徹夜にて幾度も幾度も打ち直した。
すでに夜はあけ、外はあかるい。
幾度失敗しては打ちなおしたであろう。
納得のいくまで打ちなおすことしばし、ようやくアルテスタの合格がでた要の紋。
日が暮れても作業場から音は鳴り響いていた。
その音は静かな森の中にも響き渡っていたほど。
いくつもつくっては不合格となり、それは壊れ、また一から作り直し。
それを幾度も繰り返した結果、ようやく合格がでた品ができたのは翌日の昼過ぎ。
「ロイド!できたの!?」
ガチャリ、と奥の部屋からでてきたロイドをみて、ジーニアスが椅子から立ち上がる。
「プレセア…たのむっ」
椅子に座らせたプレセアに十字架のような形の要の紋を装着する。
その場所はプレセアの胸につけられたエクスフィアの周り。
「……だめ…か」
装着させてみたが、プレセアには変化がみられない。
「くそっ!また作りなおしだ!アルテスタさん!」
ロイドがアルテスタのほうにむき、そう叫ぶのと、
「はい。お疲れ~。気持ちだけじゃどうにもならないことって世の中にはあるってことさ」
どががっ。
さらっといったゼロスに対し、ジーニアスの手にした剣玉の攻撃が炸裂する。
たかが剣玉。
されど剣玉。
ジーニアスが武器として使用しているその剣玉は、攻撃力が通常ではない。
あきらかに普通の剣玉よりは強化されていたりする。
「な、なんだよ。皆の気持ちを代弁しただけだろ!?」
「僕は、ロイドの腕と根性を信じてる!」
「友情、眩しいねぇ……」
続けざまに武器にもしているケンダマにてゼロスをつきとばし、高々といいはなつジーニアス。
そんなジーニアスにあきれたようにいっているゼロスの姿がそこにはあるが。
「アルテスタさん、わるい。もう一度最初からつきあってくれ!」
ダメだったからといっておちこんでいる時間すらもったいない。
改めてアルテスタに向き直り、いいきるロイド。
幾度も失敗したことを示すかのごとく、すでに時刻はあれから翌日の昼を軽く回っている。
「うむ」
それをうけてロイドが工房へはしっていこうとするが。
「…その必要はありません」
いちど眼を閉じたのち、じゆっくりとひらいたプレセアの瞳にはあきらかに光がともっているのがみてとれる。
その表情にはあきらかに意思があるのがうかがえる。
これまでの無表情のそれとは違い、あきらかに自分の自我があるその光り。
「フレセア!もとにもどったの!」
そんなプレセアにはっとして、ジーニアスがかけよるが。
「やるじゃん!ロイド君!」
めずらしくゼロスまでも同意する。
「ああ!やったよ!アルテスタさん!」
「うむ。上出来じゃ」
「よっしゃぁ!」
アルテスタに認められたことにより、養父ダイクに褒められたような感覚におちいり、ロイドは喜ぶ。
が。
「次はならコレットの要の紋ね。マナの欠片とかジルコンとかがあればいいんだけど……」
たしかに一番の問題はコレットの要の紋。
「エミル、もってない!?」
リフィルの言葉をききなぜかエミルにきいてくるジーニアスの姿。
「何で僕にいうのさ?」
「エミルなら何でもありようなきがして」
あれほどまでに魔物にいうことをきかせられること。
なおかつ、パルマコスタで使用した例の不思議な何かの枝のこと。
あれはあきらかにマナが異様に強かった。
それゆえの台詞。
周囲のマナを一気に注ぎ込めるような杖など聞いたことすらない。
さらには、水連の杖なるものすらエミルは所有していた。
水属性の杖、などきいたことすらなかったというのに。
だからこそのジーニアスの問いかけ。
「ジルコンはたしかこの工房にもあったでしょ?
他はどこかの資料にでもどこにあるかかかれてるんじゃない?」
どこに何があるかはしっているが、それをしっている、いうのはあきらかにおかしい。
それゆえに言葉をにごし、彼らが調べるようにと言葉を選ぶ。
「あるとすれば、王立図書館じゃろうな。古代の勇者ミトスの資料もそこにあるはずじゃ」
アルテスタの台詞。
「そういえば、前に閲覧したことがあるわ。たしかに勇者ミトスの資料はあったけど。詳しいことは……」
「たしか、ゼロスが王家に所要されている資料ならわかるかもみたいなこといってたよね?」
それはサイバックの学術資料館でゼロスがいっていた台詞。
そんな中、はっとしたようにプレセアの目に光がともり、
「ここは……」
戸惑い気味に周囲を見渡し、そして。
「ここはどこ?私…?私、何をしているの?」
きょろきょろと、挙動不審な表情で周囲をみわたし、そして。
「!パパは!?パパぁ!」
「あ、プレセア!」
はっとした表情になり、そのまま椅子を立ち上がり、そのまま玄関のほうへと駆けだしていき、
バタン、と扉をひらき外に飛び出してゆくプレセアの姿。
そんなプレセアをあわててジーニアスが呼びとめるが、プレセアの行動のほうが先。
「成功したようじゃな。…彼女についていってあげなさい」
「けど、アルテスタさん……」
飛び出していったプレセアをおいかけたい。
けど、アルテスタのこともきにかかる。
戸惑いの声をあげるロイドに対し、
「わしは逃げも隠れもせんよ。あの子が失った時間を思えば…
わしは、あの子に裁きをうけるためにこうして生きていたのかもしれぬな」
そういいつつ遠い目をするアルテスタ。
「やれやれ。昨夜、エミル君がいったとおりになったな」
「でしょ?」
昨夜、エミルにいわれ、ゼロスもまたエミルについていき、とあることをしていたりする。
おそらくは、正気にもどったプレセアがまちがいなくあの家にもどるであろうことから、
エミルが夜のうちにその家に出向こうとしたときに、
たまたま外にでていたゼロスとかちあわせ、共にむかっていっただけ、なのだが。
「そういえば、あなた達。昨夜。プレセアの家にいってきた、といっていたわね」
「エミル君曰く、正気にもどったプレセアちゃんに腐りかけた父親の姿。
それをみせるのは酷じゃないかっていってきてな。たしかにその通りとおもってな」
もっとも、その後何があったかはゼロスはリフィル達には説明していない。
ただ、プレセアの父親の死体をどうにかした、ということだけは伝えてある。
「おまえさん達もあの子のもとにいってあげなさい」
「僕はいくよ!プレセア!まってて!」
プレセアをおいかけるようにして、ジーニアスもまた玄関から飛び出してゆく様がみてとれるが。
今この場に残っているのはエミルとゼロスのみ。
すでに先にロイド達は外にと先ほどリフィルを含めてでていった。
誰もいなくなったのを確認してからか、
「で。エミル君。どうするよ?」
ゼロスがいきなりそんなことを聞いてくる。
ゼロスのいいたいことはわかる。
わかるが。
「…あの子がおちついてから、のほうがいい、かな?」
あの彼はかなり心残りがあったらしく、あのままでは成仏することはできなかった。
すでにあの魂はその思いの強さゆえ、魔物に近い存在に成り果てかけていた。
だからこそ、すこしばかり手をかしただけ。
彼の思い。
それは、自らが生み出した暗黒の技と、そして子供の行く末の心配。
エミルの力によって、生まれ変わったその事実をしっているのはゼロスのみ。
【クルセイダー】という魔物として生まれ変わらすことができたのは、彼がその特性。
すなわち、武勲をあげたという特性と一致していたがゆえ。
少しばかり彼の魂に理を組み入れるだけでその変換は成し遂げられた。
真っ白い鎧に身をつつみし姿に生まれ変わりしは、その器となりしは彼の生前の肉体。
死して器の肉体と離れていたその精神体は、エミルの力を得て新たな魔物として命をふきかえしている。
そのことをリフィル達は知らない。
エミル、そしてゼロスもまた知らしていない。
さすがにゼロスとて目の前でそんな光景をみせられて、何もおもわないはずがなく。
エミルが普通でない、というのを改めて認識し、エミルにとあることをといかけている。
その結果、エミルから逆にといかけられ、今はまだ返答を迷っている最中。
エミルの問いかけに答え、自分がどうすべきなのか。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
プレセアの悲痛なる声が聞こえてくる。
茫然とプレセアがたちすくすは、家の前につくられた一つの墓。
その墓にたてられし名には、プレセアのよくしる名が刻まれている。
家にかえり、プレセアがみたのは、空っぽのベット。
そしてみおぼえのない盛り上がった土にまるで墓標のようにおかれている斧。
ふらり、とその標に近寄ったプレセアがみたのは、信じたくない事実。
自分はこれまで何をしていたのだろう?
父を墓にいれた記憶はない。
それどころかおぼろげながらある記憶の中では、死んでゆく父をそのままほうっていた自分自身。
「私…私、今まで何をしていたの…いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
悲痛なるプレセアの声は森の中にと響き渡ってゆく。
「プレセア…僕たちにできることはないのかな」
そんな取り乱すプレセアの近くによることができず、
その場にたちつくしたままぽつり、とジーニアスがつぶやく。
昨夜、エミルとゼロスからどこにいっていたのかきけば、
腐っていたプレセアの父親を埋葬してきた、とゼロスはいった。
万が一、正気を取り戻したプレセアにあの姿をみせるのは酷だから、と。
それをいわれ、ジーニアスもはっとした。
今までプレセアは父親が死んでいたことを認識できていなかった。
そして正気をとりもどせば、まちがいなく父親をきにかけるはず。
それでも、父親の死体について失念していたことに今さらながらに昨夜気付かされた。
たしかにあの姿をみせるのは酷としかいいようがない。
それは、彼女があのようになってもその死体を放置していたあきらかな証拠、
ともいえる姿だったのだから。
「…あのタバサさんがいってたのってこういうことだったのかな。
…プレセアが心を取り戻さなければ。お父さんが死んでいたことも気付けなかっただろうに」
マルタの表情も暗い。
どちらがよかったのかはいえない。
意識を取り戻したみたのが父親の墓でしかなかった、というのは何ともいえないであろう。
心を失っていたときの記憶があるのかないのか、でまた話しは違ってくるであろうが。
やがてどれくらい時間がたったであろう。
茫然と墓の前にたちつくしていたプレセアが、やがてゆっくりと振り向いてくる。
ロイド達は何ともいえないままにその場にてプレセアを身守っていたのだが。
そして、振り向いてロイド達に深く頭をさげ、
「…パパを埋葬してくれてありがとうございました……」
ぽつり、とつぶやくように頭をさげつついってくるプレセア。
自分が何をしでかしたのか。
その事実がプレセアにとのしかかる。
依頼だから、仕事だから、という理由であの少女をあの男に手渡した。
自分にエクスフィアをつける原因となったあの男に。
そして、記憶にある中では父親は死体のままベットにいたはず。
にもかかわらず、こうして埋葬されている、ということは。
村人はこの家にはちかづくことすらしなかったはず。
だとすれば、彼らのうちの誰かが埋葬してくれた、ということに他ならない。
そんなプレセアの言葉にはっとなり、
「まさか、プレセア…記憶が……」
ジーニアスの戸惑いの声。
「…はい」
いって顔をふせるプレセアの姿。
「…そう。少しはおちついたかしら」
そんなプレセアを気遣うようにリフィルが声をかけるが、
「はい。…私、皆さんに迷惑をかけていたみたいですね」
「覚えて…いるのか?」
そういうロイドの声もまた多少震えている。
「…大体は……」
そういったプレセアの台詞に息をのむ気配がいくつか。
「…ねえ。プレセア。どうしてあんなエクスフィアをつけていたの?」
彼女が被験者であることは聞かされた。
それでもどうして、という疑問はある。
それゆえのジーニアスの問いかけ。
「ヴァーリという人からもらいました」
その台詞にピクリと反応し、
「やはり…ヴァーリか!」
思わず叫ぶリーガルの姿。
アルテスタのいっていた妹、そしてプレセア、という名。
歳をとっていない、という噂。
八年前の事件。
全てを統合すると、目の前のプレセアが誰なのかおのずと明かになってくる。
あの日、彼女とともに挨拶に向かうはずだった、
リーガルにとって、義姉となっていたはずの少女。
どうりで面影があったはずである。
そうおもう。
彼女がいうには姉とは三歳違い、そういっていた。
彼女と自分は八歳差だった。
彼女が奉公にあがってきたのは彼女がまだ十歳になるより前。
いつのころからだっただろう。
彼女を異性として意識しはじめたのは。
それは暖かな、そして優しくも残酷な記憶。
彼女がジョルジュによって引き渡されてしまったのが、挨拶にいく前日。
それがいまだにリーガルからしても悔やんでも悔やみきれない。
そして、あのとき、アリシアがあの石をはがそうとしたあのとき。
もっとつよく止めていればよかったと。
要の紋のことはしっていたはず、なのに。
きちんと理解していなかったあのとき。
アリシアを助けだしたときに、気付いていれば、あの悲劇は防げたかもしれない。
だからこそ、リーガルは自分を責める。
彼女をあのようにしてしまったのは自分である…と。
その思いはあまりにも強く、意図しなくても背後のほうにいるエミルにまで、その感情が流れ込んでくるほど。
ヒトがヒトを愛し、
それは他の生物にもいえること、であるが。
リーガルの感情を受け止めつつも、ゼロスとともに遅れてこの場にやってきたエミルは静かに目を閉じる。
この場は自分が何かいうことではない。
決めるのも、そして決定をするのも彼ら自身できめなければ意味がない。
「…十六年、か、きついな」
ぽつり、とゼロスがそんな彼らの会話が聞きとれたのであろう。
ゼロスはアイオニトスの服用によって、聴力などといったものは発達している。
みずほの民がプレセアのことをしっていたのは、彼らが独自に調べたわけではない。
それは神子ゼロスの依頼をうけて、秘密裏に調べていたこと。
ゆえにゼロスはその事実を知っている。
そして、しいなも。
秘密裏に調べていたがゆえに、研究関係者達はゼロスが真実にたどり着いている。
というその事実にすら気づいていない。
ヒトにとって十六年という年月はとてつもなく長いもの、であろう。
自分達…精霊達にとってはそれは一瞬の時間でしかないが。
ふとそんなことを思いつつも、
「ゼロスさんは前のほうにいかないんですか?」
「そういうエミル君はどうよ?」
「それじゃあ、二人でいきますか」
顔を見合し、ロイド達のいる、プレセアの父の墓としてつくったその前に、エミルとゼロスは足を向けてゆく。
エミルとゼロスが近づいてきているのを視界の端に捕らえつつ、
やがて、ぽつり、ぽつりと語り始める。
「…パパは、樵でした。この地方(オゼット)にしかない神木を納めたり…そうして生計を立てていたんです」
「お母さんは?」
「…私がまだ小さいときに…幼い妹を残して病死しました」
マルタの問いかけに静かに答えるプレセア。
「……だけど…」
あの日のことは覚えている。
家にはいると倒れていた父親。
「ある日、パパが倒れてしまって…病気、でした。
お医者にみせてもわからない病気。それにお金もあまりありませんでしたたし…
パパの友人という人がいいお医者さんをフラノールからつれてきてくれたりしたんですけど
結局、パパはそのまま寝たきりになって…家族三人が生きていくため。
そしてパパの治療費のためにどうしてもお金が必要だった」
でも子供にできることは限られている。
「パパの手伝いは私は当時からしてました。だから、できる、とおもったんです。
パパのように樵で生計をたてていくこと、が。けど、私の力では思うようにいかなかった。
妹と生きてゆく金額すら手にはいらなかったんです……」
「妹?妹さんがいるのね?その子は、今どこに?」
リフィルの問いかけにプレセアは静かに首を横にふり、
「あの子は…」
――お姉ちゃん、私、奉公にでるわ。少しでも家族の役にたちたいの。
――貴族様のところなら少しは私でもパパやお姉ちゃんの役にたてるでしょう?
