」
「あ・な・た?」
「い、いや、何でもない」
「・・・・・・・・・・えっと。ニールさん、クララさん、この人達は?」
問いかけるエミルの反応はこの場においては間違ってはいないであろう。
そのうちの一人はたしかにかつてはエミルはみたことがありはすれど。
以前、街にもどったときにちらり、とその姿をみはしたが。
そのときはきちんとした自己紹介らしきものはしていなかった。
どうでもいいが、にこやかに笑みを浮かべているマルタの母親らしき女性。
目が完全に笑っていないのはこれいかに。
これは、あれだ。
にこにこと笑みを浮かべていて内心は何を考えているのかわからないタイプの人間。
そうみておそらく間違いはない。
「アステルさんたちの話しをききましてね。
私たちも同席し、きちんと話しをしたほうがいい、という結論にいたりまして」
「…私としてはいまだに信じられないのだがな。
というか、月の世界といわれていたテセアラの住人…
しかしあのような技術力をもっているようなものがこちらにいるはずもない。
まだ彼らがディザイアンだ、といわれたほうがはるかに信憑性が…」
……アステル達はいったい、この彼らに何を話したのだろうか。
何か接触をもっているな、というのは一応視て確認はしていたが。
何の会話をしているか、までは完全に把握してはいない。
「えっと…アステルさん?それにリリーナさんにリヒターさん?この人達に何をはなしたんですか?」
その場にいる三人に視線をむけ、ひとまず椅子にすわりつつもといかける。
この場にいるのはマルタの両親とおもわれし人間だけでなく、
クララ、そしてニール、それに加えアステル達三人もこの場におり、
タバサはタバサでどうやら厨房のほうで手伝っているのが視てとれるが。
自分達が牧場にいっている間、何をしていたのだろうか、ともおもう。
まあ、大体のことは予測がつくが。
この場にいる人々が深刻そうな顔をしており、
またこの場に関係者以外がいないことからも、人払いをしているのがみうけられる。
たしかに、ロイド達がもどってきたときに、話しあいの場を設けてほしい。
そうお願いはしていたが。
さすが行動が早い、というか何というべきか。
「リフィルが話した、という陛下への説明は彼らには一応はしている」
そんなエミルの問いかけに、憮然としつつもこたえてくるリヒター。
というか、リフィルがテセアラ国王にした説明、というのは。
…何があったかと少しばかり思案し、そういえば、と思いだす。
……あれか。
ゼロスと話しあいの場を設けていたわけでもない、というのに。
ある意味で息ぴったりでテセアラ十八世を言葉巧みに言いくるめたあの説明。
アステル達が知っているとするならば、国からきいた、
という可能性は低いであろうから、
おそらくはフラノールからかの地に移動するまでの間、船の中でリフィルからきいたのであろう。
ある意味で嘘でも真実でもないゆえに、あながち間違いでもないといえるあのときのリフィルの説明。
「…ディザイアン達が使用しているという投影機。
それに近しい映像記録を見せられればこちらとしても信じざるを得ない。
…理屈では納得できていなくてもな」
顔をしかめ、そういってくるのは、
「え、えっと。たしか、マルタの……」
「ブルートだ。貴殿のことは娘から散々聞かされているからな。で?娘のことをどうおもっているのだ?」
「?どう、とは?」
「きさま!娘をもてあそ…」
スパァァン!
「あ・な・た?おほほ。ごめんなさいね。この子、娘のことなら周りがみえなくなりまして」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
いや、ちょっとまて。
どこからその扇を取り出した?
なぜか金属製の扇をとりだし、おもいっきり横にすわっているマルタの父親、
ブルート・ルアルディの頭をはたいているその女性。
…どことなく頭から血を流しているようにみえるのだが、気のせいなのか?
思わずエミルが無言となりつつも、机につっぷしたブルートに目をむけている中、
その光景をみてなぜかその場にいた他の全員も黙りこんでいるのがみてとれる。
…何だかブルートのかつて抱いていたイメージとこの人間も違っている。
まああのときはコアの影響が抜けて少しばかりしおらしくなっていたのかもしれないが。
そのままどうやら二人して、何やら話しあい?らしきものを始めているこの夫婦。
…どことなく、人間達がいうところの、妻が夫を尻にひいている。
というのはもしかしたらこういうのをいうのかもしれない。
今も昔も男性は女性にはかなわない、という言葉がふとよぎる。
「…よくわからないこのご夫婦はともかくとして。
リフィルさん達もかるくお風呂を使用してからこっちにくるとおもいますので」
先ほど彼女達は脱衣所にいた。
あの場にてしいな、プレセア、リフィルがようやくコレットの症状が進んでいる。
というのに気付いたので彼らとて嫌でも本格的に材料を手にいれようと動くであろう。
マルタもそれに気がついた。
そもそも、アルテスタが忠告していたのに、これまで何の対策をしていなかったのは彼ら自身。
エグザイアにてあったことを彼らが知っていればもっと早く行動を起こしたであろうに。
あのとき、エグザイアに住まいし人間達は彼らに真実を教えることをしていない。
リフィルとジーニアスの父親であるクロイツが、
その体を精霊石化とし、狂い、その場にいたものたちに襲いかかった。
というその事実をあの地にすまいしものたちは彼らに話してはいない。
精神の汚染。
ヒト、としての器はたしかに死を迎えはしたが、精霊石としての命はつづいており、
ある意味では無機生物、といっても過言でないあの現象。
もっともあのようになった場合、ほとんどの人間はそれにきづいたとたん、
その精神を壊してしまうのだが。
それはかつてにおいてもよくみうけられていたこと。
…もっとも、そこまでなった場合、国が数の限りある精霊石のかわり、
とばかり、いまだにうごいているそれらを砕き、あらたな道具、として使用していたが。
「そういえば。エミル」
「え?」
何やらこれが俗にいう夫婦漫才なのかな?とおもいつつも、
しばらく二人の行動をじっとみていたエミルだが、
ふとアステルから声をかけられそちらにと視線をむける。
それぞれがテーブルをくっつけて、ちょっとした長机もどきにしているらしく、
いつものことなのか、ブルート夫妻の様子をみても、クララ達はにこにこと、
そんな彼らをみているのみで止める気配はまったくみえない。
「この元総督だったっていうドア夫人のクララさんからきいたんだけど。
エミルってこの人をかつて、あの異形の姿からもどしたことがあるんだって?」
「え、あ、はい」
この口ぶりだとアステル達もあの現象をしっているらしい。
まあ、テセアラという国があれを実験していた以上、
これまでにも異形とかしたものが多々といたはずなので知っていてもおかしくはない。
「しかし、エクスフィアで異形とかしたものを元にもどせる。
など我らとてきいたことがなかったのだが……」
アステルの問いかけにエミルが肯定したのをうけ、
リヒターが何やら考え込むようにし、じっとエミルを見定めるように見つめてくる。
「?マナの流れを本来のものに戻せば問題ないですけど。
そもそも、アレは視ればわかるでしょうけど。
マナが狂わされて器である肉体が変化しているだけ、ですし」
そしてそのマナの乱れとなっているのが微精霊という人にとっては巨大な力。
それゆえに人はあらがうことができず、周囲に力をまき散らす。
「そもそも、マナを感じることができるのは。
エルフ。それにハーフエルフだけのはず。あなたは、いったい?」
リリーナがじっとエミルをみつめつつもといかけてくる。
あのときから不思議にはおもっていた。
雷の神殿で、エミルは精霊達をみてもまったくもって動じてもいなければ、
こともあろうに、何か話しらしきものすらしていたのをふとリリーナは思い出す。
「僕は僕ですけど?」
「「いや、答えになってない(ですから)(だろうが)」」
首をかしげ、さらっといいきるエミルの台詞に、
なぜかリヒターとリリーナの声が同時に重なる。
「それより、僕が気になっているのは。
そのときにエミルが使ったっていう品物なんだけど。それって何なの?
マナを一気に扱える品、といえば限られてるし。
僕の予想では、伝説にある世界樹の杖、とか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
この人間、あるいみで頭がまわりすぎじゃないのか?
