「おちついたかい?」
「ええ。何とかね」
とりあえず時間も時間。
近くの浜辺にて今日のところは野宿をすることにし、野営の準備をしたのはつい先ほど。
しいなの台詞に、ほっと一息をつきつつ返事を返す。
そんなリフィルの台詞に、
「そんで、結局、何がどうなったっていうのさ?」
いまだにゼロスはその全容というか、なぜ二人が無事に逃げだせたのか。
そのあたりの事情がわからない。
先ほどみたあの魔物の大行進に関係がある、のではあろうが。
「そうね。何から説明すればいいのかしら……」
ぽつり、ぽつりと、リフィルがあのとき、何があったのかを語り始める。
語る、といってもあまり語るようなこともない、のだが。
兵士達に連行されてゆく最中、逃げる方法をも考えていた。
リフィルのもつユニコーンホーン、それを兵士が奪おうとしたが、
杖にふれるたびに、なぜか気絶する兵士達。
ユニコーンホーンそのものに、グラスの魂…すなわち、ユニコーンの魂が宿っている以上、
資格がない、と判断したものには彼はその身を触れ差すことは許さない。
もっともそこまで詳しいことはリフィルは知らない、のだが。
ともかく、杖を奪うこともできず、なら教皇に指示を仰がんとばかり、
杖をそのままで連行し、その視線の先に橋がみえてきたあたり。
突如として、地上に巨大な影がおちてくる。
それとともに、リフィルもどこか聞き覚えのある鳥の鳴き声らしきもの。
「何だ!?あれは!?」
「鳥!?」
「まさか、あんな巨体な鳥は…っ」
上空を振り仰ぎ、兵士達がそれにきづき、何やら騒ぎはじめるが。
それと同時、突如として、バサバサ、という音とともに風が周囲にたちあがる。
振り仰いだその先にみえていた鳥がバサバサと音をたてながら、
地上に降下してきている様子が嫌でも目にはいり、
「あれは…まさか」
「……やってくれる、わね。あの子、人目があるのわかってるのかしら……」
あの鳥を使役できるのはリフィルもジーニアスも一人しか思いつかない。
やがて、上空にいたはずの巨体ともいえるその鳥が降りてくるのをみてとり。
「ま、まさか、あの特徴は!?」
「あれは…まさか、伝説の?!」
「まさか、ありえない!」
動揺した兵士達の声。
「そういえば、このものたちは神子とともにいた…まさか。
天が我らの行動に…いやまさか。教皇様のいうことは絶対。
教皇様の指示に従っていれば天の怒りをかうようなことも……」
とまどったような、震えたような兵士の声。
そして、ほぼそれと同時。
「――ゆけ」
どこからともなく低い、それでいて重苦しい声がしたとおもったその刹那。
ドドド……ドドドドド…
ふと先にある地面が淡く輝いたように見えたかとおもうと、刹那。
それまでそこにいなかったはずの魔物の大群が発生し、
その魔物達は、そのままリフィル達のほうにむけて走ってくる。
「ま、魔物!?」
「うわぁ!?」
「え?」
「きゃっ」
混乱した兵士達の合間を縫って、ふとリフィルとジーニアスの体が浮き上がる。
みれば、鳥の魔物…どうやら黒き鷲のような姿をしている鳥、らしいが。
鋭いツメにて二人の体はがっしりとつかまれ、そのまま上空へと持ち上げられてしまったらしい。
そんな二人の視線の先、すなわち地上においては、
リフィル達を連行していた兵士達が魔物達に巻き込まれ、
そして
『うわぁぁ!?』
「…あ、なんか、数名、海におちてない?あれ?」
勢いのまま、海の中におちている兵士らしき姿が眼下にみえ、思わずぽつり、とつぶやくジーニアス。
魔物に捕まえられている状態だ、というのになぜか怖くない。
しばらくすると、ぴたり、と魔物たちが停止する。
そして。
「リフィルさん。ジーニアス。何があったの?」
ゆっくりと、二人の体が地上に降ろされるとともに、
彼らの目の前にみおぼえのある巨大なる鳥…
伝説の鳥シムルグとよばれし鳥が、ゆっくりとおりたってくる。
その背から飛び降りてくるは、ノイシュの背にまたがったエミルの姿。
「やっぱり、エミルなのね……」
その姿をみてため息をつくリフィル。
だとすれば、この周囲にいる魔物は、まさかエミルが呼んだ、ということ、なのだろうか。
「御苦労さま。レティス」
「では、私はこれで」
レティス、と呼ばれし鳥がエミルの声とともに、刹那。
その体が瞬く間にと光にと包まれる。
あまりの眩しさに目をつむってしまったリフィル達は気付かない。
レティスの体が光につつまれ、小さな鳥に変化した、ということに。
「びっくりした。あれ?あの鳥、またいなくなってる…それより、エミル、この魔物達…何?」
ジーニアスがおっかなびっくり、という感じで周囲をみつつきいてくる。
ぐるり、と取り囲むようにしている魔物達。
どうやらまったく敵意はないらしい、が。
魔物にぐるり、と取り囲まれている、というのはあまりいい気分ではない。
「え?何か兵士っぽい姿もみえたから。
この子達にも手伝ってもらおうとおもって。お願いしたんだけど。
なんだか、この先にある森の子達がほとんどやってきちゃったみたいだね」
「「いや、森からって……」」
さらり、といえエミルの台詞にジーニアスもリフィルも何とこたえていいのかわからない。
予測はしていた。
エミルが何かいえば、もしかしたら魔物達は素直にいうことをきくのではないか。
そんな懸念。
リフィルの懸念通りというべきか。
実際に、魔物達は次なる言葉…命令と魔物達は捉えているのか、
それとも普通のお願い、と捉えているのか。
それはリフィルにはわからないが。
しかしこれだけはわかる。
エミルが何か行動、すなわち何か指示しない限り魔物達は自分達の周囲を取り囲み、
それぞれ地面にべたり、と座り込んでいたり、はたまた伏せをしていたり。
その行動を止めることはないだろう、ということが。
「で、魔物達を森にもどすついでだから、というので。
私たちもノイシュの背にのって…で、さっきのことになるのよ」
盛大にため息をつきながら、エミルがいれたハーブティーを口にと含む。
「おいおい。冗談はよしとくれよ。リフィル様ぁ。
魔物にいうことをあのエミル君がきかせられるってか?」
「ゼロス…事実は時には信じられないこともあるんだよ」
首をすくめつついうゼロスに、しいながふと遠くに視線をさまよわせながらぽつりとつぶやく。
あの巨体の鳥である。
もしも来たときと同様に、橋にまだ作業員達が多々とのこっていたとすれば。
想像すらしたくない。
そんな思いをこめてしいながつぶやくとほぼ同時。
「皆~。ご飯ができましたよ~」
少し離れた先にて、ぐつぐつと鍋を煮込んでいたエミルがそんな彼らにと声をかけてくる。
すでに流木などで野営をするための薪はそろっている。
「お。うまそうな匂い」
その言葉をきき、ロイドがエミルのほうへと近づいてゆきつつ、
「ロイド達は何かとれた?」
「おう。いろいろとれたぞ!」
浜辺という理由から、夕食のおかずになる食材を海にて採取しており、
流木の先を鋭く削り、簡単な銛にして魚を取っていたロイド達。
その手には蔓でくくられたいくつかの魚がみてとれる。
「なら、焚火の横で焼けばいいよ。串をつくって刺せば問題ないだろうし」
「だな。お、いい匂い。今日はカレー、か?」
「うん。そこのサイバックで食材を購入してたからね。
海の幸が多かったから、今日はシーフードカレーにしてみたよ?」
エミルが毎回おもうのだが、どこから取り出しているのかわからない巨大な鍋。
その鍋をかき回しつつもそんなことをいってくる。
このあたりは流木がよく流れきているらしく、そういった材料には事欠かない。
エミルがそれぞれの容器にカレーをよそい、それをマルタが手伝いがてらそれぞれに配ってゆく。
やがて、全員に行き渡り、
「「「いただきます」」」
食事の前にロイド、ジーニアス、マルタが同時に手をあわせ言葉を発する。
それは、シルヴァラントのものが常にいわれていること。
食事とは命を食べることなので、食事をするときは、
その命を食べる、感謝の言葉をかけて味わうべきだ、と。
「あれ?リフィルさん?口にあいませんでした?」
「いえ。それはないわ。…あいかわらず、ね」
カレーの中にとはいっている海鮮類。
それら一つ一つがみごとな細工が施されている。
たとえば、エビ一つとっても、ちょっとした細工が施されており、
味が染み込みやすいように、という配慮からなのか、はたまたただこっているだけなのか。
ともあれ、エビ、という形の原型すらとどめていない。
ちなみに、器にしているのは、蟹の甲羅らしく、かなり大きめの蟹であることがうかがえる。
カレーとともにだされたサラダの中に蟹の切り身らしきものがまぶされていることから、
おそらくこの蟹もまた食材の一つにつかったのであろうことは予測がつくが。
たしかに、野営の準備をはじめたのは夕方。
すでにもう日は完全に暮れており、エミルが自分が食事の用意をする、といい、
止めるまもなく用意を始めたのをうけ、野営の準備を始めた、のであるが。
それをうけ、ロイドが何かとってくる、といい、
ジーニアスをあるいみ強制的にひっぱっていき海にとむかっていったのはつい先ほど。
「そういえば、ありがとうね。ロイド」
魚をロイドが細く削った木々にさし、
ロイドが刺したそれを焚火の周囲にさしながら顔をふせつつぽつり、とつぶやくジーニアス。
「うん?何がありがとうなんだ?ジーニアス」
いきなりありがとう、といわれ、ロイドにはその意味がわからない。
「僕たちが連れていかれて、すぐに助けにきてくれてたみたいだから」
「当たり前だろ。仲間なんだから。
それに、ジーニアスは俺の親友だし。先生は俺の先生だし。
もっとも、お前達を助けたのは俺じゃなくてエミルだったけどな」
「うん。でも、ありがとう。ロイドの気持ちが、僕、嬉しいんだ」
そこまでいい、ふと、
「そういえば、ロイド達もつかまってたんだよね?どうやって逃げ出したの?」
たしか自分達が連れていかれるとき、地下に軟禁とか何やら、
不穏な台詞をあの兵士達がいっていたような気がする。
そんなジーニアスの疑問に、
「ああ。地下にいたケイトって人が俺達を逃がしてくれたんだ。
そういや、ジーニアス達を助けたら一度つれてこいっていわれてたっけ」
彼女がどこまで研究に…エンジェルス計画にかかわっているのかロイドは知らない。
が、プレセアを実験体から解放云々、という台詞がでてくる、ということは。
その研究にかなり深くたずさわっているものかもしれない、という予測はつく。
「そういえば、テセアラ組は?あたしたちが共に行動していてもいいのかしら?」
そんな二人の会話がきこえ、ふと思い出したようにリフィルがゼロスとしいなに問いかける。
「愚問だね。前にもいったとおもうけどさ。
あたしは、みずほの民っていうちょっと毛色が違った一族だしね。
あんたたちとかわりはしないよ。それにあたしの古い御先祖様にも、
どうやら資格があることから考えてエルフの血が入っているらしいしね」
召喚の資格をもつものは、エルフの血をひいていなければできない。
そのように認識されている。
ヒトにとってのそれは常識。
もっとも、ヒトが常識、とおもっているそのこと自体が実は間違い、なのではあるが。
しかし、あるいみでエルフの血云々、という事柄は間違ってはいない。
あのとき、この大地に降り立ったとき、器をもちし生物は、
たしかにエルフ達といったもの、もしくは魔物達くらいしかいなかったのだから。
彼らの会話をききつつも、エミルはそのまま鍋をかきまぜていたりする。
「ま、俺様としては…正直、まったく平気ってわけじゃないが…
俺様も天使の血をひくとかいわれているしな。ま、お互いさまさ」
しいなの横にいたゼロスがリフィルの問いかけに答えているが。
「しかし、エミル君のつくる料理っていつもこんなに手がこんでるのか?」
サラダにはいっている人参などもことごとく細かな細工がなされている。
そもそも、サラダにはいっているダイコンに、
細かな白鳥の細工が施されているものがはいっているのはこれいかに。
あるいみでちょっとした芸術品。
「・・・・・・・・・私は、案内と、そして帰るだけ」
ぽつり、とプレセアがその手にサラダの入った容器をもちながらそんなことをいっているが。
「そう。…わかったわ」
二人の返事にリフィルはそのまま顔をふせる。
「それに、俺様はおまえらの監視役、だしな」
ゼロスは彼らの監視をレネゲード、そしてクルシス、その両方から命じられている。
ついでにいえば、クラトス、という個人からも。
「そういえば。しいな、見回りにいってくるっていってたけど。
あれはどうなったの?レアバードの燃料の件はさ」
全ての魚を焚火の周囲に配置したらしく、ジーニアスがしいなにとカレーの容器である、
蟹の甲羅をもちつつも、気になっているらしくといかける。
「ああ。あれかい?
きけば、あそこよりメルトキオの精霊研究所のほうがいいだろう。そういわれたよ。
この辺りは落雷がここしばらく続いているから、何でも電源となるのが不安定、らしいよ」
そこまでいい、
「…あたしがシルヴァラントに向かう少し前から異常気象が目につきだしてね。
あたしはそのままシルヴァラントにむかっちまったからよくわかんないんだけどさ」
しいなが首をすくめつついうと、
「おまえがあっちにいってから、異常気象はものすごくひどくなってたからな。
晴れているのに常に雷は鳴りひびくわ。
一時、フラノールの雪すら溶けかけてたってほどだぜ?氷の洞窟に一時入れなくなったらしいし、な」
ゼロスがそんなしいなに補足するかのようにいってくる。
そういえば、あのとき、グラキエスを迎えにいったとき、グラキエスの波動にて、かの地の雪がとけ、
雪崩がおこったらしく、入口が封鎖されていたっぽいが。
おそらくこのゼロスはそのことをいっているのであろう。
「しかも。だ、ある時を境に、ぴたり、とマナが安定したっていうしな」
「マナが?」
「おうよ。これまで不足気味でしかなかった、
風、火、水のマナ。他のマナとともに安定した数値になったらしいぜ?
今は精霊研究所はその変化が何を意味するのか。
メルトキオの研究所は国王の命でそれらを調べているはずだ」
センチュリオン達が全員覚醒し、さらには力を取り戻したがゆえに、世界のマナは安定している。
しかしその事実をヒトは知らない。
「そういえば、ある時を境に、シルヴァラントでもマナが異様に安定したっけ。
それまでものすご~~~く薄くしか感じなかったマナなのに。
ある時を境に濃くなったんだよね。こっちのマナと感じる濃度は同じくらい、かな?」
ジーニアスがふと思い出したようにそんなことをいってくるが。
「それをいうなら、ハイマ、ね。
あれほど緑は育たない、といわれていた不毛の大地でしかなかったのに。
なぜか緑にあふれた大地になっていたわね。ピエトロを治療したあと」
「あそこはよく、魔物とかの襲撃をうけている街、ともいわれていたのにね。
たしかに、短期間でものすごい草木が育ってたよね。
しかも、あの地にいったときマナが充実してたの感じたんだけど。姉さん」
「それは私もよ」
そんな彼らの会話をききつつも、どうやら話しの方向があまりよくない方に向かっているらしい。
ゆえに。
「あ、おかわりもありますよ?」
自然な形でそんな彼らの会話を遮り、声をかけるエミルの姿。
「あいかわらず、エミルの料理って、なんかものすごくおいしいよね。無駄に材料の細工もこってるし」
「私としては、この料理から感じる普通よりも多く感じるマナ。それが気になるわ」
なぜかエミルが作りし料理、もしくは飲み物。
それらは他の普通の料理と違い、気のせいでもなくマナがより多くかんじられる。
そこにエミルの本質が隠れているのではないのか、というのがリフィルの予測。
もっとも、よもやエミル自身がマナを産みだせるがゆえ、
そのようになっている、などとは到底、思いつきなどもしないのだが。
~スキット~
ゼロス「しかし、リフィル様とがきんちょが本当にハーフエルフだったとはなぁ」
ロイド「何だよ。おまえまで差別するつもりか?」
ゼロス「そういうけどな。産まれたときからこっちはそういう教育を受けてるんだぜ?