――どうして?もうすぐエクスフィアっていうのが手にはいるのよ。
――そうしたら樵の仕事もできるし、家族三人で。
そういって引き留めたが、妹の決心は変わらなかった。
――でも、私も働きたいの。私には力がないから、お姉ちゃんみたいに樵はできない。
――だから…パパをよろしくね。お姉ちゃん。
そういって奉公にでていった妹の姿は、今でもプレセアの脳裏に昨日のことのように思いだせる。
「――妹は、自分にもできることがある、といって貴族の屋敷に奉公に…今も奉公にでているはず、です」
「…何という貴族、なのだ?」
といかけるリーガルの声は震えている。
「たしか、ブライアン家、と」
「っ」
では、やはり、この子は…プレセアは、アリシアの…
リーガルは言葉につまる。
今、ここで告白することはたやすい。
が、父を失ったと知ったぱかりの少女にここでいうことは、さらに傷を広げてしまう。
自分が彼女の妹を…殺してしまった、ということは。
でも、だとすれば、目の前の少女はどれほどの時を止めれらていたというのだろう。
それはとても残酷なこと。
アリシアと三歳違いであったというはずの彼女。
しかし、今のプレセアの見た目は十二かそこら、下手をすればそれ以下でしかない。
彼女がそのことに気付いたとき、時の流れの差に気づいてしまえば、さらなる絶望が彼女を襲うであろう。
だからこそリーガルは戸惑い、決心がつかない。
ちらり、とゼロスがリーガルをみれば、
リーガルは無意識なのかその体を小さく震わせているのがみてとれる。
その枷をつけている手もちいさくカタカタと震えている。
「?」
なぜリーガルが震えているのかロイドには判らない。
ゆえにそんなリーガルの様子をみて首をかしげつつも、
「病気のパパを助けたかった。妹を養いたかった。
パパのように大きな斧さえ振るえれば、パパも、妹も助かる。そうおもったんです。
力が、ほしかった。大きな斧でもかるがると振るえて木々をなぎ倒せるほどの力が。
そんな時…ヴァーリっていう人がロディルって人を紹介してくれたんです」
プレセアの話しをきくたびに、リーガルの震えている手に力がこもっている、のであろう。
無意識なのであろうがその握り締めた手からはぽたり、ぽたりと血がにじみ出ている。
「それから、サイバックの研究院に連れていかれて…そこでエクスフィアを」
それでもそのあと、父親は死亡した。
エクスフィアをつけられてからの記憶はとても曖昧で、
いつのまにか決められ行動しかしてこなかったような気がする。
自分とは三つ違いの妹。
妹が貴族の屋敷に奉公にいく、といったときプレセアもとめることができなかった。
必ず手紙をだすから、そういわれ、きちんと毎月手紙が届いていたのを思い出す。
その手紙はどうなった、のだろう。
記憶があいまいでその手紙をどうしたのかがあまり覚えがない。
「確か、プレセアちゃんの実験は教皇のやつの命令っていってたな」
ケイトから聞きだしているので間違いはない。
ゼロスが裏付けをとっている事実と突き合わせても。
そんなゼロスの台詞にを聞きつつ、
「…あのロディルとかいうディザイアンと教皇は確実にグル、ね」
よもやディザイアンと通じているなどとは思ってもいなかった。
まあ、マーテル教が信仰するクルシスという天界の組織がディザイアンと繋がっている以上。
互いのその長がユグドラシル、というのならば、
教皇、という立場のものは、それを知っていてもおかしくはないのかもしれないが。
それでも、シルヴァラントのあるいみでマーテル教における最高の権力者ともいえるファイドラは、
そのようなことをいってもいなかった。
あれはあきらかに知らなかったと確信をもってリフィルも断言できる。
でなければ、あれほどまでにディザイアンを嫌悪などできるものか、ともおもう。
まさかこのプレセアがロイドの母と同じ実験の被験者であったこともだが、
全てが繋がっていることに驚愕せざるを得ない。
そんなことを思いつつ、リフィルが盛大にため息をつく。
「とくかく。身よりがないならこの村にプレセアを一人でおいておくわけにはいかないよ。そうでしょ?」
マルタが全員を見渡しいってくる。
あの村人の態度にしても、彼女が心を取り戻した以上、つらい目にあうのは目にみえている。
「そうね。マルタのいうとおり、ね。村の人はプレセアをさけているし」
いってリフィルが思案し始めたその刹那、
「あ、あの。私、皆さんについていきたいんです。ダメでしょうか?」
恐る恐る、といった口調でプレセアがいってくる。
自分のしたことが理解できた今、断られるかもしれない、という恐れもある。
それでも、彼女なりのけじめはつけたい。
少なくとも、自分のせいでどこかに連れていかれてしまったあの少女、
たしかコレットといっていたはず。
あの子だけは助けたい。
「え?どうして?」
そんなプレセアの心情がわからないのか、ロイドがきょとん、とした声をあげる。
「……コレットさんが連れ浚われたのは私のせいです。
だから、コレットさんを助けるお手伝いをさせてください」
でなければ、プレセアは自分自身が許せない。
そんなプレセアの言葉をきき、そして意を決した表情を浮かべ、
「便乗するようだが。私もつれていってくれ。お前達の敵は…私の因縁の相手でもあるようだ」
リーガルもまた頭をさげていってくる。
そんな彼らの言葉をきき、ちらり、とロイドがリフィルに視線をむければ、
リフィルはかるくうなづいてみせる。
それはロイド、あなたが決めなさい、という意味合いの合図。
しばし目をとじ思案は一瞬。
「もちろんだ。コレットを助けるたにも二人の力をかしてくれ」
「はい。かならずっ」
「ありがとう。感謝する。我が力全てをもってしてお前の信(まこと)に応えよう」
そんな二人をしばし眺めたのち、
「さあ。一度、アルテスタのところに戻りましょう。彼も心配してるでしょうしね」
「しいなが戻ってきてるかもしれないしな」
リフィルにつづき、ゼロスが首をすくめていってくる。
「そう、だな。そうしよう」
いつまでにここにいても仕方がない。
しいながコレットがどこに連れていかれたのか調べてみせる。
そういった以上、しいなにまかせっきりなのもどうかともおもうが、
地理に詳しくない、というしいなのいい分もロイドには理解できる。
ならば、下手に動いてすれ違いになってはもともこもない。
「じゃあ、改めて。これからよろしくね!プレセア!」
ジーニアスがプレセアに改めて声をかける。
これから彼女と一緒に旅ができる。
という事実に不謹慎だとわかっていても心が弾んでしまう。
「プレセアちゃん。俺様のことはゼロス君ってよんでね」
「はい。ゼロス君」
それは今から二十年前。
ゼロスが彼女に呼ばれていた呼び方のまま。
王宮に父親とともにやってきていた彼女がまだ幼い日のゼロスをみてそう呼んできた。
ゆえに、ゼロスからしてみれば、くん、でよばれるほうがしっくりくる。
たとえ今の彼女の見た目が自分より年下であろうとも。
まだ二歳でしかなかったゼロスにとって、彼女は優しいお姉さんでしかなかった。
とてとてと王宮内をはしりまわり、こけていたときに助けてくれた優しい、姉。
それを彼女が覚えているかどうかまではゼロスには判らない。
彼女の事情をしったのち、あのときの優しいお姉さんである、としった。
始めから知っていたわけではない。
彼女の事情を知るうちに、その事実につきあたったまで。
「あ!あ!ボクのことは……」
声をうわずらせ、自己紹介をしようとするジーニアスだが、声がどもり、言葉がつづかない。
「ほら。いくぞ。アルテスタさんにも報告しなきゃ」
「そうね。いきましょう」
いって、皆がその場を離れるが、
「えっと、僕は…ジーニアスって…もう!ロイドの大馬鹿やろう!!」
呼び捨てで呼んで、そういおうとして意識して声をだせば、
ロイドの意見に従い、いつのまにか皆はこの場を離れていっている。
「…恋は盲目っていったヒトはだれだっけ?」
おそらく、今のジーニアスはプレセアの事情にきちんと気付いていない。
否、気づこうとしていないというべきか。
なぜかヒトは恋におちると自分の都合のいいように相手をみるようになる傾向がある。
そして自分の理想のまま、望んだままの姿を相手にもとめる。
相手の事情などしったことなどなく。
いい例がマルタもその一人。
かつて、マルタは自分の理想をエミルにとことんおしつけてきていた。
その理想と異なれば、そんなのエミルじゃない、と否定までして。
自分は自分でしかない、というのに。
ただ、マルタの理想と違うから、という理由だけで。
何となく今のマルタもいいそうな気がするが。
ジーニアスもそんな独りよがりな人間と同じになってほしくはないとおもう。
それは、プレセアにより悲しみを背負わせてしまうことになりかねない。
彼女の父親が自らの配下になった以上、プレセアはエミルにとってもまた身内同然、なのだから。
~スキット~アルテスタの家、しいなの帰りを待ち中・プレセア正気戻りの初日・夜~
ジーニアス「・・・プレセア、元気だしなよ」
プレセア「・・・私のことは気にしないでください。私より・・・コレットさんが」
夜になってもしいなは戻ってはこない。
それがより一層、プレセアを不安にさせる。
すでにもう手遅れになってしまったのではないか、と。
ロイド「大丈夫。あいつは強運の持ち主だから、絶対に無事さ。俺が保証するよ」
ジーニアス「まあ、コレットは神に愛されてるからねぇ」
ロイド「いや。愛されてるのはコレットのドジ、だろ?」
ジーニアス「もしかして、連れていかれた先でドジをやって。
もしくはこけて壁にあなあけて自力で脱出してたりして」
ロイド「あいつならありそうだなぁ。…そういや、あの状態でもコレットのやつ。
壁に激突しただけで人型の穴あけられるのか?」
ジーニアス「できるんじゃないの?だって輝石装着前からコレットそうだったし。
イセリアの村にいくつコレットの人型の穴があるかロイドだって」
ゼロス「・・・・・・・・は?」
ゼロスにはロイドとジーニアスの会話の意味がわからない。
ゆえに思わずきょとん、とした声を出さざるを得ない。
リフィル「そうね。コレットのドジはともかくとして。
プレセア。あなたが心配していたら、コレットも心配してよ」
ゼロス「って、リフィル様までコレットちゃんのドジを肯定するような発言を!?
コレットちゃんって一体……」
マルタ「それにしても、うぅん。エミルの料理はあいかわらずおいしい!」
タバサ「エミルサン。こんど、これのレシピおしえてください」
エミル「うん。いいよ」
ゼロス「これはおいしい、というよりはすでに芸術品だよな」
エミル「精進料理ってよばれてるんだよ。時間があったからちょっとつくってみた」
ゼロス「いや、ちよっとってレベルじゃないっしょ、これ」
ロイド「つうか。これ本当にどれも肉一つもつかってないのか?」
ゼロス「この水中百花杏仁豆腐、だったっけか?…王宮料理でもでないぞ?こりゃ」
リフィル「エミル…あなた、だんだんと料理こってきてない?」
エミル「え?いや、時間があったからちょっと」
一同「これは、ちょっとってレベルじゃ(ねえだろ)(ないから)(ないわね)」
アルテスタ「・・・・・・・・・・・・」
タバサ「?マスター?」
アルテスタ「…い、いや(何じゃ?この食事全てに含まれるマナの膨大さは…一体…)」
エミル「あ?口にあいませんでした?」
アルテスタ「い、いや。そんなことはないぞ。
ただ、あまりに食べたことがないほどに究極の味だったので、な」
ゼロス「たしかに究極の味だな。こりゃ」
エミル「おいしいものを食べれば元気になりますからね。少しは皆元気でました?」
ロイド&ジーニアス「でたでた!」
マルタ「エミルってほんっとうに料理上手だよね。きっといいお嫁さんになれるよ!」
タバサ「エミルさんは女性でしたか。納得です」
ジーニアス「ねえ。君って、冗談とか真に受けるタイプ?」
プレセア「…ぷっ」
ゼロス「お。ようやくプレセアちゃん、わらったな。女の子は笑ってたほうがいいぜ?」
プレセア「あ、わ、私、今?」
リーガル「うむ。暗い考えばかりをしていたら、気分もおちこむ。という。私の大切なものもいっていた。
気分が沈んだときなどはおいしいものをたべたらおちつく、と」
ほぼ強制的にたべさせられていたリーガルにとって優しい記憶。
プレセア「……私…でも、コレットさんを助けだすまで自分を許せそうにないです」
ゼロス「んじゃまあ、たとえば願い札みたいなのをつくってみるとかってのはどうだ?
少しは気がプレセアちゃんも気がまぎれるんじゃねえのか?」
プレセア「?願い札?」
ゼロス「おう。ここにしいなのやつがいたらいうだろうしな。
みずほの風習さ。木の札に願い事をかいて神にささげるらしいぜ?
あ、みずほの神ってのは、クルシスなんかじゃねえぞ。
大地そのもの、世界そのものって話しだしな。
他にも八百万(やおろず)の神をあがめてるっていう話しだけどな。
気晴らし程度かもしれないけどよ。やってみたらどうだ?
プレセアちゃん、樵なんだったら木の扱いはたけてるっしょ?」
それは、あの日、プレセアに小さな木のお守りといってもらった品があるからいえること。
心を失っていたプレセアではあるが、細工ものなども手掛けていた。
ゆえに手先の器用さはゼロスも保障ができる。
プレセア「・・・・やってみます」
ロイド「俺も手伝うよ。細かい仕事は得意だからな。なんか面白そ~だし」
プレセア「なら、私は願いを書く札をつくるために神木をとってきます」
ゼロス「うげ。そこまでする!?」
リフィル「プレセア。私もその神木に興味があるの。伐採のときに同行してもいいかしら」
プレセア「はい」
ゼロス「リフィル様。けど、神木って毒の沼地にしかはえてないんですけど?」
リフィル「あら?そうなの?なら余計に私は同行しなくては。
毒にかかったりしたら治癒術が必要でしょう?」
ゼロス「おお。リフィル様の治癒術かぁ。俺様も手伝いにいこうかなぁ。
んで、リフィル様のてあつ~~い治療を…」
ジーニアス「あんたには状態異常回復のボトルで十分だとおもうよ」
ゼロス「何を、このガキっ」
エミル「あ、皆さん、おかわりありますよ~」
一同「おかわり!!」
プレセア「…神木で、願い札…私、やります。
御神木でつくった願いなら、効果が高いかもしれないから……」
リーガル「だからといって、もう夜も遅い。今からいこう、などとはいわぬことだな」
プレセア「……はい」
エミル「なんか、いわれなかったらいってそうな気配だよね。プレセアって」
プレセア「そのつもり、でした」
マルタ「プレセア!女の子が夜に出歩いたらだめなんだよ!
