「さて。準備はよろしいかの?」
「ああ。皆もいいかい?」
翌朝。
いろいろと思うところのあった一日もおわり、今彼らがやってきているのは、
この地に降り立った始まりの場所ともいえる場所。
たったの一日。
されどその一日にいろいろとあった。
リフィルの母親の…否、両親の真実がやけに重い。
しいなは、昨夜、モスリン達から彼女達の父親に何があったのか、
口を重くするモスリン達ではらちがあかないゆえにミラにとといかけた。
やはりというべきか。
テセアラで行われた、今から十六年前のとある実験。
そのときから被験者として選ばれてしまった少女は時をとめている。
そうしいなは聞かされている。
みずほの里の調べでもそれは証明されてしまっている。
実験体に選ばれたその時期からその少女は成長を止めてしまっている、と。
実年齢は二十八のはずなのに、十二歳の姿のまま止まってしまっている少女。
人工的にクルシスの輝石を創りだす実験、そうしいなは聞いていた。
だからこそ、それは天に逆らうための反動なのではないか。
とまでいわれていたほど。
しかし、そうではない、とわかってしまった。
クルシス、そしてディザイアン。マーテル教。
全ては、クルシスが生み出せしあるいみ幻想。
幻想ならばよかったであろう。
しかし、その幻想が現実、として人々が真実と認識してしまっているこの世界。
エンジェルス計画…その内容はしいなはよくわからないが、
しかし、ロイドの母において施されていた実験が、あの彼女と同じものならば。
ディザイアン達がロイドを必要に狙うのも理解ができる。
…できてしまう。
ロイドは、かの石を装備しても普通に生活、そして成長できているのだから。
石を身につける、のではなく飲みこませる実験を行っていた。
というのにしいなは驚愕を感じ得なかったが。
異形と化し、この街の人々を傷つけ…そして、命を落としたというクロイツ。
飲みこんでしまってしまっていたがゆえに姿を元にもどしても、
それは不可能に近かった、とはモスリン談。
家族であったものから牙をむかれ、傷つけられる。
それは何と残酷なことなのだろうか。
かの実験は悲しみしかうまない。
そう強くしいなが思ってしまったのは仕方がない、といえよう。
もっともそのあまりの内容にジーニアスやリフィルには伝えることができなかったが。
その真実はしいなの胸の中にのみ今現在はしまいこまれていたりする。
「いくよ。契約者の名において命ずる!」
凜、としたしいなの声が、朝靄の中響き渡る。
「
契約名の名において命ずる!いでよ、シルフ!!」
しいなの声に従い、緑色の光りがはじけ、やがてその場所に三つの影が出現する。
「よびましたか?契約者よ」
セフィーがいい、
「おっひさ~」
ユーティスが軽い口調で周囲を飛びまわりつついってくる。
「いいな~。ねえ、僕たちずっと傍におかない?」
「「フィアレス」」
「…ごめんなさい。姉様達」
口ぐちに現れた三つの影…シルフ達がしいなにむかってそんな会話をしているが。
ねだるようにして何やらいっているフィアレスを二人が注意している様が
エミルからしてみれば何ともほほえましい。
『?』
しかしその意味はロイド達にはわからないらしく、ただ首をかしげるのみ。
「あたしたちを地上へおくっとくれ」
しいなの言葉をきき。
「おっけ~」
「まかせといて!」
その言葉とともに、ふわり、とそれぞれの体の周囲に空気の膜が出現する。
「これは?」
「空気の層で君たちの体を包み込んだんだよ。えっと、その子はどうしよう?」
「ノイシュ。コレットを乗せてあげて」
「ウォン」
包みこまれていないのは、今現在、エミル、ノイシュ、コレットのみ。
エミルの言葉をうけ、ノイシュがコレットの横にちかづき、頭を低くさげてくる。
「ノイシュの背に」
エミルがいうと、コレットは素直にノイシュの体にふわり、とうきあがり、
そのままちょこん、とノイシュの背にと腰掛ける。
「…コレット、エミルの言葉には反応してるようにみえるの…気のせい?」
ぽつり、とつぶやくジーニアスに対し、
「?何当たり前のことをいってるの?今のそのこ、だって微精霊達が……」
「だから、フィアレス?」
「余計なことをいうのはこのお口からなぁ?」
ふにゅ。
「にゃああ、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ」
左右から顔をひっぱられ、情けない声をあげているフィアレスの姿が見て取れるが。
「ともあれ、では地上におくりますね」
ぱちん。
とユフィーが指を鳴らすとともに、小さな風がまきおこり、
ふわり、とロイド達の体が…それとともにノイシュの体もまた空気につつまれ、
ふわり、と浮かんでゆく。
ちなみにエミルはノイシュの傍におり、ノイシュ、エミル、コレット三人が、
一つの空気の球体にはいっている状態となっていたりする。
だんだんと先にロイド達が包まれた球体は空にと登っていっているが、
エミル達の球体はいまだにそこにとどまったまま。
「では。マクスウェル」
「わかっておりますじゃ。というかくれぐれ!もむちゃはなさらないでくだされよ?」
そんなエミルとマクスウェルの会話をきき、
この場にきていたミラ、そしてモスリンがなぜか目を見開いているが。
なぜ精霊マクスウェルがそのような口ぶりでこの少年と話すのか。
モスリン達には理解不能。
「あと、せめて、せめて。センチュリオン様方を傍に出しておいてくだされ」
「あのな。天使化したものたちは、あいつらの姿が視えるのはしってるだろうが。
影の中にいるだけでもあいつらそれでなくても……」
『どういう意味ですかっ!そもそも、我ら(私たち)はラタトスク様の…』
その言葉とともに、影の中から八つの声が同時にかさなる。
「あと、くれぐれ!も正体が発覚なさらないようにおきをつけくだされませ。
できれば、かの地にもどられてほしいんですがのぉ」
「却下だな」
幾度となく繰り返されたやり取り。
そもそもこの状態をどうにかしないかぎり、あの場所にもどるつもりはさらさらない。
それに地上におりて力を変換させていったほうがはるかに能率はいい。
ここにくるまでにかなりの力がすでにとある核にみちはじめている。
この調子ならば、もう少しすれば新たな惑星を産みだすくらいの力はいくつかできるはず。
魔界を切り離すにしても、とっとと新たなる惑星を創りださないことには、
彼ら全員を移動することはままならない。
「何かあったらすぐによんでくださいね?あなた様に何かあれば、世界は……」
「わかっている。ソフィー、ユーティス、フィアレス。例の計画のままに」
「「「御意」」」
それとともに、三人が手をさっと掲げる。
それとともに、ゆっくりとではあるが小さな竜巻が発生し、その竜巻はやがて大きなものとなりはてる。
「って、また竜巻ぃぃ!?」
「って、目がまわるぅぅ!?」
「ちょ!しいな、なんでこんな手段にっ!」
「あたしがいったんじゃないよ!って、うわぁぁ!」
…何やら上空のほうからジーニアス、マルタ、リフィル、しいなの声が聞こえてくるが。
みれば竜巻に巻き込まれ、彼らを包み込んでいる球体はもののみごとに、
風にもてあそばれ、くるくると回っているのがみてとれる。
「…あの程度で悲鳴をあげるとは情けない」
「…あなた様の感覚でヒトをどうこういうのは間違い、なのでは?」
「「「うんうん」」」
ぽつり、とそれをみてつぶやいたエミルにたいし、マクスウェルがほつり、とつぶやき。
なぜか同時にその言葉にうなづいているシルフ達の姿がみてとれるが。
「どういう意味だ?」
そんな彼らをおもわずじと目でみるエミル…否、ラタトスクは間違っていないであろう。
「ともあれ、本当に正体を悟られませんように」
「くどい。行くぞ」
すっと手をかるく振るとともに、ふわり、とエミルをつつみこんだ球体もまた浮かび上がる。
「さて。かの地の神子…ゼロス・ワイルダー。こちらの話しにのる、かな?」
まあ、彼ならばのってくる、であろう。
両方の陣営、クルシスとレネゲード、どちらにも情報を伝えている彼、ならば。
「ったく…俺様も暇じゃないっての」
長く赤い髪が風もないのにふわり、となびく。
腰のあたりまで長く伸ばした赤い髪を簡単にヘアバンドで止めており、その瞳の色は青。
胸元にひかる赤き石は、本来あるべきものとは今は異なっていたりする。
ピンク色の上着に、白いずぼん。
腰には一振りの剣。
「そもそも、クルシスも一枚岩じゃないっ、てか。
レネゲードってやつのほうがまだきちんと統制がとれてやがるな」
昨日から入れ替わり立ち替わりにはいってくる通信。
ふと先ほどの通信を思い出す。
「たしか、クラトスっていっていたよな。あいつ……」
初めて通信されたときには感情のこもならい相手だ、とおもっていたが。
何というか。
プロネーマから聞かされたことによれば、彼には息子、がいるらしい。
しかも十数年前に生き別れていた息子が。
しかも、それはシルヴァラントの神子とともに行動している、とも。
「プロネーマ様がいうには、あいつを信用してないっていってたけど。何を考えてるんだか」
いつも親は子供のことなど考えちゃいない。
あいつもまた、子供を巻き込むつもり、なのかとおもうといらいらする。
だからこうして屋根の上に気分転換にやってきている。
屋敷に連絡があったのは、昨日。
何でもシルヴァラントの神子がここ、テセアラにむかった、らしい。
どうにかして接触し、彼らを監視しろ、というのがクルシスからの命令。
クルシスの神子である彼はそれに逆らうつもりはさらさらない。
というより、きちんと職務をこなせば自らの希望をかなえる、
とプロネーマよりきちんとした盟約を取り付けているのだから迷うことはない。
いつも自分に連絡をいれてきていたのはユアン、という人物であったが。
その代理としてプロネーマ、という女性が直接に接触してきたのは…
ふとかつてのことを思い出す。
妹との立場の入れ替え。
それは彼にとって願ってもないこと。
そして、少し前…世界に異常が確認されたその直後くらいに、
連絡係りをプロネーマに引き継ぐ、という連絡をうけた。
それでも定期的に連絡は彼のほうからも時折はいってきてはいるが。
「つうか。神子コレットちゃん、だったっけ?
引き渡すための計画を持ちかけられてるか、といわれてもねぇ。
当事者達がきていない以上、どうにもならないっていうの」
連絡は、どうやら一昨日、どうやらシルヴァランドの民がこちらに移動した、らしい。
らしい、というのはいまだにそういう報告もゼロスのほうに、表だってあがってきていない。
神託、というかクルシスからのお告げ、という形をとり連絡が入らなければ、
彼とてそれはしりようのなかった事実。
もっとも、その中で気になっていたこと。
…暗殺にむかったはずのみずほの民の話しをユアンからききだし、ほっとしたはしたにしろ。
そもそも、裏切りものだ、とプロネーマから聞かされている彼の言葉を信じろ。
というのが無理、というもの。
しかも、聞けば息子を裏切っていた、というのだからなおさらに。
レアバードの燃料を示す値が、ユアン曰く、燃料がなくなっているらしい、とのことらしい。
何でも特殊なる電波でそれがわかるようになっているとかいないとか。
ならば、こちらにきた時点でどこかに墜落していなければおかしい、のだが。
ある時を境にその電波は途切れてしまったらしく、
ウィングパックのような何かにしまわれてしまった可能性が高い、とも。
クルシス側からしてみれば、マナを操作し、
かの機体をフウジ山脈に墜落させるつもりであるようなことをいっていたが。
フウジ山脈にそんなものが墜落した、という報告はいまだまだ上がってきてすらいない。
「しいなのやつ…どうしてるかな」
忍び、としては優しすぎる彼女のことを思い出す。
彼女も負い目を感じていた。
産まれてきたことにたいし負い目を感じている自分と、
力をもっていたがゆえに負い目を感じていた彼女。
こちらに移動した、というのにそんな話しがはいってこない。
彼女ならばまちがいなく、ここ、王都に彼らをつれてくる、だろうに。
と。
「…うん?」
気のせいか。
見あげた空の向こうに何かがみえる。
ある事情からものすごくよくなった視力でよく凝らしてみる。
それはだんだんと間違いなく、こちら側。
すなわち王都にむかってやってきているのが見て取れる。
「ちっ!竜巻か!?」
地上に到達してないものの、それはたしかに巨大な竜巻。
いつ、地上に到達して被害をだすかわかったものではない。
というかあと少しでどうみても地上に達する。
グランテセアラブリッジのほうからどす黒い風の渦が確実に近づいてきているのはこれいかに。
しかもここから見える範囲ですら、かなりの大きさであることがうかがえる。
「ちっ。セバスチャン!」
すばやく屋根の上から飛びおり、屋敷の中にと声をかける。
直後、執事服を着込んだ男性がかしこまった様子にて、
「ここに。何でしょうか?」
声をうけ、屋敷からでてくる一人の男性。
「すぐに兵士達に連絡を!こっちにむかって竜巻が近づいてきてやがる!警戒はしておいたほうがいい!」
「わ、わかりました!ゼロス様は……」
「町に入る手前で何とかしてみせる。術で発散させられればそれにこしたことはないからな」
「…了解いたしました」
相手が了承したのをうけ、そのまま、だっと町の外にと駆けだしてゆく。
「あんなのが街に直撃したらたまったもんじゃねえからな!」
あれをどうにかできるのは自分くらいであろう。
それゆえの行動。
あれがもし直撃すれば、この街は壊滅的な被害をうける。
それはもう直感。
そもそも、雷の神殿辺りで常に大気が不安定になっている。
という報告はうけていたが。
こんな巨大な竜巻が発生したことなど一度たりとてない。
竜巻、ということはおそらくは、風の精霊が解放されたことに関係があるのかもしれない。
クルシス側からの連絡では、すでにシルヴァラント側の精霊全ての封印は解除された、という。
まだマナの数値が激減した、という話しは届いてこないが。
救いの塔が視えている以上、衰退世界とよばれる期間にはいったわけ、ではないらしい。
クルシス側がいうには、完全に儀式が終わっていないから、とはいっていたが。
ともあれ今は考えている暇はない。
今はとりあえず、あの竜巻をどうにかしない以上、被害は免れないのだから。
だんだんと近づいてくるたびに、竜巻は大きくなっているのがみてとれる。
いのつまにか完全に地上に達しており、渦をまきつつ、
周囲全てをのみこんで、しかし確実に、
誰の目にもあきらかなほどに巨大に成長しつつむかってくるそれ。
その進路からして首都を直撃してしまいかねない。
地上に達するその手前で竜巻をどうにかする必要があるが、
空中にある竜巻をどうこうできるような技、そして技術はすぐには用意できない。
ハーフエルフ達を動員し、術を放ったとしても、焼け石に水、であろう。
「神子様……」
背後のほうで不安そうな兵士達の声がむけられる。
念には念を。
すでに民への避難命令は下されている。
より頑丈な建物への避難は町にのこった兵士達が行っているはずだが、
おそらくは、貧民街のものたちまで彼らは絶対に手をだしていないだろう。
それがわかるからこそ、どうにかしなければならない。
それを口にすることはまずないが。
だんだんと近づいてきている竜巻は、今では誰の目にもあきらか。
すでに竜巻はほとんど地上に達しかけているといってよい。
霧散させるにしても、向きをどうにかするにしても、
巨大な力をもってしてどうにかする以外に方法はない。
「皆、あぶないから下がってな」
この力を解放することがあるなどおもいもしなかったが。
儀式のときに解放するとある力。
神子たる証。
「俺様の本気、見せてやるよ、くらいなっ」
いいつつも、意識を集中し始める。
ざわり、風もないのに赤き髪がふわり、となびく。
「輝く御名のもと 地を這う穢れし魂に裁きの光を雨と降らせん 安息に眠れ 罪深き者よ」
詠唱とともに、彼の足元、そして空中に魔方陣が出現する。
出現した魔方陣は輝きをましてゆき、そして。
「……リバイン・ジャッジメント!!」
力ある言葉が解き放たれる。
刹那。
バリバリバリッ!!
ズガァァァッンッ!