ハーフエルフは愚かで野蛮でけがらわしい生き物だって」
ロイド「おまえ!」
ゼロス「怒るなよ。一般論だ。が、ここテセアラではそのように教育をうけてるんだ。
それを忘れるんじゃねえぞ?」
ロイド「何だよ。それっ」
ゼロス「だから、怒るなって。まあ、まだちょっとしか一緒にいないけど、
リフィル様もガキんちょも俺達とかわらないいい奴だってことはわかるぜ」
ロイド「なら、いい」
ゼロス「わかってても割り切れないのが差別ってやつの根本なんだよなぁ」
エミル「そもそも、身分なんてつくったのもヒトでしかないのに。
ヒトがいう貴族とか王族とか、元々は同じヒトでしかないというのにね」
ゼロス「おいおい。エミル君。それをいったら身も蓋もないっしょ」
エミル「でも事実でしょ?」
この地に降り立ったときには、諸悪の根源になるであろうそんな制度は
二度とつくらないようにしよう、とエルフ達は確かいっていたはずなのに。
いつのまにか時とともにその誓いも失われていき、
再びこの大地もまた戦乱にとむかっていってしまった。
それが今をもってしてもつづいているこの現状。
どうして人は手をとりあうことができるであろうに、それをしない、のだろうか。
互いを認めあうこともまたヒトはできるはず、なのに。
それをしないどころか排除しようと動き出す。
それが国や村、などといった団体になればその動きはより激しくなってゆく。
エミル「…本当に、ヒトは…どうして……」
ゼロス「?エミル君?おまえさん、いったい……」
ロイド「そう、だな。コレットがよくいっていたように。皆が仲良くできればいいのに、な」
※ ※ ※ ※
「とりあえず。しいな。ヴォルトと契約してみてはどうかしら?」
「ヴ、ヴォルトかい!?」
ふと思いついたように手をとめてしいなにむかっていうリフィルの台詞に、
なぜかしいなの声が裏返る。
「しいな?」
「な、何でもないよ」
マルタが首をかしげ、そんなしいなの顔を覗き込むが、
しいなはあわてて目をそらし、動揺を押し殺すかのように、
手にしていたカレーをいっきに口の中にと押し込んでいるが。
「メルトキオに戻らなくても。あなたが精霊と契約すれば問題はないのではなくて?」
「そ、そりゃあ……」
「あなたがいっていた方法。たしかに理にかなっている、とはおもうわ。
精霊達がマナの循環を契約によって行使している、のならば。
その契約を上書きしてしまえば、マナの搾取はなくなる…あなたの考えはたしかそう、だったわね?」
シルヴァラントでしいなが提示したその方法。
「こちらにはどんな精霊がいるのかしら?」
「ここか?テセアラの精霊の封印の場は四つ、だぜ?
雷の神殿、地の神殿、そして氷の神殿と闇の神殿、だな」
いいつつも、腰にさげている袋の中から一枚の羊皮紙らしきものをとりだし、
「今、俺様達がいるのがここ」
ゼロスがとりだしたのは、どうやらここ、テセアラの世界地図、であるらしい。
地図にはいくつかの文字が書き込まれており、主要とおもわれし場所の名が記されているらしい。
「この、点は何?」
地図にとある、大陸と大陸の間にある点のようなもの。
「これが、グランテセアラブリッジさ。
こっちの、フウジ大陸とアルタミラ大陸。それを繋いでいる橋さ。おまえらもとおっただろ?あれさ?」
「ああ、あの無駄に異様に長かったあの橋…本当に大陸同士をつないでたんだ」
いくら進んでも先がみえなかった橋のことをジーニアスは思い出す。
リフィルなどは、なるべく橋の下のほうをみないようにしていたが。
何しろ橋はおもいっきり海上をまたいでかけられており、
橋から落ちればそれこそ下には海が待っている。
「んで、俺様達がいるのが、今はここ。だ。
んでもって、ここ、テセアラにいる唯一のドワーフがここ、ガオラキアの森。
そこに住んでるといわれてる。プレセアちゃんはそのための道案内だな」
ゼロスが地図を地面におきつつ、指をさしつつも説明してくる。
「へぇ。こっちはいくつかの大陸っぽいのがあるんだ」
「おまえさんたちのほうはどうなんだよ?」
「私たちの世界、シルヴァラントの世界地図はこれ、よ」
いって、リフィルがイセリアを出発するとき、
ファイドラより預かっていた地図をゼロスがおいているテセアラの地図。
その横にと並べるように取り出しておいているが。
「二つの世界の大陸のありよう、まったくやっぱり違う…んだね。あれ?でも、ここ・・・」
マルタがふとその言葉にきづき、二つの地図のそれぞれ一点を指し示す。
「ええ。そうね」
それぞれの地図に書かれた共通の言葉。
救いの塔。
それが、テセアラの地図にも、そしてシルヴァラントの地図にものっている。
「もし、世界が精霊達のいうように、一つ、だったとするなら…少しいいかしら」
いって、二つの地図を重ね合わせ、リフィルがくるり、と地図の向きをかえつつ、小さく一部を折り畳む。
「救いの塔が同じ構造物とすれば、こんな感じかしら?
…確かに、すこし大陸が移動さえすれば、二つの世界はぴったりと重なる、わね」
そこにある街などを無視して大陸という形のみでみてみれば、
たしかに一つの世界地図のようなものが出来上がる。
もっともそれは確定的なものではないにしろ。
「かつて世界が一つであった、というときの地図がたしか……」
「そういえば、姉さん、モスリンさんからもらってたね」
彼から預かったのは、かつての世界の在り様をしめしたもの、だという。
「モスリン?」
そんな名などきいたことがなく、ゼロスが首をかしげるが。
「ああ。ちょっとした事故でね。ここにくる途中。
…竜巻に巻き込まれ、伝説といわれていた空中都市エグザイアにたどり着いたんだよ。
そこの町長からもらったかつての世界地図、とかいうやつさ」
ゼロスの素朴なる疑問に完結にこたえているしいな。
三つの地図を地面におき、しばし眺めたのち。
「やっぱり、だわ。おそらく、精霊の力をつかって大陸を移動させたのち。そして世界を切り離した…のね」
そうすればつじつまがあう。
本来かつてあったという世界の姿と、今現在、二つにわかれている世界の姿。
「なあ、この二つの世界、シルヴァラントとテセアラ。こっちの形に元にもどすことはできないのか?」
ロイドが三つの地図をみながらそんなことをいってくるが。
「おそらく、可能だとおもうよ。精霊もいってただろ?契約のもとに二つに世界はわけられたってね。
なら、新たな契約で世界を元に戻してほしい、といえば」
「問題は、モスリンさんからきいた、精霊オリジンの所在、ね」
オリジンの力をもってして世界は二つにわけられた。
モスリンはたしかにそういっていた。
「おいおい。なんだか話しが大きくなってないか?しいな?」
そんな彼らの会話をききつつ、ゼロスが首をすくめつつ、しいなに問いかけるが。
「すくなくとも。マナの搾取を停止すれば、どちらかの世界のマナがなくなっちまう。
なら、元々本来の姿というこっちの世界に戻す方法があるなら。
その方法を試してみるのも手じゃないのかい?
すくなくとも、そうすればマナの搾取もなくなり、
テセアラ、そしてシルヴァラント。どっちの世界も滅亡しなくてすむ」
しいなの台詞にしばし考え込み、
「二つの世界…ねぇ」
誰にいうともなくぽつり、とつぶやくゼロス。
クルシスから聞いていた事実と何やらしいなたちがいう事実。
それにどうやら隔たりがある模様。
しいなが嘘をいっているようにはみえない。
そして、しいなが精霊云々、といっていることから、精霊は嘘をつけない。
だとすれば、嘘をついているのはクルシスのほう、ということに他ならない。
ゆえにゼロスはしばしその場にて思考を巡らせる。
レネゲード、クルシス、二つの陣営にそれとなく接触をとっている。
しかし、もしもしいながいうように、こいつらがいう方法があるのなら。
「神子による犠牲もなく、世界が元の姿にもどるんだ」
マルタの素朴なる呟き。
あの救いの塔で数多な神子のなれの果てをみているがゆえに、
マルタもいろいろと思うところがあるらしい。
「けど、あのユグドラシルってやつが素直に行動を許すかどうか、だよね。
クルシスとディザイアンを統べてるってあいついってたし……」
ジーニアスが救いの塔での出来事を思い出し、ぽつり、とそんなことをつぶやくが。
「そうね。すくなくとも。クルシスがマーテルの器を欲している以上。
世界が二つに分けられて、衰退世界と繁栄世界。
そのような世界であるからこそ、生贄である神子が生み出されているのだもの。
たしかに阻止してくるでしょうね。それこそこれまでそれを行わなかったものがいない。
とはいえないもの。おそらくは、それにきづき行動したものたちは、
これまでの四千年、という時間の中で闇に葬られていっていたのでしょう」
「四千年…か」
「?エミル?どうかした?」
「ううん。ただ……何でもない」
ぽつり、とづふやくエミルの顔を覗き込むようにしてといかけるマルタ。
しかしそんなマルタの台詞にエミルはただ首を静かに横にふる。
あのとき、自分が目覚めたあのとき。
テセアラとシルヴァラントの間の差別はものすごかった。
ヒトをヒトとはおもわないテセアラのマーテル教の祭司の態度。
まとめるものがいなくなった権力を、影響力をもつものほど、
ヒトはロクでもないことをしでかしてしまう。
宗教、というものは、時に人を残虐非道にまで貶める。
それこそ、自分達のおしえが絶対だ、という妙な信念のもとに。
翌朝。
ロイド達を逃がしたという女性が二人を助けたあと、訪ねてきてほしい。
そういっていた、というのをきき、ならば朝早くに行動したほうが、
騒ぎにもならないだろう、というリフィルの提案した意見のままに、
朝も早く、野営の後始末をしたのちに、再びサイバックの街にとはいっている一行。
ノイシュは街の外にレティスとともに待機しているようにいったので、何ら問題はない。
「ノイシュのやつ、エミルのいうことだけはあいかわらず素直にきくんだよな」
街への入口にさしかかるとともに、ロイドがそんなことをいってくる。
「とにかく。その隠し通路、というのは……」
そんなロイドにリフィルが問いかけようとしたその直後。
「アステル!?アステルじゃないか!いつメルトキオからもどってきたんだ!?
あのハーフエルフに何かされなかっただろうな!?
いつもいってるだろ?ハーエフルフと仲良くしてもろくなことにはならないって!」
前のほうから歩いてきた、白衣に眼鏡をかけた金髪の男性が、
なぜかエミルのほうをみつつ、駆けよってくる。
「あ、あの?すいません。人違いじゃあ……」
「何いってんだよ。アステル、だろ?あれ?髪がのびてるけど。
そうか、お偉いさんから頼まれてたという増毛薬が完成したのか?」
…何やってるんだ。
アステルのやつは。
首をかしげつつ、いってくる男の言葉に、思わず内心そんなことを思うエミル。
せっかく髪の長さをかえている、というのにそれだと意味がない。
というか、あの人間、そんなことまで手掛けていたのか。
そういえば、あの千年の間、リヒターが時折、
アステルが変な薬品とかをつくりあげたことがあったとかいっていたような。
それらの内容はうろ覚えであるが。
詳しく聞く前に、たしかリヒターは話題をそらしたはずである。
「あのハーフエルフの髪をきって、実験すればよかったのに」
しみじみと何やらそんなことをいってくるが。
「ちょっとまちな。って、そうか。こいつどっかでみたような気がしたけど。
あの王立研究院きっての天才学者、アステル君ににてたわけか。道理で」
そんな男性の台詞に、思い当たるところがあるのであろう、ぽん、と手をたたき、
そんなことをいっているゼロスの姿。
「アステル?ってたしか、若干九歳で王立研究院に所属したとかいう?
たしかあまりの聡明さにハーフエルフじゃないか、と親にうとまれ、
半ば売り渡されるように研究機関にはいった、っていう、あの?」
しいなが記憶をたぐりよせながら、そんなことをいっているが。
「うん?アステル…じゃない、のか?そういえば、雰囲気が違う…?」
さすがにおかしい、と気付いたのであろう。
困惑したような男の声。
そして、ふとゼロスに気づき、
「み、神子様!?こ、これは失礼しました。
あ、あの!私は神子様に仇名そうとは一切おもっていませんので!はい!」
もののみごとにその場にて、地面に頭がつくのではないか、
というほどに頭をさげて何やらそんなことをいってくる。
「昨日の騒ぎは伝わってないのかい?」
「それはもう。橋に出向いていたものがいうには。
神子様のお連れ様を教皇騎士団が連行しようとしたときに、
天から伝説の神鳥シムルグがあらわれ、騎士団達に罰をあたえた…と」
「「・・・・・・・・・・・・・」」
震える声でそういってくる男の言葉に思わず顔をみあわせてだまりこむしいなとリフィル。
「教皇騎士団が神子様に罪をなすりつけようとしたのをみていたものもいますし。
まさか、かつてのスビリチュアの再臨になるのでは。と。
で、ですから!私たちは神子様にたてつくようなことはいたしませんので!はい!」
頭をさげつつも、体を震わせつつそんなことをいってくるその男性。
「スピリチュア?たしか、世界を平和にしたとか、いう?」
「そっちじゃそうかもしれないけどね。こっちじゃちょっと違うんだよ。
そっか、このエミルって子、どっかであったような気がしてたんだよね」
「その格好からして、もしやあなたはしいなさん、ですか?
召喚の資格をもちし、人工的に生み出された
でしたら、出会っているかと。アステルは精霊研究の一人者、ですので。
しかし、本当にアステル、じゃないんですか?そっくりなんですけど。双子か何かですか?君?」
「え?エミルにそんなにそのアステルって人、似てるんですか?」
マルタが気になるらしく、そんな男性にと問いかけるが。
「そりゃあもう。髪を短くし、雰囲気を少しかえれば、当人で通りますよ。
で、アステルの親戚、もしくは兄弟、ですかな?神子様、この子は?」
「そこんとこどうなのよ?エミル君?」
「え?僕にそういうのはいませんし……」
ゼロスの問いかけに苦笑しながらも返事を濁す。
そんなエミルをみつつ、
「でもおかしいじゃないか。エミルはシルヴァラントの人間だろ?
アステルはこっち側の人間だし。まさかリフィル達みたいに異界の扉から?」
しいなが何か思いついたのか、そんなことをいっているが。
「異界の扉。ですか。そういえば知ってますか?
かの地が、ある時を境に緑豊かな大地になっている、というのを。
それをうけて、アステルはハーフエルフのリヒター、という輩とともに調べに出向くのに、
精霊に関係してるかもしれない、というので、王都メルトキオの精霊研究所に出張、しているんですけど」
…そういえば、自分が外にでたときのマナの解放で、あの地に緑が蘇っていたような。
本来ならばごろごろとした巨大な岩のみがあるはずのあの島。
蝶として実体化し外にでたときに自らの体より降り注いだマナの影響によるもの。
「アステルがいうには、そんなことができるとすれば。
それは古の、大樹の精霊だ、という文献であったラタトスクなんじゃないかって…」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ちょっとまて。
自分のことにたどり着いたのは、世界再生より後、ではなかったのか?
