翌朝。
「あれ?ユアンは?」
いつのまにかユアンがいない。
「ユアン様は用事があり少し出かけられている」
ボータがいいつつも、
「それで?返答は?」
「あたしはあんたたちに力をかすよ。ロイド達もそれでいいね?」
「本当は力なんかかりたくないけど。時間がないんだ。仕方ないだろ」
「だね」
不承不承ながらもロイドとジーニアスも同意する。
朝餉の席にてこの場にいないユアンにきづき、ロイドがといかければ、
ボータからそのような返事がもどってくる。
「では、朝餉をすませて、すぐにサイバックにむかい。
それからなるべく早くに雷の神殿にでむきたいが、異存は?」
その台詞に思わず顔をみあわせ、
「そういや、あのシュナイダーとかいう人からサイバックの研究院によれ。とか前いわれてたっけ」
今さらながらに思いだしたようにぽつり、とロイドがつぶやけば。
「そういえば。そんなこともいわれていたわね」
「許可書を発行してもいいが、しいな殿も念のために同行してほしい。
とのことだったからな。いそぐぞ。奴らに気づかれないうちに」
たしかにボータのいうとおり。
どこから情報がもれるともおもえない。
「レアバードはいつでも発着できる準備がしてある。
自動操縦にて目的地はすでにサイパックに設定してある。
ついでに、お前達も操縦をこの機会に覚えておくといい」
このだひの作戦にて手伝ってもらえる報酬として、彼らはレアバードの自由利用。
そんな権利を持ち出してきた。
どちらの世界にも移動できるレアバードを。
もっとも、移動するにあたり、彼らの施設の真上からエネルギーを受け取る必要があるらしいが。
「シュナイダーさん、かぁ。僕のそっくりだ、という人のこともわかるかな?」
朝餉の用意も手伝ったのち、エミルは遅れてこの場にとやってきている。
「というか、あんたほんとそんな格好してたら女の子のまんまだよねぇ」
しいながそんなエミルをみて呆れつつもいっているが。
ちなみに、今のエミルの格好はなぜかこの里の人々がくれた着物をきていたりする。
ちなみに女物であったりするのだが。
さらにその前に前掛け…すなわちエプロンをつけ、料理をするのに髪がはいるといけないから、
という理由にて、髪は綺麗にみつあみにして後ろで一つにだんごじょうにしてまとめられている。
ちょこっと横髪がたれており、真っ白いうなじがよりみえているといってもよい。
実際にゼロスがまたまた間違えてナンパをしかけた、という実情があるにしろ。
「とりあえず、お吸い物の味のほうはどうですか?
ちょっと薄めにつくってみましたけど。ちなみに出しはコンブとかでとってます」
ちなみにエミルの出しの取り方などもこの里の女性達は参考にし、きちんとメモをとっていたりする。
お吸い物の中にはいっている細かくきられたダイコンの切れはしが、
どうみても鶴のような小さな細工ものになっていたり、
あげくは中にはいっている人参が桜の花びら…これまた小さい花びら一つ一つを再現。
していたりする、というのを除けば普通のお吸い物…で通じるのであろうが。
それはちょっとした芸術品。
「エミルってぜったい料理屋とかでも生計たてられるんじゃないの?」
あきれたようにジーニアスがつぶやいているが。
エミルが先にしいなの元、すなわちこの里にやってきていた理由。
一応、ロイドたちはエミルにときいた。
エミル曰く、しいなさん一人じゃ、心配だし、追いかけてもらっただけ。
といっていたが、その誰に、というのはいわずもがな。
お願いしたらすぐに見つけてくれましたし、とにっこりいわれ、
顔をひきつらせたのはロイド達にとっても記憶にあたらしい。
「そういえば、アステル、といったわね。あなたにそっくりだ、という人物は」
あれほど間違われたということはよほど似ているのであろうが。
エミルが知らないだけでエミルの親戚、ということも考えられる。
もしもそうならば、エミルの正体に近づけるかもしれない。
そんなことをリフィルは思いつつ、
「なら、まずはサイバックね。でも、私にジーニアス、それにロイドはともかくとして。
エミルにマルタ、ゼロスにプレセア、リーガル、しいな。
となるとレアバードの台数がかなりいるわね。それに、ノイシュのこともあるし」
そこまでいい、
「そういえば。ロイド。ソーサラーリングの属性は、変えてもらったままかしら?」
「この近くには力の場ってのがないからそのままだけど。
あの爆弾もどきがつくれるのも面白かったんだけどな~」
あの鉱山の中の力の場にて、なぜか力を発揮すると爆弾が出現する。
という力を一時得てはいたが、そこからでた後。
ロイドに爆弾を持たせていたら遊び半分で何をするかわからない、
というリフィルのもっともらしい…もっともロイドはかなり抗議の声をあげていたが。
ともかく、その力は再びシムルグの力によって書き換えらていたりする。
つまり、今のロイドのもっているソーサラーリングの属性は、
対照物を小さくする機能がついている状態となっている。
「皆を小さくしてまとめていけば、一台ででもいけますけど」
さらり、というエミルの台詞に。
「いえ。それはやめておきましょう。
それに、たしかに。彼のいうとおり。私たちも操縦になれたほうがいいわ。
万が一、操縦に失敗とかして街の中とかに不時着とかしないためにも。
ボータ、とかいったわね?レアバードの操縦方法はそんなに難しくはないのでしょう?」
様々な機械がたしかにレアバードにはついていたが。
「うむ。基本、操縦桿や速度、そして着地や離陸。それらさえ覚えていれば、
お前たちは細かい機能、おそらく無線機能とかはつかわないだろうし、
また自分達の位置の確認測定のための機械もつかわないだろうしな」
そういった機能をもちし装置もかの乗りものの中にも設置してある。
それは地図と連動しており、今機体がどこにいるのか、すぐに目視でわかるようにしているもの。
ちなみに彼らの拠点となりし場所でも彼らが所有する機体全て、
今どこにあるのか、ウィングパックのように特殊空間にしまわれていない限り、その位置の特定は可能。
「では、朝食後、簡単にレアバードの手動にての操縦方法を教えておこう。
このたびの一件がおわれば、ユアン様がいっていたように、
お前達にレアバードを貸し与えることになるようだしな。
二人乗りようのレアバードならばあまり台数もかさばるまい」
それはユアンの提案。
このたび協力してもらえれば、一行にレアバードを無期限で貸し出す。
そう彼らが提案してきた。
足ができる、というのは彼らにとってもかなりたすかる提案でもあり、
リフィルからしても、いちいちエミルが呼びだす魔物にたよらなくてもすむ。
まさに一石二鳥ともいえる提案であったこともまた事実。
シルヴァラントから乗ってきたレアバードは王立研究院に預けたまま。
それも彼らは把握していたらしく、すでに研究院には話しをつけた、
とボータがそういっていたのは昨夜のこと。
「…時間がおしい。実戦形式でお前達には操縦法を学んでもらうぞ」
「「「え?」」」
ボータの言葉の意味がよくわからないらしく、ロイド、マルタ、ジーニアス達の声がかさなる。
彼らがその意味をその身をもって実感するのはそのすぐ後のこと。
みずほの里からサイバックへ。
さすがに何の障害物もない空の移動であるがゆえ、移動にそうは時間はかからない。
かかったとすれば、操縦に手間取った一部のものが時間をかけてしまった。
ということくらいであるが、さすがに空を飛んでいる中での操縦ミス。
それはそく命にもつながる、というのを理解したからか、
それぞれ一応最低限の操縦法は身につけたらしい。
「なんか、ここにきてからこのサイバックっていう街、僕たち幾度もきてませんか?」
変なところでこの街とは縁があるような気がしなくもない。
かつて自分がアステルなのではないか、といわれたのもこの街であった。
まあそもそもあのとき…今も、だが。
この姿はアステルの姿をまんま模したものであったので仕方がないといえば仕方がないが。
あのときは、いつも胸のあたりに実体化したときにある蝶だけでなく、
アステルのアザもまた引き継いでいたっぽいが。
今はあの星型のあざらしきものはこの身にはつけていない。
いつも、地上にでるときには必ず特徴としてつけていた紋様たる印をつけているだけ。
「テセアラにきてまず始めにたどり着いたのがエグザイア。
その次が首都メルトキオ、そして次にきたのが、ここサイバックだったわね」
そういうリフィルの表情は少しばかり沈んでいる。
「でもさ。姉さん。僕たち普通に街にはいっても大丈夫、なのかな?だって……」
ハーフエルフ、として連行されたのを街の人々はみていたはず。
もっとも、その調べた装置という装置は壊れていてきちんと調べられてはいなかったが。
壊れていなくてもまちがいなく、そういう装置があるのならば、自分達姉弟はひっかかっていたであろう。
そう確信がもてるからこそ、ジーニアスの表情もまた暗い。
「まあ、俺様がいるんだし。問題ないんじゃねえか?」
もっとも、あれからどんな噂がこの街に広がっているのかはゼロスにもわからないが。
噂はあっという間にオヒレをつけて、実は首都まで巻き込んでいたりする。
ゆえに、今、この場にいるほとんどのものは、さわらぬ神にたたりなし。
というみずほの諺のごとく。
さわらぬ神子にたたりなし、とばかりに神子ゼロスに対する教皇の命。
それは無視しよう、という話しで一致団結していたりする。
少しでも教皇に加担したとおもわれれば、かつてのようにスピリチュアの裁きが自分達にも降り注ぐ。
そう人々が信じている以上、街の人々がどうこうしてくることはまずない、のだが。
シムルグに関係している噂だからか、シルフ達が逐一、
こういった噂がつたわってますよ、とウェントスを通じて報告してきているがゆえ、
エミルはロイド達よりかは今現在の事情に多少は詳しい。
何でも神子に危害を加えようとした兵士達が、空からやってきた巨大な鳥に食べられた、とか。
神子の連れを連れていこうとした兵士が電撃をくらい、海の生贄としてささげられたとか。
神子の…等々。
なぜか、噂は神子ゼロスに関するものがほとんどで。
しかも、なぜかシムルグの登場だけ、であったはずなのに。
やってもいないようなことまで追加されて伝わっていたりする。
「とにかく。先に用事をすませてしまおう。
しいな殿をつれていけば、シュナイダー殿も許可証を発行してくれる、
とのことであったしな。まだ朝もはやいが問題はないだろう」
今から許可証をうけとり、出発すれば昼までには神殿にと移動ができる。
そうすれば、今日中にはどうにか奇襲をかけることも可能であろう。
ボータはそのように、朝方、そうしいなたちにと説明している。
許可証を手にいれればそのまま雷の神殿にむかい、契約をしてもらう、と。
ユアンがいないのは、奇襲をかけるためにいろいろと準備があるから、
というのがボータの説明であったのだが。
実際は、いちどどうやらあちら側にもどり、
コレットをいつ引き渡すのかそのあたりの日程をきちんと確認する目的もあったらしい。
しかし、それよりも気になることは
「……なぜ……」
『それよりも、ユアン様のテセアラの管理に疑問が残ります』
そういって、ミトスの前にて報告をしていたプロネーマ。
ネオ・デリス・カーラーンのあの惑星の内部にて。
ミトスが今は拠点としているらしきあの場所で。
『奴が千年王国に反発しているのはわかっていたが、まさか本気で姉上を害するつもりではあるまいな』
プロネーマの前で、椅子にとすわり、頬づえをつきいっていた。
どうして、とだからこそ思う。
マーテルが害されたとき、どうして自分のもとにこなかったのか、と。
そうすればこのような世界にもなることはなかったであろうに、と。
それこそ、彼が絶望したのならば、かつてのように。
彼らのみを残して、心あるものだけを抜粋し、
世界全てを一度海にと還し大地を浄化することもいとわなかったというのに。
彼に世界を一つにもどさせて、その反動で浄化する。
さすればいくら愚かな人間達や、また当時もみてみぬふりをし、
あげくは自分の加護をさずかったからといって手の平をかえした態度をとったエルフ達。
彼らもよくよく身にしみて自らの愚かさがわかったであろうに、とも。
常にあちらにも意識をむけているので、ミトスがどのような反応をしているのか。
またあちらで何がおこっているのか逐一把握することは可能。
しいながヴォルトと契約を結ぶことにより、ミトスがかけていた精霊の楔。
その一柱が引き抜かれることになる。
もっとも、センチュリオン達の力も満ちており、そうなったとしても、世界に何ら影響はない。
むしろ、今の状態でいくならば、その精霊の楔こそが邪魔になっているといってよい。
いちいち、マナが流れ出し、それをまた元にもどすという二度手間を行っているこの状況。
あちらのシステムにはそういったものを気取られないように細工はしてはいるものの。
おそらくは、ミトスが直接疑問を抱き、調べればすぐにわかる程度。
そういった点はあの子はとても聡かったとおもう。
ちょとした違いもあの子はその直感にて見抜いていた。
何となくだが、傍においていた分身体たる蝶。
あれも自分の目であったことに気付いていたのでは、という思いすらある。
それを当人からきいたことはないにしろ。
ふと。
「エクスフィアを使った研究も現在のままでは手詰まり感がみられるな」
「そういえば、神子様が指名手配されたようね。
何でも世界を衰退に導こうとしてるとか。確実に嘘でしょうけどね」
「ああ。それならきいた。というかついに教皇も強硬手段にでたったことか?
しかし、そのとぱっちりを我らもうけたらたまらないぞ?
かつて、神子を殺そうとしたものたちは、スピリチュアの怒りをうけ、
天の怒りをうけことごとく殺された、ときくしな」
何やら道端で話しあいをしているらしき、研究者達の会話がきこえてくる。
彼らはどうやらサイバックに入ってすぐにとあるちょっとした広場。
学術図書館やバザーを取り囲むその中心にある広場にて、ちょっとした会話をしているらしい。
そんな会話をしている彼らにたいし、
「あ。ねえねえ。そういえば、しってる?クラトスさんっていうんだけど。
最近よくこの街にくるんだけど、ちょっと影があって素敵なのよね!」
集まってはなしているのは女性二人に男性一人。
そのうちの女性一人がそういうと、
「ま~た、ミ~シャはそっち方面に。でも、たしかに。
あの人、素敵よね。たしかテセアラ王室付の宮廷学者だったかしら?」
もう一人の女性がミーシャ、というのがおそらくは名前、なのだろう。
その女性をたしなめるようにしていっている。
「ええ!?あの人、研究院の人じゃないの!?ショック!
頑張って正式に採用されたらあんな素敵な人と一緒に働けるとおもったのに!」
「「「クラトスだって!?」」」
その声に反応したのは、ロイド、しいな、ジーニアスの三人。
さすがに同時に声を張り上げたことにより、ロイド達にきづいたらしく、
会話をしていた三人がぴたり、とその会話をやめ、その視線をこちらにとむけてくる。
「?あなたたち、あの人をしってるの?って、これは神子様。ごきげんよう。
神子様ならしっていてもおかしくはありませんわね。王室付の宮廷学者というクラトスさんのことは」
にこにことミーシャという人物に突っ込みをいれていた人物がゼロスに気づいて話しかけてくるが。
「ちょっとまて」
思わずそんな彼女の台詞にロイドが突っ込みをいれる。
というか、王室付?しかも宮廷学者?
突っ込み所は満載、といえる。
「ええ!?神子様!?きゃあ、神子様におあいできるなんて!
あ、神子様は何も悪いことはされいませんよね!私は神子様を信じてます!
教皇のくそ爺は信じてませんけど。ってくそ爺なんていったらいけませんね」
ぺろり、と舌をだしてそういってくるミーシャとよばれていた女性。
歳のころならばそうロイド達とさほど変わり映えしていないらしい。
サイバックの街の広場。
そこにて会話をしているこの三人。
どうやら口調からして仲良し組、というよりは、この街の学生、であるらしいが。
「あの歳で宮廷学者っていうんだから、きっとエリートなんでしょうね」
「ちょっとまて。あいつはその学者とかいうやつじゃないぞ」
うっとりとしてそうつぶやく彼女にたいし、ロイドがすかさず突っ込みをいれるが。
「あら。嘘よ。身分証明書は本物だったっていうわよ?
でも、素敵よねぇ。かつて勇者ミトスとともに戦争を終わらせたという、
伝説の、古代戦争末期、テセアラ王室の王立騎士団。
女王親衛騎士団長。クラトス・アウリオン様と同じ名なんて」
「「っ!?」」
その声に息をのんだのは、ロイドとジーニアス。
そういえば、クラトスはかつて、テセアラの女王の親衛隊長をしていたな。
もっとも、ミトス達のほうを選び自分から辞職していたが。
一番の原因はいくら諫言を繰り返してもかわらなかった彼らの主、
すならち、当時のテセアラ王の態度ゆえか。
「勇者ミトスもだけども。その仲間の名前もよく使われるものね。
でも、四人いた、というけども、あとの二人の名はあまり知られてないのよね」
「そういえば、そうね」
どうやら話題がそれたらしく、同時に首をかしげている女性二人。
意図的に隠されているとしかおもえない、彼らの名前。
ミトスはそのあたりの情報も徹底して隠蔽工作をしたらしい。
それをおもうと自然とエミルはため息が漏れてしまう。
本当に、あの当時に真っすぐで前をむいていたあの心はどこにいってしまったのかと。
人の心は移ろいやすいもの。
そうしっていても、やはりさみしいものがあるのもまた事実。
自分にまっすぐに物おじせずに物事をいってきたのはミトスが久しぶりであった、
というのもあったのに。
そもそも、この地に出向いてからのち、直接ヒトと言葉を交わしたことなどほぼ皆無であった。
そんな中でやってきたミトス達。
今でもあのときのことははっきりと思いだせる。
幾度も自分に意見してきた彼のことは。
まだ完全に堕ちていない、と思えるのは、かの封印があるがゆえ。
そうでなければ、分霊でしかない彼もまた、あの瘴気に呑みこまれてしまっているはず。
あのときは、それらのことを聞くことはできなかったが。
そもそも、目覚めたあのとき、すでにミトスとしての命を失い、
その命というか魂をもってして種子にやどり、苗木として再生していたミトスには。
ミトスの意識はまったくもってあれには残っていなかった。
ロイド達がマーテル…精神融合体として再生した人工精霊マーテル。
その願いをうけ、名をつけ自らとのつながりが一切断たれていたあのユグドラシルには。
エミルがかつてのことに思いをはせているそんな中。
「ちょっとまって。少しいいかしら。あなたたち。あなたたち、クラトスを知っているの?」
リフィルも気になったのであろう。
その場にいる三人にとといかけているリフィルの姿がみてとれる。
そんなリフィルの問いかけに。
「え?ええ。ここ最近よくここに出入りしている宮廷学者のクラトスさんでしょ?