周囲に大々的に雷が降り注ぐ。
その雷は、こちらにむけてくる竜巻にむかい、やがていくつもの束となり、
そのまま竜巻にむかって直撃してゆき、
やがて、雷と竜巻がしばしせめぎ合うように絡まり、
いくつもの小さな竜巻の余波や雷が大地に降り注ぎ、やがてゆっくりと、
巨大になりかけていた竜巻が雷の影響をうけてゆっくりと薄れてゆく。
『わ~っ!』
背後からそれを見届けた兵士達が歓声をあげているのがききとれるが。
「やれやれ…うん?」
天使術、とよばれし術をつかうようなことは、知識としてはあっても滅多とない。
よくて小さな術くらいなもの。
もっとも、少し前までは暴走した魔物達などを沈めるのに、
町からでた先で使用することが多少あったりもしたりはしたが。
ある時を境に、そんな魔物達の暴走もぴったりとなくなっていたりする。
ふと見あげた空の向こう。
正確にいうならば、空の上。
何だろう。
何か、人影のようなものがみえるのは…
「まさか、な…って、うぉい!?」
いくら何でも空の上に人がいるはずがない。
気のせいだ。
そうおもい、くるり、と向きをかえようとするものの。
――…ぁぁぁぁぁあああああ
何だろう。
上空から聞こえてくる、この声のようなものは。
しかも、何かものすっごく聞き覚えのある声である。
思わずばっと空中を見あげてみれば、
「って、うきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「うぉいぃぃっ!?」
上空からまるでおちてくるかのごとくに降ってくるいくつかの人影。
はっと見あげたその先に、ものすごくみおぼえのある女性の姿が。
思わず反射的にその人物の真下にとすべりこむとほぼ同時。
どしゃっ。
『・・・・は!?み、神子様!?何ごと!?何やつ!?』
何がおこったのか理解不能。
いきなり空から人が降ってきた。
それも一人や二人、ではない。
思わずそれを目の当たりにした兵士達が唖然とするものの、
はっと我にともどり、ざっと空から降ってきた人影を武器をそれぞれ手にし取り囲む。
みれば、その場に倒れているのは子供、そして大人の女性が一人。
ついでにいえば、彼らが神子、と呼んでいた男性の真上に重なるようにしているのは、
「おい…しいな、お前、…ふとってないか?」
ぴしり。
「ななななっ、何いってんだい、あほ神子ぉぉ!というか、何だってあんたがここにいるんだいっ!?」
上空にて、それでなくても竜巻に巻き込まれ、ほとんど目を回しかけていたその最中。
いきなり雷が幾度も直撃し、その結果なのかはどうかはわからないが、
自分達を運んでいた竜巻が突如としてゆっくりと消えていった。
あとはもうお約束。
そのまま上空から地上にむけて墜落していったはず、なのだが。
なぜか衝撃は感じなかった。
おそらくは、風の膜の結界が衝撃を和らげていた、のであろうが。
しいながそうめまぐるしく思っている最中、自身の真下より何やら聞き覚えのある声が。
「それより、いいながめなんだけどな。しいな。いい加減にどいてくれないか?」
「…って、うきゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
あるいみ眼の保養、ではあるが。
何しろ今の彼女の格好は、彼にまたがってのしかかっているようなもの。
どうみても、その場に倒れている男性の上に真上にのっかっており、
この状態だけみれば、女性が男性を押し倒している、というように勘違いされてもおかしくない光景。
しかも、ちょうど少しばかり顔をあげた彼の目の前に、しいなの胸元がみえていればなおさらに。
「んきゃぁあっ!」
何ともいえない叫びがコダマする。
「しいな、何でこんな方法とってるのさ!?」
悲鳴のような非難のようなジーニアスの叫び。
「あたしにいわないどくれ!この手段をとったのはシルフなんだから!」
「うまく風にのれば、翻弄されることもないんだけどな……ねぇ。ノイシュ」
「…クゥン……」
微弱ながらに周囲のマナを操りながら、なぜか思いっきり風にまきこまれ、
上下左右、さらには回転を繰り返している彼らをみつつぽつり、とつぶやく。
ふわふわと、ロイドやジーニアス、そしてリフィルが包まれている球体とは異なり、
エミルとノイシュ、そしてコレットが入った球体は、ふわふわと普通に浮いている。
「うう、エミル、どうにかしてぇぇっ」
みればマルタが包まれた球体もおもいっきりぽんぽんと、
こちらは面白いまでに左右に移動したり、くるりと一回転しているのがみてとれるが。
「…何やってるんだ?あいつは……」
マルタの頭の上で嬉々として、おもいっきり遊んでいるシヴァの姿が。
どうやらシヴァがこの状態を面白がって、マルタともども巻き込んでいるっぽいが。
「…シヴァ。お前が遊ぶのはいいが。マルタは巻き込むな」
思いっきりため息をつきつつも、少し手を動かしマルタが包まれている球体。
その周囲のマナを操作し、自分達のほうへと近づけさせる。
この球体の特性は、近づけば、そのままそれぞれの球体は融合するようになっており、
ぽよん、とした音とともに、二つの球体は一つの球体へと変化する。
「うう…目がまわったよぉ…エミル~……」
ふわふわと浮かんでいる球体の中、とはいえ、
これまでマルタがおかれていた球体の中とは、なぜかエミルがいる球体の中。
それは落ちついており、どうやら自分の意思でこの中で移動ができる模様。
「…は~……」
どうでもいいが、なぜ抱きついてきてるのだろうか。
このマルタは。
「ほら。マルタもノイシュに乗って」
そのまま、ひょいっとマルタを抱き上げ、ノイシュの背へと。
「さて。シヴァ?久しぶりに動きまわりたい、というのはわかるがな。いくなら一人でやっておけ」
それとともに、マルタの頭の上にいたシヴァをひょいっとつかみあげ、
視線あわせ、しっかりと言い聞かせる。
『…うっ』
なぜか小さな呻き声のようなものがシヴァから聞こえてくるが。
「さて。そろそろ、か」
そのまま、ぽいっとシヴァを放り出すとともに、
シヴァの体が別の球体にとつつまれ、竜巻の内部において、
風に翻弄されつつ、前後左右、ついでにくるくると幾度も回転をしはじめる。
「にゃぁぁぁぁっ」
何やらシヴァもまた悲鳴のようなものをあげているが。
どうでもいいが、自らの力を使用する、というのを失念しているらしい。
「…平和ボケか?」
シヴァならばこの程度の風を自らのものとし、操ることもできる、というのに。
どうやらおもいっきり平和ボケをしているっぽい。
四千年の間何があったのかはわからないが、
すくなくとも、そういった力を行使する、というようなことがまずなかったのであろう。
おそらく、リフィル達は気づいていない、であろう。
今、自分達が移動しているこの竜巻がどこにむかっているのか、ということに。
ゆっくりとではあるが、竜巻の特性ともいえる巨大化は平行している。
つまりは、確実に巨大化しながらもこの竜巻の行進は続いているわけで。
ちらり、と意識をとある方向にむけて視れば、
こちら側の神子がどうやらこの竜巻に【気付いた】らしい。
「さて。どうでる?テセアラの神子よ」
このまま、この竜巻が街に直撃するのを見逃すか。
ちなみに、この竜巻、方向性を指定しているので、貧民街のほうには一切被害は出さない予定。
このまま直撃したとしても、貴族街のみ被害がでる。
さらにいうならば、権力におぼれているものたちの屋敷などに限定して被害をむける予定。
あくまでも自然災害。
ただ、その方向性を少しばかり指定しているだけ。
街を守るために、天使化している光の力を使用するか否か。
それによって、彼に対する方向性も決まってくる。
ヒトは、窮地に陥ったとき、あせったときほど、その根本たる本質が現れる、のだから。
「うわっ!?」
突如としてしいなの叫びが響き渡る。
「な、何、これ!?」
頭がくらくらする中で、それでもしっかりとみえるのは。
これまでただの風の渦だけであったはず、なのに。
何かが風にのって、下、そして真横のほうから内部に飛び込んでくる数多の何か。
「まさか、地上に被害が!?」
しいなの焦りの声。
視界にうつりしは、地上より巻き上げられたいくつかの破片の数々。
とある橋の上を通過しつつ、ついでに竜巻に巻き込まれたかのようにみせかけて、
かの地に囚われし三千いくつもの精霊石達を解放するための進路。
まあその過程であれに使われているいくつかの備品らしきものも一緒に巻き上げられているが、
それは別に問題ではない。
パキン、と割れては解放されてゆく精霊石の数々。
「…綺麗……」
いまだに風をうまくつかめないらしい…リフィルはエミルがマルタを取り込んだ…
もとい、一緒に球体がかさなり、一つになったのをみてとり、
どうにかしてジーニアスのもとにたどり着き、
今ではジーニアスとともに一つの球体にとはいっていたりする。
一人でただよっているのは、ロイドとしいなのみ。
ノイシュの背にのりつつも、マルタがぽつり、とつぶやきをもらす。
きらきらと輝く、八色の光りの数々。
それは、精霊石達が孵化し、微精霊として孵るときに発生する光の乱舞。
光はきらきらと、マルタの周囲を…正確にいえば、エミルの周囲を、なのではあるが。
集っては、そのままはじけるようにと消えてゆく。
まるで、そう、空気の中に溶け込んでゆくかのごとくに。
「…かなり穢されていたようだな……」
マルタがそんな幻想的な光景に目を奪われているそんな中。
エミルがぽそり、とつぶやいたその台詞にマルタは気づけない。
すっと開いた手の中には小さな一つの結晶があり、
その結晶は始めは無色透明であったはず、なのに。
今では黒一色に染まりかけている。
「…まさか、たったの一か所のみでかの種ができそうになるとはな…」
もう呆れる以外の何ものでもない。
まあ、こちら側の世界では、たしかに負の穢れはたまっているであろう、
と予測はしていたが。
まさか、たったの一か所全ての精霊石を解放しただけでここまでの負の穢れが集まるとは。
わざわざ浄化し、昇華したあげく自らの力にするよりは、
どちらにしても行おうとしていること。
すなわち…新たなる世界の構築。
そのための種子に利用しよう、とおもった…のだが。
人の欲の心、とはとにもかくにも底がない。
微精霊達が穢されていたのは、そんな人々の欲望ともいえる心も上書きされていた。
涙型の黒きぱっと見た目は水晶のようなそれ。
あと少し大きくこれが形成されれば、この惑星とほぼ同じ状態。
その惑星をこれにより産みだすこともたやすいであろう。
この決定はすでにセンチュリオン達により、精霊達には伝達が行き届いているはず。
――新たな惑星の構築。
そこに、今、界をわけて抑えている魔界全てを移動させ、
もしくは精霊達全てをも移動させる、新たな惑星の構築。
いちいち、次元を変えて構築するよりは、そちらのほうがてっとりはやい。
そもそも、かつてのとき、その次元の構成をしたあげく、
あのラグナログなどといった出来事がおこってしまった。
ならば、まったく別なる惑星同士にしてしまえばよい。
今いる精霊達の理も、一つの惑星ではなく、この周囲…すなわち、
恒星を主とした惑星群を主体とした理にかえてしまえばよい、だけなのだから。
しかし、この調子では、これらの力を半分づつ、でもいいかもしれない。
そうすれば、一気に精霊達の拠点となる惑星と、そして魔族達が住むに値いする惑星の創造。
それらが同時に行える。
「…本当に、ヒトとはいつの時代も…な」
「?エミル、何かいった?」
エミルの呟きにきづいたのであろう。
マルタがノイシュの背の上より首をかしげつつといかけてくる。
「ううん。別に。それよりマルタ。大丈夫?」
「うん。もう、平気。さっきまでは頭がくらくらしてたけど。
この綺麗なきらきらした光みてたら何だかおちついた」
そういいつつも、
「…リフィルさん達…大丈夫、なのかな?」
「まあ、さっきより、平衡感覚がつかめてるっぽいから平気なんじゃない?」
どうやら幾度も風にもまれることにより、ある程度感覚をつかむことに成功したのか。
先ほどよりかは気流の渦に巻き込まれることなく、回避をしているのがみてとれる。
もっとも、傍から見れば、ぽよん、ぽよん、という擬態音が聞こえてくるかのごとく。
球体に人がはいった何か、が
ぽわん、ぽわん、と移動しまくっている以外の何ものでもない。
それはあるいみ、ヒトが風船、とよんでいるものがふわふわと浮いては、
風にもてあそばれている光景といって差しさわりのないもの。
独り言のときにはつい素がでてしまうが、マルタ達に気づかれてはかなり面倒。
ゆえに、いつもの、エミル、としての口調でにこやかにいいつつも、
「それより、あれ何だとおもう?マルタ?」
「…え?」
エミルが指差すその先。
なんだろう。
うっすらとみえる地上が気のせいだろうか。
魔方陣のごとくひかっているようにみえるのは。
そして、その光りがより一層輝くとともに、
ズガガガァァッン!
「きゃぁっ!?」
「…へぇ。ジャッジメント…か」
「エミル、何のんきなこといってるのよぉぉぉぉ!?」
突如として発生した雷はマルタ達のいる場所にも降り注ぎ、
そしてその力は周囲の風の膜となっているであろう竜巻の構成をことごとく直撃してゆく。
ばちばちと風と雷が拮抗する音とともに、
その反動、なのだろう。
いくつもの小さな竜巻などが竜巻の中心にいるであろうマルタ達の周囲にすら発生する。
「ちょ、何がおこってるんだい!?これはっ!?」
「これは…雷の術!?」
「って…雷の!?」
そんな術がつかえる人物は、しいなは一人しかしらない。
まさか、とおもう。
たしかに今、自分達がいるのは竜巻の中…だとおもう。
信じたくはないが、この竜巻は何かの建造物を壊して進んでいるのだろう。とも。
それは巻き込まれてくる残骸から何となく理解ができなくもない。
だとすれば、こんなどうみても自然現象を何とかできるかもしれない人物(存在)。
その人物に協力要請がいくのはおのずと明白。
まあ、彼のことだからいわれなくてもしそうな気がするが。
「って、いけない!…風が……」
「え…んきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
リフィルが、周囲のマナが変化したのにきづき、思わず叫ぶ。
雷と風のマナの拮抗。
それはやがて、だんだんと少なく、そして小さくなっていき、
リフィル達がはいっていた球体を押し上げていた風の力すら小さくなってゆく。
「…姉さん?…なんか、ものすっごく嫌な予感がするんだけど……」
おもわず、同じ球体の中にいるジーニアスが恐る恐るといった感じでリフィルを見あげる。
「…風がなくなったら、まちがいなく…落下するわね」
「って、恨むからねぇぇぇぇぇ!シルフゥゥっ!!」
「「「んきゃぁぁ(うわぁぁ)!!」」」
「…あ、おちてく」
「…?私たちは平気なのに、何で?」
「さあ?」
薄れてゆく竜巻の風。
それとともに、浮力のなくなったリフィルとジーニアス、
そしてロイド、しいながそれぞれにはいった球体は、そのまま地上にむけて落下してゆく。
ふわふわと空中に浮いているままのエミル達の入った球体をその場にのこし、
他の三つの球体は、まちがいなく地上にむけて落下していっているのが目にはいる。
そもそも、エミル達の球体が落ちないのは、エミルがマナを操っているがゆえ。
が、それにマルタは気づかない。
否、気づくことができたらそれはそれですごいかもしれないが。
いつのまにかしばらく竜巻とともに遊んでいたシヴァもすでにもどってきており、
今はノイシュの頭にちょこん、とのっかっている状況。
とまどったようにいうマルタにさらり、とこたえるエミル。
嘘はついていない。
知らない、とも知っている、ともいっていないのだから。
そうこうしているうちに、周囲を覆っていた竜巻の層がゆっくりときえてゆく。
一応、指示はだしてはいた。
もしも、テセアラの神子が何らかの攻撃をしてきた場合、この竜巻を消すように、と。
そうでない場合はそのままこの竜巻をかの街へ、と。
世界統合後におもいっきりシルヴァラントの人々をさげずんでいたテセアラの権力者たち。
もしもゼロスが何かしかけてこなければ、それらの屋敷を壊す予定ではあったのだが。
まあ、そのあたりは今後、考えればいいだろう。
すくなくとも、今後、地震を頻発して起こすことにはかわりない。
そのときに自然災害で家屋が倒壊しても違和感はないはず。
どちらにしろ、他者を虐げるような行動をとる暇があるのならば、
その行動をとるよりも忙しくしてやればいいだけのこと。
今でも目をつぶればおもいだす。
…テセアラの神官が、シルヴァラントの女性を足蹴りにし、さげずんでいたあの光景は。
あのときはアリスの介入もあってかの女性は助かっていたが。
そういえば、とおもう。
たしかアリスもまたかの書物の犠牲者の一人。
リビングアーマーの眷属に契約をもちかけられつきすすんでいったうちの一人だったはず。
たしかどこかの孤児院にいたとか何とかきいたような気がするが。
今、確認するかぎり、かの書物の影響を強くうけているのはとある男性のみ。
そして、少なからず影響をうけているものが約一名。
こちらのほうはどうやらミトスになりかわって世界を支配しよう、
というその欲望から目をつけられているっぽいが。
「とにかく、ゆっくりとだけど降りていってるし。なるようになるよ」
「まあ、そうかもしれないけど…皆、大丈夫なのかなぁ……」
ゆっくりと降りてゆく自分達とは違い、どうやら完全に落下している。
としかみえないリフィルやロイド、しいな達。
三つの球体。
エミルの言葉にマルタが答えるが、かといってマルタ自身に何ができるか、といえば何もできない。
たしかにエミルのいうとおり、今はただ、このまま成すがままにまかして、
マルタからしてみれば、地上にむかってゆくしかない、のだから。
どさどさと空からおちてくるおそらく竜巻に巻き込まれていたもの、であろう品々。
眼下で、それらの物体から人々が逃げ回っているのがみてとれる。
「?何?あの人達?」
みたこともない鎧?のようなものを着込んでいる人々。
ふわり、ふわりと降りていく眼下にみえる人々の姿をみてマルタがぽつり、とつぶやくが。
「兵士じゃない?」
「いや、そうかもしれないけど…」
パルマコスタの自警団達よりも統率されているかのごとくの鎧を着込んでいる人々。
しかも、気のせいか。
一つの場所をぐるり、と彼らが武器を手にてに取り囲んでいるようにみえるのは。
そんな中。
「…って、うきゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「え?え?しいな!?」
地上より聞こえてくるしいなの悲鳴。
「エミル、いそごう!」
悲鳴をあげる、というのは何かがあった証拠。
「急ぐって…何で?」
「何でって、しいなの悲鳴、きこえたでしょ!?」
「でも、マルタ。このもし空気の膜きえたら、まっさかさまに間違いなく落ちる、よ?」
ぴしり。
たしかにこの膜から飛び出すことは可能かもしれないが。
ノイシュの背から降りて駆けだして、とにかく後先考えずにいこうとしたマルタは、
エミルの言葉にぴしり、とかたまる。
たしかに、この膜からでて、空気の膜があらたに生み出される、という可能性はない。
下手をすればクッションになるものが何もなくなり地上にまっさかさま。
という可能性もありえる。
というかその可能性しかマルタは思いつかない。
今、自分達がこうして風の膜に守られているのは精霊シルフの力のたまもの。
もっとも、それ以外の方法。
エミルがもっているソーサラーリングの力にて、あらたに風の膜を創りだす。
その可能性があるにはあるのだが、マルタはそこまで思い当たらない。
「うう。…しいなたち、大丈夫…なのかな?」
「平気なんじゃないのかな?」
「エミル、何の根拠があってっ…っ」
マルタがそういいかけるそんな中。
「神子様、何か空からおりてきます!」
「あれは…まさか……」
兵士達のとまどった声。
見あげた彼らの目にはいりしは、みたこともない動物とその動物の背にのっているであろう少女。
問題なのは、その動物の横にいる少年少女、ではなく。
動物の背にのっている少女。
神子と同じ、天使の翼のようなものがみえているのは兵士達の気のせいか。
「天から…まさか……」
誰ともなくつぶやかれる、スピリチュアの再臨。
教皇が神子をないがしろにしている、というのは暗黙の了解となっている。
そして、神子をうとみ、刺客が幾度も差し向けられていることも。
みたこともない動物。
そして、その背にのりし、金髪の薄桃色の透明な翼をもっている少女。
と。
「う……」
「は!?」
ふとみれば、同じく落ちてきたとおもわれる銀髪の女性がうめき声をあげつつも、
ふらり、とよろめきつつも起き上がるのがみてとれる。
おもわず武器を身構える兵士達。
「ゼロス、あんたが何だってこんなところにいるんだいっ!」
真赤になりつつも、ゼロス、と呼んだ赤い髪の男性の真上からのきつつ、
ぜいぜいと息をつきつつしいなが叫ぶが。
「このもの、神子様にむかって、何て口を…っ」
兵士がいいかけるが、そんな兵士達にたいし、手を横にのばし、すっと制し、
「ちょいまちな。こいつは俺様の知り合いだからな」
「しかし、神子様!」
「みずほの里のものさ。格好でわかるだろうが」
『それは……』
みずほの里。
それは国直属ともいえる影の部隊。
彼ら兵士が表の戦力とするならば、みずほの民たちは裏に属するもの。
「は!?ジーニアス、怪我はない!?」
首をふりかぶりつつも、意識を何とかとりもどし、
咄嗟的にかばうように抱きしめていたジーニアスの名を呼ぶ銀髪の女性。
「ひゅう。美人なお姉さん。お名前は?」
「え?あ、あの?あなたは…それに……」
そんなリフィルに近づきつつも、手をさしのべる彼の台詞に戸惑いを隠しきれない。
と。
「あ・ん・た・はぁぁ!リフィルに色目つかってナンパするんじゃないっ!」
ぼがっ。
「ってぇ、いきなり何すんだよ!しいな!」
「あんたが悪い!何リフィルをナンパしようとしてるんだよ!時と場合をかんがえなっ!」
「何をいう。美人な女性をみて声をかけただけだろうが!」
「その美人、がよけいだぁぁ!」
『・・・・・・・・・ああ、例の忍びか。この女性は』
そんなやり取りをみていたのち、数名の兵士達が何か思い当たることがあるらしく、
何やらそんなことをいっていたりする。
「ああ。たしか、昔、神子様の護衛をしていた、という幼馴染の?」
「しかし、いくら幼馴染といえ、神子様にあんな態度は…」
何やらそんな声もきこえなくはないが。
「皆、無事!?」
そんな中、ゆっくりと降りてくる別の何か。
思わず身構えつつも、距離をとる兵士達。
あきらかに降り立ってきた少女の背にみえるは、見間違えのない透明なる翼。
すなわち、天使の翼。
感情も何もないのかぴくり、とも動いていないゆえに、人形のようにみえなくもないが。
甘栗色の髪の少女がその手にスピナーを手にもち大地に降り立つ直前。
まるで何か、から飛び降りるかのようにとびだし、かけてくる姿が目にはいる。
「ひゅうっ。これはまた。新しい子猫ちゃんが…」
「こら!ゼロス!マルタにまでちょっかいをかけるんじゃないよ!?」
「へぇ。マルタちゃんっていうんだ。俺様はゼロスっていうんだ」
「え?え?」
「あんたはぁ!いってる傍からぁぁぁ!」
すばやく、さっとマルタの手をとり、かるく礼をとるような格好で、
いきなりマルタの片手をとり、かるくキスをしているゼロスにたいし、しいなの叫びが周囲にコダマする。
「…ねえ。何がどうなってるの?」
まあ、あのゼロスだしな。
たしか、かたっぱしから女性を口説いていた記憶がある。
しかも、初めてあったときはマルタに怪我はなかったか、かわいい子猫ちゃん。
とかいって、同じような行動をしていたことをふとエミルは思い出す。
ノイシュの背にコレットを乗せたまま…
ちなみに、コレットはノイシュの背に横に座るように、
そのままちょこん、とのっている状態となっている。
強いていうならば、等身大の人形を大きな動物の背に乗せているようにみえなくもない。
身動きすらしないがゆえに、兵士達はとまどわずにはいられない。
神子が絡んでいる、ということは、人形、ということもありえなくもない。
神子は場の空気をなごますためにあえていろいろとすることを兵士達は知っている。
「エミルかい。…あんたたちは無事に降りてこられたようだね」
ため息をつくしいなにたいし、
「ここは……私たち、無事に到着できたのかしら?」
きょろきょろと、リフィルが注意深く周囲をみわたす。
周囲にはなぜか兵士達の姿がみてとれることから、警戒を解くわけにはいかない。
ぎゅっともっていた別なる杖…腰につけているユニコーンホーンではなく、元々もっていた杖。
その杖をにぎりしめるリフィルにたいし、
「ロイド、大丈夫!?」
ふとみれば、少し離れた場所におちたらしいロイドを揺り起こしているジーニアスの姿が。
「しいな、こいつらは?」
「え?ああ、えっと……」
口ごもるしいなの台詞にかるくため息をつき、
「ま、こんなところで話しも何だな。
よぉし。お前ら、任務は完了。竜巻は無事に霧散したからな。
あと、この周囲に散らばった品々の始末はお前達にまかせる。いいな?」
「は!して、神子様は?」
「「…神子?」」
その言葉の意味がわからずに、マルタ、そしてリフィルの声が同時に重なる。
彼女達がいう神子とはコレットのみ。
よもや目の前の青年が神子だ、などと夢にもおもわないがゆえの戸惑い。
「どうやら何か事情がありそうだしな。こいつらを連れてゆく。異論はないな?」
「しかし、神子様。どこの誰ともしらないものたちを……」
「ちっちっ。美人に悪人はいないのよ~」
「あんたは!何ふざけたこといってるんだいっ!