パパがいつもいってたもん!夜にであるいたらひとくい狼がでるって!」
リフィル「それって……」
マルタ「街の中だから大丈夫っていうのに、街の中だからこそでるって。パパが」
ゼロス「うひゃひゃ。たしかに、な」
マルタ「ええ?!夜ってそんな狼がでるの?」
エミル「?狼達は街中にわざわざはいりこむようなことはしないはずだけど?」
リフィル「…エミル、あなたがいう狼とはまた違うから……(盛大なため息)」
エミル「???」
マルタ「?」
ロイド「なあ、どういうことなんだ?パルマコスタに狼なんてでるのか?」
マルタ「パパがいうのはでるんだって。とくに私みたいなかわいい子をねらう狼が」
ロイド「なんだ。なんかより好みする狼だなぁ。というか狼は森だろ?」
ジーニアス「…ロイドって…」
ロイド「何だよ」
ジーニアス「…何でもない」
リフィル&ジーニアス「…はぁ」
ロイド「何だよ。先生もジーニアスも変なの」
エミル「…後から確認させとく必要があるか?」
マルタ「?何かいった?エミル?」
エミル「ううん。何でもない」
センチュリオン一同
(影の中にて)「やはり、ラタトスクはまだわかっておられないぃぃ!(悲鳴にちかい心の叫び)」
ゼロス「(確認?あのときのことにしろ、エミル君にはやはり何かがある、な。
クルシスとレネゲード、そしてクラトス。…エミル君もそれに含める、か?)」
それはプレセアの家で、あの彼を魔物にエミルが変えたあのときに。
エミルからいわれた提案。
このことは黙っていてくださいね。
そのかわり、何か一つだけでしたら何でも願い事できる限りかなえられればかなえますよ。
その提案。
何でも、というのがゼロスとしてはきにかかる。
まるで、そう。
その言い回しは何もできないようなことがないような言い回しだった、のだから。
※豆知識※八百万(やおろず)の神※~参照Wikiより~
神々は、いろいろな種類があり、発展の段階もさまざまなものが並んで存在している。
神には大別して以下のような側面がある。
1.自然物や自然現象を神格化した神
2.思考・災いといった抽象的なものを神格化した観念神
3.古代の指導者・有力者などを神格化したと思われる神、
氏の集団や村里の守り神とされるようになる神々
4.万物の創造主としての神
5.万物の創造主・主宰者としての全能の天皇
6.王権神授説における divine としての神(天皇)
※ ※ ※ ※
「コレットさん・・・無事でしょうか?」
アルテスタが許せたわけではない。
謝られても失われた時間が戻ってくるわけではない。
でも、彼も被害者であることはわかった。
村人の命を盾にとられ、いうことをきくしかなかったのだ、と。
それは心を、意識を取り戻す前にあの場にてきいていた。
そのことをプレセアは覚えている。
だからこそ、許せない、けども彼だけをなじることができない。
なじって、恨んでしまえば楽だ、とわかっていてもなお。
でも同じ部屋にいたくなく、こうして今は外にでてきている。
アルテスタの家にと戻り、彼から謝罪の言葉をうけた。
ロイド達からも償おうとしている、といわれた。
それでも、割りきる心と感情はまた別。
彼が自らに輝石を装着したことはプレセアも何となくだが覚えている。
引き合わされたあのときのままのドワーフ、だったのだから。
だからそのまま、仕事にいってきます、といって外に飛び出している今現在。
森の中で木を切っていれば安心する。
森の木々の柔らかな匂いがプレセアの気を落ちつける。
ロイドはそのまま、今度はコレットの要の紋をつくるといって作業場にこもっている。
「無事であることを願うしかない」
自分も手伝おう。
といっていつのまにかついてきていたリーガル。
なぜこの人が自分を気にかけるのか、プレセアにはわからない。
けども、お前も被害者なのか、といっていたことから、
彼もまた身内、もしくは親しいものがヴァーリの犠牲になったのかもしれない。
それに何より彼がプレセアをみる目は優しい。
自分を通して誰かをみているような気がしなくもないが。
「私・・・必ずコレットさんを助けます。
私のせいで、ロディルに連れて行かれてしまったんですから」
バキバキ…ズザァッン。
一本の樹をなぎ倒し、その木をリーガルが枷がついた手にて受け止める。
「・・・そうだな。過去は変えられぬ。できることをやるしかない。ただ真摯に……」
リーガルが支えている木をプレセアが慎重に斧をふりかぶりきりわけてゆく。
ある程度の大きさに切りそろえ、それを束にし薪とする。
薪の束をつくりつつ、
「はい」
プレセアはそう答えるしかできない。
「しかし、どれほどの薪をつくるのだ?」
「そう、ですね。…これは村の前にいつものようにおいておきます」
薪を村の前に置きはじめたのはいつだったか。
追い出されたくなければいうことをきけ。
そういわれたような気がする。
だからこそ、プレセアはうとまれていても追い出されることがなかった。
無料で薪を提供してくる労働力として。
まずは、妹をさがし、そして伝えないと。
父親が死んだことを。
プレセアはそうおもうが、彼女はまだ知らない。
目の前にいるリーガルがその妹をとある事情で殺めた、というその事実を。
「ついているな。ちょうどお前をさがしにでようとおもっていたところだ」
みずほの里にともどってきたはいいものの、なぜに里の前に彼らがいるのだろう。
思わず身構えるしいなの前にあらわれたのは、レネゲード、と名乗っていた男たち二人の姿。
さらにいえば、しいなをシルヴァラントに招き入れた人物達。
「私を!?」
「そう怖い顔をするな。神子の居場所を教えてやろう」
そういい、青い髪の男性…レネゲードのユアンは笑みをうかべる。
「コレットの…居場所を?」
真意はわからない。
が、彼らが神子の器化を阻止しようとしているのは知っている。
彼らの報告があり、国王はシルヴァラントの神子暗殺を決定したといってもいいのだから。
だからこそ…
「どういう、ことだい?」
それはかけひき。
利用できるものは利用する。
それはみずほの里のものにとっては絶対的なる真理。
か~ん、か~ん。
森の中、木を伐る音が鳴り響く。
「毒の沼地…ね」
翌日。
プレセアとともにやってきた神木が生えている、というこの場。
たしかにこのあたり一帯は毒の沼地といってよい。
昨日、ゼロスの意見でプレセアが願い札、というのをつくることにしたらしく、
そして、そのための材料。
オゼット地方にしか生えていない、という神木。
その神木を伐採しにきたプレセアに同行してきているリフィル。
ロイドは昨日から作業場にこもりっきり。
どうやら必死で今度はコレットの要の紋をつくっているらしい。
マナリーフがあれば、とアルテスタがいっていたが、ないものはしかたがない。
いずれはきちんと材料をそろえ、きちんとした品をつくる必要がある。
ともいわれているが、意識を取り戻させるだけでも、とロイドにいわれ、
ならば方法はある、とアルテスタがいい、その要の紋を作成している今現在。
「…古の戦いにおいてとある兵器を利用した結果、このような大地になった、
といわれし場所がここ、なのね……」
常に毒を発生させる死の大地となりはてた。
かつてそのような文献をリフィルは読んだことがある。
たしかにここまで毒の沼地というか、足場が毒のぬかるみで覆われていれば、
通常の人はこの地に立ち入っただけで気分がわるくなるか、
もしくはこの周囲にみちている毒が気化した空気を吸い気分がわるくなるであろう。
ところどころにみえている腐食しかけの形ある何か。
しかも毒の沼地からは、時折、こぽり、と気泡とともに、
そこからどうみても魔物らしきものがわき出ているのがみてとれる。
それはこの地にて死したものがその強き念によって新たに産まれなおした姿といってよい。
新たな魔物、グール系の魔物達。
ここ、ガオラキアの森にいるほとんどのそれらの系統の魔物はここから産まれている、といって過言でない。
本来、ここを通るのに必要なのはホーリーボトル、とよばれし聖なる薬。
一定期間、さまざまな悪意を退ける効果があるそれは、
しかし周囲の毒となりえしものが強ければ強いほどその効果時間は短くなる。
ゆえに、より強い力がもとめられる。
それでなくても固い神木を斬り倒すのに普通の人々ならば、
かるく数十本単位のホーリーボトルを消費してしまう。
神木を伐採して生計を立てるにしても、先立つものが必要となる。
ゆえに神木の伐採は採算があわないがゆえに、ほとんどのものが見向きもしない。
そもそも、木を切り倒すためにかるく万単位のガルドが先行投資として必要。
そんなお金があればわざわざ普通、樵などするはずもない。
「おまたせしました。リフィルさん、ありがとうございます。いつもよりもかなり楽でした」
「気にしないで」
いつも、プレセアはホーリーボトルを使わずに作業していた、らしい。
父親は何か技のようなものを使い、毒の霧を無効化していたらしいが、
プレセアはそういうことができない。
ゆえに、力がないときはほとんど樵で生計をたてることができなかったという。
かろうじて、森にすまう生物などを狩り、その皮などをうったりしていた、らしいが。
しかし、村人はプレセア達家族に対し、あまり友好的ではそのころからなかった、ときく。
何でも昔は王都に住んでいた、らしいが。
病弱気味の母親の体調を父親がおもい、こちらに引越してきたらしい。
結局、母親はプレセアが五歳のころ、そして妹が二歳のころに亡くなってしまったらしいが。
王都で手にはいったというよくきく薬、というものが手にはいったから、
といって母親はならよくなる、と希望を抱いていたその矢先だった、という。
それはここにくるまで、リフィルがかろうじてききだせたプレセアの事情。
饒舌、ではないが、ゆっくりと聞きだすことにより大まかな把握はできたとおもう。
そんなことを思いつつも、頭をさげてくるプレセアにと返事を返す。
周囲をざっとみれば、毒の沼地だというのに、花や、そして時折木々の姿もみてとれる。
長い年月の間に、毒に耐性がある草木がこの場にて育っているらしいことがうかがえる。
「じゃあ、もどりましょうか。それで願い札というのをつくるのでしょう?」
「…はい」
リフィルの言葉に顔をふせる。
そのプレセアの表情は…暗い。
「…急ぎましょう。雨が降りそうだわ」
空が薄暗くなりかけている。
この調子では、昼過ぎにはおそらくは、雨が降り始める、であろう。
ザァァ
雨が降り注ぐ。
まるで、連れ浚われたコレットが悲しんでいるかのごとく。
もしくはそれを誰かが悲しんで盛大に空がないているかのよう。
「…しいな、もどってこないね」
窓から外をみつつ、マルタがぽつり、とつぶやく。
「さすがに、一晩くらいでは無理でしょう。
それにしても…雨が降り始める前にもどってこれてよかったわ。ところで、エミルは?」
「周囲の見回りにいってくるって。私もついていきたかったんだけど……」
その前に、いつのまにかやってきていたらしき鳥の魔物にのっていき、
エミルはあっという間に姿がみえなくなってしまった。
ゆえにマルタは追いかけることができなかったといってよい。
「アルテスタさんは昨日から何かを書き留めてるし……」
口調で、自分には時間がない、と常々彼はそういっている。
ロイドに作業の指示をしつつも、何かをひたすらに書いているのをリフィルは知っている。
その意味をリフィルが聞いても首を横にふるだけで。
しればお前達も巻き込みかねない、といってその理由をおしえてすらもらえていない。
しかし、巻き込む、という言葉がでてきた以上、
あのロディルに関係している何かがある、とおもうべきか。
協力に否定的でしかなかった彼が協力してきたのにも意味があるのかもしれないが、
今のリフィルにはまだ判断材料が少なすぎる。
「ゼロスもさっき、周囲を見回ってくるって外にでたっきりだし」
今、家にのこっているのは、この家の住人であるタバサとアルテスタ。
そして、奥にこもり、プレセアがとってきたという神木において、
願い札になるという札らしきものを作成しているロイド。
その横では自分もつくる、といって作業しているジーニアスに、
プレセアもまた自分でやってこそ意味があるとばかりに作業していたりする。
彼らはアルテスタが自由につかっていい、といった作業場で没頭しており、今この場にはいない。
リーガルはタバサとともに、台所にこもっている。
リーガル曰く、お世話になるのだから、何の御礼もできないのならばせめて料理の一つでも。
という理由らしいが、
リーガルがそういったとき、ロイド達がリーガルが料理ができるのか、とたまげていたが。
「それにしても…あのときのやりとり、面白かったなぁ」
ふとマルタが思いだしたように、窓際からリフィルの座っている椅子の前。
すなわち、机の前の椅子をひきこしかけながら、
その手を机につきつつもそんなことをいってくる。
それは今から少し前のこと。
「ふむ。我々もここに何もせずにお世話になる、というわけにはいかんな。
ロイド、お前はプレセアの願い札、というのをつくるのであろう?」
リーガルがロイドにとといかける。
今、彼らがいるのはアルテスタの家の中。
そのリピングとなっているらしき開けた場所。
「ああ。アルテスタさんが作業場を自由につかってもいいって。
道具や材料も必要とあらばつかってもいいっていってくれたしな」
先ほど、プレセアとリフィルがとってきたという神木。
プレセアが神木をとってもどり、しばらくしてロイドの作業。
すわち、コレットの要の紋かわりにする首飾りも作成し終えた、らしい。
「ざっとあれみてみたけど、たしかにものすっごい固い材質の木らしいな。
でも、だからこそしっかりしたものがつくれそうだしな。
柔らかい木とかだったら下手に力いれすぎたりしたらすぐにダメになるしな」
「あれは…かなりの力…必要、です」
ロイドの台詞にプレセアがぽつり、といってくる。
あまりの木の固さに普通の細工道具の刃物程度ならば、
いともあっさりと刃こぼれを起こす、といわれているのが神木たる所以の一つ。
「なんか、アルテスタさんもそんなこといってたな。
特殊な加工がしてある刃物とかじゃないとすぐに刃こぼれすんだってさ」
「プププププレセア、ほぼぼぼくも手伝う」
「え?ジーニアス。お前もならつくるのか?よっしゃ。どっちのできがいいか競争だな」
ジーニアスが言葉をどもらせつつもいえば、ロイドがきょとん、としていってくる。
「ふむ。では、ロイドとジーニアスはプレセアの手伝い、か。
ならば私はできることを。この家にお世話になる間だけでも私が料理をつくるとしよう」
「「「え!?」」」
驚愕の声は、マルタ、ロイド、ジーニアスのもの。
異口同音で驚いた表情を浮かべ言葉を発していたりする。
「リーガルさんって…料理つくれるの?!」
驚いたようなマルタの台詞。
「料理なんて…できるのかよ?リーガル?」
こちらもこちらで目をぱちくりさせて、そういったリーガルをみつめているロイド。
「ふ…甘く見られたものだ。できるかできないかは食べてからいってもらおう」
いいつつ、立ち上がり、
「タバサ殿。台所へ案内してもらえるか?」
「ワカリマシタ」
客人の望みは最優先にすること、そう命令をうけているがゆえに、タバサには異存がない。
「でもさ。リーガルって、手枷してるんでしょ?まさか料理は足でつくったりとかして」
ジーニアスが冗談のつもりでそういえば、
「当然だ」
『・・・・・・・・・・・』
さらり、と肯定の言葉をいわれ、一瞬その場にいる全員が黙りこむ。
なぜか、ぴたり、とお茶を飲んでいたアルテスタまでもが手をとめて、
ごほごほとむせ込んでいたりする。
おもわず、まさか、という視線がリーガルに集中するが、
「冗談だ」
そんな彼らの視線の意味を理解したのか、さらり、とそんなことを言い放つ。
そんなリーガルに対し、
「だあ!真面目な顔をして冗談なんていうなよ!冗談にきこえないんだよ!もう!」
ロイドが頭をかきむしりつつもそんなことをいっているが。
「ちゃんと手でつくるの?手枷してるのに?」
「やりようはある」
もっともはずそうとおもえばいつでもこの手枷ははずせるのであるが。
それをリーガルは彼らにはいっていない。
「あ、ならさ。俺がその手枷はずしてやろうか?邪魔だろ?それ?」
「そういえばそうだよね。それ生活していく上で邪魔じゃない?お風呂とか、トイレとか、食事とか」
ロイドの言葉にジーニアスがいうが。
「いや。この手枷はわが罪の象徴。この手枷は我が罪の戒め」
いいつつ、手枷をつけている手を目の前にもってくるようにともちあげる。
「?手枷が罪の象徴?もしかして、リーガル。手枷泥棒とかでもつかまったのか?」
「「・・・・・・・・・・・・・・はぁ」」
きょとん、としていうロイドの台詞に、一瞬無言になったのち、
同時にため息をついているリフィルとジーニアス。
「…この子はどうしてこう、なのかしら?私の教育が間違っていた、というの?」
リフィルががくり、と肩をおとしつぶやいているのがみてとれるが。
「ま、まあ。このものはわしの同胞のドワーフに育てられた、ときく。
感性が普通の人間と違っていてもし肩がなかろう…たぶん」
アルタステがリフィルを慰めようとそういってくるが、
あるいみでそれはなぐめにも何にもなっていない。
「そんなわけないでしょ?まったく」
リフィルがさらに呟きつつも盛大にため息つきつつロイドに突っ込みをいれると、
「そうか?んじゃ、道行くひとに手錠をかたっぱしからつけてったとか!」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」」」
今度のため息は、セイジ姉弟だけでなく、リーガルまでも含まれていたりする。
そして。
「…すまない。もう少し判り易く説明すればよかったな」
深く深くため息をつきつつもそういってくるリーガルだが。
「…シルヴァラントのドワーフはどういう育て方をしたらこうなるんじゃ?」
どうやらアルテスタにもロイドのその感覚は理解不能、らしく首をかしげていたりする。
「いや、これは絶対にダイク叔父さんのせいじゃないとおもう」
そんなアルテスタにたいし、ジーニアスがぽつり、とさらなる突っ込みをいれているが。
「?どうしたんだ?皆。俺、なんか変なこといったか?」
ロイドはなぜ皆が呆れた表情をしているのかに気づいていない。
「そ、そういえばさ。プレセアって普段どんな仕事をしてるの!?」
空気を変えよう、そう思ったのか、ジーニアスがプレセアにと問いかける。
「…?樵、ですが?」
知っているはずなのに、何をきいてきてるのだろうか。
そうおもいつつも、素直にこたえるプレセアに対し、
「きこり…か、かわいい仕事だね!えっと、すごく女の子らしいよ!」
「女の子らしい…か?」
「…はぁ~」
ジーニアスの台詞にひきつったような声をあげるロイドに、
弟のそんな態度をみてさらにため息をついているリフィル。
まさか、とはおもったが、どうやら弟はこのプレセアという子に一目ぼれをしてしまったらしい。
異種族同士の恋など実るはずもないどころか、それは悲劇のきっかけでしかない、というのに。
「仕事、といえば。メルトキオじゃプレセアちゃんが作る幸せのお守りが大ブームなんだぜ?」
ゼロスがふと思い出したようにそんな会話の中にと割ってはいってくる。
「すっご~い。さすがプレセア」
ジーニアスがゼロスの台詞にすかさずプレセアをほめたたえるが、
「すげえな。俺なんて自分の腕はまだまだだ、といって人に売ったりするの認められてないのに。
で、どんなお守りなんだ?」
未熟な腕で人様からお金をもらうようなことはすんじゃねえ。
というダイクの意見もあり、いまだロイドはそういった仕事、
すなわちお金にからんだ仕事はまかせられていなかった。
ゆえにロイドも素直に感心せざるをえない。
どうやらさきほどの手枷云々は綺麗さっぱり忘れているらしい。
「……熊、です」
完結に答えるプレセアの台詞に。
「「「はぁ?熊??」」」
異口同音にて声を重ねるロイド、ジーニアス、マルタの三人。
「木彫りの熊だよ。口に紅鮭加えてるんだぜ。フラノール地方のとある村の名産品なんだけどな」
「…くま?」
「紅鮭?」
「ふむ。熊が鮭をとれるとするならば、産卵時期か?」
目をぱちくりさせてつぶやくロイドとジーニアスとは対照的に、
どうやら別のところでスイッチがはいったらしいリフィルが興味深そうにいっているが。
「そいつを。玄関においておくとな。金持ちになれるんだ」
「はい。パパがそういってました。パパがつくっていたのを引き継いでつくって、います」
ゼロスの台詞にこくり、とうなづき、プレセアが肯定の意を示す。
もともとは、父親がやっていた仕事。
それをプレセアが受け継いでいる。
感情を失っているときでも、仕事の一環としてそれらの品々はつくっていた。
「コンバティールの熊の置物は有名、なんだぜ?何しろブランド扱いだ。
他の細工ものにしてもな!テセアラで誇る細工品のブランドの一つだな!」
「…ゼロス君。それはいいすぎ、です。私の腕はパハにはまだ遠く及びません」
「またまた~、謙遜してさ。プレセアちゃんは誇っていいとおもうぜ?
プレセアちゃんがつくった、ネズミのブローチも貴族のお嬢様がたに人気なんだぜ?」
二人だけで通じる会話をしていることにむっとした、のであろう。
「ね。ねえ。プレセアはその紅鮭くわえている木彫りの熊以外にも他にも何かつくってるの?
今、ネズミのプローチっていったけど、どんなのなの?」
「プローチか。それなら俺もつくれるぜ!仲間だな!」
ロイドがいうが。
「ロイドはまだ人に売ったりするほどのものじゃないっていわれてたでしょ?
でもプレセアはもう人に人気がでるほど売れっ子なんだよ。すごいね。ねね、どんなブローチなの?」
目をきらきらさせとといかける。
そんなジーニアスの台詞に、
「……トンガリマダラトビネズミ、です」
「「は?」」
プレセアの台詞とともに、
再び先ほどと同じようなリアクションをとっているジーニアスとロイド。
「うわ。舌をかみそうな長い名前~」
二人の反応からきこえなかった、とおもったのであろう。
「トンガリマダラトビネズミのブローチです。幸運を呼ぶ鼠、として有名、です」
プレセアの言葉に訂正をいれるかのごとく、
「ここ。オゼット周辺にだけ生息するネズミだよ。
その姿をみたら幸せになれるっていわれてる伝説の鼠なんだぜ?
プレセアちゃんがつくる、トンガリマダラトビネズミのブローチは、
その精密さ、そのリアルさもあいまって、貴族の女の子達に大人気なんだぜ!