今、研究所では大騒ぎよ。クラトスさんが誰にも直すことができなかった。
古の装置。それを直してとある物質を作り上げたって」
「宮廷学者…ねぇ」
ゼロスが意味ありげに言葉を含ませつぶやいているが。
というか、なぜに宮廷学者?
クラトスの容姿からしても、その格好からしてもおもいっきり違和感がありまくる。
そのいで立ちからどうみても騎士団、もしくは傭兵、となのったほうが確実なのに。
なぜに宮廷学者?
「…クラトスさんって…学者っていうイメージまったくないんだけど……」
それはもう心からそうおもう。
というか絶対にそうはみえない。
絶対にいえる。
おそらく誰にきいてもそうこたえるはずである。
なのに何でそんな無茶苦茶ともいえる身分詐称をしているのだろうか。
あのクラトスは。
まだユアンのほうがそっちのほうがむいている。
ユアンはあるいみ学者気質というか科学者気質。
四千年という人生の中で知った知識と経験で何か質問されてもごまかせる、
とでもおもったのだろうか。
「それは俺様も同感っと」
エミルのぽつり、としたつぶやきに、ゼロスも思うところがあったのか、すかさず同意を示してくる。
「気になるわね。どうしてクラトスがこの街に?そういえば、前ここでクラトスとすれ違ったわね」
リフィルが思案するようにつぶやいてくるが。
事実、ここでクラトスとすれ違ったのはついこの間。
「?神子様達、クラトスさんのことがしりたいのなら、シュナイダー院長にきいてみたらどうかしら?
彼、シュナイダー院長といろいろとはなしてたみたいだし」
そんな話しをきき、
「どっちにしても。今からシュナイダー院長のところにはいくんだし。
そのときにきいてみようよ。ついでなんだしさ。あの子に関係してるのかもしれないしね」
第三者達がいるのでコレットの名は出さないまま、しいながそんな提案をしてくるが。
そんなしいなの提案にロイド達もまたこくり、とうなづく。
クラトスがここにきている以上、クルシスが何か関係している可能性は高い。
コレットに関係している可能性もある。
ロイド達はどうやらそう想っているようだが、実際は異なる。
どうやらクラトスは自力でエターナルリングの材料をそろえるつもり、であるらしい。
そもそも、アダマンタイトはかの古代大戦初期には使われていたが、
その後、天使化という技術が開発され人々が見向きもしなくなったもの。
いちいち技術力などをつかわずとも大量の被験者さえいれば、
兵器はいくらでも産みだせる。
ゆえにテセアラという国はその技術を放棄した。
もっとも、それで人工がかなり激減した、という理由はあったにしろ。
それはかの国の自業自得というもの。
それだけならばまだしも、世界というか大地にまで被害をあたえてきたのだからどうにもならない。
微精霊達を利用していただけでも許せないのに、
許容範囲を超えるマナの使用。
そして、シルヴァラントにおける魔導砲の開発。
そして今。
愚かな人間はまた同じことを繰り返そうとしている。
しかも、あのとき、それを止めたい、そういっていたミトスの手の中で。
ミトスはしっていて見逃しているのだろうか。
あのロディル達が創造しているものを。
ユアンもユアンである。
なぜあれをあの彼に示唆してつくらせたのか、という思いがどうしても捨て切れない。
あれは、マナを絞りつくし、大地を疲弊させるだけの品でしかない、というのに。
学園都市とよばれしサイバック。
その奥にと位置している王立研究所。
研究所にはいってすぐにある骨格標本はやはりというかかなり目立つ。
「クラトスのやつ、ここに一体何の用事で……」
ロイドがきになるのか研究院にたどり着いてからこのかたずっとそんなことをいっているが。
ノイシュはあいかわらずエミルの胸ポケットの中にとはいっている。
念のために、絶対に姿をみせないように、と言い聞かせてはいるが、
さらに念には念をいれ、ソルムに命じ、ノイシュの姿は、
自分達以外には見えないように細工をしていたりする。
もっともそのことに対して誰も気づいていないのが現状なれど。
話しがとおっているのか、あっさりとシュナイダー院長との面どおりの許可がおり、
院長の部屋にといくようにと指示をうける。
ここ、サイバック王立研究所の所長でもあるというシュナイダーの部屋は、
二階の奥にと位置しているらしい。
部屋にはいると、大きめな本棚から今にも落ちそうな本がところせまし、
と棚だけでなく机の上や床の上にも置かれているのがみてとれる。
「お待たせしてすいませんでした」
奥のほうから何か研究の続きでもしていたのか、はたまた何かの報告をうけていたのか。
その手にレポートの束のようなものをもって、奥からでてくるシュナイダーの姿。
「しいな殿とお知り合い、というのは事実であったようですね。
あなたがたが許可を求めているのは雷の神殿、ということですが」
今、あの空間は不安定であるがゆえ、許可証がなければ第三者は入れない。
そう、彼らに説明をしたのはほかならぬシュナイダー自身。
「あ、あの。雷の神殿のこともなんですけど、アステルってヒトのことをきいてもいいですか?
どうもここ、研究所の人達の反応から、エミルがかなりそっくり、というのはよくわかったんですけど……」
里にいたときと同じ状態の髪型。
すなわち、髪を一つにまとめて後ろでおだんご状にしてまとめているからか、
はたからみれば、今のエミルの髪型は短いようにみえなくもない。
もっとも、横髪をそれとなくたらしているのでそうではない、とはわかるであろうが。
ちなみに丁寧に横にたらしている髪もみつあみがなされていたりする。
そしてその髪は胸の下のあたり、すなわち腰あたりまで伸びている。
なぜかここにくるまで、研究所にはいるなり、
アステル、いつ戻ってきたんだ?と受付のものにもいわれ、
さらにはたまたますれ違った研究員らしきものにもそういわれ。
つまり、ここ、二階のこの部屋にくるまで人違いされまくっていたりする。
ゆえにマルタもかなり気になっているらしい。
エミルからしてみれば、まあこの姿は模しているのでその反応はわからなくもないが。
ともおもうが、そういえば、かつては生きていたのか。
とか散々いわれたな、とふと思い出す。
まあ、あのとき実際は生きていたというよりは、自分が彼を殺してしまっていたのだが。
「ふむ。アステルに瓜二つだとおもっていたけど、やはり君はアステルの親戚か何かなのかな?」
シュナイダーが少し考え込みながらも、エミルにといかけるが。
「さあ?僕にはそんな人はいないはずなんですけど」
エミルの言葉に嘘はない。
まあ、広い目でみれば、この世界すべての命がエミルの子供、ともいえなくもないのだが。
親戚とかではないので嘘はいっていない、嘘は。
そんなシュナイダーに変わり、
「失礼。このエミルについて、なんですけど」
そういって、前に一歩ふみだして、シュナイダーに説明をはじめるリフィルの姿。
リフィルの推測、記憶喪失、もしくは人里から隔離された場所で育っていた可能性。
普通の人々との認識の誤差。
エミルは普通の、すなわち自分達ですら常識とおもっていることを常識とおもっておらず、
また、エミルがあたりまえ、とおもっていることは自分達からしてみれば、
それは異質でしかない、という事象が多々とある、と。
もっとも、リフィルは詳しく、魔物云々、という説明まではしておらず、
言葉を濁し、説明をしているようではあるが。
「では、もしかしたら、本当にエミル君はアステルとは親戚。
いや、双子、かもしれませんね。このテセアラでは、双子は不吉の象徴。
といわれていまして。二人とも殺す、もしくは海にと流す。
もしくは片方のみをどこかに捨てる、というのが一般的ですし。
もしかしたら、捨てられた片方が何らかの形で生き延びていたという可能性も」
そこまでいい。
「アステル自身もその特異性を親にうとまれ、
九歳のころからここに、半ばご両親に売り飛ばされる形で所属することになっていますしね」
そういい、何かを思いだすように遠くをみつめるシュナイダー。
こんなのは私たちの子ではない。
といっていた両親、主に母親。
もしも双子、として産まれていたのならば、あの両親の態度もわかりはする。
ここ、テセアラにおいては双子は不吉の象徴、といわれているが。
それでも片方だけでも生かしたのはあるいみ運がよかったのか悪かったのか。
万が一、双子であったとして、残したほうがエルフの血をひいている、
すなわちハーフエルフなのでは、と物ごころついたころからいわれ、
両親が忌諱の目でみられていたという事情を考えればシュナイダーからしても何ともいえない。
実際はまったくそんなことなどなく、エミルとアステルはまったくもって、
彼らがおもうような血の繋がりなんてものはまったくもって皆無、なのだが。
「九歳って……」
マルタがその台詞を息をのむ。
「いや、ちょっとまって。それより、今、アステルってヒトは両親に売り飛ばされるような形でって……」
ジーニアスがきになったのは年齢よりも前に、そのこと。
「ええ。あの子、アステルは物ごころついたころからとても聡明であったらしくて。
ゆえに、ハーフエルフなのでは、とよく懸念されていて、
ご両親達もその嫌疑をよくかけられていたらしいのです。
そうではない、と派遣された兵士達によって判明したのですが、
やはり、ヒトの偏見、というものはとれるものではなく…
その聡明さに目をつけ、研究所から彼を所属させないか、とご両親に話しがいきまして。
その結果、アステルはそのまま着の身、着のままという形でこちらにやってきまして」
あのときの彼の様子はシュナイダーはよく覚えている。
どこか達観したような、親に売り飛ばされた形である、というのに悲観する様子もなかった、
年齢とはかけ離れた感じをうけた子供。
それでも好奇心は旺盛で、広い視野でいろいろと吸収していった。
聡明であり、研究院に所属を、という言葉でリフィルが思わず手を握り締める。
それは、リフィル達の母、パージニアの日記にもあり、
モスリン達からも説明をうけていたリフィルの事情。
リフィルの聡明な頭脳をききつけて、テセアラ側はその頭脳を欲し、
リフィルを引き渡すようにせまり、両親がそれをこばみ、逃げ続けていた、と。
「じゃあ、そのアステルってヒトは……」
ジーニアスも思うところがあるらしい。
二人の両親は、子供達を守ることを選択した。
薄暗い牢獄のような場所で一生を送らせるくらいならば、生きて、自由に、と。
小さなかけだったかもしれないが、それを実行した。
そのために、異界の扉、とよばれし場所から二人をシルヴァラント側にと逃した。
その事実をジーニアスもリフィルも、そしてロイド達も聞かれている。
もっとも、エグザイアにいた最中でバージニアが正気に戻ることはなかったが。
「あ。あのさ。それより、ここにクラトスってやつがきてるってきいたんだけど……」
さすがのしいなもそれをきいていたがゆえに、何か思うところがあったらしい。
すかさず話題を変えて、シュナイダーにと問いかける。
「おや?クラトス殿とおしりあいで?神子様ならばお知り合いでしょうけど。
あのような人がいたとは私もしりませんでしたけどね。
王家の王室付の宮廷学者様、というのはなかなか表にでられませんから」
その台詞に思わず顔を見合わせるロイド達。
というか、本当にそんな名称をなのっているのか、あいつは。
シュナイダーもそういっている、ということは本当にそう名乗っている、のだろう。
本当にどうしてそんな名称を名乗ったのか、ぜひともクラトスからきいてみたいところ。
もっともきちんとクラトスがそれに関して答えをいってくるかはともかくとして。
おもわず無意識のうちにその手を目もとにもっていき、こめかみをおさえるエミル。
「それで?彼は何の用事でここにきてたんだい?」
「それは……」
ちらり、とゼロスに視線をむけ、戸惑い気味のシュナイダー。
そんなシュナイダーの様子にきづいた、のであろう。
「俺様は彼ら宮廷学者の動向もきちんと把握しておく必要があるからな。
そもそも、陛下の体調不良、あんただってしっていたはずだぜ?シュナイダー」
リフィルの力によって毒を盛られていたテセアラ十八世は持ち直したが。
原因不明の病にて王がふせっている、というのはシュナイダーも知っていること。
数日前にその病状が回帰した、ときいたが、それは病気回復の祈祷がきいたから、という
マーテル教会側からの正式発表があったぱかり。
それでも油断は禁物、ということで国王はまだ滅多と正式行事にでることはしないらしいが。
ゼロスもさすがというべきか。
すばやく話しをクラトスの嘘にあわせ、無難な、なぜにそれを知る必要があるのか。
それらしき理由をつけてといかけるゼロスの様子には嘘をついているようには見受けられない。
というか、知らないものがみれば、まちがいなく本気でそういっている。
と間違いなくとらえられる。
クラトスがそうではない、と知っているロイド達ですら
一瞬そのいい分を信じ込んでしまいそうなほどに。
「わかりました。しかしクラトス殿がこちらに御来訪されたのは陛下とは関係ないかと。
おそらくは研究に関しての事柄だとおもわれます。
クラトス殿は、アダマンタイトを探してこちらにこられたのです。
かつてドワーフ族がよく使用していた鉱石を」
シュナイダーがゼロスの言葉をきき、少し考えたのちに、
国王の病気とは関係ない、というのは伝えておくべきだろう。
そう判断したのであろう。
うなづきつつも説明してくる。
そんなシュナイダーの説明をきき、
「?アダマンタイト?細工物の研磨につかう屑ダイヤのことか?」
ロイドがふと首をかしげつつも、そんなシュナイダーにとといかける。
「ロイド、よく知ってるね。ロイドにしては珍しい」
そんなロイドを茶化すようにして、ジーニアスが話しかけるが。
「親父がよく使ってたからな。俺はまだ未熟だからってみせてもらったことはないけど」
「?」
ロイドの台詞にシュナイダーは首をかしげる。
というか、そんな品物を使用するような人物がいるのだろうか。
首をかしげるシュナイダーとは対照的に、
「屑ダイヤの中でもアトムをより強固にすることで、
特殊な物質に変化させたものだけをアダマンタイトというのよ。
魔科学によって生み出された特殊な技法でつくられる、そうたしか聞いたわ」
リフィルがその知識を思い出し、追加するようにといってくる。
そして。
「でも、それは古代魔科学の産物で、現存するものは皆無だわ。屑ダイヤあたりならばまだしも」
ぴしゃり、と否定の言葉を口にする。
「ここにものこってなかったんですか?」
素朴なるエミルの問いかけに、
「たしか、この研究所には古代の精製機なんてもんがのこってたはずだぜ?