そういってあんたは幾度あんた基準の美人の刺客おくりこまれたとおもってる!」
「お。しいな。心配してくれるのかい?さすがは俺様のハニーv」
「だ・れ・が!あんたのハニーだいぃぃ!」
「…ねえ。何がどうなってるの?」
「…わからないわ。…どうやら、しいなの知り合い…のようね」
何やら目の前で口論…どうみても痴話喧嘩、にしかみえない二人の言い合い。
マルタの唖然としたつぶやきに、リフィルもため息をつかざるをえない。
何がどうなっているのかわからないが。
しかし、言えることが一つある。
それは、この目の前の男性にしては顔立ちもととのっている…黙っていれば美青年。
黙っていれば、と注釈がついたのは、しいな、そしてマルタや自分への態度から。
何となく硬派、ではなく軟派タイプの男性のような気がしたゆえのリフィルの台詞。
「ジーニアス。ロイド、目がさめた?」
「まだ」
「…もしかして、何かにぶつかったのかな?」
もしかしなくても、落下してきた品物で思いっきりロイドは頭をぶつけていたりする。
まあ命にかかわりがあるような衝撃、ではないようではあるが。
とりあえず、ノイシュをつれて、ロイドを揺り起こしているジーニアスのもとにちかづき、
いまだに目を回している…頭にちょっとぱかりタンコブをつくっているロイドをみて、
問いかけるエミルに対し、ジーニアスがかるく首を横にふる。
「とりあえず、このままというわけにもいかないし。ロイドをノイシュにのせようよ」
「うん。…って、エミルって力…見た目よりもつよいんだよね…忘れそうだけど」
ひょいっとそのまま横になっているロイドを横抱きに抱きかかえ…
いうなれば、はたからみればお姫様だっこ。
「あ~~!!ロイド、ずるいぃぃ!ミエル、私にもお姫様だっこぉぉ!」
横抱きにし、ノイシュの背にエミルが乗せているのに気付いた、のであろう。
マルタが何やらそんな叫びをあげているのがきこえてくるが。
「だいたい、いつもあんたはなんだってそんな態度なんだいっ!」
「ちっち。しいな。女性に声をかけない、というのは世界の損失だろ?
それに俺様が声をかけることによって女性はより美しく…」
「あんたのその腐った脳味噌どうにかしなっ!!」
一方で、何やらどうみてみ痴話喧嘩らしきものをいまだに繰り返しているしいな、
そして、しいながゼロス、とよんでいる男性の姿がみてとれるが。
「…なあ、何がどうなってるんだ?」
「さあ?」
そんな彼らを交互にみつつ、
とまどったような兵士達の声が、むなしく周囲にと広がってゆく……
「ってて。この暴力女ぁ。とりあえず、しいな。この美人さんたちの紹介をしてくれないか?」
「あんたが何でこんなところにいるのかは大体見当はつくけど。まあ、仕方ないね」
一通り、言い合いをしつつも不毛、ときづいたのか、いきなり話題がきってかわる。
「ちなみに。俺様はゼロス・ワイルダー、ゼロスくんってよんでね」
最後の語尾にハートマークがついているような気がするのはリフィル達の気のせいか。
ちらり、としいなをみてみれば、おもいっきりため息をついているのがみてとれる。
ノイシュの背にロイドをのせ、いまだにいいあっているしいなとゼロスの元に近づいた所、
いきなりエミル達のほう…正確にいえば、コレット、そしてマルタをみつつ、
そんなことをいってくる、赤き髪の青年、ゼロスとなのりし男性。
「あんたはぁ。すこしは自覚ってもんを…」
「何いってんだ。しいな。お前が一緒にいるってことは、こいつら…あれ、だろ?
だったら俺様にもかかわりがあるってことだ。堅苦しいのは面倒だしな」
「それは……」
兵士達の目があるからか、きちんと言葉にしないゼロスの配慮に感謝すべきか、
それともこの軽い口調の男の口を黙らせるべきか。
しいなが一瞬戸惑いをみせる最中、
「んでんで!野郎二人はいいとして。ゴージャスな美人がリフィル様だろ?
で、そっちのクールなかわいこちゃんは?人形…じゃないっぽいし。
んで、花の髪飾りが似合う子猫ちゃんと、金髪緑瞳のお嬢さん、お名前は?
ところで、お嬢さん、どこかであったことありませんか?」
「「「・・・・・・・・・・・・・」」」
最後の台詞はエミルにむけて。
「かるいやつ。…いっとくけど、このエミル、男だよ?」
「あんたは!ついにエミルにまで手をだすつもりかい!
いやまあ、この子がどうみても女の子にしかみえないのはともかくとして!」
「ともかくって…」
ジーニアスがそんなゼロスとなのった男性の言葉にため息をつき、
しいながあきれつつもそんなことをいってくる。
「え!?嘘だろ!?まさか、この俺様が野郎と見め麗しき女性を間違うなんて……」
がくり、とうなだれるエミルの態度とはうらはらに、
おもいっきりのけぞりつつもそんなことをいっているゼロスの態度。
「しかし、ほんとうにどっかで絶対にあってるとおもうんだけどなぁ…」
「ありえないだろ。この子もあっちの子なんだから」
ゼロスのつぶやきに、しいながぴしゃり、と言い含める。
「エミル、知り合い?」
「え?初めてあった、とおもうけど」
この時間軸では。
ゆえに嘘はいっていない。
「とりあえず、僕はジーニアス、んで、そこの気絶してるのがロイド」
「あ、野郎の名前はどうでもいいわ」
「…ヤなやつ」
ジーニアスが一応、ノイシュの背にのせられている、
いまだに気絶しているままのロイドを指差し名前をいうが、
さらり、とゼロスとなのりし男性はどうでもいい、とかわされてしまう。
『ふむ。テセアラの神子ゼロス、ですか』
影の中よりそんな声がきこえてくるが。
『エミル様。私たち外にでちゃだめ?だめ?』
懇願するような声もまた。
「…は~……」
たしかにクラトスはいなくなったが。
それよりは。
『あの建造物の中にとらわれていたものは全て解放できたか?』
『はい』
あの内部に囚われていた微精霊達は全て解放を終えた。
ヒトがそのことに気付くのはおそらく遠い時間ではないであろう。
ため息をつきつつも念話にてそんな会話をしているエミル達とはうらはらに、
「ゼロス。あんたに頼みがあるんだ」
「お。しいなが俺様に?めずらしい。そいつらがいるってことは、国王、か?」
「あ。ああ。あんたにしか頼めないんだ。不本意、だけどね」
「ん~…ま、とりあえず、俺様の屋敷にいってから詳しい話しはきくわ。
おい、誰でもいい。馬車を一台、確保してこい。こいつらをつれて屋敷にもどる」
「はっ!」
ゼロスの言葉をうけ、だっとかけだしてゆく兵士の姿。
「え?馬車?」
マルタが首をかしげるが。
「みたこともない動物に、どうみても天使の翼をはやしている女の子。
そんな子達を普通に街にいれれば騒ぎになりかねないからな」
「「それは……」」
たしかにゼロスのいうとおり。
ゆえにジーニアスもリフィルも言葉につまるしかない。
「はぁ。あんたはそういうところはきちんと考えてるんだよねぇ。
いつも真面目にしてくれればあたしらがどれだけ助かることか」
そんなゼロスをみつつ、盛大にため息をついているしいなの姿。
「さて。と。とりあえずつもる話しもあるだろうが。今はともかく…」
「「「ともかく?」」」
しいな、リフィル、マルタ、ジーニアスの声が同時にかさなる。
「その子、エミル君っていったっけ?女の子じゃないんなんて、ウソだろ?
な、嘘だといってくれぇぇ!俺様の美人センサーが狂ったなんて信じないぞぉ!」
「「「・・・・・・・・・・・・・」」」
「あ・ん・た・はぁ!何馬鹿なことをいってるんだいい!!」
ゼロスの叫びに何をいっているのか理解できず、一瞬無言になるリフィル、マルタ、ジーニアスの三人。
そしてまた、おもいっきり手をふりかぶっているしいな。
ごぃぃっん。
何ともいい音が周囲に響き渡る。
「ってぇ!いきなり何すんだよ!しいな!」
「うるさい!馬鹿なこといってたらなぐるよ!」
「もうなぐってるじゃないか!この暴力女!」
「何だってぇぇ!?」
頭をかかえて何かいっているゼロスの姿がみてとれるが。
そのまま先ほどと同じく口論のようなものが繰り広げられてゆく。
そんな二人の様子をみつつ、
「…えっと、痴話げんか?」
「のようね」
マルタが戸惑いのような声をあげ、リフィルがため息まじりに肯定する。
「「誰が痴話喧嘩(だ)(なんだい)!!」」
「うわ。息ぴったり」
そのあまりの息ぴったりの台詞にジーニアスが思わず突っ込みをいれるが。
「くぅん?」
ほっといてもいんですか?
心配そうにといかけてくるノイシュにたいし、
「ほっといても問題ないでしょ。多分」
そういえば、この二人、あのときもよくこうして言い合いしていたな。
そのことをふと思い出す。
しばし、ぎゃいぎゃいと言い争うしいなとゼロスの姿がその場にて見受けられてゆく。
「ここが、首都……」
おもわずその規模の大きさに口をあんぐりとあけているマルタ。
馬車の中からでもわかる。
パルマコスタとは比較にならないほどの巨大な街だ、ということが。
しかも視線の先には、白き建造物がしっかりとみてとれる。
しいな曰く、ここは首都メルトキオ。
そしてあの白い建物が、テセアラの王城、すなわち王族がすんでいる、らしい。
しいなとゼロスが言い合いをしている最中、兵士達がもってきたらしき馬車にと乗り込み、
ひとまず彼の家にと移動する、という意見をだされ、馬車にのって街の中を移動している今現在。
馬車の窓からみえる景色は、パマルコスタとは比べ物にならないほどににぎわいをみせている。
「うわぁ。テセアラってすごいね。姉さん!
シルヴァラントじゃみたことがないものがたくさんあるよ!」
いまだにロイドは目をさましていない。
ノイシュを外におくよりは、というゼロスの意見もあったのか、
ノイシュも乗れるほどの大きな馬車。
馬車の装飾もジーニアス達がみたこともないような立派なもの。
金銀などが組み込まれた細かな細工がほどこされた馬車は、
どうみても権力者、もしくは裕福なものがのっています、といっているようなもの。
ふわっふわの椅子もジーニアス達からしてみれば初体験。
窓に張りつくようにして外をみて横にすわっているリフィルにと意見をもとめる。
そんなジーニアスに対し、
「そうね。繁栄世界…というだけのことはあるわね」
窓際ではないが、それでもわかる。
シルヴァラントにはここまで大きな街も、建造物もみあたらない。
そこまでいい、すこし顔をふせ、
「でも…こちらの世界が繁栄している限り、シルヴァラントは衰退しつづけるのよ?
いずれは、マナもなくなってしまう。そうなったら……」
「あ…そうだったね。でもさ。何だってそういう仕組みにしてるんだろ?」
「さあね。精霊達がいうのは、一年ごと、という契約とかいってたけど…」
どうしてそんな状態にしたのか、しいなもそれはわからない。
ジーニアスの台詞にしいなが首をすくめつつもいってくる。
「うん?しいな?精霊…って?」
「あ。ああ。ちょっと、ね」
「ふぅん。ま、ここはテセアラの首都だからな。シルヴァラントにはこんな街とかはないのか?」
「ここまで大規模なのはあたしもみてないよ。
きいたとろこによれば、…ディザイアン達によってほとんど壊滅させられてるって」
「ディザイアン…ね」
パルマコスタが無事であったのは、ドアが彼らに通じていたがゆえ。
それをリフィル達は知っている。
が、ここにはマルタもいる。
知らないのならば知らないままでいたほうがいい。
ゆえにそのことには触れず、リフィルがぽつりとつぶやきつつ、
「それを調べていくのも興味深いテーマかもしれないわね。
…精霊達にきけば詳しいことがわからないかしら?」
「さあね」
リフィルの台詞にしいなが答え、
「そろそろ貴族街にはいるよ」
ふと外をみれば、そろそろゼロスの屋敷のある区画にさしかかるらしい。
「馬車のまま移動できる、というのが興味深いわね」
「それはそうさ。貴族連中は自分の足で滅多と動いたりしないからね。
基本は馬車、もしくは馬での移動が主だしね。
もっとも、貴族街は馬車での乗り入れができるけど、…貧民街などはそれは不可能、だけどね」
ここ、テセアラはいくつもの区画に分かれている。
貴族たちが住まう区画と、一般人が住まう区画、そして…身分制度の一番下から二番目、
それに位置している貧民街という区画。
テセアラの首都メルトキオ、とよばれしこの街は、
街全体が城壁で覆われており道や街灯といったものもきちんと整備されている。
もっともそれらの整備が整っているのは貧民街以外、という注釈はつくものの。
街のどこからでもわかるほどの巨大な白き城。
「…かつてのシルヴァラントの城もこうだったのかなぁ?」
マルタがその城をみつつ、ぽつり、とつぶやく。
絵本の中でしかみたこともないような城がたしかに今、馬車の窓から、ではあるが。
マルタの目の前にと存在している。
そんな会話をしている最中、
「そろそろ到着するぜ」
ゼロスの言葉とほぼ同時。
馬車が停止し、外から馬車の扉が開かれる。
「「…うわ~」」
目の前にある屋敷?らしきものをみて思わず何ともいえない声をあげているジーニアスとマルタ。
どうみても、玄関?というか屋敷の入口、であろう付近からは、屋敷までほどとおい。
「…あいかわらず、大きな屋敷だよねぇ。あんたんちは」
「おほめにあずかりどうも。って。ああ、ここからは歩いてもどるからいいぜ。御苦労さま」
ゼロスが御者に声をかけると、頭をさげ、その場をたちさってゆく馬車の姿。
そんな馬車を見送りつつも、
「さってと。俺様の屋敷、ワイルダー邸にようこそってな」
ゼロスがわざとらしくそういいかけるとほぼ同時。
「あ、ゼロス様!」
「ゼロス様!」
ふと第三者の声が聞こえてくる。
みれば、マルタ達がみたこともないような豪華なドレスっぽいようなものを着こんでいる女性が数名。
「ご無事で何よりでしたわ。ゼロス様が竜巻をどうにかするために出陣なさった。
ときいて、このわたくし、胸がはりさけそうでしたわ」
「ゼロス様。ご無事を記念して、ぜひともわたくしの家に…」
口ぐちにそんなことをいってくる女性たち。
「わるいな。子猫ちゃんたち。俺様は今日はすこし用事があるんでね。
また、絶対に埋め合わせするからさ」
「そんな。って、ああ!ゼロス様をたぶらかす女狐!」
「あなた、まだゼロス様の傍にいたの?けがわらしい。そもそも、あなたのような死神…」
「レディ?あなたのような美しい女性からそのような言葉は似合いませんよ?」
「あら、いやだわ。ゼロス様ったら」
しいなにとっては、いわれ慣れている言葉。
しかしそれをいわれるたびにしいなが傷ついているのをゼロスは知っている。
ゆえにやんわりと否定しつつ、
「というわけで、俺さまはこの客人達を案内する役目があるんでね」
「んまぁ。何このこ?御祭でもないのに天使様の仮装をしてるわ」
「馬鹿じゃないの?」
その場にいるコレットにきづいたらしく、口ぐちにそんなことをいってくるが。
「信じられない。このブス」
「な、何だって!?」
ジーニアスがさすがの暴言に思わずくってかかるが、
「やめといたほうがいいよ。ジーニアス。きっと、その人達の家には鏡がないんだよ。
ママがいってるもん。他人のことをブスっていう人は自分がブスだからそういうって」
「なんですってぇ!この貧乳小娘!」
「む。貧乳じゃないもん!まだ私は成長期だもん!
おばさんたちはどうみてももう成長しないだろけどねぇ」
「何ですって!」
「私はまだぴっちぴちの十四だもん。でもおばさんたちは二十歳すぎてるでしょ?」
「きぃぃ!」
「…不毛な争いね」
マルタの挑発にもののみごとにはまっている現れた三人の女性たち。
そんな彼らをみつつ、
リフィルがため息まじりにそんなことを呟いているのが見て取れるが。
「リフィルさんのほうがよほど美人よ」
「そりゃ、姉さんはファンクラブができてるほどだからね」
きっぱりいいきるマルタにたいし、ジーニアスがすかさずそんなことをいっているが。
「…どうでもいいけど、ここがゼロスさんの家、なんですか?」
「まあな。ともあれ、お嬢さんがた、おちついておちついて。美人の顔がだいなしだぜ?」
「そんな、ゼロス様ったら…」
さきほどまでわめいていた女性達の手をかるくにぎり、軽くキスをおとすゼロス。
そんなゼロスの態度に頬をそめている女性たち。
「このうめあわせは、いずれ。なので今日のところはかえってくんないかな?」
「ゼロス様、きっとですわよ」
「次の舞踏会でのお相手を」
「わあったわあった。さ、おまえら、いくぞ」
ゼロスの言葉をうけ、なごりおしそうに立ち去ってゆく女性たちを確認したのち、
ゼロスが門の中にと足を踏み入れる。
「…しいな。少しいいかしら?あの彼っていつもああ、なの?」
「ああ。女の敵さ」
「…そう」
リフィルの問いかけにきっぱりとしいながこたえ、
リフィルからしてみればため息をつかざるをえない。
あの兵士達が彼のことを神子、と呼んでいたのをリフィルはきいている。
ならば、この青年はテセアラの神子、ということになるのだろうが。
しかし、何だろう。
リフィルの目からはこの青年が仮面をかぶり、わざとそのようにふるまっている。
そのようにしかうつらない。
ある意味、リフィルのその直感は的をえている。
まさにそのとおり、なのだから。
あたりをみわたしてもところせましと置かれている様々な装飾品。
壁にかけられている絵もどこか高級感があふれている。
「さて。と。しいな、とりあえず、おかえり」
「あ。ああ。それで、ゼロス、あんたに頼みがあるんだけど」
いいつつも、目の前の男性にと語りかけているしいなの姿。
「陛下への謁見、か?」
「あ、ああ」
「任せときな、といいたいが、今はちと問題がある」
腕をくみつつも、どかり、とその場にあるソファーにとこしかける。
そんな彼…ゼロスと名乗った青年の台詞に、
「問題?」
しいなが意味がわからない、とばかりに首をかしげるが。
「おまえがシルヴァラントに出向いてからしばらくして、陛下がいきなり倒れてな」
「なっ!?」
「今では起き上がるのもやっと、あの健康だけがとりえの陛下がなぜ。といいたいが。
この俺様を教皇が近づけないようにヒルダ姫に何かいってるのもみたしな。
大方、教皇のやつが何かしでかしてるんだろうが…
明日、陛下のご病気の回復を願い、祈祷が行われることになっている。
そのために、オゼットから神木の手配も澄ましているらしいしな」
ソファーにこしかけ、腕を胸の前でくみつつも、そんなことをいってくるが。
神木?…ああ、あれか。
たしか、アイオニトスを溶かすのにかつてよくヒトがつかいし木々。
そういえば、かつて目覚めたとき、あの木々がほとんどなくなっていたような。
それは、世界をかの地にてマナを切り離す作業のときに視て気付いたこと。
おおかたヒトのすることなので、乱獲でもして絶滅寸前にまで追い込んでいたのであろう。
ヒトとはそういうもの。
アスカもいっていたが、リンカの樹ですらそのようになっていた、というのだから。
ノーム達いわく、そういえば、ロイド達が何やらして、
あの山地のリンカの木を蘇らせたとか何とかいっていたような……
二人の会話をききつつも、エミルがそんなことを思っていると、
「教皇のやつ、かい」
「あいつが絡んでたら何をしでかすかわかんねぇからな。
そもそも、お前さんを勝手にシルヴァラントにむかわせたのも教皇の独断だ、ときくぞ?