そのブローチの御蔭で幸せになったっていう女の子もかなりいるほどさ。
ちなみに、神木でつくられているプローチの値ははるが、
普通の木でつくられたのは一般の女の子にも大人気。
あまり関係ないけど野郎どももそれをもってして女の子に告白することもあるらしいぜ」
「さっすがプレセア!」
「…仲間…じゃないな。俺、そこまで誰かに人気がでるものつくったことねえしな」
「ロイドは自分がつくったのをヒトにあげたりはしてるけど。そこまでつくって、ともいわれないもんね」
「悪かったな」
ジーニアスに突っ込まれ、ロイドがむっとしたような症状を浮かべるが。
そんな会話をききつつも、
「んじや、俺様はちょっくら外の見回りにでもいってくるな~」
「え?外は雨だよ?ゼロス?」
立ち上がり、玄関のほうにむかっていくゼロスにきょとんとしてマルタが問いかける。
「そういうけどよ。マルタちゃん。エミル君だって雨が降る前にでたっきりっしょ?
ま、こ~んな田舎じゃすることも限られるだろうけどな~。んじゃま、いってくるわ」
それだけいいつつ、いまだ雨が降り始めたばかりの外にとでてゆくゼロス。
「とりあえず、じゃあ、俺はその願い札ってやつを創り始めるか。雨だし。
しいながもどってくるまですることないし」
それに何かをしていなければどうしても悪い方向にばかり考えがいってしまう。
「なら。僕も」
「神木、どれくらいきればいいですか?」
「とりあえず、ワッカにきってから、それからにしようぜ」
ゼロスに続き、ロイドもまたジーニアスとプレセアとともに、神木をおいてある薪置き場へと向かってゆく。
それがつい先刻のこと。
あれからロイド達は作業場にこもったままでてこない。
リーガルはいまだに台所で鍋にはりついている。
「そうね。マルタ、退屈ならば授業でもしましょうか?」
「…え?い…いやぁ!勉強嫌いぃぃっ」
「あら?エミルはもしかしたら勉強のできる賢い子がすきかもしれないわよ?」
「う、うぐっ」
リフィルの指摘にマルタは黙り込む。
「あの子、常識とかすこし疎いところがあるみたいだから。
あなたがいろいろと教えてあげれば、マルタって頼りになるね、とかいわれて…」
「リフィル先生!しっかり私にご教授のほどをおねがいします!」
しっかりと、いつのまにかたちあがり、リフィルの手を握っているマルタの姿。
「え、ええ」
どうもこの子、前からおもっていたけどエミルが絡んだらものすごくわかりやすいわね。
もっとも、自分の理想をエミルにおしつけている節が多々とみられなくもないけど。
エミルがマルタのことをどう思っているのかまではリフィルはわからない。
マルタくらいの年頃は、恋に恋する年頃でもあるので、恋をするな、とはいわないが。
しかし、ともおもう。
本当に、エミルは一体『誰』なのだろうか、とも。
パルマコスタでリフィル達はエミルと出会った。
そのときは、エミルは旅をしている、といっていた。
同行を始めたきっかけは、目的地が同じだから、コレットが一緒にいこう、といったがため。
結局、エミルが何を目的としていたのか、リフィル達は聞き出せていないまま。
おそらくエミルに問いかけても話しははぐらかされてしまうであろう。
魔物達を使役しているようにみえる姿ですら、
そのこと自体をエミルはまったく変わったことをしている、という自覚をもっていない。
すなわち、それがあたりまえ、として認識している証拠でもある。
育った環境がはてしなくきになりはするエミル、という少年の正体。
しかも、精霊達のみと通じる言葉らしきものを話していたこともきにかかる。
エルフ族以外に隠れ里のような場所に住んでいる存在がいる、というのだろうか。
わからない。
ないが、何となくだがそこに今の状態を突破するための打開策があるようにもおもえる。
それは勘でしかないが。
「なら、はじめましょうか」
今はともかく、自分にできることを。
そんなことをおもいつつ、リフィルによるマルタへの授業が開始されてゆく。
コレットが連れ浚われ、二日目が経過することを示すかのように、空は再び暗くなっている。
目の前には並べられた皿の数々。
「……ちゃんと手でつくったんだろうな?」
食事の用意ができた、といわれ、作業場からやってきたものの、
リーガルがこれをつくった、といわれ、恐る恐るといった感じでリーガルにと問いかけているロイド。
「あれは冗談だといっただろう。足で料理する人間がどこにいる」
器用にも手枷をつけたままでお皿を並べてゆくリーガルをみつつ、
「だって、リーガル、あんたマジな顔でいうからさぁ」
「ねぇ?」
ロイドのその台詞にはどうやらジーニアスも同意、らしい。
「お。素朴な味だねぇ」
戻ってきていたゼロスがスプーンにて並べられているお皿にもられているそれを一口すくい、
口に運んだのちそんなことをいっているが。
「お。以外。これおいしいぞ!」
ロイドもつられ、いただきますの挨拶をしたのちに、それを口にと運ぶ。
「…ママの味……」
プレセアがそれを口にし目を見開き、思わずそんなことを呟いているが。
「?どうかしたの?プレセア?でもよかったぁ。
リーガルって料理はできたんだ。姉さん達みたいならどうしようかとおもった」
「どういう意味かしら?ジーニアス?」
「達、ってどういう意味?ジーニアス?」
自覚があるのか、ほぼ同時にそんなジーニアスにたいし突っ込みをいれてきている
リフィルとマルタ。
「いえ。ジーニアス。何でもないです。でも、おいしい…です」
それは懐かしき味。
ゆえに、ゆっくりと味わうようにプレセアは料理を口にしていく。
そういえば、料理をきちんと味わって食べるなんていつぶりだろうか。
それすらも忘れてしまっていたような気がしなくもない。
「エミルみたいに具に凝った細工が施されているわけじゃないけどさ。これ、うめえよ!リーガル」
ロイドがぱくぱくと口にスープを運びつつも、リーガルを絶賛する。
「エミルのあれを食べたら他のはかすんじゃうけど、ね。
うん。家庭料理っていうのはこんな感じなのかなぁ?素朴な味ってやつ?」
濃すぎず、かといって辛すぎず。
リーガルがつくりしクリームシチューは何となく食べたものを懐かしくさせるような、
そんな素朴な味をかもしだしている。
「でも。ふとおもったんだけど。ジーニアスも料理うまいし、もしかして俺らのメンバーって、
女性陣よりも男性のほうが料理が上手…とか?」
「そういえば、神子の料理の腕前はどうなのだ?」
「俺様?俺様はそりゃ、きちんとしてるよ?
必要に迫られたのもあって自分できちんと作れるようにはなってるしな。
ちゃぁんと高級シェフにノウハウはならったぜ?」
幾度も食事に毒が盛られたりしたがゆえ、ゼロスは自分でつくることを提案した。
否、せざるを得なかったというべきか。
やるからには手をぬかない。
それがゼロスの信条。
「ふむ。その真偽はともかくとして。たしかにいわれてみれば。一般的なシェフも男が多いな」
リーガルがふと気付いたようにそんなことをいっているが。
ちなみに、今日のメニューはクリームシチューとロールキャベツ。
ついでにオムライスにデザートにレモンパイ。
…かなりリーガル的にも頑張ったらしい。
「たしかにおいしい。けど、エミル、どうしたんだろ?もどってこないし」
たしかにリーガルがつくった料理はおいしいが。
マルタが気になるのはそこではなく、戻ってこないエミルのこと。
「エミルのやつ、空を飛ぶ魔物でとんでったんだろ?
もしかしたらエミルなりに調べにいったのかも。
そういえば、料理人に男が多いっていう今のリーガルの意見だけどさ。
もしかて料理って結構以外と重労働だからじゃないか?
以外と体力いるし、材料をとりに森に狩りにいったりしてさ」
「ロイドくんよ~。ここじゃ、きちんとわざわざ狩りをするものはするもの。
いちいち、一般の人々や貴族はそんな自分達で狩りとかにいって食材確保なんてしないぞ?
もっとも、遊びの一環で狩りをしたりしてたしなみ程度にすることはあるけどな」
ここ、テセアラでは店にいけばきちんとすでに仕える状態で店でうられている。
それを人々が購入するのが一般的。
シルヴァラントでも大概の街や村ではそうだが、ロイドは基本的に、
ダイクと共に森ですんでいたがために自給自足の生活になれている。
ゆえに基準がどうしてもそちらよりの考えになってしまい、
店で食材を購入して云々、という感覚にどうしてもすぐにはたどり着けない。
もっとも、この旅の中ではどうしても店での購入等を主としたがゆえ、
以前よりは多少なれているにしろ。
そんなロイドとゼロスのやりとりをききつつ、
「そうね。たしかに。その可能性もあるわ。
どちらにしても、コレットがどこに連れていかれたのか。それがわからなければね」
リフィルがそうため息をつくとともに、
「それなんだけど、居場所がわかったよ」
突如として声が響き、
ぽふん、という煙とともに、その場に人影がひとつ出現する。
『しいな!?』
噂をすれば何とやら、というべきか。
「よかった。ほんとうにエミルの言った通りだったよ…
あんたたちここにいたんだね。皆にはこれからみずほの民にきてほしい。
…コレットの意場所がわかった、よ」
いきなり現れたしいなの台詞に、
「え?エミル?しいな、エミルもいるの?」
マルタがしいなに思わず問いかけるが。
「あの子は…あの子は今は里でまってるよ」
少し顔をしかめつつもマルタに対しこたえてくる。
「何があったのかしら?」
リフィルがといかけるが。
「ゆくのはいいが、食事をすませてからにしてはどうだ?
しいな。お前もたべていくがいい。腹がへっては戦はできぬ、というからな」
リーガルの台詞に、ふと。
「…そういえば、昨日からあたしも何もたべてなかったっけ。
そうだね。ご相伴させてもらうよ。話しはたべながら、のほうがいいだろうね。
…あたしにもよくわかんないことになっちゃっててさ」
それはしいなの本音。
でも、一番の懸念していたことがいつのまにか解決していたことは嬉しい限り。
かたん、としいなもまた席につき、何があったのか、しいなの口から語られてゆく――
「ついているな。ちょうどお前をさがしにでようとおもっていたところだ」
ロイド達と別れ、芳しい情報が得られず、里の協力を仰ぐためにともどってきた。
なのにどうして。
この里の前に彼らがいるのであろうか。
みおぼえのある二人連れ。
その後ろにはこれまたみおぼえのある鎧に身をつつんでいる数名の姿もみてとれる。
背後にはみずほの里を取り囲む城壁と、その門がみえている。
彼らは門につづく階段の前でどうやらこちらをまっていた、らしい。
「私を!?」
いつでも攻撃ができるように思わず身構えるしいなにたいし
「そう怖い顔をするな。神子の居場所を教えてやろう」
そういってくるのは、ユアン、と名乗りし男性。
そういえば、と思う。
この男はどうして、いや、それは今さらというべきか。
このユアン、と名乗りしものはなぜか王宮に顔パスのように見受けられた。
国王すら頭があがっていないようにみえたのは、おそらくしいなのきのせいではないであろう。
そしてまた、あの教皇すら。
それがなぜなのかはしいなにはわからないが。
ただ、これだけはいえる。
ユアン、となのりし人物は、かなり昔から…それこそ先代、先々代の国王の時代よりも前。
それよりも前から国に介入してきていた、という噂があるほど。
昔、祖父につれられて出向いた宮殿で、しいなは彼の姿をみたことがある。
祖父イガグリですら彼に頭をさげていた。
しみじみとみなければそこまで詳しく思いだすこともなかったのだが。
「コレットの…居場所を?あんた、何をたくらんでるんだい?」
王家に衰退世界にて、再生の旅が開始されようとしている。
そう報告したのも彼だ、ときいている。
だからこそ、しいなの表情は硬くなる。
「どういう、ことだい?」
油断なく身構え、警戒し問いかけるしいなにたいし、
「ずいぶんとたくましくなったもんじゃのぉ。しいなよ」
ふと、どこからともなく、聞き覚えがある…否、忘れようにも忘れられない声がきこえてくる。
「ずいぶんとたくましいお孫さんですな。イガグリ殿」
「……え?」
ゆっくりと、里のほうからあるいてくるのは、みおぼえのあるシルエット。
そちらにむかい、振り向きつつもボータと呼ばれていた男性が声をかけているのがみてとれる。
その姿はしいなにとってはとても大切な、それでも見間違えではないか、とおもうのには十分すぎるもの。
「しかし、本当に年月が経過しておったとは。
里にもどったときにもおもったが、あんな小さかったしいながこんなに大きく、のぉ。
…ん?しいな?どうかしたのか?」
「おじい……ちゃ…ん?」
声がかすれてしまうのは仕方がない。
誰かが自分を陥れようとしているのだろうか。
しかし、こんな里の前でそんなことをするような輩がいるとはおもえない。
すぐ彼らの背後にはみずほの里があるのである。
「イガグリ老、お主は精神体と肉体がしばらく別れていたときく。
あまり急激な運動は、また精神体と肉体が離れるきっかけになりえるぞ?」
そんな彼にたいし、これまたまるで顔見知りのように話しかけているユアンの姿。
「御忠告感謝いたしますじゃ。しかし、最愛の孫娘が戻ってくる。
そうきかされていてもたってもいられませんでの。
わしが目覚めないばかりか、あのときのわしがきちんともっと調査をしておれば。
しいなに苦労をかけさすこともなかった、というのに」
「…あの一件は我らとて把握している。一部のものが情報を握りつぶしていたようだな」
ほっほっほっ、と笑みを浮かべつつもあるいてくるは、しいなにとっては、
最愛にして、そして最も助けたいとおもっていた人物のもの。
「我らとしては根性でヴォルトの力をともない、その精神体だけをあの神殿にどとめおいた。
その精神力には感服いたしますがな」
そしてまた、感心したようなボータの声。
しいなには何が何だかわからない。
というより、何が目の前でおこっているのか。
目の前で繰り広げられているこの会話の光景は夢ではないのか。
「それはこちらの台詞ですじゃ。ユアン殿。
貴殿がクルシスに所属しているものというのは存じていましたがな。
本当にわしがまだ若きときのままの姿で、おどろきましたわい。ボータ殿もですぞ?」
「私たちハーフエルフとお前達普通の人間では時間の流れ…
肉体的における老化速度が異なりますからな。それは仕方がないかと」
この口ぶりからどうやら彼らは旧知の間柄らしい、が。
しいなはそんなことはきいたことがない。
「な…んで……」
言葉にならないのは仕方ないであろう。
あれからずっと目覚めなかったはずなのに。
なぜに今、目の前に祖父は…みずほの頭領たるイガグリがこうして目の前にいるのだろう。
あの事故のときからずっと目覚めることなく眠りについていたはず、なのに。
「わしもきづいたら、ヴォルトの祭壇にいての。
ある人物がわしにそのことを気付かせてくれてわしも里にもどったんじゃが……」
魔物のような、魔物でないような不思議な動物のようなものとともにいた子供。
背後にみえていたヴォルトらしき精霊が素直に従っていたことにも驚いたが。
使役したのか、と問いかければ答えは否。
かつて、彼らが理解することのできなかった言葉らしきもので彼らは会話を始め、
そして、その後、問われたのだ。
このまま消滅するか、もしくは元の器にもどるか、と。
迷うことなく後者を選んだところ、なぜかすっと自分の肉体がみえた。
そちらに意識をむけてみれば、次にきづいたときは、みおぼえのある天井で。
一瞬のうちに移動したのだ、と理解できたはいいものの、
永らく肉体と精神が離れていた反動なのか体中がきしむように痛んだ。
目をさましたのをうけ里中がその日、大騒動となりはしたが。
「わしが目覚めたとき、すでにおまえさんは、しいなはシルヴァラントに向かった。
そうきいての。きけば、国からシルヴァラントの神子の暗殺命令が出た、とのこと。
何とも愚かなことを国王は決めたことじゃて。
今、たしかに神子を暗殺できたとしても、それは後回しにすぎず。
そのままあちら側の世界が消滅してしまえばこちらの世界もどうなるのか。
その可能性にすらいたっておらんのじゃからの」
マナの隔たりはいずれは、隣接しあうこちらの世界にも影響を与えるであろう。
それが彼、イガグリの定説でもあった。
豊かすぎる歪みはまちがいなく反動を産むはずだ、と。
「まあ、その後、つい先日。メルトキオに忍ばせていた里の者からの連絡での。
おぬしが、しいながこちらにシルヴァラントのものを伴ってもどってきた。
その報告はうけていたのじゃよ。しいなよ。ひとりでよく頑張ったの?」
目覚めてしったのは、あれからしいなが里のものにほとんど虐げられていたという事実。
しいなのせい、としてしいなをないがしろにしていた里のものたち。
忍びの任務に感情をもちこむとは何事だ!