もっとも、今では肝心なる要なる機械が故障してつかえなくなってたやつがな」
「さすが神子様ですね。ええ。その通りです。
クラトス殿は、こちらには現存していない、と伝えましたところ。
ならば、精製機なるものは、ときかれまして…」
ゼロスの言葉にうなづきつつも、そして。
「ああ。これからは彼に説明をしたものを呼んで説明をしてもらったほうがいいでしょうね。
どうなさいますか?神子様とそのお連れの皆さま?」
その口ぶりからどうやらクラトスに誰かが何かを説明させた、らしい。
リフィルがちらり、とロイド達をみると、ロイドがすかさずこくり、とうなづいてくる。
どうやら気にはなっているらしい。
「では、少々お待ちを」
いいつつも、入口付近にいる女性にと声をかけるシュナイダー。
どうやら彼の秘書のような役割の女性らしく、一言、二言報告をうけ、
がちゃり、と扉からでてゆく様がみてとれる。
「あの?あの人は何を?」
マルタがきになったのかといかければ、
「あの方に説明した人をつれにいってもらったのですよ。しばらくお待ちを。
そういえば、しいな殿、再び契約の儀式を行うのでよろしいのですか?」
「あ、ああ」
話しを振られ、しいなが言葉を詰まらせるが、
「前回の儀式が失敗したのは、しいな殿に同行した皆さまに、
ヴォルトの話す特殊な原語…どうやらあれは古代エルフ語とよばれしものらしいのですよ。
これもアステルが研究した結果わかったことなんですけどね。
今回は同行者の中に古代エルフ語を理解できる方は?」
シュナイダーの問いかけに、
「それでしたら、私が理解できますわ。
書物によればヴォルトの言葉はかなり特殊で人間には判読不能、理解不能と書かれていましたけども。
たしかに。古代エルフ語ならばそのように捕らえられても不思議はありませんわね」
あの原語はどちらかといえば旋律のような音、といっても過言でない言葉。
そこまでいい、そういえば、とリフィルは思う。
エミルが精霊達と話していたあの原語もまた旋律そのものといってもよかった。
エルフの里で伝えられし聖なる歌と同じ原語に近しいと感じたあの言葉。
何か関係があるのかしら、とおもいつつ、エミルをちらりとみるが、
「?リフィルさん、あの、何か?」
「いえ、何でもないわ。古代エルフ語ならば私が理解できますので。
原語が理解できずに契約が失敗、ということはないかと」
そんなリフィルのものいいに、
「おお。博識なのですな。それでしたら問題はありませんな。
問題があるとすれば、かの神殿の中は空間が歪んでいる場所が多々とあるので。
案内役が必要となりますが。神子様もおられますことですし。
私が祭壇の間にまでご案内させていただこうとおもっております」
そんな彼の申し出に思わず顔を見合わせるリフィル達。
「わざわざ研究院長がねぇ。何かあんのか?もしくは何かをたくらんでるか」
探るようなゼロスのものいいに、
「神子様にはかないませぬな。強いていえば、我らの露払いです。
先日、神子様にこの地において教皇騎士団達が冤罪をおしつけた。
という報告を私は受けております。何でも装置を使用することなく、
神子様一行のお連れ様をハーフエルフ、と断言し、
よりによって神子様を反逆罪、と高らかに宣言したとか。
もっとも、そのような愚かなことをしでかした教皇騎士団は、
天よりつかわれし聖なる鳥の天の雷によって裁きをうけた、とも。
我らとしてもそのような神子様に、しいては天にたてつくと思われても何ですので。
そもそも、神子様がこの地より無事に出発されていなければ、
もっぱらこの街そのものが天の雷によって裁きをうけていたのでは。という噂ですしな」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」
たかがシムルグを呼び出したというだけなのに。
人間というものは、彼らの都合のいいように勝手に噂におひれをつけて伝えてゆくといういい例であろう。
別に術による攻撃は何もしていない、というのに。
なぜにどうしてそんな噂が伝わっているのやら。
ただすこし、ラティスによってリフィル達をあの兵士達から取り戻した、というだけなのに。
もっともそれにともない、近くの森の
「…噂がどこまで尾ヒレがついたのかかなり気になるわね……」
「だねぇ」
深いため息をつきつつも、なぜかエミルのほうをじとっとみてくるリフィルとしいな。
「…なるほど。スピリチュアの再来になるのでは、との懸念、か」
リーガルがぽつり、とそんなことをいっているが。
リーガルは詳しくは何があったかはしらないが、
エミルがシムルグらしき鳥を呼び出したのをみているので何となく理解する。
すなわち、人々は恐れているのである。
かつて実際にあったという、天の怒り。
すなわち、スピリチュアの再来を。
そんなリーガルの台詞をきき、
「?失礼ですが、どこかでお会いしたことはありませんでしたかな?」
どうもどこかであっている。
ゆえにシュナイダーがリーガルをみて首をかしげるシュナイダー。
「いえ。たしかに。もしや、あなた様は……」
シュナイダーがリーガルに何やらいいかけるとほぼ同時。
「失礼いたします。シュナイダー院長。お連れしました」
「おお、まっていたよ」
「あ、あの?院長、私に用、とは一体……」
ロイド達にとっても聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「「ケイト(さん)!?」」
驚愕した声は、ロイドとマルタ、ほぼ同時。
「え?もしかして、説明した人物って……」
思わずジーニアスが目をぱちくりさせてシュナイダーをみつめるが。
「おや?皆さまはケイトを御存じで?
…ああ、神子様をそういえば、ケイトが神子様がたを軟禁しろ、と命じられたのに、
その命に逆らって逃した、との報告をうけていましたな。
ケイトがそのような機転を行わなければ今ごろ我らどころかこの街はどうなっていたか」
『・・・・・・・・・・』
どうも多大なる誤解がこの人間達にはあるようである。
が、エミルはその誤解について訂正するつもりはさらさらない。
というか勝手に誤解をしたのはヒトなのだから、なぜにわざわざ訂正する必要があるというのだろうか。
ロイド達が何かいいたそうにエミルをみてくるが、さらり、とそんな彼らの視線を無視するエミル。
「そういえば、クラトス殿もハーフエルフを嫌悪することがなかったですな。
研究に従じるものたちは、特にハーフエルフ達に対する嫌悪が激しいというのに」
エルフの血をひいている、というだけで博識。
自分達につかえない、と思い込んでいる魔術をも使用できる。
ゆえに研究者達にとって、ハーフエルフはやっかみの対象、でもあるらしい。
本当にヒトは、とつくづくおもってしまう。
努力次第で、皆、その力を手にいれることができる、というのに。
努力もせずに人を妬み、やっかみ、そして虐げるヒトの心の何とあさましいことか。
「神子様、それに…あの?院長?」
その場にいる人物たちをみて、目をみひらき、戸惑い気味に言葉を発するケイト。
ケイトからしてみれば、自分が逃がした彼らがここにいる。
というのが信じられないらしい。
しかも堂々と院長の部屋に。
「よう。あんたに聞きたいことがあって呼んでもらったんだ。
何でもあんた、クラトスってやつに何か説明したとか何とかきいたんだけど?」
軽い口調でといかけるゼロスに対し、
「?神子様がクラトス殿のことを…ですか?」
何やら何かを隠している。
もっとも、その隠している内容はゼロスはすでに把握しているのだが。
ゆえに。
「エンジェルス計画に関係することか?ん?」
「「っ!?」」
シュナイダーがゼロスの台詞に言葉を詰まらせる。
「み、神子様…そ、それは」
「ああ、わかってるわかってる。教皇のやつはどうせ俺様には内緒で~とかいって。
もしも俺様の耳にはいったらこの研究所の資金を少なくするとか。
どうせおおかたそんな脅しでもかけてたんだろ?ん?」
さらり、といわれ、がくり、と肩をおとし、
「…さすがは神子様、ですな。全てお見通し、ですか」
どこか達観したようなシュナイダーの台詞。
しかしどことなく何かほっとしたようにみえなくもない。
「それで?あなたは、クラトスに何の説明を?」
どうも話しがすすまない。
ゆえにリフィルが話題を元にもどすためにケイトに問いかけるが。
「なぜあなたがたがあの方のことを知りたいのかわかりませんが。あの方は……」
ケイトがそのときのことを語りだす。
「待ちなさい。ケイト。このアダマンタイト製造機について、このクラトス殿に説明してほしいのだ」
機材を入れたカートを部屋にもってきたのちのシュナイダーの台詞。
「私が、ですか?私はハーフエルフですけど」
「別にかまわぬ。種族が何であろうとこの精製機について詳しいものの話しがききたいのだ」
王宮付の宮廷科学者、だという彼はどうみても学者、というよりは。
傭兵、もしくは騎士といった風体の人物にしか到底みえない。
かまわない、といったその言葉をききあったけにとられたものの、
機械が詳しくないから、といってもそれでも知っていることを知りたい。
といってきた。
十数年前に一度起動させようとしてうまく作動しなかったこと。
原因は、その機材の中にあるブラックボックスとよばれるものではないか、ということ。
残されていた設計図。
それをもとにしてクラトスがその中から制御装置であるらしきそれを上手にとりだした。
「継ぎ目がない、制御装置。透視装置にかけても内部がみえないので私たちは諦めていたそれ」
その制御装置を預かり、知り合いだ、というアルテスタのもとにもっていったのか、
しばらく後に、なおった、といい、それをもって再びこの地を訪れた。
「彼が直してきた制御装置を機材に組み入れることによって、再び装置は稼働したんです」
ケイトの説明は、簡単なれど、しかし気になることをもいっていた。
「何だと!?アダマンタイト製造機が直って稼働しているというのか!?」
リフィルがその説明をきき、目をきらきらさせてそういうが。
「でも、今はうごきませぬ。何でもその制御装置を詳しく調べたいから、と申されまして。
その制御装置はクラトス殿に手渡しましたので。
制御装置がなければ機械もただの鉄の塊にすぎませんからな」
「それで?稼働したってことは、アダマンタイトは作れたんですか?」
エミルの問いかけに。
「ええ。おかげで今は大騒動です。
クラトス殿は練習がてらに精製した小さな塊をこちらにおいていきましたからな。
もうそれで研究者達ぱ目の色をかえております」
その噂はここ研究所をとびだして普通の学生達にも伝わってしまうほどに。
シュナイダーの台詞をきき首をかしげ、
「?アダマンタイトなんて何につかうんだ?」
ロイドが首をかしげると。
「それは何かを細工するんでしょうけれど」
今、可能性があるとするならば、コレットの要の紋、であろうか。
もしくはマーテルの器にするためにそういった品が必要となったのか。
それはリフィルにはわからないが。
すくなくともその可能性はなくはない。
「…あいつは何をかんがえてるんだ?」
腕をくみ考え始めるロイド達をみつつ、
「あ、あの?用事がすみましたのでしたら、私は…」
「おお。すまなかったな。ケイト。さて、とりあえず、では、こちらが例の許可証となります。
雷の神殿に出向くには足が必要となりますので、しばしのお待ちを…」
シュナイダーがそういいかけ、奥にひっこもうとするが。
「その点にはおよばない。我らの足、レアバードがある」
これまで黙っていたボータが口を開いてくる。
アダマンタイトの話しをきき、色々と思うところはあるらしいが。
わざわざかの地で作成せずに地上で、というところをみるかぎり、
やはり全てを息子であるロイドに押しつける気満々らしい。
自分でどうにかする気はないのだろうか、あのクラトスは。
エミルが半ばあきれているそんな中。
「おお。あの空を飛ぶ乗り物ですかな」
以前、王都の研究院にしいなが預けたレアバートは、
すでにレネゲードの手のものがそれに介入し、それを回収しているようであるが。
「貴殿一人くらいならば問題なかろう。誰かの機体にともにのってもらうことになるが、な」
ボータの淡々としたものいいに、しばし顔を見合わせてゆくロイド達の姿が、
その場において身受けられてゆく。
雷の神殿。
入口にいた兵士達はこのたびはシュナイダーが共にいる、ということもあり、
そしてまた、シュナイダーが許可証を取り出したことにより、
そのまま神殿の内部にと問題なく足をすすめている今現在。
ボータは万が一、追手というか儀式を邪魔するものがいるかもわからないから、
という理由にて、表にてそれらの警戒をする、といって神殿の中まではついてきてはいない。
「うわっ、何だ、ここ!?」
驚愕じみたロイドの声。
バチバチと建物の中全てにおいて、雷、すなわち稲妻がはしっている。
建物の中にあるいくつかの避雷針などにそれらがぶつかりつつも、
周囲における空間全てにおいて、電撃が放たれているといって過言でない。
「うわっ!?」
何気なく通路脇の壁にと手をつけたジーニアスが何かにびっくりしたようにと飛び上がる。
神殿自体は、サイバックから程遠くない場所。
しかもレアバードを使用しての移動なのでさほど時間はかからない。
「いいいま、何かびりっときた!静電気の強いような感じっ!」
ジーニアスがびっくりした表情でそんなことをいっているが。
「この建物自体が帯電しているのだろう」
淡々とそんなジーニアスにといっているリーガル。
「ええ。その通りです。以前からこの神殿は雷がひどかったのですが。
ここしばらくはその現象が顕著になっていましてな。
この神殿に施されていたであろう仕掛けも解除した、とおもえば、
いつのまにか雷があつまり、元にもどっている次第でして…いやはや」
リーガルにたいし、ブライアン公爵、と呼びかけたシュナイダーであるが、
しずかにリーガルが首を横にふったのをうけ、少しばかり肩をおとしたのち、
その呼び方をリーガル殿、と改めているシュナイダー。
そういえば、とおもう。
リーガルの身分違いの恋人は、この被験者たるプレセアの妹であった。と。
だとすれば、おそらくこのプレセアにあのことをブライアン公爵は伝えていないのだろう。
もっとも加害者側の立場である以上、シュナイダーからしても詳しいことはいえるはずもなく。
ゆえに正体を気取られないような呼び方に変えているに過ぎない。
「一応、基本となる通路は常に確保されているはずです。精霊の間とよばれし場所はこちらになります。
注意してついてきてくだされ。ああ、ときおり電撃が走っていたりする箇所がありますので、
それにはくれぐれも触れないように気をつけてくださいね。下手をすれば感電死しかねませんので」
「げっ」
さらり、といわれたシュナイダーの台詞にロイドがおもわず短く声をだす。
「もしかして、この仕掛けって…砂漠のあの施設みたいなもんか?」
ところどころ電撃らしきものをまとい、同じようなコルクのようなものをめにし、
ロイドがふと、当時のことを思い出したのかそんなことをいってくる。
ロイドだけで仕掛けを解除したゆえに、まったく仕掛けの仕組みがわからずに、
四苦八苦したことをどうやら思いだしているらしいが。
「…ロイドって、何やってたのさ」
おもわずそんなロイドの記憶というか心が意図せずに流れこんできて、あきれたようにロイドに問いかける。
そんなエミルに対し、
「そういえば、ロイドって、以前トリエット砂漠のあの設備につかまってたんだよね」
あの場からジーニアス達もレアバードにて脱出したゆえに、あの仕掛けはわかっている。
ゆえに思うところがあるのだろう、ジーニアスもまた呆れたようにため息をついているが。
「では、いきましょう。おそらくこの先に滞在している研究員達がいるはずです」
いいつつ、注意しながらも先をすすんでゆくシュナイダー。
そんなシュナイダーの後を周囲に発生する雷に注意しつつ進んでゆくことしばし。
「?何かしら?あれ?」
ふとリフィルがその視界の先。
すすんでいく道の先に何か白いものがおちているのにときづきふと足をとめる。
「これは…何かの研究所の一部、のようね」
そちらに近づいていきそれを拾い上げ、ぱらばらとその紙をめくりだす。
…まさか、とおもう。
そういえば、かつてもアレがここに落ちていたような。
エミルがふとあのときのことを思いだしていると、まるでその思いを肯定するかのごとく、
「何か書かれているわ。えっと…」
まずい、とおもう。
もしも予測通りならば、ゆえに。
「リフィルさん、それってもしかしてここにいるっていう研究員の人のもちものなんじゃあ?
シュナイダーさんに渡したほうがよくないですか?」
リフィルならば何をかかれているのか完全に解読、理解してしまうだろう。
アレに何が書かれていたのか自分もよく覚えていないが。
自分に対するいろいろな見識がたしか書かれていたはず。
エミルのいい分に、
「どれ?おや。これは、アステルが提出した論文の一部ですね。
アステルはこれをたしかリリーナに渡すといっていましたから。
ふむ、落ちている用紙は数枚、ですか。おそらく困っているでしょう。私が預かっておきますよ」
「え。ええ。あの、シュナイダー院長。あとでそれを閲覧することは」
「興味があるのならば、用件がおわってから研究院にくれば、閲覧していただくことは可能ですよ?」
「では、研究に関係するほかの資料なども…」
「門外不出の論文とかではなければ」
「おお!それはすばらしい!」
何やら盛り上がりはじめているリフィルに対し、
「もう、先生、今はそんなこといってるときじゃないだろ」
「姉さん……」
あきれたようにつぶやくロイドに、ため息まじりに肩をおとしているジーニアス。
「?リフィル様、なんかほんっと様子がおかしくないか?あの鉱山の中でもそうだったけど」
ゼロスがそんなリフィルの変化をみて首をかしげているが。
「…ああなった先生には目を合わさないほうがいいぞ」
ロイドがそんなリフィルから目をそらしつつもいってくる。
「いきましょう。この奥の大階段。その先からがこの神殿の注意しなければならない場所ですし」
この先は常に薄暗く、ブルーキャンドルがなければ視界が悪く、
真っ暗な中、細い足場にて足を踏み外してしまう。
もっとも、夜目がきく種族ならばそんなことは関係ないのだが。
「しかし、この神殿は興味深い。ああ、時間があれば徹底的にここを調べてみたい!」
リフィルが興奮気味に周囲をみわたしそんなことをいっているが。
「しかし…しいな、大丈夫かな?」
さっきからしいなは黙りまくっている。
リフィルの豹変にもいつものように突っ込むことなく。
その沈黙が何やら無理をしているようにしかみうけられない。
それに気づき、ジーニアスが心配そうにつぶやくが、
「信じてやるんだ。俺達が信じてやらないで誰が信じてやるんだよ」
周囲にある何かの仕掛けらしきものに近づいていっては、
シュナイダーにその説明をもとめているリフィルの姿を視界にいれつつ、
ロイドがそんなジーニアスにと言い放つ。
どうやらその言葉はロイド自身にも言い聞かせるつもりでつぶやいているようだが。
「うん。そうだね。しいななら大丈夫だよ」
マルタは自分のせいで誰かを死なせたりしたことはない。
だからしいなの傷はよく理解できないかもしれないが、それでも。
両親もよくいっていた。
誰かが迷っているときは、道を示すより、その人を信じてあげることが一番その人の為になる。と。
だからこそ、マルタもしいなを信じている。
たとえしいながどのような結果をもたらしたとしても。
「美しい信頼関係だなぁ」
そんな彼らの会話をききつつも、ゼロスがその手を頭の後ろにやりつついってくる。
ちなみにいまだに周囲にはひっひりなしに建物の内部だというのに落雷が続いている。
「ちゃかすんじゃねえ!」
そんなゼロスにロイドがくってかかるが、
「ちゃかしてなんかねえよ。もしもだ。今から契約を結ぶのが俺様の仕事だったら。
さすがのロイドくんも手放しじゃ信用できないだろ?」
ロイドの剣幕をさらり、とかわし、そんなことをいってくる。
「ホントだね」
ゼロスの台詞にすかさずジーニアスが反応をしめし、突っ込みをしているが。
「ガキんちょはだまってろっつうの」
そんなジーニアスにすかさずゼロスが突っ込みを再びいれている。
「…漫才?」
そんな彼らの様子をみて、マルタがぽつり、とつぶやいているのがみてとれる。
漫才というよりはじゃれ合っているようにしかみえないのだが。
「ま。そんなわけで。自我ンの積み重ねがうんだ美しい信頼関係だなぁってさ」
「?しいなは仲間だ。当たり前だろ?」
そんなゼロスのいい分にきっぱりといいきるロイド。
そして、
「お前だって仲間なんだし。信用してるぜ。俺」
その言葉には迷いがない。
「ふ~ん」
こいつはあれだな。
甘ちゃんだな。
ぽそり、とうなづいたのち、
小さく呟いたゼロスの言葉はどうやらロイド達には聞こえていないらしい。
「でもさ。こんなところに長くいたら私たちくろこげになっちゃいそうだよね」
そんな彼らの会話をききつつも、ふとマルタが気になるのかそんなことをいってくる。
「それは大丈夫かと。雷は高いところに落雷する性質があります。
我々も調査するにあたり、避雷針をかなり持ちこみしていますし。
上のほうにそれらを設置しているのですが、なかなか完全には至りませんが。
この地下のほうにある水辺には落雷はおちなくなり、
水の中にはいっても感電することはなくなっておりますよ」
「って、水とかもあるのかよ!?」
「水の中に電気がはしれば、それはそれで危険なのではないのか?」
ロイドがのけぞり、リフィルが興味深そうにそんなことをいっているが。
「ええ。もっともそれらをどうにかしたがゆえに、我々も精霊の封印の間。
とよばれている儀式の間まではたどり着くことができているのですがね」
そういって苦笑するシュナイダーの姿。
「しかし、雷がすごいから青白い灯りでもみえるけど。
これ、あれがなかったらまったくみえなくなってるんじゃないか?」
ロイドが今さらながらにこの建物内部の暗さを指摘しそんなことをいってくるが。
「おや。この暗さくらいならば暗いとはいえませんよ。本当に暗いのは闇の神殿、ですな」
「何?!闇の神殿、とよばれる場所もあるのか!?シュナイダー殿!」
リフィルがすかさずその言葉にくいつきといかける。
「え。ええ。闇の神殿は…」
「ああ、もう!先生!今はそんなことより、ヴォルトだろ!ヴォルト!