陛下は後から知らされた、ときいたしな」
「…なっ…」
「教皇が手配してる、とかいう祈祷師や薬師はあてにならないしな。
そもそも、その前から教皇のやつがもともといた宮廷医師なども罷免していたくらいだし」
どうも話しをきくかぎり、その教皇、とかいう人物が何やらしているような気が。
というか、たしかその教皇、とは、もしや…
『間違いありませんね。かの地の書物を狙っている人間、かと』
影の中からテネブラエの肯定の声。
なるほど。
まあ、あいつのしそうなこと。
ヒトをつかって、国をかつてのように操ろう、そんなところか。
「あ、あの?治癒術とかはためしたんですか?よくわからないですけど」
とりあえず、そんな会話をしている二人にむかい、とまどうようにと問いかける。
「治癒術?ああ、あの理論上は可能ってやつのあれか。
かつては盛んだったらしいが、今ではユニコーンの絶滅とともに使用者はいないからな」
「え?ってこっちにはユニコーンはいないの!?」
「そういえば、しいな。あなた、たしかあの森で、
こっちではまだ生き残っていたのか、とかそんなことをいっていたわね」
ジーニアスが驚きの声をあげ、リフィルが何かを思いだしたようにいってくる。
「あ。ならダメもとですけど。リフィルさんが治癒術をかけてみる、とかは?
リフィルさん、グラスからユニコーンホーンを預かってますし」
正確にいうならば、かの杖の宝玉にグラムの魂が宿っているのだが。
どうやらまだそのことにリフィル達は気づいていないっぽいが。
わざわざ説明する必要性も感じていない。
何よりもその事実に気付くかどうかは彼ら次第。
ゆえにエミルからはそれを伝えるつもりはさらさらない。
「?グラス?」
「…?あのユニコーンの名前、ですけど…何か?」
「あれ?あのユニコーン、なのったっけ?しいな?」
「いや、名前まではきいてなかったような気がするんだけど…」
エミルの台詞に困惑したようにマルタとしいながそんなことをいっているが。
…うん?…いってなかったか?
そういえば、いってなかったような気が…ま、いっか。
二人の会話をきき、そういえばグラスはあのとき自分の名をいっていなかったような気も。
まあ別に問題はないであろう。
「そういえば、姉さん。コレット達からユニコーンの杖預かってたね」
エミルがんなことを思っている最中、ジーニアスが思いだしたようにいってくる。
あれからユニコーンホーンを使用するようなことは滅多となく、ゆえにほとんど忘れかけていたらしい。
「ユニコーンホーンは法術師の象徴。治癒術の力を高めるしね。
今のリフィルさんなら、レイズ・デッドも多分使いこなせるし、リザレクションも使えるかと。
一人限定ならキュアでもいいでしょうし。
こちらのほうがいいかもしれませんね。体力をほぼ完全に回復しますし。
念のためディスペルでも併用してかければ問題ないかと」
たかがヒトがつかしい何かくらいならば、ディスペル程度で問題ないであろう。
もっとも直接みてみなければ、瘴気を体内に組み入れられているかどうか。
それはわからないが。
もしも瘴気が絡んでいるのならば、普通の治癒術ではたちうちできない。
もっともその場合は、周囲にも被害が広がるはずなので、その可能性は果てしなく低い。
「エミル…あなた、詳しいのね」
「昔、治癒術を得意としていた人をしってましたからね」
それは嘘ではない。
嘘はいっていない。
昔、エミル自身もまた治癒術を使用して地上に出向いていたことすらあるのだから。
それは別の世界にて、種子より世界を構築していたあのときに。
リフィルがエミルの言葉にすっと目を細め、何かをさぐるようにしていってくるが、
そんなリフィルの問いかけをにこやかに笑みをうかべさらり、とかわす。
「病気、というのなら、ゼロスさん、でしたっけ?
マナの乱れとかがわかるひとにみてもらったりしたんですか?」
「ああ。しかしあれもあやしいな。教皇の息がかかってるやつだったしな」
いいつつ、しばし考えたのち、
「しかし、リフィル様、だったっけ?」
「「…何で様づけ?」」
さらり、と様をつけるゼロスの台詞に思わず同時につぶやくマルタとジーニアス。
「ちっちっ。ウルトラビューティー美人ゴージャスなんだから、様をつけて当たり前っしょ?」
「「「・・・・・・・・」」」
さらり、といいきるゼロスの台詞に何ともいえない表情をうかべるマルタ、ジーニアス、しいなの三人。
ぼかっ。
「ってぇ!何すんだよ!しいな!」
「うっさい!ったく……」
「ててて。マナ…か。俺様にはよくわかんねえが、ふむ。
よし。リフィル様が治癒術を使える、というのなら手があるな」
頭をかかえていたゼロスであるが、しばしふと何かにきづいたのかしばし考え込み、
そして。
「こういうのはどうだ?」
いいつつ、ゼロスからとある提案がなされてゆく。
「この計画は早ければ早いほうがいい。さっきの騒ぎが教皇のやつの耳に入る前、にな」
たしか、教皇は今現在、サイバックにいっているはず。
彼がいない今日が実行するのにはちょうどいい。
それらを含め考えたのちにいってくるゼロスの台詞に、
「たしかに。もし何かの呪いや、もしくは毒とかならば当事者をみればわかるわ。
コレットを元に戻す協力というか願いを申し出るにしても。
こちらが一つでも恩をうる、というのはいい手かもしれないわね」
いくら何でも問答無用でどうにかしよう、とはももわなくなるであろう。
特に国王、という権力者の体調不良をなおせばなおさらに。
ゼロスのいいたいことにきづいたのか、リフィルが少し考えたのち、こくり、とうなづき同意を示す。
「よっしゃ、なら決まり、だな。善はいそげ、だ」
いいつつ、
「しいな。お前はこいつらとここでまってな。リフィル様と…そうだな。エミル君、だっけ?」
「え?あ、はい?」
「大勢でいっても怪しまれる。エミル君も術の名称をしってる。ということは多少はつかえるのか?」
「はい。一応」
「一応って、エミル、だってあのとき……」
「「?」」
ゼロスとエミルのやりとりに、ジーニアスが不思議そうに首をかしげる様がみてとれる。
パルマコスタでドア夫人を元にもどしたのを思い出しているらしいが。
しかしそれはマルタもしいなもしらないこと。
その場の現場をみていない以上、説明をうけていたとしてもピンとこない。
「決まり。だな。リフィル様とエミル君で今から王城にいく。
そうだな。治癒術をつかえるものがみつかったので、ダメモトで、ともいえばいいさ。
ヒルダ姫に話しをつければどうにかなるだろう」
父王がふせり、ヒルダ姫が常に心配していることをゼロスは知っている。
「王が元気になればもうけもの。何か褒美を、といってくるだろうからな」
「なるほど。それでこちらの目的…コレットの治療を願い出るのね」
「そういうこと」
「?どういうこと?」
ゼロスとリフィルがそんな会話をしているのをききつつも、
マルタにはよく理解できないらしく首をかしげていたりする。
「つまり、相手に恩を先にうって、こちらのいい分を聞かせやすくするってことだよ」
「…エミル。それぶっちゃけすぎ……」
さらり、というエミルの台詞に確かにその通り、ではあるが。
もうすこしこう、いいようがあるのではないか、とおもいつつも、ジーニアスがそんなことをいってくる。
「でも事実でしょ?」
「たしかに、そう、だけどさ」
「ジーニアス。あなた達はここでまっていなさい。
まだロイドも気づかないようだし。それにコレットこともあるわ。
しいな、ジーニアス達をお願いしてもいいかしら?」
「ああ。まかしときな」
「よっしゃ。ならこのままいくぜ!」
「「え?今から?」」
話しがまとまった、とばかりにいってくるゼロスにたいし、エミルとリフィルの声が同時にかさなる。
「ちっちっ。いっただろ?善は急げってな」
片手の指をふりつつも、にっと笑みをうかべていってくる。
「まあ、僕はかまいませんけど。リフィルさんは?」
「…正装とかしなくて平気…なのかしら?」
戸惑いを含んだリフィルの言葉がきこえているのかいないのか。
「よっしゃ。話しはきまり、だな」
いって、
「セバスチャン。そういうことだから、後はまかせた」
「は。お任せを」
この屋敷の執事だ、という男性にゼロスが問いかけ、
そのまま、ゼロスに連れられ、エミルとリフィルはひとまず外にとでることに。
「しかし、エミル君、だっけ?あまり驚かないのな」
「え?」
リフィルですらきょろきょろと周囲をみている、というのに。
エミルはまるで勝手しったり、とばかりに普通に歩いている。
ゼロスの屋敷をでて、そのまま王城に向かう、というので歩いている今現在。
歩くたびに女性たちがゼロスに声をかけてきているのが気にはなるが。
たしか以前のときもそうだったのでエミルからしてみればああ、またか。
という認識でしかないのだが。
「?驚くって…何をですか?」
別に何かおこっている、というわけでもないのに、何に驚くというのだろうか。
「そういえば、エミル。あなた落ちついているわね。
パルマコスタですらここまで活気にあふれてないのに」
「?別にあまりかわらない、とおもうんですけど」
負の気配が漂っているのはあちらもこちらも同じこと。
それ以外に変わっている、といえば街の規模くらいしかおもいつかない。
そんなエミルの台詞に軽くため息をついたのち、
「そういえば、気になっていたんだけど。あなた、その胸のそれ、エクスフィア、よね?」
ふとリフィルが気になっていたらしく、ゼロスにとといかける。
ゼロスの胸につけられているそれは、リフィルもよく見知った何か。
「うん?そういうあんたらも装備してるみたいだな。
…エミル君はしてないっぽいけど。あのガキと赤い坊主がたしかしてたな」
「ジーニアスとロイドよ」
ゼロスの言葉にリフィルがため息まじりに名前をいうが。
「野郎の名前なんてどうでもいいさ。まあ、これはちょっとした理由でな。
本来、ここにはクルシスの輝石がはまってたんだけどな。
今はちょっとした事情でクルシスの輝石は人に預けているからな」
「輝石を?そんな大切なものを、どうして」
「ま、そんなことはどうでもいい。さて、改めてようこそ。
ここは上流区とも呼ばれている。いわば金持ちがすむ場所、だな。
馬車で移動していたからあんたらはよくみなかっただろうけどな」
本来、街にはいり、ここにくるまでにはいくつかの長い階段や通路。
それらを歩きでは通る必要がある。
もっとも、馬車専用の…しかも貴族用の道を通ったがゆえに、リフィルはそんなことを知るよしもない。
「それより、あれがここのお城?」
エミルがいって指差す先には、ちょっとした建物が。
どうでもいいが、この建物。
空からの奇襲に対してはものすごくもろいような気がしなくもない。
ちょっとした術でも上空から投げかけられればあっというまに陥落できる。
まあ、かの戦争で実際にその戦法をここのものたちはとられてしまったわけだが。
「止まれ!…と、これは神子様。どうかなさいましたか?」
おそらくは、城の入口の門番、なのであろう。
武装している兵士らしき人物がちかづいてくる人影に気づいたのか、
手にしている槍を交差させつつもいってくるが、
そこにいるゼロスに気づき、あわてたようにといってくる。
「おう。お勤め御苦労さん」
ちらり、と背後にいるリフィルとエミルに視線をむける兵士の様子にきづいた、のであろう。
「ああ、こいつらは俺様の連れだ。問題ない。はいっていいか?」
「はっ!どうぞ!」
ゼロスの言葉をうけ、兵士達が道をあけ、
ぎぎぃ、と巨大な扉が開かれる。
入口からはいるとともにふかふかの赤い絨毯が敷き詰められているのがみてとれる。
ところどこにみえる人影は、この城で働くものたちの姿、なのだろう。
『…気配が、濃い、ですね』
「だな」
「…?」
影の中からテネブラエがいってくる。
『念の為に内部を探索してきます』
「まかせる」
「?エミル君?おまえさん、何独り言いってるんだ?」
「え?あ、別に」
絨毯の上をあるきつつ、先頭にゼロス、その後ろにエミルとリフィルが続くようにして進むことしばし。
影の中より語りかけてきたテネブラエの問いかけに答えていると、
首をかしげつつゼロスが後ろをふりむきつついってくる。
「?独り言の癖がこのこよくあるのよ」
まるでそう、何かと話しているかのごとくに。
これまでにも幾度かみたことがあるがゆえ、リフィルはそういうしかない。
「この絨毯って、どこにつづいてるんですか?」
とりあえず話題をかえるべくといかけるエミルのそんな問いかけに、
「主だった場所に、だな。このまま先を行けば謁見の間にたどりつく。
そこには王の近衛隊がいるはずだけどな。
俺様達が向かうのは、そっちじゃない。陛下の私室…寝室だ」
謁見の間につづく道を右にと曲がり、すすんでゆくことしばし。
そのたびにすれ違う人々が、神子様、といってゼロスに声をかけてくるが。
やがて、階段をのぼっていき、しばらく歩いてゆくと兵士が守っている扉の前にとたどり着く。
「神子様?どうかなさいましたか?祈祷の儀式は明日、ですが……」
戸惑い気味にといかけてくるそんな兵士に対し、
「ちょっとな。ヒルダ姫は中か?ちょっとよんでもらえないかな?」
「は、はぁ。少しお待ちを」
ちらり、と背後にいるエミルとリフィルをみて首をかしげたのち、
部屋の中にはいってゆく兵士の姿。
しばらくすると、
金髪の腰のあたりまでのばした髪を縦ロールにてまとめている少女が現れる。
「ゼロス様、どうかなさいましたか?祈祷の儀式は明日、のはずですが」
その手に扇を手にし、口元にあてつつもそんなことをいってくる。
「姫。実は新たに治癒術を使える、というものをみつけてきました」
すっとかるく手を胸の前に交差させ、おじぎをしつついうゼロスの台詞に、
「まあ。本当ですの?これまでの治癒術をつかえる。
という輩は研究院ですらまともなものがいなかったというのに。
研究院に所属しているハーフエルフ達も役にたたなかったというのに」
そこまでいい。
「もっとも、確認のために術を使わしてみたところだれも使いものにはならなかったですが」
何やらそんなことをいってくる。
「ま、ダメでもともと。試してみてはいかがでしょうか?
きけば、このもの、代々ユニコーンホーンなるものを受け継いでいるとか。ならば可能性もありえるかと」
「まあ、あの伝説の?でもあのユニコーンの杖は今ではヘイムダールにしかないのでは?」
いいつつ、姫とよばれた女性はすっとゼロスの後ろにと視線をむけ、
「あなた達、産まれはどちら?」
見定めるようにときいてくる。
「ヘイムダールですわ」
リフィルの台詞に嘘はない。
「まあ、ではあなたはエルフなのですか?めずらしい。かの地からエルフが外にでるなど」
「いかがでしょう?姫。これも天のおもしべし。
陛下の状態をおもって、天がつかわせた可能性の一つ、かとおもわれます」
ゼロスの台詞にしばし考え込んだのち。
「わかりました。しかし、念のために確認はさせていただきます。だれぞ」
手をたたくとともに、幾人かの兵士達がやってきて、一言、二言ヒルダがいうとともに、
やがて兵士達がどこかに移動し、その手に何やら箱、のようなものを手にしてくる。
「念のために生体検査をさせていただきますわ」
ヒルダの台詞とともに、それぞれ箱、のようなものを取り出すが。
「…あれ?」
「?どうかしましたか?」
「すいません。姫。どうも故障、のようです」
そこに記されているメーターはまったくうんともスンともいっていない。
というよりは、ぐるぐると針がまわり計測不能状態となっている。
「だめです。こちらの装置も」
二つもってきた両方の装置が使いものにならないらしく、兵士達がそんなことをいっているが。
何のことはない。
マナの歪みをある程度検索するための装置であるが、
ここにマナの根源ともいえるエミルがいる以上、
それらをすこしばかり計測不能にしてしまうことなどはたやすいこと。
…もっとも、これはエミルがしている、のではなく。
ふと上をみればいつのまにか姿を現している…といっても、姿は消したまま、であるが。
トニトルスのどうやら仕業、らしい。
雷のマナをうけ計器が計測不能となっているのに他ならない。
「おいおい。ちゃんとメンテナンスしてるのか?」
あきれたようなゼロスの台詞。
「おかしいですね。他の計測器を……」
兵士達がそんなことをいっているが。
「あの。そんなことより、少しでもはやく病人?ですか?
