ハイマ。
先日訪れたときより、より新緑が濃くなっているこの場。
あきらかに何かがおこっている。
それが世界再生による旅のものなのかはわからない。
が、何となく違うような気がしてしまう。
そしてその理由をエミルが知っているような気がするのはしいなの気のせいか。
あきらかにエミルを意識しているコリン。
コリンはこれでも人工精霊。
自然界にもっとも近しいもの。
普通、こんなに短期間で草木が成長する、などありえないこと。
それこそマナを故意的に注いだのちに木々の成長を促さないかぎり、は。
それが常識、として認識されている。
だというのに、この現象はありえない。
そして、気になるのは、この現象はあのとき。
あの眩しい光を感じたあの後からおこっている、ということ。
ピエトロがもっていたという宝珠。
あれが消えたその翌日からこの現象がおきている、そうソフィアはいっていた。
宿をとるのにあたり、ソフィアは大歓迎。
なぜかピエトロの姿がみえないことをといかければ、
自分をかくまったせいでルインが襲われた、というのをきき、
まあルインもさほど被害があったわけではないにしろ。
少しでもその復興の手助けになれば、と出かけていったらしい。
「…まさか、ピエトロさんがいったからって、銅像が建てられる計画が進行するなんてことはない、ですよね?」
「…あ、あはは。まさか…な、ジーニアス」
「僕にいわないでよ…」
ぽつり、とつぶやいたエミルの言葉に、ぴしり、と硬直し、
乾いたようにいっているロイドにたいし、ジーニアスの言葉もどこか疲れ気味。
たしか、資金がたりないからその計画は見送った、
そう以前に人つてできいたが、あのときのように銅像をつくるとなれば。
…まさか自分の銅像までたてられかねないな。
いやまさか、そうおもいたいが、否定しきれないのもまた事実。
それでなくてもワンダーシェフ一族が、
ルインの街で自らが作ったパンを食べ何やらこちらを探しているらしき気配がしているというのに。
「じゃあ、今日はそれぞれ自由行動ね」
リフィルがいい、
「姉さんはどこに?」
「少し教会にいってくるわ」
「あ、リフィルさん、僕もいっていいですか?ちょっと知りたいことがあるので」
そういえば、この旅においてきちんとマーテル教会、というものにいっていない。
救いの小屋といわれる礼拝堂もどきには幾度か立ち寄ってはいるにしろ。
「?何をしりたいの?」
「僕、きちんとマーテル教の経典?とかですか。
その教えがかかれているものってみたこと、一度もないんですよね。
教会にならそういうのがあるかな、とおもって」
そんなエミルのいい分に、
「あ、ならエミル。お勧めがあるよ!天使ものがたり!」
マルタがぱっと眼を輝かせていってくる。
「?」
「というわけで、じゃ、エミル、一緒に教会にいこ!
