大陸の東側。
ざっと周囲を視てみれば、このあたりはこの大陸の端のあたりにあたるらしい。
近くにはかつてマクスウェルが拠点としていたモーリア坑道もみてとれるが。
「そういえば、テセアラでもドワーフってめずらしいの?」
エレカーを桟橋にのりつけ、降りる過程にて、
ノイシュがかなり躊躇したのをうけ、ラチがあかない、とばかりにロイドがソーサラーリングを使用。
その結果、ノイシュはまたまたその体を小さくしロイドがそのポケットにいれていたりする。
エレカーをしまい、幾度かの深呼吸をして気持ちを落ちつけたのか、
ジーニアスがふとそんなことをしいなやゼロスにとといかける。
「さあ?あたしが知ってるのはアルテスタだけだよ」
「俺様もだな」
「うむ。昔はかなりいたらしいがな。アルテスタがでてきたのもここ四十年ばかりだときく。
それまでどこにいたのか彼はかたくなに口を閉ざしているらしいな」
しいな、ゼロス、リーガルがそれぞれにそんなことをいってくる。
「え?じゃあ、ひとりぼっちなの?きっとさびしいだろうね」
「そうとは限らなくてよ。四十年といったかしら。
それまで彼がいたところがドワーフ達の拠点となる居住区とも考えられるわ。
エルフ達のように人里はなれ、隠れて暮らしていたとするならば。
彼が人里にでてきたのにも何か理由があるのでしょう。
それに、ケイトがいっていたわ。アルテスタはクルシスから逃げ出してきた。って。
考えたくないけど、ドワーフ達はクルシスに…つまりユグドラシルにつかまっている。
その可能性もなくはないわね」
ジーニアスの台詞にリフィルが何やら考え込みながらそんなことをいってくる。
「そういえば、あのオサ山道にあったあそこも……」
いつのまにかドワーフ達がいなくなってしまった、というドワーフ達の鉱山跡地。
「う、うげ。あ、あれかい?」
しいながそのことに気付いたのか、すこし上ずった声でそんなことをいっているが。
どうやらあの穴に落ちたときのことを思いだしたらしい。
「?しいなさん?」
そんなしいなの様子に気づき、エミルが問いかけるが。
「な、何でもないよ。あはは……」
そんなエミルにしいなは乾いた声をあげるのみ。
「そういえば、シルヴァラントのドワーフと、こっち側のテセアラのドワーフって。
どっちが腕のいい職人なんだろ?」
それは素朴なるマルタの疑問。
「そうだね。技術とかはこっちのテセアラ側が発達してるし。
なら、あのアルテスタさんって人のほうが上なんじゃないかな?
ダイク叔父さんってどこかおおざっぱなところがあるし」
そんなマルタにジーニアスが言い切るが、
「そんなことあるか!職人に必要なのは技術じゃなくて心だ!
親父だったら困ってる人をほうっておくもんか!
そんな人に精密な細工ものなんかできるはずがねぇ!」
すかさずジーニアスの台詞に反応してかロイドが何やら叫んでくる。
「そういや、こいつ、ドワーフに育てられてるかわりものってか」
ゼロスが何か納得したようにつぶやき、
そしてまた。
「ふふ。ムキになってる。やっぱり親子だねぇ」
そんなロイドをみて苦笑しているジーニアス。
ふと、そんな言い合いをしている中、ロイドが視線をそらし、
なぜかその視線を空の向こうにとむけているが。
そんなロイドをみて、
「どうかしたの?ロイド?」
気になるらしくリーガルが気づかってなのか問いかける。
「…いや。親父のやつ、どうしてるかなっておもってさ」
「あはは。ロイドがホームシックになってる」
「ち、ちがうぞ!」
「ロイド。真赤になっていっても反論になってないよ。
それより、リーガルさん。その目的の鉱山入口って、あそこですか?」
顔を真っ赤にして反論しているロイドにかるく突っ込みをいれたのち、
視界の先にみえているとある方向を指さしといかけるエミル。
そんなエミルの問いかけに、
「ああ。この先にある。鉱山入口までは道が整備されているから迷うことはないだろう」
淡々とこたえてくるリーガルの姿。
事実、桟橋から石の道が整備されており、迷うことはないらしい。
石畳みで整備されている道を歩いてゆくことしばし。
やがて、その道の先にぽっかりと暗い口をあけている鉱山の入口らしきものがみてとれる。
「ここが、トイズバレー鉱山だ」
ぽっかりと口をあけている鉱山の入口にあたるのであろう洞窟の前。
その場にたって、一行を振り返りながらリーガルがいってくる。
「ここに抑制鉱石があるのか、よぅし!」
何やらはりきった様子でジーニアスがその洞窟の中を覗き込む。
「いくか」
「あ、ロイド。念のためにノイシュ僕にあずけてね?ロイドのことだから
とんだりはねたり、もしくは無意味に走り回ったりして。ノイシュおっことしかねないし」
「どういう意味だよ!」
エミルの指摘にロイドがくってかかるが。
「たしかに。そのほうがいいわね。それかノイシュを元の大きさにもどすか、ね」
「…いや、この鉱山はノイシュほどの大型の動物は通れぬ道も多い。
だとすれば今のほうがいいだろう」
リフィルの問いにしばし考えたのち、リーガルがそんなことをいってくる。
「ロイドだって、ノイシュを落したのにきづかずに、自分で踏みつけたくはないでしょ?」
「…うっ」
「そういや、よくロイドって、寝てるノイシュの尻尾とか踏みまくってたよねぇ」
エミルがいうと、ふと思い出したかのようにじと目でロイドをみていっているジーニアス。
「だぁぁ!わかった、わかったよ!…俺って信用ないのかな……」
「日ごろの行いね」
ロイドのつぶやきを否定することなくぴしゃり、といいきっているリフィル。
「かぁ。リフィル様、容赦ないねぇ」
「この子にはこれくらいいってもまだ足りないのよ。
そもそも、この子にはあれだけ…いえ、これをいっても仕方がないわね」
あれほど、授業で人間牧場に関することはおしえていた、というのに。
あの付近に近づくだけで認識するものがあるので危険だ、と。
それでもそれを覚えていなくて楽観視していたのはあくまでもロイド自身。
そのきっかけが自分の弟であるジーニアスにあったとしても。
騒ぎを起こせばどうなるか。
考えれば少しはわかったであろうに。
考えなかった結果、イセリアにディザイアン達を招き入れることになってしまった。
イセリアの聖堂で襲ってきたのはレネゲード達であったらしいが。
どちらにしても、協定を破ったのはロイド達が先である以上、何ともいえないのもまた事実。
しかし、それをいってもどうにもならない、過ぎた事は取り返しがつかない。
ゆえにいいかけたリフィルは言葉を閉ざす。
「?よくわからぬが。この先に入口の
慣れた様子でそのまま洞窟の中にとはいってゆくリーガルに続き、
「よっしゃ。これでコレットとプレセアの要の紋がつくれるな!」
「まじない文字を直しただけの要の紋じゃ、コレット、まだ元にもどってないもんね」
サイバックで手にいれた要の紋は修理しおえている。
が、それをコレットにつけてもいまだにコレットは元にもどってはいない。
クルシスの輝石が原因、というのならば、特殊な要の紋が必要なのかもしれないが。
「ケイトがいうように、クルシスから逃げてきた、というのが事実ならば。
あのアルテスタとかいうドワーフはきっとコレットの要の紋の作成方法。
それもきちんと正確にしっていても不思議はないものね」
だからこそリフィルは抑制鉱石を手にいれる、というのに反対はしなかった。
むしろおそらくは、普通の要の紋ではどうしようもないのであろう。
コレットがいまだに元にもどらない以上、何かしらのドワーフの特殊な技術。
それが絡んでいても不思議はない、そうリフィルは睨んでいる。
「…む?」
そのまま洞窟の中をすすんでゆき、少し進んだ先で思わずリーガルが足をとめる。
「誰かがここに入ってきた形跡が……」
みれば、誰も立ち入らないはずの閉ざされた鉱山、のはずなのに。
異様に真新しい足跡がいくつもその場にみてとれる。
そしてそれは扉の前にもいくつも重なっているのがみてとれる。
「扉のガードシステムは…正常、だな」
実際は壊れていたのだが。
ここは、精霊石達の孵化場。
ゆえにエミルが指示をだし、センチュリオン達に見回らせていた場の一つ。
そういえば、入口の装置が壊れていたっぽいので直したとかトニトルスから報告をうけたような。
扉の電源となりしは電気。
ゆえに電気を司りしトニトルスならばそのマナの誤作動を直すのはたやすいこと。
そもそも、ヒトが使いしプログラムとは、微弱なる電気の集合体といっても差し支えがないもの。
そんなことをつぶやきつつも、リーガルが扉の横にある小さな装置らしき台座に手をかざす。
と。
ピピ。
【認証確認いたしました。これより入口を解放いたします。
また、時間とともに入口は自動的に閉ざされます。
外にでるときには再び内部より開閉作業を行ってください】
「うわ!?何だ!?この声!?」
どこからともなく聞こえてくる無機質にも近い声。
その声にどろきロイドがきょろきょろと周囲をみわたす。
「やれやれ。ロイド君は音声機能つきの機械を知らないとみえるな」
そんなロイドをみてゼロスが首をすくめつついっているが。
それとともに、がこん。
【一分経過しましたら自動で扉は閉じられます。
それ以上分数が必要な場合は手順に従い延長コードを入力してください】
再び聞こえる無機質な声。
「では、いこう」
まるでいに介することなく、そのまますたすたと開かれた扉の向こうに進みだす。
「あ、まってくれよ。リーガル!」
「さっすが。ここが閉鎖された鉱山ってか。
しかし、さすがレザレノだねぇ。閉鎖してもしっかりと管理はしてるってか」
ぴくり。
ゼロスの何やらものを含んだいいかたにぴくり、とリーガルが反応を示しているが。
その反応にゼロスはやはり、と確信をもってしまう。
そういえば、ロイド達はこのリーガルがレザレノとかいうところの会長と社長である。
というのを知らないのか?
エミルがかつてしっていたのは、社長職と会長職を兼任していたというリーガル。
もっとも兼任に意義をとなえる従業員もいたらしく、派閥にわかれ争っていたらしいが。
今はそういえばどうなのだろうか、とふとおもう。
もっとも、今はエミルはそれを聞いていない以上、しっているのはおかしいとおもわれる。
ゆえにあえてそれを口にすることはないにしろ。
「ひゃあ。何かでそうだな。なあなあ?」
「ああもう。うるさいねぇ!あんた少しはだまっていられないのかい!
というか、話ししてる間に扉がしまったらどうすんのさ!いくよ!」
そんなゼロスに対し叫んだのち、しいなもまた、扉が閉じる前にくぐりぬけなければ。
そうおもい、リーガルの跡につづき扉をくぐってゆく。
「いこう!プレセア、そしてコレットをたすけないと」
「そうね。いきましょう」
ロイドの台詞にこくり、とそれぞれ顔をみわたし、ロイド達もまた、開かれた扉をくぐってゆく。
本来、この扉のガードシステムは、かつての文明によってつくられしもの。
ゆえに普通に侵入者排除のレーザー光線などといったものもあったりする。
この山の上に太陽エネルギーによるヒカリのマナを収束する装置があり、
それによってこの場の装置は半永久的に動いているといってもよい。
また、入力パスワードなどが異なれば、
人がかつてつくりし、侵入者よけのとある機械が侵入者を排除する。
扉の両脇にあるレーザー装置は部屋全体を覆い尽くし、
侵入者を逃れることなく補足することが可能らしい。
解除するには解除コードを入力するのみ。
何しろこの場は、古代戦争、と呼ばれていた世界よりも前。
天地戦争時代につくられた場所。
ゆえに今のヒトがつかいし技術、そしてまたクルシスが使用している技術よりもはるかに進んでいる。
何らかの方法でそのシステムに介入し、新たに上書きすることによって、
この設備を彼らが使用しているのであろうことは容易に予測が可能。
エミルがそんなことを思っている中、やがて全員が扉をくぐってゆく。
やがて、ガチャン、という音とともに扉がしまるおと。
「あ、本当に扉しまっちゃった」
「出るときはまた扉を開閉すればよい」
ジーニアスがふと背後をふりむきそんなことをつぶやくが、
そんなジーニアスに淡々といっているリーガルの姿。
扉をくぐればそこは普通の鉱山と何らかわりはなく、
人工的にくりぬかれている洞窟が視界の先には広がっている。
採掘場、とよばれているが、
リフィル達のしるオサ山道の鉱山跡とほぼかわりがないようにみえなくもない。
ところどころに設置されているランプの灯りでみるかぎり、
支えとしている坑木もどうやら朽ちているようにみえるのは、おそらく気のせいではないであろう。
それとともに、
「うわ。ものすごい魔物がうようよしてるよ……」
見る限り、鉱山のいたるところ。
道という道に、コウモリの形をしたような魔物
…レッドアイや、ロックゴーレム、あげくはバジリスク、
といった魔物がうようよしているのがみてとれるが。
「あれは。まさかバジリスク?きをつけて。あの魔物は石化する攻撃をしてくるわ」
リフィルが警戒をふくめ、ロイド達をみていってくるが。
しかし、次の瞬間。
『・・・・・・・・・・は(え)?』
何ともいえない間の抜けた声が、リフィル、ロイド、ジーニアス、マルタ、しいな、ゼロスの口から紡がれる。
エミルが前に一歩でたその刹那。
ずざざっ。
もののみごとに魔物達は道の横にしりぞき、中にはその場に座り込む魔物の姿すら。
「これは、いったい……」
困惑したようなリーガルの声。
そもそも以前はここまで魔物はいなかったはず。
いくら数年間この場を閉鎖していたといっても、定期的に内部は確認させていた、はず。
そのときに魔物の目撃情報はここまで多くなかったとおもうのだが。
否、気をつかいジョルジュが自分に報告してこなかっただけか?
リーガルがそんなことを思っている最中。
ぱたぱたと、コウモリらしき魔物がエミルの近くによってくる。
それはひときわ大きなレッドアイと呼ばれし魔物。
「・・・・・・」
キィン、としたような何か響くような音がロイド達の耳をつきぬける。
それは彼らレッドアイが発している言葉。
ロイド達にはそれが音のような超音波にちかい何か、にしか聞こえない。
「道に岩が?…面倒だ。壊しておけ」
「・・・・・・・・」
彼らの報告は、奥にすすむにはいくつかの落盤により道がふさがれている、ということ。
そもそも、ここに向かうにあたり、すでにセンチュリオン・ソルムから、
彼らこの場にいる魔物達にはすでに報告がなされている。
すなわち、【王】がこの場に来訪する、と。
ゆえに魔物達が活気つかないはずはない。
影に潜みしセンチュリオンの気配と、その肩にいるシムルグの気配。
いくら気配を隠していようとも、その二つがあれば嫌でもわかる、というもの。
もっとも、わかるのは魔物達や精霊達といった世界に繋がりがあるもの限定、ではあるにしろ。
「いきましょう。落石とかで道をふさいでるのはこの子達が解除してくれるそうですよ」
「「いや、ちょっと(まて)(い)(まちなさい)!!」
突っ込みはほぼ全員同時。
そんな彼らにたいし、首をかしげ、
「あの、何か?」
エミルにはなぜ彼らが突っ込みをしてきたのかわからない。
「何か、じゃないわよ!エミル、あなた、今何したの!?」
リフィルががくがくとエミルの肩をつかみいってくるが。
「え?だって今、あの子達がこの坑道の道、ところどころ落石で道がふさがれてる。
っていってたから。だから道を解放してくれるようにお願いしただけですよ?」
「いや、ちょっとまて。なんで魔物の声がわかるだ!?」
ゼロスの突っ込みは至極当然といえば当然だが。
「…ああ、うん。エミルだしねぇ。…何となくエミルって魔物がいってること。わかってるっぽいし」
「だなぁ」
どこか悟ったようにぽつり、と遠い目をしてつぶやくジーニアスとロイド。
「さっすがエミル!私の王子様!」
「いや。マルタ。そういう問題じゃないから。これはあきらかに異常だよ」
しいなもこの光景をみておもわず顔をひくつかせていたりする。
「おいおいおい。まじかよ?」
ゼロスが思わずそんなことをつぶやきつつも、周囲の魔物、そしてエミルを交互にみつめる。
「とにかく。この奥に抑制鉱石ってやつはあるんだろ?
なんか魔物達襲ってこないっぽいし、いこうぜ」
「だね。…もう、僕考えるのつかれたからあまり考えないようにするよ」
これまで幾度となく食事時に魔物達がエミルの料理を手伝っている光景。
それをみているがゆえにあるいみ慣れたというか気にしたらまけ、という心境になっているというか。
少なくとも、これまでもエミルに問いかけても、エミルはきちんとした返答はなかった。
すなわち、お願いしたら誰でもいうこときいてくれますよ?
とさも当然のようにエミルはこれまでもいいきっていたのだから。
今ここできいてもまちがいなく、同じことをいうであろう。
それはもう確信。
「しいな。このエミル君っていったい……」
「あたしにきかないどくれ」
しいなも何といえばいいのかわからない。
そもそも、しいなとてエミルがもつ力が何なのか、いまだにわかっていない、のだから。
「…ともかく。抑制鉱石はこの奥にあるはずだ」
リーガルもようやくはっと我にもどったらしく、声を絞り出すようにしていってくる。
「…そういえば、何か機械音のようなものがきこえてくるけども?」
リフィルがふと、何か連続した機械音のようなものにきづき、
思わず誰にともなくぽつり、とつぶやくが。
「うむ。ここは元々古代の採掘場なのだ。古代大戦のときからここは稼働しているときく。
そのせいか、鉱石がとれなくなり、この地は閉鎖したのだ。
この採掘場で使用されている機械は当時つかわれていたものそのままを使っている」
そんなリーガルの説明に、
「何だと!?」
「うん?」
突如としてリフィルの口調がかわり、一瞬リーガルが立ち止まるが。
「ここは古代の遺産を保存するどころか浪費しているというのか!!」
「ま、まあそのようなものだが……」
あまりのリフィルのつかみかからん、とばかりの剣幕に思わずたじろぐリーガル。
「うわ。まずい。姉さんのスイッチが……」
「…先生はほっとこうぜ」
そのリフィルの変化をみて、ジーニアスがため息まじりにつぶやき、
ロイドはロイドでかかわってもどうしようもない、とばかりにいいきっていたりする。
そんな彼らの呟きとは対照的に、
「冒涜だ!こんなことが許されるわけがない!責任者をだせ!責任者を!!
いったいどこの馬鹿がそんな判断を許可したというのだ!!」
「す…すまない」
条件反射的に謝っているリーガルに対し、
「?なんであんだか謝るんだい?」
「つうかさ。何でそれでしいなも気づかんのかねぇ」
首をかしげるしいなに、ため息とともにぽつり、とつぶやいているゼロス。
その会話の内容をきいていればおのずとリーガルの正体はわかるであろうに。
それにしても、とおもう。
「それにしても、リフィル様、なんかおかしくねぇか?」
いつものリフィルとは違う態度にゼロスが首をかしげるが、
「…姉さんは古代文明とかがからんだらああなるんだよ。
…ああ、ついにゼロスやリーガルさんにまでばれたのか……」
がくり、とどこか肩をおとしつつも哀愁のこもった表情でつぶやいているジーニアス。
「遺跡マニアだもんな」
ロイドもまたなぜかその視線をさまよわせつつ遠い目をしていっているが。
「しっかし。馬鹿だってな。ひどいいわれようだな。そいつ。うひゃひゃ」
「…神子。何かいいたいことがあるのならばいったらどうだ?」
「別に?いってもいいならそうするけど?」
「……とにかく。先をいこう。この先にリフトがある」
そんなゼロスのいい分に答えることなく、そのまま先を歩きだす。
そんなリーガルの後ろ姿を見送りつつも、
「リーガル…アン、か」
「?ゼロス。今、何かいったかい?」
「いんや」
リーガル・ブライアン。
なぜ、そのことにしいなは気付かないのかねぇ。
そんなことをおもいつつも、しいなの問いかけに首をかるく横にふるゼロスの姿。
やがて、しばらく進んでいったその先。
その場に誰もいないはずなのに、機械らしきものが自動で勝手に何も運んでなどいない、
というのに定期的に動いているのがみてとれる。
掘削機も起動しており、そこから掘りだされた鉱石類は、リフトに運ばれ移動する。
その運ばれた先で整備するものがいないせいか、
その場には無駄に石などがたまっており、
石などを食事としている魔物達がそこにたむろしているのがみてとれるが。
どうでもいいが、機械を停止させるはずの設備もあるはず、なのだが。
なぜこの場を閉鎖している、というのならば、これらも停止させないのだろうか。
エミルかそんなことをふとおもうが。
エミルも知らない。
一度止めてしまえば、今の技術力では再び稼働する動力源が確保されなくなってしまい、
二度と機械がつかえなくなる可能性が示されており、ゆえにそのままの状態にしている。
ということを。
「リーガル!」
突如として、リフィルの声が響き渡る。
みればいつのまにか先に進んでいていたらしいリフィルが何やら叫んでくる。
機械の音、そして先ほどいったリーガルの台詞。
古代の機械がみてみたくなり、先にすすんでいっていたらしい。
「なぜここの機械は誰もいないのに動きつづけている?!