僕たちに何かできるかわからないですけど、状態を確認するだけしたほうがよくないですか?」
エミルのそんなものいいに、しばし考えたのち、
「仕方ありませんわ。でも少しでもへんな行動をとったら、わかっていますわね」
いって、すっと部屋の中にとうながすヒルダとなのりし女性の姿。
「念のため。リフィル。お前さんのエクスフィアは預かっておくからな」
「ええ。わかったわ」
ゼロスの台詞に従い、手につけていたエクスフィアを取り外し、
ゼロスの手にと預けるリフィル。
国王の傍に近づくにあたり、危険とされるものを預ける、というのは当たり前。
エクスフィアの補助のない回復術は不安、ではあるが、ユニコーンホーンを使えば、
それらの辺りはどうにかなる、と思いたい。
「エミル君は俺様の横から離れるなよ?おまえさんは体術にもたけてそうだからな」
そんなゼロスのものいいに、
「?そんなこともないですけど」
「あのロイド君を平気で持ち上げたり、みためなよっとしてるけど。
エミル君。おまえさん、かなり力はあるだろう?」
それにエミルの動きには隙がない。
それはゼロスだからわかること。
見た目はどうみても女の子みたいなのに、ひょいっとロイドとよばれた人物を抱き上げたり、
気になるのはもう一つある。
完全にクルシスからの連絡では心を失っているはずのシルヴァランドの神子コレット。
彼女がどうもエミルのいうことには反応しているようにみえること。
クルシスから聞いた限りでは、そのようなことはありえない。
今のシルヴァラントの神子は本能のままの殺戮兵器に近くなっている。
とプロネーマからの報告にあったはず、だが。
他者のいうことなどきくはずがない、とも。
だからこそきにかかる。
エミルのいうことを素直にきいて、かの動物から降りて大人しくしていた彼女のことが。
クルシス側から傍に誰かつけている、という報告もない。
以前つけていたクラトスという男のことはきいているにしろ。
ゼロスがそんなことを思っている最中、背後に兵士…見張り役、としてではあるが、
背後に兵士をひきつれて、リフィルが国王が横になっている、という寝所にとむかう。
テセアラ十八世国王が寝ている場所は天蓋つきのベット。
「これは…毒が盛られているわ」
「「!?」」
リフィルが傍にいき、状態を確認したところ、マナの乱れからすぐにこの症状は
毒によるものだ、と判断する。
「まさか、そんなことがあるはずが……」
戸惑いの声をあげるヒルダ。
「この水差し…は?この水のマナもどうもおかしいわ。微弱だけども普通の水、ではないわ」
「その水は、教皇が祈祷をすました聖水だからと……」
ヒルダのものいいに、
「可能性として、その教皇、とかいう人が毒をもってる、とかじゃないんですか?」
「まさか!」
「ありえない、とはいえないな。たしかに。陛下が毒に侵されている、というのは間違いないのか?」
険しい表情をしといかけるゼロスの台詞に、
「ええ。間違いないわ。どうやら遅効性の毒、のようだけども。
確実に体力を奪ってゆく種類のように見受けられるわ。
もっとも、どんな毒の種類か、まではこのマナの流れではわからないけども…
でも、毒、とわかったならば、やりようはあるわ。
解毒の術を施せばいいのだもの。姫様、国王陛下に解毒の術を施してもよろしいでしょうか?」
すっと片膝をつきつつも、ヒルダ姫のほうに姿勢をむけ、意見をもとめるリフィルの姿。
「まさか…そんなまさか……」
ヒルダはいきなり毒とかいわれて信じ切れていないらしく、ただただまさか、と繰り返すのみ。
「やってくれ。リフィル。どうも姫は混乱してるみたいだからな」
「では、僭越ながら……アンチドート!!」
その手にユニコーンホーンをかまえ、すっと意識を集中し、詠唱ののち、力ある言葉を紡ぎだす。
刹那、淡い光が寝台に横たわっている男性の体をつつみこみ、
やがて。
「う……」
これまでほとんど意識がなかったはずなのに、うめき声とともにゆっくりと目をひらく。
「お父様!?」
その光景を目の当たりにし驚愕の声をあげているヒルダ。
「ここは…ヒルダ…それに…神子?…そのほうたちは……」
もうろうとする意識の中、聞き覚えのある声にふりむけば、
そこには愛娘の姿。
そしてその先には赤い髪の彼が苦手な人物の姿。
自分の横にみたこともない銀髪の女性がいるのがきにかかるが。
どうにかふらふらする体を何とか起こそうとし、
手をつかい上半身を起こそうと試みつつもそんなことをいってくる。
「無理をなさらないでください。御前にて失礼させていただいております。
わたくしはリフィルと申します。僭越ながら陛下は毒に犯されておりました。
私のつたない法術でではありますが、ただいま解毒の術を施した次第です。
姫様、国王陛下。お二方の許可があるのでしたら、
失われた体力を補うために、今一度、
今度は体力回復のための術を行使することをお願いいたしたく」
無理をして起き上がろうとしているのをみてとり、リフィルがすっとその場に再びひざまづき、
許可をもとめるための向上を紡いでいるのがみてとれるが。
「ひゅう。リフィルはきちんと礼儀作法をみにつけてるんだな」
そんなリフィルをみて感心したような声をあげているゼロスの姿。
「まあ、ロイドがいたらまちがいなくタメ口きくでしょうけどね」
「うん?あの真赤な子はそんななのか?」
「おもいついたら一直線。後先考えずによく口にしてますから」
「なるほど。だとすれば、まだあいつが気絶していたのは不幸中の幸い、だな。
そんな口を陛下にきいたとなれば、不敬罪、で確実にしょっぴかれるぞ」
「…ものすっごくありえそうなんですけど……」
ふと、おもいっきり国王だ、すなわち権力者だ、というのに為口をきくロイドの姿が、
説明されなくてもさまざまと浮かんでしまうのは、ロイドの性格から考えれば仕方がないこと。
特にロイドは身分制度とかいうヒトが勝手につくりだしているその制度にうとそうである。
不敬罪、といわれるようなことをさらり、としでかしかねない。
もっとも、エミルからしてみればそれに従うつもりはさらさらないが。
そもそも、身分云々、というのは勝手にヒトがつくりしもの。
すなわち、あってないようなものにどうして従わないといけないのか。
エミルの呟きにゼロスがしみじみと何やらそんなことをいってくるが。
「そのほうは?」
「陛下。このものは治癒術にたけている、とききまして。
僭越ながら、このゼロス、陛下の病状回復に役立つかとおもいまして。こうしてお連れした次第です」
リフィルをみつついう国王の台詞にかわりにゼロスが返事を返す。
「治癒術の…?しかし、かの術は遥か昔に失われ……ごほっ」
そこまでいいつつも、息がつづかなくなりむせこみはじめる。
「いけません。まだ体力が低いうちにそう話しこまれては。
体力回復の術。ほどこしてもよろしいでしょうか?ヒルダ姫様」
「許可いたします。お父様が目覚めた以上、あなたを疑う余地はありません」
これまで何をしても、薬を飲ますたびに意識が遠のいていっていた父親。
もし、しかし彼女がいうように、毒が本当にもられていた、のならば。
そして、そこにある水さし。
教皇より祈祷をすました聖なる水なので陛下の回復に役立つはずです。
そういわれ手渡されていたはずの水。
しかし、目の前の銀髪の女性はその水にも毒がはいっている可能性を示唆してきた。
いきなりあらわれた見知らぬ女性。
しかし、彼女の今執り行った術により父親が目覚めたのは何よりの証拠。
自身がつかえないまでも、彼女とて治癒術を一応勉強してはいる。
だからこそわかる。
今、リフィル、となのりし女性がつかったのは、
毒状態を回復する、といわれている治癒術の一つだ、ということが。
となれば、つまるところ示している真実は一つ。
本当に国王の体が毒にむしばまれていた、ということに他ならない。
「では。御前にて失礼いたします。万物に宿りし生命の息吹をここに」
いいつつも、再び杖をかまえ、詠唱をはじめるリフィル。
水差しに毒がはいっている以上、もしかしたら他のものも毒見をかねて飲んでいるかもしれない。
ならば、この部屋にいる人々全体の体力を回復したほうが手っとり早い。
それに何より、この術ならば、並大抵のマナの状態異常変化を修正できる。
それゆえの選択。
リフィルの言葉とともに、リフィルを中心とし、部屋の中に魔方陣が浮き上がる。
「リザレクション」
リフィルの力ある言葉をうけ、魔方陣から、淡い光がたちのぼり、
その光りはこの部屋にいる全てのものにむけて降り注がれてゆく。
エミルとリフィルがゼロスに連れられ王城いってしまい、残されたのは、
いまだに目を覚まさないロイド、ジーニアス、マルタ、しいなの四人。
ノイシュは動物を中にいれるわけにはいかない、という意見もあり、
無駄に広い庭の木の傍にくくりつけらていたりする。
「う……」
「ロイド、気がついた!?」
とりとめもない会話をロイドが寝ている横にてしているそんな中。
ふと身じろぎしている声をきき、
ジーニアスがロイドが横にされているベットにとかけよってゆく。
「ここは…?」
みたことがない部屋。
何か同じようなことが以前にもあったような…そんなことをおもいつつ、
頭がなぜかくらくらするのがきになりつつも、どうにか上半身を起こしつぶやくロイド。
そんなロイドに対し、
「ここは、テセアラ、だよ。ちなみにここは知り合いの家、さ」
しいなは嘘はいっていない。
たしかにしいなとゼロスは知り合い、なので嘘はいっていない。
「テセアラ?そうだ、たしか、俺達、竜巻に…そして……」
しいなが召喚したシルフ達の手によってなのかどうかはわからないが、
すくなくとも、竜巻に巻き込まれて移動していたことを思い出す。
「は!コレット!?それに先生は!?」
はっとしつつがばり、とおきあがり、コレットの安否を気遣うロイドであるが。
「安心おしよ。コレットはそこにいるさ。
あと、リフィルとエミルはあたしの知り合いとちょっと出かけてるだけさ」
リフィルがうまくすれば、今後の彼らの行動もやりやすい、であろう。
いくらなんでも命の恩人となるであろうものを処刑せよ、
という理不尽極まりないことを国王ともあろうものが命令する、とは思いたくない。
「テセアラ?じゃあ、俺達…無事についた…のか?」
どうも何か雷っぽいようなものの直撃をうけてからの記憶があいまい。
頭をふりかぶりつつづふやくロイドにたいし、
「ロイドったら、なかなか目をさまさないんだもん。心配したよ。どこかおかしいところとかはない?」
心配そうにといかけるジーニアスをみつつ、
「ああ。もう平気だ」
いって、寝かされていたベットから起き上がる。
いつのまにか靴などが脱がされてベットに横にされていたっぽい。
腰にさしていた剣は少しはなれた机の上においてあるのがみてとれ、
机の上からその剣をとり、腰にとさす。
「それにしても、ここって……」
ぐるり、と見渡すかぎりかなり広い部屋であるのはあきらか。
ちょっとした天蓋つきのベットにどうやら寝かされていたらしい、というのはわかるが。
窓らしきものをみても、ロイドがしっている木枠のそれ、ではなく。
無駄に装飾が施された枠らしきものがはめ込まれているのがみてとれる。
さらにいうなれば、そんな窓にはおそらくはカーテン、なのだろう。
ふりふりのレースのようなものも。
ロイドの認識では、たしかレースのような細工ものはかなり高かったような気がする、のだが。
「ここは、テセアラの神子の家、らしいよ」
そんなジーニアスの台詞に、
「はぁ?テセアラの神子ぉ!?」
思わず甲高い声をあげるロイドの姿。
「…テセアラにも神子がいる、のか?そういえば、しいながそんなようなことをいってたような気も…」
たしか、はじとか何とかいっていたような気がする。
しいながぼやいていた台詞をふと思い出し、その場にて考え込み始めるロイドだが。
「よくわかんねぇけど。つまり、俺達は無事にテセアラについたったことか。それで、コレットは……」
ふるふるふる。
ロイドの言葉にジーニアスは横に首をふるしかできない。
いまだにコレットは何の反応も示さない。
反応を示していたのは、エミルが一言、二言いったとき、
まるでエミルの言葉に従うように、ノイシュの背からおりたり、
もしくは屋敷の中についてきたり、そんな行動がみうけられていたが。
その程度。
その表情は一切動くことがなかった。
それは今もかわらない。
「リフィルさん曰く、何とかして許可をもらってくる、といっていたけど……」
たしかに、ふせっている相手を治療し、その見返りとして許可を得る。
その方法は間違っていないかもしれない。
が、その方法が通じる相手か否か、という問題がある。
マルタもここ、テセアラでのハーフエルフの扱いを聞かされている。
それをしっているからなおさらに。
「――では、神子よ。そのものはシルヴァラントの人間だ、というのか?」
信じられない、というほうが強い。
「そんな!ではそのものたちは衰退世界の人間だというのですか!?」
ヒルダとてレネゲードから報告をうけたときには信じられなかった。
月の民とこちら側の世界がマナを搾取しあう関係だ、などとは。
お伽噺からしてみてもシルヴァラントのものは野蛮、という認識がヒルダには強い。
そもそも、かの元となった戦争もこちら側の歴史では、シルヴァラント側がしかけた、とされていたりする。
「姫、ご心配なく。この者たちには敵意はありませんゆえ」
「ゼロスがそういうのなら…でも……」
ゼロスにいわれ、ヒルダも不承不承ながらもうなづくが、それでも不安がきえないのもまた事実。
「しかし、なぜシルヴァラントのものが…しいなはどうした?」
たしか教皇が頑固として推し進め、シルヴァラントにみずほの里のしいなが出向いていたはず。
それらを思い出しつつといかけるテセアラ十八世の台詞に、
「そのしいなも戻ってきております。できうれば、陛下にしいなとの謁見の許可を。
彼女の口から陛下に詳しい報告はなされたほうがよろしいかと」
「ふむ……」
「そちらの女性もまさか……、シルヴァラントからやってきた、のですか?
でも、あなたは、ヘイムダール産まれ、だと」
「ええ。昔、異界の扉よりシルヴァラントに流されたのですわ」
「まあ、あの黄泉の扉、といわれたところから?それはさぞかし御苦労したことでしょうね」
リフィルもいつ移動した、というのはいっていない。
ゆえに嘘はいっていない。
子供のころに弟と移動した、という事実をいっていないだけ。
それゆえに、ヒルダは何らかのはずみであちらに流されてしまった被害者、
という認識を抱き思わず同情の声を紡ぎだす。
リフィルの術により、体力はほぼ蘇った。
とはいえずっと寝ていたゆえにいきなり動きまわる、というのはさけたほうがいい。
ベットからヒルダの手をかりおきあがり、
ベットの横に部屋の椅子をもってこさせ、その椅子にすわりつつ、
目の前にひざまづいているリフィルを見下ろしつつもそんなことをいってくる。
そんなリフィルの横にはゼロスがたち、エミルも一応ちょこん、と
形だけではあるがきちんと座っているのがみてとれる。
ちなみにエミルのすわっている状態はあるいみ正座、とよばれしものであり、
別段、はたからみても不敬とはいわれないだろう、とおもうがゆえのこの選択。
これがもし、属にいう体育座りとかいう座りかたならば、まちがいなく何らかの対応があったであろうが。
そういえば、この世界ではあの座り方は何というのだろうか。
今でもまだその呼び方をしているのかどうかがあやしい。
エルフ達はかつてのカーラーンでの呼び名のまま使用している、とはおもうのだが。
かつての大戦のときですら、膝すわり、といわれていたゆえに、
もしかしたらその呼び名は今ではあやしいのかもしれない。
「異界の扉…か。王立研究院により詳しく調べさせる必要性があるな……」
リフィルの台詞をきき、ぽつり、とつぶやく国王。
マナの流れを感じ取れる、というのならば、しかも産まれはヘイムダール、という。
シルヴァラントからきたという人間が、ヘイムダールのことをしっているはずがない。
エルフの隠れ里のその名は、一部のものたちしかしらない名前。
きけば測定値が故障していたらしく、ハーフエルフか否か、というのは調べられなかったらしいが。
しかし、目の前の銀髪のこの女性の術により、自らが意識を取り戻したのは明白。
神子曰く、先刻、みずほの里のしいなとともに彼女達はやってきた、らしい。
毒に侵されていた、という事実は驚かざるをえないが。
水差しにはいっている水もまた毒に侵されている可能性がある、という。
ゆえに近衛騎士団に命じ、先ほど水差しは研究所にもっていかせた。
サイバックの研究所は教皇の息がかかっているのはわかっているので、ここ、メルトキオの研究所へと。
微弱なる毒のような感じがする、という意見から、
おそらくは蓄積することにより効果がでる毒の可能性がはるかに高い。
そもそも、目撃者は神子だけでなく自らの娘もみているという。
リフィル、と名乗りしものが解毒の術を唱えたところ、自らの意識が戻った、と。
国中を探しても治癒術を使いこなせるものはみつからなかったというのに。
ゆえに神子に問い正したところ、このリフィルというものと、
後ろにいるエミルというものはシルヴァラントからやってきた、という。
しかもこのリフィルという女性は、異界の扉、と呼ばれていたところから移動した、
元はこの地にすんでいたもの、というではないか。
ヘイムダール産まれ、といっていることからおそらくはエルフ、なのだろう。
もっとも装置が壊れているらしく、ハーフエルフかどうかはわからないが。
そもそもハーフエルフだとすれば、かの地で産まれるはずもない。
産まれていたとしても国が把握していない、というのはおかしい。
国王は気づかない。
その名はかつて聞いたことがあるとある人物たちの名である、ということに。
最も、あまりにみつからないこともあり、十年ほど前に、
かのものたちは死んだもの、として死亡届が研究所から出されているがゆえ、
覚えている、というほうがおかしいのかもしれないが。
あまりにもつかまらないことに号をにやし、死んだものとされていたりする。
最も、そこまでエミルも視ていないのでエミルもまたそこまでの事実は知らない、のだが。
「ふむ…しかし、我が毒を解毒し、あまつさえ体力も回復させたのは紛れもない事実。
褒美をとらさなばならぬな、といいたいが。神子よ。
このものをここに連れてきた、ということは何か目的があってのことなのではないのか?」
わざわざシルヴァラントのものだ、というのだから何かがある、はず。
それに何よりも暗殺にでむいたしいなも戻ってきているという。
シルヴァラントのものたち。
そして出向いた暗殺者しいな。
おのずと考えればしいなが彼らをこの地につれてきた、と考えるのが妥当。
しかも、教皇がいないこの時を見計らって、ということは、必ず何かある。
国王とて教皇が水面下でいろいろとしているのはしっている。
ただ、教会との権力争いはまっぴら、とばかりに放置しているだけのこと。
かつてのような出来事…スピリチュアの悲劇のようなことになっては洒落にならない。
いまだに王家に伝わる伝承。
かつて神子をないがしろにしてしまったがために、
王家の血筋たる本流は、分家に移動してしまったのだから。
ちらり、とゼロスをみつつ問いかけると、こくり、とうなづくゼロスの姿。
「ふむ。直答を許す。リフィルとやら。いってみよ」
「は。御前にて失礼いたします。陛下。こちら、テセアラとシルヴァラントの事情。
二つの世界における事情はしいなから聞きました。
私の理解に謝りがあればお教えください。国王陛下」
謁見室ではないものの、目の前にいるのはここ、テセアラの国王。
ゆえに非礼な態度は許されない。
ここにロイド達がきてなくてよかった、とリフィルは思う。
絶対にあの子達は身分、というのもを理解していないがゆえに、
不敬罪ともとられる発言をしかねない。
「うむ」
シルヴァラントからやってきた、というわりにはきちんと礼儀作法はなっている。
かの地、野蛮なるシルヴァラントよりやってきたというのに、
もっとも、もともとはヘイムダールに住んでいた、というのだから、
それらの態度がしっかりしていても不思議ではないが。
そんなことをおもいつつ、リフィルの言葉に鷹揚にうなづくテセアラ十八世。
「シルヴァラントとテセアラは、次元の壁を隔てて隣り合う世界。
そして、マナと呼ばれる眼に見えないエネルギーを共有する世界。
マナは世界を構成するあらゆる生命の源。
シルヴァラントの地が荒廃の一途をたどっているのは、
マナがとめどなくテセアラへと流出しつづけているがゆえ。
マナがつきたとき、私たちの世界は…滅亡する」
マナの流れを逆転させるキーイベント。それが神子による世界再生の旅。
旅を成功させて神子が天使になったとき、マナはシルヴァラントからテセアラへの流出をやめ、
逆にテセアラからシルヴァラントへと流出する。
マナをえて、シルヴァラントは蘇る。
そのかわり、テセアラの大地はかれる。
片方が繁栄すれば片方が衰退する。
でも、誰かの命と引き換えにえられる幸せなんて、そんなのは。
それがしいなのいい分。
そしてその思いはリフィルも同じ。
特に今は、コレットがマーテルの器として目覚めたとすれば、
互いの世界が滅亡する可能性があると示唆されている。
こんな状態で、マーテル教のおしえのとおり、コレットを犠牲になどできはしない。
「我がシルヴァラントの神子コレットは完全に天使化を果たしておりません。
ぜひとも彼女を元に戻す協力を仰ぎたく、協力というのは他でもありません。
こちらの世界ではクルシスの輝石を研究している、とききました。
今、彼女は人としての機能をほとんど失っております。
何も感じなければ、痛みも味も、睡眠すら。そして今では心すら」
「しかし、そのほうのいい分では、
そちらの神子をなおせば、そちらの世界は滅亡するのではないのか?」
「あの子はわたくしの生徒です。
生徒を犠牲にしてなりたつ平和など何の平和、といえるでしょう。
そちらの世界にも都合がいいとおもわれます。
あの子が天使として産まれかわらなければ、マナの逆転は発生しない。
その結果、テセアラの繁栄はつづく。テセアラにとっても悪い話しではないと思います。
何とどご協力を。彼女を元にもどすべく、ここテセアラでの行動を許可ねがいたく…」
国王の台詞にリフィルがいい、しばし考え込むように椅子にもたれかかりつつ、
その手をあごにあてたのち、
「神子よ。そなたの意見は?」
視線を少しななめ後ろに控えているゼロスにむけて問いかける。
「そうねぇ。こちらさんは、自分とこの世界が滅びてもかまわない。っていってるんだろ?
手土産の一つくらいもたせてかえしてやるのが文明人のふるまいってもんじゃないの?」
言葉の捉えようによってはまさにその通り。
そこに二つの世界が滅亡するかもしれない、という可能性をいっていないだけ。
「そもそも、シルヴァラントの神子暗殺計画。あれも俺さま、まったくしらなかったんだぜ?陛下。
教皇は教会の総意とでもいってるんだろうが、俺様に報告もなしに、ねぇ」
「それはまことか?神子」
「嘘をいってどうすんのよ。陛下。俺様は嘘はついてないぜ?