で、そのまま、祭司様にお願いして二人の式をあげてもいいよ、なんちゃって。きゃっ」
「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」
体をくねらせつついうマルタの台詞に、ジーニアス、ロイド、リフィルが無言となり、
そして。
ぽん。
「…エミル、まあ、がんばれ?」
「大変だねぇ。もてる男も」
それぞれがエミルの肩、そして背中をぽん、と叩き、ロイドとジーニアスがそんなことをいってくるが。
「そういえば、クラトスは?」
「クラトスさんなら、ノイシュを馬小屋に預けてくるっていって外にでていったよ」
ロイドが今さらながら、そこにクラトスの姿がないことにきづき、何やらそんなことをいってくるが。
そんなロイドにとジーニアスが答え、
「なら、俺もちょっと外に出てくるな。ノイシュも心配だし」
「コレットはどうする?」
「・・・・・・」
ロイドの台詞に少し首をかしげ、そしてロイドの手をとりそこに文字をかきはじめる。
「す、く、い、の、と、う、を、み、に、い…救いの塔をみにいってみるってか?」
こくり。
手の平にかかれた文字をよみとり、ロイドがいうと、こくり、とうなづくコレットの姿。
「なら、コレット。一緒に行こうよ。僕もゆっくりとここからみてみたいし」
ジーニアスが手をのばし、
すこし考えるそぶりをしたのち、その手をにぎっているコレットの姿。
「いっておきますけど、村の外にはでないようにね」
リフィルがそういうと、
「何?コレット…ありがとう?」
ゆっくりと口をひらいて、言葉を発しようとしているらしい。
でもその口の動きで何をいいたいのかはわかる。
そんなコレットにたいし優しく、それでいてすこし憂いをこめて頬笑み、
「…いいのよ。そんなの。…あなたの今後をしっていて、私にはこれくらいのことしかできないのだから……」
そんなリフィルの台詞にコレットはふるふると横に首をふり、リフィルにたいし、深く頭をさげる。
声がつうじなくても態度でわかってもらいたい。
自分がどれほど感謝しているのか、ということを。
そんなコレットの行動に、リフィルは無意識なれどそっと自らの目にあてる。
みればうっすらと涙がでてきているっぽい。
「それでは、解散」
リフィルの言葉をかわきりに、それぞれが個々、別行動をすることに。
リフィルもまた、涙を見られないように、とでもおもったのか、そのままその場をあとにする。
「とりあえず、いこっと」
「あ、まって、エミル~」
ロイドとしいなは外にでており、ジーニアスとコレットは、
山頂にいくつもりなのか、一応防寒着を着こんでいるのがみてとれる。
そのまま宿をでてハイマにあるという教会へ。
ハイマの教会。
ふとみれば、祭壇の前にて膝をつき祈りをささげているリフィルの姿がみてとれる。
「さてと。経典とかいうのはどこにあるんだろ?」
そっとリフィルの邪魔にならないように、周囲をきょろきょろとながめるが。
そんなエミルにたいし、
「でもエミル。なんでそんなものをよみたいの?普通幾度もよんだことあるでしょ?」
マルタが横にて首をかしげつつもといかけてくる。
「僕がいたところにはそんなものはなかったからね。ちなみにマーテル教会とかいうものも」
嘘ではない。
そもそもこれまでいたのは、ギンヌンガ・ガップであり、あの場にそんなものがあるはずもない。
以前ルインに住んでいた半年の間もマーテル教会にちかづくたびに、
なぜかむかむかと怒りのほうがわいてきて、近寄ったことすらない。
今思えばマーテルやミトス達四人にたいする怒りからだったのだ、と理解できるが。
マルタと旅をはじめてからもマーテル教会などに立ち寄ることはほとんどなかったといってよい。
どちらかといえばマルタが追われる立場であったことから近づくことすらしていない。
ロイド達はどうやら馬小屋のあたりでクラトスと会話しているらしいが。
というか、ユアンの奴は何をやっているるのだろうか?