この鉱山は閉鎖された、と貴様はいっていたが。なぜ無駄に機械が動き続けているのだ?!」
リフィルの剣幕にたじろぎつつも、
「この鉱山は元々、オートメーション化されている。当然だ」
「?よくわかんねぇけど便利なんだな」
リーガルの説明はロイドにはわからない。
ただ、何もせずに動くなんて便利なんだな、というくらいの感想しかない。
「何という、機械の消耗の無駄を!機械を動かしていれば摩耗するとわかっているだろうに!
ええい!何という馬鹿な責任者というか管理者だ!
ここに呼んで来い!この私が説教してやる!いいか、古代の機械の貴重性というのは……」
「も、もう、姉さんったら!」
今にも演説を始めようとするリフィルに気づき、
ジーニアスがあわててリフィルの横にと駆けよってゆく。
そして。
「ご。ごめん。リーガル。姉さんのことは気にしないでね」
いって、リフィルの手をつかみ、
「もう。姉さん!いくよ!ほら、これにのるらしいよ?」
ジーニアスが姉の気をひくためにいったのは、リーガルが先ほど示したリフトというもの。
「おお。これでこの先にすすんでゆくのか!では、まだみぬ古代遺産にむかって!
ふはははは!ああ、ここにある全てを分解したい!」
「・・・・・っていう先生はほっといて。
なあ、リーガル。抑制鉱石っていうのはどこにあるんだ?」
「あ。ああ」
あまりに激突なリフィルの変化。
そんなリフィルの変化に戸惑いつつも、
「抑制鉱石はこの先だ。そのリフトにのればそこにつづく道にと連れていてくれるはずだ」
ロイドの問いかけに淡々とこたえているリーガル。
改めてリフィルにいわれふとおもう。
たしかに。
完全に仕組みがわからないままに便利だからといって使っていたのは紛れもない事実。
このあたりもジョルジュと話しあう必要があるのかもしれないな。
そんなことをリーガルが思っている最中。
「何をしている!皆、おいていくぞ!」
ちゃっかりとすでに一人、リフトにのりこんで移動したらしく、
すでにリフトの先の足場にたどりついているリフィルの姿がみてとれる。
しかもその先にある下降用のリフトに気づいたらしく、
周囲をいったりきたり、してその構造を調べているらしい。
このままの勢いでは下手をすればまちがいなく分解してしまうであろうほどに。
リフィルがその手にドライバーなどを手にしていればまちがいなく、
問答無用で分解を始めてしまっていたであろう。
その結果、その機械が爆発するなどとは夢にもおもわずに。
分解防止用にかけられているこの場にある機械類にすべてそんな細工が施されている。
それは当時のものたちのみが知る事実であり、当然そのことは、
かつてそれに幾度か魔物達が巻き込まれたことがあるがゆえにエミルも知っている。
こういうヒトがつくりし機械を破壊するために。
だからこそ。
あのような力の場。
すなわち、マナを凝縮し爆弾と成せる【場】を設けたのだから。
魔物達全てがどの種族でも使用できるように。
「それにしても。なんであんた、こんなに詳しいんだ?」
それは素朴なるロイドの疑問。
閉鎖されているというはずの鉱山なのにリーガルは機械のこと、
そして入口にあったあの機械…おそらくは、レネゲードや、
そしてディザイアン達がつかっていたものであろうものと同じような機械。
その機械をたやすくリーガルは扱っていた。
いくらロイドとて疑問に思わないはずがない。
「……以前、ここで働いていたことがある」
「?リーガルさんが?みえないけど。
とにかく、リフィルさん、先にいっちゃってるし。エミル、いこ」
まったくそうはみえない。
が、腕やみえている足、そして腹筋のあたりはかなりの筋肉らしきものがついている。
なぜか小さな上着らしき白い服。
その下からみえている腹のあたりの腹筋は、もののみごとに筋肉で割れている。
そんなリーガルがなぜ手枷をつけているのかなどとといった疑問はまだあるにしろ。
とりあえず、今は関係ないか、とばかりにエミルに腕をからめていってくるマルタ。
「?マルタ?」
いきなり腕をからまれて、首をかしげるエミル。
「リフトっての、私はじめてのるから、エミルが一緒なら怖くないし、ね?」
「え?あ。うん」
だからといってなぜに腕をからめてくるのだろうか。
エミルが首をかしげているそんな中。
「ふ~ん。あんたが鉱山でねぇ。そんなことはないでしょ」
リーガルにたいし、いかにも何か含みがあります、といわんばかりの口調でいっているゼロス。
そんなゼロスを無視し、リーガルは慣れた様子でそのままその先にあるリフトにと乗り込んでゆく。
「?ゼロス?」
「いやいや。こっちのことさ。さ、いこうぜ。ロイドくん」
そもそも、閉鎖されている鉱山の入口。
あの扉を解放できるのはごくごく限られたものしかいないはず。
それでもう確信がもてている、というのに。
リーガルはそのことを自分からいう気はさらさらない、らしい。
リフトを超えた先。
リフトの途中で方向をかえるレバーがあり、
そのレバーは眼下にみえる地上にて操作するらしい。
リフトは高い位置同士の足場を結んでおり、
そのまま何も作業しなければまっすぐに次なる足場となっている場にとたどりつく。
「あれ?これって・・・力の場…か?」
ふと、足場の先。
行き止まりの先にみおぼえのある力の場らしき装置がみてとれ、思わずロイドが首をかしげつつ、
「今度はどんな力なのかな?」
それに気づいたらしく、ジーニアスもまた首をかしげているのがみてとれるが。
「よし。試してみよう」
いってロイドがそれに近づいていき指につけているソーサラーリングを装置にとかざす。
刹那、ソーサラーリングが光につつまれる。
どうやら属性変化は完了、したらしい。
そのままロイドが手をつきだして、力を試してみようとするが、
「まて。ここでは
うかつに使わないほうがいい」
そんなロイドを冷静にとめているリーガルの姿。
「?爆発?どうやって?」
そんなリーガルの台詞がきになったのか、ジーニアスが問いかけているが。
「私も詳しくはしらないのだが。
ソーサラーリングを使うと凝縮されたマナの塊が表現する、らしい。
前神子の協力のもと、レザレノ社で実験されたらしいから間違いはない。
マナの塊は三秒後に爆発する。傍にいると我々も爆発にまきこまれるぞ。
どうなっているのかはわからないが、爆弾が形成、されるらしい」
「爆弾!?」
その台詞に思わずマルタが叫んでいるが。
「そういや、以前、レザレノの協力として前神子、つまりゼロスの父親が何かした。
という報告はみずほの報告書にあがってたけどさ。あんた、くわしいねぇ」
心底あきれたような、感心したようなしいなの台詞。
「だから、なんでこいつがそこまで詳しいのに疑問をもたないんだ?」
「あん?何かいったかい?ゼロス?」
「いんや、何でも」
ゼロスの呟きはどうやらしいなには聞こえていなかったらしい。
「へぇ。わかんねぇけど。なら慎重かつ大胆につかおう!
たしかさっき、落石があるとかいってたしな!」
ロイドの台詞に、はっとしたような表情をし、
「やめておきなさい。ロイド。下手に爆発などをおこしてみなさい。
みてごらんなさい。この坑道をささえている坑木は朽ちかけているわ。
下手したら私たちが生き埋めにならない、とはかぎらないわ」
「げ」
リフィルの至極もっともな意見に短い声をあげて一歩後ろにと下がっているロイド。
どうやら、生き埋め、という言葉がかなりきいたらしい。
「あれ?なんかあそこに、別の扉みたいなのがあるけど」
マルタがふと、その先に別の扉らしきものがあるのに気付いて声をだす。
「あの先には抑制鉱石はない」
そんなマルタの疑問に答えたつもりなのか淡々といいきっているリーガルであるが。
「ずいぶんとくわしいのね」
さすがのリフィルもここまで詳しい、というのに疑念をいだき、
リーガルを油断なくみつめつつも問いかける。
「……先ほど、神子達にもいったが、ここで働いていたことがあるだけだ」
「…そう」
それだけで、どう見ても重要機密っぽいことまでしっている、というのはありえない。
ゆえにリフィルがじっとリーガルを観察するようにながめるが、
そのままその視線をゼロスにむければ、ゼロスは小さくうなづくのみ。
どうやらゼロスはこの男が何ものなのか、しっているみたいね。
ならば問題ないでしょう。
そう頭の中で判断し、
「とにかく、では先をいきましょう」
「そうそう。いこうぜ。かわいいプレセアちゃんとコレットちゃんの為にもな~。
コレットちゃんは疲れてないのかな?っていつのまにかこの子飛んでるよ…」
いつのまにか、コレットはぱたぱたと飛びつつ、ロイド達の背後ついてきていたりする。
飛んでいればたしかに疲れるようなことはない、のだろうが。
しかもよくよくみればちょこん、とエミルの真後ろについて飛んでいる、
というのがわかるであろうが、ロイドはそこにまで気づいていない。
そういえば、このコレットちゃん。
なんでかエミル君の周囲に必ずいるっぽいよな。
そんなことをゼロスはふとおもう。
自分達が何をいても反応しないのに、エミルの言葉にだけは反応しているようにも見受けられる。
天使化。
アイオニトスを服用した状態でも天使とよばれる力は使用が可能。
が、コレットのそれは先に進んだ段階のものであるのであろう。
そう、彼らがいうところの無機生命体。
それに近しくなるというそのままに。
ゼロスはかつて、彼らの抱く構想を、彼らに手をかす、と決めたときに聞かされている。
否、聞きだしたといってもよい。
無機生命体達による、無機物千年王国。
悲しみも苦しみも何も感じない、という。
それをきいたときに、何ともいえない気持ちなったのは記憶にあたらしい。
そして、そんな世界は認められない、とも。
足場になっている箇所が崩れた、のであろう。
道が途切れている場所を幾度か飛び越え、
今にも崩れ落ちそうな木でつくられた吊り橋を渡ってゆきつつも、鉱山の奥にと進んでゆくことしばし。
カチリ。
「…ん?」
人が通るために整備されているらしき道を歩いている最中。
ロイドがとある場所を歩くとともに、何かの音が静かに響く。
ロイドの足元にはちょっとした色違いの地面が四角となっており、
いかにも何かあります、といわんばかりの状態となっている。
にもかかわらず、普通にロイドはその上を通ってしまった、らしい。
それとともに。
ガッコン。
どこからともなく音がし、そして、
ゴロゴロ…ゴロゴロゴロゴロ…
「…ねえ。ロイド?今、ロイド、何踏んだの?」
ジーニアスが乾いた声でといかけるが。
「やばい!岩がせまってくるよ!」
ふとしいなが振り返れば、今歩いてきた先の行き止まり。
そこから巨大な岩がごろごろと今あるいている通路をふさぐかのようにむかってくる。
「うええ!?何あれ!?」
振り向いた後、マルタも何やら叫んでいるが。
「すまん。うっかりしていた。あれは侵入者の罠だ。
狭い通路にスイッチをおし、そのまま岩で押しつぶすという…」
驚愕している彼らとは対照的に淡々といっているリーガル。
「悠長に説明しなくてもいいよ!とにかく、にげないと!」
「ここから飛び降りるにしてもむちゃだよ!」
「おいおい。まじかぁ!?」
ジーニアスが叫び、しいながいい、ゼロスも何やらそんなことをいっているが。
そういう間にも、岩は道をふさぐようにして、どんどんと彼らのもとにと迫ってくる。
「まったく。あからさまなスイッチ踏まなくてもいいでしょ?ロイドも」
ため息をつきつつもそう呟き、そのまますたすたと岩が向かってくるほうへ。
そして。
「――それを元の場所へ」
両腕を胸の前で組み、エミルがそうつぶやいたその刹那。
めごっ。
「・・・・・・・・」
先ほどまで歩いてきていた岩の壁。
そこからいくつものゴーレム達が出現し、
あっというまに岩の前にとおどりでて、そのまま岩をごろごろと押し戻し…
「「えええええ?!」」
なぜかその光景をみて同時にさけんでいるマルタ、ジーニアス、しいなの三人。
「おいこら、こらまて。エミル君よぉ。今何したんだ?何を!?」
なぜかゼロスの声も多少上ずっているように感じられるが。
「え?この子達、ロックゴーレム達は基本、大地と同化が可能ですからね。
大地がある限り移動は簡単ですから。この子達のあの岩をもとの場所に…」
「いや、俺様がききたいのはそこじゃないから!」
叫ぶゼロスにみれば、なぜかエミル以外の全員がこくこくとうなづいていたりする。
「?変な皆」
エミルが盛大に首をかしげれば、
「「いや。変なのは(エミル)(お前)だから」」
すかさず同時に突っ込むように叫んでくるロイドとジーニアス。
そして、
「ああ。頭が痛いわ…ここまで、とは…」
「り、リフィル?大丈夫かい?」
なぜか額に手をあてて、ふらふらとよろめいているリフィルに、
そんなリフィルをあわてて抱えているしいなの姿。
エミルにはどうして彼らがそんなに動揺しているのかわからない。
ただ、魔物達に命じ、あの岩を元の設置場所に戻させただけだ、というのに。
「エミルお願いって、シルヴァラント側だけじゃなくテセアラでも有効なんだね。さっすがエミル!」
「マルタちゃん。それですませられる問題か?」
目をきらきらさせていうマルタにゼロスが何やら突っ込みをしているが。
普通、魔物にいうことをきかせられるものなどはいない。
シルヴァラントにしてもそれはディザイアン達が魔物を使役している、と伝えられていた。
それでも、ただの一言だけで魔物が自ら率先するように動くなどという光景は。
どう考えても信じられない光景といってよい。
「…この、エミルというものは、いったい……」
ガオラキアの森においても、そういえば、魔物はエミルのいうことをきいていた。
かぼちゃの魔物として有名なあの魔物ですら灯りがわりとして先導してきていたほど。
「ふむ。エミルの能力を考えるとして、名をつけるとしたら、魔物使い、か?」
「たしかに。いいえて妙な名称だね。…そんな種族がいるのかはともかくとして」
リーガルのつぶやきに、ものすごく納得した、というような表情をうかべうなづいているしいな。
「…とりあえず、この先にあるスイッチをおせば岩はでなくなる」
どうやらリーガルは今のをみなかったもの、としたらしい。
「あ、これですね」
なぜかその場にてわめいている彼らをそのままに先に進んでゆくことしばし。
やがてそれらしきスイッチをみつけ、エミルがそのスイッチらしきものを解除する。
その先にある階段の前。
なぜかくるくるとまわっている岩の板らしきものがあるのはこれいかに。
しかも、その中から感じるあれは…魔界の瘴気を纏っている。
それはもう勘違いでも何でもなくあきらかに。
「何であれがここにある?」
それはかつての天地戦争時代にあった武具のうちの一つ。
魔瞳イビルアイ。
そのチャクラムにまとわりつきし念は、
それを目にしただけで死んでしまう、とまでいわれていた代物。
本来は魔族達が作りだせし武器であり、命の血を吸うごとにその力は格段に跳ね上がる。
いうならば、かつて魔族がヒトにつくらせた妖武器といわれしもののうちの一つ。
魔装備、ともいわれているそれがなぜにあの中に?
あの岩の塊でしかない板はたしかにマナの塊でつくられているからか、
その邪気を封印するにはたしかにうってつけ、であったのであろうが。
ゆえにそれをみて思わずエミルは間違っていない。
エミルがしばしそれをみて立ち止まっていると、やがて近づいてきたらしきロイドがそれにきづき、
「うわ?何だ?あれ?」
「何あれ?階段の前で石の板がくるくるとまわってるよ」
どうみても通路をふさぐように、くるくるとまわっているそれ。
これが地上にでている、ということは他の装備品も地上にある、ということなのだろうか。
だとすれば。
厄介なこと極まりない。
これらは時として人の精神をもとりこんで、魔族の手下。
すなわち操り人形、傀儡となす役割をももっている。
人のこころとはもろいもの。
かつてエルフ達がこれを封じたはず、なのだが。
だとすれば誰かが封印をといてまた地表にばらまいた、そう考えて間違いはないであろう。
厄介な。
「――テネブラエ。闇の装備品とよばれしものが地表に出回っている可能性がある。…調べて、回収しろ」
「…御意に」
小さくぼつり、と影の中にいるテネブラエに命じるとともに、
テネブラエの気配が遠のいてゆくのが感じ取られる。
他のセンチュリン達にまかせないのは、テネブラエが闇の属性であるがゆえ。
闇の属性は全てを包み込む。
光の属性たるルーメンでもいいのだが、武器がもつ力が反発することもありえるので、
なるべく問題がおこらない選択をしたまでのこと。
何しろかの武器が纏いし力は、負の念…すなわち、闇の一部ともいうべきもの、なのだから。
正しき闇をもって偽りの闇を封じること。
それが一番理にかなっているからといってよい。
かつての時もあれが出回り、媒介となって地表に瘴気がふりまかれた、というのに。
厄介なことこの上ない。
エミルのそんな呟きには気づかないらしく、
「あれは、まさか……」
リフィルがそれにきづき、はっとしたような表情を浮かべ目をみひらくが。
この様子からしてリフィルはおそらくこれが何で創られているのかわかった、のであろう。
エミルがそんなことを思っていると、興奮した面持ちで、
「こ、これは!まさか、あのナプルーサ・バキュラか!?
あのナプルーサ博士が開発したというあの!
マナを集中化させて物質化させることを可能としたあの!!
なぜあの伝説ともいわれているかの物質がこんなところに!!」
異様に興奮した様子でそのままそちらに近づいていこうとし、
「危険だ。あれは侵入者よけとしてこの設備に設置してある。
何でも昔、孤島の修道院でみつけ、ここの侵入者よけにと設置したらしい」
リーガルがリフィルの前にたつようにして進路をふさぎつつ、そういい、
「あれは通常の攻撃ではたおせぬ。というか攻撃は通用しないだろう」
「どけ!リーガル!あのバキュラはぜひともじっくりと近くで」
「だから、近づけばバキュラに攻撃される、といっているのだ。
あの板のようにみえるあれは、高速で回転することにより相手にダメージを与える。
板の硬度もさることながら、ただではすまんぞ」
近づこうとするリフィルをどうにか制止しているリーガルの姿がみてとれる。
リーガルのそのものいいに、マルタがその意味に気付いたのか顔色を悪くしているが。
「壊せないって。じゃあ、どうすんだよ。
あれどうみてもこの下につづく階段をふさいでいるじゃないか」
ロイドがそれを指さしながらそんなことをいってくる。
たしかに、石板らしきそれは通路をふさぐようにゆっくりと回転しており、
完全に通路をふさいでいるといってもよい。
「すません。しかし、大きな衝撃をあたえることができれば」
「大きな衝撃、ねぇ」
リーガルがすまなそうにいう台詞に、ゼロスが意味ありげにつぶやいているが。
「まてまて!まさかあの貴重なバキュラを壊す相談か!断じてゆるされないぞ!
いいか!きさまら!あのナプルーサ・バキュラの貴重性はだな!」
「もう。姉さん!今はそんなことをいってる場合じゃないでしょ!