と散々目覚めてすぐにそれをしったイガグリが頭領としてなしたことはまさにそれ。
里のものを呼寄せての説教といってもよい。
そして、そのとき副頭領からかたられた、あのときの任務の裏事情。
どうやら誰かが意図的にヴォルトにおける情報を隠蔽していたようだ、と。
さすがに言葉が通じなかった云々をしいなからきき、おかしいと感じた副頭領が、
秘密裏に信用できるのもに探らせた結果、でてきたのは。
召喚の力をもつ、つまりはエルフの血がはいっているような子供を里のものとはみとめられない。
そんな一派がどうやら里のものの中にいたらしく、
国からの任務を失敗することでしいなを追放しようとしたのが原因、であったらしい。
もっともそのものたちは失敗したときには自分達がどうにかしようとおもっていたのか、
かの任務に同行する形でついていっていたらしいが。
ゆえに、今はもう生きてはいない。
しいなはその事情を聞かされていない。
始めから失敗するように仕向けられていた、としればしいなは自分を悔やむであろう。
頭領もそれを副頭領からきいたときに、もっと調べておけば、と反省したほど。
ゆっくりといまだに目の前の人物がたって歩いていることに対し信じられず、
茫然と硬直している…これは忍びとしては徹底的な致命的な間違いでしかないが。
すくなくとも、親しいものや身内がでてきたから、といって、
硬直してしまっていたのでは、任務達成とは程遠い。
しかし、今のしいなはそれすらふきとばしてしまうほどの衝撃をうけ固まってしまっている。
何をしても、誰にみせてもなぜ目をさまさないのか原因不明。
そういわれた祖父が今、そっくりさんでも、偽物でもない。
というのは、しいなはその身で直感的に理解している。
理解できたといってよい。
それがなぜかはわからないにしろ。
硬直するしいなに近づいていき、ぽんぽんとしいなの頭に手をのせようとし…
「ほんとうに、おおきくなったんじゃなあ。しいな。このわしが簡単に頭に手をおけない、とはな」
「お…おじいちゃ…おじいちゃん、うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっ」
これまでたまっていた何ともいえない感情。
それが一気に爆発し、ここが外、だというのも忘れ、しいなはそのまま、
近づいてきた老人の胸元にと顔をうずめてゆく。
「…どうなさいますか?ユアン様?」
「…仕方なかろう。この娘がおちつくまでまつしかあるまい」
「しかし、時間が……」
「わかっている。しかし、この娘の協力がなければどうにもならん」
そんなしいなの背後ではそんな会話をしている二人の姿。
しばし、森の中。
しいなの鳴き声が響き渡ってゆく。
「…コレットの探索の情報をもとめ、あたしは一度里にもどったんだよ。そうしたら」
ふと、昨夜のことを思い出し、しいなが天井をみあげつつ説明すれば、
「ん?ってことは、しいな。イガグリの爺さんが目覚めたのにあったのか?」
ゼロスがふと思いついたようにいってくる。
「ってあんた、しってたのかい!?」
ゼロスのさも知っていました、といわんばかりの台詞にしいなが思わず目をみひらき叫んでくる。
「お、おう。お前がシルヴァラントにいって少ししてから、だったかな?
おろちってやつが報告にきたんだ。しいなに連絡をとれる方法はないかってな。
さすがの俺様もシルヴァラントにいるお前に連絡のとりようがなくてな~」
クルシスの手をかりる、というのも何かが違うような気がしたので。
結局ゼロスは機会があれば、といってその申し出をうけてはいた。
結局報告することなどできなかったのだが。
「目覚めた?って?」
マルタが首をかしげつつといかければ、
「しいなの爺さん。あ、みずほの里の頭領なんだけどな」
「頭領って…ん?ってことは、しいなってもしかして、かなりのお嬢さま?」
ゼロスの台詞に一瞬考え込んだのち、ジーニアスがばちくり、と目を見開いていってくる。
「あ、あたしは…ただ、拾ってくれたのがお爺ちゃんだっただけで…
と、ともかく。里にもどったあたしは、そこであのレネゲードのやつらにあったんだ」
『!?』
驚きの表情をうかべたは、ロイド、ジーニアス、ジーニアス、マルタの四人。
リーガルはその言葉の意味がわからず首をかしげるのみで、プレセアにしてもまた然り。
「あいつら!まさかこんなところまでコレットを!」
「いえ。あのとき、彼らの目的はコレットではなくて、ロイド。あなただといっていたわ。
だとすれば、あなたを狙っている。とみるべきではなくて?ロイド」
思わずいきり立つロイドにたいし、冷静に分析しながらいっているリフィル。
たしかにあの施設の内部にて、レネゲードのユアン、となのっていた人物は
そのようにいっていたことを思い出す。
「私はそれよりエミルがきになる。エミルは?ねえ?しいな?」
マルタがはっとしたようにしいなに話しを促してくる。
「え?あ。ああ。とりあえず、まあ、いろいろとあって……」
まさか、泣きつかれてしまって、また精神的に安堵してしまった、のだろう。
そのままいつのまにか寝てしまっていたらしく、
目覚めたときには昼過ぎていたのにはしいな自身も自分で呆れざるをえなかったが。
目覚めて頭領の所にいってみれば、レネゲードのものが頭領を交え話しをしていたところ。
そんな中。
「…頭領とレネゲードのやつらを交えている中、にわかに外が騒がしくなってね…」
何ごとか、とみてみれば、外に無数にみえる鳥の魔物達。
やがて、その鳥の魔物から何かが里の中にと飛び降りてきて…
「…あたしも…まさか上空からエミルが飛び降りてくる、なんて誰が予想したとおもう?」
『・・・・・・・・・・・・』
どこか遠い目をしてつぶやくしいなに対し、
ロイド……リフィルも含め何といっていいのかわからない。
しかも、驚いたのはそれだけでなく。
「おお、あなたは!?」
その姿をみてイガグリが声をかけたこと。
「その説はお世話になりました」
といって頭をさげたのである。
おかげでこうして器である肉体にもどれました、ともイガグリはいっていた。
エミルはその台詞をきき否定も肯定もしていなかったが。
それがしいなにはひっかかっている。
イガグリがいうには、イガグリの魂…すなわち精神体は、
あの雷の神殿にあの事故からずっととどまっていた、らしい。
あのときの記憶にとらわれ、どこにもいくことなく。
それを気付かせてくれたのが、彼だ、とイガグリはいっていたが。
しかし、エミルはシルヴァラントの人間。
だとすれば、エミルにそっくりだというアステルであったという可能性もある。
あるが、どうしてもそうではない、とおもえてしまう。
イガグリを助けたのは、正真正銘エミルなのではないか、と。
もっともそれは確証がないのでここでロイド達に不安をもたらすようなことはいえない。
ゆえにそのあたりのことはしいなは説明を省いているが。
「エミルは里に残ってる。問題なのは、レネゲードのやつらがもたらした情報。さ」
しいなの表情はあまり芳しくない。
「で、頭領もいうには、あんたたちも当事者だ。
あいつらを含め、あんたたちも里に招いて話しの場を設けたほうがいい、
そういってね。あたしはあんたたちを迎えにきたのさ」
いいつつ、すっと手をつきだし、ことん、と机の上に一つの容器をおくしいな。
「うん?ウィングパック、か?」
「ああ。そうさ。これに数機のレアバードがはいってる。これであんたらを迎えにいけって、もたされたのさ」
だからこそここまではやく、ここに戻ってこれたといってよい。
「で、何台預かってきたんだ?」
「あたしが乗ってきたぶんだろ?あとはあんたたちの分。
リフィル、ジーニアス、マルタ、ゼロス、リーガル、ロイド。計七台だね」
そんなしいなの台詞に、
「え?プレセアの分は?」
「?その子も一緒にいくことになったのかい?」
しいなの言葉に思わず顔を見合わせる。
「そういえば、しいなには説明してなかったわね。この子も一緒にいくことになったのよ」
そういえば、こちらの肝心なことを伝えていなかった。
「ああ。そうなのかい。その子が意識を取り戻しているから問題ないのかとおもったよ。
…まあ、たしかに、あんな村人がいる中に心を取り戻した彼女をおいとくのも、
たしかに危険かもしれないからね」
リフィルの台詞に納得したようにうなづき、
「なら。ロイドがノイシュのやつを一緒につれていって、プレセアは他の誰かと一緒に……」
しいながいいかけると、
「はいはいはい!僕がプレセアをつれてくよ!」
もののみごとに元気よく、手をびしっとあげて立候補しているジーニアスの姿。
レアバード。
改めていうならば、全長は約五・八メートル、といったところ。
翼を開いた鳥の形をしているその乗り物らしきもの。
さすがのアルテスタの家の前の開けた場所。
そこに七台ものレアバードを取り出して置くほどの広さはない。
ゆえに、ひとまず森をぬけた先でレアバードを一気にとりだし移動する。
という話しにてひとまずおちついた。
「みずほかぁ。どんな所なのかなぁ?」
「そうね。文献では独自の文化を保っている、ときいたことはあるけども。
一節によれば遥かなる昔。古代大戦よりも昔にほろんだ大陸の末裔。そう、ともいわれているわ」
森の中をプレセアの案内にてあるきつつ、ジーニアスがふとつぶやく。
「ええ!?大陸が滅んだって、リフィルさん!?」
その言葉をきき、マルタが驚いたような声をあげているが。
「詳しくはわからないけども。当時開発された何か、
で島が綺麗さっぱり、もののみごとに消滅した、もしくは海中に沈んだらしいわ。
生き残ったのはごくわずか。その末裔が集まって里をつくり…」
リフィルが歩きつつも説明しているのをきき、
「ああ。そんな里のものをまとめるにしても、自分達の特性を生かすため。
それもあって、頭領がイガグリ流、という流派をつくりあげたんだ。
里のものを自分達で養っていくために、ね」
「民族の特徴としては、黒眼、黒髪、手先が器用。そんなところがあげられるらしいわね」
しいなに続き、リフィルがいえば、
「ふへぇ。リフィル様、くわしいなぁ」
ゼロスが感心したようにいってくる。
「ええ。昔、里にあった文献を読ませてもらったことがあったの。
そういえば、あの里で、彼らと時折交流があったのはあの一族くらいじゃないかしら?」
基本、外からでていかない彼らエルフ族。
それでも、かの民だけはエルフ族達はあまり嫌悪していなかったような気がする。
リフィルも彼らにあったのはたったの一度。
それでもその服装が印象深かったこともあり覚えていたといってもよい。
まあ、全身を覆い尽くすような服装、そして女性の服装。
おもいっきり特徴があるがゆえに子供心に印象に強く残っていても不思議ではない。
「俺様がぁ。聞いたところによると。建物は皆、金でできてるんだと」
『え!?』
その台詞に、なぜかぴたり、と足をとめるマルタとジーニアス。
「それはないだろ?ゼロス。親父がいってたけど、金ってけっこう柔らかいんだぜ?
あ、わかった。金箔つくってはってるんだな。すげえ細かい技術だな!」
「驚きだわ。ロイド。あなたが金が案外柔らかいなんてしってるなんて」
「…驚くのはそこか」
目を見開いて、ロイド台詞にいっているリフィルにたいし、
リーガルがため息まじりにそんなことをつぶやいていたりする。
「金箔…前、パパがよくつくってました。
小さい粒でもものすごくひろげられるし。金箔つけて小物とか仕上げたほうが。
より高く売れるんだって」
「うわっ。リアルすぎ。でもたしかに。豪華にみえるよね。金って」
プレセアの台詞にマルタが思わず叫び、そしてそのあと、一人納得していたりする。
「親父は、そういうのメッキっていうんだっていってたぜ?」
「でもさ。そんな金ばっかりの家ならまぶしくて大変じゃないのかな?まさか家の中まで金メッキ?」
ロイドのつぶやきに、マルタが首をかしげつつもつぶやいているが。
「だよなぁ。んで、男はサムライ。女は芸者ってよばれるんだってさ」
調子にのったのであろう。
ゼロスが続けざまにそんなことをいってくるが。
その先でたちどまり、ふるふる体を震えさせているしいなにゼロスは気づいていないらしい。
「じゃあ、しいなもゲイシャとかいうんだ。すげぇ!」
「よくわからないけど。じゃあ、私やリフィルさん、そしてプレセアもゲイシャなの?
みずほ形式でいうと」
ロイドが感心したようにいい、マルタが首をかしげつつもそんなことをいっているが。
は~
ついにしいなが手をにぎりしめ、その手に息を吹きかけていたりする。
「いやいや。たしか成人してない女の子はマイコっていわれるんだぜ。
んで、しいなが聞いてるような服のことを着物。よんじ字のごとくだな。
んでんで~。しいなは今ははいてないけど、靴にもゲタってのがあってな。
お、靴といえばそのゲタをなげてひっくりかえるかどうかで、
その歳が豊作かどうか調べる占いもあるんだぜ~?」
「マイコ、かぁ。じゃあ、私とプレセアはマイコっていうんだ。
なんかかわいい女の子の名前みたい、いずれ私とエミルの子にその名を・・・きゃっ」
「……っていうマルタはスルーして、と。俺とジーニアスはサムライなんだな。
なんかおもしれえな。みずほって!」
「んで、聞いたところによると、みずほの民は霞をたべて、
それで不老不死にちかい不老長寿をたもってたりするんだぜ~」
「へぇ。興味深いわね。霞をたべて…ね」
ゼロスの説明にリフィルまでもが反応を示しているが。
わなわな、ふるふる。
完全にしいなの体はおもいっきり震えだしている。
が、ゼロスの調子は止まらない。
「んで、みずほの連中はいつも神社ってところにお参りしたりとか。
昔は神社の敷地内に全員すんでたらしいけどな~」
「ジンジャー?って生姜なのか?金の生姜か。金の無駄遣いだな。でもみてみてぇ!」
「んでんで~。空を泳ぐ鯉やら、亀をたすけていける海の中の住み家やら」
ぷちり。
「「ん?」」
なんか、気のせいでも何でもなく、何かがきれるような音がしたような気がし、
おもわず顔をみあわすロイド達。
「ぜ~ろ~す~?あんたは、何この子たちに嘘八百を吹き込んでるだいぃぃ!」
「や、やだなぁ。しいな。この場の空気をなごませようと…」
「問答無用。まちなっ!!」
「ひえ~!」
仁王立ちしゼロスの目の前に立ちふさがり、ゼロスにたいし言いつのっているしいな。
「あ。…しいなさんとゼロスさん、…はしっていっちゃいました」
森の中、しいなとゼロスの追いかけごっこが開始されているのがみてとれるが。
器用にも木に飛びあがり、木の上で枝から枝へと飛び交っては逃げ回っている光景がみてとれる。
どうでもいいが、夜だというのにしいなもゼロスもあるいみで、夜目がきいている証拠、ともいえるであろう。
「え?今のゼロスの説明って嘘だったのか?」
「みたい、だね。不覚。ゼロスのやつの嘘にだまされるだなんて。僕もまだまだだね」
きょとん、とするロイドにジーニアスが何やらおちこんでいるが。
「ともかく。わたしたちは先にいきましょう。プレセア、案内をお願いね」
「はい」
戯れていまだに追いかけゴッコをしているゼロスとしいなをさらり、と無視し、
プレセアにと声をかけているリフィル。
「しかし、みずほの文化…興味あるわ」
どこまで嘘か真実かはわからないが、すくなくとも独自の文化をもっているのは確か。
遥かな昔には、たしか城、とかよばれる建物すら、かの一族は建造したりしたことがある、
というのだから。
それをしっているのは、なぜかヘイムダールに城とよばれし建物の、設計図が残っていたからにすぎない。
なぜ残っているのかという疑問はあれど。
みずほの里。
それは白い漆喰と瓦で囲まれた壁にて囲まれ、
その位置はガオラキアの森の中の一部にと存在している。
周囲を木々や竹林で覆われ、それ以外は屈強な壁にて守られている地。
唯一ある正面の門から奥にと整備されている道の先には、
さらなる高い壁に覆われた屋敷があり、
みずほの里全体ともいえる横幅すべて、一つの屋敷の敷地として存在している。
里の大きさ的にはそう大きくもなく、家もそんなに多くはない。
一般的に長屋、といわれている家々が多く、二階建以上の建物は見受けられない。
その家々の後ろには、自給自足を示す畑が多くみうけられ、
里の左側の一部、少し奥まった場所に石碑らしきものがみてとれる。
もっともその石碑は気づこうとしなければ気付かない位置にあるにしろ。
里を照らす灯りは石でつくられし灯篭の中に、蝋燭の灯りがともっている。
「うわ~、ここがみずほかぁ」
改めてきてみれば、たしかに独自の文化、というのがしっくりくる街なみ、といえる。
街、というか村、というか集落、というか。
とにかく彼らにとって今までみたこともないような作りの場所であることには違いない。
門らしき場所に続いてゆく階段。
その門の前に何やらロイド達もみおぼえのある服装…
つまり、全身を覆い尽くしている服装をきこんでいる人物の姿がみてとれる。
「もどったか。しいな」
その人物は声からしてくぐもってはいるが、どうやら男性、らしい。
くちなわっていってたやつなのかな?