しっかし、この精霊の封印の場も面倒な仕掛けがおおかったっぽいな~」
これまでの封印の場をおもいだし、すでに第三者の手によって仕掛けが解除れている。
それを見越して考えたとしても、厄介としかおもえないような仕掛けがおおい、
というのはいくらロイドでもわかること。
「たしかに。いつ我々に雷がおちてくるかこれではわからんな」
「ってもよ。まだ精霊と契約してないし。まだつかないのかよ~」
「ロイド、またあきたの?」
「まったく。ロイドったら、始めはいつも元気いいけど、すぐにあきるよね」
エミルにつづき、ジーニアスがあきれたようにそんなロイドに突っ込みをいれているが。
「う、うるさいな!」
「はいはい。無駄話はそれくらいにして。どうやらここからは足場が危険よ」
みれば、扉をくぐった先はどうやら足場があまり広くなく、しかも周囲は薄暗い。
ゆえにリフィルが何やら騒がしいロイドやジーニアスにと注意を促す。
そんな中、
ぽうっとシュナイダーが用意していた蝋燭にと火をともす。
と、淡く青白い光があたりを照らし出す。
ブルーキャンドル、と呼ばれしその蝋燭は、こういった暗闇で使用する代物。
かつて、ディザイアン達がルーメンの影響で暗闇と化していたときに使用していた代物。
注意深く、青白い光をたよりに足場をぬけ、いくつか上り下りする階段を進んでゆくことしばし。
やがて、その部屋をぬけ、がらん、とした部屋にとたどり着く。
そういえば、かつてはここでデクスを追い払うのにリリーナも巻き込んだことから、
マルタがなぜか怒って自分が自分じゃない、と否定の言葉を投げかけてきたな。
ふとそんなことをエミルは思いだす。
自分は自分でしかない、といっておきながら自分の都合が悪いというか、
意図にそわないことがおこれば否定する。
あのとき、マルタも他の人間と同じなのか、と多少の絶望感が襲ったのはいうまでもなく。
しばし進んだ先に、数名の研究者、なのであろう。
白衣を着こんでいる人物が数名、その場にたむろしているのがみてとれる。
「リリーナ。ここにいたのか」
ふと、シュナイダーがそのうちの一人、女性に声をかけると、
呼ばれたであろう唯一の女性がこちらを振り向いてくる。
ポニーテールをしている白衣をきている女性。
「院長!?院長がまたこちらにこられるとは聞いて…アステル!?あなた、いつこっちにもどってきたの!?
たしか、リヒターと一緒に異界の扉や地の神殿にいってみるって……」
リリーナ、と呼ばれた女性がふりむきながらいかけると、
その視線をエミルの場所にてぴたり、ととめて驚いたようにとそんなことをいってくる。
「リリーナ。この子はエミル君といって、アステルではないんだよ」
「え?嘘?そういえば雰囲気が…ごめんなさいね。私はリリーナ。リリーナ・マロリーといいます。
アステル…アステル・レイカーとは同期の研究員よ」
「リリーナはアステルとは同期で、彼女はアステルの一つ上でしてな。
それでアステルが研究所にやってきてから彼のことをよく世話してくれていたのですよ。
アステルのことならば彼女にきけばいろいろと詳しいかと」
リリーナと名乗った女性につづき、シュナイダーがそんなことをいってくる。
確か、リヒターとアステル、そしてこのリリーナという女性の三人で、
精霊研究をしていた、と以前リヒターがいっていたような気がするが。
だとすれば、この女性が、ともおもう。
あのときはあまり詳しく彼女にきくようなことがなかったし、
そもそも精霊としての記憶がなかったのだから聞きようがない。
自分としての自我もまた、自分がアステルなのではないか、と思っていたくらいなのだから。
「それで?院長?何か急ぎの用でしょうか?
ここから先の奥はここ最近さらに空間が不安定になっているのですが」
戸惑い気味にシュナイダーにとといかける。
「あの三色の雷はあのままなのか?」
「はい」
シュナイダーの問いかけにリリーナはこくり、とうなづく。
「?三色の
その台詞がきになるらしく、リフィルが問いかけるものの、
「ええ。本来は精霊がいる、といわれている精霊の間とよばれし場所なのですが。
少し前からかの装置らしきのものの上に三色の電撃が走っておりましてな。
それは孤をえがくように、まるで、そう、ぐるぐるとその装置の上をめぐっていまして。
…まあ、みたほうが早い、でしょうが」
始めは物質化していた様々な色のブロックでしかなかったそれは、
ヒトの手がくわわることにより、ブロック、という固定物から電撃へと、その姿を変えている。
「調べではその奥にも部屋があるのでは…という見識がなされているのですが。
その電撃があまりにもつよく、調べがすすんでいない状態なのですよ」
リリーナにかわり、シュナイダーがそんなことをいっているが。
そもそも、その奥につづいている部屋はセンチュリオン達の祭壇に続く場所であり、
滅多なことでは今は第三者は絶対に立ち入れないように封印を施している。
それこそ、関係者以外が立ち入ろうとしても、まちがいなくはじかれる。
簡単にいえばすこしばかり空間をいじっているがゆえに、先をすすもうとしても、
元の場所に戻される、といった程度の仕掛をほどこしているに過ぎないが。
「しかし、院長。こんな空間が不安定な場所に一般人を招き入れるのは危険なのでは?」
この場にいた別の研究員の男性がそんな会話に割ってはいってくるが。
赤、黄、青、三色の電撃の塊。
それがこの奥の部屋にてみうけられ、行く手をさえぎっているといってもよい。
「不思議とこの神殿の中にいる魔物はなぜか我々研究者達には以前のように、
問答無用で襲いかかってくる、ということはなくなっていますが」
すでにトニトルスの力も満ちており、全ての魔物を支配下にもどしているがゆえ、
基本、魔物は命令に忠実。
そもそもこの神殿にいる魔物達はそれどころでは今はないはずである。
もっとも、それでも彼らの身が危うくなれば自衛はとれ、と常に命じてはいるものの。
「でも、本当によくにているわね。アステルの身内か何かなのかしら?」
リリーナがしげしげとエミルをみつつそんなことをきいてくるが。
「たしかに。雰囲気は異なれど、
まったくほぼ同一人物といっても不思議でないほどによくにてるな。
リリーナにいわれて改めてみてみれば」
その場にいた二人の研究者達もエミルをみてしみじみとそんなこといってきていたりする。
「…それで?この奥にはいける、のかい?」
多少、その声が固く震えているような気がするのはエミルの気のせいではないであろう。
ここから先はひたすらに長い階段が続いている。
この大階段を上った先、最上階の封印の間にとたどり着く。
さらにその奥にもまたまた階段が続いており、その先にトニトルスの祭壇がある。
どうやらこの彼らのものいいから、あの祭壇のことまでは気付かれていないらしい。
「案内してもいいけども…でも、危険よ?」
リリーナの台詞に、
「…危険は覚悟の上。さ。あんたたち…契約が失敗したらすぐに逃げな」
低くつぶやき、そしてロイド達に向き直り、しいながそんなことをいっくてるが。
「契約?まさか、あなた、ここにいるとおもわれているヴォルトと契約を?」
リリーナがそのことに気付き、目を見開いてしいなにとといかけるが。
「しかし、たしか、みずほのしいなは昔…」
「おいっ」
別の研究者がかつてのことを思い出し、それを口にしようとすると、
もう一人いた別の人物があわててその言葉を遮ってくる。
「たしかに。ここがこのようになっているのは精霊に関係している。
それは私たちも常々おもっていることだものね。院長、私も同行してよろしいでしょうか?」
「しかし、リリーナ…」
「精霊との契約。その儀式を直接みることにより、精霊研究もきっとはかどるとおもうのです」
リリーナのいい分にしばし考え込み、
「と。彼女はいっておりますが、どうしますか?みなさん?」
「…あたしとしては、戦えない人がいてほしくはない。
いつ、あのときのようにヴォルトが暴走して巻き込むかもわからんいんだから」
思いだすは、あのときのヴォルトの電撃によって倒れ伏した里の者たちの姿。
「私も研究者のはしくれです。自分の身くらい自分でまもれますわ。
危険を恐れていては真実をつきとめることなんてできないもの」
そんなしいなにきっぱりとそんなことをいってくるリリーナの姿がそこにあるが。
「…っ。どうなってもしらないよ」
どうやら断っても勝手についてきそうな気がする。
ゆえにしいなが吐き捨てるようにそういえば、
「それでしたら、この最上階にある、精霊の間までご案内いたしますわ」
にっこりと、笑みをうかべつつもリリーナがいってくる。
そして、階段を指差しつつ、
「この先、長くつづいている階段の先に部屋があります」
本来ならばそこに至るまでにいくつかの仕掛けがあったりするのだが。
研究する過程においてその仕掛けはすでに幾度も解除されている。
伊達に様々な機材をこの場にもちこんで、調べているわけではない、ということなのだろう。
リリーナに案内され、すすんでゆくことしばし。
やがて、ロイド達もまたみおぼえのある装置らしきものがある部屋にとたどり着く。
その部屋は他の部屋から扉で区切られており、
部屋の両脇に階段があり、その上層部の二階部分に精霊達があらわれる、
ロイド達曰くの封印の場がみてとれる。
「あのように、三色の電撃が常にまわっていまして、あの場に近づけない状態なんです」
リリーナが指差す先。
台座の上にくるくるとまわっている三色の光らしきものがみてとれる。
――トニトルス。
バチリッ。
エミルが目をつむり、命令を発するとともに、一瞬、部屋の中にまばゆい光がたちこめる。
そして、どこからともなく三色の鋭い威力をもっているとおもわれる稲妻が発生し、
それらは直後、
ビシャアアンッ
鋭い音とともに目の前の祭壇の上にと降り注ぐ。
あまりの眩しさに目をつむったロイド達が次に目をみひらけば、
先ほどまでくるくるまわっていた三色の光をもつ電気を帯びた何かはみあたらず。
そのかわりにそれらがまわっていたその場所に巨大な避雷針のようなものがみてとれる。
「…いいかい。本当に失敗したらすぐににげなよ」
固い声でそういい放ち、ゆっくりと、階段を上ってゆくしいな。
そして、装置の前にとたちすくみ、そして大きく息を吸い、
「我が名はしいな!ヴォルトとの契約を望むもの!
我、今、イカズチの精霊に願いたてまつる。我と契約をむすびたまえ。
我が名はしいな。神秘のさと、みずほに伝わりし、古の盟約を受け継ぐものなり。
我が前にその姿をあらわしたまえっ!」
その手に印を結びつつも、高らかに言い放つ。
それはしいながこの地にて七歳のときにもいった口上。
そのようにいうように、と当時いわれた言葉のまま。
しいなの言葉に呼応するかのごとく、
部屋の中を紫色の光が埋め尽くす。
「すごいマナだ…くるよっ!」
ジーニアスが叫ぶとほぼ同時。
バチイッ。
紫いろの電撃が天井より降り注ぎ、避雷針そのものを飲み込み消失してゆく。
バチバチと鳴り響く電撃はやがて、一か所にと集まっていき、
それはやがて一つの塊の姿を成してゆく。
念のために、という理由をつけ、シュナイダーとリリーナは入口付近に待機させており、
そんな二人を護衛がてら、エミルもその場にいるがゆえ、
完全に部屋の中にはいったロイド達とは少し離れている状態。
「あれが…精霊ヴォルト…」
リフィルが祭壇の上、すなわち二階部分に現れているヴォルトをみつつ
そんなことを呟いているが。
紫の電撃をまといし球体にて、その球体の中に目らしきものが二つ、色違いにてみてとれる。
その真っ赤な二つの目らしきものは、常に目の前をじっと睨みつけている。
相変わらずどうやら不機嫌であるらしいが、そもそも自分がこのような姿。
すなわち人の姿を模していることも、ヴォルトからしてみれば信じられないらしい。
彼曰く、どうして裏切った人の姿を模しているのだ、と。
トニトルスを覚醒させにきたときにそのようにヴォルトからいわれている。
まあ、外を出歩くにあたり、無難な姿がこの姿、すなわち人の姿のほうが都合がいい。
という旨は一応伝えてはいるがどうやら完全に理解しきれていなかったことを思い出す。
ヴォルトはその視線をふとエミルにむけ、
ぽつりと、
「クユムグ……」
小さく何やらそんなことを呟いているが。
というか、こちらをみて王、と呼ぶなど、正体を彼らに気取られかねない行為ともいえる。
「あれが…雷の精霊…ヴォルト。近づいてよく観察してみたいけども、危険・・・のようね」
実際、入口付近にまるで電撃のカーテンのように、その進路を遮るかのようにして、部屋につづく箇所。
すなわち、エミル達がいる場所と、ロイド達がいる場所。
稲妻の光のカーテンによってバチバチと遮られていたりする。
エミルからしてみればこれは別に問題ない程度、なのだが。
人が触れればまちがいなく気絶、もしくはショック死に至る程度の電流。
「エミル達と電撃のカーテンで遮られたのが気にはなるけども…」
ちらり、と背後を視つつ、それでいて、
「つまり、退出もできない、というわけね」
それはすなわち、退路が絶たれた、という証拠。
「いよいよだな」
ロイドが心配そうに二階部分をみあげてしいなの同行を身守りながら声をだす。
そんな中でもバチバチと音をたてつつ、絶えずヴォルトの体の色は変化している。
「・・・・・」
それとともに、音律のような何かの音らしきものが周囲にと響き渡る。
どうでもいいが、人間よ、立ち去れ。とはないとおもう。
「エワワンプティ イムルヤ ワエムワンルルエティウイム エティ ルンエスティ」
――せめて破棄だけは受け入れろ
それはため息。
まあヴォルトの人間嫌いはともかくとして。
人が契約せしことによって生じている精霊達の楔。
その楔を解放するのまた人による契約によるものでしかない。
ヴォルトのそんな様子を視線の先にと認めつつ、ぽつり、とつぶやくエミル。
一方。
「…っ!まただ!昔と同じだよ!こいつは一体、何をいってるんだ!?」
二体の精霊と契約を結んでいるのだから、今度はわかるかもしれない。
そうおもい、この契約の儀式に赴いたが、やはりしいなにはその言葉はわからない。
たしか、古代エルフ語、とかリフィル達がいっていたが、しいなにはやはり理解不能。
「落ち着きなさい!私が訳すわ。
『我はミトスとの契約に縛られるもの。二度の来訪をしてきた人間よ。
お前は何ものだ?また我に絶望を届けにきたのか?