コレットとプレセアがどうなってもいいの!」
「いや、しかし!」
興奮した面持ちで、その重要性をときはじめているリフィル。
そんなリフィルに叫んでいるジーニアス。
「…まあ、どちらにしても」
あれがマナの塊であることには違いない。
ゆえに
「エミル!?」
そのまま彼らが言い合っている間にそちらのほうにと近づいてゆく。
驚愕した声は誰のものともわからないが、
どうやら、二、三人の声は重なっているらしい。
本来ならば人が近づけばその回転率がたかくなるその石板であるが。
「ふむ。やはり土の微精霊達を集合させ、これを作り上げていたか。
マナを凝縮させたのは、それを封じるためか?」
目の前にてそれに問いかけるエミルの言葉に反応するかのごとく、
石板がこくこくとなぜか上下に動いているようにみえるのは、
ロイド達の目の錯覚か。
はたからみれば、その石板がどうみても頭をさげているようにみえなくもない。
そのまま、エミルがすっと手をのばすと、ずぶり、とエミルの手が石板の中にと吸い込まれる。
『・・・・・・・・え?』
本日二度目の驚愕、というべきか。
なぜ、エミルの手があの石板に吸い込まれるようにしてはいりこんでいるのだろうか。
その光景をみているロイド、ジーニアス、しいな、リーガルにも理解不能。
マルタはその意味をよくわかっていない。
「?あれってリーガルさんが固いっていってたけど粘土みたいに軟らかいの?」
「いや、そんなはずが……」
わかっていないがゆえに、素朴なる疑問をリーガルにむけていたりする。
リーガルとて信じられない。
あれはリーガルが近づいても排除しようとした動きをするものでしかなかったのに。
なぜエミルには何の反応も示さないのか、ということが。
そのまま、エミルが手をひきぬけば、エミルの手に何か一つの物体らしきものが握られているのがみてとれる。
「…あれは……」
少し離れていても感じるまがまがしさ。
思わずリフィルが顔をしかめ、
「エミル!それは何だ!」
「あ、まて!」
唖然としているリーガルをすばやくおしのけ、エミルのほうにとかけだしていく。
リーガルが止めようとするがリフィルのほうがはやく、
そのままエミルがしばしそれをみつめている目の前にとたどり着く。
「エミル、それは」
リフィルがエミルに問いかけようとすると。
ふわふわとそこに無害のようにみえる浮かんでいた石板が、
そのままふわり、と浮き上がり、
それはまたたくまにリフィルの頭上にと移動し、ゆっくりと、その回転率をあげてゆく。
そのままどうやら落下してリフィルの攻撃を加えようとしている、らしいが。
「ティアンヤ ウディン セティスヘワティイディヤ」
――彼らは問題ない。
どうやら自分に対して攻撃をしかけようとしている、と判断したらしい。
ゆえに、一応、そうではない、彼らは問題ない、ということを伝えておく。
まただ、とおもう。
エミルの口から語られる旋律のような歌のような言葉のようなそれ。
リフィル達を含めたその旋律をきいたことのあるロイド達を含んだ数人が、顔を見合すとほぼ同時。
その言葉をきくとともに、ぴたり、とリフィル曰く、バキュラとよばれしそれは停止する。
「――ドウン」
――ゆけ
ゆけ、と命じた言葉のままに。
そのままふわふわとうかびつつ、やがてそれは奥の方へときえてゆく。
それは階段をおり、その先へと。
何がおこったのかロイド達にも理解不能。
否、この場で説明ができるものはいないといってもよい。
実際、あのバキュラは魔物の括りはあるものの、精霊にも近しいもの。
かつて、魔道士達がうみだせし、人工精霊達を創る過程で産まれしもの。
どうやら今のリフィルの台詞からして、その彼らが封印されている場。
もしくはその製造法にたどり着いたものがいたのかもしれないが。
もっとも、封印されているそれをみつけ、つくった、と発表してしまえば、
誰もそれを見極めることなどできないであろうから騙ることなどはたやすいであろうが。
「え、えっと…道、通れるようになったね」
何といえばいいのかわからずに、ぽつり、とつぶやくジーニアス。
まるで今のあの石板は、エミルの言葉に反応して道をのいたようにみえた。
だからこそジーニアスもまたとまどわずにはいられない。
そもそも、ここに至るまで、魔物達はなぜかほとんど整列状態であったり、
もしくは道の横に待機しているような格好になっているがまま。
すなわち、自分達にはまったく目もくれていなかったりする。
ここまであからさまに魔物の姿がみえている、というのに。
そういえば、マナの守護塔でも、
魔物達の姿がみえているのにまったく襲ってこなかったことをふと思い出す。
馬鹿げている考えかもしれないけども、もしもそれがエミルがいたがためだから。
というのならば、それは…
エミルが何かをするのでなく、魔物のほうからエミルに勝手に従っている、とでもいうのだろうか。
思わず浮かんだその考えを必至でジーニアスは否定する。
ばかばかしい。
そんなことがあるはずがない。
魔物を無条件で従わせられる力をもちしヒトが世の中に存在するはずがない、のだから。
ジーニアスは気付かない。
エミルがヒトでない、という可能性を。
否、無意識のうちに否定している、というべきなのであろう。
まさか、共に行動しているどうみても人間の少年がよもや精霊、などとは誰も夢にも思わない。
思うはずもない。
いくらその片鱗の欠片を垣間見せていようとも、
ヒトとは目にみえているものしか無意識のうちに信じようとしない生き物でもあるのだから。
「とりあえず、先にすすもうぜ」
「あ、ああ。そう、だな」
ゼロスにいわれ、はっとロイドもまた我にともどり、通れるようになった道にとむかってゆく。
一方で、
「エミル!きさま、今何をしたんだ!何を!」
「え?何もしてませんよ?」
「何もしてなくてならばあれは何だというのだ!というかさきほどもっていたあれはどうした!?」
エミルが何かもっていた、はずなのに。
いつのまにかエミルの手にはそれがない。
「あ、この中にいれましたけど」
いいつつ、腰にさげている袋を指差すエミル。
この袋のことに関してはかつてリフィル達に説明は簡単にしているので嘘はいっていない。
実際に内部に保管したのは事実。
あとでこれにまとわりついているヒトの念を浄化する必要がある、
というのをエミルはただいっていないだけ。
「う、うわ!?こんどは何だ!?」
階段を降りていっていたはずのロイドの叫び声がふと聞こえてくる。
みれば、階段を降り切った先でどうやら立ち止まっているようではあるが。
それとともに、
「おめえらがソルム様のいってた人間達か?なあなあ、おまえら、サケもってないか?」
ロイド達の先、正確にいうならばその足元。
ロイドとジーニアスが唖然と見下ろすその先には、小さな三角帽子をかぶった小人が一人。
「な…なんだ?こいつ?」
困惑したようなロイドの声。
「うん?」
さすがにロイド達の様子に気付いた、のであろう。
エミルをそれまで問いつめていたリフィルもまた、何かあったのかと思ったらしく階段をおりてゆく。
「というか、このちいさいの喋ったよ!?というか…ソルム?」
「ソルム様はソルム様だ。おまえらなめんじゃね~ぞ~」
そんな台詞がきこえてきて、思わずこめかみに手をあてるエミル。
というか、さらり、とソルムの名をだすな、といいたい。
切実に。
まさか、自分の地上での名までだすのではないだろうな?
そんな懸念がわき上がる。
ともあれ、どうやらこちらも口止めしておく必要があるらしい。
どうもクレイアイドル達は口が軽いのがタマに傷。
ため息をつきつつも、エミルもまた階段を下りてゆくが、
みれば、階段の先の少し奥まったところにロイド達は移動しているらしい。
そのロイド、ジーニアス、そしてしいなもどうやら先に降りていたらしく、
その視線の下にいるクレイアイドル達を取り囲むようにして集まっていたりする。
「何かガラが悪いなぁ」
ロイドがしみじみとクレイアイドルの言葉をききそんなことをいっているが。
「これ。もしかしてクレイアイドルじゃないか」
しいながその特徴をみて目をぱちくりさせつつもロイド達にと説明する。
地の精霊の一種であるといわれているクレイアイドル。
もしくは魔物の一種、ともいわれており、はっきりいって物理攻撃はまったくもってうけつけず、
唯一、ダメージをあたえるには、高いところから落してダメージ、
すなわちトラクタービームでしかダメージがあたえられない、という生き物。
しかし、その攻撃力は洒落にはならず、一撃をくらえば即死する、とまでいわれている。
生き物、といえるのかどうかすらあやしい、ともっぱらの噂だが。
「おいらはオサケってものがくいたくて旅してるんさ~」
「?魚の鮭のことかな?」
サケ、という台詞にマルタが首をかしげつつつぶやくが、
「大人専用のいい気分になれるものさ~」
そんなマルタの疑問に答えるかのようにクレイアイドルが追加の言葉をいってくる。
「どうやら。お酒のことをいっているようね。
しかし、クレイアイドル。妖精の一種ともいわれている種族。
こんなところにいるなんて、興味深いわ……」
リフィルはいいつつも、どうやらじっくりとクレイアイドルを観察しているらしい。
「おもえら、もってねぇ?そうしたらお前らにいいもんやってもいいぞ~」
「「いいもんって」」
「何かソルム様にいわれたからな~。ここでとれる……」
何かおもいっきり不穏なことをいいそうな気がする。
ゆえに。
「えっと。皆。どうしたの?」
それとなく皆のほうに近づいていきつつ、
『余計なことをいうなかれ』
念話にて直接、この場にいるクレイアイドルの一体に言葉を叩きこんでおく。
びくり。
あからさまに体を震わせ、びくり、とし、その視線をさまよわせ、
やがて、エミルのほうに視線をむけて、一瞬硬直しているクレイアイドルであるが。
「あ。エミル。えっとね。この小人さんが何かお酒がどうとかって」
エミルが階段から降りてきたのに気付いたのであろう。
マルタが振り返りつつそんなことをいってくるが。
「あ。クレイアイドルだね。たしか彼らにお願いするには、
彼らのお願いをきいたらいいって聞いたことがあるけど」
エミルのその台詞に、なぜかしばし固まっていたが、やがてこくこくとうなづき、
「お酒くれたらそこにあるのをあげる~」
なぜかその声が多少上ずっていることに気付いたのは、注意深く観察していたリフィルとゼロスのみ。
そこ、とクレイアイドルが示した先。
そこには小さな木箱らしきものがみてとれるが。
どうやらこのクレイアイドルはその中にあるものを彼らに渡すつもりらしい。
そういえば、先手をうって、ソルムがここにいる彼に、
何でもたまたまいたので用意しておくようにいっておきました。
とかここにたどり着く直前にいってきたような気がするな。
ふとエミルがそんなことを思い出すが。
どうやらあれがそれ、であるらしい。
「お酒、ねぇ。里にもどればみずほ名物、【大吟醸・
「ふむ。酒ならフラノールにフラノール・バーボンという名酒があるが」
「パルマコスタワインの予備でもかっとけばよかったよ」
何やら口ぐちにそんなことをいっているロイド達。
ちなみに、大吟醸を指摘したのはしいな、バーボンを指摘したのがリーガル。
そして、パルマコスタワインをあげたのはジーニアスだったりする。
「え?ワインならもってますよ?」
「「「え?」」」
エミルの言葉に同時に言葉を発する、ロイド、ジーニアス、リフィル、しいなの四人。
「あれ?エミル、なんでそんなものもってるの?」
首をかしげるマルタに対し、
「この前、パルマコスタに立ち寄ったとき。
肉を煮込むのに便利だから、ちょっとかっといたんだよね」
それは嘘ではない。
実際にあの道具屋にて購入したのは事実。
「そういや、ショコラのお母さんがエミルが何かかってくれたとかいってたっけ」
ふとロイドが二度目にパルマコスタにたちよったとき。
すなわち、パラクラフ王廟から船にのり、再びパルマコスタに立ち寄ったとき。
そのときに立ち寄った道具屋パルマツールズにてそんな話しをカカオから聞いている。
ちなみにパルマコスタワインの通常価格は千ガルドなのだが、
処刑から助けてくれた、という理由で多少カカオはエミルに値引きした価格で売っていたりする。
「うっ……ま、まさか、エミル、ショコラにあいにいったとかいわないよね。ね!?」
マルタがなぜか必死な様子でそんなことをいってくるが。
「?ショコラさん?アスカード旅業にまたでかけてたけど、それが何か?」
何でも前回の旅はきちんとしたものにならなかった、というので、
マーテル教会が改めて旅業の工程をくみ、希望者をつのり旅にでた直後であったらしいあのとき。
マルタの脳裏には、リフィル達にいわれたこと。
――助けてもらったことが王子様になるのならば、ショコラにとってもエミルはまた王子様。ということになるわね。
そういわれた台詞がマルタからしてみればかなり気になっているらしい。
すなわち、ショコラもまたエミルに助けられたことによりエミルを好きになっているのでは。
という懸念がどうしてもマルタからしてみればぬぐい捨て切れない。
しかも、きけばショコラはディザイアン達に囚われそうになっていたところを助けられた。
とリフィル達のいい分ではいっていた。
詳しいことまではマルタは知らないが。
実際は魔物達がショコラ達を助け、そのあとにエミルがショコラ達を保護した、だけなのだが。
もっとも、魔物たちに彼女を保護するようにと命じたのはエミルなので、
あるいみではエミルが助けたといっても過言ではない。
その事実をショコラが知らない、というだけで。
結局、ロイド達はショコラ達母子にマーブルについては説明できていないまま。
そのことをマルタの言葉をきき今さらながらに思い出し、
思わず顔をふせているロイドとジーニアス。
いいわけにはならないというのはロイドもジーニアスもわかっている。
あのとき、自分達がかかわったばかりに、マーブルはあのように異形にとかえられ、
そして結果として自分達が殺してしまったようなものなの、だから。
「はい。ワイン」
「助かるわ。エミル」
とりあえず、とりだしたワインをリフィルに手渡すエミル。
そのワインをリフィルはしばし眺めたのち、
そのままクレイアイドルの前にと差しだすリフィル。
「おお。これがオサケかぁ。固そうだなぁ」
その瓶をみてそんなことをいってくるが、どうやら内容自体は知らない、らしい。
「中身を飲むんだよ?」
マルタがそういえば、しばしその瓶をながめるクレイアイドル。
「けどどうするの?君たちクレイアイドルはそりゃ、状態異常攻撃は低確率だけど受け付けるけど。
たしかにアルコール類は状態異常変化を防ぐけど?」
なぜこのクレイアイドルがお酒をもとめているのかエミルにはわからない。
「おお。そうなのかぁ。さすが」
『我が名を呼ぶことも禁止、だとソルムがいっていたはず、だが?』
どうも口が軽くていけない。
思わず腕をくみつつも、ロイド達には気づかれないように注意を促しておく。
びくり、と再び反応し、
「せっかくもらったものだから、弟達にもわけてやるんだなぁ。
ここの魔物達はソルム様にいわれ何もしないとおもうけど、気をつけるんだなぁ。
なんか、ここさいきん、人間達が無理やりにここにはいろうとしてるんだなぁ」
何やらいかにも大事そうにその瓶をかかえ、そのままおもいっきり小さな頭をさげたのち、
行動の闇の中というかその先にある小さな穴の中にとその身を躍らせきえてゆく。
そんなクレイアイドルの後ろ姿を見送りつつ、
「いっちゃった」
「…何だったんだ?あれ?」
茫然としたジーニアスとロイドの台詞。
その思いはどうやらエミル以外の皆、同じであるらしい。
「んで?あのクレイアイドルがくれるっていったのには何がはいってんのよ?」
あきらかに、エミルに何らかの形であのクレイアイドルは反応していた。
エミルが何かいっていたようにはみえなかったが。
たしかにクレイアイドルの視線はエミルにむけられていた。
その体を硬直させたときにも。
さきほどの魔物の一件もあり、だからといって判断材料がすくなすぎる。
ゆえに、今はクレイアイドルがおいていった箱らしきものにとちかづいていき、
そして、
「な~んかこの箱、普通の木箱より頑丈につくられてんなぁ。こりゃ、普通の鉄でできてるぜ?」
ゼロスがその箱をみてしみじみとそんなことをいっていたりする。
それをきき、
「頑丈?神子?それは事実か?」
「まあな。リーガルさんよ。この鉱山ではみなこのような頑丈な箱をつかってたのかい?」
「いや。鉱石の容量にたる木箱をつかっていて、頑丈なものでつくられていたものは。
だいたい貴重な鉱石をいれているものしかなかったはず、だが。ふむ」
うなづきつつも、リーガルもまた、ゼロスの横に移動する。
そして。
「鍵がかかっているな」
「鍵?それならまかせとけ!」
かちゃかちゃ。
ピンッ。
どうみても鉄でつくられているっぽい箱のようなそれ。
鍵自体は簡単なものであったらしく、ロイドがかちゃかちゃと、
小さな針がねを動かすことによって、鍵が解除され、ばかり、と箱のふたが開かれる。
その中にはいくつかの鉱石らしきものがはいっており、そしてその中の一つに目をとめ、
「…どうやら、この中に目的のものがはいっていたよう、だな」
「え?あ、本当だ。ラッキー!」
リーガルの言葉にロイドもまた箱の中を覗き込めば、
そこにはたしかに、他の鉱石とともに、ロイドもみおぼえのある抑制鉱石が見て取れる。
「やったね!ロイド!これでコレットやプレセアを助けられるね!」
「ああ。アルテスタってやつが要の紋をつくってくれれば、だけどな。
プレセアに普通の要の紋をつけてなおるかどうかがあやしいからな。
そうじゃないんだったら、今ここでこれに直接まじないの言葉を刻みこんで、
プレセアに渡すだけでどうにかなっただろうに」
しかし、ケイトはいっていた。
プレセアの要の紋は特殊だ、と。
ならばコレットのそれと同じような結果になってもおかしくはない。
「いくつか鉱石があるようだから、一応念のためにやってみてはどうかしら?
もしかしたら、一つでなくて二つもまじないの言葉があればコレットもどうにかなるかもしれなくてよ?」
リフィルのそんな提案をうけ
「そうだよね。というか奥までいかなくてすんだんだ。ラッキー」
「それは、たしかに、ね。でも……」
リフィルが気になるのはそこではない。
たしかに奥にまでいって抑制鉱石を手にいれる必要性はなくなった。
だが、なぜ自分達がこれを求めていることをあのクレイアイドルは知っていたのだ?
しかも、あの言い回しでは、ソルムとかいう何かに彼はいわれたからこれを用意した。
ともあの発言からうけとれる。
最後までいうことなく言葉を濁していたようではあるが。
それにさらにきになるのはソルム、という言葉。
クレイアイドルのような存在が様をつけるような何か。
ソルム、そういっていたその名におそらく意味がある、のだろうが。
アイフリードの船の上にても、リフィル達はセンチュリオンの名までは聞かされていない。
ただ、属性ごとの彼らの印たる紋様をみて、エイト・センチュリオン。
という名称をしっただけ。
そもそも、センチュリオンの名ははっきりいって人々に知られていないといっても過言でない。
それは彼らの力が強大であるがゆえ、その力をもとめる愚かなる存在への対策ともいってよい。
実際、彼らのコアは強大な力をもつが、
逆に手にしたものの精神をかるく狂わせる効果もまたあるのだから。
だからこそ、かつてプルートはリヒターからコアを渡されて、心を狂わせた。
その本能のままに心の奥底で強く思っていたことのままに突き進んだといってもよい。
心の奥底では願っていたこと。
それは・・・テセアラ人の粛清。
その一言につきる。
そしてまた、これまで王家の、すなわち王族だ、というのに、
自分をそのように扱わずに虐げていた同じシルヴァラント人への復讐と権化と化して。
「とりあえず、外にでない?いつまでも洞窟の中にいたらなんか気がめいっちゃうし」
マルタの台詞にそれぞれ顔をみわあせつつも、
「そうね。ロイド、細工は外でいいわね?たしかに外で明るい場所で細工したほうが、
間違いもおこらないでしょうし。視界がわるくてまじない文字を間違えでもしたら。
どんな副作用がおこるかわからないもの」
いまだ要の紋にかかれているまじない文字の効能はよくわかっていない。
なのにもしも間違ったりしたものを身につけたりしたらどうなるか。
リフィルとしても考えたくはない。
下手をすれば、あのクヴァルがいっていたように、
マナをそのまま狂わしてしまう原因にもなりかねないのだから。
「ダメだ!やはり中にはいれなければエクスフィアは手にはいらない!」
外に向かい進んでゆくことしばし。
元きた道をもどっていき、そして入ってきたときのようにリーガルが何か操作したかとおもうと、
再び扉がひらかれ、ロイド達が明るい日差しのみえている外にむかおうとしたその刹那。
この場にいる人間達のものではない第三者の声が明るいぽっかりとした穴がひらいているほうこう。
すなわち、洞窟の外のほうからきこえてくる。
声が響く。
薄暗い洞窟からでてゆくと、そこにはでっぷりと太った男が、
武装している男たちに何やら話しかけている様子がみてとれる。
その姿をみとめるなり、
「…ヴァーリ!」
今まで感情をあまり表にださなかったリーガルがあからさまに感情をあらわにし、
その男のほうにむかって叫びだす。
以前にもみた怨嗟の気を異様にその身にまとわりつかせている人間の男。
どうやら彼の名はヴァーリ、というらしいが。
「リーガル!?そうか。扉が開いた形跡があったのはお前だったのか」
どこか納得したような、それでいてリーガルの姿をみて、
驚いたような表情をしているヴァーリ、とよばれたその男。
「誰だ?あれ?」
「あいつ、たしか…前にメルトキオで」
ロイドが首をかしげ、ジーニアスはたしかプレセアと会話していたはずの男だ、と記憶の中からひっぱりだす。
それはプレセアに初めてあったときのこと。
プレセアはたしかに、この男とメルトキオの教会の前で会話をしていた。
プレセアが絡んでいるのでジーニアスはよりこの男のことを覚えていたりする。
そんなロイドとジーニアスの台詞に答えるかのように、
「あれは…エクスフィアブローカーのヴァーリだ、何だこんなとこに……」
ゼロスが少し困惑したようにといってくる。
「エクスフィア…ブローカー?」
ジーニアスの困惑したような声に、
「ブリーカーってなんだ?」
「ブローカー!もう、仲介して何かを売りさばいたりする人のことだよ。
エクスフィア、っていってるってことは、あいつ。
エクスフィアをいろんな人に売りさばいているやつなんだ」
「…何だって?!」
ロイドが首をかしげ、そんなロイドにジーニアスが訂正をいれ、
ロイドにもわかるように丁寧に説明しているジーニアス。
そんなジーニアスの説明をきき、ようやくロイドもブローカーの言葉がもつ意味。
それを理解したらしく、今さらのように憤慨して何やら叫んでいるが。
きっとロイドがヴァーリと呼ばれた男を睨みつけているそんな中。
「きさま、何故ここにいる!教皇はなぜお前を野放しにしてるのだ!」
怒りにみちたリーガルの声。
そんなリーガルをあざ笑うかのごとく、
「ははは。教皇様が人殺しの罪人と本気で約束なさるとおもったか?