その台詞をきき、思わず黙りこむ。
そんなエミルとは対照的に、
「ラタトスク?それってたしか、以前船できいた……」
「古代の大樹の精霊、の名ね。その精霊に関係してる、と?そのアステルって人は?」
ジーニアスが思いだしたようにいい、リフィルもまた、
その名に反応したのか問いかけているのがみてとれる。
エミルからしてみればあまりそのことについては触れてほしくないのだが。
かといって、ここで会話を途切れさせるのはあまりにも不自然。
「わかりません。ともかくアステルはいろいろと突拍子もない研究をしているのでも有名ですし。
ところで、神子様、それにみずほの里のしいなさん。
何かこの街に御用ですか?昨日、神子様方が訪ねてきた、という話しは知ってますが」
もっとも、その最中、教皇騎士団が暴走した、というのが街の人々の認識。
「騎士団が昨日行った暴走は、街の人々は見なかったことにする。という意見で一致してますしね」
何やら男がそんなことをいってくる。
「触らぬ神にたたりなしってか」
「少しまって。大樹の精霊?ここではその精霊のことを調べているの?」
しいなが苦笑まじりにつぶやくとともに、リフィルがしばし思案したのち、目の前の男にと問いかける。
「ええ。もっとも、残されている資料があまりに少ないらしくて。あなたも、精霊に興味がおありで?」
「ええ。私も僭越ながら学者をしておりますの。もっぱら専攻は古代遺跡、ですけども」
「それはそれは。すばらしい。でしたら、一度、異界の扉。
とよばれし、アルタミラの先にある場所にいってみるとよろしいでしょう。
もしくは、精霊達の神殿、ですね。雷の神殿は次元が狂っている現象がおこり、
立ち入りするには許可が必要となっていますが」
そこまでいい、
「は。長話を失礼いたしました。神子様はお急ぎでしたでしょうに」
ようやく自分が急いでいることに気付いたらしく、はっとしたようにいってくる。
「いんや。気にすんな。んで、おまえさんはこんな朝早くにどこに?」
「ええ。昨日、魔物たちが突如として森から出てきて、また森にもどったという目撃情報がありまして。
魔物達の生体に何かおこっている、もしくは森に何かあったのでは。
というので、森の調査に向かうところです」
「調査って、あんた一人でか?」
思わずその台詞にロイドが反応し、問いかけるが、
「いえ。おはずかしながら、自分の研究が少し時間がかかってしまいまして。
すでに先発隊は先にむかっているのです。私は後者です。
これを彼らに届けなければいけませんので」
手にもっている箱のような入れ物を指差しいってくる。
「それは?」
「マナの測定装置です。魔物に何か変化があるのならば、
すくなからずマナにも何かの変化があるはず、ですので。
ああ。そうだ。神子様。シュナイダー院長が気にかけておられました。
自分が留守にしている間に神子様をよりによって自分が任されている地にて
暴走をしたものがいる、とおききしたらしく」
「シュナイダーは今いるのか?」
「いえ。シュナイダー様は今、雷の神殿に出向かれておられます」
「んじゃまあ、よろしくいっといてくれ。おまえさんも急がないといけないんじゃないか?」
「あ、は、はい。それでは、神子様、そして皆さまがた。
御引き留めしてすいませんでした。ではしつれいいたします。
アステルのそっくりの君も、わるかったね。しかし、よくにてるなぁ。
世の中には三人は似た人がいる、というけどまさにそのとおり、だよ」
しみじみとエミルの顔をみつめたのち、頭をさげ、
そのまま彼らの横をすり抜け、街の外にとでてゆくその男。
そんな彼の後ろ姿を見送りつつ、
「んじゃまあ、こそこそしなくても問題ないってことだね。あいつが言うとおりだとすれば」
首をすくめつつしいながつぶやき、
「なら、ガオラキアの森にいくには、いろいろと準備も必要なんじゃねえの?
ここ、サイバックでいろいろと準備していったほうがいいだろうな」
そんなしいなの台詞にゼロスが続けざまにといってくる。
「でも、そのアステルってひと、そんなにエミルと似てるのかな?
エミルみたいな素敵な王子様みたいな人が他にいるなんて信じられない」
「王子様って……」
マルタの言葉にロイドがつぶやき、
「僕、それより、あの人のいったことのほうが……」
「きにすんな。ジーニアス」
「でも」
――いつもいってるだろ?ハーフエルフと仲良くしてもロクなことにはならないって。
先ほどいった男の言葉が、いまだにジーニアスの脳裏にこびりついている。
「あんないい方、ないんじゃないかな。私もそうおもう」
マルタがそういうが、そういえば、とおもう。
あのとき、マルタもハーフエルフ似にたいし、あまりいい感情をもっていなかったはず、だが。
それは母親が死んだのち、ブルートがハーフエルフに攻撃をうけ、
一時生死をさまよったことに起因していたりするのだが、そこまでの詳しい事情はラタトスクは判らない。
「…あれは……」
ふと前のほうからみおぼえのある気配が近づいてくる。
思わずそのことに気づき、ロイドが声をあげるとほぼ同時。
「クラトス!?」
街の外にでようとしていた、のであろう。
ちょうど街の入口付近で立ち止まっていた一行と思いっきりすれ違う形になってしまう。
街のほうから歩いてきた赤い髪の男性…クラトスのほうもどうやら予想外、であったらしい。
珍しくその眉が一瞬ひそめられる表情の変化がみてとれる。
ロイドはロイドでその姿をみるなり、一瞬で顔を怒りで紅潮させているが。
「くっ。コレットをつれていくつもりか!?そうはさせないぞ!」
いいつつも、背後にコレットをかばうようにしコレットの前にでて、
街の入口だ、というのにいきなり剣を抜き放つ。
「…街の中でおまえとやりあうつもりはない。
というか、街の中で剣を抜くな。おまえはそんなこともわからないのか?」
そんなロイドに対し、どこか気のせいではなく軽くため息をついたのち、
すばやく剣を鞘ごとひっつかみ、その反動のまま、ロイドの剣を振り払う。
「うわ!?」
クラトスの剣の鞘によって振り払われた衝撃により、
その場にと尻もちをついているロイド。
しいなはいつでも符を放てるように片手を懐にいれ、臨戦態勢をとっている。
ジーニアスもその手に剣玉を握り締め、いざとなれば、と警戒を強めているが。
そんな彼らをちらり、とみただけで、尻もちをついたロイドを見下ろしつつ、
「おまえの腕ではまだまだ私を倒すことなどできないだろう」
淡々と事実のみを口にする。
「馬鹿にするな!」
以前と変わらない口調で淡々といわれ、カッとなりつつ、ロイドがたちあがりつつ、クラトスにくってかかる。
かつて、共に旅をしていたときと変わらない口調。
裏切っていたはずのクラトスがなぜここにいるのか。
可能性として、コレットを連れに来た、そうとしかロイドには思えない。
「事実をいったまでだ。街の中で、いきなり剣を抜くとは。常識もおまえは忘れているらしいな」
クラトスのいい分はまさに最も。
ここは、街の入口。
朝早いがゆえか、あまり人もいないので、騒ぎにならないが。
普通、いきなり街の入口で殺傷ザタなどになれば、兵士などが黙ってはいない。
それに何よりも昨日の今日である。
この街に在駐している兵士たちはそれでなくてもピリピリと神経をとがらせている、というのに。
ロイドはそこまでどうやら考えが及んでいないらしい。
少し考えればわかるであろうに。
「な、何だと!?」
クラトスが正しいことをいっている、というのはわかる。
わかるが、クラトスにだけはいわれたくない。
自分達を裏切っていたクラトスにだけは。
ゆえにロイドが反発して声を張り上げる。
そんなロイドに対し、その場にて仁王立ちをしたまま、ロイドを見下ろすかのごとく、
冷めた口調で淡々と
「それで?おまえは何をしているのだ?」
「…何?」
クラトスに何をいわれているのか、ロイドには意味がわからない。
「わざわざ時空を飛び越え、テセアラまできて何をしているのか、と言っている」
「それは、コレットを助けるため……」
クラトスに見つめられれば、まるで全てを視通されているようなそんな感覚にロイドは陥ってしまう。
間違ったことはしていない、と胸を張っていえるはず、なのに。
自然、ロイドは無意識のうちにクラトスから目をそらしてしまう。
「神子を助けてどうなる?結局二つの世界がマナを搾取し合う関係であることに変わりはない。
ただ、再生の儀式によって立場が逆転しただけだ」
実際、今現在はクラトスがいうように他に手がない、というか。
何をすればいいのか判らず、ロイド達にとっては手詰まり状態であるがゆえ、
クラトスの台詞にロイドはきちんとした答えを返すことができはしない。
ゆえにクラトスの台詞に黙りこむロイド。
「ちょっとまちなよ!テセアラは衰退しはじめてるのかい!?」
クラトスのものいいに、はっとしたようにしいなが上ずった声で何やら叫ぶが。
しいなからしてみれば、テセアラが衰退する、というのは認められないこと。
だからこそ、コレットの暗殺を命じられ、そのままシルヴァラントに向かったのだから。
そんなしいなの台詞に思うところがあったのであろう。
そのまますっと顔をあげ、視界の先に高くそびえたっている救いの塔へと目をやり、
「…まだこの世界からも救いの塔がみえる。
あれが存在する限り、まだこちらは繁栄時代にある、ということだ。
もっとも、神子がマーテルの器になったあかつきには
テセアラも繁栄時代に終わりをつげることになるだろう」
クラトスの視線に促されるようにロイド達もまたクラトスが視線をむけている方向に視線をむける。
そこには、空たかくそびえるみおぼえのある塔が、朝靄の中、しっかりとみてとれている。
本来、二つの世界に対し、どちららかにしか姿をみせていなかった救いの塔。
ユグドラシルの命により、繁栄世界と衰退世界の逆転の作業。
逆転プログラムの応用。
それは今のところユグドラシルの命によって停止している。
ゆえに、今の状態はどちらの世界も繁栄世界に入りかけている状態になっている。
といってよい。
ユグドラシルの…ミトスの命によりテセアラ衰退化の作業が停止しているがゆえ、
今はどちらの世界からも救いの塔がみえるようにとなっている。
デリス・カーラーンの機械類が一時つかいものにならなくなり、今ではきちんと作動しているようではあるが。
クラトスも知らない事実。
その機械に記されている数値は偽りの数値である、ということは。
デリス・カーラーンにおける全てなる品々はセンチュリオン、
そしてラタトスクの管制下にすでに入っている、ということを。
そしてまた、ラタトスクは常に意識をするだけで、
あちら側の様子を力を取り戻している以上、完全に把握することが可能。
もっとも、それについてはあの地にいるものたちに悟られてはいないようだが。
「くそっ。どうにもならないのか!?この歪んだ世界を創ったのはユグドラシルなんだろ!」
「ユグドラシル様にとっては歪んでなどいない。どうにかしたければ、自分で頭をつかえ。
…おまえは、もう間違えないのだろう?」
叫ぶロイドに淡々とそんなことをいってくるクラトス。
そのクラトスの台詞をきき、さらにロイドが顔を紅潮させる。
というか、このクラトスは。
かつてのように、ヒトまかせにするつもり、なのだろうか。
あのとき、ミトスの理想に共感し、ミトスにその命を預けたあのときのように。
こいつも人のことはいえないよな。
そんなことをふと思うが、しかし、何よりも気になることを今クラトスはいっていた。
「…本当に?本当に歪んでなどいない、と思っているんですか?」
無意識のうちにそんなクラトスにとといかける。
「エミル?」
無意識のうちに、ぎゅっとエミルはその手を握り締めていたりする。
あれほどまでに、ヒトが差別されたりするのを嫌っていた、というのに。
今の世界の、地上のありようを本当に歪んでなどいない。
そうあの子はいいきっている、というのだろうか。
それは、まるで、悲しみや苦しみといった負を好む魔族達と同じ思考ではないか。
書物の中に封じた魂の一部と、本体が同化しはじめているとでもいうのか。
かの中に封じた魔族二体の波動の影響をうけている、そう考えれば納得もいく。
いくが、あの子はそんな闇をも払いのける頑固たる前を見据える光の意思をもっていたのに。
「…絶望なんてしない。どこかで希望はあるはずだもの。…そう、いってたのに……」
そんなエミルの変化に気付いたのは、リフィルとゼロスのみ。
ゼロスはその台詞に首をかしげ、その言葉の意味にきづいたのであろうクラトスが、ぴくりと反応する。
その台詞はクラトスにとっては、とてもなつかしく…そして今でも捨て切れないもの。
「…おまえは……」
なぜ、その台詞をしっている?
いっていた?
それをいっていたのは、それは……
それは、かつてのミトスの口癖。
困惑したクラトスの変化に気付くことなく、
「ああ…やってやる!互いの世界のマナを吸収し合うなんて愚かな仕組みは俺がかえさせてやる!」
ロイドが高らかにクラトスにと言い放つ。
ロイドの言葉ではっと我にと戻ったらしく、
「ふ。せいぜいがんばることだな」
エミルの呟きともとれる問いかけに答えることもなく、
そのまま横をすり抜け、これ以上、何かいってくることもなくクラトスは立ち去ってゆく
横をすり抜ける様、
「…エミル、おまえは、いったい……」
困惑したような小さな呟きをエミルにむけて疑問を投げかけるが、
そんなクラトスにエミルはただ静かに少し悲しそうにほほ笑むのみ。
本当にヒトはかわってしまう。
かつての彼らをしっているからこそつくづくおもってしまう。
かつては損得を気にせずに、前をむいて生きていたというのに、あの子は。
そんなエミルの様子の変化に気づいているのはリフィルとゼロスのみ。
他のものは、クラトスに気をとられており、その変化に気づいていない。
「何だ?あいつ…コレットを狙ってきたわけじゃないのか?」
何もせずに立ち去っていったクラトスをみて困惑したようにロイドが呟くが。
「だね。他に用事があったのかな?」
「この街に、かい?クルシスの天使様がこんな学者の街に何の用っていうんだよ」
ジーニアスのつぶやきに、しいなが至極もっともな意見をいってくるが。
「しっかし。えらそうな奴だなぁ。すかしたしゃべり方しやがって」
立ち去ってゆくクラトスをみつつ、以前から思っていたことを口にする。
そんなゼロスに対し、
「…あんたはその下品なしゃべり方、治したほうがいいんじゃないのかい?
あんたは、公の場にいるときはまともなんだからさ」
本当に。
公の場にいるゼロスと、普段のゼロス。
本当に同一人物なのか、といいたいほどにその落差は激しい。
しいなからしてみれば、いつもそのようにふるまっていれば問題もないだろうに。
そうおもっても仕方がないことであろう。
「でひゃひゃ。公私の区別はきちんと俺様、つけてるつもりだぜ~?」
「その落差が激しすぎるんだよ。あんたは」
ゼロスとしいなのやり取りをみつつ、しばしクラトスが何か仕掛けてくるのではないか。
と警戒していたらしいが、どうやら完全にいなくなったのを確認したのち、
「それより、そのケイト、というところにいかなくてもいいのかしら?」
「そう、ですね」
「だな。とにかくいって、プレセアのこともいわないと」
「?どういうこと?」
プレセアのこと、といわれてもジーニアスには意味がわからない。
「…行けばわかる」
ここでいうような内容ではない。
よもや自分の母親と同じ実験の被験者としてプレセアが利用されている、などとは。
リフィルは、昨夜、ジーニアスが寝静まったあと、
なかなか寝つかれなかったロイドから、そのことを聞かされているがゆえ、
その言葉に思わず顔をしかめてしまう。
「エミル?あなた、どうかしたの?」
さきほどからじっと、エミルはクラトスがいなくなった先をみて無言のまま。
「いえ。…それより、どうやっていくの?
あの隠し通路とかいうのをつかっていくの?それとも入口から堂々と?」
「あたしは混乱を避けるためにも、念のために隠し通路を進むのをお勧めするよ」
たとえ、街の人々が見て見ぬふりをする、ときめた、といえど。
それがどこまで信用できるかわからない。
人とは自分の命がおしい生き物であることをしいなはよく知っている。
いつどこで密告者が現れても不思議ではない。
結局、混乱を避けるため、というしいなの意見を採用し、
昨日、ロイド達が使用した隠し通路を使い、サイバックの研究所へ。
秘密の通路を抜けた先、研究所の地下室にとたどりつく。
隠し通路を抜けた先、壁に隠されている隠しボタンを押すとともに、隠されていた通路から開かれる。
目の前の壁が横にひらき、ぽっかりとした空間にとつながってゆく。
そこから先にすすんでいけば、そこはもう施設の中。
「…あなたたち!」
隠し通路がいきなり開き、思わずそちらに視線をむけていたケイトが、
そこからでてきたロイド達の姿をみとめ、驚きを隠しきれないのかいきなり叫んでくる。
「何だよ。戻ってこないとおもってたのか?