我は雷を支配するもの。愚かな人間よ、立ち去れ』」
混乱し思わず叫んでいるしいなをみかね、リフィルがびしゃり、と
二階にいるしいなにむけて叫びつつもその言葉を翻訳する。
「古代語…しいな、古代語だよ!ヴォルトはエルフの古い言葉を本当につかってる!」
ジーニアスにもその言葉が理解でき、しいなにむけて思わず叫ぶ。
たしかに、何かの雑音程度にしかきこえないであろう。
その言葉はかなり複雑で、かつてのエルフ達もまた嘘かまことかわからないが、
動植物と言葉を交わすために使用していた、ともいわれている原語。
「やはり、前回の契約が失敗したのは古代語が理解できる人間がいなかったせいね」
説明をうけたときからそうではないか、と確信をもっていたが。
ここに至り、やはり、という思いをリフィルは強くする。
「しかし、ここでもまた、やっぱりミトス、なのかよ」
精霊達がいっていた。
ウンディーネにしろシルフにしろ、ミトスとの契約に縛られている、と。
テセアラ側の精霊も同じようなことをいっていることからして、
「…本当に世界はもともと一つ…だったのかな?」
今さらといえば今さらながらの疑問をふと口にしているロイドの姿がみてとれる。
どうやら本格的には、あれほどの証拠、地図などを示したというのに、完全に信じ切れてはいなかったらしい。
「リフィルさんとジーニアスがエルフの血をひいているから。だからあの言葉が理解できるんだ」
マルタが感心しそんなことをつぶやいているが。
ちなみに、マルタは契約の儀式がきになったのか、ふらふらとリフィル達のほう、
そちらに歩いていった直後、雷のカーテンがかかってしまったがゆえ、
エミルとは電撃のカーテンを隔ててわけられており、
ゆえにエミルに近づこうにも今現在、マルタは近づけない状態となっている。
もっとも、あいかわらずその頭の上にちょこん、とシヴァがのっかっているがゆえ、
何か不足なる事態がおこてもシヴァが大体対処するであろう。
頭の上、もしくは肩の上に子猫がのっている、という状態にたいし、
誰も突っ込みをいれないのは、そのような格好をしているものは、
ここテセアラ、特に研究院においてはよく見受けられる。
それゆえにマルタは突っ込まれていないにすぎない。
そしてふと、
「ミトスって、なんかすごいんだね。
テセアラとシルヴァラント、両方の精霊と契約しているってことですよね?これって」
マルタが横にいるリフィルに確認をもとめて何やらいっているのがみてとれるが。
「ええ。そうなる、わね。でも判らなくもないわ。
精霊達によって世界が二つに分けられているのならば」
ウンディーネがいっていた一年ごとのマナの循環、その契約がたがえられている。
その台詞をリフィルは忘れてはいない。
彼らがそんな会話をしているそんな中。
「我はしいな。みずほの里につたわりし、召喚の資格をもつものなり。
ヴォルトがミトスとの契約を破棄し、我と新たな契約することを望んでいる」
しいなの言葉に従い、バチバチとした電撃がヴォルトの体から放たれる。
そして。
「・・・・・・・」
「ミトスとの契約は破棄された、といっているわ」
その後に、王がいうのであるから仕方がなくだが、といっているのが気にかかる。
そこまでリフィルは気にかかるがゆえに翻訳していないが。
エミルからしてみてみ、ヴォルトのやつ、余計なことを、という思いがあり、
その言葉を発したときに、きっとヴォルトを睨みつけている。
その睨みをうけ、ヴォルトが一瞬、その気配をうけひるんだことに気付いたものはまずいない。
「ヂムティ セティ ティアン ンズワンススウヌン テスアウムグ」
――余計なことはいうな
念のため、一応もう一度ヴォルトには忠告しておく。
小さくつぶやいたその台詞にきづいたのはゼロスのみ。
ゆえにすこしばかり眉をひそめ、その視線をエミルのほうにとむけてくる。
「でも……しかし、私はもう契約を望まない…ですって」
一瞬、その動きをとめたかとおもうと、ヴォルトから紡がれた言葉は否定の言葉。
リフィルのそんな翻訳をきき、
「!」
あきらかにその場にて硬直し、そして。
「ど、どうして!」
悲鳴に近い声をあげているしいなの姿がみてとれる。
「・・・・・・・・・」
「二度と人とかかわりはもたない。だから契約は望まない……え?
…あの御方や我らを裏切ったヒトとは二度と契約は望まない…?」
その後につづいた言葉の意味は、どういう意味なのか。
「?どうかなさいましたか?」
「え?いえ、なんか素直にいきそうにないな~って」
「何か契約を精霊が拒否してるっぽいですね」
盛大にため息をついたエミルの様子に気づいたのであろう、
シュナイダーがそんなエミルを気遣いといかけてくるが。
エミルからしてみれば、そう、としかいえない。
余計なことをいうな、といったのに、いろいろと思うところがあるらしく、
これまた余計なことともいえることをいっているヴォルトの台詞。
これでため息をつくな、というほうがどうかしている。
まあ自分を名指ししていないだけましとはいえ。
リリーナもそんなやり取りが聴こえているらしく、
何やら不穏な気配を感じ取り、そんなことをいってくるが。
エミル達がそんな会話をしているそんな目の前においては、
「それじゃあ、こまるんだ!」
問答無用、とばかりに符を構え、臨戦態勢をとるしいな。
「しいな!むちゃするなっ!」
はっとそれにきづきロイドが叫ぶが。
その直後、
「いけない!姉さん!」
「わかっていてよ!」
急激にマナがより強くなる。
それとともに。
ピシャァァン!!
ヴォルトの体から四方八方にむけて強力な電気…すなわち、稲妻が繰り出される。
それらはまるで生きているかのように、しいな、そして背後というか、
一階部分にいるロイド達にむかってゆく。
不思議なことにその電撃はエミル達の前にある光のカーテンに遮られ、
エミル達がいる場所にまで届くことはないにしろ。
そのあまりの威力にその場から吹き飛ばされているロイド達。
どうやらリフィルの防御術も間に合わなかった、らしい。
唯一、シヴァが咄嗟的にマルタの周囲にだけ防壁をはっているのがみてとれるが。
「ふむ。…マルタ、今のうちにこっちに」
「え?エミル、え?え?皆!?」
マルタが思わず目をつむったのち目をひらけば、ロイド達はそのあたりに倒れ伏している。
「シヴァの防壁が有効なうちにここをくぐらないとマルタもこっちにこれないよ?」
「え?え?!」
何が何だかわからない。
ないが、一つだけわかることがある。
それは。
「皆は!?」
「大丈夫。ちょっと衝撃派で吹き飛ばされただけ、みたいだしね」
そもそも自分とともにいる彼らを本気でヴォルトが殺そうとするはずがない。
そんなことをすれば自分がまちがいなく表にでてくる、とヴォルトもわかっているはず。
これは牽制。
力でしか物事を推し進めようとしない人間達にたいしての、ヴォルトなりの牽制。
「あ…あ…あああああっっっっっっっっっ!」
突如として発せられた電撃。
視界を埋め尽くすほどの光りと音。
それはかつての出来事をしいなに思い出させるのは十分すぎるほど。
脳裏にうかぶは、同じようにヴォルトが電撃を発し、そして、そして。
はっとして背後を振り返り、そして階段の下。
すなわち、祭壇の下にいるであろうロイド達に視線をむけたしいなが目にしたもの。
光のカーテンの向こうにいるエミル、リリーナ、シュナイダーはともかくとして。
真下のあたりにいるロイド、ジーニアス、リフィル、そしてゼロスまで。
ことごとく床に倒れ伏している様子がみてとれる。
ゼロスに至っては倒れている、というよりは壁のあたりにまで回避して飛びのいている、
というのが正解のようであるが。
彼らが倒れ伏している光景が、かつての出来事としいなの脳の中で重なりをみせる。
あの一撃により、ほとんどのものが命を落とした里のもの。
そして
【逃げろ。しいな。お前だけでも。今回の契約は失敗じゃ!】
そういって自分を逃がそうとし電撃を直接くらった頭領イガグリの姿。
「み…みんなっ!これじゃあ、あのときと…あのときと同じじゃないか…いやぁっ!」
すでにしいなの中では皆、あのときと同じく死んでしまった。
そんな思いがよぎっており、後のことはまったくもって考えられなくなっていたりする。
少し考えればわかるであろうに。
当時はこの部屋に充満していたであろう肉の焼け焦げる匂いも何も、
今、この部屋そのものには満ちていない、ということが。
つまり、それは致命傷にはいたっていない、というあきらかな証拠である、ということが。
そのまま、その場にとがっくりと膝をつく。
「しいな。しいな、しっかりして。まだ皆、死んでないから、しいな!」
そんなしいなを心配し、姿を現した孤鈴がしいなをなだめるが。
そんな孤鈴の声もしいなには届いていない、らしい。
「・・・・・。・・・っ!」
――ヴェリウス。邪魔をするな。なぜ汝が一人の人間に肩入れする!
ヴォルトから発せられる声は孤鈴にむけて。
「僕はコリン!しいなの…しいなの一番の親友、だっ!」
「・・・・・・・・!」
――この人間、よもやヴェリウスに何か…ゆるせん!
そういい、バチバチとその力をため、一気にその力を解き放とうとする。
ヴォルトの体がひときわ輝くのと、コリンが気付き、しいなとヴォルトの間に割ってはいるのとほぼ同時。
バチバチバチイッ。
鈍い音とともに、何かに電撃が直撃した音が鳴り響く。
はっとしてしいながそちらをみれば、電撃につつまれている孤鈴の体。
やがて、その小さな体はひくり、と痙攣し、どさり、と床にちおちてゆく。
「コ…コリン!?あんた…コリン、なんてことをっ!」
何が起こったのかすぐには理解できなかったが、はっとわれにともどり、コリンの元にとかけよるしいな。
「コリン、しいなのこと、守れたよ……」
「しゃべならいで!コリンっ!」
しいながコリンを抱き上げようとするが、その手はするり、とコリンの体をすり抜ける。
ヴォルトのマナをうけ、孤鈴の体を構成していたマナが剥離している証拠。
ゆえに今、実体を失いつつある孤鈴の体にしいなは触れることができない。
「コリン!いやだ…いやだ、いやだ、いやだよ!」
「しいな…ごめんね…コリン…約束…守れそうに…ない…
けど、しいなが今度は皆を…コリンのときみたいに助けてあげて…ね?」
何が起こったのかロイド達も理解できず、意識を取り戻し、
階段を駆け上がっていったロイド達がめにしたのは、
ひっしにすりぬける小さな孤鈴の体を抱きとめようとしているしいなの姿。
「…孤鈴はおそらく…しいなをかばったんだわ」
「じゃあ、コリンはどうなるの?姉さん…」
ジーニアスの不安そうな声にリフィルは静かに首を横にふるのみ。
孤鈴は人工精霊だ、といっていた。
本物の雷の精霊のマナをうけ、実体が保てなくなったのであろう。
リフィルの予測を裏付けるように、電撃をまともに喰らったコリンの体は、
しばらく空中でびりびりと震えていたが、床にとおち、今にも消えそうになっている。
「しいな!?しっかりしろ!」
ロイドがしいなにと呼びかけるが、
しいなの目にはヴォルトは目にはいっておらず、今は孤鈴しかうつっていないらしい。
再び電撃を繰り出そうとするその攻撃を、
「バリアー!!」
リフィルが繰り出した術によってかろうじて防ぐ。
「しいな、ヴォルトは人間を信じられなくなっているだけ。ちゃんと誓いをたててもう一度契約してごらんよ。
しいななら…できるよ。だって、しいなは、コリンを…」
「しゃべらないで!コリン!リフィル!孤鈴に早く治癒術を!」
「…もう、実体をたもてない…しいな、これ以上、力になれなくて…ごめんね…」
抱きとめようとするが手はむなしく擦りぬけるばかり。
かろうじて首をあげて言葉を紡いでいた孤鈴の体がくたり、と床にと横たわる。
「死なないで!コリン!…い…いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
神殿の中、しいなの絶叫が響き渡る。
それとともに、しいなの目の前において、孤鈴の体が光を帯びる。
それは光の粒子となり、きらきらと周囲にただよってゆく。
「っ!」
しいなの中に流れ込んでくる孤鈴の記憶。
その記憶はしいなだけでなく、その場にいたロイド達全員の心の中にと流れ込んでゆく。
「コリン…いやだ、こんなのいやだよ…いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
流れ込んでくるコリンとの思い出。
その心はその場にいるヴォルトにも流れ込んでいっている。
きらきらと光り輝く粒子は部屋全体を包み込み、
そこにいる全てのものにまとわりつくように、それでいて彼らの器を擦りぬけてゆく。
「そんな…まさか…
茫然としたようなリリーナの台詞。
さずかにしいなの絶叫をうけ、何がおこったのか理解した、らしい。
もっともその理解はすこしばかり彼らがおもっているのとは違いがありはすれど。
ようやく、満ちたか。
あの光はまさにヴェリウスそのもの。
仮初めの器を失ったことにより、ヴェリウスが本来の姿を取り戻していっている。
それがわかるがゆえにエミルは動じない。
もともと、あの
仮初めの姿でしか、ヴェリウスにとってはなかったはず、なのだから。
そう、自分がこの姿…エミル、としての姿を模しているのと同じように。
そしてその光はエミル達のほうにも漂ってきて、そのままそれぞれの内部へと吸い込まれてゆく。
どうしてあのような仮初めの器に至ったのか、これまでのヴェリウスの経緯。
その流れがラタトスクにも手にとるようにと伝わってくる。
「…ヒトが行いし愚かな実験も、ときとしては役にたった…か」
それは呟き。
愚かでしかないが、それにより、その存在のバランスを失いかけ、
一時消滅しかけていたヴェリウスをかろうじて繋ぎとめたのは、
他ならぬ、愚かなる人工的に精霊を産みだそうとしていた人々の心。
精霊をつくり何かに利用しよう、とかでなく純粋に、ただひたすらに。
自分達で精霊を産みだしてみたい、という思いから彼らは研究をしていたらしい。
生み出した精霊で何かをしでかそう、とかそういう邪な考えが一切なかった。
だからこそ、ヴェリウスが器にすることができたのであろう。
光にも闇にも偏っていない力の場を器とすることで。
精霊研究所の中にあった小さなカプセル。
その中で眠っていた小さな動物。
それが、そこからでることすらままらななかった、ヴェリウスと、
すでにそのときには自らの力と記憶を失っていたようだが。
そこにてしいなと初めてであったのが二人の出会い。
精霊研究所に連れられていったしいなが引き合わされた精霊。
何のきになしにしいなが近づき、何のきなしに名をつけた。
それによって、契約が完了し、
名をつける、ということはみずほの里につたわりし術の一つにもありしもの。
仮初めの名をつけることにより、その存在を縛り、使役する。
ゆえに、一つの個として独立し、本来の姿を失念してしまったヴェリウスの在り様。
その中から出せば消えてしまう、といわれていた小さな命。
それぞれにと流れ込んでゆく、しいなとコリンとの出会い。
そしてこれまでの、しいなとの思い出。
それはまるで映像のように、一瞬のうちにロイド達を含め全員の心の中に満ちてゆく。
それはほんの一瞬のことでしかなかったが。
はっと我にもどったようにそれぞれを見渡すロイド達は、
それぞれがどうやら同じ光景を視た、ということに気付いたのか、戸惑い気味。
しかし、今は今の光景が何なのか、詮索している時ではない。
「先生!」
「わかっていてよ!とにかく、今はしいなを!」
ロイドの言葉をうけ、再び術を展開し、電撃を防ぐべく術を解き放つリフィル。
「ゼロス!おまえはしいなを安全な場所へ!」
「はいよ」
すでに孤鈴の体は完全に光の粒となり、その場にのこされたは
孤鈴がしいなに縁日でかってもらった、という首につけていた鈴のみ。
持ち主がいなくなった鈴が、チリン、と音を奏で出す。
それは、しいなが迷子になったときのために、という理由で買いあたえたもの。
「コリン……」
しいなはただ、茫然と孤鈴の名をよび、鈴をにぎりしめる。
消えてしまった孤鈴の体。
まるで、そう先ほど孤鈴を抱きしめることができなかったかわりのように。
「あ、あたしも戦うよ……」
ぎゅっと鈴を握り締め、流れ出る涙をどうにか袖でぬぐいつつ、
しいながそういうが、その声はどこかかすれている。
「今はいい」
そんなしいなにぴしゃり、といいきるロイドの姿。
「でも」
まだ、ヴォルトとの戦いは終わっていない。
また、いつヴォルトが暴走してくるかわからない。
今はどうやらヴォルトも沈静化しているようだけども。
そして、ふときづく。
ロイド達はあの一撃で里の仲間のように死んではいなかったのだ、ということに。
本当にいまさら、なのかもしれないが。
仲間がまだ無事で戦おうとしているのに自分だけ逃げだすなんてできはしない。
今は何かをしていなければ、心が押しつぶされそうになってしまう。
今のは悪い夢なんだ、そう思いたいという思いもある。
そんなしいなの思いを知ってか知らずか、否、まちがいなく気付いていない、のであろうが。
「何のために仲間がいる。俺にそういってくれたのはお前だろ?