第一、お前こそコレットを連れてくるという約束をわすれて、
みたところ仲間になりさがってるじゃないか!」
「黙れ!」
いつものリーガルとは異なる、あきらかに感情をあらわにした怒りのリーガルの表情。
リーガルのこんな表情はロイド達はこのかたみたことがなく、
あまりのリーガルの怒り具合に唖然としていたりする。
これまでのリーガルに抱いていたロイド達の印象は、寡黙。
が、その印象を覆すには十分すぎるほどに、今のリーガルは感情のまま、
その表情の一つ一つに怒り具合がみてとれる。
まるで今にもその口元から食いしばった口から血をながさんばかりに、
ぎりっと口元をくいしばったのち、
「だまれ!教皇が約束を果たさぬというのなら、私みずからきさまをうつ!!」
リーガルの表情からは本気具合がみてとれる。
あまりの怒りにリーガルの顔が蒼白状態になっているのもみてとれるが。
どうやら怒りのあまり、なのであろう。
手枷をつけている手までもがぶるぶると震えている。
「冗談じゃねえ。中にはいれないんじゃしかたねぇ。ずらかるぞ」
どうやら武装している男たちはヴァーリの手下、もしくは雇った男たちであるらしい。
ヴァーリの言葉とともに、男たちがその場から駆けだしてゆく。
「まて!ヴァーリ!」
リーガルが追いかけようとするが。
「何があったのかはわからないが、深追いは禁物よ。逃げたのが罠、ともかぎらないわ」
「しかし!…いや。すまない、取り乱してしまったな。
…神子達まで危険にさらすわけにはいかぬ。…すまなかった」
リフィルの指摘に一度は反論したものの、その視線にコレットの姿をみとめはっとしたように、
そしてしばし目をつむり、そして幾度か深呼吸したのち、
心をどうにか強制的に…完全に落ちつけてはいなのであろうがすくなくとも表面上はおちつけて、
リフィルにたいし謝罪の言葉を口にする。
そんなリーガルに対し、
「リーガルさん。今の人はいったい?」
マルタの困惑したような声。
マルタからしても、リーガルは寡黙な成人男性、という認識しかなかったがゆえに、
今のリーガルの怒り具合は尋常でないことくらいはわかるつもり。
それゆえの問いかけ。
「それに、人殺しの罪人っていってたけど……」
彼が手枷をつけているのに関係があるのだろうか。
困惑したようなジーニアスの声。
そんな二人に対し、目をとじ、そして、
「……私は人をあやめた罪で服役中の囚人だ。軽蔑してくれてかまわん」
きっぱりと視線をそらすことなく淡々といってくる。
そんなリーガルの台詞に息をのむマルタ。
「何があったんだ?捕虜にしてる俺達がいうことじゃないかもしれないけど。
あんたはすき好んで誰かを傷つけたりするようにはみえない」
短い付き合いではあるが、このリーガルが人の命を奪うような事情。
何か不可抗力とかといった理由がないかぎり、どうしても思いつかない。
まっすぐにリーガルをみつめ、そうといかけるロイドの台詞に、
「いえばいいわけになる。私は罪を背負ったんだ。…それでいい」
そういい、目をつむり、再び黙りこむリーガルの姿。
どうやらこれに関してはこれ以上、説明する気はさらさらないらしい。
そんなリーガルの様子に何か思うところがあったのであろう。
「俺さ…俺の馬鹿な行動のせいでたくさんの人を殺しちまった。
…あんたが何をしたのかしらないし、罪はきえないけど、
苦しいときに苦しいっていうくらいはいいとおもうよ」
思いだすはイセリアの人々。
うまく逃げたのだから、問題ない。と高をくくっていた。
あのとき、どうにでもやりようはあったであろうに。
結果として自分の身もとがバレ、イセリアにディザイアンが乗り込んできた。
自分の身…否、エクスフィアを求めて。
馬鹿な行動、とおもうのは他にもある。
選択を間違えた結果、今のコレットになってしまったことは否めない。
あれほど後から考えればおかしい、と思うところは多々とあったというのに。
女神マーテルがいて何で世界がいまだに平和になっていないんだ。
と、しいなもよく口にしていた。
何が真実なのか、何が偽りなのか。
君たちって偽りを信じ込まされていてもそれを信じていそうだよね。
以前、エミルにいわれていた台詞もまた、それを指し示していたのであろう。
事実、そう信じていた。
そこにいくらヒントがあっても、少しは疑っていたのかもしれないが、
そのときになったらそれをすっかりと忘れてしまっていたほどに。
あのとき、世界とコレット。
ジーニアスにいわれ、コレットにとどめとばかりに
コレットに犠牲になるように、と直接ではないにしろ、
間接的にいってしまったようなものであることに気づいているかどうかはともかくとして。
「コレットが正気だったらきっとこういうんだろうけどね。
人の心に神様というのはいるとおもう。
だから罪はその人と一緒に償って背負ってくれるって」
それは、かつてマーテルもよくいっていた台詞。
「コレットがよくいっていた神様…良心っていう神様、か」
ぽつりとつぶやいたエミルの言葉に思いだしたのか、
ロイドもまたぽつりとつぶやき、いまだに無表情のままのコレットにと視線をむける。
相変わらずコレットは何もいわない。
表情も変わらない。
それがロイドにはつらくてたまらない。
天使となってゆくコレットを無条件で喜んでいた自分にすら今では嫌気がさしているほど。
もっとも、それを選択したのもまたロイド達ヒトでしかない、のだが。
それにロイドは気づいているのかいないのか。
否、おそらくは気づいていないのだろう。
それはエミルの勘。
何となくではあるがかつてのときもそうだったが、
ロイドはそういった細かなことを考えるのがどうも苦手のような感じをうける。
そう彼らにきちんと確認したことはないにしろ。
「…ひょっとして、あの子に関係あるのかしら?」
「・・・・・・・・・・・・」
リフィルがするどくそんなリーガルに問いかけるが、リーガルは無言のまま。
そして、彼女の最後を思いだした、のであろう。
無意識なのであろうが手を握り締めたその手から、
「って、リーガルさん、手……」
ぽたり、ぽたり、とくいこんだツメから血が流れ落ちているのがみてとれる。
どうやらそこまで手をつよく握りしめていたらしい。
それに気づき、マルタが思わず口元に手をあてリーガルを見つめているが、
リーガルはそれすらも気づいていないらしい。
「いけない。治療を…」
リフィルが近づき、治療をしようとし術をかけようとしたところで、
ようやく自らが手を握り締めて血をだしていたことに気付いたらしく、
「いや。いい。これは教皇の言葉を信じ、奴を野放しにしてしまった私の罪…
この痛みは奴に利用された人々の…いや、これもいいわけになるか」
そこまでいい、再び口を閉ざすリーガルであるが。
「「利用って……」」
ロイドとジーニアスにとって聞き捨てならない台詞がでてきたような気がする。
今、たしかにリーガルは利用、といった。
エクスフィアを仲介しているような輩に利用される。
ジーニアスの脳裏によぎりしは、ケイト達のいっていた実験体、その台詞。
これまでにも幾度も実験をヒトの体で繰り返していたような言い回し。
まさか、利用された人、というのはエクスフィアの被験者…すなわち、
ディザイアン牧場につれていかれていたような人々のことをいうのでは、という嫌な予感。
その予感は外れてほしい、とおもうが内容が内容だけに踏み込んできけはしない。
それは、彼がエクスフィアの被験者をつくっているのか、ということを。
どうやらその思いはロイドとジーニアスも同じらしく、それぞれ顔をみあわせ、
二人ともばつの悪そうな表情をうかべているが。
「とにかく。今は一刻もはやくプレセアちゃん達を助けたほうがいいんでないの?
ロイド君。その細工ってのは船の中でもできるのか?」
「あ。ああ」
ゼロスの問いかけに思わずうなづくロイド。
「なら、決まりだな。ロイド君はエレカーの中で細工物をつくる。
たしか、オゼットの北に桟橋があるはずだから。
そこからオゼットの村にいこうや」
「うむ。たしかにあの地には桟橋があったな。林業などの材木を運ぶのにも利用されているゆえに、
しっかりとした桟橋があるはずだ」
リーガルも話題がかわったことにほっとしたのか、ゼロスの言葉にのってくる。
「うう。また、海、なのね……」
その台詞をきき、リフィルがどこかかすれるようにつぶやいているが。
「しいな。またさっきみたいにあの高速移動はやめてよね」
「あたしもあれはもう二度とごめんだよ。普通にいくさ。普通に、ね」
しいなが首をすくめていってくる
なぜか二人とも顔色が悪いようなきがするのはエミルのきのせいか。
「では、もどろうか。あの死臭にみちた家にプレセアを一人にしておくのはしのびない」
「…だな」
リーガルのいうとおり。
たしかに死臭にみちたあの家で、いくら当人が自覚していない、といっても。
あれはやはりどうにかすべきこと、とロイドとて思う。
ゆえに断ることもなく、
「なら、いくか。えっと、しいな、操縦はまかせていいんだよな」
「まかせときな。あんたは抑制鉱石ってやつに細工をまちがいなくするんだよ」
「ああ。あとはこの材料をもって、アルテスタって人のところにもっていこう。
きちんとした要の紋をつくってもらわないと。プレセアの要の紋にしろ、
コレットの要の紋にしろ。今度こそ断らせたりなんかしない。
断ってきたらドワーフの誓いをだしてやる。
ドワーフの誓い、第二番:困っている人を見かけたら必ず力を貸そう
なのにあんたはそのドワーフなのにドワーフの誓いを破るのかってな」
ダイクがいうには、ドワーフの誓いは神聖なるもの、といっていた。
ゆえにロイドにもその全ての誓いを覚えるまでご飯抜きという方法をとっていたほど。
正確には、ご飯の前にそれをいえなければご飯ぬき、という方法をとられ、
ロイドは必至で全ての誓いの台詞を覚えさせられたのだが。
「んで。どの航路をつかってオゼットにいくんだい?
またきた道、すなわち北上していくか、それともこのまま南に回っていくか。
もっともその場合はフラノール地方の海域を通ることになるから、
この時期はかなり寒いかもだねぇ」
「ちょっとまちな。しいな。俺様のところにはいってきている情報なんだけどよ。
ここしばらく、フラノール地方の周囲には氷山がよくできてるってことだぜ?
ウンディーネの力を借りてるとはいえ危険なんじゃねえか?
氷山は小さくみえても海中にその本体が隠れていることはざらだしな」
「…あんた、一応腐っても神子なんだよねぇ。そんな情報が手にはいってるってさ。
なら、危険を回避して北上コース、になるかねぇ。距離的には数日かかるかな?」
「数日…もっと早くにならないの?」
「ジーニアス。あんな気絶するほどのスピードをまたウンディーネにさせたい、と?」
「うっ。な、ならさ。エミル、また鳥さんお願いできない?
僕、少しでもはやく、コレットやプレセアをどうにかしてあげたいんだ」
しいなの台詞に言葉をつまらせ、エミルにその話題をふってくるジーニアス。
「え?僕は別にかまわないけど。リフィルさん達は?」
「…う。そ、そうね。こういう場合は仕方ない、のかしら?」
リフィルとしてもそれはたすかる。
が、あれをあまり多様するのは好ましくないというのもわかっている。
わかってはいるのだが、
「おいおい。リフィル様。あまり多様しないほうがいいっていってたのに、か?」
首をすくめていってくるゼロスに対し、
「この地図をみたかぎり、ここからこちら側。すなわち南に飛んでいけば、
この周囲には大陸も島もないわよね?ならば人目にふれる確立はすくないはずよ。
あら。ついでに近くに雷の神殿もあるのね。すこしたちよってみましょう」
そう、問題となりし海路は、示された地図の周囲には海ばかりで、ヒトがいる形跡がない。
だとすれば、鳥で早く移動しても問題ないのではないか、という結論にとたどり着く。
海で何日もかけて移動する方法と、鳥で一瞬で移動する方法。
あまりリスクがない、というのならばできるだけとりたいのは後者。
「か、雷の神殿にかい!?」
リフィルの台詞をきき、しいなが上ずった声をあげる。
「?しいな?どうかしたの?」
しいなのあまりのうろたえをみてマルタが首をかしげつつ問いかけるが。
「あ、い、いや、でもリフィル、何でだい?」
動揺しているのを悟られないようにしているつもり、なのだろうが。
あからさまに挙動不審となりつつも、リフィルに問いかけているしいなの姿。
「こちら側の精霊の神殿に興味…いえ、どちらにしろ。
レアバードの燃料を確保するにしても。
しいな、あなたが以前いっていた方法をとるにしても。
いずれは精霊の神殿に出向く必要があるでしょう?」
しいなが以前いっていたこと。
それは、かつてミトスが行ったという、マナの循環という契約。
つまり、それによってシルヴァラントとテセアラ。
二つの世界がマナを搾取しあう関係になっている、という代物。
だからこそ、しいなはとある可能性にたどりついた。
精霊と自分が契約できれば、そのマナの奪い合いはなくなるのでは、と。
実際、今のところ精霊達から得た情報ではそれで間違いない、と
しいなはある程度確信をもっている。
「そ、それはそう、だけどさ…でも、だからって、何で雷の神殿?」
そう、確信はもっていても、それでも動揺を隠しきれない。
雷の神殿。
それはしいなにとっては忘れられない場所であり、戒めともしている地。
「気になることがあるのよ。…少し、ね」
ちらり、とエミルをみたのち、地図に視線をおとしてつぶやくリフィル。
「この地図からしてみれば、雷の神殿にたちよって、そのままオゼット付近にいったとしても。
この海上をとおっていけば周囲に街などといったものは見当たらないようだし。
騒ぎにもならないでしょう。…多分」
「多分って。リフィル様ぁ。それでいいんですかぁ?」
「海を何日もかけて渡るよりはましよ」
きっぱり。
きっぱりといいきるリフィルにたいし、ロイドとジーニアスは苦笑ぎみ。
「たしかに。でもそれならさ。騒ぎを気にするなら。
ここまであの鳥で移動して、それからここからエレカーは?」
マルタが地図をみつつも、そうしてきしてくるが。
たしかにマルタが示すとおりならば、周囲に人の生活圏らしきものはみあたらない。
「ふむ。それでいきましょう。エミル、いいかしら?」
いきなり話しをふられ、
「え。ええ。かまいませんけども」
雷の神殿。
そういえば、トニトルスがいまだにヴォルトのやつをなだめていたな。
いまだにヴォルトの人間不信はなくなっていない、らしい。
理由の一つに自らが司りし雷などを利用して微精霊達を人間達が悪用しまくっている。
ということにも起因しているらしいが。
多少の便利さをもとめ使用するのならばいざしらず、
微精霊達を殺す実験などにも自らの力が使われているのが気にいらないらしい。
それに何よりも魔物達のマナの循環を円滑にさせるため、
トニトルスの神殿とあちら側をつないでおり、
正確にいえば全てのセンチュリオンの祭壇をこちらの世界と今現在は繋いでいる。
マナの循環を円滑にかつすばやくするために。
ヴォルトの怒りに応じてその反応がどうやら神殿全てにおいて現象が現れているっぽいが。
たしか、その現象を調査しに幾人かの研究者らしき姿が常にみうけられていた、はず。
そんなことをおもいつつ、
「じゃあ、よびますね」
すっと手をかざし、いつものようにシムルグのラティスを呼び出す。
甲高い特優の声を周囲にひびかし、ゆっくりと空から降り立ってくる優美な姿。
空には見慣れた魔方陣。
そこから出現する様はまさに雄大といってよい。
「…あいかわらず、幾度みてもすごいよね。これ」
「あの魔方陣って、何なの?エミル?」
しいながぽつり、とつぶやき、マルタが首をかしげつつもいってくるが。
「――御前に」
「…だから、これをほいほいと呼びだせるエミル君っていったい……」
「エミルがいうには、このシムルグってマーテル様には仕えてないっていうんだよね。
なら、他の子が女神マーテル様に仕えてるのかな?