まあ、あの教皇が好き勝手しまくってるのは陛下もよくご存じのはず、では?」
「……ふむ。よかろう。しかし、すぐには決められぬ。ゼロスよ。しいなをこれにつれてまいれ」
「今からだと遅くなりませんか?陛下」
「しいなの意見もきく必要がある、と判断してのことだ。
そのほかのものたちは神子の屋敷にいる、といったな?」
「まあな。他にあとシルヴァラントの神子以外、三人ほどこっちにきている」
まああの動物は人数にはいらないだろう。
ゆえに、ノイシュ、といわれていたそれは数にはいれずに答えるゼロス。
「では、ゼロス。その二人をそのほうの屋敷につれてもどったのち、
しいなをつれて再度登城せよ。これは命令だ」
「かしこまりました。陛下」
そんな彼らの会話をききつつ、
「あ、あの。少しいいでしょうか?」
それまで黙っていたが、これだけはいっておかなくては。
恐る恐る、といったふうに傍から見ればみえるような物言いで、手をあげるエミルの台詞に、
「ふむ。何だ?しかし、そのほう、どこかでみたような……」
エミルと名乗りしこの少年はどうもどこかでみたような覚えがある。
天才研究者としてとある人物が謁見したことがあるがゆえ、
みおぼえがあるような気がしている国王、なのだが。
この顔で見たことがあるような、といわれるとすれば、可能性としてアステルという人間。
あのときいらだちのまま殺してしまった彼は今はまだきちんと生きているはず。
今は何をしているのかまでは知らないが。
そんなことをエミルは思いつつ、
「神子コレットを元に戻す過程で、万が一、こちらの世界。
テセアラにない品物が必要となる可能性もかんがえられます。
ゆえに、テセアラとシルヴァラント、どちらの世界をも行き来する許可をいただきたく」
これは念には念を。
「うん?エミル。おまえさん、どちらの世界も行き来する方法があるのか?」
そんなエミルの台詞にゼロスが首をかしげつつといかけてくるが。
「僕たちはレアバードにてこちらの世界にやってきました。
なら、レアバードの燃料を補給すればそれは可能かと」
「レアバード…だと?たしか、それは……」
「陛下。おそらくは。レネゲードがもっているという次元移動用の乗り物、ですね」
「そのほうたちは、レネゲードとかかわりがあるのか?」
「ある、といえばあるのかもしれませんけど……」
「彼らの施設より、レアバードを借りうけているのですわ。コレットを元に戻すために」
エミルが何かいいかけるよりも早く、リフィルがすばやくそんなことをいってくる。
ある意味で嘘ではない。
許可を得ずに借りた、という点では間違いのない事実。
もっとも、盗んだ、ともいえるのだが。
用はものはいいよう。
「ふむ…それらのことも考える必要があるな。ともあれ、そのほうたち、大義であった。
神子の屋敷で報告をまつがよい。神子よ。みずほのしいなを連れてくるのをわすれるな」
「はいはいっと。仰せのままに。んじゃ、そういうことで、もどるとすっか」
首をすくめつつも、ゼロスがいい、そのまま国王もまた立ち上がる。
「お父様。いきなりうごかれましたら…」
「執務がたまっておろう。執務室にゆく」
「でも……だれぞ。お父様の仕事をこの場に」
「は」
「…おい、ヒルダ?」
「何かあってからではこまります。しっかりと私がみはっておりますからね。お父様」
何やらそんな会話をしている親子の姿。
「いくぞ。おまえら」
「え。ええ。では、陛下。失礼いたしますわ」
ゼロスの言葉をうけ、再び礼をとったのち、ゼロスのあとをおいかけてゆくリフィル。
そんなリフィルの後ろをついていきつつ、
「…あれが、この国の国王…か」
彼が死したのち、この地は混乱と化した。
自身がかの地にてマナを切り離す過程にて、国王が死に、そして始まった新たなる国王の政策。
それはロイド達により困難をつきつけた。
こともあろうにかの新しい国王は、率先してシルヴァラントの民を奴隷と化す法律を、
問答無用で施行しようとし、それをどうにかゼロスが押しとどめていたあのとき。
ある人物がその新しい国王を暗殺し、より混迷とかしていったのをふと思い出す。
あのときは、かの地から離れることなく地上を視つつマナの切り離しを行っていた、のだが。
ふとかつてのことを思い出しつつもぽつり、とつぶやく。
「?陛下がどうかしたのか?」
「え?いや別に、何でもないよ」
そんなエミルの呟きがきこえたらしく、ゼロスが振り返りつつエミルにといかけてくるが。
そんなゼロスににこやかに笑みをかえしつつも答えるエミル。
今は考えていてもしかたがない。
とちらにしても、彼らがきめること。
ヒトがつくりし国の内情にまでエミルは干渉するつもりはさらさらない、のだから――
「しいなもゼロスも遅い…ね」
すでに外は夜の帳につつまれている。
リフィル達がもどってきて、ゼロスがしいなをつれて再び登城し、
すでにかるく数時間は経過している。
「まさか、私たちを殺す準備をしているから遅い…とかじゃない、よね?」
窓の外をながめつつ、不安そうにつぶやくマルタ。
今現在、皆、一部屋にあつまり、ゼロスとしいなの帰りをまっていたりする。
エミルだけは、暇だから、といって、セバスチャン、となのりし男性に、
厨房の場所をきき、料理がつくれないかどうかきいてくる、といってこの場にいないが。
「たしかに。ありえるかもしれないわね。彼らにとってコレットは邪魔な存在でしょうから。
しいなはともかくとして…ね。国王がどう判断するか……」
と。
何やら外が騒がしい。
「な、何だ!?」
かん、キン、というような金属音。
しばらくすると、
「く、ひけっ!」
何やらそんな声が窓の外から聞こえてくる。
やがてしばらくすると、
かちゃり、と扉の開く音。
「あ、しいな、ゼロス!それにエミルも!」
ふとそちらをふりむけば、先ほど話題になっていた三人の姿がみてとれる。
「よう」
「あんたら、無事かい?…無事のようだね」
かるく手をあげて挨拶してくるゼロスとは対照的に、しいながほっとしたようにといってくる。
「そっちの神子を助けるためにテセアラ人の技術を、という願いは通ったぜ」
「まあ、教皇のやつがかなりごねてたけどね…
シルヴァラントの神子が生きている限り、この世界は滅亡と隣り合わせだ、とね」
ゼロスにつづき、しいなが吐き捨てるようにといってくる。
「あげくは殺してしまえばいい、とまでいってたからな。あの狒々爺は」
そんなゼロスの台詞にさっと顔色をかえているマルタ。
「まさか、今の外の騒ぎは……」
あきらかに剣と剣がぶつかり合うような音がしていた。
まさか、とはおもうが。
「あの爺もついに尻尾をだしかけてるってとこか」
「まさか、だよね。あんたの家に騎士団を向かわせて強行突破しようだなんて」
「ノイシュが騒ぐから外にでてみたら、なんか武装してる人達がいきなりやってきてね。
で、彼らを撃退してたところにゼロスさん達が戻ってきたんだけど」
ゼロスとしいなにつづき、エミルがそんなことをいってくる。
ノイシュが騒いだ、というのは事実なれど、センチュリオン達に周囲を見張らせていた。
というほうが何よりも大きい。
武装したものがこの屋敷にむかってきている、という報告をうけて外にでたところ。
問答無用、とばかりに押し入ってきたとある武装した数名の男たち。
「陛下の御前でエクスフィアをつけているんだから強いにきまってる、
といったのに信じてなかったらしいな。あの爺」
予定では明日の朝戻ってくるはず、であったのに。
どうやら早めにもどってきたらしく、しいなとゼロスが謁見している最中、かの教皇は戻ってきた。
そしてそこで、シルヴァラントのものがやってきていることをきき、
問答無用で排除すべき、という意見をひたすらに唱えていた。
もっとも、国王はそんな彼の意見をぴしゃり、と否定したが。
一番の理由は、シルヴァラントのもの、とはいえ神子は神子。
かつてのスピリチュアの悲劇を忘れたわけではないであろう、と。
「生け捕りにしたやつが何か吐けばいいけど……」
逃げ出す最中、エミルの攻撃によって、二名ほど生け捕りに成功している。
なぜこの屋敷を襲ったのか、生き証人がいるわけで。
もっとも、
「あの教皇のことだ。自分はしらぬぞんぜぬ、でいくだろうよ」
すでに生け捕りにしたものは兵士に先ほど引き渡している。
どちらにしろうやむやにされる、であろう。
これまでにも幾度もあったことなのでゼロスは彼のしそうなことは大体わかる。
「ともあれ。あんたたちがここ、テセアラでの行動をすることは許可されたよ」
「あしたの祈祷の儀式がおわってから、俺様も一緒に行動することになったからな。よろしく~」
「「「え?」」」
ゼロスの台詞に異口同音で戸惑いの声をはっするジーニアス、マルタ、ロイドの三人。
「ところで、こいつ、誰?」
今さらといえば今さらながらのロイドの質問。
「俺様はお前達の監視役ってところだな。感謝しろよ~?
あの狒々爺のやつの手先なんかが監視役になったら問答無用で、
事故とかにみせかけておまえら、絶対に殺されたり、もしくは陥れられて、
罪人扱いされて処刑一直線だろうしな。この神子ゼロス様の気高い慈悲深い…」
ぼかっ。
「ってぇ!何すんだよ!しいな!」
「あんたはぁ!ここぞとばかりに自分を褒めまくるんじゃない!
たしかにあの教皇のやつの手先が監視役にならなかったのはいいかもしれないけど。けど……」
「いっただろ?しいな。それもこっちの思うつぼだって、な。
いいかげんに決着をつけなきゃいけないし、な」
「ゼロス…あんた……」
「「「??」」」
しいなとゼロスのやり取りの意味は、ロイド達にはわからない。
わからないが。
「ん?って、神子?誰が?」
ふと、今、この赤い髪の青年は神子、といったような気がする。
神子といえばコレット。
しかし、どうも今の会話はコレットを示していたものではないような気がする。
「えっと…そういや、ここ、おまえんち、だったんだよな?んでもって、王様ってたしか偉い奴、なんだろ?
そんな相手に簡単にあえてたりするお前って…こんなでっかい家にすんでるし」
今さらといえば今さらのロイドの疑問。
「偉い…ねぇ。まあ、たしかにそうなるんだろうけどさ……」
「なんだよ。しいな、その含んだいいまわしは」
「あんたの日ごろの行いをいってからものをいえっていうんだよっ!」
「んじゃまあ、そっちの真赤な野郎には自己紹介してなかったな。
テセアラの麗しの神子ゼロスとは俺様のことだ。ま、これからよろしくな」
「・・・・・えええ!?こいつが神子!?うそだろ!?」
さらり、というゼロスの台詞に驚愕の声をあげるロイドに対し、
「…僕もびっくりしたよ。きいたとき」
ため息まじりにつぶやいているジーニアス。
「あれ?でもさ。たしか神子ってマーテル様の器になるはず、なんだよね?
ならマーテル様って、男でも女でも関係ないってことなのかな?」
ふと、マルタがこれまで聞かされていたこと。
たしかそのようなことをあのレミエルという輩もいっていたはず。
それゆえの素朴なる疑問。
「いわれてみれば。女神マーテルって、もしかして、男?」
「わかった!きっとマーテルってやつは、おかまなんだ!だからどっちでも……」
「馬鹿なことをいっていないの。ユニコーンの台詞を思い出しなさい。
彼はこういっていたわ、彼女、とマーテルというのは間違いなく女性、よ」
リフィルがあきれつつもそういえば、
「じゃあ、なんでテセアラの神子が男なんだよ!」
「簡単にいえば、おそらくは種馬、だな」
「ゼロス、あんたっ!」
いともあっさりと暗黙の事実たる台詞をいうゼロスに思わずしいなが叫びをあげる。
「そのとおり、だろ?繁栄世界の神子は男性、と相場がきまってる。
つまりは、その血筋を多く残すためのクルシスの神託が下るってわけさ。
…胸糞悪い……神託、神託…そのせいで狂わされる身もしれってんだよ」
「…ゼロス……」
しいなはゼロスの事情をしっている。
その結果、ゼロスの母も命を落としてしまったことも。
そして…そのときにゼロスが母親からいわれたという台詞も。
「わりぃ。つい愚痴っちまったな。ま、そういうこった。
これまでの歴史を紐といても、衰退世界時の神子は女の子。
繁栄世界の神子は男性、そう資料も残っているしな」
「女神マーテルの復活…ね。マナの血族に神託を下し、血筋を管理して、
器となる神子を作り上げている、そのための神子の選定…というところかしら」
「だろうな。実際俺様の両親も…いや、これは関係ないか」
しいなの台詞にゼロスがうなづく。
神託さえなければ問題なかったというのに。
神託のおかげで、母は妹の恋人と結婚を強いられ、恋人と引き裂かれ。
それでも夫となったものの心は常に妹のほうにむけられており…
自殺した父親。
姉とその子供さえいなければ、とおもいハーフエルフに依頼し刺客をさしむけた叔母。
すべては、クルシスからの神託で狂ったといってよい。
「女性の神子はその命を落とすのが役目。男の神子は子供を成すのが役目、なんだってよ」
「…なんか、わりぃ。俺、そんなこととはしらないで……」
それはつまり、そのように強制されている、ということ。
さすがのロイドでもそこまでいわれれば何となくではあるが理解できる、というもの。
もしかして、こいつちゃらちゃらしてるようなのも
そのありたに原因がある、のかな?
そんなことを強制的に強いられていれば人間、何かで発散しなければやっていられない。
しかも神子、というのならば立場もあるはず。
神子だから、と常にいわれていたコレットのことを思い出す。
つまり行動に制限がかかっている、ということ。
「まあ、暗い話しはおいといて。お前ら、明日、教会でまってな。儀式がおわったら俺様も合流するから」
「儀式?儀式ってそういえば、何があるんだ?」
「明日、国王陛下の病気回復を願っての祈祷の儀があるんだよ。
もっとも、リフィル様の術で完全に回復したようだけど。
すでに予定されていたのもあるからな。健康祈願の変更になるけどな」
ロイドの質問にゼロスはこたえつつ、
「さあて。まあ、つもる話しもあるだろうが。んじゃ、俺様は用事があるのでちょこっとでかけてくるわ。
おまえらはゆっくりとやすんどきな。明日からきっと驚くぜ?んじゃな」
手をひらひらさせつつ部屋をでてゆくゼロスをみつつ、
「そういえば、セパスチャンがそろそろ食事の用意ができるから。っていってたよ。
あんたらも食事まだだろ?食べてからゆっくりしなよ」
「そういうしいなはどうするの?」
「あたしはあいつに頼まれたからね。明日、あんたらにこの街の案内をしてくれって。
何か騒ぎを起こされてはたまったもんじゃないからって。
…あたしとしては里に報告にいきたい、んだけどね」
かといって、伝書鳩でつたえるような内容でもない。
この伝達は自らの口でいわなければならないこと。
国から一応表向きであったとはいえ依頼された暗殺を失敗した、ということは。
~スキット~テセアラ到着後、ゼロスの屋敷、初日の夜~
ロイド「なあ、どうやって国王?とかいうのに納得させたんだ?」
しいな「ああ。それはだね。エグザイアでリフィルの意見をきいていたんだよ。
ただ、こういったんだよ。彼らは取引を望んでいます、ってね」
ロイド&マルタ「とりひき?」
しいな「シルヴァラントの神子が心を失ったのは天使として生まれ変わりシルヴァラントを救うため。
いいかえれば彼女が天使として産まれかわらなければシルヴァラントは救われない
ゆえに、神子を助けることができればテセアラは救われる、ってね」
マルタ「でもたしか、コレットが天使に完全になったら両方の世界が滅亡するって。
あの青い髪のユアンとかいった人がいってたのは……」
リフィル「そこまで説明する必要はないわ。そもそも彼らはそのことを知ってるのかしら?
おそらくしらないでしょう。真実かどうかもわからないもの。
ならば、テセアラ、という国にとって都合のいいようにこちらが提案すれば、
こちらの意見は認められる可能性がある、そんな話しをしていたのよ」
それは、この地にやってくる前の夜、しいなとともにリフィルが話したこと。
ロイド「…よくわかんねぇ」
リフィル「いい?ロイド。取引、というものはこちらが一歩ひいて、
あいてに有利になるようなことがある、とおもわせるのが必須よ?
うまく相手を言葉たくみに誘導すれば提案側の有利にことがはこべるもの」
ジーニアス「…姉さん……」
しいな「ま、そういうこと、だね」
マルタ「む~…なんか難しそう」
エミル「それより、もう夜もおそいし、そろそろ皆ねたほうがよくない?