そんなことをロイドは思うが。
「そのものたちが?」
ロイド達をちらり、と一瞥したのち、しいなにとといかける。
そんな人物の問いかけに、
「ああ。こいつらが例のシルヴァラント人さ」
しいながこくり、とうなづくのをみてとり。
「連絡はうけている。本来は部外者をみずほの里に招き入れるようなことはしたくないのだかな。
仕方なかろう。頭領の恩人でもあるものの頼みとあらばな」
そもそも、この土地を提供したのもあのユアンとかいう人物だ、と彼らは聞かされた。
そのことに驚きを隠しきれなかったが。
どういう交渉をしたのか、彼らに国が直接干渉することのないように、
と彼がかつて国にかけもってくれたがゆえに、みずほの独立性はみとめられているらしい。
「失礼?あなたは?」
リフィルがそんなしいなと会話している人物に油断することなくといかける。
どうやらその会話ぶりからしいなの仲間であることには違いないが、油断は禁物。
「ああ。紹介がおくれたな。おろち、という。しいなとは幼馴染の関係だ。
しいな、頭領や副頭領達が屋敷にてまっておられる。
客人達を客間に案内し、お前は頭領達のもとへ」
そんなおろち、となのった人物の台詞をきき、
「あれ?しいなの幼馴染って、たしかくちなわって人もそうだって」
「くちなわと私は兄弟だ」
ジーニアスのつぶやきに淡々とこたえる目の前の男性。
おそらくは声の感じからして男性、なのだろう。
そうジーニアスは予測をつける。
「あ、あの!ここにエミルって子がいるっておもうんですけど!」
マルタがきになっていたらしく、おろち、となのった人物にといかけるが。
「いる。…今は訓練場にいるだろう」
どこか遠い目をしながらもそんなことをいってくる。
「あ…あはは。エミルのやつ、まだ、あれ、かい?」
「うむ。里のものがやっきになって、束になってもかなわない。
あの子の強さは何なのだ?…それに……」
それに、訓練場はたしかに何でもありの場所。
不意打ちなどをしようとしたら、どこからともなくあらわれた魔物達が威嚇してきて、
ことごとくそんな彼らを行動不能に陥らせていたりする。
それをみて頭領曰く、心身の訓練を怠っているがゆえの証拠だ。
といって一喝していだか。
しいなを嫌悪し、排除しようとするくらいならば、どうしてその身を高めなかったのか。
というのがイガグリの談。
事実、里の大部分のものがしいなを咎めたり無視するばかりで、
どうしてそうなったのか、その原因にすらこれまで見向きもしなかったといってよい。
集められ、キレタ頭領の命により、隠されていた事実が人目にふれるまでは。
あれは、しいなを排斥しようとしたものたちによる、しくまれた任務失敗であった。
ということを。
それをしり、しかも血判状などといった証拠もでてきており、
関係者であった身内達は狼狽するしかなかったが。
これまでずっと、しいなが悪いのだ、とおもっていたが、事実は異なっていたのだから。
少し自分達で調べよう、とおもえばすぐにその事実にいきついていであろうに。
それすらしなかったのは、たしかに里のものの失態といってもよい。
その場にて、イガグリはしいなに隠されたもう一つの真実を彼らに打ち明けている。
あのとき、しいなを拾った、赤ん坊が森にて捨てられていた。
そう里のものには表向きには説明をしていた。
が、真実はことなる。
かの森の奥には、みずほの民の…かつての大陸においての皇族…とよばれしもの。
しいなはその末裔。
しいなの両親はひっそりと森の中にと住んでいたのだが、
産まれた赤ん坊がより強い血をひいているのにきづき、イガグリにと託した。
しいなには、森に捨てられたいた、と説明をすることで、その血の、出生の秘密を覆い隠した。
かのクルシスは、神の血をひく、といわれていた民の王たるべき存在。
それを徹底的にみつけては殺そうとしていたことをイガクリは知っている。
生き残っていたのはしっていたので、探し出し。
そして結成したのが、イガグリ流、といってもよい。
それは、表むきには生き残るため、という理由があれど、真実は違う。
全ては、最後にのこった自分達が仕えるべき皇族を守るための組織。
もっとも、だからといって、特別扱いなどしてはすぐにきづかれるので、
また、両親の願いもあり普通に、里の民、として育てていた、のだが。
それが裏目にでた結果といってもよい。
ゆえに、里の民は今現在、しいなとの距離を計りかねている。
よもや、仇でしかない、とおもっていた相手が、本来自分達が仕えるべき血筋のものである。
いきなりそう証拠をしめされて、とまどわないほうがどうかしている。
もっともそれはしいなにはいまだに隠されているのだが。
だからこそ、しいなは古の盟約をうけついでいる。
神の血、とかの大陸でいわれていたもの。
それは、エルフの血であり、盟約とは世界との、大樹、そして精霊達とかつて彼らの先祖がかわした盟約。
血の盟約を破棄していながゆえに、このあたりもまたマルタ達とおなじように、
しいなもまた、精霊との資格をえている、といってもよい。
しいなの先祖が交わした盟約、それは大自然の力を悪用しないから使用してもいいか。
というものだったのだから。
だからこそ、かの地では陰陽術とよばれしものがさかんとなった。
陰と陽。
そのバランスをより重視する文化が発達したといってもよい。
もっともその大陸もかつての古代戦争よりも前の争いで失われてしまったのだが。
そのことをエミル…否、ラタトスクは知っている。
別にあの技はさほど重要視されるようなものでもないのであまり気にもとめていないのだが。
そもそも、きちんと自然に心をそわせ、基礎さえ学べば誰でも使用できる力。
もっとも、その力の利用を謝れば当然、ヒトの身においてはリスクはつきまとうにしろ。
「屋敷まで案内する、ついてこい」
おろち、といわれた人物に従い、ロイド達もまた門をくぐる。
きちんと整備されている道はサイバックやメルトキオといったものとはまた異なり、
どちらかといえば、ロイド達のしるイセリアに近しいもの。
道は整備されているがむきだしの土はそのままで、
もっとも、とびとびに石らしきものが大地にはめこまれてあり、
それはひとつの模様のようにみてとれなくもない。
飛び石、といわれている技法の一つだ、とロイドは気付くが、よくよくみれば、
その技法が大地のところどころ、主要なのであろう建物などにむかう道に使用されている。
歩いていくことしばし。
やがて、視界の先にあった一番大きなお屋敷にとロイド達は案内される。
そして、その中の一室。
この屋敷はどうやら玄関、とよばれし場所にて靴を脱いであがるのが主流、らしい。
靴をぬぐなんてことは初めてでロイド達はとまどうものの、
そして、室内履き、とよばれし履物にはきかえ、通された間。
庭には小さな石が敷き詰められており、まるで川の流れを示すかのように、
なぜかその石の上には模様のようなものが描かれている。
どうやら力を加えることによって模様のようなものにしているらしいのだが。
それは、岩などを中心に、まるでそう。
庭にあるのは石でしかない、というのに川の流れをしめしているかのごとくの螺旋の模様。
ところどころに植えられてある松などといった木々もまた、
きちんと手入れがほどこされているらしく、余計な枝や葉は一つもみうけられない。
月灯りにそれらが照らされ、より幻想的な光景を醸し出している。
カコン。
庭にあるなぜか定期的にうごいている…水をだしているとある品が、
小さく音を周囲に響かせるその様は、何となくどこか心がおちつくような気がしなくもない。
部屋には一つ、一つ名がつけられているらしく、
それはかつてロイド達がメルトキオの城にて通された紅の間、とよばれていた部屋のように。
一つ一つ、○○の間、という形で部屋に名がついており、
部屋の前…ふすま、というらしいが、とにかくその前に木の札がかかり、
その部屋の名をしめしている。
部屋にて待たされることしばし。
座布団…とよばれる、椅子のかわりらしき布。
布を縫い合わせ、その中にやわらかな素材をいれることで、クッション変わりにしているらしい。
クッションと異なるのは、その薄さ。
正座をしてこれに座るのが一般的、ときかされロイドが顔をしかめたのはつい先ほど。
正座が苦手なロイドは楽にしていい、という言葉をきき、さっそく足を崩していたりする。
「それで?コレットの意場所をしっている、とか?」
カコン。
再び庭から小さな音が響いてくる。
向かい合い座っているのは、リフィル達にとってもみおぼえがある顔。
ユアンとボータ。
上座とよばれし場所にはこの場の見届け役として、
副頭領のタイガ、とよばれし人物と、この里の頭領、という人物が座っている。
その背後には自然をかきあげたのであろう、墨らしきものでかかれた、
風景がの掛け軸がかけられており、
その下には壺にはいったきちんと活けられている花々の姿がみてとれる。
壁には他にも何か書かれているらしい板のような何かがかけられているが。
それに何とかかれているのかはロイド達にはわからない。
それはみずほ独自の言葉でかかれている言葉でしかないのだが。
みずほの民にとっての心得。
それが壁にとかけられていたりする。
リフィルが目の前にすわりし、二人にと問いかけつつも、
「情報の出所は?一応、話しだけは聞かせてもらいましょうか?」
話しあいの場。
この場には彼らレネゲードの二人以外では、タイガとしいなの祖父であるというイガクリ。
そしてリフィル達…こちらのほうが大人数としかいえないが。
何しろ、リフィルを始めとし、ジーニアス、ロイドは当たり前として、
マルタ、リーガル、プレセア、ゼロスがこの場にはいたりする。
エミルは何でも台所にて料理の手伝いをしているらしく、しいなもまた、この場には滞在していない。
すでにしいなには先に話しがしてある以上、しいなには考える時間も必要だ。
というイガグリの配慮に他ならないのだが。
マルタも始めのころは台所の手伝いをしていた、のだが。
あるいみで台所を担当していた女性たちに追い出され…もとい、
マルタさんも皆さんとともに話しをきいてきてください、
と無難なことを提案され、あえてマルタもまたこの場に同席しているのにほかならない。
そもそも、なぜにコメをとぐのをおしえれば、そこに石鹸をいれて洗おうとするのだろうか。
そのほかにも色々としでかし…あるいみで、女達が諦めたといっても過言でなかったりする。
何しろ味見すらせずに、どばどばと醤油をいれ、さらには、
塩と砂糖を間違えて…これはおしえていては夕食にまにあわない。
と懸念した女性たちが顔をみあわせて、マルタを会合の場に同席させた、のだが。
いまだに対峙している二人はだまったまま。
片方のほうは目をつむり、しずかに腕を組んでいる。
「先生。やっぱり罠にきまってるぜ」
「そうだよ。やっぱりレネゲードが僕たちを助ける理由なんかないよ」
リフィルの問いかけにもだまったままの二人をみてロイドがリフィルをみつついい、
ジーニアスもそんなロイドの意見に同意してくる。
そんな中、それまで黙っていたユアンが、
「二つ」
静かに、それでいて指をびっと二本つきだし、完結に言葉を発してくる。
「理由は二つある。一つ。
神子に完全天使化を果たされてマーテルの器として完成されてしまっては困る、
ということだ。その点では我々とお前達では立場を同じくしている」
淡々とかたるユアンの表情には一切の変化がない。
「どうだかな。俺達はお前達が何のためにマーテル復活を妨害しようとしているのか。
その事情をきちんときいていない。立場が同じかどうかはそっちの事情をきい…」
「いや。説明うけてるでしょ?ロイド」
「うん。うけたね。マーテルが復活すれば世界が滅ぶ、だったっけ?」
「なげかわしい。あなた、またわすれてるのね?」
ロイドが事情をきいてから、といいかけるが、
すかさずそんなロイドにマルタが突っ込みをいれ、
さらにつづいてジーニアスまでもがロイド似たし突っ込みをいれ、
さらにつづけ、盛大にため息をついてリフィルまでもがロイドにいっていたりする。
そもそも、彼らは説明をきちんとうけている。
あの時、あのトリエット砂漠の中にとあったとある設備の中で。
「うっ」
マルタ、ジーニアス、リフィルにほぼ同時にいわれ、ロイドは言葉につまる。
感情のまま口にし、そのことをすっかり失念していたのは事実。
ゆえにロイドとしても言葉を詰まらせるよりすべはない。
感情ばかりが先にたち、かつてのことを綺麗さっぱり忘れていた、というのは、ロイドだから、というべきか。
それとも、何も考えていないというか、猪突猛進で突き進み、
物事を深くかんがえないがため、というべきか。
どちらにしろ、知っていたはずなのに失念していたことには違いない。
「ほんと。あなたは前から一つのことに集中したら肝心なことをよくわすれるわね?
そもそも、授業においても……」
リフィルがその矛先を別の理由をあげてロイドをたしなめようとしているが。
「こほん。リフィル。今はそんな場合ではないのではないか?
ロイドを説教…いや、注意するのはいつでもできる。今は彼らの説明をきくのが先、だろう」
さすがのリーガルも思うところがあったのだろう。
リーガルは彼らのいう理由、というその内容をしらないが。
こほん、と小さく咳払いをし、そんなリフィルをたしなめる。
「…二つ。神子の奪還にはお前達の協力が必要だ。これについては時間がない。
プロネーマのやつがロディルが神子を手にいれたことをしった」
執務室にもどっていたときに、直接にその報告をうけた。
テセアラのドワーフをみつけたが、そのことについての報告を確認されがてら。
「プロネーマはロディルに繋ぎをとるだろう。
が、ロディルは今は表立ってユグドラシルに反旗をとはいわないはず。
だとすれば、神子を手にいれるため云々とかいって理屈をつけるはずだ。
だとすれば、必ず、クルシスは神子をうけとりにロディルの元にむかうはず。
そうなってからでは…手がだせん。まだ、神子を調整しているであろう今こそが好機」
おそらくは、独断の行動であったはずだが、クルシスにその行動が知られたとなれば、
まだ我が身かわいさに今は裏切る気配をみせないはず。
だとすれば、ロディルの行う行動など手に取るようにわかる。
すなわち、理由をつけて神子を手にいれ自分で天使疾患を直そうとおもったとか何とか。
そもそも、ロディルもまた再生の旅の中の神子の資料には目を通していたはず。
だとすれば、そこに天使疾患の兆候がみられていたことに気づいていても不思議はない。
そんなユアンの台詞をきき、
「調整?どういう……」
その意味はロイド達には理解不能。
そもそも、調整、という言葉そのものが何となくだが不吉な響きを感じせる。
それに、今、ユアンはクルシスに連絡が向かう、といっていた。
「クラトスはたしか、ロディルは勝手に暴走している、といっていたけども」
ふと、コレットが連れ浚われた直後のクラトスの言葉を思い出し、ジーニアスが思わずつぶやくが。
「しかし、その暴走しているロディルの行動をディザイアンの長であるプロネーマに知られるまでは、の話だな。
彼女もあれでユグドラシルには忠誠心が高い。
ユグドラシルに反逆しようとしようとする輩に確認をとるのは目にみえている」
そういうユアンの顔はすこしばかり歪められている。
何やらいろいろと思うところがあるらしい。
「ずいぶんと詳しい、のね」
プロネーマとは、あのとき、森の中でであったディザイアンの長、と名乗ったあの女性のことなのであろう。
ユアンの口調からどうも彼女のこともユアンはしっているようなそぶり。
あまりにも内情に詳しすぎるがゆえにリフィルが警戒をとかずにといかければ、
「我らの組織の内容は話したはずだが?
それにともない、様々な場所に手のものをしのばせているがゆえに情報もはいってきやすい。
それだけのことだ。ボータ」
クルシスの拠点にもユアンの手のものはいるにはいる。
無機生命体による統一種族による世界、という理想はともかくとして、
大いなる実りが消滅する可能性があることに気付いた心ある存在達が、
それとなくユアンに味方をしている、といってもよい。
ユアンは少なくとも、大いなる実りを消滅させたいわけでもなく。
むしろ、始めはマーテルをも復活させたい、と望んでいたうちの一人。
しかし、時の中で、その方法が、今の方法だとマーテルか大いなる実りか。
どちらかが犠牲にならなければ、互いが消滅するか、そのどちらか。
それしか結果として得られない、と気付いてしまった。
だからこその組織。
大いなる実りを失う、ということは大地が消滅する、ということ。
それだけは何としても避けなければならないこと。
それは、マーテルが大地を何よりも愛しているから、それをしっていたからこその決断。
もっとも、クルシスに所属している間者というのはユアン自身でもあり、
幹部であるからこそ情報が手にとるように伝わってきている、というのはあるにしろ。
ユアンに名を呼ばれ、懐から一枚の紙らしきものをとりだし、その場にとひろげるボーダ。
そこにはロイド達もまた見慣れたテセアラの地図が。
そのうちの一点を指し示し、
「クルシスが、というよりはロディルが神子を監禁しているのが、ここ。
今この時期はここにかの地は漂っているからな。竜の巣…飛竜の巣、ともいわれし場所。
暗雲に覆われた天然の要塞だ。常に周囲には積乱雲が発達しており、その侵入者を排除している」
巨大な積乱雲は雲、というだけのことはあり、日々空中を移動している。
それこそ、飛空都市エグザイアのごとく。
もっともあちらとは違い、こちらの移動はかなりゆっくり、であるにしろ。
地図を指差し示すボータの台詞に思わず地図を覗き込むロイド達。
「雲が晴れたタイミングを見計らって飛竜かレアバードで接近する。
それしか攻略の方法はない。この空に浮かびし飛竜の巣に行く方法はな」
そんなボータの台詞に、
「エグザイア、のようなものなのかしら?」
リフィルがつぶやけば。
「ほう。あの忘れ去られた地を御存じか?
ならば話しははやい。この場所もかの地のように世界中を浮遊している。
もっとも、世界を漂う気流の関係で、あちらのように、不特定に浮遊する、
のではなく決まったコースを浮遊している、のだがな」
それは惑星におけるジェットストリームとよばれし気流にその積乱雲が乗っているがゆえ。
惑星を取り巻く気流。
もっとも、風であるがゆえ、ウェントス、もしくはシルフの力を使役すれば何ら問題はないのだが。
リフィルの言葉にうなづきつつも、
「しかし、うかつに接近すれば、すぐにみつかってしまう。対空砲火の的になるばかり。そこで…だ」
懐から一冊の古ぼけた本を取り出すボータ。
そして、その本を掲げ、とあるページを片手でつかむようにして開いて掲げてみせる。
「これは…精霊?」
かなり年季の入った本らしく、その本を構成している紙もかなる古臭い。
そこには、何か球体のような、燃えるような絵らしきものがかかれており、
その横にはロイド達にはよめない文字がびっしりと書かれているのがみてとれる。
「これは…古代エルフ語、ね」
リフィルがそれにきづき、ボータ、そしてユアンをみつめるが。
そして。
「これは…精霊?」
そこに書かれている文字は、まちがいなく、雷の精霊、ヴォルト、と書かれている。
リフィルの呟きをうけ、
「いかにも。
そうすれば、雷雲の中をつっきっての奇襲攻撃が可能となる」
その理由もあるがもう一つの理由もある。
もし、それをなしえたとすれば、それは楔が一つ、解除されるということ。
彼らはしいながウンディーネと契約を結んだことをつかんでいる。
それは、配下のものをつかい、かの地にすでにユニコーンがいないのを確認しているがゆえ言える台詞。
「雷の神殿って。この前たちよって、たしか立ち入り禁止とかいわれた、あの?」
さすがに突き飛ばされたゆえにマルタもよく覚えているらしい。
そして、
「いきなりあの兵士達って私を突き飛ばしたんだよね。もうあったまきちゃう」
あのときのことを思いだしたのか、マルタがむうっと頬を膨らませ文句をいっているが。
「たしかに。かの地は今は次元が狂っているとかで立ち入りが制限されている、ときいた。
管理者となっているサイバックのシュナイダー殿をも訪ねてみたが。
再び精霊の試練をうけるみずほのしいなが共に入るならば、
それは神殿の中にはいるのに許可証をだすのもやむを得ない、ともいわれたな」
すでに神殿に出向き、かの地が立ち入り制限をうけているのを彼らは調べている。
そして、サイバックのシュナイダー院長とも話しをつけていたりする。
「しかし、しいな殿を一度、研究院につれてきて直接に許可証を手渡すことが条件。ともいわれているがな」
ユアンにつづきボータが説明をし、そして。
「ともかく。だ。我々は精霊との契約術を代々うけつぐというみずほを訪れた」
「その代々、というのはすでに先々代に失われていたのですがな」
ボータの台詞にタイガとなのったこの里の副頭領だ、という人物は苦笑ぎみ。
そんな彼の台詞をさらり、と無視し、
「術の継承者は今ではただ一人。藤林しいなのみ。
我らはそれを告げると、彼女に頼むようにとつげられた」
淡々と語られるボータの台詞に、
「なるほど。たしかに。しいなは召喚の資格をもっているものね。
でもそれは都合がよすぎるのではないかしら?