クラトスの一撃をうけて退却しているっぽいが。
そもそも、レネゲードなるものをユアンがつくっている、ということからして、
ミトスに何らかの反意をもっていることは疑いようのない事実なのだが。
やはり直接にユアンから話しをきくべきなのかもしれない。
そんなことをふと思いつつも、マルタの質問にと答えるエミル。
完全に真実でもないが嘘でもない。
ただ、その場が地上ではなかった、というのをいっていないだけ。
『まあ、ラタトスク様はこの地では常にあの地にずっといましたからねぇ』
しみじみとした声が影の中よりきこえてきているが。
センチュリオン達はその役目がら地上に出てはいたが、
基本、ラタトスク自身はこの地におりたち、大樹を芽吹かせてのち、
魔界との境となる扉をつくったのち、地上に直接出向いていない。
センチュリオン達の視点からも世界を視ることもできれば、
少しきになるところには、分霊体でもある蝶を生み出し、それらによって地表を視ていた。
もっともかつてのときは、リヒターに一度殺されたのち、
テネブラエがあの地から自らを持ち出したがゆえに、コアのままで地表にでることとなったのではあるが。
「あ、ここにいろいろとあるよ」
教会の中のとある一角。
どうやら誰しも閲覧ができるようになっているらしく、本棚が部屋の中に設置されており、
その中にいくつかの経典や、そしてマーテル教に関連する書物が置いてあるらしい。
それらの本棚をざっとみつつ、
「あ、これこれ。これが天使物語。ちなみに絵本なんだよ?って、うわ。ここ、原書の写本もあるんだ」
マルタがとある本らしきものを手にとりそんなことをいっているが。
「原書?」
「あ。うん。一番始め、この天使物語が発表というか見つかったとき。天使原語でかかれてたんだって。
今普及している物語はそれを解読して、誰しもが読みやすいように。
大人から子供までわかりやすいように絵本になってるってきいたけど。
元々あったものにも絵は描かれていたらしいけどね」
いいつつも本棚から数冊の本を取り出して、そこに設置されている机の上にどん、とおくマルタ。
「さ。エミル。私が読んであげるね!」
なぜか目をきらきらさせて、嬉々としてマルタがそんなことをいってくるが。
「え?僕自分でみれ……」
「よ・ん・で・あ・げ・る・ね?」
にっこり。
「・・・・・・・・・・・・・・・お願いします」
にっこりというマルタの目はあるいみで笑っていない。
というか、断ったらそれこと何をいわれるか。
いや、いわれる、というよりは何となくだが、
それこそ涙をためて、エミルひどい!とかいいかねない。
というかここには他の人間達もいるのにそれはできれば御免こうむりたい。
できればあまり目立ちたくはない。
「…あ、あの。マルタ?」
「なあに?エミル?」
「…何でそんなにくっついてきてるの?」
読んでくれる、というのはまあ妥協をかねてかまわないにしても。
なぜにぴっとりとくっついてくるのだろうか。
「え?膝にすわったほうがいいの?なら、膝に…」
「いや、いい、そのままでいいから!」
本気で膝の上に移動してきかねない。
「む~。エミルの膝の上で読んであげるのもいいかな、とおもったのに」
「…あ…あはは……」
うん。
マルタはマルタだ。
というか以前もそのようなことをそういえばいっていたことがあったなぁ。
あの旅の中で。
ふとかつての過去のことを思い出し、思わず遠い目をしてしまう。
『…ふむ。この人間、あるいみ押しがつよいですね』
『ラタトスク様…凍らせてもいいですか?』
『おまえら…やめとけ。手はだすなよ?』
なぜ影の中で、しみじみとソルムがいい、グラキエスが物騒極まりないことをいっているのやら。
しかもそんなグラキエスにうんうんとうなづいているアクアの様子まで手にとるように感じ取れる。
こいつらはきちんと役目を果たしているのだろうか。
つくづく疑問におもってしまう。
気付けばいつのまにか自らの近くにきて
・・・まあ、マナを配達してゆくのに、近くにきたほうが受け取りやすい、というのはわかるが。
わかるが、何だろう。
まあまだいきなり姿を現していないだけまし、といえるのか。
「天使物語」
エミルがそんなことを思っている最中、どうやらマルタの読み聞かせが始まったらしい。
机の上に本をひらき、立てかけるようにし、
エミルにぴったりとくっついて、エミルにもよく本がみえるようにしつつ、
「かつて、世界の中心には巨大な樹がありました」
開いた本のページには、巨大な樹の絵がかかれている。
どうやら絵本、というのは本当であるらしい。
「そして、その樹は、全ての命の源。第一の元素といわれているマナを無限に生み出すという大樹」
樹の周囲にはいくつかの蝶や動物などが描かれている。
「それは、樹の生み出す気でもあった。人々はその気であるマナを使い、神のごとく大地を支配した」
というか、気?