約束通り、仲間を助けてきた。そっちが次は約束を果たしてくれる番だ」
そんなロイドの言葉をうけ、じっと作業していた手をとめ、
ジーニアスとリフィルの目の前にと近づいていき、そして。
眼鏡のフレームを治しつつも、じっとジーニアスをみつめ、それからリフィルにと近づいてゆく。
「…ええ、間違いないわ。エルフの血と人間の血が融合したこの不思議なマナ。
ハーフエルフが仲間だっていうのは本当だったのね。
というか、アステル?あなたたち、アステルと知り合いだったの?」
「また、アステル?もう、この人はエミル!アステルって人じゃないんだから!」
ケイトの台詞にマルタがすかさず反論する。
「アステルってやつは、あんたと知り合いなのか?」
ロイドが顔をしかめつつ問いかけると、
「あの子はかわってるからね。誰も近づこうとしないこんな地下の施設に。
いつもいつもやってきては、…周囲に何をいわれても、普通に扱ってきたわ。
あの子くらいよ。私たちと普通に話していた、のは。
でも、アステルじゃないの?…たしかに、アステルと雰囲気も違うけど…」
困惑したようなケイトの台詞。
こほん。
そんなケイトの困惑を知ってか知らずか、かるくせき込んだのち、
「話しは聞いていてよ。プレセアはクルシスの輝石を体内でつくらされているとか?」
「え!?」
ジーニアスが初耳、とばかり、リフィルの台詞に反応をみせる。
「ええ。そうよ。私たちはエンジェルス計画、と呼んでいるわ」
「エンジェルス…それって……クヴァルってやつがいってた……」
ケイトの台詞に不安そうにロイドをみつめるジーニアス。
その名には覚えがある。
あのアスカードの人間牧場で、クヴァルと名乗っていたディザイアンがいっていた名。
エンジェルス計画。
それは…ロイドの母親が被験者とされていた、ディザイアンによる実験の名前。
「…ああ。俺の母さんがかかわっていた計画と同じなんだ…
この子は…プレセアは、俺の母さんと同じ目にあってるんだよっ!」
だんっ。
いうなり、そのあたりの壁にとその手を握り締め、おもいっきり叩きつけているロイド。
「その子につけられているエクスフィア自体は珍しいものではないの。
ただ、要の紋に特殊な仕掛けがしてあって
本来なら数日で行われるエクスフィアの寄生行動を数十年単位に伸ばしているの。
それでエクスフィアはクルシスの輝石に突然変異することがあるらしいわ」
「じゃあ…この子は……」
「感情反応が極端に薄くなっているのは寄生が始まっている証拠。
ゆっくりと時間をかけて、エクスフィアはその子の中で変異してゆく。
その子はこれまでの被験者とくらべ、うまくいっているわ。
他の被験者は実験体に選ばれてもすぐに不適合となって暴走したり、命を落とした。というのに」
「何…それ、何なんだよ、それ!そんなの、じゃあ、ディザイアン達とっ!」
ジーニアスがぎゅっと手を握り締め、思わずケイトにと叫び返す。
それが示すこと。
それはディザイアン達があの牧場で行っていることとまったく同意語、ではないか。
「何でも成功しかけていた実験体がとある施設から逃げ出したことをうけ、
それでこちらにその役割が回ってきた、と教皇はいっていたけど」
「施設から逃げ出した?」
まさか、という思いがロイドの中をよぎるが、それはありえない、と思いなおす。
プレセアの年齢はどうみても十二かそこら。
自分を産むよりも前に実験体となっていた母親が逃げ出した出来事と、
プレセアが結びついている、などとは思えない。
今、ロイドの脳裏をよぎったことこそ実は真実、なのだが。
ロイドはその真実に気づけない。
ロイドの母、アンナがかの施設から脱走し、クラトスと逃げ出したがゆえ、
その報告をうけていたロディルがその製造法に目をつけて、
これまたクルシスから逃げ出していたドワーフを脅し、こちらの世界にて実験を行っていた、ということに。
「そんな…まさか、だから今のプレセアは…コレットと同じだっていうんですか?」
マルタの声もかすれている。
違うのは、プレセアはまだ、声がだせる、ということ。
それ以外では、コレットとほぼ同じ、まったく感情が表にでていないといってよい。
もっとも、プレセアはまだ瞬きなどといったものもしているが、
今のコレットにはそれすらない。
真実、生き人形といって過言とない肉体に成り果てている。
「このままだと…どうなっちゃうの?」
ジーニアスの声は震えている。
「そこの子につけられているのはクルシスの輝石。ね。
だとすれば、その子もクルシスの輝石に寄生されているのでしょう?
寄生が完全に終わるとその子と同じように、心が死ぬわ。すなわち、ヒトとしての、死」
「「そんなっ!」」
ケイトの淡々とした台詞にマルタとジーニアスが悲鳴をあげる。
「そんなのひどい!助けられないの!プレセアを!彼女が何をしたっていうのさ!」
ケイトに詰め寄るようにして叫ぶジーニアスの顔を直視できなかった、のであろう。
ケイトはジーニアスの視線から顔をそむけ、
「何も。…何もしていないわ。ただ、適合検査にあっていただけ。
その子だけなのよ。今のところまともに成功しているのは。他は、異形と化したり、命を落としたり…
中には体中が結晶となって死んでしまったり…様々、なのだけど。
人、としての器を保ったまま、成功している子は、その子、プレセアだけ」
「異形って…最低だよ!人の命を何だとおもってるのさ!」
普通の人間にそういわれても、ケイトは何ともおもわないが。
さすがに同族である子供にいわれると堪えるのか、さらに顔を伏せてしまう。
「…約束だ。プレセアを助けてくれるな?
あんたはたしかいったよな?プレセアを実験体から解放してもいいって」
それは、昨日、ここから出るときに彼女からいわれたこと。
「ええ。わかってるわ。あなた達は本当にハーフエルフを差別していないようだもの」
ロイドの言葉にうなづき何やらケイトがそんなことをいってくるが、
「ケイト!いいのか!?そんなことをしたら、おまえが……」
ケイトの台詞をきき、はっとはじかれるように、
この場にいた別の研究院の男性がケイトに向かって叫んでくる。
彼らも先ほどのジーニアスの叫びがこたえた、のであろう。
どことなく居心地が悪いような表情を浮かべていたりするが。
よもやヒトを実験体にしていたことで、同胞から非難の声をむけられる。
そんなことは夢にもおもっていなかったらしい。
アステルにもよくいわれていた。
そんなことをしたら、めぐりめぐって自分にもどってくるから、やめたほうがいい。と。
その言葉を彼らは聞き入れなかった。
教皇の命令に逆らえば殺される。
だからやめるつもりはさらさらない、と。
「約束は約束よ。…プレセアを助けるためには
ガオラキアの森の奥に住んでいるアルテスタというドワーフを訪ねてみるといいわ。
彼はクルシスから逃げ出して、教皇に命令され、この実験に携わっていたうちの一人」
アルテステがいうには、クルシスの行いに反発し、地上に…
デリス・カーラーンより逃れたが、教皇、そしてロディルに見つかってしまい、
協力するならばだまっていてやる。
そうでなければ死を、そういわれ、実験に携わることを強要されたらしい。
ケイトはそのことをアルテステの口から聞かされて知っている。
「そういえば、たしかゼロスがいってた…この世界にいるドワーフ…か」
ふと、ダイクのことを思い出し、顔をふせるロイド。
イセリアを追放されてから、ダイクにも村人に何か被害がいっていなければいいが。
そんな思いが今さらながらふとよぎる。
最もダイクはおまえが信じた道をいけ、というであろう、という確信に近いものがあるが。
「…ダイク叔父さん、元気…かな」
ジーニアスもロイドの様子に、ロイドがダイクのことを思い出していることに気付いた、
のであろう。
そもそも、ロイドがイセリアを追放された原因をつくったのは、ジーニアス自身といってよい。
だからこそロイドにたいし、ジーニアスは負い目のようなものを感じてしまっている。
もしもそのせいで、ダイクにまで迷惑をかけているとするならば。
何といって謝っていいのか、ジーニアスにはわからない。
まあ、その後、ダイクがかつてつくったという巨大な船などにのったりして、
そんな思いは綺麗さっぱり吹き飛んでいた、というのはともかくとして。
「ええ。彼と私たちは教皇に命じられてこの研究にかかわっているの。
いえ、彼に関してはかかわっていた、というべきかしらね」
「やっぱりあの狒々爺のさしがねかよ。ろくなことしねぇな。あいつは。昔から。
そもそも、あいつが教皇になってやったことといえば……」
「狒々爺なんていわないでっ!」
「おまえさんの立場からしてみたら仕方ないのかもしれないけどよ?
けど、あんたはくやしくないのか?だって、あいつは」
ゼロスの台詞を遮るかのように、ケイトがすかさずいってくる。
しかし、ゼロスからしてみれば、認められない。
そもそも、なぜこどもが親に振り回されなければいけないのか。
それはゼロスがもっとも嫌悪すること。
親は子供を守るものであろうに、あの教皇は利用するだけ利用している。
それがゼロスには許せない。
そして…あのクラトスも。
どうやら実の息子を利用している節がある。
だからこそ、あのクラトス、という男もゼロスは信用していない。
一応、いわれるまま情報は彼に流してはいるにしろ。
「教皇のいうことは絶対、よ。彼の慈悲で私たちはこうして研究者として生かされている」
「慈悲…ねぇ。生きたまま、ずっとここに閉じ込められてても慈悲、といえるのかい?」
「…すくなくとも、外にでることもできるようにはなってるわ」
「その外にでるための枷。その残虐性もわかっててそれをいうか?あんたは?」
「・・・・・・・・・」
ゼロスの鋭い指摘にケイトは目をそらす。
「?どういうこと?」
二人のやり取りをききジーニアスが首をかしげるが。
「たしか、王立研究院に連れていかれたハーフエルフは死ぬまで働かせる。
そう私はきいたのだけども。特例、でもあるのかしら?」
エグザイアで手にいれた母の日記にもそうかかれていた。
だからこそ気にかかる。
そんなセイジ姉弟、二人の問いかけに、
「…ええ。ハーフエルフは魔術をつかえる。それは同胞であるあなた方も知っているでしょう?」
その言葉にこくり、とうなづくリフィルとジーニアス。
「そして、研究員達は、その研究の過程で様々な場所に調査に赴くこともある。
そこで護衛としてハーフエルフが連れていかれるのよ。
絶対に逆らわないように、特殊な枷を施されて、ね」
ケイトの言葉に続き、
「…外にでるハーフエルフは例外なく、あるティアラを装着させられる。
遠隔装置によってそのティアラに激しい電撃を加えることが可能なそれを、な。
ティアラを無理にはずそうとすれば致死量の電流が発生し問答無用で殺される。
また、遠隔装置をもっている相手に危害を加えようとしたり、
また、一定の距離から離れようとしたりしても、電流が発生する。
逃走防止、そして反逆防止をかねて開発された、特殊なる枷、だ」
忌々しそうに吐き捨てるように男性研究員がそんなことをいってくる。
それはかつての天地戦争時代でも、国が使用していた反逆者たちにたいしての枷。
それと同じ似たようなものが、ここテセアラでも開発されているらしい。
「アルテスタはクルシスでクルシスの輝石の研究にも携わっていた。そうきくわ。
ならば、そっちの女の子。シルヴァラントの神子、といったわね。
その子の要の紋についてもわかるかもしれない」
彼ならば、プレセアの要の紋を正常に修理することができるはずよ。
もっとも、それがその子にとってどう思うか、それは判らないけどね」
「どういうこと?」
何か含みのあるいい方に、ジーニアスが思わずといかけるが。
心を取り戻したとしても、彼女が心を失っていた時間。
十六年、という歳月は戻ってはこない。
それこそ時間に取り残されているのをしるよりは、今のままのほうが幸せかもしれない。
ケイトのそんな含みを持たせた言葉の意味は、ジーニアスにはわからない。
「そういえば、ロイドじゃ、要の紋はなおせないの?
たしか、ロイドって、イセリアに住むダイクっていうドワーフの家族なんでしょ?」
マルタもそのあたりのことは知っている。
細工ものならば、イセリアのダイク。
それはシルヴァラントにいるものならばある一定の常識。
マルタの素朴なる疑問に、
「…正直いって、普通の要の紋と、プレセアについている要の紋。
どこがどう違うのか俺にはわかんねぇ。
そのアルテスタっていうドワーフにきいたほうがたしかに早そう、だな。
それにコレットの要の紋のこともあるし」
もしもロイド自身がその違いをわかればそれを修理することも可能だが。
どこがどう違うのか、ロイドにはわからない。
プレセアの胸につけられている要の紋を取り外すこともできない。
そんな不安定な品物をもし取り外し、取り返しのつかないことになったりでもしたら。
ゆえに取り外し、詳しく調べることもできはしない。
「じゃあ、決まりだね。どっちにしても、ガオラキアの森には向かうところだったんだし。
じゃあ、次はガオラキアの森に向かおうか」
しいなの台詞に、
「そうだな。それにしても…まさか、教皇とディザイアン達は繋がっている、のか?