シムルグていうのが魔物の種族名というのなら他の子もいるだろうし」
「でも、以前、このシムルグ達はきっぱりと、他の同胞も仕えていない、といっていたわ」
ジーニアスの呟きにリフィルがいえば、ゼロスが目をぱちくりさせつつ、
「…リフィル様、そんなことをあの鳥からきいたことがあるのか?」
「ええ。…エミルが初めて彼らを呼び出したときに、ね。
エミルがよく呼びだしているのは番の夫婦のうちの一体、らしいのだけども」
ラティスにレティス、そうエミルはいっていた。
二羽は
「それじゃ、いきましょうか」
エミルがいうとともに、ラティスがその巨体をかがめてくる。
伸ばした翼からいつものように背に移動する。
やがて全員が移動し乗り終わったのを確認し、ふわり、とその巨体は空にと舞い上がる。
「それで、このたびはどちらに?」
「ああ。トニト……いや、雷の神殿、とよばれている場所の島へ」
「了解いたしました」
つい、トニトルスの神殿、といいかけてあわてて訂正するエミル。
テセアラの人間達が雷の神殿をどこまで調べているかはわからないが。
まあ、あのときですらトニトルスの祭壇にまでたどり着いていなかったので大丈夫。
だとはおもうか油断は禁物。
何しろソルムのコアすらあのとき、ヒトは祭壇から持ち出し、
あげくはグラキエスのコアすら持ち出していたのだから。
~スキット~トイズバレー鉱山から雷の神殿に向かう途中、シムルグの背にて~
ジーニアス「…あんたは、ヒトを殺したんだ……」
リーガル「…その通りだ」
ジーニアス「・・・・・・」
リーガル「すまないな。罪人と旅をするのはつらからう。しばし我慢してほしい。
プレセアをエクスフィアの呪縛から解き放つまでは」
ジーニアス「…ボクは…ボクも人殺し、だ」
リーガル「…?どうしたのだ?」
ジーニアス「身を守るために…たくさんの人を傷つけてきた」
思いだすはマーブルのこと。
あのとき、マーブルとは気付かずに、気づくことができずに攻撃をしかけた。
それにこれまでも。
パルマコスタでディザイアン達だから、という理由で攻撃し相手を倒したのは事実。
旅の最中においてもまた然り。
海を渡るまでに時折でてきた盗賊などをもジーニアスは対処していた。
術を放つことにより。
ジーニアス「…っ。あんたがやったことがどんなことかは知らないけど……
でも、あんたが人殺しだから、ここから出ていけ、とはいわないよ」
リーガル「…そうか」
ジーニアス「でも!僕はあんたのこと好きじゃないからね!」
プレセアを異様にきにかけている。
それがジーニアスにとっては癪にさわる。
何かこう、自分がかなわないようなそんな気がして。
リーガル「そうか」
それはかわいらしい嫉妬。
その思いにきづき、ふっとリーガルが笑みを浮かべる。
そんな二人の会話をききつつも、
リフィル「そうね。私たちは誰かの犠牲の上に生きているのだもの。
私だってこれまでに…何が正義で何が悪なのか。
私たちにとってそれが正義でも他人にとってはそれが悪。
そういうこともあるわ。実際、私たちが今、コレットを助けようとしていることも。
私たちにとってそれが正しい、とおもっていても。
何もしらない、今苦しんでいるシルヴァラントの人達からしてみれば、
コレットの命で今、苦しんでいる世界が助かるのならば、
その結果、別のものたちが苦しむことになっても自分達が助かればそれでよい。
そう、いうでしょうね。…ヒトとは、そういう業の深い生き物だもの。
自分達さえよけけば、他者などどうでもいい、という思いに至るほどの、ね」
リフィルがふと空を見上げ、そして眼下にみえる地上をみつつもいってくる。
ジーニアス「・・・・・・・・・・・・・・・」
しいな「あたしは…あんたたちの世界も、あたしの世界も、助かってほしい。
…マナの循環の契約…か」
それは、精霊達が示した、契約によってマナが交互使用されている、という事実。
ゼロス「そういや。お前そんなこといってたな?」
しいな「ああ。あっちでちょっとした事情でウンディーネと契約を結んだときにね。
水の精霊がいったんだよ。マナが交互利用されているのは、契約によるものだ。と。
ならば、その契約さえ破棄できれば、この砂時計のような関係は……」
ゼロス「精霊、ねぇ。…お前さん、まだ引き摺ってるな?」
しいな(びくり)
ゼロス「まあ、きにすんな、とはいわねぇけどさ。…大事なもんだけはみおとすなよ?」
しいな「ゼロス?」
ゼロス「しっかし。この俺様がマーテル教の経典にある伝説のシムルグ。
エミル君いわく勝手にマーテル教の宗教に利用されてるっていってたけど。
その鳥にこうしてのってるとはなぁ」
マルタ「この鳥、ものすっごく優美だよね。ならあのマーテル様の経典って。
もしかしてこの鳥みた人がマーテル様と結びつけたのかな?」
リフィル「この鳥はイセリアの聖堂に暮らしている、といわれているわ。
もしかしてそこから、人々がエミルが言うとおりなのならば、
勘違いしたのかもしれないわね」
リーガル「いや。私としてはなぜエミルがこのようなものを呼び出せるのかが不思議なのだが」
マルタ・ゼロス・しいな・リフィル・ロイド・ジーニアス(一同)「それは同感」
エミル「?変な皆」
ロイド「いや。エミル、お前がかわってるだけだから」
ジーニアス「でも、エミルもロイドにだけ、はいわれたくないと思うよ。かわってるって」
ロイド「どういう意味だっ!」
ジーニアス「言葉通りだよ」
ロイド「何だと!」
リフィル「二人ともいい加減にしなさい!この鳥の背からおちたらどうするの!死ぬわよ?」
ロイド&ジーニアス「「うっ。は~い」」
ゼロス「うひゃひゃ。リフィル様にお子様達、怒られてやんの~」
ロイド&ジーニアス「「うるさい(よ)!」」
リフィル「まったく。手すりも何もないのだから、騒がないでほしいわ」
この鳥の背から落ちればそれは地上へまっさかさま。
確実に命の保障はない、のだから。
※ ※ ※ ※
「どうしたの?しいな?やっぱり不安なの?」
しいなにとってはみおぼえのある雷の神殿。
「…そりゃあ、そうだよ」
結局、断る理由もないままに、ここまできてしまったことにしいなは不安を隠しきれない。
「大丈夫。いざとなったらコリンがしいなを守るから、ね?」
「ありがたいけどさ。…でもあんたじゃ…力不足だとおもうよ。もちろん、あたしもね」
思いだすはこれまでの精霊との契約。
自分の力ではなかった、とおもう。
かならずエミルが何か精霊にいったあと、精霊達は契約を了解してきた。
あのような奇跡がまたおこる、とはしいなはとてもおもえない。
「…そんな後ろむきじゃだめだよ。コリン、頑張るから。しいなも頑張ろう!」
「…ああ。そうだね。いずれは全部の精霊と契約しないと、二つの世界は…」
精霊が紡ぎしマナの循環。
ミトスと契約している、というその契約内容を破棄させないかぎり、
マナの交互使用はなくならない。
それはわかっている。
いるのだが。
しいながそんなことを思っていると、いつのまにか神殿の入口にたどり着いていたらしい。
「ここは関係者以外立ち入り禁止だ!!」
雷の神殿、とよばれている建物。
神殿がある島の位置はサイバックなどがある島や、そしてフラノール、とよばれし氷の島。
つまりはグラキエスの神殿がありし、氷の神殿とよばれしものがある島。
その中間地点にあるといってよい。
オゼットの北から船で少しいった先にある孤島。
それが雷の神殿のある島。
トイズバレー鉱山からシムルグのラティスにのりて、この地にやってきたのはつい先ほど。
もっとも、この建物付近に近づくとともに、リフィルのテンションがあがり、
興奮したリフィルをあきれてロイド達がみつめていたのもあるにしろ。
リフィルが注目したのは一点。
シルヴァラントの精霊の封印とは違い、ここ、テセアラでは封印を解放する必要がない。
ということ。
すなわち、常に入口が解放されており、誰でも入れるようになっている、ということ。
その証拠に入口に神託の石板らしきものはあっても、扉は開かれていた。
リフィル曰く、こちらの世界は繁栄世界。
ゆえに封印する理由がないからではないか、とはロイド達に説明していたが。
甲冑に身をつつんだ二人の警備の兵士らしき人物がすかさず武器を振り上げて叫んでくる。
入口にいる二人の兵士らしき人物が武器を交差させそんなことをいってくる。
そのねっとりした言葉はいかにも相手を見下しています、といわんばかりのもの。
ここに配属されているやつはあのときのやつとかわらないのか?
というか、それともテセアラという国にはこんな兵士しかいない、というのだろうか。
かつてこの地に訪れたときにいた兵士とまったく同じ反応なのが、エミルからしてみれば何ともいえない。
あのときは、マルタがつきとばされ、相手を殺すつもり、であったのだが。
「おいおいおい。マーテル教の団兵みたいだが」
それをみてゼロスがふとつぶやくが。
「え?えっと、関係者っていったい。あの、私たちちょっと話しをききたくて……」
いきなり武器を振り上げていってくる兵士達に困惑しつつ、マルタが声をかける。
教皇に手配をかけられているがゆえの反応、ではなさそうではある。
もしもそうならば、ゼロスをみただけですかさず捕らえようとしてくるはず。
シルヴァラントの一行の容姿は知られていないにしろゼロスは別のはず。
マルタがそういいかけると、
「いいから、帰れ帰れ!」
「きゃっ!」
問答無用でいきなり武器をそのままつきつけ、武器ごとマルタは薙ぎ払われ突き飛ばされる。
「マルタ!大丈夫?!」
そんなマルタをあわててうけとめているリフィル。
そして、念の為、とばかりに、
「ファーストエイド」
どこか怪我をしていてはいけない、という理由から、その場で癒しの術を行使する。
兵士達は油断なくその武器を構え、あろうことかエミル達に敵意をむけてくる。
バチバチ。
放電の火花がどこからともなく音をたてる。
兵士達がいるのはちょうど神殿にある羅針盤のすぐ横。
道の両脇にある羅針盤がばちばちと青白い光を放っている。
「いきなり何すんだい!」
そんな兵士達にいかりの声をあげているしいなであるが。
「あ。あの。すいません。ちょっと話しをききたいんですけど」
エミルが一歩前にでてそういうが、
「うるさいうるさい!ガキがうるせえんだよ!」
聞く耳持たず、とはまさにこのこと。
そのまま勢いよく武器をつきつけてくる。
「何だと!やるかっ!」
ロイドもさすがにこのままでは自分達が危険、とおもったのか、すかさず剣の柄にと手をかける。
それをみて、
「こいつ!俺達王国の兵士にはむかうか!」
「こっちに問答無用で攻撃してこようとして武器をつきつけてるのはお前らだろ!」
叫んでくる兵士達にたいし、これまた叫び返しているロイド。
そんなロイドの様子をみてリフィルとリーガルはなぜか盛大にため息をついているのが見て取れるが。
というよりは、ロイドはこの場で兵士の格好をしている相手と事をかまえる。
その意味がわかっているのだろうか。
おそらくは判っていないのであろう。
たしかに手配はかけられているのかもしれないが、
相手にこれ以上もないほどに手配の名目を与えてしまう、ということに。
「はいはいはい。ロイドく~ん。あつくなるなっての。
というか、おまえら。まさか誰にでもそんな反応してるのか?」
ゼロスがぱんぱんと手をたたきながら一歩前にとすすみでる。
「何だ?きさまは?」
そんなゼロスの声をきき怪訝そうな声をあげてくる兵士のうちの一人。
「おや?この俺様を御存じない?こいつらか~~なりの下っ端だな。
その格好は王国の、じゃなくてマーテル教の付属兵士だろうに。
この俺様をしらないたぁ、おまえら騙りじゃねえのか?」
ゼロスのいい分はまさに的をえている。
兵士となる時、彼らが守る相手、すなわち神子との面通しはおこなわれる。
マーテル教の一応基本となっているものが、神子とマーテルを祀るものである以上、
その女神マーテルの御使いである神子は警護すべき対象だ、と。
もっとも、従順なマーテル教の信者はそれを実行するが中にはそうでいないものもいる。
そういったものたちは、教皇の一派に組み入れられ、逆にゼロス、
すなわち神子を害そうとしていたりするのが今ここ、テセアラの現状。
「何だと!?こいつ、いわせておけば!」
兵士達がゼロスの言葉に反応、ゼロスにむけて武器をつきつける。
と。
「な、何事ですか?」
どうやら入口付近の騒ぎに気付いた、のであろう。
一人の男性が神殿の内部より現れてくる。
「シュナイダー様。あやしいやつらが無理やりに神殿に入ろうと……」
兵士がその男性に訴えかけようとするのを遮り、
「はぁ?何いってんだよ。あんたら。
こっちがはなしかけたらあんたらがいきなりその武器をつきつけてきたんだろうが!
しかもマルタにいきなり武器をつきつけてつきとばして!
マルタが怪我でもしたらどうするつもりだったんだ!」
かっと頭に血がのぼった、のであろう。
おもいっきりそんな兵士達に叫んでいるロイド。
「そうそう。しかもこいつら、こっちの話しをまったくききやしないしな。
この俺様のこともしらないで武器をつきつけてきやがってるし。
これっておもいっきり、どう思うよ?シュナイダーよ?」
ゼロスが神殿の中から出てきた男性にそう問いかけると、はっとしたような表情をうかべ、
「こ…これは、神子様!それはまことですか!?」
その言葉に兵士達二人はあきらかに動揺しているらしく、その視線があからさまに泳ぎまくっている。
「み…神子?」
動揺した声をしぼりだし、ゼロスとシュナイダーを交互にみている兵士達であるが。
「おうよ。俺様はちょっぴり聞きたいことがあっただけだというのになぁ。
俺様の連れが話しかけたとたん、いきなり武器をつきつけてきて話しも聞かずに問答無用。
しかも武器でかよわい女の子を薙ぎ払ってたりするし。
これってこの俺様にたいするこいつらの反逆ということでいいのかな?」
淡々というゼロスの台詞に、
「み…神子って…まさか…神子、ゼロス様!?」
「そ、そういえば、その赤き髪は…」
思いっきり動揺し、かすれた声をあげている兵士達。
どうやら本当にゼロスのことに気付いていなかった、らしい。
お粗末というか何というか。
「へ…ほほほ。な、なんだ。それならそうとおっしゃってくださいよ」
「それなら我々も…」
いきなり低姿勢になってそんなことをいってくる兵士達だが。
「へえ。我々も何だっていうのかねぇ。
こっちの話しをきくことなく、いきなり武器をつきつけてきたのになぁ?ん?」
「「ひっ」」
ゼロスのそのいい分に処罰が言い渡される、とおもったのか、
あきらかに短い悲鳴をあげ、その場にいきなり土下座をしている兵士二名。
そんな兵士達と、そしてゼロスの姿を見比べたのち、
「…神子様。あまりお戯れはほどほどになさるべきかと」
いつものゼロスのくせ、つまりこの兵士達をゼロスがからかっていることに思い当たり、
男性が深いため息をつきつつもゼロスに対しいってくる。
そして、ゼロスのほうに正確に向き直り、
「しかし、どうやらこの兵士達によって神子様達に失礼があったようですね。
申し訳ありません。この地を調査するにあたり、
国の兵士が借りられなく、マーテル教の兵士を借りたのですが」
申し訳なさそうにそう頭をさげていってくるが。
そんな二人のやり取りをききつつ、
「なあ、こいつらもしかして教皇の一件しらないのか?」
「しらないんじゃないのかい?あんたはだまってな。ややこしくなるからね」
ロイドが首をかしげて誰にともなくつぶやけば、
ロイドにすかさず反応をしめし、ロイドに口止めしているしいなの姿。
彼らのやり取りからして教皇がゼロスにかけたという手配はどうやらこの場にいる存在達は知らない、らしい。
こんな神殿しかない場所にまで連絡をよこす必要はない、とおもってなのか。
はたまたそこまで連絡を回して自分達に被害が後々でるのを恐れた
マーテル教の上層部の判断か、それはわからないにしろ。
「ともあれ。神子様のおつれの方々ははじめまして。というべきですな。改めて御挨拶させていただきます。
私はサイバックの王立研究院で院長を務めておりますシュナイダーと申します」
いって頭をさげてくる。
ああ、やはりこの男はあのシュナイダー、か。
あのときとあまりかわっていなのでそうだろう、とはおもっていたが。
エミルがそんなことを思っている最中、
「実は現在、雷の神殿は危険なので王立研究院の許可がないと立ち入りできないことになっています」
簡易的に説明してくるシュナイダー、となのりし男性。
「何か前、そんなことをサイバックできいたけど、何があったんだい?」
そんなシュナイダーにしいながといかける。
中にはいれない、ときいてあきらかにほっとしたような、
それでいてどこか複雑そうな表情をしているのはおそらくエミルの気のせいではないであろう。
どこかこころなしかほっとしたようなしいなの表情に気付いたのか、リフィルがこれまでのしいなの反応。
ヴォルトという言葉に反応していたしいなの態度から首をひたすらに傾げているが。
「おや。これはみずほのしいな殿ではありませんか?ふむ。
しいな殿がおられる、というのでしたら何か事情があるようですね。
では、王立研究院でお待ちいただけますか」
しいながこの場に来る、という理由。
それは一つしかない。
精霊との対話、もしくは…かつて失敗した精霊との契約。
そんなシュナイダーのいい分に、
「あ、でも俺達、これからサイバックじゃなくてオゼットにいく予定で。
ちょうど用事があったからここ雷の神殿ってとこにたちよっただけで」
ロイドがはっとしたように、シュナイダーにたいし、そう説明をしているが。
「なるほど。ではいつでもよろしいので。私もこちらの用事はすんでいませんし。
ここでの今残っている仕事を終えれば私もまたサイバックに戻る予定ですので。
あなたがたの予定があうときにでもお話しを伺います」
そこまでいい、ふと、視線を全員にむけたのち、
「って、おや?アステル?君はいつのまにもどってきたんだ?
たしか、リヒターとともにこの間異常があったという氷の神殿にむかったはずでは…」
その視線をエミルのところで止めたまま、驚愕したようにそんなことをいってくる。
「あのぉ。この人はエミル。そのアステルってヒトじゃないんですけど」
困惑したようなマルタの台詞に、
「ほんと、どれだけそのアステルって人エミルにそっくりなのさ」
あきれたようなジーニアスの声。
「なんかここまで間違われてたらその人にあうのが楽しみなような怖いような」
マルタがむ~とうなりつつそんなことをいっているが。
「ドドベルガーってか?」
「もう、ロイド。ドッペルゲンガーだよ」
というかドとルとガ、しかあっていない。
どこをどうやったらそこまで丁寧に間違えることができるのだろうか。
ロイドの間違いに素早く訂正をいれ突っ込みをいれているジーニアス。
「おう。それそれ」
「ロイド。わかってるとおもうけど。ドッペルゲンガーというのはね。
自分とそっくりの分身。同じ人物が同時に服装の場所に姿を現す現象を示してるんだからね」
本当にわかっているのか、というような視線をロイドにむけ、
確認をこめてジーニアスが聞いてもいない原語の説明をしていたりする。
「そう、なんだよね。自分のドッペメゲンガーをみたら死ぬ。とかいわれてるもんね。
…エミル、死んだらいやだからね!?」
「僕は死なないよ」
というか、正確にいえば死ねない、というべきか。
この器というか実体化している姿を失ってもコアにもどるだけ。
コアが破壊されても力がみちればコアは時間とともに蘇る。
世界にマナがある限り。
もっとも、その時に自らが核となりてつくっていた世界は、
自らのコアが破壊されてしまえば問答無用で消滅してしまうが。
「器、すなわち肉体と精神体が剥離してましってみられる現象。といわれているわね。
…もしかして、そこにコレット達を治療するヒントがあるのかもしれないわ」
ふとリフィルが思いついたように何やら思考を張り巡らせ初めているらしいが。
「では、用事がすみましたら、神子様がたはサイパックにおこしくださいませ。
では、私はまだこの場での仕事が残っていますので、これで」
いって頭をさげ、そのまま再び神殿の奥にとむかってゆくシュナイダー。
あいかわらず兵士二人はその場に土下座をし頭をさげている格好のまま。
「しかし、こいつら何てやつらなんだい。
最近のマーテル教会の連中は教皇の影響か一部では腐り初めてるっていうけど。
噂通りじゃないか。ゼロス。そこんとこどうなんだい?あんたは何やってんのさ」
しいなの憤慨はどうやら兵士達からゼロスにむけられた、らしい。
「まったくだな。それに関しちゃ俺様もわかっちゃいるんだけどな
あの教皇が強引な手段で自分の手駒になりそうなものを採用しやがるからな
かといって次の教皇になれるような奴がいないというのもな
中には俺様に教皇を兼任しろといってくる貴族連中もいるくらいだからなぁ」
しいなの台詞にゼロスが首をすくめていってくるが。
「そりゃむりだろ。あんたには」
即座にそんなゼロスの言葉を否定するしいな。
「俺様だってそんな面倒なことはごめんだぜ?
あいつらは俺様をしらない、ということははいったばかりの新人、
もしくは教皇が雇ったそのあたりのごろつきの臨時兵士だろ。
あの教皇は平気でそんなことくらいしそうだからな
こんな場所の見張りなんかそれくらいでいい、とでもいってな」
彼らの会話をききつつも、土下座をしている兵士達は生きた心地がしていない。
まさに、彼らの兵士になった経緯はゼロスがいったとおり、なのだから。
ごろつきとして生活していた彼らが教皇騎士団に声をかけられ、
そしてこの地の兵士の役目を任じられたのは、ついこの間。
すなわち…国が精霊の神殿を調査するように、と命じたあと。
彼らのようなごろつきあがりの兵士というものはマーテル教には今現在多数存在している。
彼らは教皇の手駒、すなわち捨て駒とて雇われたにすぎない。
が、彼らは自分達がマーテル教の兵士になれた、ということで好き放題していたりする。
自分達の後ろ盾は教皇なのだから、という理由にて。
「で?こいつらどうすんのさ?」
「どうするもこうするも。おい、おまえら」
「「はははははい!みみみみこさまとはつゆ知らず、御無礼の数々!何とぞ!」」
ゼロスが声をかけるとあからさまに兵士達の声はうわずっている。
みればみてわかるほどに体もふるふると震わせている。
「うむ。わかればよろしい。きちんとこれから役目をこなし、
この俺様に忠義をつくす、というのならばこのたびの無礼は…」
「つ、つくします、つくします!」
「ですから、どうか!」
「うわ~。どっちが悪者かわかんないよ」
土下座してふるふると震えている男の前で両手を腰に手をあてていいはなっているゼロス。
たしかに第三者からみてみれば、どちらが悪とみるか、答えはマルタのいうとおり。
「と、とにかく。ここにはすぐにはいれないんだから。
とっととオゼットに向かおうよ。あの子のこともあるしさ」
どこかほっとしたようにしいながいえば、
「それもそうね。仕方ないわ。皆もそれでいいわね?