そもそも、自力で自分の存在にたどり着いていること自体が頭がまわる。
その証明、といえなくもないが。
まさかずばり、と言い当てるとは、これに関してはラタトスクとしても予想外。
ゆえに、ぱちくり、と目をしぱしまたたかせ、
それにこたえるでもなく、無言のままそんなアステルにたいし笑みを浮かべる。
「世界樹の杖、とは、女神マーテルがもっているといわれているあの杖、ですか?」
その言葉をきき、驚いたように、アステル、そしてエミルを交互にみてくるクララの姿。
そもそもあのマーテルのあれは、ラタトスクがマーテルのもちし杖に、
とある力をというか加護を与えたがゆえ、本来の力に近い力が宿っただけの品、なのだが。
それをいちいち彼らに説明するつもりは当然ラタトスクからしてみればない。
「その使った品っていうの見せてもらうことってできない?ね?お兄ちゃんのたのみだから!」
「…って、アステルさん…まだその呼び方、諦めてなかったんですか?」
たしかに、兄、と呼んでくれ。
とはいわれていた。
いるが、いまだに諦めていない、とはおもわなかった。
ゆえに思わずため息をつきつつそういうエミルは…間違っては、いない。
ある意味で混沌(カオス)。
まさにそういうに相応しいのかもしれない。
一方では、どうみても美女と野獣、にしかみえない男女がにこやかに、
しかも女性のほうが眼つきの悪い男性に対し、言葉をかけたかとおもうと、
そしてなぜか手にしている鉄制の扇。
それによっていくども頭をたたいているのがみてとれる。
そしてまた、これまたそっくりなる金髪の少年が二人。
髪の長い少年のほうに、短い少年がずいずいと迫るようにしている様は、
何と表現していいのかわからない。
つまるところ、
まああちら側の夫婦漫才もどきはともかくとして、
このアステルがなぜに目をきらきらさせて兄と呼んでほしい。
といまだにいってくるのか、本当にエミルには理解ができない。
というか、笑ってないでリリーナもとめろ。
ちらり、と視線をむければ、リヒターは目をそらし、どうやら無関係を装うらしい。
『エミル様、我らがどうにかしましょうか?』
影の中に潜みしセンチュリオン達が何やらいってくるが。
彼らがでてくればでてきたで、さらに厄介なことになるのは目にみえている。
さて、どうするか。
エミルがそんなことを思い始めたそんな中。
「なんだなんだ。エミル、ここにいたのか」
背後のほうからきこえてくるロイドの声。
風呂からでてきたらしく、少しばかり体からほかほかとした湯気をまといつつ、
ニールが用意していたらしい夜着に着替えこの場にやってきたらしい。
あまり時間がたっていないようにおもっていたが、
どうやら彼らが風呂からあがるほどの時間は経過していたことに今さらながらにようやくきづく。
ロイドを先頭にし、その後ろにリーガル、
そして一番後ろにミトスとジーニアスの姿がみてとれる。
たしかに彼らは全員で、ちなみにゼロスを除く。
風呂にはいっていたのは知ってはいたが。
「…どうでもいいですけど。リーガルさん。まさか手枷をしたまま風呂にはいったんですか?」
みれば、リーガルはいつもの格好のまま、しかも手にはそのまま手枷をしている状態。
まさかあのまま風呂にはいったのだろうか。
この人間は。
おもわずエミルは呆れつつも、
「そのあたりどうなの?ミトス?」
「え…あ、えっと……」
ロイド達の背後にてなぜか顔を伏せていたミトスに話しかけると、
なぜかあわてたように、それでいて言葉をにごしてくるミトスの姿。
?
なぜかミトスの顔が赤いような気がするのだが。
しかも演技でも何でもなく、どうやらこの状態は素で何かを照れているらしい。
…何があった?
あのミトスが照れるなど。
かつてですらも滅多となかったような気がするのだが。
問いかけたのち、首をかしげる様子をみせるエミルをみてか、
はたまた、その首をかしげたのをリーガルの手枷のことに関して、と捉えたのか。
もっともおそらくは後者、であろうが。
ラタトスは視ていないので知らないが、
ロイドが風呂の中で背中をながしごっこしよう、
といって、無理やりにミトスにもそれを施したがゆえに、
そういった経験が皆無であったミトスが恥ずかしがっているがゆえ、
はたからみれば顔を真っ赤にして照れているようにみえているのだが。
「リーガルさんは手枷をはずそうとしなかったから。
それは常識としてどうか、と僕がいったらはずしてくれたよ。
まったく、いい大人が公共の場にてそういった装飾品もどきをつけてはいるなんて」
そんなエミルに問いかけにミトスにかわってジーニアスが首をすくめていってくる。
「僕らだってエクスフィアをはずして入ったのにさ」
「そういや、ミトスのあれは胸に直接はめこまれてるっぽいよな」
ロイド達はミトスがエクスフィアとよばれしものを身につけていることを、
あまり疑問にはおもっていないらしい。
そもそも、しいなが身につけていたがゆえに、それもありえるのだろう。
という認識でしかないらしい。
その原因が何なのか、とまでは詳しく問いただすことすらいまだにしていない。
始めにそれが身についているのにきづいたとき、それどうして手にいれた、ときいたとき、
ミトスが言葉を濁したことから、何か理由があるのでは、とおもったらしく、
なぜか彼らの脳内においてはどうもプレセアと同じような被験者。
すなわち被害者なのでは、という可能性が浮上しているらしく、詳しくきくことをとまどっているらしい。
最も、きいたとしてもミトスが真実を話すはずもないが。
「あれ?ゼロスさんは?」
自分より後から外にでた気配を感じていたのに。
まあ、ミトスのことはきにはなるが。
とりあえず、今はアステル達の感心。
すなわち、かつてエミルがこの地において使用した力。
それから興味をそらすことが必要不可欠。
ゆえに、さりげなく違和感がないようにしてロイド達にとといかける。
「ゼロスなら僕たちと入れちがいに風呂にいってたよ」
「うむ。セレス殿が目覚めたときに心配をかけたくないから風呂をあびてくる。とはいっていたな」
ジーニアスにつづいて、リーガルがうなづきつつもいってくるが。
「皆もきたのね。さて。ここに関係者も集まったことだし。
といってもゼロスがまだだけど、まあいいわ。
とりあえず、今後のこともあるから皆、席についてちょうだい」
そんな会話をしている最中、ロイド達の背後からリフィルの声がきこえてくる。
こころなしかリフィルの背後にいるマルタの顔色はわるく、
しいなはしいなで、ちらちらと横をあるくコレットを気にしているのがみてとれる。
当人が隠しておいてほしい、といっていたというのに、
彼らがそんな態度であれば、コレットに何かがおこっている。
と傍から見てもまるわかりである、ということに気がついていないのだろうか。
まあ、気が付いたら気がついたでそれはそれでエミルからしても都合がいいが。
「?どうしたんだ?しいなもマルタも。なんか顔色がわるいけど?」
ふとリフィルの後ろにいる二人の顔色がどことなく悪いのに気付いたらしく、
首をかしげつつ、そんな彼女達にとといかけているロイド。
「何でもなくてよ。それより、改めてご挨拶させていただきますわね。
お噂は娘さんからかねがね。私、リフィル・セイジと申します。
ブルートさんには以前、教会にてお会いしたことがありましたが」
「あらあら。これはご丁寧に。いつもうちの娘がお世話になっていますね。
たしか、イセリアの教師、リフィル・セイジさんですね。噂はかねがね。
メリア・ルアルディと申します」
にこやかにそんなリフィルの声がきこえたらしく、優雅に席をたちあがり、かるく頭をさげてくる。
そういえば、とおもう。
マルタの母親の名は今の今まで別にきにしてもいなかったな、と。
その思いはどうやらロイド達も同じなのか、
「マルタのお母さんって、メリアって名前なんだ」
「始めてきいたな」
そんな声がジーニアスとロイドの口から紡がれているのがみてとれるが。
そういえば、いつもマルタも母親が、とはいっていたが。
名前をきいたことがなかったな、と思いつつも、
ざっとリフィル達に視線をむけて様子をうかがうエミル。
彼女達はコレットが置かれている現状を先ほどしったはず。
かの病状における詳しいことはまだ知らないがゆえに、
それがどこまで命にかかわる状態であるか、までは把握していないようではあるが。
「ちょうどいいわ。ゼロスがいないのが何だけど。
関係者も集まっていることですし。それにニールさんや、
それにクララ夫人にも説明しておかなければならないでしょうしね」
今の二つの世界のありよう。
自分達がしようとしている二つの世界の統合。
それにはどうしても彼らの協力、というか理解が必要。
話す、とは決めていたが、この地にやってきたときに、
ディザイアンの話題がでて、細かくいまだに話していなかったがゆえ、
あるいみこの場は好都合。
「それは、神子様方が救いの塔にむかわれても、今この場にいる。
そのことに起因していることなのでしょうか?」
ディザイアン達が消えた、という話しはきかない。
救いの旅が成功すれば、ディザイアン達は伝説の通り再び封印されるはず、なのに。
しかし、神子一行はたしかに、救いの塔にむかった、と
ハイマにいたものたちからもそんな情報が出回っている。
それに信じがたいことだが、この地にのこりしアステル、リヒター、リリーナ、
そしてセレスにタバサ、といった者たちから、彼らはテセアラのものだ。
ときかされた。
テセアラとはそれこそ伝説にある月の住人。
自分達がみたこともない、ディザイアン達が普通につかっているような道具。
さすがに何もない空間に様々なものを取り出したり入れたりするところをみれば、