ディザイアンのクヴァルってやつが開発したエンジェルス計画。
その名をこっち、テセアラでも聞くなんて……母さん……」
ぎゅっと自らの手に装備しているエクスフィアを握り締めるロイド。
「ディザイアンがロイドのエクスフィアを執拗に狙っていた利用はそれ、ね。
まさか、ロイドのそのエクスフィアがクルシスの輝石に近いものだなんて。
だとすれば、彼らが目の色をかえて手にいれようとするはずね。
それを調べることにより、クルシスの輝石を大量に製造できるかもしれないのだから」
手配までかけて、ロイドを捕らえようとしていた彼らの執着。
ならば納得がいく、というもの。
もしもロイドのエクスフィアがクルシスの輝石に変化している、のならば。
ロイドもまたコレットと同じような天使の症状があらわれていても不思議はない。
が、ロイドにはそれがない。
もしかしたら、ともおもう。
エクスフィアに寄生されていた母体から産まれたロイドだから、
それなりの免疫ができているのではないのか、と。
だとすれば、ロイド自身がよりよい実験体であるといってもよい。
そこまでおもい、おもわずリフィルはその考えをふりほどく。
ユアンがいっていた、ロイドを生きたままとらえよ。
といっていたあの台詞も理解できてしまう。
ロイドの体を研究することにより、より性能のいい品を彼らは創ろうとしているのではないか、と。
「母?…まさか、あなたは、アンナ・アーヴィング、という人の…?」
「母さんをしってるのか!?」
ケイトが何か思いだしたようにはじかれたように顔をあげ、その言葉にロイドが目を見開いて反応する。
「話しでしかしらないわ。唯一のクルシスの輝石の製造者の適合者。
プレセアはその第二の可能性、そうロディルという人はいっていたもの」
「ロディル?…そいつは、いったい」
「わからないわ。そこまでは」
本当にわからないらしく、ケイトはただ首を横にふるのみ。
「クルシスも一枚岩ではないのかもしれないわね。
あのとき、立体映像装置に映っていた女性と、あのクヴァルが言い合っていたように。
とにかく、いってみるしかないわね」
たしかにリフィルのいうことは筋がとおっている。
ここで考えていても仕方がないこと。
「よぉし。それじゃ、出発前に。さっきいってたように。旅の必需品を各自そろえることにしようぜ。
俺様は必要なものをちょっぴし仕入れることにするわ。
ここからでて各自、自由行動にしたあと、街の入口で落ち合おうぜ」
「あんたにしてはまともな意見、だね。あたしには依存はないよ」
「…親父と同じドワーフ…か」
ゼロスの台詞にしいながこたえ、ロイドはロイドでここテセアラにいる、
というドワーフにと思いをよせる。
育ての父親と同じドワーフ。
シルヴァラントですらダイク以外のドワーフをロイドはみたことがなかった。
ロイドと共に暮らすまでは、ダイクはほら穴にと住んでいたときいている。
ロイドを育てるために、家を建てた、と。
あのときのことはロイドもよく覚えている。
目がさめれば、父も母もいなかった。
ノイシュはいた、というのに。
父と母を探して森にはいり、そこで母が死んだことを聞かされた。
ダイクが家族になろう、といってくれたあのときのことは、
ぼんやりとではあるが、ロイドは何となくだが覚えている。
どうして父と母と離れ離れになったのか、そのあたりの記憶があいまい、ではあったが。
ガオラキアの森。
サイバックから東に位置しているその森は、鬱蒼と茂っている森としても有名。
別の意味でも有名であるのだが。
この森はかつて、世界がまだ二つに分けられるより前より存在しているがゆえ、
樹齢を得た樹木なども多々と存在しており、
樹木の根がよりよく発達し、地面を這うようにところせましと覆い尽くしている。
「うわ…不気味なところだな」
森にはいり、ロイドがあまりの薄暗さにぼつり、とつぶやく。
まだ日も明るいはず、だというのに、森の中は薄暗い。
「すごい暗い…ね」
なぜかエミルの背後にひっつくようにして、周囲をきょろきょろみていっているマルタ。
「プレセアちゃん、道案内は頼むよ?」
「……はい」
前方にいるプレセアにゼロスがいうと、静かに答えてくるプレセアの姿。
「うわ。俺も森に住んでるけど。ここまで鬱蒼と茂ってなんかいないもんなぁ」
「というか、シルヴァラントはマナ不足で、ここまで樹木も育たないよ」
森に入っただけでわかる、木々の深さ。
ロイドがその先すらみえない薄暗い森の奥をみつめつつつぶやくと、
ジーニアスがあきれたようにそんなロイドにといってくる。
そもそも、作物すら育ちにくかったほどにマナが薄いシルヴァラント。
そんな中で豊かな森が存在するはずもなく。
唯一ある森もある程度点在していたといってよい。
山々も木々はあれど、ここまで深い森などジーニアスはきいたことがない。
「おまえら、緊張感がねぇなぁ」
そんな彼らをみつつ呆れたようにいっているゼロス。
「ちょっと待って。誰かくるよ」
「「え?」」
エミルがそれにきづき、警戒した声をあげるとともに、
ガチャガチャとした甲冑がこすれるような音がきこえてくる。
その音は森の奥から。
薄暗い森の奥、木々の間から幾人かのみおぼえのある鎧姿のものたちが、
こちらにむかって歩いてくるのがみてとれる。
「おおっと、教皇騎士団様かよ」
それをみて呆れたようなため息とともにつぶやくゼロスに。
「こいつら、あのときの!?」
ロイドが昨日のことを思い出し、警戒したような声をあげる。
その鎧からして同じ格好、それに今のゼロスの台詞。
おそらくは昨日の仲間達、なのであろう。
「神子ゼロス様。教皇はあなたが邪魔なのだそうですよ」
現れた一人が、ゼロスにたいし、そんなことをいってくる。
「はん。そんなこたぁ、ガキのころから知ってるさ。
…俺様が儀式をうけて正式に神子となったあの時、からな」
「では、話しが早い。死んでもらいましょう」
そんな彼らにゼロスが挑発するかのように言い放つとともに、
武器をつきつけてくるゼロス曰く、教皇騎士団となのりし人間達。
と。
ズズ…ズズズ…
「な、なんだ?う…うわぁ!?」
彼らの背後にあった木々。
それが突如として移動しはじめる。
それとともに、騎士団の面々が、樹の枝のようなものにとからめ取られる。
「ま、魔物!?」
それをみて驚愕したような声をあげているマルタに、
「おいおい…タイミングよすぎないか?というか…どういうこった?」
明かに、魔物は騎士団らしき者たちばかり狙っているのか、
その魔物の攻撃であろう蔓はこちらにはまったく伸びてすら来ない。
「…えっと、どうするの?」
「ほっといていいんじゃないの?」
どうやら魔物達はこちらに危害を加える気はない、らしい。
なぜか樹の魔物らしき攻撃は、どうみても鎧を着込んでいる人間達にのみ向けられている。
戸惑い気味につぶやくジーニアスに、さらり、といっているエミル。
「エミル…あなた、何かした?」
あまりにもタイミングがよすぎる。
まるで、まるでそう。
魔物が自分達を…否、エミルを守ろうとするかのごとくに。
昨日の出来事もあるがゆえ、リフィルがじっとエミルをみてそんなことをいってくるが。
「待ち伏せ。ね。下手をすれば仲間がやってくる可能性があるわね。
おそらく、私たちがアルテスタのもとを訪れると予測されているとみて間違いないわね」
「そんな、じゃあ、アルテスタって人が危険だよ!」
リフィルの言葉にジーニアスがそんなことを叫ぶが。
「つうか、あんたら、あれをみて何ともないのかよ」
ゼロスがあれ、といって指差すは、完全にオーロックなどといった魔物やトレントといった魔物達。
そのほかにも樹を主体とした魔物達がいつのまにか集まってきており、
蔓にからめとられていたはずの兵士達の姿はいつのまにか見当たらなくなっている。
かわいらしい顔のようなものが正面にみえる、
蔓をぱたぱたと動かしているトランカータ。
そのいつもは開かれているはずの巨大な花を模した口がなぜか閉じられているのもみてとれるが。
「あの魔物って…何?蕾?」
ふとマルタが蕾らしきものをその頭の部部んにつけている魔物にきづいたらしく、
首をかしげそんなことをつぶやくが。
「あの子はトランカータっていう魔物だよ」
「エミルって魔物の生体に詳しいんだね」
「トランカータ、ですって、だとすれば…いえ。いわない方がいいでしょう。
ともかく、たしかに、ドワーフのアルテスタという人が心配ね」
エミルとマルタの会話をききつつも、リフィルが何かをいいかけたのち、
その言葉を飲み込みそんなことをいってくる。
花の姿をしているその魔物についている正面の顔らしきものは擬態。
たしかかつてそう魔物に書かれている資料を読んだ記憶がある。
本当の魔物の口は、その頭にはえている、花の部分、だと。
その口で何でもかじってしまうから、森にはいるときは気をつけなければいけない。
と幼き日にそんなことをいわれていたことをふとリフィルは思い出す。
だとすれば、本来、花が咲いているはずのそれが、蕾になっている。
それが意味することは、すなわち……
「こっち…です」
そんな中、すたすたと歩きはじめているプレセア。
どうやら先ほどの襲撃もどきは彼女はあまり気にしていないらしい。
正確にいうならば気にもとめる必要がない、というか気にする心が失われている、というべきか。
「あれ?うわぁ。かわった何かがでてきたよ?」
ふとみれば、視線の先にある木々の間から、
枯れた木々に二つのかぼちゃらしきものをつけている魔物の姿がみてとれる。
そのかぼちゃはなぜか顔のような形でくりぬかれているようにも垣間見え、
さらにいうならば、ほのかにその隙間から、ゆらゆらとした灯りがみてとれる。
その魔物は、器用にも枯れた枝らしきものをかぼちゃの前にもってきて、
何やらお辞儀のようなものをしてくるが。
「あ、あの子が灯り変わりになってくれるらしいですよ」
ふるふると体と枝を揺らしつつ、念話にしてそのようにつたえてくる目の前の魔物。
「「「ちょっと(まちなさい)(まて)(まちなよ)」」」
さらりというエミルの台詞に、ほぼ同時に突っ込みをいれてくるリフィル、ゼロス、しいなの三人。
「何か?」
「え?でも灯りになるんだよね?」
エミルの問いかけにさも当たり前、というように、こくこくとうなづくような格好をしてくるその魔物。
「おい。しいな、このエミル君っていったい……」
「あ…あはは…ここまであからさまなのもなんか久しぶり、というか何というか……」
ゼロスの問いかけにしいなは思わず遠い目をしてしまう。
たしかにこれまでも幾多と片鱗をみせていた。
いたが、魔物のほうから直接、こうして敵意もなく近寄ってきたというのは。
「ひっ。エ、エミル!なんかそこでうごめいた!」
ふと、マルタが人影らしきものが近くの茂みでうごめいたのに気付いたらしく、
ひっと小さい悲鳴をあげて、エミルにといきなり抱きついてくる。
「え?ああ。ただのグールでしょ?」
ちらり、とみればどうやらグール達もこの場にやってきているっぽい。
まあ、この地に入った刹那、念の為に大地を通じ自らの波動を魔物達に伝えたがゆえ、
愚かな行為を魔物達がしてくることは絶対にない。
だからこそ、エミルに敵意をむけたあの人間達は、
率先した魔物達の手により制裁を加えられたといってもよい。
「ちょっと待ちなさい。エミル。グールって、あのグールのことなの?
闇をさまよい、人々の魂を喰らう、といわれている悪霊の……」
「あ、悪霊!?」
リフィルがエミルの言葉を遮り、あせったようにいえば、
さらにエミルに抱きついているマルタの力がつよくなる。
「あ、あの。マルタ?別のここにいる魔物達、何かしてくるとはおもえないけど」
というか絶対に手だししてこないという確信がある。
むしろどちらかといえば手駒であるといってよい。
「そういや、こんな話しをしってるかい?」
ゼロスがふと、何か思いついた、とばかりに話しをいきなりふってくる。
「何か関係があるのか?」
魔物が灯り変わりになってくれる、というこの異常性。
それでもあまり驚かないのは、エミルが料理をしている最中、
幾度か魔物たちがエミルを手伝っている光景をシルヴァラントでみていたことが起因している。
何となく、直感でしかないが、魔物達はエミルの有利になるように行動している。
そんな感覚をロイドは直感的に感じていたりする。
その直感が正しいのかどうかは別として。
それは本能的な勘。
首をかしげそんなゼロスにとといかけるロイド。
「昔はこのガオラキアの森も普通の森だったんだぜ」
「ふ~ん。そうなの。って今も森だよね」
森以外の何だ、というのだろうか。
ゼロスの台詞に突っ込みをいれているジーニアス。
「ところが、だ。ある日盗賊が盗んだ財宝を森の奥に隠したんだ」
意味ありげにいうゼロスの台詞に、
「財宝?んでどんな財宝なんだ?」
気になるらしくロイドがといかける。
「何でも時価数十億ガルドはするっていう宝石らしい。
で、そいつを狙ってくる連中を片っ端から殺していったんだ」
淡々というゼロスの説明に、
「うわ。残酷」
思わずジーニアスがつぶやき、
「うう、エミルゥ」
さらにぎゅっと、エミルに抱きついてきているマルタの姿。
「?マルタ?どうかしたの?寒いんだったら、コートでもかそうか?」
「もう、そうじゃないっ!」
エミルのいい分に、ぷうっと頬を膨らまし、文句をいっているマルタだが。
「んでもって、いつしか森は血で穢されて殺されて
人々の怨念が巣食う呪われた場所になった。それがここガオラキアの森さ」
「…うえ?まじ?」
周囲にざっと視線をめぐらせ意味ありげにいってくるゼロスの台詞に、
ロイドが思わず一歩後ろに下がりつつもぽつり、とつぶやく。
「ま…また~。どうせからかってるんでしょう?」
ジーニアスがそういうが、その声はどこかしらともなく震えている。
「今でも森にはいると、盗賊の幽霊が旅人を殺そうとするんだ。
そして、盗賊に殺された人々も仲間を増やそうと……ほら、そこにっ」
「「うわぁぁぁ!!」」
「いやぁぁぁ!」
ゼロスがそういうとともに、ロイドとジーニアス、そしてマルタの悲鳴がコダマする。
「こら、まちなさい!あなたたち!こんな鬱蒼とした森で走ったら…」
リフィルの制止もきかず、ひたすらに駆けだしているマルタ、ジーニアス、ロイドの三人。
薄暗いがゆえに彼らの容姿がその森の薄暗さによって隠れるとほぼ同時。
「うわっ!」
「うええええ!?何だ、これぇぇ!?」
「い…いやぁ、巨大なイモムシぃぃぃっ」
彼らが走っていったさき。
ちょうどその先で昼寝をしていたトロピカルワーム達の群れに出くわしたらしく
駆けだしていたマルタが逆にこちらに走ってもどってきているのがみてとれる。
そういえば、以前のときもマルタ、虫系統を仲間にしたとき、
しばらくは慣れなかったのか、顔がひきつっていたな。
ふとかつての出来事…今、この場のマルタ達とあのマルタ達は違う、とわかっているが。
どうしても比べてしまう。
「きゅ~?」
あまりに騒ぎに目がさめた、のであろう。
うぞうぞ、もごもご、と動きつつ、森の中へときえてゆくトロピカルワーム達。
トロビカル、の名のごとく、色彩が何ともおいしそうな色彩であるがゆえ、
そんな名をつけたのだが。
ちなみにこの魔物を種族を命名したのはテネブラエ。
それをきいたとき、他のセンチュリオン達がため息をついていたが、
まあ、それでもいいか、とそれに決定したのはほかならぬラタトスク自身。
ちなみに、トロピカルワーム達は、ちょうど大人ほどの大きさであり、
普通のイモムシと比べて大きいことには変わりない。
「まったく。いきなり走り出す人がいますか。いいこと?ジーニアス。ロイド。それにマルタも。
こんなに森が鬱蒼としているのよ?迷子になったらどうするつもりなの?」
くるり、と向きをかえて戻ってきた三人に、
仁王立ちをしながらも注意をしているリフィルの姿。
「そうそう。リフィル様のいうとおりってね。
そういうことにならないために、案内役のプレセアちゃんがいるんだからな~」
怒られている三人をみて、うひゃうひゃと笑いつつも、ゼロスがそんなことをいってくるが。
「んじゃあ、これからよろしくたのむぜ?プレセアちゃん」
「……はい」
ゼロスの言葉に感情のこもらない声でうなづき、そのまますたすたと歩きだす。
ガサリ。
「ん?」
「どうかして?ロイド」
「いや、…気のせいみたいだ」
今、なんか、背後の木の上に人影みたいなものが見えたような気がしたが。
振り向いた先にはそんなものはみあたらない。
ゆえに、気のせい、と判断し、首を横にふっているロイド。
エミルもまたそちらのほうに視線をむけ、思わず首をかしげてしまう。
…何でリーガルがあんなところにいるんだ?
レザレノカンパニーの会長ともあろうものが?
そういえば、以前の旅でたしか牢に入っていたとか何とかいっていたような。
エミルはその人影に気づいているが、別に問題はないだろうとおもいそのことには触れていない。
とりあえず、念には念を。
すっと目をとじ、
背後にいる人間の男には手出しすることなかれ。
目的はわからないが、微弱なる襲撃の意思が感じられる。
それにきづき、魔物達が彼を排除すれば面倒極まりない。
それゆえにこの地にいる魔物達全てに命令を下す。
そのまま、先をあるきだすプレセアの後ろをついてゆくロイド達。
「ロイドく~ん」
じっと後ろからプレセアをみていたのに気付いた、のであろう。
ゼロスがそんなロイドにと話しかけてくる。
「あ、えっと。何だ?ゼロス?」
「いやね。おまえさん。さっきからずっとプレセアちゃんのことみてるな。ああいう子が好み?」
「えええ!?ろ、ロイドにはまけないから!」
ゼロスの台詞に、ジーニアスが何やら焦ったようにいっている。
「つうか、何で君つけ。というか、好み、って何が?」
ゼロスの言葉の意味はロイドにはわからない。
エミルも意味がわからずその言葉に首をかしげてしまう。
「あらら…天然か。ロイド君とエミル君は」
「…そ、そうだよね。ロイドに限ってそんな。コレットの気持ちにすら気づいてないんだもん」
ゼロスが呆れたようにいい、ジーニアスがあからさまにほっとしたようにそんなことをいっている。
「?何わけのわからんことをいってるんだ?ゼロスもジーニアスも」
そんな二人に対し、ロイドが首をかしげるが、
「木の実、かぁ。そういえば、ここ、オークロット達も生息してるっぽいよね。
あの木の実、おいしいって結構人気なんだよね」
ちなみに魔物達の間で、という注釈がつくが。
「ああ、あれか。たしかに不気味な色の木の実だけど、あれ、うまいよな」
「…いや、エミル、コノミ、違いだから。エミルがいうのは、木になる実、でしょ?」
ロイドとエミルの会話をきき、盛大にため息をつくジーニアス。
そんな彼らのやり取りをしばしみたのち、
「…よ~くわかった。ロイド君達が天然っていうのは。
んじゃ何なんだ?なんかずっと気にしてるみたいじゃねえか」
やれやれ、と首をすくめつつも、ゼロスがそんなことをいってくる。
たしかに先ほどからじっとロイドは前をゆくプレセアの後ろ姿を見つめている。
「……似てる、って思ったんだ」
「は?」
脈略が何もみえないロイドの呟きに、おもわず間の抜けた声をだすゼロス。
「あんまりしゃべらない、笑わない。他の表情もない。
まるで…そう、まるで今のコレットとあの子もまったく同じなんだ」
心を失っている、という点では同じといえる。
「コレットは今、意思表示ができていない、でもそれ以外は……」
プレセアは多少ではあるが意思の疎通ができている。
が、今のコレットに意思の疎通ができているかどうか、ロイドにはわからない。
プレセアのエクスフィアもクルシスの輝石に近いものになっている、という。
つまりは、二人の症状は似通っているものとみて間違いないであろう。
だからこそ、ロイドは何ともいえない気持ちになってしまう。
「ま、たしかにな。笑えば二人ともかわいいんだろうになぁ」
何となく話しの雰囲気が暗くなってきた。
それを払拭すべく、ゼロスが話題をさらり、と無難に擦り変えるが、
「コレットは笑いたくても笑えないんだ!輝石のせいで!きっと、プレセアも!そんなこというなよ!」
「おいおい。怒ることないでしょうよ」
ロイドは、ゼロスがわざと場の雰囲気をかえようとそういった、ということに気づかない。
こいつは二人の状態をみて何もおもわないのか!?