……これ描いたのだれだ?というか考えたのは。
思わず首をひねってしまう。
しかし、大地を支配、という理屈はよくわかる。
本当に。
あのとき、惑星をも飛び越えてマナを使用し天地戦争なるものがおこったあのとき。
世界の存続に必要数のマナまで人々は戦争による多様で喰らい尽くした。
天使物語
かつて世界の中心には巨大な樹があった。それは全ての命の源。
第一の元素であるマナを無限に生み出すという大樹。
それは樹のうみだす気であった。
人々はその気であるマナを使い神のごとく大地を支配した。
マナは魔科学をうみ、魔科学は争いをうんだ。
シルヴァラントとテセアラ。
二つの国は互いを憎み、否定する。
その荒らしいは樹の気を奪い、やがて樹はかれていったが、
それでも人々は争うことをやめようとはしなかった。
やがて、争いは愚かなるもの、ディザイアンを生み出した。
世界はディザイアンにあらされ、滅亡の危機に瀕していた。
マルタからパラバラとめくられるたびに挿絵とともに描かれているとおもわしき言葉。
そもそも突っ込みところが満載すぎる。
魔科学云々はまあわかる。
そもそもあれは魔族達が示唆し生み出されてしまったもの。
かつて彼らが使用していた代物の副産物。
それによって世界が、惑星が消滅の危機に瀕していた、というのに。
魔族達はそれをも忘れ、それを利用するようにこの地におりたち、
文明を築いていた人類にと接触した。
それに呼応したのが、自分達の力を認めさせようとしていた、一部のエルフや、そしてハーフエルフ達。
あっという間にあのとき、その技術は広まっていき、
あげくは一時、魔界との蓋となっている大地すら消滅の危機に瀕したことすらも。
まあそのあたりはいい。いいが。
最後の下り。
愚かなるものディザイアンを生み出したって何だ?
あの当時にしろ、そのあとにしろそんなものたちはいなかったぞ?
もはや突っ込みところが満載すぎる。
「これが第一巻。いいところでおわってるんだよね。この絵本。で、この二巻にはいるんだけど」
マルタが天使物語一巻、とかかれているそれを読み終わり、次に二巻、とかかれているそれを手にしてくる。
…何だか、始めのほうは理解できるにしても。
事実に近いがゆえに。
最後の方からもうねつ造がまるわかり。
だとすれば、二巻以降にかかれている言葉は…覚悟すべきなのかもしれないな。
本当にこれを考えたのはだれだ!?
そういえば、ミトスのやつ、物語を作るのが趣味だとか何だとか、以前いっていたような気が…
だとすれば、考えだしたのはミトスか?
思わずコメカミをおさえるエミルは間違っていないであろう。
一方的に自分の趣味などをかの地において言い放っていたミトスの台詞を思い出し、
思わずコメカミを抑えてしまう。
「エミル?」
「あ、ううん。何でもないよ」
ともあれ、今のこの世界において、マーテル教の教えというか、
普及している真実をしる一つの材料であることは事実。
「なら、二巻を読んでいくね。事態を憂いた女神マーテルは、荒れ果てた大地に少年をつかわしました」
そこにかかれているのは、女神マーテルとおもわしき女性と…
うん、まあマーテルの容姿はそのままだな。
が、その頭にある草は何だ?
耳の部分はなぜか草木のようなものにかわっている。
手にしている杖はかつて授けたそのままであるにしろ。
ミトスも金色の髪もかつてのまま。
その服装まで彼がきていた服のまま描かれていたりする。
「彼は女神の意思をうけ、争う二つの王国をいさめ、ディザイアンを封じて世界に平和をもたらしました」
ぱらり、とめくられたそこには、
停戦協定を結んでいる場面が。
「しかし、時すでにおそく、大樹は枯れ果てていました」
停戦協定を結んでいるその後ろには、すでに形すらなくなっている
ぽっかりと大地に空いた穴のみがあるかつて大樹があったという痕跡の大地。
「マナは世界から失われてしまったのです」
テセアラの王はいった。我らは大地を離れよう。
この世界に争いをもたらしたつぐないをするために。
ミトスはそれをきくと、女神マーテルの力で天につづく塔をたてた。
テセアラの民はその塔をのぼり天へかがやく月へとさっていった。
シルヴァラントの王はいった。
我らは遠く離れたテセアラの民のために、あちらとこちらをつなぐ異界の扉を用いよう。
ミトスはそれをきくと、女神マーテルの力で大きな石の扉をつくった。
テセアラの大地…すなわち月がみちるときだけ開く扉を。
がんっ。
「…エミル?」
おもわずそれをきき机の上につっぷしてしまう。
いやまて。
かなり突っ込みどころが満載すぎる。
異界の扉、とたしかにギンヌンガ・ガップの入口はそうヒトが呼んでいたが。
なぜあの地をヒトが創ったなんてことにしてるんだ!?