僕らの部屋はここじゃないんだし。部屋に移動しようよ」
事実、男女が同じ部屋、というのも何だから、というので部屋は二つ割り当てられている。
何でも人が寝泊まりすることもあるらしく、来賓室というものがこの屋敷にはあるらしい。
そのうちの二部屋が割り当てられているが。
ジーニアス「そういえエミルはどこいくのさ?」
エミル「え?外にいるノイシュの様子をみに」
ロイド「そういや、ノイシュのやついたんだっけ」
ジーニアス&マルタ「「…ロイド……」」
…クラトスにいくら頼まれていた、とはいえ。
そろそろつきはなしてもいいんじゃないか?あいつも……
おもわずそうエミルが思ってしまったのは、仕方がない、といえよう……
※ ※ ※ ※
「うわ~、すげえな」
「うん。昨日は馬車の中からしかみてなかったから、ね」
繁栄世界、といわれているここテセアラ。
その実質は王家と教会の二本柱によって支配されている地。
神子を擁するマーテル教会が世界を導き、
その神子に任じられた国王が世界を守る。
ゆえに国王は天の使いの具現者でもある神子に頭があがらない。
正確にいえば、神子と国王の身分というか立場は同意語、といえる。
天からの神託により、それを伝える役目を神子がおい、国がなりたっている。
それがセンチュリオン達がこの地にて調べた結果わかったこと。
周囲に生えている木々がいうには、昔は神子の力もかなりなものであったらしいが、
今はほとんど形骸化している、とのこと。
まああまり世情に感心をもたない木々がいっていたのでそれは定かではないが。
エミルがそんなことを思っている最中、ロイドとジーニアスが感心した声をあげている。
翌朝になり、ゼロスは朝から城で用事がある、といい。
待ち合わせ場所はここ、メルトキオの教会、らしい。
「それにしても…」
「何だい?」
「いや、誰もコレットのことに気付いてないのが不思議というか……」
一緒に行動している、というのに。
誰もコレットの羽について追求しているものがいないのがロイドからしてみれば摩訶不思議。
もっとも、よもやエミルがソルムに命じ、幻影をもちい、
関係者以外には見えないにうにしている、などとは夢にもおもわない。
つまり、コレットの羽がみえているのは関係者のみで、
それ以外の人々には普通の少女、としかうつっていなかったりする今現在。
繁栄世界の首都。
それはロイド達にとっては信じられないほどに整った街、といえる。
パルマコスタですらロイドは唖然としたというのに、規模からしてみれば、
それこそイセリアの街とパルマコスタ、否、普通の小さな村とパルマコスタを比べたごとく。
それほどまでに街全体がきちんと整備されているのがみてとれる。
イセリアのように足元も土、ではなくきちんと石が敷き詰められており、
水はけなどに関しては、それらも考慮された石が使用されているらしい。
何の石が使われているのか、まではロイドにはわからないが。
ちなみに、この街の足場として使われている石は、
水はけもよく、きちんと水分を通すが耐久性もかなりある。
そして見た目も加工もしやすいことから、こちらの世界ではよく使われている石の一つ。
「僕としてはノイシュに誰もつっこんでこないのが不思議だよ……」
どうみても犬でないよくわからない生き物。
それとともに行動している、というのに。
なぜか皆の視線が生温かいような気がするのはジーニアスのきのせいか。
ジーニアスはしらない。
この街は、貴族たちが研究所で生み出された
愛玩動物として散歩などをさせている、ということを。
もっとも、ラタトスクからしてみれば、それを知ったとき、
またここの人間達も同じようなことをしでかしているのか。
という呆れ以外の何ものでもなかったが。
なぜヒトはいつの時代も命をもてあそぶようなことをするのだろうか。
とつくづく思う。
その方向性を変えればもっとよりよい形があるであろうに。
もっとも、今はそれらの設備は原因不明の故障で使えなくなっている今現在。
彼らが使用している装置全てが故障し、まったく使いものにならなくなっている。
そのことをしっているのはこの場ではエミルのみ。
もっとも、原因不明、と人間達がおもっているだけで、それを指示したのもまたラタトスクなのだが。
どうりで、とおもう。
あのとき、自分がかの地に閉じこもったのち、テセアラとシルヴァラントにて起こった争い。
人外のものがやけに投入されていたはず、である。
もっとも、今ここにてそれらを阻止したのであれはもう起こらない、とはおもうのだが。
周囲をみれば、ところどころに木々もきちんと植樹されているのがみてとれる。
いわば、無機質なものばかりでなく、きちんと自然も大切にされている、ということ。
いたるところに草花や草木が植えられている場所があり、自然と目にも優しい景色がそこにはある。
「改めてみれば、街全体が城壁で囲まれてるんだよね。何もかもが整備されてる」
周囲をみつつ、ジーニアスがぽつり、とつぶやく。
「…シルヴァラントとはえらい違い…」
そんなジーニアスに、
「繁栄世界と衰退世界の差…か」
さすがのマルタもこの差には唖然としてしまう。
パルマコスタは他よりも栄えている、という自負があった。
そこに住んでいることが誇りでもあった。
だが、ここテセアラの首都というメルトキオは規模から何から何まで全然違う。
街のどこからでもわかるほどの巨大な城。
その城に続いているであろう長き階段。
さらにいたるところに植えられている樹木の数々。
しいなに案内され歩くことしばし。
やがて広場らしき場所にとたどりつく。
ベンチらしきものがおかれ、その先には美しい花がそこかしこにとさいている。
「ここは庭園も兼ねてるのさ」
しいながいうが、たしかに、庭園、とよぶに相応しいのであろう。
その中心には小さな噴水が置かれており、ちょっとした娯楽場所にもなっているらしい。
「待ち合わせ場所の教会にいってみるかい?」
何でも階層ごとに、住むものが決められているらしく、一番上の層。
すなわち、城がある場所は上流区、とよばれており、貴族やそれにともなうものたちのみ。
が住まうことが許されている場所とのこと。
「同じヒトなのに身分をつくるってほんとヒトってかわってるよね」
「そもそも、身分とかいわれても俺はよくわかんねぇ」
エミルの言葉につづき、ロイドが首をかしげつつそんなことをいってくる。
ロイドの視点からいえば、偉い人、といえば村の村長くらい。
しかもその村長はいつもいばりちらしていた、という認識でしかない。
「それより、さっきすれ違った男は……」
さきほど、階段の途中ですれ違った人物。
丸い眼鏡をかけたすこし恰幅のいい人物。
なぜかこちらをみてほっほっ、と笑いを含んでいたのがリフィルからしてみれば気にかかる。
その視線がコレットに向けられていたゆえに気になっているといってよい。
何かあったらすぐに動けるように警戒していたが、
男はそのまま階段を下りていったが、どうも何かがひっかかる。
それに何よりあの男もまたハーフエルフであったことも。
「教会は、城の城門の横、だよ。首都の教会だけあって、かなり規模はおおきいんだ」
いいつつも、階段をのぼりきり、しいながいうマーテル教の教会へ。
「ようこそ。ここはマーテル教会大聖堂。テセアラでもっても大きな聖堂ですわ」
たしかに建物自体は今までみてきたどのマーテル教会の聖堂とくらべて格段に大きい。
ちょっとした屋敷なのではないか、とおもえるほどの大きさの建物。
それがここ、テセアラのマーテル教会の聖堂、であるらしい。
開け放たれた扉の先からみえる内部の構造は、
ロイド達の目からしてもみたことがないようなもの。
そもそも、装飾品一つをとってみても、ロイド達がしる教会とは格段に異なる。
強いていえば、豪華、その一言。
祭司らしき人々がきている服すらつぎはぎとかいうものがみあたらない。
入口近くにいた信者、なのであろう女性がこちらにきづきそんなことをいってくる。
と。
「ようこそ。マーテル教会へ」
と。
ズール、ズール、ズズズズズ……
気のせいか、後ろのほうから何か重いものをひこずるような音がきこえてくる。
なぜか教会の入口の前には初老の男性がたっており、
ロイド達に気付くとともに声をかけてくるが、ふとロイド達の背後をみつつもいってくる。
「おお。まっておったぞ。プレセア。祈祷は陛下の寝所で行う予定だ。神木は城へと運んでくれ」
「…はい」
振り向いた先にみえるのは、なぜか大きな材木を一人でずるずるとひこずっている少女。
淡いピンク色の髪を二つにわけて結っている。
その巨大な材木…マルタは持ちやすいようにするため、なのだろう。
取っ手らしきものがつけられ、少女はその取っ手をつかんで持ち運びをしているらしい。
もっとも、さすがに持ち上げたりできないのか、ずるずるとひこずる形になっているようだが。
ふとそちらをみて思わず眉をひそめるエミル。
エミルの知っているプレセアはあのとき、微精霊達の影響もうけていなければ、
かの石から微精霊達は抜け出した後であった。
だが、今目の前の少女から感じる気配は、まぎれもなく穢されているままの微精霊達の気配。
それによって本来あるべきマナの形が完全に歪められているのが視てとれる。
「か…かわいい///」
「え?あのマルタがか?うん?あの子…エクスフィアをつけてないか?」
ぽつり、とつぶやくジーニアスに首をかしげつつロイドがいい、
ふと少女の胸元にみおぼえのある紅いような石がつけられているのに目ざとくきづき、
何やらそんなことをいっているが。
「そのようね」
そんな会話をしている最中も、祭司らしき人物の台詞をきき、そのままくるり、と向きをかえ、
城のほうへとずるずると再びマルタをひこずり移動しはじめている少女の姿がみてとれる。
「ねえ。しいな、こっちにはそんな習慣でもあるの?しいなもつけてるし」
それに、あのゼロスってヒトも。
言外にその言葉を含ませといかけるそんなマルタの台詞に、
「まさか。…あの子は…ちょっと、ね」
いっていいものかどうかはわからない。
それに何より、今ここには自分達だけではない。
他者の目、すなわち第三者という目がある以上、簡単に話せるような内容でもない。
エグザイアでの会話からこの子に彼らがあの話を結びつけられるともおもえない。
「そういや、あいつもつけてたな。エクスフィア」
ロイドがゼロスが胸元につけていたエクスフィアのことを思い出し、おもわず腕をくみ呟くが。
「そうだね、かわいいね」
「はぁ?ジーニアス。お前大丈夫か?あいつがかわいいってお前熱でもあるのか?」
どこか心あらずのジーニアスにたいし、あきれたように呟き、
ちなみに、ロイドは今のジーニアスの台詞は、
少女…プレセアにむけられたものではなく、本気でゼロスに向けられていった台詞。
そうおもっていたりするのだが、当然そんなこととはジーニアスは気づかない。
「そういえば、今、祈祷、といいましたけど、国王の病気回復を願うとかいう?」
実際は病気でも何でもなく、毒に侵されていただけ、なのだが。
昨日の今日でもあり、また国王が毒を盛られていた、などと。
国政というか管理体制すら問われかねないゆえに、おそらくそれらはかん口令が敷かれているのだろう。
というかあの場にいた者以外にはおしえられていない可能性のほうがはるかに高い。
そんなロイドやジーニアスには構わずに、
その場にいる祭司らしき人物にとといかけるリフィル。
自分が国王を治療した、という事実が街にまで伝わっているのか、伝わっていないのか。
確かめるのにもこの問いかけは一石二鳥。
そう思うがゆえのリフィルの問いかけ。
「ええ。そうです。神子様と教皇様が陛下の御前にて祈祷を行い、マーテル様のお力添えをいただくのです」
「…あのゼロスに?」
あのゼロス、となのった男性が祈りをささげている光景などおもいっきり似合わない。
ゆえに思わずぽそり、とつぶやくロイドの言葉がきこえたらしく、
「おや。神子様をご存じ、ですか?そういえば、そちらの女性の独特な服はみずほの。
よもや、まさかしいな殿、ですかな?」
「え?あ、ああ」
一方でいきなり話しをふられ、戸惑いを隠しきれないしいな。
「神子様からお話しは今朝がたお聞きしております。大変でしたな」
「…あいつ、何を話したんだい。いったい……」
憐憫をも含んだようなそんな祭司の台詞に、ぎゅっとしいなが手を握り締める。
「あれ?でも、昨日、姉さんが陛下の治療をしたはずじゃあ……」
「公式な儀式となっているんでしょう。いきなり中止にします、というわけにはいかないわよ」
ジーニアスの台詞にため息まじりのリフィルが答え、
「さっきの子、あんな重そうな丸太、一人で運べるのかなぁ」
『ふむ。マルタさんがマルタの心配…ぷくくっ』
『陰険…寒いわよ』
『ふむ。なら燃やそうか?』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
影の中からきこえてくるテネブラエの台詞。
そんなテネブラエにたいし、あきれたようなアクアの台詞がかぶさり、
さらにイグニスがそんなテネブラエにたいし何やらいっている。
「…マルタが丸太って……」
「ええ!?まさか、エミルがギャグを!?」
思わずそんなやり取りをきき、ぽつり、とエミルがつぶやけば、
驚愕したようなジーニアスが目をぱちくりさせていってくる。
「エミル…その冗談のセンスはどうか、とおもうわ」
「え?いや、その……」
頭をふりつつも、ため息まじりにつぶやくリフィル。
思わずあきれてしまい、無意識のうちに口にでてしまっていたことに今さらきづき、
エミルとしても何ともいえない気持ちになってしまう。
というか、テネブラエが悪い。
絶対に。
そうはおもうがそれを口にするわけにはいかないだろう。
そうすることは、自らの影の中に彼らセンチュリオンがいる、というのをおしえるようなものなのだから。
「でも、どっちにしても、ここで待ち合わせするにしても。あいつ、城にいるんだろ?俺も城ってやついってみてぇ」
ゼロスが指示したという待ち合わせの場所はこの教会で間違いはないのであろう。
だがしかし、ロイドとしてみれば、城、というものは物語の中だけでしかなかったのに。
実際にそこにあるのだから探索してみたい、という思いがないわけではない。
そんなロイドの台詞に、
「なら、さっきの子に頼んで、一緒に丸太運びを手伝わせてもらえば?」
「おお!ナイス!エミル!その案いただき!」
「え?あの子と!賛成、賛成、大賛成!」
「お城かぁ。私もいってみたい。なので賛成!」
エミルの意見にすかさずロイドが賛成の意をしめし、ジーニアスがなぜかバンザイしつつもいってくる。
マルタもマルタで同意を示してくるが。
「はぁ。仕方のない子たちね。…でもあの子にきいてみなければわからないわよ。
それに、ノイシュはどうするつもりなの?」
「「「あ……」」」
リフィルの呆れ混じりの台詞に、異口同音で言葉を発するロイド、ジーニアス、マルタの三人。
「なら、僕がノイシュと一緒にまってますよ。
ついでにコレットも一緒にまっとけば問題ないとおもうし」
「え?コレットも、か?」
「下手にコレットに刺激を与えられて、コレットが術を発動とかしかねないしね」
どうも自分が傍にいるからか、微精霊達もコレットの体を通じ、
簡単なる精霊術は発生されることができるようになっている今現在。
ロイド達はそのことに気付いていないッポイが。
ちなみに、今のコレット…というよりは、微精霊達の力により、
簡単なるジャッジメントなどといった力の他、それ以外の力も行使可能。
どうもヒトに利用されている、ということから過剰防衛しかねない雰囲気だし。
そうはおもえどそれは口にはださず、無難な意見をいっておく。
本当のことをいっても彼らには理解できないであろうし、
何よりも微精霊達のことに気付かれて、
それを利用しようとする存在がでてきたら面倒極まりない。
もっともそうなればもう問答無用でコレットの内部にいる微精霊達だけでなく、
ジーニアスやリフィル、そしてロイドの精霊石の内部にいる彼らを孵化させるつもりではあるが。
それこそ、かの救いの塔の内部にいた彼らを孵化させたように。
「それか……あれ?」
それ以外の方法をエミルがいいかける最中、
ずるずると丸太をひこずりつつも、先に進んでいたプレセアであるが、
そんなプレセアに近づいてゆく男が一人。
「とりあえず、じゃあ、また」
かるく頭をさげてぺこり、と挨拶をし、すっそとちらに視線をむける。
そんなエミルとは裏腹に、
「あ、あの子たちどまった」
マルタがそのことに気付き、ふと声をあげる。
立ち止まったプレセアに近づいてくる人影一つ。
がっちりとした体格の、どこかまるっこいような人物、だが。
「……あれにきづいてない、のか?あの人間は……」
周囲にただよっている怨嗟の気。
怨嗟の負の念があきらかにその男の周囲には漂っている。
微弱ではあるが瘴気も感じられることから、教皇とかいう人物とかかわりがあるのであろう。
今の段階で、アレと契約を簡易的に結んでいるのは、教皇という男のみ。
さらにそれを媒介として、センチュリオン達が調べたところ、
ロディル、という輩もまたアレにかかわっているらしいが。
『ラタトスク様。あの人間がこの地にて精霊石を売買しているものです』
影の中よりきこえてくるグラキエスの声。
その声にはおもいっきり非難の色が含まれている。
「あいつが、か」
掘りだしたばかりの、本来ならば大地の中でまだ眠っているはずの彼らを呼びさまし、
そしてあろうことかヒトの負の心にて穢す原因となっている人間。
ならば、あれほどまでの負の念にまとわりつかれているのもうなづける。
そんなことを思っている最中、彼らの会話らしきものがきこえてくる。
「じゃあ、頼むぜ。神木をアルタミラまで。この仕事の後でいいからな」
何かの依頼らしきものをいっているようではあるが。
「……わかりました」
「順調、だな。とにかくロディル様に報告だ」
表情一つかえず、淡々というプレセアの様子をみつつ、満足そうにうなづき、
その場を立ち去ってゆくその男性。
どうりで瘴気の欠片がまとわりついていたはず、である。
あのロディル、さらには教皇と名乗りしものとかかわりがあるヒト、か。
エミルがその人間をじっとみているのにきづいたのはリフィルのみ。
そんな中。
「まってよ。君…えっと、プレセア!」
いまだにたちどまっているプレセアのもとへとかけよっていっているジーニアスの姿が。
その声にきづいたのであろう、振り向いた少女の表情はまったく変化がない。
「ちょっといい?私はマルタ。この赤い人がロイド。でこっちが」
「リフィルよ。で、これが弟のジーニアス。金髪の子がエミルとコレットよ」
「よよよよよろしく」
「?ジーニアス?何顔赤くしてるんだ?」
「あ、わかった!ジーニアス、この子にひとめ…」
「わ~わ~、わ~!!マルタ、何をいうのさ!
ああああのさ。僕たちに神木を運ぶのを手伝わせてもらえないかな?」
マルタの言葉をあわてて真っかになりつつ遮り、ジーニアスがいきなり用件を切り出すが。
どうでもいいけど、そのやり取りではまったく話しがみえてこない。
いきなりそんなことをいえば、普通でも警戒されて当たり前。
どうやらそのことにジーニアスは気づいていないらしいが。
それゆえに思わずため息をつくエミルは間違っていないであろう。
「・・・・・・・・・・・・」
案の定、というかそのまま無言で丸太運びを再開しはじめるプレセアの姿。
「あ、ま、まってよ」
「いきなりいうからだよ。えっと、プレセア、だよね?」
「……?あなた…は?」
何だろう。
気のせいか、何となく安らぐような…忘れかけていた何か。
これまで感じたことのなかった何かの
『…愚かなヒトに利用されし存在達よ、我が声に耳をかたむけん』
ぽつり、と小さくエミルが呟くとともに、ふわり、と淡くプレセアの胸元の石が光り輝く。
その言葉はプレセアの中で利用されている微精霊達に向けて。
声に力をのせ、微精霊達が穢されていたであろう負という力をも取り除く。
プレセアの体からどすぐろい何か霧のようなものが一瞬たちのぼり、
それはエミルの手の中に瞬く間にと吸い込まれてゆく。
それはほんの一瞬の出来事。
感覚からしてどうやら十数年にわたり、蝕まれていたらしく、
すぐに完全に微精霊達に正気を取り戻させることは難しいっぽい。
もっとも、原因となった穢れを今取り除いたゆえに、
微精霊達が正気を取り戻すはそう遠くはないであろう。
精霊原語でいってもよかったのだが、それだとこのあたり一帯の精霊にまで影響を与える。
下手をすればこのあたりにただよっている微精霊達まで活性化しかねない。
それゆえに言葉にのみ、しかも限定をこめて力を込めたのではあるが。
「あの子達が城の中をみてみたいんだって。
迷惑かけないから、この材木を運ぶのを手伝わせてあげてくれないかな?」
少し首をかしげつつ、先ほどより心が多少もどったプレセアにと問いかける。
穢れがはらわれたことにより、ゆっくりとではあるが彼女は正気を取り戻すであろう。
もっとも、微精霊達の影響でどうやらこの少女の肉体的成長がとまっていたっぽいが。
エミルの言葉にしばし思案するように黙り込んだのち、
「……わかりました」
いって、マルタにつけている取ってから手を放す。
「あの?プレセア?」
戸惑い気味にといかけるジーニアス。
「それ…運んでください」
少し離れたところでそういうプレセアの言葉をきき、
自分達の意見が聞き入れられたことにきづき、ぱっと目をかがやかせ、
ロイドが急いでマルタの近くにと走り寄る。
「よ、よし、まかせとけ!」
そのままジーニアスとロイド、二人にて丸太を持ち上げようとするが。
「ちょ…ちょっとまってくれ…これ、重……」
二人して丸太を押したり引いたりしているというのに肝心な木はぴくり、とも動かない。
ジーニアスとともに一緒に持ち上げようとしても結果は同じ。
「ったく。ロイド、ジーニアス、体力なさすぎるよ」
そんな二人をみつつ、ため息をひとつつき、
そのまま、二人をおしのけ、ひょいっと丸太をその肩にと背負う。
「うえ!?エミル、そんな重いものよくもてるな!?」
自分達が必至に持ち上げようとした、というのにエミルはやすやすと持ち上げた。
そのことにロイドが驚愕したような声をあげてくるが。
「ロイド、テコの原理ってしってる?中心を持ち上げれば誰でもできるよ」
「…いえ、誰でも、というわけにもいかないでしょう。
でも、エミル、前からおもっていたけどその体系で力はある、のよね。
エクスフィアを使っているわけでもないのに」
リフィルが何やら思案しながらもそんなことをいってくるが。
エクスフィアを使っているわけでもないのに、エミルのこの身体能力。
それはリフィルからしてみても不思議でたまらない。
「エミルってものすごいたくましいんだね!きっと脱いでもしっかりと…きゃっ」
「「「・・・・・・・・・・」」」
マルタはマルタでそんなエミルをみて、体をくねらせそんなことをいっているが。
「う。男として自信なくなってきた……」
「僕も……」
がくり、とうなだれたようにいうロイドにジーニアス。
そもそも、二人はプレセアが一人でこのマルタを運んでいたのを知っている。
ついでに、今目の前でかるがるとエミルが丸太を持ち上げた。
二人がかりでぴくり、ともしなかった代物を。
「まったく、他者にたよった力をつかうからだよ。自分の力は自分で向上させないと」
彼らのいうエクスフィアという力にロイド達は頼りすぎている。
それに、とおもう。
「…甘やかすだけがその子のためになるんじゃない、からね」
その言葉はロイドの石の中にいるロイドの母親の精神体にむけて。
「借物でしかないマガイモノの力をつかってても力にならないってことだよ」
「「?」」
エミルの言葉の意味はロイドはいまだによく理解できていない。
ジーニアスはその言葉にはっとしているが。
それは以前、ジーニアス自身がおもったこと。
リフィルはその言葉に思うところがあるらしく考えこむ仕草をしているが。
借り物の力、それが示しているのはいうまでもなくエクスフィアのことであろう。
それがわかるがゆえの反応。
「でも、僕がもってたんじゃあ、ノイシュのこともあるしな…仕方がない。アクア」
「はいはいは~い!」
「あなたは…たしか……」
ルインからパルマコスタに向かうまでの船の中でたしか見た覚えがある。
いきなり現れた青い髪をもつ少女。
「うわ!?この子、どっから!?」
驚愕したようなジーニアスの声。
いつもの姿ではなく人の姿を模して出てきているのはさすがというか何というか。
いきなり誰もいなかったはずなのに突如としてヒトがあらわれ、
ジーニアスが思わず一歩退きながらもそんなことをいってくる。
「ノイシュをつれて、ゼロスの屋敷にいっといて」
しかし、なぜに驚く、のだろうか。
エミルからしてみれば不思議でたまらない。
そもそも、ロイドもジーニアスもアクアは幾度か出会っている。
何を今さら驚く必要があるのだろうか、という思いのほうがはるかに強い。
そもそも、ソダ島から移動した先の救いの小屋でジーニアスとロイドは、
アクア、そしてテネブラエとあっている。
ゆえに今さら驚くその気持ちがエミルには判らない。
「ええ?私がですか?陰険にいえばいいんじゃあ?」
「テネブラエだとノイシュと一緒に何しでかすかわからないしね」
「ああ、なるほど」
「ひどい!どういう意味ですか!エミル様!」
感心したような声をあげるアクアとは裏腹に、
なぜかエミルの真横から抗議の声があがってきているが。
みればいつのまにか姿を現していたらしいテネブラエが抗議をあげているのがみてとれる。
「だって、テネブラエだし?」
かつてのときを忘れた、とはいわさない。
そもそもミトスのもとにいったとき、ノイシュを巻き込んで何かしらをしでかしていた。
「ふふふ。陰険。エミル様はわ・た・し、をたよったのよ。あんたには出番はないのよ~」
「おやおや。いつもあまり呼ばれないのをねたんでですか?アクア」
「お・ま・え・ら?」
何やら不毛な争いが始まりそうな気配。
ため息とともに、すっと二柱にと注意をこめて語りかける。
刹那、ずんっと一瞬、周囲の空気が重くなったような気がするのは、
おそらくテネブラエとアクアの気のせい、ではないであろう。
「…?何か、息が……」
ふとみれば、ジーニアスの顔色が真っ青になっている。
そんな二柱をみて、プレセアが思わず目を見開く。
正確にいえば、プレセアの内部にいる微精霊達が、なのではあるが。
「え、えっと、何がどうなってるの?」
いきなり現れた、黒い犬のような何かに、青い髪の少女。
「しかも、エミルのことを様って…は、まさか、ライバル!?」
マルタはマルタで見当違いなことを叫んでいるようではあるが。
「ともかく、ノイシュを安全な場所に。いいな?」
「は~い」
「テネブラエ。お前は姿をいきなり現さずに姿は消しておけ。騒ぎになる」
「…う。申しわけありません。わかりました」
素直にしゅん、と謝りつつも、その黒き姿は刹那、周囲の景色に溶け消える。
といっても完全に影の中に入ったわけでなく、
ただ姿を消したようにみえているだけでそこにそのままいる、のであるが。
「エミル、今のはいったい……」
「さ。この神木運んでしまいましょ?ロイド達、お城の中にはいりたいんでしょ?