そんな思いがロイドの胸の中にと去来する。
なぜそのようなことをいってきたのか、というその理由にロイドは思いつくことができない、らしい。
「くそっ。天使になるっていうのがこんな事だと知っていれば、俺だって……」
そこまでいって、ぎゅっと手をにぎりしめる。
そのまま、先をゆくプレセア達においつくように駆けだしてゆくロイド。
「熱いねぇ…」
そんなロイドをみつつ、ぽつり、とつぶやく。
「ある意味で熱血馬鹿ってか?」
「ロイドはああいうけど、絶対にあのときのロイド、知ってても行動しなかっただろうにね」
「うん?何だ?エミル君?」
ロイドをおいかけるようにして、ジーニアスも走っていっているがゆえ、
今、この場にいるのは、ゼロスとエミルのみ。
その背後には、後ろからゆっくりとついてきているノイシュの姿もみてとれるが。
「ロイドは口ではよくああいっても、実際にその時になれば、
きちんと考えて行動しようとしないからね。その時に流されるままで。これまでにしてもそう、だったし」
幾度かそれらしき忠告をエミルはしていた、というのに。
ロイドはその事実にすらたどり着くことができなかった。
そして、あの救いの塔のときですら。
「先を考えないってか?」
「そう。もっと簡単にいえば他人のいうことをうのみにして、自分で考えない。
そんなところがあの子、あるからね」
二人がそんな会話をしていると、
「何やってんだい。あんたたち、プレセアにおいてかれちまうよ!」
後ろのほうにいる二人に気付いたらしく、
しいなが二人にむけてそんなことを叫んでくる。
「へいへい。っと。んじゃまあ、いくとしますかね」
「ですね」
そのまま、少し離れていた彼らにおいつくために、すこしばかり足を速めるゼロスとエミル。
しばらく進むと、どうやらロイド達は立ち止まっていた、らしい。
森の中の一角に、その場に似合わない丸い装置らしきものがぽつん、
とその場に置かれているのがみてとれる。
「力の場、ね。光のマナを感じるわ。ロイド、ソーサラーリングを」
どうやらそれをしばしリフィルが調べていたがゆえに、立ち止まっていた、らしいが。
ロイドがいわれるまま、手にしているソーサラーリングをかざすとともに、
ソーサラーリングが一瞬、光にとつつまれる。
そのまま、手を前につきだし、いつものように手をつきだすロイド。
「お!今度のやつは光がでるぜ!」
ロイドの手からちょっとした光が産みだされ、周囲を明るく照らし出す。
しかしその光りは長続きせず、しばらくすると暗くなっていき、
あっというまに光は生み出されなくなり、いくら手をふれども明るくならない。
再度、力の場に指輪をかざせば再びどうやら光を蓄えることができるらしく、
力の場にて補充をした量しかどうやら光は発生できないっぽい。
「なんか、簡易的なランプみたいだね」
それをみてジーニアスがいえば、
「ちっちっ。せめて懐中電灯みたいとかいえよな」
「「何それ?」」
「ええ?!おまえら、懐中電灯を知らないのか!?嘘だろ!?
シルヴァラントにはそれすらないのかよ!?はぁ。未開文明の野蛮人だなぁ」
ロイドとジーニアスの声が同時に重なり、
そんな二人にたいし、逆に驚愕したようにいっているゼロスの姿。
「む。誰が野蛮人だ!誰が!」
「この森は暗いから、光に強く反応する植物があるのかもしれないわね。
力の場もその様子だとこの森の幾か所かに設置されているのかもしれないわ。
テセアラではこのような力の場を設ける技術があるのかしら?」
リフィルがいえば、
「いや。この森は何でも古代大戦より前からあるらしいからな。
おそらく、古代文明の名残、なんじゃねえの?」
あっけらかん、とそんなリフィルにといっているゼロス。
「…ガオラキアの森…か」
思い出すは、あのときのミトス達。
ひらひらと彼らの周囲を舞いながら、分身である蝶にて彼らを視ていたあのとき。
あのころのこの森はここまで鬱蒼と茂ってなどはいなかったのだが。
ここ八百年におけるマナの充実で木々にも多少変化がおこり成長した結果らしいが。
最も、あのころからこの森は、魔のガオラキア、とはいわれていたが。
ミトス達がオゼット風邪の治療をもとめ、出向いた先。
森の奥にはどうやらまだあのときのまま、ファンダリアの花の群生地が残っているらしいが。
その存在を疎まれ、戦争の是非を問うていた彼らは互いの国から手配をうけていた。
そんな中でもまっすぐに、きっとわかりあえる世界になる、と信じ、
行動していたミトスとその仲間達。
けど、今は……
彼らがかつて移動したその場所に直接こうして来てみると、どうしても思い出すかつての記憶。
まだ、ヒトも捨てたものではない。
信じてもいいかもしれない、とおもったきっかけとなったあの子供。
だからこそ、ラタトスクは知りたい。
本当に自分を心から裏切っているのか否か、ということが。
かつてのときは、目覚めたときすでにミトスはおらず、
マーテルも精神融合体となりて人工精霊もどきとなっており、
マーテルそのものではなくなっていた、のだから。
しかもミトスの魂は自分が授けていた種子の命、として樹として芽吹いていた。
あれは、あきらかなる自分への…裏切り行為であったことも十分に理解している。
理解してしまったからこそ、あのとき、
何の行動もおこさずに、アステル達の言葉をうけ、
人間にはもう救いがない、と判断し滅ぼすように、と命じたのだから。
入り組んだ森の中の道なき道。
それを進むことしばし。
整備されている道という道はなく、どちらかといえば獣道にと近い。
平らといえる地面はほとんどなく、
気をぬけば、地面にせりだしている木の根にて転んでしまうとおもえるほど。
いくつかの入り組んだ獣道の分岐点を進んでゆくことしばし。
やがて、ちょっとした周囲が開けた足場が不安定ではない場所にとたどり着く。
このあたりからはどうやら大地に人の手が加わっているらしく、
先ほどまでのような進みにくさは感じられない。
完全に人の手がくわわりし、森の中にと設置されている道。
周囲は道を切り開いた痕跡、なのだろう。
いくつかの切り株の痕跡もみてとれる。
「あれ?なんかあっちのほうから足音がいくつかきこえてるんですけど」
ふとエミルが足をとめ、広くなっている道の先を示しつつもぽつり、とつぶやく。
「だな。な~んかきこえてくるな。また狒々爺の追手か?」
ゼロスもその音に気付いたらしく、首をすくめそんなことをいってくるが。
「?そうか?俺には何もきこえないけど。ジーニアス、おまえは?」
「僕も何もきこえない」
「私も」
ロイドのといかけに、ジーニアスが首をよこにふり、マルタも首をふるふると横にふる。
「俺様の感覚からして。聞こえてくる音から相当の数がいるみたいだな」
「…あんた、あいかわらずの地獄耳、だねぇ」
そんなゼロスのつぶやきに、しいなが苦笑しながらもいってくるが。
しいなは、ゼロスの聴覚や視力が無駄にいいことを知っている。
伊達に腐れ縁という関係を続けているわけではない。
もっとも、それがゼロスもまた天使化…すなわち、
アイオニトスをかつて服用した副作用であることはしるよしもないが。
「しかし。まずいね。たしかあっちの方向は目的の場所のはず、だよ」
たしか、しいなが手にしている情報では、この先にドワーフが住んでいたはず。
ゆえに、しばし考え込んだのち、
「仕方ない。コリンを偵察にむかわせる。孤鈴!」
「はいはい~」
ポフン、という煙とともに、コリンの姿がその場にと出現する。
「たのんだよ?」
「まかせといて!」
しいなに呼ばれて現れた孤鈴(コリン)はチリン、と鈴の音を鳴らしたのち、
そのふさふさの尻尾をゆらしつつも、そのまま深い森の奥へときえてゆく。
コリンの姿がみえなくなるとほぼ当時。
『うわ~~!!!!』
「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」
何だろう。
音がした、という方向から、何か悲鳴のような叫び声がきこえてきているのはロイド達の気のせいか。
一瞬、無言になったのち、
「な、何だ!?」
思わずそちらのほうにむけ、駆けだそうとするロイド達。
それとともに、ふいに頭上の木々の葉がこすれる音と、ザザザっと何かが木の上から飛び降りてくる。
それをうけ、はっと身構えるロイド達。
どうやら木々の枝から何か、が飛び降りてきた、らしい。
それは一つの人影。
その髪にいくつかの木の葉がついたままになっていることから、
しばらく木の上で一行の様子を窺っていたことが容易にうかがえる。
ひらりと飛び降りてきたその男は、髪を長くのばしどこかボロにも近い服をきていたりする。
奇妙にロイド達が捕らえたのは、そのいかにも筋肉がついています、
といった風体の彼の手に手錠らしき枷がはめられているということ。
男はそのまま、問答無用、とばかり。
いきなりだっと間合いをつめ、足をつきだし、ゼロスのほうにと足蹴りをかましてくる。
「おいおい。神子ゼロス様にそんなことしていいとおもってるのか?」
ひょい、とかるくそんな男の攻撃をさけたのち、
そんな彼にとさらっといっているゼロスの姿。
「な、なんだ、だれだおまえ!」
そんな男の様子にロイドが思わず怒鳴るようにして問いかけるが。
「おまえたちに用はない。それに………世界の滅亡をたくらむものなど神子ではない」
淡々とした口調でそんなことをいってくる。
そんな彼の言葉に首をすくめ、
「誰がそんなことをたくらんだよ。おまえ、教皇のやつにだまされてないか?」
あきれたように自分に攻撃をしかけてきた男にいっているゼロスであるが。
「・・・・」
その台詞には答えずに、そのままなぜか手枷をつけているてはつかわずに、
足蹴りのみで攻撃を繰り出してくるその男。
「うおっ!ったく、次から次へと。教皇のやつ、そんなに俺様が邪魔かっつうの」
ひらり、ひらりとそんな男の攻撃を余裕とばかりにゼロスは避けてゆく。
「あいつ、運動神経いいんだ」
マルタが以外、とばかり、そんなゼロスの行動をみてそんなことをつぶやくが。
「エクスフィアをつけているのは伊達ではないということでしょう」
リフィルもまた冷静に、彼らの様子をみつつ分析していたりする。
「だあ!ロイド君達、みてないで何とかしろよ!」
自分ばかりが攻撃をうけて、逃げているにも関わらず、
誰もまったく動いていないのをみてとりゼロスがそんなことをいってくるが。
「いや、何とかしろって…」
「ねえ?」
下手に手だしができるようなスピードではない。
ゼロスと男の距離は切迫しているので加勢すればゼロスにも攻撃が当たりかねない。
ゆえに戸惑いの声をあげるロイドとジーニアス。
と。
「え?プレセア?」
ひゅっと、それまで立ち止まっていたプレセアが急に走りだしたかとおもうと、ゼロスと男。
その間に割ってはいり、その手にもっているバルバートを思いっきり振りかぶる。
勢い任せに振り下ろされたようにみえるその斧は、
ゼロスと男の距離を保つのには十分すぎるほど。
「うっひゃあ。たすかった。ありがとな。プレセアちゃん」
男の攻撃から完全に逃れたゼロスがそんなプレセアにお礼をいっているが。
男とゼロスの間に割ってはいる状態で斧をいつでも繰り出せる体勢のプレセア。
そのまま、再び男に対し、プレセアが斧を振りかぶる。
「くっ!な…お、おまえは!?」
一度距離をとったのち、向き合った男がプレセアの顔をみて驚愕の表情をうかべる。
先ほどまで無表情でしかなかった、というのに。
その表情に浮かびしはあきらかなる動揺。
ほんの短い間であるが、男の体が一瞬硬直する。
「いまだ!」
その隙をついて、ジーニアスが詠唱を始めるが。
「そこまでじゃ」
どこからともなく第三者の、しかも女性の声が聞こえてくる。
「あれ?この声……」
どこか聞き覚えのある声に、ジーニアスが思わず首をかしげる。
声がしたほうに視線をむけてみれば、異様に体にぴったりとした服をきこんだ、
それでいて、その肩にかけているマント変わりにしている、のであろう。
リング状になっている肩あてから、体全体を覆い隠すほどのマントらしきものがみてとれる。
体に密着したような服はあるいみハイレグで、
露出した生足は途中から黒きブーツにて覆われている。
緑の髪は束ねられているのか、帽子らしきもので隠されており、
なぜか太もものあたりに、特殊な紋様。
今は失われし精霊術を使用するがための媒介となりし紋章をその身に刻んでいるのがみてとれるが。
今の人間達はそんなことすら忘れてしまっているらしき忘れられた技術の一つ。
「あれ?あのおばさん…どっかでみたことが……」
その姿をみとめ、ジーニアスが首をかしげる。
確かにどこかにてみおぼえがある。
「神子が殺されてはユグドラシル様が困るでのぉ。
よもやロディルのやつが勝手に行動しているとはおもっておったが。
ユグドラシル様の為に神子はわたしてもらおうかえ?」
そんな彼女の台詞に、
「ユグドラシル…だと、クルシスか!!」
ロイドが二本の剣をすらり、と抜き放ちがてら警戒した声をだす。
「五聖刃が長、プロネーマじゃ。
神子を連れてゆかれては都合がわるいのでな。けさせてもらうぞえ?」
そういうなり呪文を唱え始めるが、
「――まて。プロネーマ」
呪文の詠唱が終了しかけ、今にも術を解き放とうしたその矢先。
またまた別の声がこの場にと響き渡る。
「余計なことはするな。今は神子はほうっておけ。……ユグドラシル様がお呼びだ。引け」
「クラトス、おまえっ!」
木々の間から現れたクラトスの姿をみて、ロイドが思わず叫ぶ。
「…くっ」
そんなクラトス、そしてロイド達をざっとみたのち、一瞬、悔しそうな顔をするものの、
「……御意」
不祥不承とばかりに、それでも頭を下げたのち。
次の瞬間。
光とともに、その女性…プロネーマと名乗った女性の姿はかききえる。
どうやら彼らは媒介、となりし品をもっており、自由に移動ができるようにしているらしい。
それによって周囲のマナが多少乱れたのをうけ、すぐさまそれを修正する。
「っ、クラトス!あんた、またここで何をしてるんだ!答えろ!クラトス!」
そんな現れた人物、クラトスにむけてロイドが叫ぶが。
そんなロイドにたいし、ちらり、と一瞥をむけただけで、
そのまま森の翼を広げ、ばさり、と飛び立ち空の彼方にと消えてゆく。
「くそっ!なんだっていうんだよ!いったい!」
ロイドが何ともいえない思いをいだきつつ、誰にともなく叫ぶものの、
「あ。おもいだした!あのおばさん。
あの時、アスカードの牧場で立体映像スクリーンに映ってた人だ!」
ジーニアスがようやくそのことを思い出し、ぽん、と手をたたきながらそんなことをいってくる。
「そうか?」
そんなジーニアスの台詞にロイドが首をかしげるが。
ロイドはクヴァルに対する怒りはあれど、
その直前にクヴァルと話していたらしき彼女のことはあまり覚えていないらしい。
「あの人…今、ディザイアンの長っていってた……」
マルタがその台詞を思い出し、顔色もわるくぽつり、とつぶやいてくる。
それはつまり、シルヴァラントで人々を苦しめているディザイアン。
その長である、ということ。
五聖刃、というのが何のことかはわからないが。
おそらくは、ディザイアンという組織の中であのユグドラシルの直属の部下。
そのあたりにいる身分のものではないだろうか。
そう予測したがゆえに、マルタの顔色はどことなく悪い。
「……敵……」
ロイド達が、クラトス、そしてプロネーマの事に気をとられている最中も、
目の前に一番始めに襲撃してきた男はいたりする。
淡々とつぶやくプレセアの台詞に、はっと我にと戻り、
「はっ!そうだ!こいつもいたんだった!」
どうやら今のやり取りの最中、この男性は律義に彼らのやり取りが終わるまでまっていた、らしい。
「おまえ、まだやるつもりか!?コレットには指一本ふれさせない!」