「大丈夫?」
「あ、うん、何でもないよ。気にしないで」
しかもどうみても子供向けの絵本。
こんなのを物ごころつくころから読み聞かされていれば、まちがいなくヒトはこれを真実ととらえてしまう。
もうどこから突っ込んでいいのかがわからない。
二巻の内容がこれなら、三巻以降は?
もう、みるのが怖い。
ものすごく。
というか、どこまでねつ造物語を。
「これはあくまでもお伽噺の物語で、勇者ミトスを神格化した物語だっていわれてる。
でも、救いの塔には勇者ミトスの魂が変化したという大いなる実りがあるともいわれてるんだ。
どこまでが真実でどこまでがねつ造なのかわからないけどね」
「・・・・・・・・・・・・・・は?」
いやまて。
かなりまて。
なぜにそこで種子が…大いなる実りがでてくる?
ミトスの魂?おいこら、ミトス。
目の前にミトスがいたら問い詰めたい。
それはもう果てしなく。
正体が発覚するとか関係なく、それこそもうものすごく問い詰めたい。
「じゃあ、次、三巻にいくね。これ全部で四巻分あるんだ~」
「・・・あの、マルタ?それはそうと、何で?」
いつのまにマルタがたちあがり、
きづけばちょこん、とエミルの膝の上にすわっているのだろうか。
「エミル。何か調子わるそうだし。これならゆっくりとみれるでしょ?」
『あああ!この人間!ラタトスク様に何てうらやましいことをぉぉ!』
うん。おちつこうか、アクア。
何やらぎゃいぎゃいと影の中で騒ぎ始めているアクアの姿。
そのまま、こてん、とマルタはエミルに体をあずけるようにして、
その手を前にとつきだして、天使物語、とかかれているそれをぱらり、と再びめくってゆく。
と。
「お姉ちゃん達」
くいくいと、何か横から服をひっぱられる感覚。
ふとみれば、小さな女の子がこちらをみあげているのがみてとれる。
「どうかしたの?」
そんな女の子にマルタが首をかしげつつ…どうでもいいが、いい加減に膝の上からのいてくれないかなぁ。
そんなことをエミルは思うが。
「あのね。お姉ちゃん、よんでるの天使ものがたりだよね?」
「うん。そうだよ?」
女の子の問いかけに、膝の上に坐ったまま、では話しができない、とおもったのか。
ようやく膝の上からたちあがり、その場にしゃがみこみ、子供と視線をあわせて問いかけているマルタの姿。
「あのね。祭司様にその絵本、ルーナね。よんでもらおうとおもったの」
どうやらこの子供の名はルーナ、というらしい。
「だから、そこにおいてある絵本、もっていってもい~い?」
ちょこん、と首をかしげるルーナ、という女の子の言葉に、
「うん、いいよ。二巻まではもう読み終わってるから」
「ありがとう!」
ぱっと眼をかがやかせ、そのまま、よいしょ、よいしょ、といいつつも机の上においてある本をとろうとする少女。
「はい」
「ありがとう!おね~ちゃんたち!」
エミルが何をしようとしているのかにきづき、机の上においてある本をとり、
少女にと手渡すとぱっと眼をかがやかせてお礼をいってくる。
「その話しはあくまでも真実じゃないからね?」
小さなころから偽りの真実を教え込まされていれば、真実から遠ざかるというもの。
おそらくは、このような絵本を通じ、幼いころからその思考をコントロールしているのだろう。
信じたくないが嫌でも理解できてしまう。
「…あんな小さな子まで偽りを信じ込まされてるのか……」
「?エミル?」
エミルがぽつり、とつぶやいた言葉の意味はマルタにはわからない。
そんなエミルの台詞にマルタは首をかしげつつ、
「あれ?エミル?三巻と四巻もわたしたの?」
「え。うん。別に急がないしね」
どちらかといえば小さな子供を優先するエミルは間違っていないのではあろうが。