…私としてはこの神殿をゆっくりと調査してみたいのだけど……」
「姉さん。最後のが本音だね……」
リフィルの台詞にがくり、と肩おとしてつぶやくジーニアス。
「さあさあ。オゼットにいくよ!」
「ったく。しいなのやつ…まだ乗り越えてないな。ありゃ」
一人、何か無理をしているかのように声をはりあげ、
そのまますたすたともときたみち、すなわち神殿から離れてゆくしいなをみつつ、
ゼロスがぽそり、とそんなことをつぶやいていたりする。
「?」
そんなゼロスの言葉の意味はロイド達には意味がわからない。
エミルは理由はしってはいるが別にいう必要もなければ、
また逆にいえばなぜ知っているのか、と問いつめられるのは目にみえているので言うつもりはない。
そもそも、なぜにあのとき、言葉もわからないのに契約を、
といったヒトの真理はいまだにエミル…否、ラタトスクには理解不能のなだから。
ヴォルトが人間不信であることを彼らはしらなかったというのだろうか。
ヴォルトはもともと、昔からヒトを信用しきっていなかった、というのに。
そのあたりのことはラタトスクはヴォルト自身から聞かされてしっている。
それにあのとき、あの場に囚われていた精神体を解放したときに、
その彼自身からも一応聞かされてはいる、のだから。
たしか、彼曰く、みずほにすみしイガグリ、となのっていたが。
しいなの祖父である、と。
雷の神殿のある島からエレカーにのり、オゼットの北にある桟橋までは
エレカーを利用すれば時刻でたどり着くことができるらしい。
もっとも、エレカーに乗った後。
すでに日が暮れかけていた時間に出発してしまったが為に、船上で一泊することになったのだが。
桟橋にたどり着いたは日もそこそこに高くなってきたころ。
そのまま桟橋から南に下り、オゼットに向かうためにガオラキアの森へ。
「迷いの森ともいわれてるっていう森に道案内がいるのはいいんだけど…なぁ」
「ねぇ?」
「?何か?」
なぜか意味ありげにつぶやくゼロスとジーニアス。
そんな二人にとちょこん、と首をかしげるエミル。
「なぜ、ガオラキアの森にはいったとたん、魔物達が整列して。
なおかつ、道案内をしてきてるのかしら?エミル?あなた何をいったの?また?」
「え?僕は何もいってませんよ?」
おそらく、いったのはセンチュリオン達であろう。
自分は何も命じてはいないのだから。
ゆえにエミルは何もいっていないというか命じていないので嘘はいっていない。
「まあ、助かる、けど、何というか…なぁ」
「なんか、エミルといたら常識がこっちにきてからさらに壊されてるような気がする」
ロイドがぽそり、とつぶやき、ジーニアスが空をみあげつつもいってくる。
「?変な皆」
「「「いや、へんなのは(エミル)(あんた)(おまえ)だから」」」
エミルがちょこん、と首をかしげるとともに、
ジーニアス、しいな、ゼロスの声がほぼ同時に重なっていたりする。
「ともかく、案内がいるのは助かるわ。…深く考えても仕方がないわ」
エミルの様子から本気でエミルはわかっていないらしい。
だとすればこの行動は魔物達の独断、という可能性もありえる。
事実、一度この森にやってきたとき、魔物達はエミルに友好的というか、
エミルの役にたとうといろいろと何かやっていたような気がしなくもない。
そもそも、襲撃者が魔物におそわれていた、ということにしても然り。
目の前でおそわれた教皇騎士団にしろ然り。
「あ。オゼットの村がみえてきましたよ?」
魔物達に案内され、迷うことなく森をぬけ、
視界の先にみえるのは、みおぼえのあるオゼットの村へとつづく街の入口。
「御苦労さま」
エミルがそういうとともに、魔物達が一斉に頭をさげたのち、そのまま魔物達は森の中へときえてゆく。
「とにかく、村にいこう。ロイドのつくったまじない文字のだけでも、プレセアにわたしてみないと」
「どうかしら?コレットに渡してみたけども何の変化もみられなかったのだもの。
あの子もやはり完全なる要の紋でなければ無理なのではなくて?」
ジーニアスの台詞にリフィルがしごく最もな意見をいってくる。
「とにかく、やってみるしかないだろ」
実際、ロイドが昨夜のうちにエレカーの中で細工したまじない文字を刻んだ抑制鉱石。
コレットに渡してみたがコレットには何の変化もみられてない。
そのことにロイドは落胆せざるをえなかったが。
そもそも、サイバックで手にいれた要の紋を修理してコレットにつけているのに、
コレットはいまだに元にもどってはいない。
やはりクルシスの輝石には普通の要の紋では通用しない、ということなのだろう。
それともまじない文字に何か追加の文字が必要なのか。
そのあたりはロイドにもわからない。
そんなことを思いつつも、一歩、村にむけて足をすすめるロイド。
ざわざわと、何やら村の入口付近が騒がしい。
と、いくつつもの足音がこちらにむかってきこえてくる。
それとともに、
「教皇騎士団の皆さま!あいつらがきました!手配書の連中です!」
「間違いない!プレセアと一緒にいたやつらだ!」
数人の村人が村の入口付近に集まっているらしく、口ぐちにそんなことをいってくる。
「うへぇ。まぁた教皇騎士団かよ」
そこにいた鎧の兵士達の姿をみとめ、ゼロスが心底うんざりしたようにそんなことをいっているが。
「ち。なんだってこいつら、あたしらの先回りしてるんだい!」
しいながそんな騎士団達を睨みつける。
もっとも、村人の反応から村人が通報したのであろうが。
騎士団達はこちらに視線をむけたのち、わざとらしく、
「これはこれはゼロス様。御無事でしたか。
皆のもの、コレットとかいう金髪の娘は生け捕りにせよ。
ゼロス様は不幸にもここでシルヴァラントの野蛮人にころされる。
我らはゼロス様の仇のためにシルヴァラント人を排除する」
いけしゃあしゃあとそんなことをいってくる。
「俺様は死んでないっての」
そんな兵士たちの台詞にゼロスが突っ込みをいれるようにして吐き捨てるようにいっているが。
「しかし。どうします?金髪の子は二人いますが?どちらがコレットでしょうか?」
「ふむ?」
どうやら彼らはコレットの特徴はきいていない、らしい。
「天使となっているやつ、ということだから人形のようなそいつ、だろう」
問いかけられたおそらくはこの兵士の中では上司にあたる、のであろう。
少し上等な鎧をきこんだ兵士がそんなことをいっているが。
「んで?コレットちゃんをさらって教皇のやつは何をしようってか?」
ゼロスの問いかけに、
「神子様はここで死ぬのですからしる必要のないこと。コレットという少女以外は必要ない。やれ」
その言葉とどうじ、教皇騎士団といわれしものたちが一斉に刃をむけてくる。
「ったく。教皇のくそ爺。いい加減にしろってんだ。本気で身境がなくなってやがるな」
ここ、オゼットでたしかに問題が発生しても、それは闇から闇へですまさせれるであろう。
刹那、コレットの体が淡く輝きだす。
それとともに、周囲にバチバチとした雷のような帯電状態が発生する。
驚愕の表情をうかべ、あわててその場から距離をとる兵士達。
そしてまた、集まっていた村の人々もその異常さにきづいた、のであろう。
淡く輝くコレットの背にみえるは、彼らの目にもあきらかにみえる、
それは薄く輝く透明の翼。
天使の証。
力を解放しようとしているがゆえに、その力にそって、
ソルムの幻影で簡単にごまかしていたそれが誰の目にもみえるようになっているだけなのだが。
「ひっ!?」
その悲鳴は誰のものだったのか。
ふわり、とコレットの体がその場にと浮き上がる。
「これは…マナがどんどん強くなってる!?」
悲鳴のようなジーニアスの叫び。
だんだんコレットの体の光りは輝きをましていき、周囲のマナもより濃くなってゆく。
「これは…さまか、コレットが騎士団達の敵意に反応しているの!?」
リフィルの脳裏にうかびしは、ユアン達がいっていた殺戮兵器、という台詞。
「なっ!は、はやく武器をおさめて!早く!」
「何をザレごとを……」
ジーニアスの叫びの意味は兵士達には通用しない、らしい。
というかこの今の現状を理解できていないらしい。
「ちっ。ずらかるよ!」
「え?」
「煙幕をはる。その隙に!」
しいながいいつつ符をかまえる。
「でも!」
「全員、ケシズミにされちまうよ!この感じは…おそらく雷のマナ!」
おそらくこのままでは無差別に雷は解き放たれてしまうであろう。
それこそ、この村そのものを巻き込んで。
それはしいなの直感。
思いだすはかつての出来事。
コレットからうける感覚は…ヴォルトの神殿であのとき、七歳のときに感じたまさにそれ。
「っ!コレットにそんなこと…そんなことさせてたまるかよ!」
しいなが言いたいことを理解したらしく、ロイドがさっと顔色をかえる。
ロイドの脳裏にうかびしは、いつも人々を気遣っていたコレットの姿。
もし、このままコレットが力を解放し、村人を傷つけたりすれば?
そんなのは、認められない。
コレットが心を取り戻したとき、彼女が悲しむ原因をつくるわけにはいかない。
ゆえに。
「ちょっ!」
「ロイド!」
そのまま、空中にふわり、と浮かんでいたコレットに飛びかかり、
そのままぎゅっとコレットの体をだきしめるロイド。
そんなロイドに悲鳴のような声をあげているしいなとリフィル。
「何がおこるかわからないわ。はなれなさい!」
リフィルの忠告はロイドはきこうとしない。
そのままロイドに抱きつかれたまま、コレットの体はしばし空中にと停止した状態。
力に呑みこまれそうになりながらも必死でコレットの体を抱きしめつつ
「よせ。コレット。やめてくれ。・・・コレット・・っ!」
声が届いているかどうかはわからない。
それでも、コレットに村人を殺させたり、また傷つけさせるわけにはいかない。
ゆえに諦めることなく、コレットに必至で呼びかける。
コレットをロイドが抱きしめることしばし。
兵士達や村人たちは何が起こっているのか理解不能らしく、いまだその場に硬直状態。
正確にいえば、理解が追いついておらず、逃げ出すことすらままならないらしい。
と、ふとその力がよわまり、周囲に光が霧散する。
やがて、ロイドとともにゆっくりとコレットの体が地面にふれる。
と。
「……どいて」
ふとみれば、プレセアが村の入口のほう。
つまりさきほどロイド達がやってきた道のほうから村はいってくるのがみてとれる。
「プレセア!?」
思わずプレセアの姿をみとめぱっとジーニアスが顔を輝かせたのち、
すぐに顔色をかえ、危ない、という意味合いをこめて何やら叫んでいるが。
プレセアはロイド達の目の前にくると、
「どいて…わたしに…まかせてください」
そういい、プレセアは一瞬、騎士団へとむきなおる。
その格好はまさにロイド達を騎士団から守るかのように。
が。
すぐさまにその身をひるがえし、その手にしていた斧をロイド達にむける。
ビュン。
プレセアがロイド達にむかって大きく斧をふる。
プレセアの姿をみてほっとしたのか、ロイドはコレットから手をはなしていた。
それが災いしたというべきか。
プレセアの斧はロイドとコレット、その中間をなぎ、
二人の距離をある程度確保するかのごとくに別れさせてしまう。
続けざまに斧をロイド達、そしてジーニアス達にむけて振るうプレセア。
「プレ…セア?」
プレセアは、何をしてるの?
プレセアが僕たちに?
嘘だ。
ジーニアスはいきなりのことに戸惑いぎみ。
ゆえに戸惑いを含めた声をもらすのみ。
プレセアの攻撃をかわすのがやっとらしく、やがて完全にコレットと引き離されてしまう。
そして、
「プレセア!!」
目をみひらいたジーニアスの声。
プレセアによって引き離されたコレットとロイド達。
その間に教皇騎士団が割ってはいり、コレットに近づけないこの現状。
教皇騎士団達の背後にて、プレセアがコレットに斧の柄を振り下ろすのが視界にうつる。
それをみてのジーニアスの叫び。
「よくやった!プレセア!」
そんな中、村のほうからやってくる一人の人物がプレセアにと声をかけてくる。
「あいつ…っ!」
ロイドがその姿をみて思わず叫ぶ。
プレセアに仕事を頼んでいたらしき、あの丸眼鏡をかけた男性。
その男性がふぉっほっほっ、と何ともわからない笑い声をあげながら、
そのままプレセアのもとにと近づいてくる。
そして。
ピィ~
何か笛らしきものを取り出し、空にむかって吹いたかとおもうと、
バサリ。
空中からはばたきのようなものがきこえてくる。
どうやらそれが合図であったらしい。
上空よりとんでくる二匹の飛竜達の幼生体。
その体にまだ生体になっていない印のしまぶち模様があるゆえに、
まだ親離れすらできていない子供であることは明白。
しかもその首には瘴気をふくみし石がつけられており、それを視界にとらえ、エミルの顔が思わず曇る。
どうやら一度、飛竜達を解放した、というのに、またどうやら飛竜を手にいれ、同じように扱っているらしい。
懲りていない、とはまさにこういうのをいうのであろう。
飛竜はそのままロイド達の目の前…
騎士団に邪魔されコレットに近づけないのをこれ幸い、とばかり。
ばさり、と降り立ってきたかとおもうと、そのうちの一頭がコレットの体をツメでわしづかむ。
そして男はプレセアとともにその場からはなれようとし飛竜へとむかおうとするが、
「くそっ!コリン!」
このままでは、プレセアもコレットも連れ浚われてしまう。
ゆえに咄嗟的にしいなが叫ぶ。
しいなの叫び、すなわち召喚とともに、ぼふん、という煙とともに孤鈴(コリン)が現れ、
そのまま
そのまま
それにより、プレセアだけは飛竜のツメから逃れることができたらしい。
「コレット!」
飛竜のツメに捕らえられ、そのまま空につれていかれているコレットをみてロイドが叫ぶ。
飛竜のその首には何か首輪のようなものがつけられているのがロイド達にもみてとれる。
プレセアが倒れ込んだとき、
男を背にのせた飛竜は太陽を背にはばたきすでに浮上していたりする。
あっという間の出来事に、ロイド達はなすすべもない。
そもそも、騎士団に邪魔され近づくことすらままならない。
魔界の瘴気によりまだ幼い個体は狂わされ、エミルの念話による指示すらうけつけない。
自我がまだ完全でない子供達は、瘴気に狂わされてしまうと本能のまま、
すなわち野生の本能のまま、親のいうことのみを実行する。
おそらくは、瘴気によってその思考すら操っているのであろう。
あの子供達はどうやらあのものを親、と思い込んでいるらしい。
それは彼らがまといし感覚からして理解ができる。
ほんとうにこれだからヒトは、とおもってしまう。
どこまで魔物達を利用すれば気がすむのだろうか。
エミルがそれをみて顔をしかめていると、
「くそ!コレットをかえせ!お前はいったい…」
ロイドの叫びに。
「わしの名はロディル!ディザイアン五聖刃、随一の知恵者!
再生の神子はいただいていきますぞ!ふぉっふぉっふぉっ!」
ばさり。
飛竜にまたがりいいはなち、そのまま竜をあやつり空中へ。
「ディザイアン?!どうしてテセアラにディザイアンが!?」
ジーニアスが驚愕の声をあげる中、二匹の飛竜達はぐんぐんと上昇し、
そのまま高度をあげきったのち、東の空へむかってとんでゆく。
コレットは飛竜のツメにとらわれたまま、くったりとうごかない。
どこからどうみても、飛竜が獲物をそのツメでとらえ、巣につれてもどる光景にしかうつらない。
「まて!コレット!」
ロイドが叫び、目の前にいる騎士団達を剣で振り払いつつ、
あわててコレットを追いかけるが、やがて村の東側。
すなわち崖になっている場所にとたどりつき、そのまま進めなくなってしまう。
切り立った崖になっているそこからは、眼下に広がる澄んだ湖と豊かな山並みのみがみてとれる。
当然、空をとぶ手段をすぐにもっていないロイドはそこからどうすることもできない。
「くそ!」
ロイドの眼にうつる飛竜が次第に小さくきえてゆく。
「コレットぉぉ!」
声をかぎりにロイドはさけぶが、つきだした腕はむなしく風をつかむのみ。
そんなロイドに戸惑いがちに、
「…ロイド。プレセアを頼めるか?」
リーガルがいうが。
「だけど、コレットが!」
ロイドの声にはあせりと、そして何もまたできなかった後悔。
護れなかった苦痛がにじんでいる。
「いつまでつったってるつもりだい!プレセアをほうっておくきかい?
コレットがどこに連れ去られたのか、情報集めはあたしが請け負う。
あんたはアルテスタのところにもどりな」
しいなのそんな言葉に、
「いや!俺もコレッ…」
何が優先順位かわかっていないらしい。
少なくとも、今ロイドがすべきことはコレットを追いかけることではない。
「土地勘もないあんたに何ができる!」
しいなの叫びはしごく最も。
「でも……」
「めぇさましな!コレットやプレセアを救えるのは要の紋だけ!
しっかりしなよ!それを創れるのはアルテスタだけなんだよ!違うのかい!
あんたにしかアルテスタを説得できないんだよ!ドワーフに育てられたっていうあんたにしか!」
そこまでいわれ、はっとする表情をみせるロイド。
おそらく彼を説得できるのはロイドくらいであろう。
もっとも、エミルが少し気配を解放さえすれば、
彼らドワーフは嫌でもいうことを聞かざるをえないであろうが。
それでもまだ煮え切るようすのないロイドをみて、そのままぐいっとロイドの胸元をつかみ、
そして、胸元をつかんだまま、ぐいっと自らのほうに引き寄せ
「何のためにあたしら仲間がいる!コレットはあたしにまかせて!
あんたはあんたにできることをやりな!男だろ!」
ロイドのむなもとをがしっとつかみ、首元を締め上げがてらに言い放つ。
そして。
「情報収集はあたしらみずほの民の役目だ。あんたはあんたのすべきことをする!
あんたにしか、この子も、あの子もたすけることはできないんだよ!」
しいなの言葉に目がさめたらしくはっとしたような表情をうかべるロイド。
ここで叫んでいても、鉱石にて要の紋をつくらなければ、コレットは…いずれ死ぬ。
そう、あの研究施設にて教えられた。
このままコレットをおいかけたとしても、肝心なクルシスの輝石を制御するものがなければいわずもがな。
「・・・・・・・・・・・・・・・・わかった」
また、感情のままに動いて間違うところだったということに今さらきづく。
あのまま動いていても、それは確実にコレットを殺してしまうだけの結果になりかねない。
そしてまた、プレセアも。
「よおし。それでこそロイドだ」
本気で俺、進歩してないな…そんなことを思い、つくづく自己嫌悪に堕ちいてしまう。
目の前にいたのに守ってやれなかったコレットに対しても、
そして自分が何をすればいいのかという行動に対しても。
目の前のことにとらわれすぎて、大局がまったくみえていない自分に嫌気がさす。
「まずはアルテスタのところにいきましょう。…要の紋。それがつくれないと意味がないわ」
リフィルの指摘はしごく最も。
リフィル達はどうにか教皇騎士団達を退けてこの場にやってきていたりする。
騎士団達もまた、コレットを捕らえたことにより撤退命令がでたのであろう。
村から出て森の中にきえていっていたりする。
もっとも、森にはいった騎士団の悲鳴らしきものが少ししてからきこえてきて、
村人たちもなぜかはっと我にもどったように、
叫び声をあげてそれぞれ家にと戻っていっていたりするのだが。
いうまでもなく、襲撃してきた騎士団達は魔物達による粛清対象にはいっていたりするのだが。
当然、エミルはそんな彼らを止める命令などだしはしない。
「僕も手伝うよ」
「食事は私にまかせてちょうだい」
『いや、それはちょっと』
リフィルの言葉に、ロイド・ジーニアス・しいなの声がかさなる。
いまだに気絶しているプレセア。
今、優先することは、プレセアの要の紋と、そしてコレットの要の紋。
それをつくってもらうようにアルテスタを説得すること。
「あいかわらず、ロイドって状況にふりまわされて流されるままだよね」
「…きついことをぐさっというな。エミル。だけど…ああ、そのとおりさ。
俺はいつも選択を間違ってばかりみたいだ……皆がいないと何もできない……」
いつもいつもからまわり。
それがこの旅にて嫌でも理解できている。
それゆえのロイドの言葉。
「まあ、それが理解できはじめてるんなら少しは進歩してるとはおもうよ?