否応なく信じざるをえない、というほうが正しい。
リフィル達は知るはずもないが、アステルはてっとりはやく、
信じてもらうために、ウィングパックを利用して、
自分達がテセアラ、という国からきた、ということを証明していたりする。
アステルがもちし機械の中には投影装置もどきもあり、
常に記録を保持するためにいつもウィングパックの中に入れて持ち歩いている。
さすがに自動式でもあるエレカーを取り出したのをみて、
納得せざるを得なくなっているニールを含めたパルマコスタのものたち。
というか、エミルからしてみれば、自分達がいない間何をしていた。
というような思いがなくもないが。
この地に一人やってきたときにその話しをきかされ、思わずため息をついたのは記憶にあたらしい。
「…リフィルさん達もお風呂からでてきたようですし。
ゼロスさんがくるまでに簡単な状況説明、あと自己紹介でもします?」
ロイド達もそのまま、たっているわけではなく、
すでに机の傍にまでやってきており、それぞれが空いている席にすわっている今現在。
リフィル達も近づき椅子に手をかけているのをみて、全員を見渡しつつも、
少し首をかしげてといかけるエミル。
アステルはどうやらロイド、それにリフィル達がきたことにより、
先ほどまでみせて、としつこかった例の品をみるのは今のところは諦めたらしく、
「それもそうですね。神子様はあまり面倒なことを嫌われますので。
簡単に話しだけでもつめておいたほうがいいかもしれませんね」
アステルの台詞に、何ともいえない表情をうかべるニールとブルート。
アステルがいうところの神子、とは彼らのしっている神子、ではなく。
アステルから聞かされた、テセアラの神子だ、という人物をさしているのにきづいたらしく、
それゆえにどうやら顔をしかめているらしい。
「さてと。僕、タバサさん達てつだってきますね。厨房にいってきます」
「あ、エミル!?」
このままここにいても、意味がない。
というか、下手をすれば問いつめられることは必至。
ゆえに、タバサがいるであろう厨房のほうへ移動するために席をたつ。
そんなエミルにあわててマルタが声をかけようとするが、
「マルタちゃん?これまで何があったのか。ママにおしえてくれるかなぁ?」
「……はい。ママ」
マルタの母にいわれ、なぜかひきつった顔を浮かべたのち、
そのまま立ちあがった椅子に再びこしかけているマルタの姿。
エミルが立ち去り厨房にはいってゆくとほぼ同時、
「とりあえず。このような場を設けてくださったことに感謝いたしますわ。実は……」
リフィルによる彼ら、すなわちパルマコスタ組にむけての説明がなされてゆく――
ゆらゆらと、机の上におかれている燭台の蝋燭の炎が揺れる。
テセアラでは電気、というものがつくられ、灯りの主流になっているが、
当然、こちら側、シルヴァラントにはそんなものはありえない。
灯りの主流とすれば、どうしても蝋燭、もしくはランプといった品に限定されてしまう。
壁にいくつかとりつけられているランプの菜種油による灯りが、ほのかに部屋の中を照らし出す。
一つの机につき並んで二人が座れるほどの大きさの机、そして椅子。
それらをいくつか囲むようにして、四角い形にし、
それぞれが向かい合うように、それでいて並ぶように机が並び変えられており、
一番奥側にすわりしは、この街の代表者、ともいえる、
クララ夫人とニール。
そしてその横の机にマルタの両親であるブルートとメリア。
机の並びとすれば、それぞれ三列づつ、ならべるように、囲いをつくるように並べられており、
それぞれの机に二つづつ椅子がおいてあり、
数えるならば椅子そのものは全部で二十四個並べられている。
そして、一行の人数がゼロスはいまだに風呂からもどってきていないがゆえ、
そして、エミルとタバサが厨房にいっており、セレスが眠っていることを考えれば、
今現在、この場にいるのは、リフィル・ジーニアス・ロイド・コレット・マルタ。
そして、しいな、プレセア、リーガル、アステル、リヒター、リリーナ。
計十一人。
そして、パルマコスタ側として、クララ夫人とニールそしてルアルディ夫妻。
この場には計十五人がそろっている状態となっており、彼ら以外の他の人間達。
すなわち街の人々や客らしき人間の姿はここにはない。
すでに先ほどまで夕闇が押し寄せていた外は完全なる夜の闇につつまれており、
街の中はところどころに設置してある松明の灯りにてゆらゆらと灯りを保っている。
「とりあえず、これまでの経緯を簡単に説明いたしますわ」
エミルが厨房からもってきた飲み物と、
これまた簡単につくったらしい、話しをしつつでもたべられるから。
という理由において、目の前におかれているのは、いくつかのサンドイッチや、なぜかオムスビ。
あの短時間の間にどうやって炊きこみご飯もどきをつくったのか、とかいろいろとあるが。
そもそも、しっかりとノリがまいてあることにも驚愕する。
ちなみにここ、シルヴァラントにおいて、海藻類といった品々はある意味高級品。
海苔をつくるにしても、その過程に時間がかかり、またそんな設備すらほぼない。
強いていえば、漁師などが家でつくった品々を購入する。
ゆえに数がすくなく、どうしても値が高くなってしまう。
ちなみに、テセアラ側ではしっかりとレザレノ・カンパニーがその生産工場をもっており、
量産しているがゆえに、誰もが簡単に自由に買える。
ちなみに、座っている順番とすれば、
ニールの横にクララ夫人。
その横にルアルディ夫妻。
そして、ニール達とルアルディ夫妻が座っている席の横の机の二つの席はあいており、
向かい側でもある席、ニールとクララの目の前にあたる机の席に、リフィルとコレット。
リフィルとコレットが座っているその横にジーニアスとミトス。
そしてミトス達の横にしいなが座っており、しいなの横の椅子は今現在はあいている。
そして、壁際にあたるそれぞれの向かい合う三つの机。
それらにプレセアとマルタ、そしてロイドが座り、
アステル、リリーナ、リヒターはプレセア達とは反対側の席にすわっており、
ちょうどま向かい側にと座っている状態。
「?」
さきほどから、しいなやプレセア、そしてマルタがちらちらとコレットを気にするように、
リフィルの横にすわっているコレットの顔をみているのにきづき、
思わず首をかしげているロイドの姿もみてとれるが。
「皆さまもご存じのように、私はファイドラ様の意向で神子コレットの護衛についていました」
「そういえば、もう一人いた、あの傭兵のクラトスさんは?」
もう一人いたはずの神子の護衛。
その姿がみあたらないことにきづき、ふとニールがといかけてくる。
その台詞にぴくり、と反応しているロイドとジーニアス。
「あい…」
「クラトスは、今は用事で別行動中ですわ。
これも今から説明することに含まれています。よろしくて?」
あいつは裏切りものだ!とロイドが言いかけるをすばやくさえぎり、
きっとロイドを睨みつけるように、視線でだまっていろ、とうながすリフィル。
そういうときのリフィルに逆らえばどうなるか。
ロイドはイセリアの村で身にしみてわかっているがゆえ、
ぎゅっと手をつよく握りしめただけでその場にて黙りこむ。
あるいみできちんと打ち合わせをしたわけでもないのに、
リフィルが進行役になっている、というのは、
リフィルがこの場をうまく治め、またごまかすのにうってつけだから、であろう。
それに関して、リーガル達から不満の声は今のところは起こっていない。
そもそも、リーガル達はこちらの世界のことをまったく知らないといってよい。
そんな来訪者が口をはさめるはずがない。
テセアラならば、リーガルの立場を持ち出せば、誰でも話しを聞くきにはなるであろうが。
この地においては、公爵?何それ?レザレノ?何だ、それ?
そんな認識でしかないのに、身分も地位もまったくもって無用のものでしかない。
リフィルの無言にも近い視線に圧倒されたのか、こくこくとうなづくジーニアス。
「よろしい。さて、そうね。とりあえず、神子が救いの塔に向かった。
それまでは皆さまもご存じ、なのですよね?」
リフィルが全員がほぼうなづいたのをみて話しをきりだす。
「ええ。ハイマにいた旅業のものからもそのような報告をうけています。
神子様一行は救いに塔にむかわれた。と」
ゆえに、人々はいつ、ディザイアンが封じられ、救いが訪れるのか。
日々、今日かな、今かな?といったようにまっていたといってもよい。
しかし、なかなかディザイアン達が封じられる気配もなく、
かといって救いの塔はそのままあることから、失敗しているわけではないのだが。
そんな不安が人々の中に沸いていたころに突如としておこった今回のこと。
すなわち、精霊の封印とよばれし場所にディザイアン達があらわれ、
そして崩壊したはずの牧場跡地においてすら。
一部のものは、神子様が失敗したのでは、というものもいれば、
いや、救いの塔がある以上、これはディザイアン達の悪あがきなのでは?
という意見が飛び交っていた最中、神子コレットがふたたぴこのパルマコスタの地を訪れた。
「まずは、こちらで伝説となっているテセアラ。そしてシルヴァラント。
この二つの世界のことからお話しいたしますわ」
リフィルの説明が、真実をしらないパルマコスタのものたちにと語られてゆく。
世界が二つあり、そして互いの世界に神子がいて、
少ないマナをもってして互いになりたっているその世界。
「本来ならば、どちらかの世界が犠牲になることで、
これまでの世界再生、というのもは行われていたようですが。
このたび、わたしたちが救いの塔でうけた神託。神子コレットに授けられた使命は違いました」
は?