俺はお前を信じてる。だからお前も俺を信じろ。だから、今は…いい。皆、いくぞ!」
「おう」
「いきますっ」
「仕方なかろう。今のしいなには少しの休息が必要だ」
「ゼロス、しいなを」
「わあてるって。いくぜ、お姫様」
それぞれ身構えはじめるロイド達。
そんな中、ひょいっとしいなを横抱きにして壁際にとよけているゼロスの姿。
「まったく攻撃が通じてませんね」
「ふむ。興味深い…精霊には術も剣も通じない、ということですかな」
ロイド達がそれぞれに攻撃を繰り出すが、ヴォルトにはかすりもしない。
それどころかヴォルトの放つ電撃で、なかなかヴォルトそのものにすら近寄れていない。
それでも先ほどまでの強い電撃を放っていないということは、
今のヴェリウスの記憶にヴォルトも少しばかり思うところがあったらしい。
これで少しは人間、というものを、嫌悪するだけ、ではなくて見直すことをしてくれれば。
エミルがそんなことを思っている最中、
「……お前を守っていけたんだ。あいつも本望だろうぜ」
いつのまにか、エミル達のいる場所。
すなわち光のカーテンの真横にあたる壁際にまで移動してきていたらしい、
ゼロスがしいなをその場にゆっくりと下ろしつつも、しいなにそんなことをいっている声がきこえてくる。
「そんな……」
ゼロスの台詞にしいなは何ともいえない。
流れ込んできたコリンの思い。
そして願い。
楽しかった、という思いが嫌でも伝わってきた。
まるで、そう。
死者が死すとき過去のことをすべて回想することがある。
まさにそういわれていた現象のごとくに。
それでも、しいなは認められない。
自分がふがいなかったせいで、コリンが。
先ほどの今ですぐに気持ちを切り替えることがしいなにはできそうにない。
「……人工精霊なんてもので生み出されて。
研究所で一生を本来ならば終えるところを
お前と出会えてがらりとからったんじゃないか?あいつの一生も。
自分が存在する上で希望だったはずだぜ。そのお前が前を向かないでどうするっていうんだよ」
チッリン。
まるでゼロスの言葉に答えるかのように、何もしていないのに、
しいなのもっている鈴が鳴り響く。
――ねえ、孤鈴。あたしはずっと一人ぽっちだった
――でも。もう違う。ありがとう
――コリンこそ、ありがとだよ
――ずっと、一緒だよ
――ずっと、一緒
それは、しいなと孤鈴が出会い、そして晴れて外にでたときの記憶。
しいなが孤鈴の主とみとめられ、
孤鈴の精霊としての適性をみるために、しいなと共に外にでることを許されたときの記憶。
まるで、鈴の音に反応するかのごとくに、しいなの脳裏にそのときの思いでがよぎってゆく。
――ごめんね。しいな、コリン、約束守れない。もう、一緒にいられない
それとともに、しいなの心にと響いてくる孤鈴の声。
――嫌だ
それは拒絶。
孤鈴がいなくなるなんて冗談じゃない。
耐えられない。だからこそ否定する。
――大丈夫だよ
大丈夫、というが何が大丈夫なものか。
コリンがいなくて何が平気っていうんだい。
――もう、しいなは一人ぽっちじゃない。孤鈴がいなくなっても……
嫌だ、いかないで。あたしには孤鈴しか
――ちがうよ、しいな。しいなの周りには、ちゃんと…
心に響いてくる声に心で必死に答えようとしているのに、
コリンからは、否定の言葉、すなわち別れの言葉しか聞こえてこない。
「よし。リーガル。先生。電撃がとぎれたら一気にまわりをつめるぞ」
ふと、しいなの耳にロイドのそんな声がきこえてくる。
はっとしてみれば、どうやらロイド達はいまだにヴォルトと戦っているらしい。
もっともこれ、といったダメージはまったくもって与えられてないようではあるが。
チリッン。
さらに鳴り響く孤鈴の鈴。
しいなはその鈴を握り締めているだけで何もしていない、というのに。
「!?」
――違うよ、しいな。違うよ。しいなの周りにはちゃんと…
「くそ。やっかいなやつだぜ!」
「ちょっと!ゼロス!何さぼってんのさ!」
「はいはいっと」
ジーニアスの声をうけ、ゼロスもまた、たんっと床をけったのち、
くるり、と空中で一回転したのち、ヴォルトに剣の一撃をたたきこむ。
といっても、その攻撃はヴォルトを抱擁する電撃によって無効化され、
そのままはじかれるようにして攻撃は一つもヴォルト本体には届いていない。
まるで、コリンがそこにいるような。
前にすすめ、といっているかのような鈴の音。
――違うよ。しいな、しいなの間をりには、ちゃんと…ちゃんと、仲間がいるじゃない!
その声は、間違いなくしいなの心にと響いてくる。
コリンがそう、しいなにいつものようにいいきっていたときのように。
ぎゅっと鈴を握り締め、そして、一歩前に足を踏み出しつつ、
「舌回す余裕があるなら剣の一撃でもたたきこんでやりな!」
悲しむのはいつでもできる。
今は、自分のすべきことを。
そう、だろ?コリン。
――それでいいんだよ、しいな
しいなはその声を気のせい、とおもっていたであろう。
が、真実は異なる。
最後の
「くそっ。剣も術もダメ…どうすれば……」
相手に徹底的なダメージをまったくもってあたえられない。
「ウティ アエス ブンム フウルルンド ンムイオグア エティ ティアン ティウトゥン」
――時は満ち足り
それまでずっと目をつむっていたエミルがすっと目を開き、静かに言葉を紡ぎだす。
歌のようなその旋律は、静かに、それでいて建物全体に、
意図することなく朗々と高らかに、それでいて低く響き渡ってゆく。
リィィン。
それとともに、ひときわ大きく鳴り響く、しいなの手の中に握られた鈴の音。
――しいな、私を強く想って。
それとともにしいなの心に響いてくる孤鈴の声とおもわしきもの。
だけど、何かが違う。
けども、これはコリンだ、とおもわざるを得ない声。
チリィィン。
さらに鳴り響く鈴の音。
一体何ごとか、とおもい、ロイド達も思わず攻撃の手をとめ、しいなのほうをじっとみていたりする。
何もしていないはずのしいなの手の平の中で、孤鈴の鈴が鳴り響いている。
――私を強く想って
そんなの、いわれなくてもずっと、私は、孤鈴のことをっ!
「
声に促されるがままに、感情のままにしいなが叫ぶ。
その求めてやまない、その名前を。
と。
ズザァァッ。
それまで周囲に漂っていた無数の光りが瞬く間に一か所にと集まってゆく。
「こ、これは?!」
「何が!?」
マナが急速に集まっている。
この光の粒はマナの塊だ、と自覚はしていたが。
何がおこるのか、ジーニアスにもリフィルにも理解不能。
そしてまた、目の前で何がおこっているのかロイドやリーガル、そしてプレセアにも理解ができない。
少し離れているがゆえ、現実に何がおこっているのか、
リリーナやシュナイダーはそこまで詳しくは理解していない。
光は集まり、やがて一つの形を成してゆく。
七つのふさふさとした尾がふわり、と揺れる。
青と緑を主体とした七つの尾に、その体の色は黄色。
その手足の色もまた青で、その顔立ちは狐のごとく。
「――ようやく目覚めた、か」
『ラタトスク様』
心地よい、覚えのある声が聞こえてくる。
『ヴォルトを説得する許可を』
響いてくる声に対し、
「ウティ エルルイバス」
――許す
目を閉じ、許可の言葉を紡ぎだしたエミルが一瞬見開いたその瞳の色は、深紅。
だがしかし、傍にいるリリーナもシュナイダーもその変化に気づけない。
自分達が手だしできない電撃のカーテンの向こうの光景に目を奪われ、
自分達の近くで起こっている変化に気付くことができていない――
リッン。
そのあらわれた【何か】の首元のスズが音を奏で出す。
いつのまにかしいなの手に握っていたはずのスズは消えており、
まったく同じ品が、大きさをかえて目の前の何か、の首元にとつけられている。
その姿をみて思わずエミルが口元に笑みを浮かべたのに気付いたものはおらず、
何がおこったのか理解できずに戸惑い気味にそちらを凝視している人間達の姿がみてとれる。
「こ…リン?」
姿も、雰囲気も何もかもが違うのに。
なぜだかしいなは目の前のこの狐のような何かがコリンだ、という変な確証がある。
ゆえに茫然、として思わずつぶやく。
そんなしいなをちらり、とみたのち、
「しいな、召喚を司る民の末裔。私に人の心を示したもの」
その紡がれる声は
「コリン…じゃ、ない、のか?」
とまどったようなしいなの声。
「求め、笑い、泣き、怒り、戦い、守り、愛し、憎む」
それは人の心を構成せし心の一部。
「?何をいってるんだ?」
あまりの事態にロイドもついていけないのか、戸惑い気味に声を発しているのがみてとれる。
それらがバランスを保つことにより心の精霊たるヴェリウスは存在していたというのに、
そのバランスがかの争いの中で崩れ、怒り、悲しみ、といった負の感情ばかりが満たされていっていた。
「…人の心、とはこれから先も私に何を与えるのでしょうか」
それは独白に近いヴェリウスの呟き。
「あなたは…精霊、ね?でも、孤鈴とはまた違う感じだわ。
むしろ、そこにいるヴォルトやそう、シルフやウンディーネのような……」
マナの在り様からして、完全なる精霊であることがうかがえる。
注意深くといかけるリフィルの台詞をきくとともに。
チリッン。
再び首につけている鈴が音を奏で出す。
「…あなた達の心、見せてもらいました。不安、後悔、焦燥、孤独。
さらにはそれに負けないほどに希望、勇気、愛にと満ちている」
このような存在に近いものをヴェリウスは知っている。
消えかけていたとはいえ、彼の心はヴェリウスの存続に一役買っていた。
全てが狂ったのはあのとき。
マーテルが害されてから後。
「あなたは、いったい?」
茫然としたようなマルタの問いかけ。
そんなマルタの問いにしばし目をとじ、そして。
「私は心あるモノを見つめる存在。誰とも契約せず、何ものにもしばられぬもの。私が司りしは心。
この世界に存在する全てなる心を司りし、そして身守りしもの。私は……」
「・・・・っ!」
――ヴェリウス!
それまで黙っていたヴォルトが口を開く。
そんなヴォルトを一瞥し、
「まったく。ヴォルト。あなたはいつまでたっても子供ですね。
いくらあのミトス達に裏切られたとはいえ、この子供達にその癇癪の矛先をむける。
それは間違っているとはおもわないのですか?」
あきれたように、ヴォルトにむけて淡々とヴェリウスが言い放つ。
「・・・・っ!?」
「心の精霊たる私が彼らに加担するのか?ですって?
ならば、問います。私は心を司りしもの。あなたとてわかっているはずでは?
……まさか、あの御方とは私もおもいませんでしたが……」
いいつつ、ちらり、とその視線をエミルにとむけてくる。
兆候は多々とあったのだと今ならば判る。
自分の本質がわかっていないから理解できていなかっただけ。
自らの力を取り戻させるほどのマナを供給できるもの。
そんな存在が普通の人間であるはずがない、と少し考えれば理解できたであろうに。
だからこそ、ヴェリウスは自分自身に苦笑せざるを得ない。
ヒントは常にそこにあったのに気付けなかった自分に対し。
というか、なぜあの地から地上にでてきているのか、という驚愕のほうがはるかに強い。
まか地上にでてきているなどとは思えるはずもなく、
ゆえにその可能性を無意識のうちに否定していたことも否めないにしろ。
そして、しばし再び目を閉じたのち、
「あなたが今、していること。あの御方の意思に背くことなのでは?どうです?ヴォルト?」
「・・・・・・・・・・・!」
ヴェリウスの指摘はまさに図星。
ゆえにヴォルトが図星をさされ、それでもしかし、と反論するも、
「しかし、も何もありません。どうやらあなたにはそれなりの説教が必要のようですね」
それに、とヴチェリウスは思う。
すでに許可は得た。
「コリン…じゃ、ないのか?ヴェリ…ウス?でも……」
姿は違えどもなぜだろう。
目の前のこのヴェリウスと名乗った精霊がコリンだ、となぜかしいなは確信がもてる。
だからこそとまどわずにはいられない。
先ほど、自分をかばってきえたはずの…孤鈴(コリン)なのだ、と。
「
私の名は…ヴェリウス。
仮初めの器。
ふとしいなはかつてのことを思い出す。
そういえば、ウンディーネのあの契約の場のときに。
水の精霊ウンディーネは孤鈴をみて何といっていた?
たしかに、今の名…【ヴェリウス】の名を呼んでいた。
今は
「仮初めの器って……しかも、死んだって、でもあんたは…」
死んだ、というが、今ここにいるのはならば何だというのだろうか。
その言葉に引っかかりを覚え、しいなが問いかけようとするが。
「今はそんなことよりも。しいな、
ヴォルトは人間とのかかわりをなくそうと、人間のことを信じられなくなっています
ですが、力を示せば、あなたならもう一度ちかいをたてれば契約できるはず」
さらり、と軌道修正を施すかのごとくにそんなことを言い放つ。
「?よくわかんねえけど、けどコリンなんだろ?」
ロイドもよくわかっていないらしい。
一方で、
「仮初めの器…まさか…まさか、本来の精霊が人工的に作られた器に、
その精神体を閉じ込められてあのようなありようになっていた、とでもいうの?」
リフィルが何かに気付いたのかそんなことを一人ぶつぶつとつぶやいているが。
「確かに。私は
精霊でありながら、私の本質。心の精霊として。
……最も誰よりも他の精霊とくらべ、ヒトの心に接してきた精霊、といえるでしょう。
人の心がバランスを失い、地上にいきるものたちの心のバランスが崩れ。
私は私でなくなりかけ、消えかけていました。
そんなとき、力を失い、消えそうであった私をヒトの心が繋ぎとめました」
しいなによって名をつけられ、それはより強固なものとなった。
あのままきえていれば、次に実体化できるのはどれくらいの年月を要したかわかったものではない。
心を司りし精霊であるがゆえに消えはしない。
が、実体化する力を失っていたのはまた事実。
「――私は心の精霊、ヴェリウス。この地上にいきる全てのいきとしいけるものの心の精霊。
あらゆる生、負の感情が私を心の精霊、として成り立たせているのです」
そして、その心とは精霊もまた含まれる。
もっとも精霊同士の場合、当事者の許可がなければいくらヴェリウスとはいえ、
その内部に踏み込むことはできはしないが。
それ以外の存在に対しては、自在にヴェリウスは心に侵入することも、また操ることすらできる。
それがヴェリウスという精霊。
「・・・・・。・・・!」
――消えそうになってもなお、人間の味方をするというのか、ヴェリウス!
ヴォルトが叫び、ヴェリウスに何やらいっているが。
そもそも、ヴェリウス、という精霊の理を考えればいくらヴォルトでもわかるであろうに。
どうやら怒りにまかせ、そのあたりのことすらをも失念してしまっているらしい。
確かに。
そうおもうが、しかし、それでも。
「ティアンヤ ブンティ ディエヤンド」
――確かに、彼らは我らを裏切った。
しかし、それでも。
「ヴォルト」
低く、それでいてよく通るエミルの声が、ロイド達のいる場所にも届いてゆく。
それはいつものエミルの声でなく、聞いているだけで何となくではあるが、
自然と身ぶるいがなぜかはわからないが無意識のうちにでてしまうような、そんな声。
しかし、その声の持ち主がエミルだ、となぜか確認しないまでも納得できるような。
そんな声。
「…っ!」
びくり、とその言葉に反応し、ヴォルトがその身を硬直させる。
「しいな。いきますよ。ヴォルトの契約に必要なのは証。
契約者に相応しいか、その心とその力の証を立てる必要があります」
そこまでいい、
「しいな。あなたがヴォルトに願うことは何ですか?」
判ってはいるが、さならる問いかけ。
「あたしは……今、この瞬間にも苦しんでいる人達の力になりたい。
あたしを命がけでまもってくれていた皆のためにも。
みんながすむ二つの世界をたすけてあげたい」
自分が呆けている間も、ロイド達はヴォルトの相手をしてくれていた。
その一撃で死ぬかもしれない、としっていて、なお。
それに、シルヴァラントの人々はとても暖かかった。
だからこそ、助けたい。
シルヴゥラントの人々も、そしてテセアラの人々も。
それはしいなの本音。
「だ、そうですよ?ヴォルト。この願いをきいてもまだ、
彼女には契約の儀式を行う資格がない、とでもいいますか?」
ヴェリウスの問いかけにそれまで荒ぶるようにして周囲にまき散らされていた電撃が、
やがてゆっくりと収まりをみせてゆく、
そして、
「・・・・・・・・・・・・・・・」
やがてその電撃を落ちつかせ、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。
相手から感じるマナの気配が荒ぶるものから、多少は変化する。
そのマナの流れを不思議に感じつつも、
「訳すわ。
『我は雷を支配する精霊。我は証をもとめる。汝が契約を求めるに値するかの証を。
その証とは汝の力と心』そう、いっているわ。…どうやら、契約の儀式を行ってもらえるようね」
今のやり取り。
元、
ヴェリウスとの何らかのやり取りがあったのは何となくわかるが。
ヴォルトとのやり取りから、確実にこのヴェリウスとヴォルとは面識がある。
それはもう確信。
そういえば、とおもう。
あのとき、ウンディーネの神殿においても、
ウンディーネは孤鈴をみて、ヴェリウス、とたしかにそういっていた。
ヴェリウスがいうことをまとめれば、何らかの形で人工的に作られし器。
それにヴェリウスという精霊の精神体がはいり、
「しいな。私は手伝えません。あくまでもこれはあなたの試練。
でも、忘れないで。あなたには、仲間がいます。あなたは一人じゃない。
…精霊の契約の儀式に同胞たる我らが手だしすることは理に反しているのです」
そう、あくまでもヒトとしての力が求められる。
「さあ、しいな。涙をふいて」
いいつつも、ふわり、とそのふさふさの尻尾がしいなの顔にとふれ、しいなの涙をぬぐい去る。
「…ああ。みててくれよ。
孤鈴ではない、とそういったけど、しいなにとってコリンであることには違いない。
声も雰囲気も何もかもが違うが。
泣き笑いの顔、というのはこういう表情をいうのかもしれない。
孤鈴が消えてあらたな精霊となったことに対し何ともいえない思いがうずくまくが。
それでも、孤鈴が消えたわけではない、というのにほっとしている自分もいる。
そんな自分の心を持て余しつつも、だけども。
その身をもってして自分をかばった孤鈴のためにも。
そして自分を信じてくれた孤鈴の為にも。
だからこそ、しいなは一歩、前に進み出る。
うだうだと過去を振り返り自己嫌悪に陥る時間はもう終わり。
「――ヴォルト。ヒトの心、とは複雑で、それでいて捨てがたいものなのですよ。…そう、ですよね?」
その視線はエミルにむけて。
「そう、だな」
『エミル?』
いつのまに、というべきか。
いつのまにか、エミルはあの電撃のカーテンを抜けてこちらにきていたらしく、
気付けばいつのまにかヴェリウスの真横に移動していたりする。
「え?あれ?いつのまにあの子、あっち側に?」
戸惑いの声をあげているリリーナの声が、彼女達もそれを把握していなかったことを示している。
「――プディイブルントゥ?」
――問題は?