それより、許せないな。魔物をあんな装置で操るなんて…」
しかもあれには
魔物の正気を狂わせ、あやつりしもの。
以前、センチュリオン達に命じて捕らえられていた飛竜達をせっかく解放していたはずなのに。
また同じようなことを繰り返しているあのニンゲン。
それがミトスの意思なのか、それとも彼の独断なのか。
もしくは、彼の背後にいるであろう魔族達の思惑通りなのか。
それを見極める必要もあるであろう。
と。
「……神子を奪われたか」
ふと背後からきこえてくる声。
振り向けばそこには見慣れた姿が。
「クラトス!?おまえ!また現れたな!コレットをどこにやった!」
背後からあらわれたのはクラトス。
どうやらここまで飛んでやってきたらしい。
魔物達の連絡で彼がアルテスタのところにいる、というのは知ってはいたが。
ロイドが一歩前にでて、かみつくようにクラトスに言いつのる。
「ロディルは我らの命令を無視し、暗躍している。私の知るところではない。
ロディルの上司にあたるプロネーマには先ほど報告はした。
私は直接ディザイアン達には権限がないのでな」
ロイドの怒りを正面からうけても淡々とした口調でそんなことをいってくるクラトスの姿。
そんなクラトスに対し、
「内部分裂、というわけ?愚かね」
冷めたようなリフィルの言葉は、クラトスのその言葉の真意をじっと探っているらしい。
「否定はしない。しかし奴は神子を放棄せざるを得ないだろう」
「どういうことだ」
クラトスの言葉の意味はロイドには理解不能。
そういえば、とおもう。
エミルが干渉しているがゆえに、完全に進行はしていないが、
ゆっくりと、確実にコレットの体は無機物化にむかっていっている。
それはコレットが望んでいるがゆえに精神と体はほぼ一体。
ゆえにその
天使になることを彼女が望んでいるがゆえに、進行はとまらない。
いくら微精霊達がその進行具合をゆっくりとしていたとしても。
コレットがロイドが望んだのだから、私は天使になるべき。
その思いを捨て去らないかぎり、体の無機生物化…すなわち結晶化は止まらない。
「神子は…あのままでは使いものにならんのだ。捨て置いても問題なかろう。
すでに兆候はシルヴァラントの封印解放の儀で現れていたからな」
そんなクラトスの台詞に、
「冗談じゃない!何としてもコレットは助けるんだ!邪魔するつもりならっ!」
それだけいいつつ、ロイドがその手を剣の柄にとかけ、すらり、と剣を抜き放つ。
「…街や村の中で剣を抜くな、と前にいわなかったか?」
冷めたようなあきれたようなクラトスの口調。
「うるさいっ!」
ロイドがいうなり、クラトスにきりかかるが、
「うわっ!」
きっん。
すばやい動きでロイドの剣はクラトスの剣によって問答無用ではじきかえされる。
その反動でよろけ、その場に尻もちをつくロイドの姿。
「く、くそっ!」
ロイドがそれでもきっとクラトスを睨みつけ立ち上がる。
そんなロイドを見下ろしつつ、
「ならば、レアバードを求めるのだな。そして東の空へ向かうがいい。
お前達が手にしていたレアバードが使いものになれば、だがな。
…もしくは、みずほの里にいってみてもよいだろう。そこで道が開かれる」
言いたいことだけいい、そのままばさり、と翼をだしてその場から飛び上がり、
この場をたちさってゆくクラトスの姿。
そんなクラトスの飛び去る後ろ姿をみつめつつ、
「…あいつ、いったいどういうつもりなんだ?」
クラトスの真意がわからない。
戸惑いの声をあげるロイドに対し、
「まあ。いいじゃないのよ。役にたつなら利用しとけって」
さらり、とたしかに的をえているとしかいいようがない台詞をゼロスがいってくる。
「うむ。利用できるものは利用しておいたほうがいいだろう。
…特に、何もわからない状態では、あえて甘言にのるのも一つの手ともいえる」
リーガルもゼロスにつづきそんなことをいってくるが。
「しかし…くそっ。ロディル、とかいったな?あいつ。コレットをどうするつもりなんだ」
ロイドがだんっとくやしぎれに大地に握りこぶしをたたきつけながら何やらいっているが。
「クラトスの言葉を信じるのならば、コレットはデリス・カーラーンに連れていかれたわけではないはずよ。
つまり、マーテルの器として連れ浚われたわけではないのかもしれない。
だとすればまだ希望はあるわ」
リフィルの台詞にうなづき、
「そうさ、コレットがマーテルになっちまったらあたしたちにはどうにもならないけど、
今ならまだ、ロディルから取り返せばいいだけなんだから」
しいながロイドに対し、否、全員に言い聞かせるようにというよりは、
しいな自身に言い聞かせるつもりもあったのであろう。
そんなことをいってくる。
「どうしてコレットばっかりこんな目にあうんだ。くそっ、神子なんてくそくらえだ!」
ロイドがコレットが救いの塔をきっと睨みつけて叫びをあげる。
「でも、きになるわね」
そんなロイドとは対照的に、顎に手をあてしばし考えていたリフィルがふと声をだす。
「何が?」
マルタもきになったのか、首をかしげそんなリフィルにと問いかける。
どうやら今までいろいろと一気にありすぎて、声をはっする機会を失っていたらしい。
「奴らの悪だくみに気付いたとかかい?リフィル」
リフィルが聡明なのはこれまでの旅でしいなもわかっているつもり。
それにかつては、その頭脳をもとめ国が動いていたほど。
正確にいえば、国、というよりは教会が、教皇が、というべきか。
ゆえに何か思いついたらしいリフィルにと問いかけているしいな。
「今、クラトスは神子は使いものにならない。そういったわ。
コレットはマーテルの器になる素養があるはずなのに。どういうことなのかしら?」
今、たしかにクラトスはそういった。
それにガオラキアの森で追手とおもわれたプロネーマとか名乗っていた女性。
その女性を下がらせたのも気にはなっていた。
だからこそ疑問におもう。
なぜ、クルシスはコレットをこのまま野放しにしているのか、ということに。
「たしかに。いわれてみればそうだよね。
ゼロスのやつが使い物にならないっていうのならわかるけどさ」
「こら!しいな!どういう意味だ!」
しいながうんうんうなづきつつもさらり、とそんなことをいっているが。
そんなしいなにすかさず突っ込みをいれているゼロス。
「たしかにそうだね」
しいなの言葉にすかさずジーニアスも賛同を示す。
「ガキんちょまで!」
さらにゼロスが抗議の声をあげているが。
そんなゼロスの抗議の声をさらり、と無視し、
「もしかしたら、コレットのあの変化には何か他にも理由があるのかもしれないわね」
淡々と自らの考えの続きをいっているリフィル。
「…そうだな」
リフィルのいい分は推測でしかないが、ありえないことではない。
ゆえにロイドがぎゅっと手をにぎりしめながらもぽつり、とつぶやく。
そんな彼らの様子をしばし眺めたのち、かるくため息をつき、そして。
「とりあえず、あたしはコレットがどこに連れ浚われたのか。
その情報収集をするよ。あんたたちはアルテスタのところへ。何かわかったらすぐに連絡するよ!」
いうなり、ぼふん、という煙とともにその場からしいなの姿がかききえる。
「あ、しいな。消えちゃった……」
きえたしいなをみてぽつり、とつぶやいているマルタ。
「…あれ?これって……」
ふと、きらり、と地面にひかっている何かにきづき、エミルがそれを拾い上げる。
「ロイド。これってたしか、ロイドが前、サイバックであげたコレットの……」
「…っ!!」
地面におちていたのは、サイバックでロイドが直してコレットの首にかけていたはずの首飾り。
どうやら飛竜のツメに掴まれたときにその首飾りの紐が切れたらしい。
まあ彼らのツメはとある特殊な防壁すら切り裂くものなので、
簡単に首飾り程度の鎖など断ち切ることはわけはない。
エミルに拾われたそれをうけとり、何ともいえない表情をうかべるロイド。
「で。プレセアはどうするの?」
コリンによって連れ浚われるのを防がれたプレセアではあるが、いまだにその場に気絶しているまま。
「誰かが背負う、とか?」
「あ、ならノイシュの背にのせるのでいいんじゃないのかな?」
いいつつも、胸元のポケットからノイシュを地面において、かるくすっとノイシュに指をそわす。
刹那。
ノイシュの体がゆらり、と光とともに揺らめいたかとおもうと、
次の瞬間、小さくなっていたノイシュの体は元の大きさにともどりゆく。
「…あれ?そういえば。ソーサラーリングの制限時間、ちょうどきれるときだっけ?」
まだ時間があったような気がするがゆえに、ジーニアスが思わず首をかしげるが。
よもや、今、エミルが指をノイシュの体に触れさせたときに解除した、などとは夢にもおもえない。
普通、そんなことを普通の人間ができるはずもないのだから。
それはエルフ達ですらできないこと。
ゆえにその可能性にジーニアスは思い当たらない。
思いつくことができないといってもよい。
ノイシュが元の大きさにもどったのをみて、ひょいっとプレセアを抱きかかえ、
「あああっ!…うう。プレセアまでエミルにお姫様だっこ……」
マルタがエミルがプレセアを横抱きにしてノイシュの背にのせているのをみて、
何やらそんなことをまたまた叫んでいるが。
そういえば、前、コレットを横抱きにしたときもマルタはそんなことをいっていたような。
ふとエミルはおもいだし、思わず首を横にかしげる。
「マルタ?」
「ううっ。私も気絶とか怪我とかしたらエミルにお姫様だっこしてもらえるのかなぁ…」
何やら不穏極まりないようなつぶやきをマルタは呟いているが。
「とにかく。いきましょう。あまりこの村に長居しておくのも危険だわ」
教皇騎士団達がいつ、もどってくるかわからない。
また、興奮した村人が何をしでかしてくるかすらわからない。
先ほどきこえた悲鳴らしきものがもしも騎士団のものだとすれば、
すぐに追手がかかってくる、ということはまずない、とはおもうのだが。
リフィルのその提案に、
「そうだな。我らはアルテスタのところへ向かおう」
リーガルが淡々といってくる。
たしかにここにいても仕方がない。
ゆえに、一行はリフィルやリーガルの提案にもとづき、
そのままアルテスタの家のある方角へむかってゆくことに。
コレットは今ごろどうしているだろう。
ロイドは飛竜の消えた空を眺めてはため息ばかりをついている。
プレセアはいまだに目をさまさない。
あのまま村においていても危険、という判断のもと、
ノイシュの背にのせ、アルテスタの家にむかっている今現在。
村を抜ける間も村人は一人も顔をだしてきてはいない。
こっそりと扉から外を窺うものもいたが、
ロイド達の姿をみるとすぐさまバタン、と扉をしめきっていたりする。
しいなはすぐに情報をあつめてくる、といって一行から離れていった。
必ずコレットがどこにつれていかれたか見つけ出して報告するから、といって。
「う……」
ふと、ノイシュのほうから呻き声のようなものがきこえてくる。
「ロイド」
それにきづき、ジーニアスが何ともいえない声をあげる。
みれば、プレセアが目をさました、らしい。
その表情にはあいかわらず変化がみられない。
「プレセア…気がついたのか」
ロイドがそんなプレセアをみて何ともいえない表情を浮かべるが。
理屈ではわかっていても感情がどうやらおいついていない、らしい。
彼女が悪いのではない、とわかっていても感情がおいつかないまま。
このあたりは未熟でしかない、とエミルはおもう。
もっとも、かつて感情のままに行動した自分がとやかくいうことでもないのだろうが。
「ロイド。彼女はロディルとかいうあの輩に操られていたのだろう。だから」
リーガルがプレセアをかばうような発言をしてくるが。
「…わかってる。わかってるよ。それは…」
わかっていても、プレセアに怒りをぶつけたくなってしまう気持ちもまたあるのも事実。
あのとき、プレセアが介入してこなければ、という思いが捨て切れない。
ゼロスが以前いっていた台詞を思いだす。
それは差別に関する話題、であったが。
理屈と感情とは別。
その意味があのときにはロイドにはわからなかったが、今はわかる。
理屈と感情。
たしかに割りきれない、とおもう。
そして、その割り切れなさがゼロス曰く、差別の原因にもなっている、ともいっていた。
ゆえにロイドは自分がどうすればいいのか方向性が定まらず、
プレセアにどう接していいのかがいまだにつかめない。
「プレセア、どうしてコレットを浚う手伝いなんか……」
ロイドが何ともいえない声をあげるとともに、ジーニアスが泣きそうな表情にて、
目をさまし、ノイシュの背からおりているプレセアにと声をかける。
「…仕事」
ただ、完結にそれだけいうプレセアではあるが。
「…そう。なら私たちからの仕事の依頼よ。私たちについてきてちょうだい」
「それが…仕事の依頼なら」
リフィルの言葉にこくり、とうなづき、素直に一行のあとを歩きだす。
そんなプレセアをみつつ、
「姉さん、なんだってあんないい方を…」
「おそらく。プレセアを動かせるのは、仕事、という単語なのよ。どうしてなのかはわからないけども。
彼女は今、仕事、といわれればどんなことでもやるのだとおもうわ」
そう、コレットを浚う手伝いをしたように。
そもそもそういえば、ゼロスもこの森の案内を頼んだといっていた。
仕事の一環として。
仕事、といえば彼女は何でもやるのだろう。
それが石による心を壊している障害なのかどうかはわからないにしろ。
「ロイド。割りきれないのはわかるつもりだ。だが、お願いしてもいいだろうか?」
「あんた、プレセアちゃんのことになると饒舌だねぇ」
まあ、気持ちはわからなくはないけどな。
こいつがアリシアの姉だ、と気づいているかはともかくとして。
ゼロスがそんなことをおもいつつ、リーガルに話しかけるが、
リーガルはそんなゼロスの言葉を無視し、ロイドにと語りかける。
「…ああ。わかった」
まじないの文字を刻んだ抑制鉱石はもう一つある。
コレットには何の効果もなかったが、もしかしたら、プレセアには。
そんな期待もあるにはあるが、もし彼女が正気をとりもどしたとしたら、
自分はさっきの今で正気のままでいられるのか?
そんな思いがロイドの中をかけめぐる。
「プレセア、ちょっとじっとしていてくれよ。
俺がほったまじないだけど、うまくいくはずだ。いや、いってくれ」
簡単に紐を通しただけの抑制鉱石。
穴をあけ、そこに紐をとおし、まじないを刻んだ石をくくりつけているだけのそれ。
理屈と感情は別。
そう自分に言い聞かせながら、まじない文字を刻んだ抑制鉱石の簡易首飾り。
それをプレセアの首にとかけるロイド。
「…だめ、ね」
「…やっぱり、完全に要の紋ごと直さないとだめってことか。…くそっ」
しばらくプレセアの表情の変化を身守っていたが、やはりまったくの変化はみられない。
リフィルがため息まじりにつぶやき、
ロイドが悪態をつきながらも、近くにある木にとその手を握り締め叩きつける。
だんっ、とした音とともに、衝撃で揺れた木の上からはらはらと葉っぱが舞い落ちる。
アルテスタの家にとつづく道をあるいてゆくことしばし。
やがてみおぼえのある開けた場所にとたどりつく。
その先にある岩壁につけられている扉。
周囲を確認してみるが、どうやらここでは待ち伏せのようなものはされていないらしい。
「お前達……」
トントン、と扉をノックするとなぜかすぐにあらわれるタバサ。
そのまま扉の向こうをみれば、なぜか顔色のわるいアルテスタの姿がみてとれる。
そういえば、さきほどまでこのあたりに、クラトスとあのプロネーマ、という女性がいたらしいが。
それに関係しているのであろうか。
その姿をみて思わず眉をひそめるエミル。
どうやらアルテスタの様子からして、
クルシスの追手にみつかったとおもって、観念していたらしいが、
やってきたのがロイド達であったことに驚いているらしく、
なぜかロイド達の姿をみて目をみひらいてなぜか驚いているのがみてとれる。
やってきたのはどうやらクルシスからの迎えとでもおもっていたのか、
ロイド達をみてその表情が一瞬こわばったものから驚きを含んだものになっている。
それは一瞬の表情の変化。
「たのむ!アルテスタさん!要の紋をつくってくれ!このとおりだ!」
恥も外聞も今はどうでもいい。
アルテスタの姿をみとめるとともに、その場にばっといきなり土下座をしているロイド。
「あ、あの。私からもお願いします」
マルタもロイドにつづいて頭をさげる。
といってもマルタはたったまま、頭をさげているのだが。
「俺が掘ったまじないじゃあ、プレセアも…コレットも元通りにしてやることはできなかった!
だから、たのむ!ドワーフのあんたにお願いする!この通りだ!」
「…マスター……」
そんなロイドの様子をみて、タバサがとまどったような声をだす。
こういうときどういえばいいのか、彼女のプログラムの中にはまだない、らしい。
そしてまた、どうやら成長してゆくAIプログラムもそこまでまだ発達していないらしい。
「…あの天使化している子はどうした?」
この場に先日やってきたときにはいたはずの金髪の少女。
彼らいわく、シルヴァラントの神子だという少女の姿がみあたらない。
「ロディル、というディザイアンに連れていかれてしまったわ」
ぴくり。
その名に反応したかのように、アルテスタの体が一瞬震える。
「たのむ!抑制鉱石は手にいれてきた。
あんたは、クルシスから逃げ出してきた。そうケイトからきいた。
なら、コレットの輝石につくはずの要の紋や、プレセアに本来つくはずの要の紋。
エンジェルス計画で使用されている要の紋ではなく、本来のものをつくってくれ!」
ロイドのいい分に、
「…なぜ、その計画を…そうか。ケイトからきいた…か」
すこしばかり顔をふせ、そして。
「…はいれ」
やがて決意したのか、ロイド達を促すかのように部屋の奥へとひっこんでゆく。
「じゃあ」
その言葉にはっとした表情で顔をあげるロイド。
そしてまた、その言葉に思わず顔をみあわせているリフィル達。
「…詳しい話しをきかせろ。…クルシスの追手にみつかってしまったわしじゃ。
…残りすくない命になるかもしれないこの身。
…最後くらいは少しでも罪滅ぼしになればそれにこしたことはない」
「クルシスの輝石、とよばれている石は、
本来はハイエクスフィア、とクルシスが呼んでいるものじゃ。
かつての古代大戦の時代、テセアラ側が開発したものだ、ときく。
精霊石を利用し、それを穢すことにより、同化させて生み出される技の一つ。
そこに要の紋を利用することにより、自我をもたすことも開発されたわけじゃ」
ロイド達を家の中に案内し、机につくように促し、淡々と言葉をはっするアルテスタ。
そして、プレセアの横に近づいていくと、プレセアがびくり、と反応し、
逃げるように部屋の隅のほうへ走ってその場に立ちすくんでいたりする。
「本来のハイエクスフィアというか精霊石に必要な制御な品はいくつかある。
マナの彼らとジルコンをユニコーンの力で調合されしルーンクレスト。
それらを元にしてつくられた特殊なる品にてその中枢にマナリーフの繊維を利用する。
そうすることにより完全にとまではいかないが、
自我をたもったまま、ヒトが無機生命体化することを促進、そして保護することが可能となる」
アルテスタの説明に、
「普通のエクスフィアとは違うのかしら?」
「精霊石に宿りし微精霊達の規模が違う、としかいいようがないがな」
「精霊石?そういえば、どこかできいたような……」
それは、ロイドがルインにて、エミルからいわれた台詞。
ロイドは完全には覚えていないが、何となくだが聞いたような気がし思わず首をひねる。
エミルはあのとき、真実をロイドに説明しているのに、ロイドはいまだに理解できていないらしい。
「今はそのことすら覚えている人間はまずいないじゃろう。
精霊石は本来は、微精霊達の卵ともいえるべきもの。
それが孵化することにより、世界に微精霊達が満たされる、のじゃが……」
「その微精霊の力を利用しているのが、エクスフィア、とよばれしものなのかしら?」
「そうじゃ。微精霊達を負の念…すなわち、ヒトの命などで穢すことにより、
微精霊達を狂わし、その力を操るもの。それがエクスフィアじゃ。
微精霊といえども精霊達の力は強大。ゆえに制御するものがなければ力の飲みこまれる。
たかがヒトの器などその強大な力にたえられず、マナを暴走させ、そして……
じゃから、はたからみれば寄生されている、と捕らえられるのかもしれぬな。
おそらく、ヒトはエクスフィアはヒトに寄生するもの、と捉えているじゃろう」
たしかに、サイバックで説明をうけたとき、ロイド達はそのようにきいた。
しかしどうやらアルテスタがいうにはそれは少し違うようである。
そのことに驚かざるをえない。
「…マナを狂わせ、化け物となってしまう、そうなのね」
アルテスタのいい分に気付いたのであろう。
リフィルが顔をふせそんなことをいっているが。
「…その通りじゃ。本来、ヒトが扱ってはいけない力。それがエクスフィアじゃ。
世界を構成するはずの力を無理やりに穢して利用しようとするのじゃからの。
それによるリスクは当然じゃな。とにかく。
その中枢にマナリーフの繊維を利用したものを要の紋となしとりつけることで、
ハイエクスフィアの力を制御、抑えることができる。失われし技術じゃ。
すでにユニコーンは絶滅し、この世にはおらぬ。マナリーフはどこにあるかわからんしの。
ゆえに正しき要の紋をその子に取り付けることは不可能じゃ」
この世界においてすでにユニコーンは絶滅しすでにお伽噺の中でしかみられないもの。
テセアラ側ではどうあってもそれからの進展はない。
クルシスには角がいくつか保管されてはいたが。
「これではだめかしら?」
「これは…ユニコーンホーン!?おまえさん、これをでいったいどこで……」
リフィルがことり、と取り出したユニコーンホーンを机の上におくと、驚愕したようにアルテスタが目を見開く。
「シルヴァラントのユウマシ湖にて」
「そうか。シルヴァラントにはまだユニコーンが生き残っておったのか」
ユウマシ湖、といわれてもピンとこないが、すくなくとも、
その湖、というところでユニコーンが生きていた、というのはうかがえる。
感慨深そうに、そっとユニコーンホーンにと触れるアルテスタ。
こころなしかユニコーンホーンが淡く光ったような気がしたのはロイド達のきのせいか。
それはきのせいでも何でもなく、大地の加護をうけているドワーフだからこそ、
ユニコーンホーンの宝玉の中にやどりしグラスの魂が反応しただけのこと。
「完全なる品物はマナの欠片がない以上できんじゃろうが。
だが、天使化しているというシルヴァラントの神子を助けることくらいはできるじゃろう。
が、その場合は早いうちにマナの欠片を手にいれる必要がある。
クルシスのものは、彼女がつかいものにならない、そういったのじゃな?」
「ええ」
「……では、彼女は永続天使性無機結晶病になっている可能性があるな。
…かつて、マーテル様がかかったといわれている病じゃ。
マーテル様が天使化した後にかかったといわれている病でな」
「マーテル様が!?」
アルテスタの台詞に驚愕した声をあげたのはジーニアス。
「えいぞ…何だ?」
難しそうなその原語にロイドは何やら言葉につまり、首をかしげているが。
「そういえば、あのとき、ユニコーンがいってた。
マーテルの病を治すためにいかされてたって…まさか、そのため?」
マルタが思いだしたようにつぶやくと、
「然り。…マーテル様が復活してもまたその病にならない、ともかぎらない。
ゆえにユグドラシル様が一体のマーテル様にゆかりのあったユニコーンをどこぞに封じた。
ときくが…そうか、このユニコーンホーンはそのユニコーンの……」
「その永続なんとかって何なんだ?」
ロイドが疑問におもったのか、アルテスタに問いかける。
「あの症状は、その装備者の体そのものをエクスフィアに…というよりは、精霊石に変えてしまうものじゃ。
その装備者が利用する穢された微精霊達の力と同化することにより、
そのものの精神体まで人工的な精霊に変化する過程において、
その体そのもの自らが精霊達の核となりし石、すなわち結晶体になってしまう。
もっとも、その過程にて完全に精霊になりしものなどはまずいない。
心臓が結晶化した時点でほとんどのものは命を落とす」
『!?』
アルテスタの台詞に息をのむロイド、ジーニアス、リフィル、マルタの四人。
リーガルも何ともいえない表情をしているのがみてとれるが。
「…冗談じゃないぜ。おい」
だとすれば。
ゼロスがこれまで調べた結果、みつけたあの人の姿をしていた水晶のような石は…
人間達の変わり果てための姿ということなのだろう。
教皇が何かをしでかしている、とわかり、調べた結果、みつけた人の姿をした水晶のようなそれら。
それらはとある研究所によって細かく砕かれ…そしてそれがヴァーリに渡されている。
そこまでゼロスはつかんでいる。
ゆえにゼロスも思わず低い声をだしてしまう。
「その子、プレセアにつけているエクスフィア自体は珍しいものではない。
そのあたりでよく手にはいる普通の精霊石じゃ。ただ、要の紋に特殊な仕掛けがわどこされている。
その要の紋は抑制鉱石ではつくられておらん。
本来なら数日で行われるエクスフィアの寄生行動を数十年単位に伸ばしているにすぎん。
それでエクスフィアはクルシスの輝石と呼ばれしものに突然変異することがあるらしい。
元々、クルシスで開発されたそれは、かつては被験者も自我をも保っていたらしいが。
実験名をその名もエンジェルス計画。
クルシスの被験者、培養体A012。人間名をたしか……」
その台詞にロイドが目を見開く。
「まさか……アンナ・アーヴィング……」
かすれた声でその名を紡ぐロイド。
「…なんじゃ、しっておるのか?お主はいったい…?その名を知るものはまずいないじゃろうに」
何で、その名前をこのアルテスタって人はしってるんだ?