というような表情をうかべたのは、ロイドだけでなく、ジーニアスとて同じこと。
一瞬、首をかしげたしいなであるが、しかしすぐさまにリフィルの意図にきづき、
さすがだね、というような小さな呟きを心の中でもらしていたりする。
「それは、いったい……」
「女神より授けられた、マナを産みだす聖なる種子。
しかし、時が近づき、種子を大樹として蘇らせる時期がきたようなのですわ。
そのために、それを阻止しようとしたディザイアン達がテセアラの地にまではいりこんでいまして……」
ざわっ。
そんなリフィルの説明に、これまで話しをきいていたニール、クララ、ブルートが反応を示す。
「でも、神子様はご無事、なのですわよね?ここにいますもの」
「え、えっと……」
メリアの台詞にコレットは何といっていいのか、言葉につまるが。
「…おはずかしながら。わたくしたちが護衛についていながら。
相手の罠にはまり、一度神子は敵につかまってしまいました。
しかし、それでは世界の真なる再生は望めない。
ゆえに女神マーテル様は、テセアラにいる神子に協力をもとめたのですわ」
よくもまあ、口からでまかせを。
ともおもわなくもないが。
あながち間違ったことをいっていないがゆえに、否定する要素もありえない。
実際、コレットはロディルに一度は捕まった。
ついでにいえばゼロスが協力してきているのもまた、クルシスからの命令であり、
リフィルの説明にあるいみで嘘はない。
完全なる真実ではないが。
「テセアラの神子。何でも神子は男女で対、となるらしく。
片方の巫女が女性ならば、必ずもう一人は男性、ときまっているそうなのですわ。
そして、テセアラの神子が……」
「ああ。あのセレスさんのお兄さんだ、というあのゼロスさん、ですか」
セレスから彼女の兄が神子であることはきいていた。
聞いた時には信じられなかったが。
しかし、アステル達の説明もあり、驚愕したのは記憶にあたらしい。
ニールがうなづきつつもつぶやけば、
同じ思いを抱いていたらしきブルートもまたうんうんとうなづいているのがみてとれる。
「女神から託された神託。それは世界を真の意味で蘇らせるために協力せよ。
というものでしたわ。女神マーテルを完全に蘇らせるため。
二つの世界にわかれている精霊たちと絆をむすべ、と」
これまた嘘をまぜこんだ、偽りの説明。
が、完全に嘘ではないところがミソ、なのだろう。
嘘をつくときには、ある程度真実をも織り交ぜればまずばれない。
といったのはどこの人間だったか。
「しかし、やはりどこの世界にも欲にかられたものはいるらしく。
テセアラの地にもディザイアンと通じている輩がいまして。
一度は罠にはめられわたくしたちも手配をかけられてしまったのですが」
「ま、その手配は俺様の尽力をもって解決したけどな」
リフィルがそういうとともに、扉のほうから声がしてくる。
「「「ゼロス(さん)」」」
「神子か」
その声の主をふりむき、ほぼ同時に声をだしているロイド達一行。
ちなみに、ゼロスの名ではなく、神子、と呼んだのはいうまでもなくリーガル。
風呂からでて、彼らがいる場所をさぐってみれば、
全員が宿の一階にいる食堂付近にいるらしい。
ゆえにこうしてやってきたが、どうやらリフィルが嘘を交えた説明をしているところ。
ならば、この話しにのらない手はない。
ゆえに、さりげなく、リフィルとこれまた以前のように打ち合わせをしていたわけでもない、
というのに、あっさりと話しをあわせているゼロスはあるいみで、
さすがとしかいいようがない。
…こういう臨機応変さはうちのセンチュリオン達にも見習ってほしいものだ。
そんなことをおもいつつ、それぞれの席にありしコップに飲み物を注いだのち、
あいている席にと腰かけているエミルの姿。
もうあまりこちらも用事もないのでエミルさんも皆さんのもとにいってください。
とタバサからいわれたがゆえに、エミルもまたこの席についただけのこと。
「そして、今、私たちに与えられている新たな試練。
それは、目覚めさせている精霊達とコンタクトをとれ、というものですわ。
そして、互いの世界を行き来する方法をさぐるのも、与える試練だ、といわれまして」
「ま、いろいろあって、世界を行き来する方法を探り当てたはいいんだが。
きちんと移動できるかどうかわからないままでの移動だったからな。
まあ、完全に成功したことから、今後は自在に行き来ができ、
確実に試練を乗り越えることができるだろうが」
「ええ。こちらのテセアラの神子ゼロスがいうとおりですわ」
リフィルがいいつつも、ゼロスにかるく目配せをする。
ゼロスならば説明しなくても話しにのってくるだろう。
とはおもっていたが、リフィルのその勘にどうやら間違いはなかったらしい。
「しかし。貴殿がもう一人の神子、という証明は?」
ブルートからしてみれば、神子が他にもいる、というのが信じられない。
「そういや、俺達がここにきたときも、ニール達なんかコレットが偽物、といいきってたもんな」
ロイドがふと、あのときのことをおもいだし、ぽつり、とつぶやく。
実際、彼らはコレットを偽物よばわりし、捉えようとしていた。
それはロイド達が初めてこのパルマコスタの地にやってきて、
スピリチュアの書をもとめ、総督府に出向いたときのこと。
「ふえ?でもあのとき、私の羽をみて皆納得してくれたよ?ロイド?」
なぜかあわてたコレットがその場にて尻もちをついてしまい、
その反動でコレットの翼が展開したのをうけ、
ニールがあわてて呼寄せた兵達をとめた、という経緯があったのもまた事実。
コレットもそんなロイドの台詞にあのときのことを思いだしたのか、
ちょこん、と首をかしげそんなことをいってくる。
背中にみえしマナの神子の証たる天使の翼をみて、ニール達は自らの間違いにときがついた。
「うむ。そのほうの国のものたちがそなたを神子、とよんではいるが。しかし、我らとしてはじ……」
ブールトがそういいかけるとほぼ同時。
突如としてブルートが言葉をつまらせる。
みれば、唖然とし、目をみひらいているのはブールトだけでなく、
ニール、クララといったものたちすら目をみひらいており。
「話しにはきいてましたけど。神子様の翼って綺麗ですよねぇ。
それってサンプルとかもらえないんですかねぇ」
「…アステル。そういう問題じゃないとおもうぞ。俺は」
それをみて、しみじみというアステルにたいし、
こめかみに手をあてつぶやくようにしていっているリヒター。
「んで、何かいい分は?」
「…ゼロスって本当に神子だったんだな」
「…おいおい。ロイドくん。何をいまさら」
「…ゼロスにも本当に翼があったんだ…コレットと同じ……」
「ふむ。興味深いわね。ゼロスの翼はオレンジ色、なのね。人によって翼の色はかわるのかしら?」
リフィルもまたゼロスの背中にはえたそれ。
光り輝く薄く透明なコレットの翼によくにたオレンジ色にかがやきし光る翼。
ここ、シルヴァラントにおいては天使の証、ともいわれているそれ。
それが今、ゼロスの背に見間違えようもなくはえている。
クラトスの翼は青であり、そしてあのユグドラシルとなのりし翼は虹色であった。
コレットの翼は薄桃色であることから、人それぞれ、翼の色がどうやら異なっているらしい。
その事実にきづき、リフィルが別の意味で感心したような声をだしているが。
「あれ?ゼロス?もうしまっちゃうの?」
すぐさまにゼロスが翼をしまったのをみて、コレットが首をかしげてといかけるが。
「別に、だしっぱなしにする必要もないしな。コレットちゃんだって、いつも翼だしてないだろ?」
「…そう、だね。うん、そうだよね」
ゼロスが神子だ、というのはしっていたが。
しかし、自分と同じ翼をもっているのをみてどこかほっとするコレット。
ずっと自分一人だけだとおもっていたけども。
同じ神子、という立場同士。
しかも、彼にも天使の翼がある、ということは。
まさかとおもうがゼロスも自分と同じように、あの苦しみにかつてたえたのだろうか。
そんな思いがふとコレットの中をよぎる。
ゼロス達がそんな会話をしている最中、
すっと席をたちあがり、
「御無礼いたしました。テセアラの神子ゼロス様。
あなたさまの背にあらわれしはまちがいなく天使の証。
これまでも我らの言動の御無礼はご容赦ください」
すっとその手を胸の前にかかげ、頭をさげてくるブルート。
みれば、ブルートだけでなく、パルマコスタ側の四人。
それぞれが頭をさげているのがみてとれる。
「悪い、とおもうのならばこれから、我らに協力する、というのを約束できるか?」
「それはもう」
いつものおちゃらけた口調でなく、どこか命令口調のゼロスを目の当たりにし、
おもいっきり目をぱちくりとみひらいているロイドとジーニアス。
ゼロスはこういう場面で人に命令するのは慣れている。
それはゼロスの立場上、慣れていて当たり前。
コレットのほんわかした雰囲気とはことなり、
ゼロスがもちし雰囲気はどちらかといえば絶対的なカリスマ感。
いつもおちゃらけている普段の様子からは想像できないほどに、
今のゼロスは別人なのではないか、というような雰囲気をまとっている。
公私の区別はしっかりとつけている。
しいながそういっていたが、この変化を目の当たりにすれば、
その意味が嫌というほどに理解ができる。
「さきほど、リフィルが説明したとおもうが。我々が次に目指すは旧トリエット。
我らに協力するという意思があるのならば、即刻そこにいたるまでの道のり。
それをととのえよ。それによって今の無礼な態度は不問にする」
「は!」
いつもは命令する立場ゆえに、命令されることに慣れていないブルートではあるが、
ゼロスから感じる圧倒的なまでの上にたつものの威圧感。
そのようなものをかんじ、そのまますっと頭をさげる。
そんなブルートをみつつ、
「そのほうは、ここ、シルヴァラントの王族の末裔。ときいた。
この私ごときに畏縮しているようでは国の復興などはままならぬぞ?」
「…おことば、いたみいります」
「そうよ。あなた。それともやっぱり諦めてくだされば楽なんですけどね」
ゼロスに射すくめられるようにいわれ、首をすくめるブルートにたいし、
ころころと笑みをうかべつつも、その横にてそんな夫に声をかけているメリア。
顔がほぼマルタと同一であるがゆえか、どうも違和感を感じざるをえない光景がそこにある。
「いや。国の復興はしてもらう。天界の意向とし、世界を一つにあるべき姿にもどしたとして。
再びかつてのような戦乱がおこることを天界は望んではいないからな」
「古の争いは。二つの勢力をもつ互いの国がお互いに譲らなかった結果。
結果として世界を巻き込んで、大樹をも枯らすマナを消費する戦争になりましたからね」
ゼロスの言葉につづき、ぽつり、とエミルが席についたまま言葉をもらす。
「大樹が生み出すマナにも限りがあるというのに。
それすら範囲をこえて。あまつさえマナを使用した兵器をうみだして。
まあ、人間達は自分達の首をしめていることにすらきづくことなく、
そのまま争いをつづけていた結果、結果として大樹を枯らしてしまったようですけどね」
事実その通り。
あのまま、ミトス達がこなければ、それこそ地上から一部の存在以外の人間。