「――ルティ ウス エルル ディウガティ」
――滞りなく
そっと、ヴェリウスの体に手をそえて何やら言葉を発しているエミル。
その旋律は幾度かきいた歌のようなそれ。
それに答えるかのごとくにヴェリウスもまたその旋律にて言葉を返す。
「ドインス ウティ トゥンティ」
問題があるかととえば、滞りなく、と問題ないことを伝えられ、
完全に覚醒復活したことを示している。
「あとは……オリジン、か」
ヴェリウスが覚醒した以上、あと問題となりしはオリジンのみ。
人の…クラトスのマナによって具現化を封印されたオリジンは、
その身をこの地上に今は具現化することができなくなっていたりする。
「――ワンディントゥイムヤ」
――儀式を
「――ヤエス」
ヴェリウスの体をぽんぽんと叩いたのち、その手を胸の前でくみつつ、目の前にいるヴォルトに一言。
エミルの一言をうけ、ヴォルトが肯定の意を示す。
あきらかに、よくよくみればエミルの言葉をうけ、ヴォルトが礼をとっている。
としかみうけられない行動をしているのだが、
ヴォルトの姿が元々球体であるがゆえか、その事実にロイド達は気づけない。
「・・・・・・・・・・・・・」
「我、ここに、汝らの試練を開始せん…くるわよっ!」
リフィルがその言葉を訳しながらも、身構える。
それとともに、これまで収まっていた電撃が、
バチバチッという音とともに、ヴォルトの体から発せられ、
その体から発生したいくつもの稲妻は部屋全体を覆い尽くしてゆく。
封印の間に雷鳴が鳴り響く。
「炸裂符!」
しいなの放った札はまっすぐにヴォルトにと飛んでいき、ヴォルトの体を包み込む。
そしてすかさず、
「
次なる攻撃を繰り出すしいな。
それにより、しいなの放ったいくつもの符がヴォルトの動きを足止めする。
「でやぁぁっ!」
一瞬、ヴォルトの電撃が緩んだのをみてとり、ロイドが飛び上がりつつも、
ヴォルトの背後に回り込もうとする。
どうやら裂空斬にて背後に回り込もうとしたらしい。
しかし、電撃は完全に収まっているわけではなく。
案の定、というべきか。
雷はより高い位置にある鉄にと落雷する。
すなわち、そのままロイドの剣にと雷がおち、
「うわっ!?」
そのまま剣に雷の直撃をうけ、ロイドの体が痺れ、そのまま勢いのまま、
飛び上がっていたそこから床にとおちてくる。
落ちる瞬間、すばやくその真下に回り込み、
「トラクタービーム!」
ジーニアスが術を少しアレンジした敵を浮かす技をつかい、
ロイドが落ちてくる衝撃を和らげる。
「アグリゲットシャープ」
リフィルの言葉とともに、ロイドの体を淡い光が包み込む。
どうやら味方全員の攻撃力を多少向上させたらしい。
それとともに。
「ディスペル」
電撃によって体が痺れ、麻痺しているロイドにと状態変化解除の術を続けざまに放つリフィル。
そして、マルタと顔をみあわせ、そして。
「「光よ、フォトン!!!!!!」」
マルタとリフィル。
二重に重なった光の粒子がヴォルトの周囲で収縮したのち爆発を起こし、
完全にヴォルトをその場に足止めする。
今のマルタは古の血の盟約が生きているがゆえに治癒術全般が扱える状態。
ゆえにこういったリフィルとの連携技も使用可能となっている。
かつてのときはその盟約を破棄していたようなのでそれは行われることはなかったにしろ。
「雷…と、ならば。水に呑まれろ!スプレッド!」
ヴォルトがひるんだのをみてとり、ジーニアスが水属性の術を展開する。
圧縮された水流が、ヴォルトのいる床からせり上がり、動きをとめているヴォルトの体にと直撃する。
「・・・・・っ」
雷と水。
相反する属性ゆえに、ヴォルトの体が水にと囚われる。
完全に動きをとめ、まるで感電してるかのように、その場にて、
バチバチと火花らしきものを散らしだしているヴォルトをみつつ、
ロイド、ゼロス、リーガル、プレセアが顔を見合わせる。
言葉にするでもなく、視線をあわせただけ。
そして。
「「「でやぁぁ!!」」」
一気に四人が四方から、ヴォルトを取り囲み、攻撃を繰り出し、その攻撃はヴォルトの体を直撃する。
「ギ…ギ…ギガ…っ」
バチバチとさらに電撃がつよくなり、やがて。
パリィィッン。
何かがハゼ割れるような音。
そして、
グワァァン!
巨大な音とともに、ヴォルトの体がはじけ散る。
「うわ!?」
「きゃっ!?」
「おっと」
「くっ」
それぞれヴォルトに一撃を繰り出していたロイド、プレセア、ゼロスがその余波をうけ、
また、リーガルも直接に足蹴りにて攻撃を繰り出していたがゆえに余波を直接うけてしまう。
はじけ散った余波において発生した衝撃派に吹き飛ばされる格好となっているロイド達四人。
「や、やったか!?」
どうにか息を整えつつも、それでいていまだに手がしびれるような手をつかみつつ、
それでいて剣を手放すことなく息をつきながらロイドが叫ぶが。
「ふむ。普及点…か?」
「ですね。しかし、なかなかやりますね。あの人間達も」
「…ミトスほどではないがな。あいつは一人でなしたぞ?」
「それは…まだ、信じておいで、ですか?」
そんな彼らをみつつも、壁際にてつぶやくエミルにたいし、
横に従うようにしてちょこん、とすわっているヴェリウスがいってくる。
「……信じたい、というのが本音…かもしれぬ、な。まだ、あの封印が解かれてない以上…な」
「……王……」
ヴェリウスが心配したような声をだしてくる。
「心配はいらぬ。それより、お前のほうの問題はないのか?本当に?」
「ええ。御蔭様で。…今まで蓄積されていたマナがなければ、復活はまだ先でしたでしょうが」
料理のたびに蓄積されていたマナは完全復活するにおいて十分に満ち足りている。
バチバチといまだに稲妻が鳴り響いているがゆえ、
二人の会話は聴力がよほどいいものでなければ聞きとれないであろう。
「そうか。しかし、判っている、とはおもうが」
それは確認の問いかけ。
「はい。…私は心の精霊。ですから…」
たった一人に使役するようなことはあってはならない。
それはヴェリウスの在り様を否定してしまうようなこと。
「っ。元にもどるよ!マナが集まってる!」
油断なく部屋全体を覆い尽くしている雷のマナを見据えていたジーニアスが思わず叫ぶ。
その言葉と共に、先ほどはじけ飛んだはずのヴォルトの体が瞬く間に形を成してゆく。
「・・・・・・・・・・・・・・」
何ごともなかったのうに浮かびつつ、言葉を発するヴォルトの言葉をきき、
「『我は証を求める。汝が契約を結ぶに値するかどうかの証を』といっているわ」
リフィルがその言葉を翻訳するとともに、
「ええ!?まだあれでも足りないのかよ!?」
連携プレイにてどうにか撃破できた、とおもったのに。
まだ戦う必要があるのか、とおもいロイドが心底嫌そうな声をだす。
「いや。違う。…示すべき証は、力と心。なら…」
あれほどあれくるっていた電撃が今はなりを潜めている。
ならば、今度目の前の精霊が求めているもの。
それは。
「力は示した。けど、まだ心を示していない!」
そういい、力づよく言い放ち、
そして、すばやく幾度かの印のその手のうちでむすびつつ、
「我、今、雷の精霊に願いたてまつる。我と契約をむすびたまえ。
我が名はしいな。しんびの里、みずほに伝わりし古の盟約を受け継ぐものなり!
あたしを信じてここにきてくれた皆のために。そして、孤鈴のためにも。
あたしを命がけでまもってくれていた皆のために。みんながすむ二つの世界をたすけてあげたい。
だから…ヴォルト、あんたの力をかしとくれ!」
誰もが犠牲にならない世界。
互いの世界がマナを搾取し、奪い合い。
神子が命を落とすような、こんな世界でなくすためにも。
そんな思いをこめてしいなが叫ぶ。
「・・・・・・・・・・・・」
しばらくそんなしいなの言葉を黙ってきいていたヴォルトだが、
やがて、言葉を紡ぎだす。
「…誓いは立てられた。我の力、契約者しいなに預ける。
歪な世界として歪んだ二つの世界を元にもどしてみせよ」
リフィルがその言葉を通訳するとともに、ヴォルトの体が一瞬すけてゆく。
体を構成していたマナがゆっくりと小さく凝縮していき、やがてそれは一つの物体の形をなす。
その物体はゆっくりとしいなの手の平の上にとおちてくる。
それは契約の証、サードニックスの宝石のついた指輪。
自分の手の中におちてきたそれを眺め、何ともいえない思いにとらわれつつ、
「終わった…終わったんだね……」
じっと指輪を眺めていたしいなだが。
「!
はっとしたように、振り向き、壁際にいるヴェリウスにと叫ぶしいな。
「――ええ。しいな。よく頑張りましたね」
「……さて。ここから、だな」
そんなしいなに優しく声をかけるヴェリウスとは対照的に、ぽつり、と小さく呟いているエミル。
と。
「な、何だ!?」
「何がおこったの!?」
部屋の中を突如としてまばゆい光が覆い尽くす。
それをうけ戸惑いの声を発しているロイドとジーニアス。
「どうして、水のマナが?!」
「な…ウンディーネ!?」
先ほどまでヴォルトがいた位置。
そこにしいなが呼んだわけでもないのに、突如として水の精霊ウンディーネが出現する。
空中に浮かびしその場にたたずむウンディーネの横に、
これまた対をなすかのようにヴォルトが再び姿を現しゆく。
「な…こ、これは、いったい!?」
ヴォルトの契約完了とともに、行く手をふさいでいた電撃のカーテンも解除され、
ロイド達のほうにかけよってきているリリーナとシュナイダー。
彼らの頭上というか目の前の空中に、精霊らしきものが二体、たしかにそこに浮いている。
女性らしき姿をしているものは、その全身が青色であきらかに人でないのは明白。
そしてもうひとつの球体のようなそれは、今まさにしいな達が契約の儀式を行っていた相手。
「あれは…まさか、水の精霊…ウンディーネ!?」
リリーナがその姿をみて口元に手をあて驚きの声を発しているが。
「な、何がおこったの?しいな、ウンディーネよんだ?」
「よんでないよ!」
マルタの戸惑いの声にすかさず反論しているしいな。
「いったい……」
困惑したリーガルの声。
それぞれが困惑し、または驚愕しているそんな中。
「二つの世界の楔は放たれた――」
人々の反応を気にとめることもなく、空中に浮かびしウンディーネが言葉を紡ぎだす。
「・・・・・・・・・」
それに続き、ヴォルトも言葉をはっするが。
その言葉の意味はロイドにはわからない。
「まって。訳すわ」
リフィルにも何が起こっているのか理解不能。
しかし、ヴォルトの言葉は訳して皆に伝える必要がある。
そうおもったがゆえにすぐさま翻訳を申し出る。
そして。
「相対する二つのマナは今、…分断された?」
後半部分の台詞はリフィルもまた声をうわずらせているのが聞き取れる。
「?どういうことなのだ?マナの流れが分断された、というのは?」
リーガルはそのあたりのことはロイド達から説明をうけていない。
精霊達との会話をきいていたリフィル達ならば何となくではあるがその理由はつかめるであろうが。
その言葉の意味は、ゼロス、プレセア、そしてリーガルには理解不能。
それゆえのリーガルの問いかけ。
そしてまた。
「こ、これは一体…」
「これは、貴重な出来事だわ!しっかりとメモしておかなくては!」
困惑しているシュナイダー院長とは対照的に、目を輝かせ、
懐からメモをとりだし、精霊達の言葉を一言一句もらさないようにとばかり、
すばやくペンを走らせ始めているリリーナの姿。
「以前、私はあなた達との契約のときに簡単な説明をした、とおもいますが。
マナは精霊が眠る世界から目覚めている世界へ流れ込みます。
二つの世界で同時に精霊が目覚めたのは世界が分断されてから初めてのこと。
これにより、二つの世界をつなぐマナは消滅しました」
静かに語られるウンディーネの台詞に嘘はない。
精霊達に課せられた契約によるマナの楔が一柱だけでも消滅したのは事実。
「それって…つまり、シルヴァラントとテセアラの間でマナが搾取されなくなった。っていうことなのか?」
それはロイドの直感。
深く考えたりしなければ、ロイドは直感で真実を言い当てることが多々とある。
もっとも、考えすぎればまったく異なる結論に至ってしまったりする、という欠点があるが。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「二つの世界の間に流れるマナは分断された、とヴォルトはそういっているわ」
わからない、とも答えていないのは、すでに搾取されあう関係はなくなっているがゆえか。
センチュリオン達が目覚めた以上、
ミトスが上書きしたそのマナの流れは、すでに意味をなさなくなっている。
そもそもあれは、地上を好きにさせるつもりでマナを満たしていなかったがゆえおこっていた障害の一つ。
つまり、そのうちに地表全てを海にと還す予定であったがゆえに手だししてなかったに過ぎない。
だからこそ地表でマナが少なくなり、ミトスは提案として世界を二つにわけることをいってきた。
少ないマナを分けて使用すれば世界を今の状態で存続させてゆくことが可能だ、と。
今、二つの世界を維持しているマナそのものは、
地表にでてきているラタトスク自らが作成、生成し、
センチュリオン達に託しているがゆえ、かつてのような障害がおこっていないだけ。
だからこそ、精霊達の力もまた満ち足りている。
マナが充実しているがゆえに。
リフィルの翻訳をききつつ、
「そう。二つの世界はやがて分離するでしょう」
ウンディーネがいっている分離、とは楔が解き放たれる意味を指し示している。
世界そのものが、という意味ではない。
ないが、言葉の捕らえようからしてみれば、世界そのものが分離してしまう。
というように認識されなくもない。
案の定、というか何というか。
「二つの世界が、切り離されるってこと?」
勘違いしたらしいジーニアスがそんなウンディーネにと問いかける。
そんなジーニアスの言葉をうけ、
「そりゃあいい。それならお互いにマナの取り合いをしなくてもすむってことじゃねえの?