「む~。せっかくエミルの膝の上で朗読しようとおもったのに……」
「わざわざそこまでしてくれなくてもいいよ。ところで、マーテル教の経典って…これ?」
「あ。うん、そう」
「へぇ」
むう、と唸るようにいうマルタをそのままに、たったままぱらばらと経典をめくってゆく。
そこに書かれている内容は、まあ、人生とは旅のようなもの。
という意味はわからなくもない。
ないが、それ以外がもうどこから突っ込んでいいのやら。
よくもまあ、ここまでねつ造した世界観の教えを組み入れているとしかいいようがない。
「……ミトス…あいつは……」
完全に堕ちきってはいないのは、まだ魔族との契約を交わしていないことからもうかがえる。
が、ギリギリのあたりにミトスはいるのかもしれない。
これをみる限り、そう、としかおもえない。
命を命ともおわなくなっているあの子は、かつてのあの子とかけ離れている。
まるで、まるでそう、切り離した魂の一部が、
かの地にあることにより、魔族の瘴気に侵されていってしまっているかのごとくに。
「?」
険しい表情でぱらばらと経典をめくるエミルをみつつ、マルタは首をかしげざるをえない。
気のせいだろうか。
こころなしか空気がいきなり冷たくなったような気がするのは。
おもわずぶるり、と体をふるわせ、
「なんかさむくなってきちゃったね。山の上だからかなぁ」
エミルにたいし、そう話しかけるが、エミルは無言で経典をぱらばらとめくっている。
「む~…もう、エミルの馬鹿っ!」
どうやら話しかけても気づいてもらえないほどに熱中しているらしい。
それゆえに、むっと口をとがらせ、近くの椅子にとすわりこみ、
マルタもまた別の本を手にしその場にて読み始めてゆく。
エミルがマルタから朗読をうけているそんな最中。
「おや?たしか、あなたは……」
隣の部屋の礼拝堂。
ずっとその場に座り込み、祈りをささげていたリフィルにと声をかける一人の男性。
「あなたは、たしかここの祭司様」
ハイマにルインの祭司長がきていないか問いかけたときに出会ったことがある祭司。
ゆえにかるく頭をさげるリフィルに対し、
「たしかあなたは神子様の…いつ、おたちに?」
前回、この場にやってきたときはたしか神子とともにいた。
それゆえの彼の台詞に、
「明日。夜明けとともに」
いいつつリフィルも祈りをささげていた体勢から立ち上がる。
いくら何でも座ったまま話すのは失礼にあたるがゆえの行動。
レフィルの台詞をきき、かるくため息をつき、
そしてそのまま窓のほうへと歩いてゆく。
やわらかな太陽の光りが窓から注ぎ込む。
ここ最近は気候もなだらかで、さらには土のみしかなかったこの地、
ハイマにすらいきなりとある日をさかいに緑があふれだしている。
よくよく考えれば、その日は神子一行がやってきた、と後からしった。
宿屋にて病気で寝込んでいたという人物を神子の一行の一人、
癒しの術の使い手が治したというのは宿のソフィアからきいている。
そしてまた、彼女が面倒をみていた、というピエトロという人物もまた、
ルインにいくにあたり、教会にと挨拶にきたので彼はそのことをしっている。
もっとも、この地に緑が蘇ったのはそれよりも前。
すなわち、神子一行が彼に出会ったとき、ソフィアが神子一行をピエトロにと引き合わせたとき。
彼らが街からでて少しして、緑がいきなり生え始めた、
と後から考えてみればそうとしかおもえない、とソフィアはいっていた。
よもやそのとき、エミルがマナを解放したからだ、とは夢にも思うはずもなく。
その一行が神子だ、と知った以上、どうしても再生の神子の力なのだ、とヒトは認識してしまっている今現在。
そしてそれは祭司達とて例外ではない。