その全ては消滅していたであろう。
すくなくとも、人によって穢された大地を浄化するために、
地上全てを一度海にと還す予定ではあったのだから。
そもそも、もともとこの地を覆っていた瘴気もかつての人の戦争の負の遺産。
彼らはそれでも反省することなく、魔族、という自分達のありようすらかえ、
さらに瘴気をこの惑星にまき散らすものにと変質していた。
あのとき、自分が手をかさなければ。
まちがいなくこの惑星はすぐさまに瘴気にのまれ、やがて無にと還りゆいていたであろう。
彗星を通じ、それを望まぬ星の声をききとげたがゆえ、マナを提供していっていた。
この地に移住することになったのは予定外であったとはいえ。
「大樹…お伽噺にある、マナを無限に生み出すという伝説の大樹カーラーン、ですわね」
エミルの呟きに反応したかのように、クララがうなづきつつもいってくる。
「かつての勇者ミトスが女神とかわした契約のひとつに。
大樹を蘇らせる、というものがあったらしいのですわ。
それも神託によってわたしたちはきかされています。
しかし、まだ大樹は目覚めていない。
それは我々人間、地上における人間達にかせられた試練の一つだ、とも」
ものはいいよう。
たしかに、ラタトスクが女性でも男性でもない以上、
時として、大樹の女神、とまでかつてはいわれたことすらあったがゆえ、
そこにマーテル、という言葉をださない以上、嘘だ、ともいいきれない。
実際は契約というよりは、ミトスとかわしたのはあくまでも約束ごとの盟約だったのだが。
さらり、と少しばかり顔をふせつぶやくようにいうエミルを驚いたように、
ただじっとながめているミトス。
今のエミルの言い回しはまるでその真実をしっているかのような。
そんな言い回し。
ゼロス、そしてリフィル達によって
そんなエミルの違和感はどうやら他の人間達には感じられていないようだが。
「――わたくしたち、二つの世界の神子にかせられた最終試練。
それが、精霊と絆をかわし、大樹をよみがえせることにより。
世界をかつてのような一つの姿にもどす、というものなのですわ。
しかし、事がことですし。かといって盛大に発表しては人々に混乱をまねきますし」
そもそも、シルヴァラントの人々は神子が再生の旅にでればすぐさまに救われる。
そう信じていた。
実際、神子が再生をはたせば、何もしなくてもすくわれる。
そうおもっていた人々が大多数といってもよい。
もしも、コレットが普通にこれまでと同様に再生をはたしていたとしても、
そこから復興してゆくのは彼ら自身である、ということすら人々は失念していたりする。
これまでの再生においてもいえたことではあるが。
たしかにディザイアンは封印されても、一行にすぐに自分達は豊かにならないではないか。
とこれまで、幾度ともなく繰り返されてきた、人々の不満。
誰かが何とかしてくれる。
その他力本願思考であるがゆえに、自分達でどうにかしよう。
という努力がなかなかみうけられなかったのもまた事実。
その真実を嫌というほどにミトスはまのあたりにしている。
もっとも、そんな人々を幾度もみているうちに、
やはりヒトなど救う価値がない、という思いにかられてしまったという事情もあるが。
「それゆえに。ここ、シルヴァラントにおいては唯一といっていいほどに。
組織もきちんとしていますあなた方にお話しをしているのですわ。
それに、ルアルディ夫妻はここ、シルヴァラントの王家の末裔。今後のこともありますし」
リフィルの言葉に嘘はない。
否、嘘はありはすれど、完全なる嘘ではない。
真実を織り交ぜている以上、まちがいなく嘘とは見破れないどころか、
その言葉こそが正しい、と事情を知らないものがきけば錯覚してしまう。
リフィルの言葉をうけ、ゼロスが静かにかたん、と席をひきつつも椅子にとすわる。
ゼロスが座った位置はしいながあけていた彼女の隣の席。
ちらり、とリフィルとゼロスが一瞬目を交わしあう。
それはみるものがみればわかるアイコンタクト。
「アステルさんたちからおききしていますわ。
そちらの手枷をしているかたは巨大な会社を運営しているとか。
あなたと話せば今後の協力体制もできるであろう、といわれたのですが」
「うむ。私としてはその協力にはおしまないつもりだ。
世界が再びあるべきすがたにもどったあと、
再びかつてのように、二つの勢力陣の間で愚かな争いがおこらないためにもな」
にこやかに、ふと視線をリーガルにとむけなおし、
にこにことリーガルにはなしかけているメリア。
一方で、リフィルの説明というか、嘘なのか真実なのか。
こんなことはきいていなかっだかゆえに、ロイドは目をぱちくりさせていたりする。
否定しようにも否定する要素があまりみあたらない、
というか、ほぼ真実である以上、どこを否定していいのかわからない。
というのがロイドの心情。
たしかに、リフィルは嘘はいっていない。
かといって真実をいっているわけではない。
ディザイアンというものが、マーテル教の一部、すなわち暗部、裏方に位置している。
それをリフィルはいっていないだけ。
「さて。ではテセアラの神子もやってきましたし。
これからのことを話しあいましょう。皆さまもそれでよろしくて?」
「…俺、話しについていけねぇ」
「ロイド、寝ないでよ?」
「大丈夫だよ。ジーニアス。ロイドはたったままでも寝られるんだから!」
「…いや、コレット。それあるいみ、ロイドが寝るっていうのを前提にしてるだろ?」
リフィルがいうと、ロイドがおもわず頭をかかえつつも机に突っ伏す。
これまでの会話からして、絶対に難しいやりとりがこれからおこなわれる。
それにきづき、ぐったりとなるロイドだが。
そんなロイドを冷ややかな目でみつつ、一応釘をさしているジーニアス。
そんなジーニアスの台詞をうけ、にこにこと、さらり、と当たり前のようにいっているコレット。
そんなコレットの台詞にため息とともに、突っ込みをいれているしいな。
「なら、ロイド達は先にねる?
リフィルさん、詳しい話しは大人の間でかわせば問題ないとおもうんですけど。どうです?」
そんなロイド達をみつつ、エミルが苦笑まじりにリフィル達にと問いかける。
たしかに、これからの展開というか今後のこと。
二つの世界における互いの立場関係等々。
ロイドがきいていても間違いなく覚えていないどころか、
話しあいの真横で寝かねない。
授業中にもたったままでも眠っていたロイドである。
エミルの台詞にそのことにおもいあたったのか、
「…そうね。子供達は先に眠っても問題ないでしょう。いかがかしら?みなさん?」
「そう、ですね。疲れたでしょうし。それにこれはあるいみで政治的な話しになるでしょうし」
リフィルの問いかけにしばし目を閉じたのち、クララがそのようなことをいってくる。
「私はのこります」
「コレット?」
「私にも関係してることですし」
エミルやリフィル達の会話をききつつも、コレットがうつむきつつも、
それでいて強い口調でいってくる。
「…コレットが残るなら俺ものこるわ」
「…間違いなく、ロイドは話しの途中に寝る、とおもうんだけどね」
それはもう確信。
そもそも、普通の授業の最中にでも確か寝ていた、ときいた。
ぽつり、とつぶやいたエミルの台詞に、
「お、俺だって起きてることくらいできるさ!」
「・・・・・・・・・・・・」
無理だとおもうけど。
そんなロイドをみる視線のほとんどが、無理だ、といっているのが嫌でもわかる。
まあ、話しを聞き続ける、というのならば別に無理にここから引き離す必要もなし。
「それで、私たちが救いの塔にむかって、
こちらで何か変化があったのでしたら。教えていただきたいのですが」
リフィルがきになっているのはそのこと。
繁栄世界と衰退世界。
ユアン曰く、その切り替え作業は中断されていた、といっていたが。
こちらの世界に何らかの影響があるかどうか。
それをどうしても確かめておきたいところ。
ともあれ、たわいのない情報のやり取りをしつつ、
今後の話しあいをもかねた会議が、しばしこの場において行われてゆく――
~スキット・会議中、数時間後~
ロイド「ヌヌヌヌヌ……」
ジーニアス「やっぱり寝た」
コレット「うわぁ。ロイド。器用だねぇ。目をあけたまま、白目むいてねてる」
ミトス「…これって、器用っていえるの?」
エミル「無理してつきあわなくても、ねむくなったのなら部屋にもどって寝ればいいのにね」
リーガル「いや、男としてのプライドがそれを許さないのだろう」
エミル「?何それ?」
しいな「しっかし。逆にロイドの白目むいてるところなんて珍しいよ」
???「……っ、…・・・・!」
外から聞きなれた声がしたかとおもうと。
突如として周囲の時間がぴたり、と停止する。
そのままの姿勢でかたまり、ぴくりともしないロイド達。
全ての時がとまったのをうけてか、
扉をひらいて中にはいってくるみおぼえのあるクラトスの姿。
エミル「クラトスさん、何やってるんですか?」
クラトス「な!?なぜだ!?アワーグラスをつかったのに!?」
クラトスからしてみれば、時をとめたはずなのに。
普通に話して動けているエミルに驚愕せざるを得ない。
確かに、先ほどアワーグラスを使用、という言葉がきこえてきたが。
あ、ミトスがなぜか固まってる。
その視線からは何をしにきた、という感情がひしひしとつたわってくる。
クラトス「このままではロイドが風邪をひくだろうが!」
エミル「…だからって、時間をとめて、ロイドを部屋につれてっても。
いきなりロイドがきえたりしたら、今時間止められてる皆騒ぎますよ?」
クラトス「…むっ……」
ミトス「……頭痛い……」
何やら小さく、あのクラトスがなどと小さくつぶやいているミトスの姿もみてとれる。
他の皆は完全に時間をとめられ制止しているが、
時との契約もあるいみしているミトスからしてみれば耐性をもっている。
ゆえに、アワーグラスにおける時間停止も問題なくすりぬけているようだが。
ミトスはミトスで今のクラトスの発言にどうやら頭痛を覚えているらしい。
クラトス「いや、そもそもなぜにお前は時間停止をうけてない!?」
エミル「あれって根性あればどうとでもなりますけど?」
ミトス&クラトス「「…そう、なの(か)?」」
あ、さすがに師弟。
このあたりの反応がほぼ同じだ。
そんな二人をみてくすり、と思わず笑みをうかべ、
エミル「毛布でもかけたらどうです?」
クラトス「あ、ああ。…む、時間が!?では、私はこれで!」
すばやくロイドをそのまま机の上にねかせるようにして、
その背に毛布をかけて、その場からたちさってゆくクラトスの姿。
ミトス「…えっと……」
エミル「…いいたいことあるだろうけど。皆の時間が動きだすよ?」
エミルの言葉とともに、小さく何かが割れる音とともに、
ジーニアス「…って、あれ?ロイド、いつのまにこの毛布どうしたんだろ?」
コレット「うわ~。すごい。ロイドって毛布召喚できるんだぁ。
エミルが魔物呼ぶみたいにいつでも可能なのかな?」
ミトス「……は?」
リーガル「いや、そんなはずはないだろう」
アステル「ああ!?」
リアナ「どうかしまして?」
アステル「マナの探索装置が作動してます!