つまり、繁栄世界も衰退世界も何でもなくなるってわけだ」
軽い口調でゼロスがそんなことをいってくるが。
「そういうこと、ね。シルヴァラントに封印は五つ。
うち一つは救いの塔であったことからしても。最後の救いの塔には精霊はいなかったわ。
ならば、四つの封印に対応する精霊を目覚めさせれば全てのマナを分断できる。
ゼロス、ここの封印は……」
「こっちも同じく五か所、だな。一つは救いの塔。
んでもって、ここ、雷の神殿、地の神殿、闇の神殿、そして闇の神殿、だ」
リフィルの問いかけに答えるように、さくっと返事をかえしているゼロス。
伊達に毎年のように儀式に参加しているわけでなく、
封印に関係することならばゼロスは即答できるほどに知識が深い。
「互いの精霊を目覚めさせれば…というよりも、契約をすれば…
衰退世界と繁栄世界、すくなくともその関係を無くすことができる、かもしれないのね」
リフィルがそうつぶやけば、
「じゃあ、テセアラの精霊も目覚めさせればシルヴァラントも救えるし、テセアラも衰退しないんだな?」
「・・・少なくとも。世界をつなぐマナは消滅し、二つの世界は切り離されるでしょう」
ロイドの言葉に否定も肯定もせず、淡々と事実のみをいいきるウンディーネ。
このあたりの言い回しはさすが、というべきか。
以前のときにもおもったが。
事実を完全にいうわけでなく、言葉の言い回しで人々に気づかそうとさせるその物言いは。
切り離される、という言い回しをしているが、消滅、といっていないのがまたすごい。
マナの楔がなくなれば、自然とどちらかの世界はラタトスクの干渉がない限り必ず消滅してしまい、
そして次元を隔てている互いの世界もまた、引き摺られるようにして消滅してしまうであろう。
そういえば、前のときもウンディーネはこんな言い回しをロイド達に説明した、のだろうか。
…否、したのだろう。
でなければ、自らが目覚めていない最中に大樹を芽吹かせようとなどしないだろう。
その結果、魔導砲などをもちい、大樹に攻撃するなど、あってはらなないことが、
かつてのときは実際におこってしまっていたのだから。
暴走した大樹をみて精霊達もあせったのであろうか。
かの装置を自分達の力にて使う、というのを黙認したのは。
せめて誰かがセンチュリオンのもとに出向いてくれればあの出来事は防げたかもしれないのに。
まあ今さらいってもそれは仕方のないこと、なのではあるが。
そして、その視線を背後にむけ、
「ようやく覚醒しましたね。ヴェリウス。あなたが仮初めの器としていたことには驚きましたよ」
柔らかな言葉がヴェリウスにと向けられる。
「――そういう、あなたもおかわりないようですね。ウンディーネ」
「ええ。あなたも。…どうやらマナも問題ない、ようですね」
旧知の知り合いのように会話をはじめている二人を交互にみつつ、
「ウンディーネ?孤鈴と知り合いなの?」
ジーニアスがふと疑問に思い問いかけるが。
「ヴェリウスは我らの同胞。我ら大精霊とよばれし存在と同じ精霊。
それに、孤鈴とはたしかにヴェリウスの名であったもの、かもしれませんが。
それは仮初めの名にすぎません。すでにあなた達の共であった孤鈴はいない、のですから」
淡々とつむがれるウンディーネの台詞。
「え?」
戸惑いを含んだしいなの声は明かに震えている。
「ええ。そうです。私は心を司る精霊。
ゆえに一個体に従うことも、また、私を従えることはできません。
ゆえに、しいな。私はあなたとはこれから先、ともにいくことができません」
「そんなっ!!!!!」
きっぱりと紡がれたその台詞にしいなが悲鳴に近い声をあげる。
「そんな…そんなの、いや、嫌だよ!」
そのままだっとかけだし、そのまま勢いのままヴェリウスの体に抱きつくしいな。
その体は温かい。
ふかふかの毛並みが、しいなの体をぽふん、とつつみこむ。
そんなしいなにたいし、九つの尾をもってして、体をふわり、とつつみこみつつ、
「召喚の民の末裔。しいな。この地に降り立ちしエルフ達の直系の末裔。
かの地において国をおこした民の末裔。たしかに私はあなたとはいかないかもしれない。
でも、心はいつもともにあります。私は心の精霊。
あなたたちに心がある限り、私はつねに不変であるべき精霊、なのですから」
しばらくヴェリウスの体にだきついて嗚咽を漏らしていたしいなだが、
その言葉に思うところがあった、のであろう。
「…心は、一緒、なんだね?」
「ええ。そうです。あなたたちヒトに心があるかぎり。
私は人ともに、そしてしいな。あなたとともに歩きつづけますよ」
「心…ある限り?」
それは独白にも誓いしいなの呟き。
「忘れないでくださいね?私との約束は心だ、ということを」
そういいつつも、ヴェリウスの体は光にとつつまれてゆく。
抱きついていたはずのしいなの手が、ヴェリウスの体をつかめなくなり、
むなしくその手が空中をかすめてゆく。
「
しいなが叫ぶが。
「わすれないで。しいな。私は心の精霊、ヴェリウス。
いきとしいけるもの心を身守りし存在……私との約束は心。心の盟約。
みなさん、しいなのことをたのみます。私はヴェリウス、として共にいられません。
ふわり、と浮かび上がりつつ、ぺこり、と頭をさげたのち。
チリッン。
ひときわおおきく鳴り響く鈴の音とともに、ヴェリウスの体は、先ほどと同じように光となりてはじけ飛ぶ。
「っ!コリンー!!!」
しいなの叫びのみがその場に響き渡るが、鈴の音すらも二度ともどってはきはしない。
いった、か。
ヴェリウスが向かいしは、互いの世界の人々の心がむかっている、救いの塔。
今いる全てのヒトの心を把握するために、あえてかの中心地を選択した。
全ての心をつかみ取ることにて、完全なる復活をヴェリウスは遂げるであろう。
それに必要なるマナはもう十分にかの身にしっかりと蓄えさせているのだから。
「――我らの同胞が仮初めの器であったとはいえあなた達にはお世話になりました。
忘れないでくださいね。ヴェリウスとは心の精霊。
あなたたちがヒトらしき心をうしなわない限り、道を見失わないかぎり。
かの精霊はつねにあなたたちの傍にいます」
そういいつつも、ウンディーネの姿は薄れてゆく。
「ウンディーネ!?」
「伝えることは伝えました。あとは、あなたが、ヒト次第。
ミトスがかけしこの偽りのマナの楔をどうするかは、あなたたち次第……」
「・・・・・・・・・・・」
――ヒトが行いせしことは人の手で。
そうかの御方がいわれているがゆえに、我としては不本意だがな。
ウンディーネの言葉と、ヴォルトの言葉が紡がれる。
「え?」
その言葉をきき、リフィルが思わず言葉を発する。
また、だとおもう。
ときりおでてくる、精霊達のいう、かの御方。
それは一体、と。
しかも、たしかに、ヒトが行いしことは人の手で。
そう確かにヴォルトはそういった。
それが何を意味するのか。
ミトスが行った、という精霊の契約に関係しているのだろうか。
しかし、リフィルがそのことに対し、問いかけようとするよりも早く、
ウンディーネとヴォルトの姿はその場からかききえる。
「…心、か」
いなくなったコリンが消えていった空間をみつつ、しいながぽつり、とつぶやく。
そんなしいなに対し、
「よかったね。しいな。孤鈴が復活?してくれて」
マルタがそんなしいなに近寄ってきつつ声をかけてくる。
「そうね。今は…孤鈴…いえ、ヴェリウスだったわね。
あの子が無事であったことを喜びましょう。死んでしまったわけではない。
本来あるべき姿にもどっただけのあの子を、ね」
共にいることはできなくても、生きていてくれている。
その思いはリフィルにもわかる。
「共にいられなくても…か。心は常に共に…か」
ジーニアスがぽつり、とつぶやく。
母はどうなのだろうか。
狂ってしまってもなお、自分達を忘れていないあの母親は。
それは裏を返せば心ではいつも子供達を思っている、という証ではないのか、と。
「よくわからないが。人の心がかのものを繋ぎとめたのならば。
孤鈴をヴェリウスとして復活させたのはしいな、お前の心だろう」
リーガルが淡々とそんなしいなにといってくる。
「違うよ。皆のおかげさ。…ありがとう。孤鈴…ありがとう。ヴェリウス」
そんな中。
「しかし、すごいです!精霊の封印とはそういう役割があったのですね!
院長!アステルが立てていた仮説が精霊自らによって肯定されましたよ!」
リリーナが何やら興奮したように、シュナイダーに詰め寄っているのがみてとれる。
「うむ。まずはこれらに関する事象を今一度、アステルを呼びもどしてでも。
検証してみる価値はあるだろう。できうれば王都の精霊研究所とも合同で」
そんなリリーナの台詞に、シュナイダーが同意を示し、今後の方針をいっているようではあるが。
「……しいなさんとコリンのおかげ、ですね」
「え?」
ぽそり、といきなりプレセアにいわれ、しいなはいきなり何をいわれているのか理解できない。
「二人が命がけでヴォルトと契約してくれたから。封印の役割もわかったんじゃないでしょうか」
淡々というプレセアの台詞をきき、
「ああ。しいなと孤鈴のおかげだ。ありがとう」
ロイドもまたしいなに対し、そんなことをいっているが。
「コリン…ありがとう」
いつも助けられてばかりだったね。
その手の中にあったはずのコリンのスズはそこにはない。
そんなことを思いつつ、空中をみつめ、ぽつり、とつぶやくしいな。
それはヴェリウスが実体化するにあたり核として利用したからにすぎないのだが。
もっとも、ヒトからの捧げもの、というので気にっている、という点もあったらしいが。
「しかし、しいな殿が契約をすませた、というのに。
一向にこの神殿内部の様子は変わった様子が見られない、とは……」
てっきりここにいるという雷の精霊と契約をかわせば、この現象。
すなわち、いたるところにて発生する雷や稲妻。
さらに空間が歪んだりする現象は解消される、とおもったのだが。
この部屋から外を除くかぎり何かがかわったようすは見られない。
それどころか、なぜだろう。
入口付近の出口にあたる付近の空気が揺らめいているようにみえるのは。
そんなシュナイダーの呟きをききつつも、
「とりあえず。ここから出ましょう。ボータも待っているでしょうし」
外でまっているはずのボータのことも気にかかる。
「では、皆さん、一度、サイバックに戻られてはいかがでしょう?
今回のことについてもいろいろと聞きたいですし」
あの会話をきくかぎり、彼らが信じていた歴史が覆されるような気がしなくもない。
だから念には念を。
シュナイダーがそういったその矢先。
ゆらり、と入口付近の空間が揺らめき、そして。
「なっ!こ、これは。ここまでこの地の空間が歪んでいる…というのか?」
戸惑い気味の第三者の声はこの部屋へと渡る唯一とおもわれている扉付近から。
まるで、水の中からでてくるかのごとく、パシャン、という音と、
それでいて、扉が本来あるべき場所の空間。
その空間がまるで水たまりのように揺らめいている。
その中からでてきたは、入口で待っていたはずのボータの姿。
「なんだ。けっきょくあんたもきたのか?」
そんなボータにたいし、ロイドがいうが。
「この空間の歪みはやはり…いや。それより。まずいことになった」
神殿に入った直後だったはず、なのに。
気付けば彼らのいる場所にまで一気に移動していたことに驚きつつも、
しかし神殿に入ろうとおもった用件を切り出すボータ。
「先ほど連絡があった。――神子の引き渡しが明日の朝にきまった、らしい。時間はない。
急いでこれから準備をし、夜が更ける前に突入しなければ、神子の奪還は不可能となる」
『!?』
ユアンが執務室に戻っていたときに告げられた事実。
さすがにテセアラの管制官でもあるのでそういった内容はユアンのもとにあがってくるらしい。
その報告をボータに伝え、ユアンはどうにかしてかの地を抜けて地上におりる、
とボータには伝えているようではあるが。
ボータの説明に息をのむ気配が数名。
「…今夜…」
「ヴォルトとの契約は?」
「ええ。しいなが無事に」
「ならば、急いで里にもどり、お前達も準備をととのえるがいい。
もう、時間はあまり残されていない。夜の闇にまぎれて奇襲をかける」
いって、ちらり、とシュナイダー達にと視線をむけ、
「我々は急ぎの用事ができたゆえ、シュナイダー殿達はサイバックに戻られるのであれば、
我らの手のものにて送り届けさせますが」
ボータのその提案に、
「いえ。私はしばらくまたここで少しばかり調べなければならないことができましたので。
何があったのかはわかりませんが、皆さまの用事を済ませてください」
神子云々、といっていたことから、何かがあるのだろうというのは推測ができるが。
神子ゼロスがここにいる以上、奪還云々、という言葉自体がシュナイダーにはよくわからない。
そういえば、噂でシルヴァラントの神子がこちらの世界にやってきているとか何とか。
そんな噂をきかなくもないが。
よもや以前に出会っている無口な金髪の少女がそのシルヴァラントの神子であることを、
いまだシュナイダーはしるよしもない。
「時間がない。なぜかはわからぬが、
今、この目の前の水のような壁はちょうど神殿の入口に通じているらしい。
ここをくぐればすぐに神殿の外にでられる。私は先にいく。
お前達もすぐに里にともどってくるがいい。ではな」
言いたいことだけいい、そのまま再び現れたときのように、その水の鏡のような中にと姿を投じてゆくボータの姿。
たしかに、ボータのいうように、ボータがそのゆらめく何かにはいるとともに、
それはまるで水面にはいったかのように波打っているのがみてとれるが。
しかし、問題なのはそこではなく、その先にもきちんとこの神殿の設備がみえている。
ということ。
つまりは、あの薄い水のような膜が簡易的とはいえ転移装置の役割を果たしているこの事実。
その事実にリフィルは目を見開いてしまう。
古代の技術なのか、はたまた精霊の力なのか、それはリフィルにはわからないが。
「……いこう。時間がない」
ロイドがぎゅっと手をにぎりしめつつも、全員をみわたしいってくる。
コレット奪還まで、あとわずかしか猶予がない、というのならば。
今ここで時間をつぶすわけにはいかない。
コレットがデリス・カーラーンにつれていかれてしまえば全ては終わってしまうのだから。
その思いはリフィル達とて同じこと。
ゆえに、こくりと同時にうなづくリフィル達。
「では、我らも里にいくとしよう」
「…コレットさん…絶対に助けます」
「ああ。そう、だな」
リーガルの呟きに、決意したようにプレセアがつぶやけば、
その言葉に同意を示しているリーガルの姿。
三者三様。
しばし、そんな彼らの様子が、ここ、雷の神殿の精霊の間においてみうけられてゆく。
ロイド達が雷の神殿でそんな会話をしている同時刻。
カツン…カツン、カツン…
静かな空気の中、足音のみが響き渡る。
周囲はガラスのような何かでつくられた物質において、幻想的な視界をたもっている。
やがて、ひときわ大きな扉の前にとたどりつき、
そのまま、
シュッン。
その中にと足を踏み入れる。
その中にはいくつものカプセルらしきものが並んでおり、その中央。
扉からはいってまっすぐいったその先にひときわ大きなカプセルが設置されているのがみてとれる。
その中に、一人の少女が何かの液体につけられ、ぷかぷかと浮かんでいる。
金色の髪が液体になびき、その手もそのままさらけだし、
何の抵抗もない状態で水の中に漂っているような状態にとなっている。
ふと、扉からはいってくる気配に気づいた、のであろう。
眼鏡をかけた恰幅のいい男性がそちらをふりむきつつ、
「これは、クラトス様」
そちらにむけて頭を下げる。
そのままその言葉に答えるでもなく、やがて無言のまま、
そのカプセルの前にとあるいてくる赤い髪の男性。
じっとカプセルの中にうている少女を眺めている男性の横にとたち、
「固有マナの最終調整もまもなくおわり、ユグドラシル様のもとにお届けできる日もすぐそこです。
永続性無機天使結晶症への兆候も若干みられましたが。
何、想定の範囲内。このロディルめの的節な処置が効を奏し見事に完治。あの、何か?」
無言でじっとカプセルをみつめるクラトスにたいし、といかける。
元々、この少女は自分の目的の為に使用する予定だった。
まさか、捉えてすぐにクルシスにつきとめられるとはおもっていなかったが。
プロネーマによって問いただされれば否、とはいえず。
そもそも、捉えていた姿を見られていたというのだから否定のできようがない。
ならば、と即座に方向性をかえ、表向きは反逆の意思がないようにとみせかけた。
でなければ、その場で粛清されてもおかしくない、と判断したがゆえに。
液体の中にと漂う少女、コレットをしばし眺める。
――お前は何のためにつよくなろうというのだ?母親の仇をとるためか?
それは、トリエット遺跡を攻略したその日の夜のこと。
ロイドが強くなりたいから自分に稽古をつけてほしい、そういってきたときの記憶。
――ディザイアンのやつらは憎い。けど、今はコレットのために。
あいつを守るために強くなりたい。
そう、いってクラトスに頭をさげたロイドの姿が脳裏をよぎる。
そのロイドが守りたい、といっていた少女は今目の前で、マーテルの器となるべく調整をうけている。
「――クルシスからの報告だ。明日、神子を引き取りにくる、とのことだ」
「し、しかし、まだ調整は……」
「ここの設備よりはデリス・カーラーンの設備のほうがはやくすむ、ということだ。
その準備はしておけ。明日、かの海域にこの飛竜の巣はさしかかるのだろう?
ユグドラシル様の御命令だ」
「っ…御意にございます」
ユグドラシルの名をだされれば、うなづくしかないというのが本音。
どうにか時間をかせぎ、クルシスの輝石のことなどをも研究したかったが。
そんな研究する時間すらこちらには与えないつもり、ということなのだろうか。
男…ロディルがそんなことを思っている中。
カツン。
そのままきびすを翻し、その場をたちさろうとするクラトスの姿。
「クラトス様、どちらへ?」
「――野暮用だ。すぐにもどる」
そのまま、その部屋をあとにし、やがて、外を映し出しているモニターに、
翼を広げどこかにとんでゆくクラトスの姿がみてとれる。
そんなクラトスの姿を確認しつつ、
「け。裏切りものが。しかし、この娘を利用しようとしているのに気付かれた、か。
時間は限られている。それまでに何としてもこの娘や輝石の徹底的なデーターを」
いいつつも、ばちばちとその場にある装置らしきものをいじりだす。
その手の動きにあわせ、いくつもの光の窓が出現し、そこにいくつもの映像、
そして文字が流れ出してゆく。
ヒラリ…
「うん?…どうも最近、この場にも蝶が多くみられるのは?」
ふと、視界の先で何かが動いたのにきづき、そちらをみれば、蝶がひらひらと舞っているのがみてとれる。
ここ最近、なぜかこの飛竜の巣とよばれしこの場所にて蝶の姿をよくみかけている。
それが何を意味するのか、彼…ロディルはまだ理解しては、いない。
pixv投稿日:2014年2月8日某日(Hp編集:2018年4月22日(日)
Home TOP BACK NEXT
##################################################
あとがきもどき:
ようやく次回で飛竜の巣に突入です。
ゲームの原作のあれより、ストーリー的にはOAVのあのシーンのほうが好きです。ものすごく。