あのプロネーマという女性がいっていたことが事実ならば。
この男はコレットを浚いにきた、ということに他ならない。
コレットをかばうようにして、コレットの目の前にたち、
二刀流の剣を構え、警戒態勢を再びとるロイド。
そんなロイドの態度に思うところがあったのか、それとも心変わりがあったのか。
「……いや。雇われたとはいえ突然襲ってすまなかった。
私はおまえたちと戦うつもりはない。ただその娘と話しがしたいだけだ」
「いきなり木々の上から飛び降りて、攻撃をしてきた人物の台詞、とはおもえないわね」
そんな男性の台詞にリフィルが冷静に、至極もっともなことを言い放つ。
問答無用で攻撃してきたのは紛れもない事実。
そういわれたからといって、はいそうですか、と信用できるはずがない。
「プレセアと!?」
「冗談じゃない。僕らの命を狙っていたくせに」
ロイドが思わず声をあげ、ジーニアスもまた思わず叫ぶ。
二人はそのまま警戒をとかぬまま、
ロイドがコレットの前にたち、ジーニアスがプレセアの前にと躍り出る。
いつでも術を解き放てるようにすでに力ある言葉のみで術が発動はできるように、
ジーニアスはこっそり下地をつくっていたりする。
「あの男は他のものにも依頼をしているかもしれないが。
すくなくとも、私はおまえたちの命は狙っていない。私が命じられたのはコレットという娘の回収だ」
一歩、男が前に進み出るのをうけ、プレセアもまた同時に一歩、後ずさる。
きらり、とその動きに反射したのであろう。
少ない太陽の光りが石を反射してきらり、とひかる。
「まさか…エクスフィア…だと、おまえも被害者だというのか!?」
驚きに目を見開き、枷をつけていた手をプレセアのほうに伸ばそうとするが。
「プレセア、あぶないっ!」
ジーニアスが叫ぶのと。
「――よくわからないけど、動かないでくださいね?」
エミルの声はほぼ同時。
いつのまに移動した、のであろう。
するり、と抜き放ったその剣を男の首筋…頸動脈のあたりにあて、
にこやかに男の背後からいっているエミル。
男との身長差はあれど、ぱっと見た目、エミルの姿は頭一つ分、
男よりも高い位置にとみてとれる。
よくよくみれば、エミルの足元。
少し小さ目のトロピカルワームがいつのまにかリーガルの真後ろに移動してきていたらしく、
そのトロピカルワームはエミルの足場として、その背にエミルを乗せているっぽい。
エミルに乗られている、というのに魔物はまったく抵抗もしなければ、
また、敵意をむけているようにすらみられない。
「被害者…ね。何か事情がありそうね。あなた、一体何ものなの?」
エミルが普通に魔物を使っているようにみえることにも驚かざるを得ないが。
先ほどのこともある。
それに、今追求すべきは、目の前の男のこと。
リフィルが男にそう語りかけるのとほぼ同時。
「しいな!たくさん兵士がいたよ!なんか皆こっちに向かっていたみたいだけど。
なんだか魔物もたくさんいて兵士達が皆魔物達に囲まれてた」
ぼふん、とした白い煙と、リン、と済んだ鈴の音が響き渡る。
「御苦労さま。コリン」
偵察に向かわせていた
そんな
「また、魔物?」
マルタが首をかしげつつ、その視線をリフィルにとむける。
先ほど、襲いかかってこようとしたであろう教皇騎士団、といわれた兵士達。
そして、この先にいるであろう兵士達。
そんな彼らは両方とも、魔物の襲撃らしきものをうけている、らしい。
この森にはいってこのかた、リフィル達はまったく魔物に攻撃すらうけていないのに。
しかも、あろうことか、魔物が率先して道案内をしているつもり、なのか。
薄暗い森の中で、ランタンの灯りがわりとして先導しているのを目の当たりにしている。
「手枷をしてるってことは、あんた囚人、だろ?なんでその囚人がコレットを浚おうとするのさ」
「・・・・・・・・・・・」
しいなの問いかけにも、その男は黙ったまま。
「魔物…ねぇ。つうか。あの教皇騎士団の奴ら。
何かこの森に生息してる魔物でも怒らせたんじゃねえか?この森にはいろんな奴らが生息してるからな」
ゼロスがしばし考えたのち、そうつぶやけば、
「この時期、たしか、エッグベアが繁殖期などにはいっていたはずね。
なら、ありえないことはないかもしれないわ。
コリン、魔物に囲まれていた、という兵士達は何の魔物に囲まれていたのかしら?」
この時期、たしか熊の亜種かもしれない、といわれている、ベア種とよばれし、
魔物達のたしか繁殖期にはいっていたはず。
リフィルにはシルヴァラントとテセアラの魔物の繁殖期が同じかどうかはわからないが。
可能性としてはありえるがゆえの問いかけ。
そんなリフィルの問いかけに。
「グールやゲートケスト、それにファントムって魔物に囲まれてた」
「ってことは、欲をだして、例の財宝に近づいたってか?さっきの伝承の続きにそういう伝承もあるしな」
宝に近づくものは、命を落とした死人が罰を与えんと襲ってくる、と。
どこまで嘘か真実なのかゼロスも判らないにしろ。
「で、この人どうします?あ、動かないでくださいね?この剣、よく切れますから」
すうっと、男の首に一筋の跡がつき、そこから血がにじみ出る。
「で?えっと、襲撃者さん?名前は?」
エミルの問いかけに
「…リーガル、だ」
しばし考え込んだのか無言になったのち、かるくため息をつき名をいってくる。
というか、何でこのリーガルが襲撃してきたんだ?
そんな思いのほうがラタトスクとしては強いのだが。
あのときは、たしか…そういえば、ノストロビアのおこした出来事が彼のせいにさせられて、
牢の中にこの人間は初めてあったときはいっていたっけ。
そんなことをふと思う。
そんなことをおもいつつ、
「で?この人、どうします?リフィルさん?皆?」
リーガル、と名乗った男性もいつのまにエミルが背後に移動したのか気付けてはいなかった。
というよりは、
「エミルのやつ、いつのまにあの男の背後にまわったんだ?」
「…忘れそうだけど、エミルってそういえばすごい腕してたんだったよね。すっかり忘れてたよ……」
エミルが剣を振るうようなことが滅多とないがゆえにすっかり忘れていた、が。
そもそも、パルマコスタのあの騒動のとき、エミルの剣の腕はロイド達も垣間見ている。
「どうやら事情がありそうね。捕虜にしたらどうかしら?いろいろと事情もきけそうだし、ね」
エミルの問いかけにしばし考えたのち、リフィルがそんな提案をいってくる。
「捕虜?何でだよ?先生?」
ロイドがその意味がわからずに首をかしげるが。
「なるほど。さすがリフィル様ってか。
たしかに、このおっさん。どうやらプレセアちゃんに用事があるみたいだしな。
だったらチビちゃんから話しがきける状態になるまで、少なくとも俺達に危害は加えないだろうしな。
んでもって、こいつには矢面にたってたたかってもらおうぜ。肉の盾だ、盾」
「盾って、あなた、もう少し言葉を包んでいいなさいよね。
でも、たしかにゼロスのいうように、悪くないわね」
「姉さんまで!?こいつ裏切るかもしれないのに!?」
ゼロスのいい分にリフィルが淡々といい、
そんな二人の台詞にジーニアスが驚きの声をあげているが。
「うさんくさいねぇ。まあ、あんたたちがいいならあたしはいいさ。 あたしも最初は敵だったんだし」
彼らの会話をききつつも、しいなが首をすくめていってくる。
そういえば、結局、流されるまま、しいなもあのときから、
アスカードでコレットに流されるまま、いろいろとあり、結局仲間として今にいたっていたな、そういえば。
そんなしいなの台詞にふとエミルは思い出す。
あのとき、インセインの子供の余波からコレットが偶然にしいなをかばい、
その結果としてコレットが一緒にいこう、といいだした結果。
いつのまにかしいなも一行の仲間、として認識されているこの現状。
しいなもまた、アスカードの人間牧場から後、完全にコレットを暗殺する。
その方法よりも別なる方法を見いだして、そちらのほうにかけているらしいが。
それはエミルからしても好都合。
ミトスによって契約の楔によって縛られている精霊たちを解放するのに、しいなのもつ力は必要不可欠。
精霊に施している理ゆえに、ヒトが願いし契約は、ヒトの契約でしか上書きできない。
そのあたりもすこしばかり考える必要がやはりあるのかもしれないが。
ともあれ今は、ミトスによる精霊達の束縛。
それを解放するのが何よりのエミル…否、ラタトスクからしてみれば先決事項。
「先生がそういうんだったら…おまえ、一時的にでも俺達の仲間、として戦えるか?」
剣をだらり、と下にさげ、いつでもすぐに臨戦態勢をとれる形をとったまま、
いまだにエミルに剣をつきつけられているリーガル、となのった男性にと問いかける。
そんなロイドの台詞に、
「……よかろう。我が名とこの手の戒めにかけて決して裏切らぬと誓う」
枷をつけている両手を前にとつきだしそんなことをいってくる。
「少しでもおかしいそぶりをみせたらすぐにくろこげにするからな!」
ジーニアスがそんな彼にたいし、何やらいっているが。
「エミル。そういうことだから、もう剣をひっこめてもいいわ」
「わかりました。約束は守ってくださいね?
…いくらヒトがどれほど約束を破る存在でしかない、といっても」
「約束は、守る」
「ヒトは約束をやぶる、か。たしかに、ね」
きっぱりいいきる男、リーガルとは裏腹に、エミルの台詞に思うところがあったのであろう。
リフィルがぽつり、とつぶやいているが。
「それはそうと。なあ、おっさん?俺様とどっかであったことない?」
どうもどこかでみた覚えがある。
立場柄、ヒトの顔は忘れたことがない。
それが誰だったのかなかなか思い出せないのがもどかしい。
そんなゼロスの問いかけに、
「……いや。神子にお会いする機会なと…私は、ただの罪人、だ」
「ふぅん?まあいいや。とにかく。日がくれちまうまでに、
アルテスタのところか、もしくはオゼットの村にまでいっちまおうぜ」
すでに森にはいって時間は経過している。
薄暗い森であるがゆえに今の太陽の位置はよくわからないにしろ。
さきほど木漏れ日の中から光が差し込んできたことから、
まちがいなく太陽は上空付近にあるのがうかがえる。
そう確信するがゆえにゼロスがいうが、
「まだ、先は長いのかしら?」
「ガオラキアの森はかなり深いからなぁ。まだまだかかるぜ?」
リフィルの問いに答えるように、ゼロスが首をすくめていってくる。
森閑の村とよばれしオゼット。
ガオラキアの森の奥深くに位置しているその村は山間にと根付いている小さな集落。
「プレセアちゃんに頼んだのはここ、オゼットまでの道だ。
アルテスタっていうドワーフの家はここから南にいったところにあるらしい。
もっとも、俺様も詳しい場所まではしらない、んだけどな。
村人にきけば詳しい場所がわかるとおもうぜ?」
オゼットの村にとたどりつき、ゼロスが振り向きざまにそんなことをいってくる。
「案内…ここまで」
「ああ。ありがとな。で、プレセアちゃんの家は…あ」
ゼロスがプレセアにさらに話しかけようとすると、もう用事はすんだ、とばかり。
そのままだっとかけだしてゆくプレセアの姿。
後ろにいるロイド達を気にかけることなく、そのまま村の中にと駆けこんでゆく。
「あ、ま、まってよ!プレセア!」
ジーニアスがそんなプレセアにあわてて声をかけるが、彼女は止まらない。
「ロイド、おいかけよう!」
「え?あ、ああ…」
なんでいきなりプレセアは走り出したんだ?
ジーニアスがあわてたようにいい、ジーニアスの剣幕に押されるようにおもわずうなづくロイド。
「あんたら…今、プレセアと一緒にいなかったかい?」
村人、なのだろう。
そんな彼らに近くにいた初老の女性が顔をしかめつつそんなことをいってくる。
「あの。ここはオゼット、でよろしくて?」
その女性に念のためにと問いかけるが。
「ああ。ここはオゼットの村だよ。
しかし、あんたたち、あの呪われた子と何か関係があるのかい?
悪いことはいわない。かかわるのはおよし」
「なんでそんなことをいわれないといけないのさ!」
初対面だというのに、いきなりといえばいきなりのいい分。
ゆえにそんな女性にジーニアスがくってかかる。
「あんたたちの為をいっていってるのさ。あの子には係わらないほうがいい」
それだけいい捨て、そのままその女性は村の奥のほうへとひっこんでゆく。
「何だっていうんだよ」
言いたいことだけいっていなくなった女性の台詞にロイドがつぶやく。
ふと、
「…プレセアのやつ、もどってきたんだ」
「ほんと。出かけたままいなくなってくれればいいのに」
視界の先にいたらしき、こちらもまた村人、なのであろう。
若い男女がそんな会話をしているのが聴こえてくる。
「あの子、歳もとらないし、何考えてるかわからないから薄気味わるいのよね」
「そもそも、俺達が子供のころからまったく変化してないだろ?
化け物だよ。なんだってあんな化け物がこの村にすんでるんだよ」
「本当。あの化け物に比べたら、ハーフエルフなんてかわいくみえるわ。
すくなくとも、彼らは成人するまではきちんと歳をとるもの」
「ああ。やだやだ。ハーフエルフにしても、あの化け物にしても。
ああいう俺達の生活を脅かすようなああいう奴らはどっかでかたまって、
人目につかないようにいきていけっていうんだ。迷惑だよ。というか死んでくれないか」
「下手にあの子に手をだしたら呪いにかかるかもって何も手がうててないものね」
一通り、言いたいことを言い終えたのか、男女は顔を見合わせたのち、
そのまま二人は村の奥のほうにとあるとある家の中へとはいってゆく。
そんな彼らの会話が聴こえた、のだろう。
「何だよ。ここの村の人達…気分わるい」
あからさまに、プレセアを差別しているらしき村の人々の台詞。
いきなりかかわりあいにならないほうがいい、といわれたり。
そして聞こえてきた今の会話。
「だな」
ジーニアスの呟きに、ロイドもまた顔をしかめつつも素直にうなづく。
あきらかに尋常ではない雰囲気がここ、オゼットには漂っている。
「とにかく、プレセアをおいかけよう」
ジーニアスがいい進みだそうとすると、
「あんたら、あの子には係わらないほうがいいぜ?
あいつは、病気の父親のかわりに
扱えるはずもないような、あの大きな斧を振るい始めてからかわっちまった。
思えばあのころからあいつはどんどんとおかしくなっちまってってる。
歳をとるのすらやめてな。呪われてるんだよ。近づけばおまえたちにも呪いがかかるぞ」
たまたま近くを歩いていたであろう、こちらはスキンヘットの男性が、
そんなジーニアスにとそんなことをいってくる。
「あなたは?それに…今、何て」
今、たしかに、このスキンヘッドの男性は歳をとるのすらやめた。
そういっていた。
エルフやハーフエルフといった種族はたしかに成人すれば、その老化速度が極端に遅くなるが。
しかしプレセアのマナのありようはそのどちらでもなかった。
それが、歳をとるのすらわすれてる?
その言葉の意味がリフィルには理解できない。
否、理解したくない、というほうが正しいのかもしれない。
ロイドの母親と同じ実験体にされている、というプレセア。
ケイトの話しを聞いた限りでは、ロイドの母親が逃げ出した変わりのようなもの。
であるらしいとリフィルは予測をつけている。
だとすれば…ロイドの年齢から考えてみても、
まさか、という思いがどうしてもぬぐい捨て切れない。
ジーニアスもまた、そのスキンヘッドの男性の言葉の意味が理解できないのであろう。
むっとした表情で、
「何であんたにそんなことをいわれないといけないのさ!」
さっきの老婆といい、この男性といい。
あからさまに傍からみて判るほどいらいらしつつジーニアスが叫ぶが、
「あの。すいません。ドワーフのアルテスタって人がどこにすんでるか知りませんか?