あなた達が私たちを狙っていたことには違いないのではなくて?」
リフィルの言い分は至極もっとも。
「しかし、神子を助けだしたい、という思惑はお前達とは一致しているはずだ。
これは我らからしてみれば譲歩だ。我らとしては神子は殺してしまったほうが助かる、のだからな」
「なんだとっ!」
きっぱりといわれ、ロイドがおもわず立ち上がりかけてつっかかろうとするが、
そんなロイドの肩に手をおき、リフィルがロイドをたしなめる。
「しいなは、何といったのかしら?」
ここにくるまでそういったことをしいなからリフィル達は聞かされていない。
それゆえのリフィルの問いかけに。
「お前達がこの話しをきいて、お前達の判断にまかす、と」
それはしいな自身がまだふんぎりがつかないがゆえに、ロイド達に託したといっても過言でない台詞。
「反対!絶対反対!」
ジーニアスが手をあげ、立ち上がりつつも反対の意を示す。
「当たり前だ。こんな奴らとくめるか。こいつらは、イセリアを襲ったばかりか俺達もっ!」
ロイドがぎゅっと手を握り締める。
彼らがやったことをロイドは忘れてはいない。
彼らがイセリアの聖堂で祭司達を殺したのは紛れもない事実。
ぎゅっと手を握り締め言い切るロイドとは対照的に、
「敵の戦力は?」
冷静に物ごとを判断し、リーガルが淡々と問いかける。
こういうときは、冷静に対処しないほうが負ける。
それは経営手腕においてもいえること。
たとえ相手にどんな因縁があろうとも、冷静差をかくな。
とはリーガルが父から常々いわれていたこと。
もっとも、ヴァーリ達に関しては経営に関係してないことなので、
そのおしえはまったくといっていいほどに関係ないだろう、
と自分自身に言い聞かせていたりするのだが。
「清廉された兵士が百名以上。加えてクルシスに飼いならされた超大型の飛竜が控えている」
ボータが淡々と自分達が調べ上げている戦力を提示してくる。
そんなボータの台詞に、
「俺達だけで十分だ。俺達だって新しい仲間がいる!リーガルに、ゼロスに、そしてプレセアだって!」
ロイドがそういうが。
「クラトスがいる。飛竜の巣を守るのはやつだ。お前達の手におえる相手か?
ユグドラシルがクラトスをかの地に派遣する、という情報はつかんでいる」
そんなロイドに淡々といいきるユアン。
つかんでいる、というよりはクラトスから聞いた、というほうが正しいのだが。
ロディルが神子を浚い、テセアラでドワーフのアルテスタを探す任務を命じられ、
結果としておしえるつもりはなかったが、アルテスタの居場所を教えるハメになった。
ということは。
だからこそ、クラトスはユアンに忠告をした。
プロネーマがアルテスタの場所をあんなに判りやすいところにあって、
ユアンがみつけられていない、というのを、ユグドラシルに、
テセアラの管理に疑問がある、と進言した可能性があるかもしれない、と。
そして、おそらく、とも付け加えた。
ロディルの元に使わされるのは自分であろう、とも。
ユグドラシルは自分を疑っている。
自分の息子の大切な女性とおもわれし神子をロイドが奪還しにくるだろう。
ロイド達に奪還させるにしても、そのままロディルから神子を受け取るにしても。
どちらに転んでも問題はユグドラシルにとってはないのかもしれないが、とも。
ユアンがそのときの会話をおもいだし、目をとじていると、
「ユアン。お前、クラトスとどういう関係なんだ?」
どうも何となくだが、クラトスとユアンは知り合いのような気がする。
それはもうひしひしと。
ユアンとマーテルとの関係。
人間に殺された、という精霊達曰くのマーテルの存在。
ロイドの問いに、リフィルは静かにユアンと、そしてロイドを見つめるのみ。
もしもリフィルの予測が正しければ、ロイドにとってはかなり酷。
しかし、納得がいくものもあるのである。
クラトスが旅の最中、ロイドにむけていた視線の意味などを含めて。
それに、あのとき、ユアンはロイドにむかってこういった。
あの施設内にて、救いの塔から救われて移動したあの先で、
――あいつの息子とはおもえんな、いや、ドワーフに育てられたからか?少しは自分の頭で考えたらどうだ?
そうユアンがロイドにむけて言った台詞をリフィルは覚えている。
ロイドがそれをきちんと覚えているかどうかはともかくとして。
あのときのロイドはどうやら頭に血が上っていたっぽいので、
忘れている可能性がかなり高い、とリフィルは踏んでいる。
「ハイマであんたは、クラトスを襲った、そのことと何かが関係が……」
「そういや、あんた、前、ロイドを全ての鍵って……」
ロイドがユアンを見据えつついえば、ジーニアスがふと何かを思いだしたようにいってくる。
たしかに、あのとき、ユアンはロイド達にむけてそういった。
ロイド・アーヴィング。お前が全ての鍵だ、と。
しいながいう、精霊達とミトス達との契約を解除してもらい、何らかの方法をえて世界を一つに戻してもらう。
しいなはたしかに、エグザイアにてそういっていた。
ジーニアスがそんなことをおもいつつ、ユアンとボータをみるが、
二人からはそれに対する返答はない。
クラトスはボータをしっていたようなそぶりであった。
今思えば、であるが。
ロイドの怪訝そうな言葉には答えることなく、
「最低でも、神子がクルシスに…デリス・カーラーンに連れていかれるのが三日後。
それまでには何としても神子を奪回したい」
『!?』
三日、とはあまりにも短い。
「三日…ね。それまでにヴォルトと契約を結んで、コレットを奪還しなければ。
コレットがマーテルの器となってしまう、ということなのね」
リフィルの指摘に、
「おいおいおい。ちょっとまってくれよ。あんたら。
俺様がこいつらに同行してるのはコレットちゃんの天使化を防ぐためなんだぜ?
そんなの認められるわけないっしょ?コレットちゃんが完全天使化なんてしたら、
テセアラが今度は衰退世界になっちまうじゃねえか」
ゼロスがやれやれ、といった表情でそんなことをいってくる。
「お前なぁ!そんないい方!」
ゼロスのものいいにロイドがかっとなりて言い返そうとするが。
「時間がない、ということね。だから、なのね。私たちの協力をもとめてきたのは」
「お前達と手を組まず、こちらで行動をおこしたとしたら、
まちがいなくクルシス側から増援がきて、神子の奪還は不可能になる。
そう我らのコンピューターは予測をはじき出した」
淡々というボータの言葉に嘘はみあたらない。
「神子がマーテルの器となり、大いなる実りが失われてしまったとすれば。
…大地が存続できる期間はもって、一年から、長くても数十年、だろう。
地上の全ての命は死に絶え、下手をすれば世界は魔界の瘴気に包まれる」
もっとも、配下のものを使い、異様に安定している互いの世界のマナ。
互いの世界にて観測したところ、クルシスのメインコンピューターで感知されているマナ。
その数値と明かに実際のものが異なっている。
やはり可能性としてセンチュリオン達が目覚めている可能性が比較的に高い。
時間は残されていない。
もっとも、かの精霊やセンチュリオンが目覚めていたとするならば、
地表が瘴気に覆われる、ということはないだろうが。
…かつて、かの精霊が示していた大地全てを海とかして浄化する、
という案が実行される可能性がかなり高い、という可能性はあるにしろ。
ユアンが内心そうおもいつつも、そこまで詳しくはロイド達には語らない。
かの精霊のことはかなりこの世界にとっても鍵といえる。
また、自分達にとっても。
センチュリオンと万が一繋ぎがとれたとしても、裏切っている前提がある以上、
二度と自分達のいうことをきいてもらえるかどうか、という不安はある。
というか今度こそ聞き入れられないという可能性のほうがはるかに高い。
そう、クラトスがいっていた、自分達ではオリジンの封印を解放したとしても、
ユアンでは、まちがいなくオリジンと契約を結んではもらえないだろう。
その言葉のままに。
「十数年……」
その言葉に息をのむジーニアス。
「?」
あまりよく理解できていないマルタ。
瘴気云々、といわれても、マルタはそれを知らないがゆえに、ピンとこない。
「では、私たちはこの三日間…いえ、下手をすれば敵側が計画を早めるとしても。
…明日中にはどうにかしなければいけない、ということ、なのね」
リフィルが盛大にため息をつきつつ結論を出す。
「…っ」
感情としては彼らとの共同作戦は許可したくない。
が、彼らはたしかに、猶予は三日、そういった。
「その、三日、というのには間違いないのか?」
「かの飛竜の巣がとある特定の海域にはいり、
一時、かの天然の要塞の雷雲が取り払われるのが三日後、だ。
おそらくその時をもってして、彼らはクルシスに神子をつれてゆくはずだ。
それ以外で外につれだすにしても、神子の体に傷の一つでもつける。
それはユグドラシルが認めぬことだろうし、
かといって、かの地の周囲にあふれている雷雨はどうしようもない、からな」
「ゆえに、それまでにこちらから奇襲をかけ神子を奪う必要がある」
ユアンの言葉につづき、ボータが言葉を締めくくってくる。
しばしその言葉を最後にその場に静寂が漂うが、
「…しいなの後見人として、ひとつ、昔話しをしておかねばなりますまい。頭領、よろしいですか?」
それまでだまって彼らのやり取りをきいていたタイガが口を開く。
その台詞に頭領、とよばれし老人もまたうなづきをみせ、
「うむ。彼らにはしってもらっておいたほうがよかろうて」
頭領、イガグリの言葉をうけ、タイガが静かに語り始める。
「実は、しいなはかつて、精霊ヴォルトとの契約を試みたことがあるのです――」
タイガの口から、今から十一年前、そろそろ十二年になるかつての出来事が語らわれる。
「みずほの民の四分の一以上が死んじまったっていわれてるぜ。
結構有名な事件なんだぜ?その事件もあって、あいつは死神、とまでいわれちまってた」
「死神って…」
ふと、テセアラで、しいなをみて女性達が以前そんなことをいっていたことをジーニアスは思いだす。
その事件の影響で、頭領であるイガグリはついこの間までこん睡状態であったのだ、とも。
【ヴォルトはしいなを主とは認めず、契約の儀式に同行したものたちは――】
しいなを除いてほぼ全員が死亡した。
かろうじて生きていた頭領イガグリも生死不明の状態で昏睡状態で目覚めない。
生き残ったしいなにたいする里の民の反応はひどいものだった、という。
おまえのせいで、あなたのせいで、と。
罵詈雑言の嵐。
中にはやはりエルフの血が流れているものを里にいれたのが原因だ、など。
暴言を吐くものは多数。
当時は、何が不足していたのかはわからなかった。
けど、その後、タイガが疑念におもい、調べた結果、わかってきた事実。
しいなを陥れようとして、あの契約の儀式は始めからなりたっていたのだ、と。
精霊ヴォルトの契約を示唆したのも、失敗させるためのものでしかなかったのだ、と。
「十年以上、あの頭領さんは目をさますことなかったって……」
「……ヴォルトの話しをするたびにしいなが変だったのはそういう理由だったんだ。…僕、わかるよ」
自分の軽率な行いというか願いのせいで殺されたイセリアの人々。
いまだ、ときどきジーニアスは夢にうなされることがある。
なぜ、おまえは約束を破って牧場に近づいたのだ、と。
お前が約束さえやぶらなければ、自分達は死ぬことはなかったのに、と。
夢の中で死んだ村人や…殺された子供達がジーニアスをなじる。
どうして、自分達を殺したの、と。
それはジーニアスの自責の念がみせている夢。
「しいなさん…私たちをここに案内するとき、泣きそうな顔…してました」
プレセア達が屋敷にはいっていくとき、私はこれで。
といってわかれたときのしいなの表情。
どこか泣きそうにもみえた。
プレセアが顔をふせつつぽつり、とつぶやく。
「しいながヴォルトとの契約に失敗したとき多くのものが命をおとした。
頭領のイガグリ様もそのときしいなをかばい、その時以来目をさまさなかった。
先日、頭領が…しいながシルヴァラントに出向いたのち目を覚ますそのときまでは、な」
ロイド達の世話役を仰せつかった、というしいなの幼馴染だ、
といっていたおろちがそんなロイド達にといってくる。
今、ロイド達は割り当てられた部屋にと集まっている最中。
今、彼らの寝床を準備させている段階、であるらしい。
もう少しすれば夕食の支度ができるから、それまでは心を落ちつける必要もあるだろう。
というイガグリの意見のもと、こうして部屋にと集まっている。
「…あの事件のとき、かろうじて死を免れた現場にいたものや、事情に詳しいものはそれなりに納得したが」
というか納得せざるを得なかった。
おろちもしいなのせいで両親が死んだ、と当時はおもって恨んだが。
その後、調査によって明かになった両親に対する里の裏切り。
あきらかなそれは里に対する裏切り行為における、血判状。
真実を知りたい、と願い、その調査に立候補したことをあのときほど恨んだことはない。
逆をいえば、そんなたくらみを両親を含めた里のものが結託したがゆえに、
あのような惨劇がおこってしまったというのだから。
それをおもえば、しいなは被害者。
意図的に言葉が古代エルフ語しか通じない、とわかっていながらも、
その情報を伏せられ、契約を強制的に強いられたのだから。
「…しいなは、自分のせいで多くのとの命を奪ってしまった、ということに
心を囚われてしまい自分の殻にとじこもってしまっていました。
その為、里でも孤立・・いえ、しいなのせい、と思う大人たちのせいで、
しいなは完全に里から孤立してしまっていたんです」
おろちとともに、彼らの世話を仰せつかった、という。
これまたしいなとよくにた服をきている…曰く、着物、というらしいが。
橙色の着物を着こなした女性がおろちに続いていってくる。
「しいながヴォルトとの契約に失敗したとき、多くのものが命をおとしたのは事実。
ゆえに、一部の里のものはいまだにしいなにたいしわだかまるものがあるのは確かだな」
それでも、表だっていわないのは、イガグリが目覚め、しいなの出生の秘密。
それを暴露されたからに他ならない。
草にいきるものは、主君の為ならば命をおとす。
自分達の命をもっとして、【皇】を守るべし。
すでにその守るべき主はもういない、そうおもっていた、というのに。
「しいなはこの里のためにどんなものでも進んで任についていたわ。
王家の精霊契約実験なんていう得体のしれないものにも嫌な顔一つせず
あの子はこの里が大好きだから里のためにイガグリ老のために
……自分が犠牲になることはいとわないの。
でも自分のために里のものが犠牲になったあの事件。一番つらかったのはしいなでしょうね」
おそらく、しいなはそのためならば命すら投げ出すだろう。
しかし、それをさせてはならない。
ならないが、彼女を前に進ませなければ、里に未来はない、ともおもう。
最後に生き残った皇族、としてしいなにはその使命がある。
それこそ、みずほの民…今はすくなくなりしこの血筋を残す、という使命が。
「…でも、傷が深いほど、それは…のりこえなくちやいけないものだ…とおもいます」
その言葉はプレセア自身にもむけたもの。
ぽつり、とプレセアがつぶやく。
過去はどうしてもかえられない。
自らが失った時間ももどらない。
割りきれないものがあるのはわかっていても、それでも前にすすむしかない。
「…残酷な運命を受け止めるにはしいなはまだ幼くか弱い。
我らでどうにか力になってやることはできんか?」
リーガルもその事件のことはきいている。
あきらかに急いでいたように行われた精霊との契約の儀式。
きちんと情報を集めて実行したほうがいいのでは、
というレザレノ社のとある部署の意見すら、彼らは聞き入れず、強制実行した、ときく。
よくよく調べてみれば、それは教皇の命によるものであったらしいが。
「…有名な事件だからな。みずほの民の四分の一以上が死んだんだぜ。
つよがってるけど、あいつ、いつもこの里でひとりぽっちだった。
何しろ里のものの家族という家族はかならずその事件にかかわってたりするからな。
そういや、おまえさんたちの両親もだったんじゃないか?おろちさんよ~」
ゼロスがふと思い出したようにおろちに問いかけるが。
「あの事件はしいなのせいではない。忍ぶものとしてしいなを責めるのは間違っている。
それに、儀式が失敗したのは、我らの情報不足も原因であったのは疑いようのない事実」
「たしかに…借りたこれにもかかれているわ。ヴォルトは特殊な言葉を用いる…と」
さきほど、ボータから借り受けたこの書物。
これは古代エルフ語で書かれている、かなり年季の入った精霊についてかかれている書物らしい。
そこには、ヴォルトは特殊な言葉をもちいる、とたしかにそうかかれている。
それ以外の精霊の情報もこれにはかかれており、
精霊マクスウェルや、オリジンといったものまでかかれている。
感覚からして千年以上、この本は作られてからたっているのではないだろうか。
それはリフィルの勘でしかないが。
「…しいな、だからヴォルトの話題がでたとき…契約をしたがらなかったんだね」
ヴォルトの話題がでたのは一度や二度、ではない。
そのたびにしいなはよくよく考えれば話しをすり変えていた。
ジーニアスが顔をふせつつもぽつり、とつぶやく。
「私として、しいなはかわいそうとしか思えないの。だって、他の任務でも命を落としている人はいるもの。
ここ最近、そういう人が増えているのも事実なのよね。まるで、里の情報が漏れているみたいに……
それにしいなのあれは国から命じられた任務だったのだもの。
しいなを追い詰めているのは自分が生き残ってしまった、というこでしょうね。
わたしとしてはしいなが生き残ってくれてよかった、とはおもうけど。
そうおもわない人もいる…のよね。感情と理屈は別、とはよくいったものだわ」
理屈では、それが任務であったのだから、と割り切る必要がある。
それはわかる。
わかるが身内が巻き込まれたものはそうではない。
なぜ、お前がいきのこって自分の家族が死んだのだ、と。
「…故意、ではない。だが多くのものが死んだのもまた事実。
ゆえにその事実がずっとしいなを責め続けているのだ」
かえで、と名乗った女性につづき、おろちがぽつり、といってくる。
その言葉はまさにしいなを示しているといってよい。
「…そっか」
それらの会話をきき、ロイドが思いだすはイセリアの人々。
もしあのとき、エミルの手助けが間に合わなかったら、ショコラもまた、
自分の行いのせいでディザイアン達に害されていた可能性すらあるのだ。
ショコラが浚われた、ときいたときの衝撃はロイドも忘れていない。
もっともそのときにはすでにエミルが助けだした後でしかなかったらしいが。
そんなロイドの気持ちがわかった、のであろう。
「人を巻き込む事故をおこした。そのつらさはあなたにもよくわかるわね?