あからさまに動揺するロイドに対し、
「それで?その培養体の人がどう関係してるのかしら?」
「姉さん!?」
姉もしっているであろうに。
その名がロイドの母親のものである、ということを。
なのになぜ、そんな思いをこめてジーニアスが叫ぶ。
「彼女はある御方と人間牧場から逃げ出したのじゃよ。
…もっととも、その混乱があってこそ、わしもクルシスから逃げだせたのじゃが…
今からそう、四十年以上前のことじゃ……」
「四十年って……」
ジーニアスの声はかすれている。
ロイドの年齢からしてそれはありえないこと。
だとすれば、同姓同名だ、というのだろうか。
しかし、今、たしかにアルテスタがいった実験体の番号は、
クヴァルというディザイアンがいっていたまさにその番号そのもの。
「彼女は唯一の実験の適合者じゃった。
数十年にわたり彼女は副作用をおこすことなく、
彼女の石は、普通のエクスフィアからハイエクスフィアに進化をとげておった。
その身をゆっくりと時を進めるごとく、ヒトと異なる成長の過程でな。
じゃが、あるとき彼女は逃げだした、ときく。とあるクルシスから同じくにげだした御方、とな」
その名を伏せたのは、アルテスタからしてみれば、クラトス・アウリオン。
という人間そのものに敬意をもっていたからといってよい。
あのクルシスの中で、自分達ドワーフにも普通に接してきていた彼。
ふらり。
ロイドの体がふらり、とよろめく。
気のせいでも何でもなく、ロイドの顔色は真っ青になっている。
まさに血の気がひいている状態、といってよい。
「とにかく。そのこともあり、クヴァルは次なる実験にはおいては自我を失うようにと、
要の紋に細工をしろ、と注文をつけてきた。
…わしがクルシスから逃げ出す決心をしたのはそのときじゃよ。
そのとき、クルシスはある事情で大混乱しておった。それに乗じて…な」
クラトスがクルシスから逃げたことにより、クルシスは大混乱に陥った。
何しろ四大天使の…クルシスの幹部の一人の失踪である。
当時の混乱ふりはドワーフ達の居住区にもつたわってきたほど。
「じゃあ、あんたが……」
ロイドの声はかすれている。
怒りとも何ともいえないその声は、何といえばいいのかわからないらしい。
つまりはそういうことなのであろう。
彼が、ロイドの母親の実験にかかわっていたことは明白なのかもしれない。
時間の差がかなり気になりはすれど。
「それをしっている、ということは、あなたはその実験にかかわっていたのかしら?」
「かかわっておったも何も…すでにわししか要の紋をつくれる技術者はいなかったのじゃよ。
ドワーフ達はすでにその技術をユグドラシル様に悪用されないように、
その技術の力を放棄しておった。わしが最後の技術の継承者じゃった。
じゃから、わしが逃げだせば、彼らは愚かな人の命を命ともおもわない実験を
二度と使用しようとはしないじゃろう、そうおもったんじゃが……」
そういうアルテスタの声は震えている。
「では。なぜ?なぜあなたは、またその計画、エンジェルス計画だったかしら?
サイバックのケイトもいっていたけど、あなたはなぜその計画にまた?」
リフィルの追求は緩まない。
ここまで聞いてしまった以上、きちんと正確に知る必要がある。
それゆえの追求。
「…ロディルに見つかってしまったのじゃよ。
命を盾にかつてクルシスで行っていた実験に手をかせ、とな。わしの命などどうでもよかった。じゃが。
わしをかくまってくれていた村の…
オゼットの村人全てを殺されたくなければ、いうことをきけ・・・とな。
奴ら、本気であることを示すため、わしの目の前で一つの家族をっ!笑いながら術でなぶりごろしにっ!」
当時のことを思いだしたのであろう、アルテスタの声はそこで途切れる。
体がわなわなとふるえているのは、怒りのためか、それとも懺悔のためか。
「…その家族でいきのこったのはまだ幼かった一人の子供のみ。
…今はオゼットの村長になっているようじゃが…な」
「村長って……」
あれほどまでのハーフエルフへの嫌悪。
理解したくないが理解してしまった。
まだ幼いときに目の前で術をつかえるもの。
…すなわちハーフエルフによって、家族がそんな目にあっていれば?
しかもその原因がよそもの…つまりは、アルテスタにあったとするならば。
あの村長がよそものをきらっていた言葉にも納得ができる。
できてしまう。
ゆえにジーニアスは言葉をつまらせる。
「…やつらはいったよ。まだ幼いその子供を目の前にして。わしをお世話していた家族の生き残り。
この子まで殺されたくなければいうことをきけ……とな。わしは…素直にいうことをきくしか…なかった」
死んでしまったものたちはいきかえらない。
せめても救えるものを救いたかった。
それは今から約四十年ほど前のこと。
「それでも…今から八年前の一件でわしはやはり間違っている、そう思うにいたったんじゃよ。
…その子の妹までもが被験者として選ばれ…そして死んでしまった一件、でな」
「っ!?」
その言葉にびくり、とリーガルが反応を示す。
「じゃから、わしは要の紋の細工の最中の事故とみせかけて…この手を砕いた」
いって、目の前に両手をつきあげるアルテスタ。
その手は何もしていない、というのに震えている。
右手の甲にいたいたしいまでの傷跡が目立つ。
二度と細工ができないように骨をこなごなに砕いた。
あれから数年たっている今、治癒術をかけてもおそらくは元にはもどらない。
元にもどったとしてももどすつもりはさらさらない。
二度と自らの手でいまわしい技術を復活させない為に。
「簡単な細工物ならばつくれるが、わしはもう精密なる要の紋はつくれはしない。
それでも知識だけはおまえさん達に伝えることはできるじゃろう。
それをもって、他のドワーフに要の紋をつくってもらうしか二人を救う方法はない」
そこまでいい、
「ロディルの奴も、利用価値がなくなったとわかればわしには見向きもしなくなった。
当然じゃな。要の紋がつくれなくなったんじゃから。
じゃが、わしが逃げ出さぬよう、やつらはわしをこの地にとどまるようにいってきた。
もしも逃げ出したりすれば、村人全員を殺す、といってな」
「そんな……」
その台詞をききマルタがかすれた声をだす。
「っ!だ……だったら!作り方をおしえてくれ!」
彼が母親の実験にかかわっていたかもしれない。
その動揺はある。
が、今は何よりもコレット、そしてプレセアを救うほうが先。
彼が作れない、というのならば、ならば。
ゆえにロイドが思わず叫ぶ。
その叫びは自らの心の動揺を別のものにすりかえて平静を保たんとするがゆえのものか。
「人間には無理だ」
そんなロイドにきっぱりといいきるアルテスタ。
「俺はドワーフに育てられたんだ。細工くらいできる!普通の要の紋のまじないならば直すこともできる!
頼む!俺にコレットを…プレセアを助けさせてくれ!」
その場にてがばり、と土下座をするロイドをしばしながめたのち。
「…何か、腕を証明できるものは?」
「ロイド、ほら。あのペンダント」
アルテスタの問いかけにジーニアスがはっと気付いたようにロイドをみるが。
しかしあれはロイドの腕がまだまだ、と証明してしまうようなもの。
それゆえにロイドの顔は暗い。
サイバックで簡単に直しはしたが、それは要の紋を取り付けただけの品。
根本的に作りなおしたわけではない。
「これはダメかしら?この子が壊れていたまじないとかいうのを修理してくれたのだけども」
いって自らの手に装着しているエクスフィアごと要の紋をはずしアルテスタにと手渡すリフィル。
「…なるほどな。まじない原語は完璧だな」
手渡されたそれをそれをしばしアルテスタが注意深く眺めるが、
そこにかかれている天使言語に誤りはない。
「…その首飾り、とやらをみせてみろ」
しばしエクスフィアの要の紋を眺めていたアルテスタがロイドにと視線をむけそういうが。
「…あ、ああ」
先ほどコレットが落したばかりのそれを立ち上がりつつ、アルテスタの手の平の上におくロイド。
「半人前以下。いや、四分の一人前以下。だな」
うけとったそれから感じるのはあきらかに力不足。
だがしかし、思いは強くかんじられるそれ。
「・・・・親父にもそういわれた」
アルテスタの言葉にロイドはうつむくしかできない。
事実、ロイドの目からみてもまだまだ力不足だ、とわかるそれ。
もっと時間をかけてしっかりとつくっておけば。
そうおもってもそれはあとのまつり。
何しろこの首飾りはたったの一晩で作り上げたものなのだから。
コレットの誕生日のことをすっかり失念してしまっていたがために。
突貫でつくってもいいものはできないぞ。
とダイクにいわれた台詞をロイドはふと思い出す。
「だが、心のこもったいい仕事だ。この裏についている要の紋は最近つくられたようだな?」
あきらかに新しく掘られたらしき文字がみてとれる。
要の紋の土台となっている鉱石は古臭い感じをうけるが、文字だけが真新しい。
「…あ、ああ。コレットを元にもどすためにサイバックのバザーとかで手にいれたやつ。
それをもともとあった首飾りにくっつけただけなんだけど……」
ロイドの表情は暗い。
もし、これでダメだ、といわれれば、シルヴァラントのダイクに頼むよりすべはない。
ないが、ダイクがクルシスの輝石とよばれているエクスフィアの要の紋。
それをつくる技術があるのかどうかロイドにはわからない。
アルテスタはさきほどこうもいった。
自分が技術を継承していた最後のドワーフだった、と。
「俺…自分でコレットの要の紋をつくりたいんだ、頼む!」
そのまま、机におしつけるようにしばし頭をさげるロイド。
何ともいえない沈黙がしばし辺りを支配する。
全てはアルテスタの反応次第。
しばしその場に静寂が訪れ、やがて。
深いため息をつく声。
そして。
「お主にきく。お前はどちらかを選ばなければならない、となればどちらを選ぶ?
わしはあのとき、自らの命の選択を迫られ、クルシスに従うことを選んだ。
その選択は今も過ちであった、としかおもえぬ。
かの加護をうけているユグドラシル様だからこそ従った。
それに間違いはない、そうおもっていた。じゃが……
あのとき、村人の命と計画に加担すること。わしはどっちを選ぶべきじゃった?
わしが計画に加担しなければ、失われる命はすくなかったはず。
じゃが、計画に賛同しなければ、村人は一人残らず殺されておったじゃろう」
それは問いかけ。
いまだにアルテスタの中でも答えのでない、永遠の問いかけ。
その台詞にリフィル達もまた表情をくもらせる。
同じような選択をリフィル達はしたことがある。
世界かコレットか。
コレットの犠牲でシルヴァラントは再生される。そうおもっていたあのとき。
しかしそれが偽りでしかなかったとしったときのその思い。
だからこそリフィルもジーニアスも答えにつまる。
つまらざるを得ない。
そんな中、かの加護、という台詞にぴくり、とそれまで黙って聞いていたエミルが反応する。
それはあきらかに自らがミトス達にあたえている世界の加護。
デリス・エンブレムのことを示しているのは明か。
「…そういうときって…そういう時ってどうすればいいんだろうな。
どっちか一つしか選べない。どっちを選んでも誰かが不幸になる。でも、選ばなくちゃいけない」
ロイドはまさにそれで間違えをおかした。
救いの塔で。
世界とコレット、とその選択自体が偽りでしかなかったというのに、
偽りに踊らされたまま、偽りの平和をつかみ取ろうとした。
結果として、コレットは自らの心を閉ざしてしまった。
自分が犠牲になればそれですべてがいいのだ、と。
「…おまえさんは何を選んで何をきりすてたんだ?」
そんなロイドの中に浮かんだ心の葛藤を視通したのであろう。
そんなロイドにとアルテスタが問いかける。
先日の話しの中では詳しくきいていないが、それに関係しているのだろうことは明か。
だからこそ、アルテスタは問いかける。
彼ならばどんな選択をするのか、ということを。
「……何もきりすてない。…でも、答えにならないのかな……
…どっちを選んでも誰かが不幸になる。だったら誰も不幸にならない道をさがす。
探して見つからなかったら、自分で道をつくる。
…なあ、それってもしかしたらすっげえいい答えだったりしないか?」
「質問の答えになっていないな」
答えになっていないゆえにアルテスタが苦笑する。
「何でだよ!・・・いや、俺馬鹿だから、質問の答えになっていないのかもしれない。でも、ほら、な」
あまりといえばあまりのストーレトのロイドの台詞。
「ぶ、はっはっはっ。強いのだな」
まっすぐでいて、それでいて迷うようでいて迷いがない。
かわった人間だ、とおもう。
ゆえに思わず笑いがもれてしまう。
笑ったことなどここ十数年、アルテスタは一度たりとてなかったというのに。
否、クルシスの計画に加担したあのときから、笑みは失われていたといってよい。
感情を切り捨てなければやっていかれなかった。
人の命を犠牲にして生み出す…エクスフィアに携わる、ということはそういうことだったのだから。
「……強くなりたい、そうおもってる。……約束したんだ。一緒にかえるって。だから…たのむ!」
それは、コレットにロイドがいった台詞。
この旅がおわったらイセリアに戻ろう。
そういった。
あのときは、コレットが命をかけているなんて知らなかった。
でも、知らなかった、ではすまされない。
でもその言葉を嘘にしたくない。
それはロイドの本音。
ふたたび、頭をこれでもか、とさげていいきるロイド。
そんなロイドの姿をしばし眺めたのち、やがてさっきよりも深いため息をついたのち、
「……これも、わしに与えられた罪の償い、ということか?わしには時間がない。
しかし、技術が継承されることで救われる命もある…か。……要の紋の技法は複雑じゃぞ?」
その台詞にはっと顔をあげ、
「じゃあ!」
はっとした表情をうかべるロイド。
「よかったね。ロイド」
「やれやれ。これでわざわざシルヴァラントに戻る必要もなくなったな」
ジーニアスが心底ほっとしたようにいい、ゼロスがそんなことをいってくる。
「…シルヴァラントに住まう、ドワーフ。か。まだ地表にのこっていたドワーフが生き残っていたとはな」
そうつぶやき、そして。
「作り方をおしえたとしても、お前がつくれるという補償はない」
「ありがとう!アルテスタさん!ありがとう!」
「こ、こりゃ、はなせ、はなさんか!」
がばり、とそのまま感情のままアルテスタに抱きついているロイド。
「では、準備をするかの。小僧、覚悟はいいか?」
「ああ!」
「…おそらくは時間がかかるだろう。お前達はこの家で出来上がるまで休んでおるがいい。
用事があるのならこの家を拠点にして動いてもらってもかまわん。タバサ。――わしの細工道具を」
「はい」
アルテスタにつられ、ロイドはおそらく作業場になっているのであろう。
部屋の奥にと連れられてゆく。
一方。
「…はぁ。ロイドにまかせろ、と大見えきったはいいけど」
情報集めはまかせな、とはいったが。
相手は飛竜でどこかに飛んで行った。
やはりわかるのは、東のほうにとんでいったという目撃情報のみ。
かたっぱしから聞きこみをしているが、めぼしい情報は手にはいらない。
「コレット、どこにいるんだろうね」
「どこなんだろうねぇ」
研究院にいけばわかるかもしれないが、しかしそれも危険だとおもう。
教皇の手がはいっていない、ともかぎらない。
「シュナイダー院長に協力をもとめるのも、ねぇ……」
彼ならば事情に詳しいかもしれないが、しかし彼もまた教皇の命によって、
あの実験にかかわっているものの一人。
だとすれば、そこから報告がいかないともかぎらない。
ゆえに王立研究所の手助けは望めない。
「ねえ。みずほにいってみたら?タイガさんやくちなわさんたちに情報あつめ手伝ってもらおうよ、ね?」
たしかに情報集めでは随一というみずほの民なれど、一人では限界がある。
ましてや今は一刻をあらそう、そうおもう。
それゆえのコリンの提案。
「しいな、いつまでも昔のこと引き摺ってちゃ……」
「いくよ」
「いくって、どこに?」
情報があつまってくるのは良も悪くも首都。
メルトキオの裏路地にて座り込んでいたしいなが、コリンの言葉をうけていきなり立ち上がる。
ちなみに、オゼットからメルトキオに向かったのは、
ちょうどあった定期連絡船に紛れ込んで移動したにすぎない。
変装や忍んで乗り込んだりすることはみずほの民にとってはおてのもの。
「みずほ。あんたがいったんだろ?」
「…ごめんね。しいな」
いろいろな意味で謝るしかない。
エミルと名乗っているあの御方のこともいえなければ、自分のことも。
あれほどまでに精霊原語や、そしてあの力を近くで感じていて確信したこと。
確実に、精霊ラタトスクに関係している、とそれだけは断言できる。
彼がもちしは、大樹の気配。
大樹の加護をうけしものなのか、それとも、万が一にも恐れ多いがもしかしたら……
そのあたりはいまだにコリンには判らないが。
今はまだいい。
しかし、さいきん、自分のこの仮初めの器が不安定になっているのも自覚している。
まるで自分が自分でなくなってしまうかのような、その焦燥感。
マナが…あの御方が提供するたびに満ちているのがわかる。
器に入りきらないほどのわからない、自分でも理解できないその力。
でも、その力はもともと自分のものだ、という不可思議な確信もあるのもまた事実。
でもその力の意味はいまだ
このままでは自分がどうなってしまうかわからない。
下手をすれば力にまけてこの器が消滅してしまう可能性もなくはない。
自分が消えてしまうかもしれない。
その不安は日に日に
このままずっと、しいなの傍にはいられないであろう。
それは、確信にも近い直感。
しかしそれを
それをいってしまえばしいながどんなに悲しむかわかっているがゆえに。
そもそも、
「いいさ。それにあいつもいってただろ?クラトスのやつが。
みずほの里にいけば道がひらかれる。敵の思惑にのるわけじゃないけど…
でも、クラトスの奴がいうには、何か意味があるような気がするからね」
あのクラトスの真意はわからない。
ないが、おそらくは、自分達にとってあの言葉は害にならないような気がする。
それはしいなの勘としかいいようがないが。
「とにかく、いくよ。
「うん」
チリン。
夜の闇に鈴の音が響き渡り、
人影ともどもテセアラの夜の闇にと溶け消えるように掻き消えてゆく――
pixv投稿日:2014年2月8日某日(Hp編集:2018年4月22日(日)
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あとがきもどき:
次回でコレット救出までいけるかな?