どうやら僕たち、一瞬にしろ時間をとめられていたようです!
この機械の数値がそれを示しています!」
一同(エミル&ミトスを除く)『な!?』
エミル「ま、別に実害ないならほうっていてもいいんじゃ?
どうせやってきたとしても、どこかの親ばかさんだけなんだろうし」
ミトス「…親ばか…」
エミル「じゃあ、少しきくけど。ミトス、もしも、君のお姉さんに子供がいたとして。
甘えてきてたりしたら、しかもお姉さんそっくりで。
甘やかしたりしない、っていう自信ある?」
ミトス「・・・・・・・・・・・・・・」
姉とそっくりの小さな子が自分にオネダリする光景がふとよぎり。
ミトス「ない」
きっぱりいいきったのちに、はっと口元に手をあてる。
というよりは、なぜエミルがあの空間で普通に動けていたのか、ということなのではないか。
というか、クラトスがたかがロイドを寝させるためだけ、に。
貴重品であるアワーグラスを躊躇なくつかったことに頭痛を感じなくもないが。
ゼロス「…あ~。あのストーカーか。納得」
しいな「?どういう意味だい?」
ゼロス「別に」
ゼロスはこれまでにも、幾度となく、クラトスから、ロイドの様子はどうだとか何だのとか。
ことあるごとに夜、呼びだされているので、否応なく理解する。
せざるを得ない。
エミル「とりあえず、机に突っ伏したロイドはともかくとして。話をつづけません?」
アステル「エミルはきにならないの?時間とめられたっていわれても」
エミル「だって、実際に品物的にありますし。一定時間の周囲の時間をとめるアイテムは」
ちなみに、これはかつての戦争などのこともあり、
悪用しようとした場合には、使用者の命の時を問答無用で止めるように、
その効果の理をすこしばかりかえてある。
リフィル「アイテム…アワーグラス、ね。
数がすくなく、そして古代大戦中に消滅したといわれている幻の品ね」
リヒター「ちょっとまて。なぜにそう、あっさりとすます!?」
エミル「だって、実害なかったですし。
あったとしても、ロイドにこうして毛布かけられてるくらいでしょ?」
リヒター「それはそう、たが…だが、しかし……」
コレット「時間かぁ。そういえば、お腹すいたなぁ」
エミル「何かつくろっか?時間が時間だから簡単なスープか何かでも。体も温まるだろうし」
コレット「あ、おねがい!エミルの料理おいしいもんね!」
メリア「あらあら。マルタからきいていたけど楽しみだわ。ね、あなた」
ブルート「う。うむ。しかし、娘をやるにはそれはかんけい……」
メリア「あ・な・た?やはり、リーガルさんを参考にして、
うちの夫にも、同じでは意味がないから、首輪でもつけましょうか?」
リーガル「…すこしまってほしい。貴殿は私のことを誤解してないか?」
メリア「あら?それってとあるプレイなのでしょう?
すばらしいですわよね。あえて手枷をつけて周囲の忌諱の目をむけさせて。
自分自身の精神修業を日々かすなんて!」
リーガル「・・・・・・・・・(なんかものすごい誤解をされてないか?)」
コレット「精神修業かぁ。そういえば、前にエミルがいってた、
人々の理想の地とかいうのでもそういうのできるのかなぁ?」
エミル「そういう場所があればするんじゃないの?
何やらこの前のつづき、つきつめた形でも話しあってみる?
僕はそのほうがいろいろと参考になるかもしれないな、とおもうけど」
ジーニアス「ああ。あのときの。というか、なんで精神修業から、
あのフラノールでの雪細工でつくった街並みの話しになるのさ」
しいな「…ま、コレットだからねぇ」
ニール「…その前に、アワーグラスとかいう伝説の品で時が止められたかもしれない。
そのことにたいし、皆さんはだれも驚愕してないんですね……」
ある意味大物、というか、さすが互いの世界における神子の関係者達。
それをおもうと、ニールは何となく胃がきりきりしてきてしまう。
もしも、今、アステルと名乗っている少年がいったのが事実だとするならば。
もしかしたら、敵…すなわちディザイアンがそのような品をもっているのかもしれない。
そんな可能性があるのだから。
※ ※ ※ ※
「…何か、嘘みたい、だよな」
本当に、嘘みたいだ、とおもう。
「ロイド?」
いつのまにか眠ってしまっていたらしく、きがつけばいつのまにか話しあいはおわっており。
そして翌朝。
珍しく朝早く目がさめて、すこし体をうごかしがてらに外にでようとしてみれば、
コレットが珍しく早起きをしていたのか、宿の外にいるのをみてとり、
二人して早朝の散歩にでているロイドとコレット。
そのまま、海をみにいくか、というのりで、港にまでやってきているのだが。
さすがに早朝、ということもあり、
漁船らしきものがちょうど港から出発する時刻であったらしく、
港の中は朝も早いというのにざわざわとぎわいを見せている。
「いや。なんだかあれからいろいろあったな、とおもってさ」
こうしてゆっくりと海をみていれば、まだあれから一年もたっていない。
そうだというのに何だろう。
何かものすごい長い時間がたったような気がするのは。
救いの塔までは、ほとんどエミルの協力?によって、
それこそ数カ月もみたないうちにと目的地にまでたどり着いた。
そして、それからいろいろなことがあった。
旅にでてもうすぐ半年近く。
逆をいえば、まだ半年くらいしかたっていない、というのもある。
「そう、だね。いろいろとあったね」
港にあるベンチにこしかけつつも、そんな会話をしているロイドとコレット。
「…船、か」
「?どうしたの?ロイド」
「コレットには前、俺の夢、はなしたよな?」
「うん。船を自分でつくって、そしてどこかにいるかもしれない、
実のお父さんを探しにいくっていう、あれでしょう?」
コレットはそんなロイドの夢をかつてきいている。
ダイクの手前それは悲しませるようなのでいえないけど。
どこかで生きているような気がするから、といって。
「その夢にさ。もう一つ加えてもいいかな、とおもうんだ。
このまま、世界を一つにもどしたら。新しくなった世界を船でみてまわる。
そのときには、コレット、お前も一緒にいこうな?
あと、ジーニアスや先生や、そうだな。
世界が一つになったらいつでもゼロス達にもあえるだろうし。
船で世界一周しながら皆を訪ねるっていうのも」
気が早い、というかもしれない。
けども、こうして港で海をみていれば、思いは未来へとむいてゆく。
「世界、かぁ。うん。そうだね」
「っと、あまり外にいても皆が心配するかもだしな。そろそろ宿にもどるか」
「え、あ。うん。ロイドは先にもどってて。私もう少し風にあたりたい」
「?そっか?なら、早めにもどってこいよ。ここ、パルマコスタで問題はおこらない、とはおもうけどさ」
朝も早いがゆえか、神子様、といってコレットにちかよってくるものの姿もない。
コレットの様子に多少首をかしげつつも、宿のある方向にむかってゆくロイドの姿。
「…そう、だね。ロイドなら、きっと。
……ねえ。ロイド、私がいなくなっても、ロイドは夢をかなえて、ね」
もう、時間は残されていない。
自分の体のことだから、わかる。
「…先生達にはだまってて、といったけど。今度こそロイドには気づかれないようにしなくちゃ」
前回のこともある。
感覚を失っている自分の状態にロイドは気がついた。
今度こそ、今、自分の身におこっていること。
それをロイドに知られるわけにはいかない。
「…ねえ。マーテル様、これは罰、なのかなぁ?」
救いの旅を途中でやめてしまった、試練を途中で放り出した自分への。
そうつぶやきつつも、そっと自らの肩にと触れる。
その肩は異様にかたくなり、そしてわかっているからか、
服ごしでもひんやりとした石独特の冷たさがつたわってくるかのよう。
始めは気のせい、とおもっていた。
でも、今は……
「……私、どうなっちゃうのかな……」
そんなコレットの呟きは、周囲の人々のざわめきにとかきけされてゆく。
「セレスさん。もう体はいいんですか?」
「はい。なんかものすごくすっきりした感じです」
これまですこしばかり感じていた重いような体の感じ。
しっかりと休んだからか、異様に体が軽く感じられる。
結局、セレスをこの地に残していくかどうか。
ゼロスはいろいろとしぶったが、しかし、エミルの、
――ゼロスさんや皆のいないところでセレスさんの身に何かあったらどうするの?