もっともラタトスクはヒトがそんな勘違いを起こしている、などとはまったく思ってもいないのだが。
そのまま、かたん、と窓を開け放ち、
「…明日。シルヴァラントは滅びの運命から解き放たれるのですね。
世界再生の旅はなしとげられ…希望にみちた未来となる」
外をみつつもぽつり、とつぶやく。
と。
パタパタと小さな足音がその場に響き、
「祭司さまぁ!ご本よんで……あ。ご、ごめんなさい」
「すまないね。もうすこしまってもらえるかい?ルーナ」
ルーナ、とよばれた少女の手には四冊の本らしきものが抱えられている。
表紙には天使物語、とかかれていることから、
おそらくこの幼い少女はこの祭司に絵本を読んでもらおうとおもったのだ、
そうリフィルは理解するが、少女のほうはこの場に祭司以外、
すなわちリフィルの姿をみとめ、御客がいたんだ、と戸惑い気味。
「え?…うん。そうだ、さっきのお姉ちゃんによんでもらおっと」
たしかそれまであのなんだか暖かい感じをうけたひとに読んでたみたいだし、お願いしたら読んでもらえるかな?
そんなことをおもいつつも、くるり、と踵をかえす少女の姿。
そんな少女の姿を見送りつつ、
「かわいいですね」
「ええ。あの子の母親はディザイアン達に連れていかれていましてね。
しかし、先日絶海牧場から逃げだせた、と伝書鳩が届いたんですよ。
あの子は母親が戻ってくる日を今か、今かとまってるんですが。
何でも衰弱が激しいらしくてすぐに戻ってこれないらしくて。それでも、笑顔が戻ってきているのが救いです」
リフィルの言葉に祭司がいい、そして振り向きざま
「…神子殿とはどういったご関係で?」
神子とともにいる、ということは何らかの関係がある、のであろう。
報告では、毎回、祭司が旅に同行するはず、なのに。
このたびは一般人が同行している、とも伝書鳩の報告にとあった。
おそらくはそのうちの一人、なのであろう。
しかし、まったく関係のない人物を旅に同行させている、とはおもえない。
あのファイドラ達がそのようなことを認める、ともおもえない。
ならば何らかの形で神子コレットとかかわりがある人物、なのであろう。
それゆえの祭司の問いかけ。
そんな中。
「おね~ちゃん!」
ふと隣の部屋からきこえてくる声。
「あれ?さっきの。たしかルーナちゃんだったっけ?」
「うん!祭司様、お客様なの。おね~ちゃんよんでくれる?」
隣の部屋から聞き覚えのある声がきこえてくる。
「あら。あの声は……」
じっと祈っていたがゆえに気づいていなかったが、
どうやらここにマルタがやってきているらしい。
リフィルがそれにきづき、ふと声をだすが、
「おや。今、資料室にいる人も神子様の御連れですか?」
「え。ええ」
たしかエミルがマーテル教について詳しく知りたいとかいっていたゆえに、
おそらくならばエミルもいるのだろう、とあたりをつける。
「祭司様……」
「何か?」
「い、いえ。何でも…そう、何でもありませんわ」
ここで祭司にといかけても、おそらく彼らはしらないであろう。
自分とてまだ半信半疑。
天使、とよばれしものが、かつてヒトがうみだせし兵器だ、などというあの内容は。
パラクラフ王廟のあの間にてかかれていた内容。
マーテル教の教えの根柢から異なる内容のそれ。
ゆえにすこし首を横にふり、
「あの子は…神子は、私の学校の生徒です」
すこし俯き加減にいうリフィルに対し、
「それは…おつらいでしょうな……」
たしか、イセリアにはエルフの教師がいる、ときいたことがある。
神子コレットを助けた経緯と、神子の教育のために滞在を許された、と。
ゆえに祭司の顔が少し曇る。
「…本当につらいのは、私ではありませんから……」
「マーテル様も罪なことを。なぜ人の命でしかマナをあがなえないのでしょうか?