私たちは、しいなを信じるしかないのよ」
リフィルがうつむくロイドにと言い放つ。
そう、今はしいなを信じるしかない。
しいなが二つの世界をたすけるために精霊と契約をする。
そういっていたその心を。
そんな会話をしている最中。
「お客様がた。夕食の支度ができました。こちらへどうぞ」
どうやら夕飯の支度がおわった、らしい。
ロイド達はすでにアルテスタの家で食事をすませていた、のだが。
遅くなった、というので夜食が用意されたらしい。
たしかにすでにどっぷりと夜はふけ、真夜中に近い時刻。
普段ならばジーニアスも寝ている時間帯なのだが、
あまりの事実に目がさえて、今のところジーニアスにも眠気は襲ってこない。
それはマルタにしろ同じこと。
里の四分の一以上が命をおとした、というその一件はマルタにはわからないが、
しかし、それで自分一人が生き残った、という負い目を感じてしまえば。
それは何と残酷なのだろう、とマルタはおもう。
自分の故意ではなかったかもしれないが、こうしておけばよかったのではないのか。
という後悔。
かつて、両親に守られパルマコスタに住んでいたころにはわからなかった人の心。
そういった複雑さ。
再生の神子の旅に無理やりとはいえついてきて、それらを考える機会が多くなったとおもう。
この世に悪があるのならば、それは人の心なのよ。
それは母親の談。
その言葉はまさに真理をついている。
エミルも間違いなくそれは肯定、するだろう。
そう、この世界に悪があるとすれば、それは人の心だ、と。
人は善にも悪にもなりえ、そして人によってはそれがどちらにもとれる行いをする、
のだから。
世界にとってそれが害でしかないとしても、そのものにとっては善でしかない。
そんなことを多々としでかしている、のだから。
「しいな」
寝つかれない。
ゆえに、そっと外にでる。
夕食の席にエミルの姿がみえずにきいてみれば、そのたぐいまれなる料理の腕をみこまれて、
何でも里の料理人や女性達がエミルに料理の指導を頼みこんでいるらしい。
よくもまあ短期間に里のものになじんでいるな、と思いはすれど、
なぜかほとんどの里のものがその言葉にたいし苦笑でかえした。
よもやまさか、この里につたわりし、四神とおもえしものを従えている存在。
そんな人物を里のものがないがしろにするはずもなく。
そもそもここならば問題ない、とばかりに表にでてきたセンチュリオン達にも原因があるであろうが。
しっかりとユアンの目にだけは入らないように姿を現していたのはさすがというべきか。
もともと、このみずほの里につたわりし、四神の伝承。
白虎、朱雀、玄武、青竜。
それは、ウェントス、イグニス、ソルム、トニトルス。
彼ら、エイト・センチュリオン達の容姿が時とともに変遷し、伝わっていたにすぎなかったりするこの裏事情。
もっともそんなことをロイド達が知るはずもないのだが。
真っ白い虎、しかも空をとんでいれるそれをみて、白虎と結び付けるのは当然といえば当然で。
しかも伝承のままに風をあやつり、しかも風の精霊まで呼び出したりしていれば。
エミルに危害を加えそうな気配があったがゆえに、センチュリオン達が表にでてきたのだが、
その効果は逆の意味をもってこの里にかなりの影響を与えていたりする。
すなわち、エミルの存在は、天…みずほの里がいうものの天、とはクルシスではない。
その言葉のまま、大樹カーラーンが示すもの。
その精霊の申し子、もしくは御使い、として扱われていたりする今現在。
まあ当たらずとも遠からず、というかその精霊当事者であったりするので、
里のものの反応も間違いではない、とはおもうのだが。
そこにテネブラエが加わり、さらに話しをややこしくしてしまったがために、
結局、里のものにおけるエミルの印象、というものはかなり複雑なものになっていたりする。
もっとも、このことを口にしようとすれば、こぞって声がでなくなる、
という摩訶不思議な現象を里のもの全員が経験しており、
それが余計に信憑性をましている結果と成り果てていたりする。
呼び出されたのが三姉妹のうち、一体だけであったがゆえの障害ともいえる。
他のものがいれば、まちがいなく突っ込みをしそのような状態にまではならなかったであろうが。
センチュリオン達の思惑としてみれば、この里のものたちならば、
いざというときに人の姿をしているエミルを助けるのに役立つのでは。
という思いがあってこその行動だったりするのだが。
もっとも、命令もしていないのに勝手に表にでてきた彼らに、
いつものごとくエミルが説教をしたのはいうまでもないことで。
その説教の最中に空気が重苦しくなったのもまた信憑性を増す原因となっていたりする。
もっともそのことにエミルはまったくもって気付いてすらいないのだが。
ゆえにそんなことがあったことなどロイド達はしるよしもなく、
また誰からもそんな話しを伝え聞いてすらいない。
誰もが口にしようとすればその声が閉ざされてしまうので、伝えようがないといってもよい。
「…ロイド……」
ふと、庭先にある高い木の枝の上。
見慣れた姿をみつけ、ロイドが声をかける。
みれば、木の枝に座り込み、しいながその膝に孤鈴(こりん)を乗せて月をみあげている。
この里にきて、屋敷にて別れてからずっとみていなかったしいなの姿。
「よいしょ…っと」
無言のまま、その木によじのぼり、慣れた動作でしいなの横にとすわりこむ。
木のぼりはロイドの得意とするところ。
まあ、しいなが座っている枝がしっかりしているがゆえにできる方法ではあるが。
でなければ、ヒトが二人も座ればまちがいなく枝はおれ、二人して地面にまっさかさまにおちてしまう。
「…月が綺麗だな」
「…そう、だね」
横にやってきたロイドにたいし、しいなは何もいわない。
ロイドもしばし何もいわない。
やがて。
「…きいた、んだろ?」
何を、とはいわない。
そんなしいなの問いかけに、
「ああ。きいた」
ロイドも何を、とはいわず、淡々と答えるのみ。
二人の視線はのそまま空にうかびし月にと向けられている。
「…あたしはこわいんだよ。マナを搾取しあう今の現状。
それを崩すには精霊との契約。何よりもミトスとの契約の破棄。
それが重要になってくる。ヴォルトに契約の破棄を誓わせるのでも怖いのに。
…ヴォルトと契約する、となったら、またあたしは失敗してあんたたちを……」
思いだすは、いくつもの稲光と、そしてそれによって倒れた里のものたちの姿。
自分をかばってたおれた頭領の姿。
理屈ではわかっている。
互いの世界がマナを搾取し合う原因ともなっている精霊との契約。
それを破棄さてもらなわなければ、二つの世界はこのままだ、ということは。
しかし、理屈と感情は別。
「俺達はしなないさ」
そんなしいなの不安を吹き飛ばすようにきっぱりと、月をみつつもいいきるロイド。
「何でだよ?」
あまりにも迷いがなくきっぱりいいきるロイドにたいし、思わずしいなが問いかける。
「しいなは成功するからさ」
迷いのないその言葉は、別にしいなを気遣っていっているようではなく、
本気でそういっているのがうかがえる。
「…どうして成功するっていえるのかい?あたしは…一度、失敗してるんだよ?」
それは今でも夢にみるほどに。
「成功する。だって俺達は何度もしいなの精霊に助けられている。
しいなはもう、精霊二体と契約してるじゃないか。しいなは昔のしいなじゃない」
「契約…ねぇ。あれはあたしの力だけじゃ、ない、と今でもあたしはおもうけどね」
あきらかに、エミルが何かいって態度をかえたウンディーネ。
シルフ達にしてもまた然り。
エミルとの意味不明な会話にて、彼らは態度をかえたようにみうけられた。
何を会話していたのかいまだにしいなにはわからないが。
気になり、孤鈴に問いかけたことはあれど、孤鈴も静かに首を横にふったのみ。
いえるはずがない。
彼らの会話の内容のことなど。
孤鈴の予測がただしければ、あのエミル、という少年は、
ヒトではあらず、確実に精霊ラタトスクの関係者、なのだから。
下手をすればありえない、とはおもうが精霊そのものの可能性すらある以上、
下手にコリンがとやかくいえる内容ではない。
「大丈夫。きっとうまくいく。俺が保障する」
ロイドの言葉をうけ、
「そうだよ。しいな。コリンも協力するよ。大丈夫だよ!いざとなったらコリンがしいなを助けてあげる!
昔、しいながコリンをたすけてくれたみたいにさ!」
ふさふさの尻尾をゆらしつつ、コリンがしいなのひざ元でしいなをみあげつついってくる。
「…もしも、またヴォルトが暴走したら?」
「その時は、俺がヴォルトをぶったぎる。それで終わりだ、な?」
「ロイド…それじゃ、元もこもないだろ?というか精霊を敵にまわすようなもんじゃないか」
ロイドの言葉にあきれつつも、
「…でも、覚悟をきめるとき、なんだろうね。
…コレットをクルシスに渡すわけにはいかないんだ。…あたし、やるよ」
そう、逃げていてもどうにもならない。
猶予時間はもうあまり残されていないのだから。
迷っていてコレットがマーテルの器となり世界が滅んだりしたら、
それこそしいなは悔やんでも悔やみきれない。
自分の選択にて今度は里の仲間だけでなく、世界まで殺してしまうことだけは。
絶対に避けなければいけない事柄。
チリッン。
鈴の音が夜空にと響く音がこの場にまで伝わってくる。
その音にのり、かの
「…ふむ。そろそろ、か」
マナは満ちた。
きっかけさえあれば、仮初めの器を脱ぎ捨て、ヴェリウスは本来の姿を取り戻すであろう。
ヴェリウスもまたも自らの器がもろくなっていることにうすうす気づいているはず。
「それで?どうなさるのですか?ラタトスク様?ヴェリウスは……」
このままでは、まちがいなく、ヴェリウスとして覚醒するとともに、
かの孤鈴と名乗りし仮初めの器は消滅する。
そして、覚醒、それはすなわち、しいなと共にいる時間の消滅をも意味している。
心の精霊ヴェリウスは本来、何ものにも縛られるはずのない、
また縛られてはいけない
全ての生き物の心を代表している精霊、といっても過言でない。
そのようにヴェリウスには理をひいている。
一つの生命体の心に肩入れすることは、それは心のひいきともなるがゆえ、
それはヴェリウスには許されざること。
下手をすればそれをきっかけに理に反したという理由にて、
ヴェリウスの存在自体が危ぶまれる結果になりかねない。
世界の理、とはそのように絶対なもの。
まあラタトスクがその理を変更すれば多少の融通はきく、であろうが。
「いまだにマクスウェルやトニトルスのいい分にはヴォルトのやつは耳をかさず、か?」
「…はい。まあ、気持ちはわかりますが」
苦笑しつついってくるふわふわと横にうかびし長い蛇のようなその姿。
今はその手に球体をにぎっており、
いつものその球体に体をまきつけている格好ではない。
「…あいつにも、すこしばかりショック療法なるものが必要、かもしれないな」
孤鈴となっている器には酷かもしれないが、
しかし、そういえば、とおもう。
あのときも、テネブラエが爆発に巻き込まれたとき、茫然としいながつぶやいた台詞。
孤鈴と同じだ…と。
後からヴェリウスに確認をとったとき、
ヴォルトの電撃に巻き込まれ、器を消失した、とも確かいっていた。
ならば、そのときと同じ事象にしてしまえばよい。
あれでヴォルトもどうやら目がさめたようなことをいっていた以上、
どちらにしてもヴェリウスの目覚めは寸前。
ならば、それをヴォルトの癇癪を納めるのに利用しても問題はないであろう。
何よりもセンチュリオンや自分が力を取り戻している以上、精霊達の力もまた充実している。
ゆえに生半端な力は精霊達には通用しない。
精霊達がそれをうけいれる、という形として認識しないかぎりは。
ウンディーネのときにしろ、シルフのときにしろ、
彼らがヒトの力を見定めるためにあえてその攻撃をうけとめていたにすぎない。
本来ならば、精霊には魔法も、そして当然剣すらも通じないのだから。
そもそも、魔法とは精霊の力を使用するもの。
攻撃が通用するはずもなく、またたかがヒト程度の腕で、精霊に傷をつけられるはずもない。
簡単にいえば、剣一本でそこにある大地全てというか世界を壊せるか、
というほどの器量を必要とすることになる。
「それで?ラタトスク様?あのもの、ユアン・カーフェイはどうなさるおつもり、ですか?」
センチュリオン達はあえて彼にその姿をみせないように注意はしているが。
「アレがどんな考えをしているのか、いまだによく把握しきれてはいないからな。
本気で大樹を復活させようとしているのならば、
なぜ我を目覚めさせるか、お前達センチュリオン達を探そうとしない?」
それがラタトスクからしてみればきがかり。
よもやまさか、司るものがいないままで大樹を芽吹かせて、
それがきちんと制御できる、とでもおもっているのだろうか。
いくらあの少し抜けている…とはミトスの談だったが。
あのユアンでもそうではない…とはおもう、おもうのだが…
「…あのユアン、だしな……可能性としては捨て切れない…か?」
そういえば、あのときも。
自分をコアにして扉の封印にしてしまえばいいのでは、という意見をだしたのは、あのユアンだったときく。
そうすることによって世界にどんなことがおこるのか。
マナを調整するものがいなくなった世界でどのようなことがおこるのか。
まったく理解していなかったユアンのことを思い出す。
あるいみ、ユアンの提案は厄介事しか招かなかったような気がする。
それはもうひしひしと。
制御するものがいない大樹の覚醒。
少し考えれば暴走するしかない、とわかりきっていたであろうに。
まあ、かつてもユアンの考えをまとめてはその問題点をあげていたのがミトス。
というのをあげれば、ユアンだけの考えではそのような結果になってしまっていても、
仕方がなかったというか何というか。
本当にミトスやクラトスではないが、ユアンはどこか抜けている。
それはラタトスクからしてみても否めない事実。
「切り離しの下地は?」
「何ごともなく」
「そうか」
下地さえきちんとしておけば、いっきにその理を発動させ、今ある理を置き換えることはたやすいこと。
「――マクスウェルに連絡を。かのものをもってして、ヴォルトとミトスの契約を破棄させる、とな。
マクスウェルのやつもそれを狙っていたので問題はないはずだ」
もともと、それをいってきたのはマクスウェル自身であることから問題はないであろう。
「――あとはクラトスのやつの出方次第…か」
本当に、何を考えているのか。
どうもそろえている材料からしてエターナルリングを創る材料をそろえているっぽいが。
それをもってして、もしかしてロイドにそれをつかわせるつもり、なのだろうか。
自らの命をそのままかけて、全ての後始末をロイド達におしつけて。
もっとも。
「…自分達がしでかしたことは、あいつらに始末をつけさせるつもりではあるから。
そんなことはさせはしない、がな」
かの組織は確かにこの四千年、過ちを繰り返している。
が、逆をいえばこの四千年、その仕組みはこの世界にてきちんと稼働していたのである。
その歪んだ仕組みはともかくとして。
ならば、それをそのまま利用し、これからおこるであろう歪みの修正。
それを彼らに対処させ何の問題があろうか。
もともと、ヒトがおこせしこの世界のありよう。
歪めた次元空間を元にもどしたのちに生きてゆくのもまたヒト。
そこに自分達精霊はまったくもって関与するつもりはさらさらない、のだから。
月灯りの下。
屋根の上にてそんな会話をしている影一つ。
pixv投稿日:2014年2月8日某日(Hp編集:2018年4月22日(日)
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あとがきもどき:
この話においては、しいなの裏設定さんもちょっと豪華(?)になってます。
何となく、森に捨てられてた、というあれをみてから、
それ以外にも理由があったんじゃあ?とかおもったり。
あと、ゼロスのスキットもあって、かつてはならば、城があったということで。
ならば、皇族もいておかしくはなかったのでは?
というのでしいなをそっちにもっていきました。
ゆいいつ、召喚の力もってる、というのも一つの理由。
ふとおもったけど、エミルサイド側はあまり動きがない?からか、
ロイド側ばかりをやって、あるいみほとんどTOSオンリーになりかけてる今日この頃。
ときお~り組み入れられている、とはおもいたい、ラタトスク要因……