という意見のもと、結局、セレスも危険かもしれないが、
かといって、街にのこしても安全、というわけでもなく。
結局、ともにつれてゆく、ということで話が昨夜まとまった。
今、全員がいるのは、街の外。
街から少しでた開けた場所。
そんな彼らの目の前には、九機のレアバードがみてとれる。
「全員で十六名なのだから。
やはりミトスが借りたというこのレアバードは返しておいたほうがいいでしょうね。
今からトリエットに向かうから、そのときにレネゲードの施設によりましょう」
「八機も九機もかわらないんじゃあ?」
そんなリフィルの言葉をうけ、首をかしげるロイドの台詞に。
「そうでもないわよ。私たちはいつ、襲撃をうけるかわからないのだもの。
そのとき、一人が運転していて襲撃をくわえられても。二人のっていれば反撃は可能でしょう?」
実際、レアバードで移動するとなれば、いつクルシス、もしくはディザイアン。
彼らにみつかる、ともかぎらない。
ボータから手渡された、レアバードの取り扱い説明書には、
自動で目的地にいくための手段などもかいてあった。
半オートとよばれしそれは、ある程度各自で運転は可能なれど、
根本的なる目的地に必ずたどりつく、という代物。
預かっていた機体を全てとりだし、
かちゃかちゃと、すでに暗記したそれらの作業を全ての機体にほどこしていきつつも、
ロイドの問いかけに答えるリフィル。
「これでいいわ。これで何もしなくても一応は目的地にはたどりつけるようになったはずよ。
あと、皆にいっておくわね。敵の気配を感じても、
空中では争いをしないように。そのあたりは、タバサ。あなたに期待していてよ」
「オマカセクダサイ。周囲にハンノウがアレばツタエマス」
少しぎこちないが、タバサの口から了解の意がもれる。
こういう話し方を聞くたびに、このタバサがどこからどうみても人間、なのだが。
機械人形であることを実感せざるを得ない。
もっとも、もう少し自我、というものが確立すれば、言葉も流暢に話せるようにはなるであろうが。
「あと。エミル」
「はい?」
「あまり、ぽんぼんと魔物は呼び出さないように」
「?どうしてですか?」
「…あなたをクルシスが狙う可能性が高い、からよ」
確実に間違いなくクルシスはエミルを狙う、という確信がある。
たしかにエミルの能力は未知数。
それに、魔物を使役できる力など、力をもとめるものからしてみれば、
ノドから手がでるほどほしいはず。
それに、まさか、とはおもっているのだが。
あのとき、あの施設の内部において、人質がだれもおらず、
そしてどうみても何かの幻に囚われていたであろうロディル。
まさか、とおもうがエミルが何らかの形でかかわっているのでは。
そんな思いがどうしてもリフィルの中では捨て切れない。
もっとも、リフィルの懸念は懸念でも何でもなく、おもいっきりその通り、なのだが。
「あ。そうだ、ロイド、ソーサラーリングかして」
「お、おう」
そんなリフィルにたいし、エミルはただ笑みをうかべるのみで、
ふと思いついたようにロイドにと声をかける。
いきなり声をかけられ、戸惑いつつも、
素直にエミルにソーサラーリングをわたすロイド。
「今、ロイドのこれの属性、かわってるしね。とりあえず、かえとくね」
『は?』
皆が皆、エミルがいっているその意味が理解できない。
ゆえに、その場に見送りにきていたニール達をも含めたブルートの声も一致する。
エミルがロイドから指輪をうけとり、
そのまま指輪を手にとり、とん、と右の手のひらの上にのせていたそれに、
左手の指でかるく叩くようにするとほぼ同時。
ぽわっ。
『!?』
突如としてエミルの手の中に、ロイド達にとってもみおぼえのある光。
すなわち、力の場においてソーサラーリングをかざしたときにおこる光。
それとほぼ同じような光がいきなり出現する。
「はい、おわり。とりあえず、いつでもノイシュの大きさをかえられるように。
メルトキオの地下水路にあった力の場と同じ効果にしておいたから」
『いやいや、ちょっと(まて)(まちなさい)(まってよ)(まていっ)!!』
さらり、と何でもないようにいい、そのままぽん、
と唖然としているロイドの手に指輪を握らせるエミル。
そんなエミルを唖然としてみていたが、はっと我にもどったかのように、
その場にいるほぼ全員の声が一致する。
「ちょっとまちなさい!エミル!今あなた、何をしたの!?何を!?」
「?属性変更ですけど?」
「普通はそんなことできないだろ!」
きょとん、と首をかしげていうエミルにたいし、しいなが思いっきり声をはりあげる。
「…エミル君。エミル君が普通とおもってても、そうじゃないことって多いとおもうぜ?」
半ば、エミルの正体、まちがいなく精霊ラタトスクの関係者。
そう確信をもっているがゆえ、ため息とともに、ぽん、とエミルの肩に手をおきつつも、
ゼロスがやれやれ、とばかり首をふりつついってくる。
「?誰でもできるとおもいますけど」
『できない(から)(よ)!!』
「うお!?すげえ!本当に属性かわってる!なあなあ、先生!」
しいなとジーニアスがエミルに突っ込んでいるそんな中。
ロイドはロイドで本当に属性がかわったのか確かめようとしたのか、
自らの体を小さくし、一人はしゃいでいたりする。
「…ロイド、あなたが小さくなってどうするのよ。…はぁ」
「おもしれえ!って、よし、先生達もちいさく……」
すっぱぁぁん!
「いい加減にしなさぁぁいいい!」
プチリ。
何やら小さなちょっとした何かがつぶれたような音がしなくもないが。
「まあまあ。マルタちゃんってば、オテンバねぇ」
「…いや、メリア。お前、マルタに何をわたした?何を?」
マルタの叫びと、何かをおもいっきりはたく音が同時に響く。
そんなマルタをみて、にこやかに笑みを浮かべているマルタの母親であるメリア。
そして、なぜかひきつり笑いをしつつもぽつり、と横にいる妻にいっているブルート。
「あら、まだ旅をつづける、というので餞別をわたしただけですわ」
『・・・・・・・・・・・・・』
餞別、といわれ、思わず全員がマルタが手にしているそれをじっとみつめてしまう。
マルタが手にしているそれ。
どこからどうみても、銀色の何か、でつくられているっぽい扇。
つまるところ、鉄製、もとい鋼制の扇。
その扇をハリセンのごとく、おもいっきり小さくなったロイドにぶつけているマルタ。
その直後。
なぜか頭に巨大なたんこぶをつくったロイドの姿が、
気絶したような形でふっとその場にとあらわれる。
正確にいえば小さくなっていた姿が、ロイドが気絶したのをうけ、
ソーサラーリングの反応が継続しなくなり、元の大きさにもどっただけ、なのではあるが。
「…ロイドのことはおいておいて。とりあえず、話しあった組み合わせでいきましょう」
「だな。セレス、お前は俺様とだからな」
「は、はいっ」
その台詞にぱっと笑顔をむけているセレス。
どういう形であれ、セレスとしては兄とともに行動できるのが嬉しいこと。
しかも、レアバードに二人のる、ということは密着を意味している。
ゆえに、セレスは無自覚なれど自然と顔がゆるんでいたりする。
「ミトスは僕とだけど、いい?」
「え?僕、一人ででも……」
「ダメだよ。ミトス、だってこっちの世界になれてないでしょ?」
ミトスからしてみれば、一人でのり、何かあれば迷ったふりをして、
プロネーマと連絡をつけたいところ、なのだが。
ジーニアスにそういわれ、素直にうなづかざるをえない。
「この一機は中にもどしておきましょう」
いいつつも、ウィングパックの中に一機をしまいこむリフィル。
「コレットは、私と、いいわね?」
「はい。先生」
他の人と一緒になれば体の異変を気付きかれない。
コレットが隠してほしい、というのならば、リフィルはなるべく彼女の意見を尊重したい。
もっとも、彼女が死んでしまう、というのをみすごすわけにはいかないが。
「あ、エミル!一緒にのろう!ね、ね!」
「?いいけど……」
なぜにマルタは目を輝かせ、そんなことをいってきているのであろうか。
別に断る必要も感じないがゆえ、そのままうなづくエミルであるが。
「やったぁ!密着して、お色気攻撃で今度こそエミルをおとしてみせるっ!」
「マルタちゃん、がんばってね~」
「まてまて!メリル!まだ、私は仲をみとめたわけではっ!」
「あ・な・た?」
「?」
そんなマルタにたいし、なぜかメリルがにこやかに笑みをうかべ、手をひらひらさせて言葉を発し、
そんなメリルの台詞にあせったように抗議らしきものをいっているブルート。
しかし、そんな彼らの言葉の意味はまったくもってエミルには理解不能。
ゆえに、ただただ首をかしげるのみ。
「いえ。マルタさんは私とにしましょう。
空中で何か行動をおこして事故をおこしてもらってもこまりますもの」
そんなやり取りをみつつも、リリーナがすっと手をあげていってくる。
この調子だと、空中で調子に乗ったマルタが何をしでかすかわかったものではない。
それゆえの提案。
「そうね。なら、リリーナがマルタと一緒でいいわね」