あと、できたら宿屋の位置をおしえてもらえれば助かります」
すでに太陽は傾きかけ、もう少しすれば日も暮れてしまうであろう。
感情のまま、その言葉がもつ意味を理解していないロイド達に任せていては話しがすすまない。
それゆえに、エミルがそれとなく軌道修正をかねて目の前の男性にとといかける。
「おう。なんだ。おまえさんたち、
ドワーフのアルテスタってやつを訪ねてきたのか?おまえさんたちどこからきた?」
そんな男の台詞に、
「メルトキオさ」
しいなが完結にさらり、とこたえる。
「なるほど。たしかあいつは神木を首都にもっていったはず。
だとすれば、魔の森、ガオラキアの案内役を頼んだ関係ってか」
こちらが説明するまでもなく、一人勝手に納得したのち、
「宿はここから先にあの細い道を上がっていったところにある。
そこに大きな樹がみえてるだろ?あの樹を利用して、その中間にある樹の洞、
そこを基準として宿屋がたてられてる。あと、おまえさんがいった、ドワーフはここから南にいるな。
ここ、オゼットの工芸品は有名なんだけどけよ。最近は客もへっちまってるが。
その南に住んでいるアルテスタってやつにも声をかけてみたんだ。
何かつくらないかってな。けど、あいつは無愛想で。いや、いい。これだけしかいわないんだぜ?
ドワーフといったら細工物には定評があるだろうに。もったいないったら」
聞かれてもいないことを愚痴るようにいきなりいってくる。
どうやらアルテスタ、というドワーフに対し、この人間は多少思うところがあるらしい。
「細工物、かぁ」
そういえば、なんであのときは、熊のおきものやらが有名になってたんだ?
ふとエミルはあのときのことを思い出す。
なぜか熊の彫り物がメルトキオで有名になっていた、らしい。
今はどうかは知らないが。
「で、どうするよ?プレセアちゃんをおいかけるのか?それとも宿にいくのか?」
「僕、プレセアをおいかけたい!」
「…そうね。少しきになることもできたもの」
まだ村の入口付近でしかない、というのに。
プレセアに対する村人の態度。
それがリフィルからしてみれば気にかかる。
「どうもありがとうございました」
「おう。何かいるものがあればいつでも店によんな!なんかここの奴らは排除的な傾向がおおいがな。
まあ、気持ちはわからんでもないが…特にハーフエルフに対しては、な」
そういう男の台詞に反応したのか、
「何で特に、なんですか?」
マルタが気になるらしくといかける。
「ここだけの話しだけどよ。ここは、かの教皇様の出身地なんだ」
「?え?」
それとこれと何の関係があるのだろう。
ゆえにマルタが首をかしげる。
「教皇様はエルフの隠れ里でエルフの女性と恋に落ちて、
ここに駆け落ち同然で世帯をもっていたらしいんだがな。けど、エルフである奥さんはしんじまった。
娘も一人いたようだがかなり前に教皇に呼ばれてどこかにいったって話しだ」
「え?それって……」
妻がエルフ。
ということは、必然的に子供は。
「奥さんを殺したのはハーフエルフって話しだぜ?よくわかんねえけどよ。
それから後、そいつは教皇の地位にまでのぼりつめ。
教皇となったからハーフエルフ施行法なんてものをつくりあげたみいだがな」
首をすくめてそんなことをいってくる。
どうやらかなりおしゃべりすきな人間、らしい。
「その娘さんは、今?」
「さあ?噂じゃあ、教皇が何やらやってるろくでもない研究。
その研究主任にさせられてるんじゃないかっていわれてるな。
詳しいことまではわからねえけどな。が、あのプレセアならわかるかもな。
よくプレセアのもとに胡散臭い野郎が出入りしてるからな。
類は友を呼ぶ、とはよくいったもんだぜ」
そこまでいい、
「そういえば、あいつ、おまえさん達より前にこの村にきてたな。
プレセアがもどってきたってことは、今ごろそいつとあってるんじゃないか?」
ふと思い出したようにそんなことをいってくる。
「それで?プレセアちゃんの家は?」
ゼロスの問いかけに。
「え?あ。ああ。あの子の家は、この村の外れ…
この村の下のほうにある道を進んだずっと先、さ」
「気になるわね。ともかくいってみましょう。情報、どうもありがとう」
「なあに。美人さんにお礼をいわれると気分いいねぇ。
んじゃあな。まあ、俺としてはほんとあまりかかわりあいにならないほうがいいぜ。
君子、危うきに近づかず、だ。藪をつついて蛇をだす、とならないようにな」
じゃあな。
それだけいいつつ、手をひらひらさせて、村の奥のほうへと歩いてゆくその男。
「あ、結局、今の人の名前、きいてなかった」
マルタがそのことに思い当たり、ぽつり、とつぶやくが。
「さっきの人達といい、今のひとといい。歳をとらないなんて。何馬鹿なこといってるんだろ」
ジーニアスが信じられない、とばかりにそんなことをいっていたりする。
そんなことはありえない、と言わんばかりの台詞。
ありえないということはありえない、というのにジーニアスは気づいていない。
「とにかく、プレセアの家にいってみましょう。
…話しを統合するに、彼女には病気の父親がいるようだし。
もしかしたら私の治癒術でどうにかなるかもしれないわ」
「そっか。そうだよね。姉さん、いこう!」
リフィルの言葉にぱっとジーニアスが顔を輝かす。
姉さんがプレセアのお父さんをたすけたら、ありがとう。ジーニアス、っていわれて。
命の恩人であるあなたの弟さんなら子供を安心してまかせられる、とかいって。
任せてください。義父さん、とか、なんとか、えへへへへ
「…ジーニアス。あんた、かわったねぇ。というか思ってること声にでてるよ?」
「うえ!?」
今、ジーニアスが心でおもっていたであろうその台詞は、
ジーニアスが無意識のままにおもいっきり口にだしていたりする。
そんなジーニアスにたいし、あきれたようにしいながつぶやくが。
「ジーニアスってまさかとおもってたけど。あの子に一目ぼれ?」
「だだだだだれがだよ!そりゃちょっと、かわいいな、とか。
わらったらもっとかわいいんだろうな。とか、声をもっとききたいな、とか」
「へぇ。ガキだ、ガキだ、とおもってたけど、訂正。マセガキだったか」
「何だと!」
マルタが興味深々、とばかりにジーニアスの顔をのぞきこみつついい、
ゼロスがジーニアスをちゃかすようにいってくる。
「ジーニアス。あなた…いえ、何でもないわ。とにかく、いきましょう」
リフィルがそんな弟の態度に何かいいかけるが、続く言葉を飲み込んで、そのまますたすたと歩きだす。
オゼットの村は山間の集落、といわれているだけのことはあり、基本、自然とともに暮らしているらしい。
たしかに村の上のほうには少し大きめな樹があり、
そこに建物がある、といった先ほどの男の台詞もどうやら嘘ではないらしい。
この村はかつてのときはもう少し家々の数も多かったはずだが。
ふとかつてのことを思い出し、ラタトスクが周囲を見渡すが。
そういえば、なぜだろうか。
ミトス達の様子をみていたときにみた村の様子と、あのとき、記憶を失っていたときにみた村の様子。
村人の姿はマルタとともにやってきたとき、これほどいなかったように思ったのだが。
村を抜けてしばらくいくと、たしかに先ほどの男がいったように、
村の外につづくのであろう、ちょっとした道らしきものがみてとれる。
男がいうには、この先の村はずれにプレセアの家はあるらしい。
彼は嘘をいっていない。
かつて、エミルもまたマルタ達とともにプレセアの家を訪ねたことがある。
ゆえにこのあたりの地理はある程度は詳しい。
たしか、あの家で彼女は一人暮らしをしていたはず、だが。
そんなことをエミルがおもいつつも、ロイド達とともに歩くいてくことしばし。
やがて
「あ、あそこにいたよ!」
ふと、マルタがプレセアの姿をみかけた、のであろう。
指さしつつもそんなことをいってくる。
一件の荒れ果てた家。
手入れがまったくされていないのか、家の周囲にある柵もどこかぼろぼろ。
たしかにマルタがいうように、その家の前にたっているのはプレセアで間違いがないらしい。
「……あれは……」
そのプレセアの前にいる男から間違いない、少なからず瘴気というものを感じられる。
そして、あの男はたしか。
『テネブラエ。アクア。ソルム。あの男はかの海底にいた奴と同じでまちがいないな?』
彼らに命じ、あの施設に出向いていたとき。
たしかあの施設の責任者、といわれているらしき男性。
直接あったことはなかったが、あの地にのこっていたデータから、
彼が責任者であったことは間違いないであろう。
おそらくは直接視たであろう三柱のセンチュリオン達に目をつむり念話にて問いかける。
『はい。あのものは間違いありません。たしか、名をロディル…と』
『飛竜達を卵から孵して利用してたり、エクスフィアをつかって魔物を利用してたり。私、あいつきらいです』
テネブラエとアクアがそんなことをいってくる。
『…ラタトスク様。あのものからは、かの書物に閉じ込めた魔族に近しい匂いが』
『わかっている。…関係、しているのかもしれないな。
たしか、あいつらには配下のものたちもいたはずだが、奴らの動向は?』
『シルフがいうには、どうやらそのうちの一体が人の子と契約を結んでいる。とのことですが……』
エミルが目をつむり、心の内で彼らと会話しているそんな中。
「……たすかりますよ。おや?あちらもお客様ですかな?」
家に近づいてゆくロイド達の耳に、プレセアと会話している男の声がきこえてくる。
ロイド達に気付いた、のであろう。
プレセアと話しをしていた男性がロイド達にと視線をむける。
恰幅のいい体格に、丸い眼鏡。
「……運び屋…と、依頼人……」
「ほう。運び屋さん、ですか」
男の台詞に答えるかのように、プレセアが完結にこたえると、男がしみじみとロイド達をみつめてくる。
「プレセア?要の紋をつくらないと!」
プレセアにジーニアスが叫ぶように話しかけるが、
「…仕事。依頼は完了…さよなら……」
それだけいい、プレセアはそこにある家の中へとはいってゆく。
やがて、男はロイド達のほうへと近づきざま、
「教会の儀式につかう神木はプレセアさんにしかとりにいけなんですよ。
彼女がやっともどってきておちらもおお助かりです。ふおっほっほっ。では失礼」
横をすり抜けざまにそんなことをいってきて、そのまま男は立ち去ってゆく。
「…あの男、やっぱりハーフエルフだわ」
立ち去ってゆく男をじっとみつつ、やがてその姿がみえなくなると、リフィルが確信をもっていってくる。
「あいつが?そういえばあいつ、前にメルトキオであったような……」
あの特徴のある笑い方はたしかにメルトキオですれ違った男。
その人物と同一人物であろう。
ロイドがつぶやくと、
「なんだか気持ちわるい人だよね。エミル。って、エミル?あれ?
エミル~、どうかしたの?気分でもわるいの?」
ふとエミルに声をかけようとし、エミルが少し離れた場所で、
目をつむり立ちすくんでいるのに今さらきづき、
ぱたぱたとエミルにかけより顔を覗き込むようにといってくるマルタの姿。
「え?あ。何でもないよ」
「…具合でもわるいのか?」
リーガルもその様子にきづいたのか、そんなことをいってくる。
「マルタちゃんの意見に同感~。
アレで俺様と同じ男として産まれたとおもうとかわいそうでもあるけどな。うひゃひゃひゃ」
「…同レベルじゃないの?」
「っ。このクソガキ」
ゼロスの台詞にジーニアスは突っ込みを入れたのち、ゼロスの文句をさらり、と無視し、
「とにかく。プレセアに話しをしないと!」
いって
「プレセア、はいるよ!」
家に近づき、扉に手をかける。
どうやら鍵はかかっていない、らしい。
がちゃり、と扉をあけるとともに、
強い特徴のある、まるで果物のマンゴーのような匂いが鼻をつく。
マンゴーをいくつも濃縮したようなその匂い。
あまったるい匂いは逆に鼻をつくような匂いへと変化していたりする。
あまりに濃い匂いは、ロイド達には異臭以外の何ものでもない。
それは、エミルはよく知っている匂い、すなわち…死臭。
念がそこに残っているがままであるがゆえ、その肉体はマナに還ることなく、
ただひたすらに腐っていっているらしい。
「な…何?この匂い……」
開かれた扉から匂ってくるそれは、あきらかに部屋の中から匂ってくるもの。
「な…何だ?これ……」
戸惑いぎみに、どうにか鼻をしかめつつも、家の中にとふみいれば、
そこには生活の匂いはまったくもって感じられない。
荒れた部屋の中には生気が感じられるのは何もなく、
床につもっている誇りと泥、壊れて傾いているままの棚板。
主の姿のない蜘蛛の巣。
そんな家の中の様子をきにとめる様子もなく、
プレセアはそんな家の中でもくもくと一人机の上や棚の上にあるものを寄せ集めている。
「…仕事にいく準備をしているんだわ」
自分達に気づいている様子もなく、ひたすらに作業を没頭しているようにみえなくもない。
ふと、リフィルが部屋の奥。
三つのベットが並んでいる中。
その内の二つはまったく使われている形跡、すらないが。
そのうちの一つの布団が盛り上がっているのにきづき、そちらのほうにと近寄ってゆく。
「あれは……」
リーガルもそれにきづいた、らしく顔をしかめる。
「…な…なんてこと……」
そのベットの脇にちかづいていったリフィルがその布団の中に横たわっているもの。
それをみて思わず声をつまらせる。
リフィルの様子に気づいた、のであろう。
全員がベットのほうにかけよってゆうことするが、
「…いかないほうがいいとおもうけどな」
ぽつり、とエミルがつぶやけば、
「?何で?」
「この匂いは、まちがいなく死臭、だからね。だとすれば、あそこにいるのは…」
「死臭…これが?」
「うん。おそらく、ここまでになるまでに体が消滅していない、ということは。
器にたいし、精神体が強い思いが残っているからか、
それとも…残されているものがよほどきがかりか……」
そういいつつも、そこにふわふわとうかんでいるひとつの精神体にと目をむける。
それは、常にプレセアの傍に感じていた精神体。
エクスフィアにもその思念が入り込んでいることからよほど子供のことが気がかりと見える。
リフィル達も誰もそのことに気付いていなかったようではあるが。
エミルの呟きに立ち止まったのはマルタのみ。
それ以外のメンバーは、布団の中をみて絶句していたりする。
すでに年齢も性別もわからなくなっている何か。
どろり、と解けている肉は人の原型すらとどめていない。
その中から骨らしきものがみてとれていることから、死して大分経過しているらしい。
このあたりは湿気が含まれている気候、だからであろうか。
本来ならば、肉体から精神体が離れた時点で、
器にしかすぎない体はマナにと還り世界に霧散するはず、なのだが。
いまだに形をとどめているということは、
それほどまでにそこにいる精神体…すなわち、この器の持ち主であったであろう、
あの男の精神体がよほど心残りがある証拠といってよい。
以前、マナと切り離したときの人の器はそのようなことにはならなかったが。
というよりは、ミイラなどといったものも人は生み出していたりした。
「おいおいおい。シャレになんねぇぞ」
ゼロスが顔をしかめ、ぽつり、とつぶやく。
「どうしてこんなになるまでほうってるんだよ!?」
しいなが悲痛ともいえる声をあげる。
「……おそらく、エクスフィアの寄生のためよ。
あのベットの中の人が……自分の父親がどうなっているのか。彼女にはわからないのね」
「そんな……」
リフィルが顔をふせつつそういうとともに、ジーニアスが何ともいえない声をあげる。
脳裏に浮かんだは、先ほどの村人たちがいっていた台詞。
呪われている、と。
こんなになるまで誰も村人が様子をみにこなかった、とはおもえない。
だとすれば、村人たちはこの現状をしっていて、あのようにいっていたとすれば。
判りたくないがわかってしまう。
たしかに、呪われているとおもっても仕方がないであろう。
その原因を彼らは知らないのだから。
「そんな…そんなのって…じゃあ、コレットもそんな風になっちゃうの?
私たちに何があっても、コレットは何もわからなくなっちゃってるの?」
――マルタ、大丈夫?
少し何かあっただけで心配そうに問いかけてきてくれていたコレット。
このプレセアの様子とコレットの様子が同じものだ、とするならば。
コレットもプレセアのように…つまりは、相手に何があっても無反応。
つまり認識できなくなっている、とおもって間違いないのかもしれない。
マルタからしてみても認めたくない事実なれど。
「そんなの…そんなの、させてたまるかっ!」
マルタの台詞をきき、ぎゅっとロイドが自らの手を握り締める。
そなのは認められない。