僕の抱えているこれを補佐している形をとれば違和感ないでしょ?」
疑問を問いかけるリフィルの言葉をさえぎり、さらり、と話題を擦り変える。
「え?あ、ああ…けど、今のやつら……」
たしか、前、救いの小屋でみた奴ら…だよな?あれ。
あの女の子はたしか、船の中でみたような気がするし。
そんなことを思いつつロイドがエミルに問いかけるが、
「あの子達のことは気にしなくてもいいよ。
アクアに頼んだからノイシュは安全に屋敷にもどっているはずだしね」
ロイド達のそんな素朴に疑問をにこやかな笑みでさらり、とかわす。
そんなエミルの台詞に、
「…そういう、問題?あの子ってたしか、船の中でみたこ、だよね?」
ロイドがいい、ジーニアスがふとかつてのことを思い出し、そんなことをいってくるが。
「??」
そんな彼らの会話の意味はマルタにはわからない。
「時間がない、です。いきます」
いいつつ、城のほうへと歩いてゆくプレセアの姿。
「あ、じゃあ、俺達も…」
今ここでエミルにいろいろと追求している暇はない。
ゆえにあわててロイドもまた、エミルがかかえている丸太を支えるようにして、
エミルの背後にと移動し、マルタを支えるように手を伸ばす。
「あのマナの在り様は、いったい……」
感じるマナのありようは、魔物でもまして精霊でもないもの。
リフィルの呟きに、
「そうなのかい?」
しいなはマナの感覚がわからない。
わからないがゆえのといかけ。
「ええ。でも…自然と溶け込んでいる。そんなマナなんて……」
精霊でも、ましてや魔物でもない、というのに。
そこになくてはならないかのような感じをうけるマナ。
まるで、まるで、そう、根源のマナにかかわっているかのごとくに。
「まさか…ね」
ふと、リフィルの脳裏にうかびしは、かの船、『カーラーン』と名付けられていた船の上でみたあの紋章。
精霊ラタトスクに仕えている、という八体の僕、センチュリオン。
よもやまさか、そのセンチュリオン自体である、という事実にリフィルは気付かない。
否、気付くことができない、というべきか。
そんな存在がヒトを様づけで呼ぶ、などありえないのだから。
もしもそう、だとするならば、エミルの正体、それは大樹にかかわりがあるもの。
ということに他ならない。
まさか、という思いがあれど、それは突拍子もないことで。
ゆえにその可能性をリフィルは心の中で否定する。
たしかにエミルには何かがある。
…まさか、エミルが精霊自身だ、などとは当然気付くことはできはしない。
「まて。今日はプレセアだけじゃないのか?」
門のところにちかづくと、昨日と同じように門番の兵士にと止められる。
「お前達、何ものだ…と、うん?お前達は、昨日の……」
どうやら昨日の門番と同じ人物、であるらしい。
「ああ、たしか神子様とともにきた…いったい?」
「彼女を手伝って神木を運んできたんです」
エミルとリフィルは昨日、ゼロスとともにこの城を訪れている。
エミルの言葉によくよくみれば、いつもはプレセアは一人で木をひこずっているのに、
今日は三人かかりで木そのものを持ち上げて運んでいるのがみてとれる。
「なるほど。今日の儀式にあわせ、土をつけないようにして運んできたのだな」
その光景をみて勝手にいいように解釈し、うなづく兵士の姿。
「ふむ。まあ神子様の知り合いでもあるようだから問題はないだろう。そのほかのものたちは?」
「…今日は、特別」
本来ならばコレットの背にいまだに翼は生えているまま、なのだが。
ソルムの幻影により、ロイド達以外にはその羽はみることができなくなっている。
羽をしまうように、ともエミルがいえば素直に従う、であろうが、あえてそれはエミルはいっていない。
それでなくてもコレットがエミルの言葉にのみ反応している光景をみて、
ロイドがすこし拗ねているので面倒、という理由もあって、なのだが。
兵士の言葉にプレセアが答え
「よし、とおれ」
しばし考えたのち、問題はない、と判断し、道をあける門番達。
そのまま開け放たれた扉をくぐり、ロイド達は城の中へ。
そんな彼らを見送りつつも、
「しかし、最近のキコリっていうのは女子供ばかりなのか?」
「うむ。まあ滅多に口をきかないプレセアがああいうのだし、まあいいだろう」
いつも無表情、無口のプレセアが口をきいた。
彼らは彼女元教皇騎士団の隊長でもあった人物の娘であることを聞かされている。
もっとも、彼女が年をとらないのは、国の研究の実験体になっている、
ということまでは聞かされていないが。
「さて。と。城の中にまではいれたけど、この木はどうするの?」
ロイド達は城にはいるとともに、圧倒的な内装に気押されたのか、
木を支える、ということすらわすれ、ぽかん、として周囲をきょろきょろと見回している。
「こんな素敵なお城で、エミルと一緒にくらせたら……
パパがいっていたのもわかるような気がする」
マルタはマルタでほうっと息をつきつつも、そんなことをいっているのがみてとれるが。
城に入るとともに真赤な絨毯が…ふわっふわの沈んでしまいそうなほどのふわふわの絨毯。
それらがざっと進路を示すかのように敷かれており、その絨毯はその先にある階段、
そして左右にわかれている道のほう、とそれぞれ枝分かれしているのがみてとれる。
「そこにおいておきます」
みれば、神木置き場、となっているのであろう。
たしかに、立て札がおかれており、そこには神木置き場と明記されている。
と。
「うん?今日は一人ではないのか?」
数名の兵士と、そして祭司らしき人物が近づいてくるのがみてとれるが。
「その神木はそこにおいておいてくれ。
さて、プレセア、悪いが、この神木を小さくいつものようにしてくれるか?」
「はい」
その背に似合わない大きな斧…フランシスカを背負っていたそれを下ろし、
エミルがその場に神木を下ろすとともに、その腕を振り下ろす。
がこっん。
勢いよく、木にフランシスカがつきたてられる。
「くれぐれも床に傷をつけないように、な」
よくもまあこの小柄な体で斧が振り下ろせ、さらにはこの特殊なる木に傷がつけられる。
そうおもうが、彼女が胸につけている石の効果を考えれば納得もいく、というもの。
もっともその石の副作用で彼女は表情にとぼしくなっているっぽいが。
それがこの城にいる兵士達の認識。
やがて、幾度か斧を振り下ろし、やがて丸太の一部が切り離される。
最後のほうはかるくこつこつと叩き、床に傷をつけないように持ち上げたのち、
おもいっきりべりっと切り離したそれを引き剥がしている様がみてとれる。
「よし。御苦労だったな。支払いはいつもの場所でうけとるがいい」
切り離された木をもって、祭司たちが用意していたであろう台座にそれをのせ、
それに布をかけてその場を立ち去ってゆく。
そんな彼らのやり取りをみつつ、
「俺達って、なんか無視されてないか?」
「仕方がないわ。私たちはあくまでも彼女のお手伝い、なのだから。さて、私たちも外にでましょう」
「ええ!?もうかよ!?先生!?もっと、城の中をみてまわり……」
「ロイド?まさか招かれてもいないのに好き勝手に歩きまわれる、とでもおもって?
それこそ侵入者、とよばれ罪に問われかねないのよ?何をかんがえてるの?」
ぴしゃり、と冷めた口調でそんなロイドをたしなめる。
「侵入者って…見て回るくらい問題ないだろ?」
「はぁ。あのね。ロイド、一般公開日ならともかく。
普通、民間人が城の中を歩き回れるはずがないだろう?」
理解できない、というロイドにかわり、しいながあきれまじりにそんなことをいってくるが。
「?そういうもの、なの?」
マルタもよく理解できていない、らしい。
「まあ、それはそうだろうね」
ヒトがつくりし仕組み云々はともかくとして、誰もが立ち入ることができない、
というのはエミルにもよくわかる。
そもそも、あの地にしろあの場にしろ誰もが立ち入ることを許していないエミルだからこそ。
そんなことをすれば、欲にかられたモノが何をしでかすかわかったものではない。
そのあたりの認識はヒトとおそらくかわらないであろう。
「な、ならさ。その祈祷とかいうのを見学したい…とかいうのは」
「「無理にきまってる(でしょうが)(だろう)」」
ロイドの言葉に同時にきっぱりといいきるリフィルとしいな。
「あ、でもさ。あのゼロスって人もいまここにいるんだよね?」
マルタが思いだしたようにいうと、そんな彼らの会話がきこえた、のであろう。
「おや?あなたがたは神子様のお知り合いですか?」
一人の兵士が首をかしげつつもといかけてくる。
「え、ええ。まあ」
リフィルの台詞に、
「神子様はこれより、儀式の執り行いがありますから。
しかし、神子様のお知り合い、というのであればそうですね。
神子様をお待ちになる間、どこかの部屋を用意させることは可能ですが」
「部屋?」
首をかしげるエミルに対し、
「神子様のお知り合いを無碍に取り扱っても問題でしょうしね。
今、仕える部屋は…祭司様、どこかありましたかな?」
「紅の間ならば、いつもあいているのではないでしょうか?
かの部屋ならば後から許可をえても問題はないかと」
「しかし、あの部屋は……」
「神子様の知り合いを語るもの、かもしれませんし。無難な選択、では?」
何やらしばしそんな会話をしたのち、
やがて。
「紅の間でよければ、皆さんをご案内できますが、いかがいたしますか?」
やがて折り合いがついた、のであろう。
祭司らしき人物がそんなことをいってくる。
「いえ、いつまでもここにいたらご迷惑に……」
リフィルがやんわりと断ろうとするが、
「おっしゃ!俺、一度でいいから城にあるっていう部屋とかにいってみたかったんだよな」
「お城の中にあるお部屋、かぁ。きっととてもすばらしいんだろうな」
「……はぁ。仕方ありませんわ。…お願いしてもよろしいかしら?」
どうやら子供達…特にロイドとマルタはリフィルの懸念に気づいていないらしい。
そんな二人の言葉をききため息をつき、しぶしぶながらも了解の意を示す。
紅の間。
その言葉で何となく不穏な響きを感じとれるのはリフィルの気のせいか。
「あ。でもプレセアはどうする?」
「彼女には儀式がおわったの、神子様が用事がある、とおっしゃっていましたが……」
何でも彼女にしかできない役目がある、とは神子がいっていた。
ゆえに、彼女が神木をもってきたとき、引き留めておいてくれ、とも。
紅の間、とよばれた部屋は何もかもが真赤な装飾品で統一された部屋。
「やはり…か」
しかしその部屋にこびりついている匂いはエミルにはごまかせない。
彼らはきちんと消しているつもり、なのであろうが、この部屋にただよう気はまぎれもなく。
壁も絨毯も椅子も、何もかもが真赤に統一されている部屋。
「うわ、なんか目がちかちかするような部屋だな」
部屋にある天蓋つきのベット…これまた色は真赤。
さきほどまで者珍しく歩きまわっていたロイドだが、
今はジーニアスと二人してなぜかその場に正座させられていたりする。
つい先ほどまで、ジーニアスとともに、
そのベットがあまりにもふかふかなので、二人してベットの上で飛び跳ねたりして、
リフィルの説教をうけ反省をかねて正座をいいつけられているこの二人。
「?何がやはり、なの?エミル?」
マルタは理解できない、とばかりに首をかしげるが。
「ちょっと、ね」
「エミル。この部屋は、やっぱり……マナを感じるわ」
それも、濃い血のマナを。
血のマナは独特なもの。
ゆえに時間がたってもその痕跡は残る。
どうやらジーニアスは気づいていないらしいが、
直接、ヒトの死体とかとかかわっていなかったジーニアスだからこそ、
気付いていないのかもしれないとリフィルは思う。
「リフィルさんの推測通りの部屋、かと」
「…そう」
「「??」」
その言葉の意味はマルタにはわからない。
そしてロイドとジーニアスにも。
「紅の間…か。話しにはきいていたけど、何だかね」
しいなの表情も暗い。
この地にて、みずほの民がどれほどのものをあやめただろうか。
この部屋はそのための部屋。
王家にあだなしたり、もしくは不要、とされたものを内密に葬る部屋。
ゆえにたしかに、すぐに使用できる部屋、というのは事実だろうが。
全てが赤で統一されているのはとびちった血を目立たなくさせるため。
その事実をしいなはしっている。
と
何やら外が騒がしい。
「何だ?」
扉の向こうから何か騒がしいような音がするとともに、
がちゃり。
しばらくすると部屋の扉が開かれる。
「よ。お前ら、教会でまってろっていったのに、ここまでやってきたのか?」
扉が開かれ、みおぼえのある人物が部屋の中にとはいってくるが。
「ゼロス。今の外の騒ぎはいったい……」
「きにすんな。陛下の命にそむいた馬鹿がいただけだからな」
そもそも、国王自らが許可した、というのに問答無用で排除しようとした教皇が信じられない。
まさか、とはおもったが、教皇に教皇騎士団の一人が耳元で囁き…ゼロスだから気付いたこと。
紅の間にシルヴァラントのものがきている、というのをきき、
教皇が彼らの暗殺を命じたのにきづき、そっと儀式を抜け出して、
部屋に踏み込もうとしていたものたちを排除しただけのこと。
ちなみに、兵士達をよび、陛下の宮殿で命令もなく武器を抜き放った。
それだけでも罪にあたるがゆえ、そのあたりにいる兵士達をよび、
きちんと押し入ろうとしたものたちは引き渡しはしたが、
おそらく教皇の口利きでなかったもの、とされるであろう。
それがわかっているがゆえ、ゼロスは詳しく説明しない。
説明する必要がない以上、ゼロスは余計なことは口にしない。
「うん?プレセアちゃんもいるのか」
「?知り合いなのか?この子と」
ゼロスがそこにいるプレセアにきづき、名前をよぶとともに、ロイドが首をかしげる。
「まあな。プレセアちゃんにはガオラキアの森までの道案内を頼むつもりだったからな。
ガオラキアの森、つったら有名な迷いの森なんでな。道案内が必要なのよ」
「?その森に何かあんのか?」
ゼロスの言葉は脈絡がない。
首をかしげるロイドに対し、
「ああ。なるほど。アルテスタ、かい」
「そういうこと」
「「「?」」」
しいなとゼロスの二人の会話をうけ、首をかしげるしかないロイド達。
「とりあえず、これからしばらくは一緒に旅をすることになるんだ。
仲良くしようぜ~。うん?あの変な動物は?」
「あ。ノイシュならゼロスさんの屋敷に戻ってもらいましたよ。
さすがに城の中にまでは連れてくるわけにはいかないでしょうし」
ゼロスの問いにエミルが答え、
「そういえば、エミル。あの子はいったい……」
いまだにエミルから返事を聞いていない。
問いかけるリフィルの台詞に首をかしげつつ、
「というか、森って、森にいくの?」
マルタが気になっていたらしく首をかしげつつゼロスにと問いかける。
「おう。このプレセアちゃんは森の奥の村にすんでいるからな。
あのあたりの地理には詳しいんだよ。あの地にはドワーフが住んでいるからな。
まあ、まずは王立研究院、だな。陛下には話しはつけてあるしな。
何でも昨日の竜巻でグランテセアラブリッジは今は通行不能になってるらしいけど。
許可さえあれば問題なく通れるからな」
「た…竜巻…でかい?」
ゼロスの台詞にしいなが思わずといかける。
「おう。なんか竜巻で開閉の装置が壊れてるとか何とか」
「へ、へぇ。それは災難…だったね」
「まあ、自然災害だからなぁ。って、しいな、どうかしたのか?おまえたちも?」
ふとみれば、しいなだけでなく、ジーニアスやリフィルと名乗ったものたちもまた、
どこかよそよそしさを感じるのはゼロスのきのせいか。
その竜巻、というのがシルフが起こした現象であることをしっているがゆえ、
しいな達からしてみれば、居心地が悪いことこのうえない。
「?研究院の使用には王家の許可がいるからな。
というわけで、一度、屋敷にもどって準備したのち、すぐにでかけるけど、
お前達の用意はいいのか?」
「僕たちは別に何か用意をするとかないですし…ですよね。リフィルさん」
「え、ええ、そうね」
話題がかわるのはリフィルからしてみても助かる。
まさかあの竜巻が自分達がこの地にやってくるのに発生した、とわかれば。
下手をすれば犯罪者扱いされかねない。
「ま、このゼロス様の頼みなら陛下も一発オッケーってな」
「あんた、それでも神子だからねぇ。一応は」
「一応って何だよ。しいな」
「別にぃ」
「はいはい。痴話喧嘩は後にしてくれないかしら?
じゃあ、コレットを元にもどすのに協力してもらえる、これは間違いない、のね」
「おう。ま、コレットちゃんが完全に天使になっちまったらテセアラは衰退しちまうからな。
ここまで豊かさになれている中でいきなり衰退世界になっちまったらどうなるか。
それを陛下も懸念されてるしな」
まちがいなく暴動がおこる。
そしてその怒りの矛先は、まっさきに神子であるゼロスに向けられるであろう。
それくらいゼロスにも用意に予測がつく。
「コレットをマーテルの器にさせるわけにはいかない。
ユアンってやつがいってたけど、そうなったら互いの世界が滅亡するっていってたし」
「滅亡?…そりゃ、どういうことだ?」
ロイドのいい分にゼロスが顔をしかめつつもといかける。
「あたしも詳しくはわからないよ。けど、レネゲードできいたのはそういってたよ」
「ユアン…レネゲード…ねぇ。穏やかじゃねぇな」
そこまでいい、ぽそりと、
連絡がついたときに詳しく聞くべきか?
などと小さくつぶやいている台詞にきづいたのはエミルのみ。
「ま。とりあえず、輝石を研究していた王立研究院はサイバックにあるんだ。
サイバックの街はグランテセアラブリッジを超えた先にある街、さ」
「サイバック…ですか」
たしか、あのリヒター達もサイバックに所属していたような気がする。
もしかしたら出会うことがあるかもしれない。
千年、という年月を共にしたリヒターとこの時間軸のリヒターとは別とはわかっているが。
何よりも、問答無用であのとき殺してしまったアステルという人間。
その人間が今、ここでは生きているはず。
アステルという人間がどんな人間であるのかラタトスクは知らない。
しかし、リリーナやリヒターがいっていた人物像から、
おそらくはお人よしの部類にはいる人種なのだろう、という予測はついている。
「おう。王立研究院もオゼットも海を越えた向こうの大陸にあるからな」
「海?」
ゼロスの台詞にマルタが首をかしげ、
「そもそも、グラン何とかってなんなんだ?」
「さあ?そういえばそうだよね」
その名が意味するものがわからずに、ロイドとジーニアスが同時に首をかしげる。
「ふっふ。ここから北東の方角にあるのさ。ま、いってからのお楽しみってな」
「?よくわかんねぇけど。王立研究院か。わくわくするなぁ。いこうぜ、皆!」
「…ロイドって、始めのころだけは元気がいいよね」
「まったくだわ」
嬉々としていうロイドにたいし、ジーニアスがあきれたようにいい、
リフィルもまたため息まじりにといってくる。
「ともあれ、んじゃ、城からでようや」
確かにこのままこの場にいてもしかたがない。
結局のところ、ゼロスのいうとおり。
ロイド達もまた、ゼロスとともに下城することに。
pixv投稿日:2014年2月8日某日(Hp編集:2018年4月22日(日)
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あとがきもどき:
次回で、テセアラブリッジです。