「そ、そんなぁぁ!」
「自業自得さ。ったく。リーガル。あんたは私とでいいかい?」
「うむ」
しいながリーガルをふりむきつつもいえば、こくり、とうなづくリーガル。
「あんたもいい加減にその手枷をはずせばいいんだけどねぇ」
「…これは、我が戒め。ゆえにそう簡単にははずすことはない」
「はぁ。頑固だねぇ」
というか、テセアラの公爵様がそんな恰好をしている、と知られれば。
否、もう知られているのだが。
ブルート達はちなみにリーガルの手枷を、趣味、ととらえているらしい。
それをきいたときに、しいなもおもわず顔をひきつらせるしかなかったが。
そもそも、性癖は人それぞれありますから何もいえまんものね。
とにこやかに、それでいてトドメ、とばかりにメリルが昨夜言っていたのを思い出す。
それをきき、リーガルがかなりへこんでいたのもまた記憶に新しい。
「ってててて」
「ったく。自業自得だよ」
それまで、目を回していたロイドがようやく目覚め、
頭をかかえつつもおきあがったのをみて、冷めた口調でそんなロイドに言い放っているジーニアス。
結局、ゼロスとセレス。
そして、リフィルとコレット。
エミルと共にのりしはタバサとなり、
ジーニアスとミトス。
しいなとリーガル。
マルタとリリーナ。
リヒターとアステル
プレセアとロイド。
計、八機にそれぞれまたがりて、火の精霊との契約を交わすため、
レアバードにてトリエットにむかうことに。
「よ~し、新たな世界再生の旅にむけて、出発だ!」
ヴゥン。キィィィン……
独特な金属音とともに、一気にレアバードがその場から上昇する。
話しにはきいていたが、本当に空を飛べる乗り物があるなど、
ブルートなどは目を見開いているが。
眼下に見送りにでてきている街の人々や、ブルート達の姿をみとめつつ、
「では、いくわよ。皆、十分に気をつけて。あと、わけのわからない機械にはさわらないようにね」
一応、ロックはかけはしたが。
念には念を。
自動操縦解除は複雑な肯定を必要とするので、そう簡単に解除することはできないであろうが。
特に誰とはいわないが、偶然に解除してしまいそうなものがいる以上、
リフィルの指摘もあながち間違ってはいない。
空に飛び上がり、晴れた青空のもと、ロイドが改めてそんなことを宣言しているが。
「新たな再生の……」
そんなロイドの声をうけ、コレットがぽつり、とつぶやく。
「そうよ。コレット。これはあなたにとって新しい再生の旅、なのよ。
…だから、あきらめないで。方法はあるのだから」
コレットの身を蝕んでいる永続天使性無機結晶症。
コレットの肩はすでに完全に水晶のようなものにと変化してしまっていた。
時間は、ない。
早く完全なるクルシスの輝石用だという、要の紋をつくらなくては。
ジルコンはリーガルの機転ですでに手にいれている。
あと必要なのは、マナリーフ、そしてマナの欠片。
この二つ。
マナの欠片には心当たりがある。
ファイドラ様なら、もしかして。
マナの血族の長老的立場にいるコレットの祖母ファイドラ。
もっているかもしれない可能性がはるかに高い。
マナリーフはアステル曰く、研究所にもどれば在庫が残っているかもしれない。
といっていた以上、契約を交わしたのち、
アステルが所属していたという研究所にむかえばどうにかなる。
ゆえに、光明はみえている。
もっとも、つかってしまっていれば、またもらいにいけばいい。
とはアステルがいっていたが。
問題なのはマナの欠片。
もしかしたら、それを手にいれるために敵地に乗り込む必要があるかもしれない。
そしてまた、これから精霊と本格的に契約するにあたり、
クルシスが妨害してこない、とはいいきれない。
むしろこれからが本番、といえるであろう。
「…死なせてたまるもの、ですか」
この子は私の教え子。
そして…自分に希望をおしえてくれたのもまたこの子達。
もしも、世界が一つにもどることができるのならば。
ロイドが唱える、全ての人が安心してくらせる世界。
でも、この子達なら。
そうおもう。
だからこそ。
勇者ミトスは姉をうしない、道を間違えた。
そう、きかされた。
ロイドがそうならない、とはいいきれない。
だから、何としても、コレットを死なせるわけにはいかない。
今ここで、道を間違えれば、
それこそユアンのいうように、世界は滅亡してしまう可能性が高い、のだから。
「ねえ。タバサさん」
「ハイ?」
「…前からききたかったんだけど。自我が確立しかけたのって、クルシスをでてから?」
「ハイ。マスターは外にでるときに私にプログラムを組み込みましたので」
「…そう」
ならば、タバサはマーテルの意識を移そうとした、というときに、
自我もなく、またプログラムさえ組み込まれていなかったということになる。
すでに、リフィル達がのりし機体はエミルがのりし機体より前にとんでいっている。
今、エミルは一番最後尾についていっている状態。
「…タバサさんにきいてもわからない、か。
やっぱりそのあたりは、直接あの子にきくしかない、か」
もしも、タバサにそのとき自我が少しでもあったとするならば、
マーテルが彼女の器に移動するのを拒否した、というのはわからなくもないのだが。
そもそも、一時にしろそのときタバサの体をつかい、ミトスをいさめてくれていれば。
そう思わざるを得ない。
人の身において、自分にとってはたかが四千年、という年月は、短い期間とはいえ。
源流たるマナにさらされていた人間の魂。
完全に変質が始まってしまっているあの子の状態。
しかも、それがかつて自らが授けた石と影響しあい、
半ば、今のマーテルのありようは、石の半精霊、と化している。
あのまま、傷ついている石を修復させるだけ、でも。
マーテルは石の精霊として新たに再生をはたせるほどに。
だからこそ、他の魂達をとりこんで、総合した精神融合体として精霊、とかつては確立してしまったのだろう。
石の力すらをも利用して。
「…あの子達を元にもどす。それは簡単だけど、けど……」
それを彼らが望むだろうか。
それに、ともおもう。
「…聖地、と呼ばれる場所をつくっても。
最高指導者もどきがいなかったら、またヒトは道を間違えるかもしれない」
ミトスやマーテルならば、それをいえば、自分たちがずっと見守る。
そういいきるであろう。
「…道をたがえてしまっている期間だけ、という制約をつけてもいい、んだけどね」
でも、という思いもある。
ヒトは、長いときを平常な感覚でいきていかれるほど精神力が強くない。
その間、また間違えてしまわない、ともいいきれない。
かの地を新たにうみだし、試練のようなものを与えるのはすでに決定事項。
それをかえるつもりはさらさらない。
ヒトを見下している感性をもっているクルシスに所属するものたちには、
ヴェリウスを通じ、今ゆっくりとではあるが、彼らの心に語りかけている。
彼らが自分たちが選ばれているもの、とおもうのならば。
よりよい形で世界を、人々を導くのもまた役目なのではないか、と。
…もっとも、これをエルフ達にもしかけているのだが、
エルフ達はいまだに何も行動しようとしていない。
だからこそ、ため息をつかさざるをえない。
これまではかつてのように、血を受け継ぎしものには問答無用で術、
すなわち、世界におけるマナの使用を許可していた。
しかし、それでは再び過ちをまちがいなくヒトはおこしてしまうであろう。
ヒトとは好奇心にあふれた生き物。
好奇心を満たすためだけ、に周囲のものすら犠牲にする。
だからこそ、試練、として。
一時期、マナを完全に遮断するという方法をも考えている。
千年かそこいらもすれば、マナがなくても人々は普通に生活するであろう。
そう、かつてのあのとき。
すべてのものからマナを切り離したあのとき、のように。
「?エミルさん?」
「何でもないよ。それより、みんなにアルテスタさんのそれ、おしえないの?」
「?ナゼにエミルさんはそれに?」
タバサからすれば、それにエミルがきづいていることに対し不思議に思う。
「その波動はとても懐かしいもの、だからね。…まだ技術がのこっていたのには驚きだけどね」
かつて、ハロルドという人間がうみだせし技術のひとつ。
ドワーフ達と確かに彼女は交流があったがゆえ知っていても不思議ではなかったが。
まさか、新たにうみだされしそれにおめにかかるなど。
「でも、これだけはいっとくよ。…その技術はヒトにもたせるべきものではない」
「……ヨク、ワカリマセン」
そういわれても、タバサにはその意味がわからない。
否、わかれ、というほうが無理であろう。
かつてのことをしっているのは、そもそももう、精霊たちやセンチュリオン。
そういった存在しか残っていない、のだから。
pixv投稿日:2014年2月8日某日(Hp編集:2018年4月22日(日)
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あとがきもどき:
ど…どうにか世界再生編にはいるところで区切れました・・・
次回から世界再生編、です。