かつて勇者ミトスが死してマナとなって世界を救ったように、神子の命にてマナが蘇る。
これは我らマーテル教の祭司にのみつたわる真実」
「…ええ。そして神子とその養父母達にのみその事実はしらされる」
「あなたは…」
「私はみたとおり、エルフです。ゆえにコレットのために教師として雇われました。
…あの子にすこしでも、ヒト、としての想いでを、という願いで……」
願わくば短い人生ですこしでもいい思い出を、という願いにより。
礼拝堂にてリフィル達がそんな会話をしているのがききとれる。
正確にいえば、そちらに意識をむけていたから、なのだが。
まさかとはおもっていたが。
どうやら本当に彼らはそう、思いこまされているらしい。
たかが人の命一つ程度で世界にマナがよみがえる、と本当におもっているのだろうか。
否、思っているのだろう。
それこそそのように教えられて、それを疑ってすらしていない。
四千年。
それはエミル…ラタトスクにとっては些細な時間なれど、ヒトの時間からすれば別。
人はよりいきても百年そこそこ。
エルフにしても約千年。
エルフの世代においても四世代ほどだいがわりしているその時間。
「エミル?」
すこし意識をそちらにむけて視れば、祭司らしき人物とリフィルが話しているのがみてとれる。
ゆえにすこしばかり顔をしかめるエミルにたいし、首をきょとん、とかしげるマルタの姿。
「あ。うん。何でもないよ」
そんなマルタになるべく不安をあたえないようにかるくほほ笑んでおく。
エミルの態度をすこし不思議におもいつつも、
「なら、せっかくだし、始めからよむね。ルーナちゃんもそれでいいかな?」
「うん!」
いいつつも、マルタの膝の上にとちょこん、とすわりこむ。
「じゃあ、よむね。天使物語」
先ほどエミルに朗読したように、再びマルタによる天使物語、
と書かれている絵本の読み聞かせがその場にて始まってゆく。
そして最後にミトスはいった。大樹は枯れた。しかしマナは必要だ。
私は私の体をつかって世界にマナをもたらそう
私はここに眠る。大樹が気を放っていたこの大地に。
ミトスは大地に消え、彼の死を嘆いた女神は天にかくれてそのまま眠りについてしまった
世界はミトスも女神も失い、彼らの力がうみだした封印はその力をうしなってゆく
やがて封印をやぶり、ディザイアンが復活した
全ての命は再び絶望した
このとき、ミトスの気からうまれた天使が世界に光をもたらした
天使は精霊の力をかりて天へつづく塔をのぼりそこで女神に祈りをささげだした
七日つづいたその祈りはやがて女神を目覚めさせた
女神マーテルは天使と約束をかわした
天使よ。そなたに免じてディザイアンを消し去りましょう。
しかし、人々から私への信仰が失われたときは、この塔を奪い天へつづく道を閉じましょう
その時、ディザイアンは復活し、世界からマナを奪うでしょう
もしもそれが嫌ならば、天使よ。そなたが救いの道をつくりなさい
人々が私を必要としたときはこの塔を私のすまう天の世界へと繋ぎましょう
天使はこれをうけて世界にマナの血族を生み出した
マナの血族は天使の子。女神マーテルを目覚めさせるためミトスが眠る世界の中心を目指す
世界の中心はミトスの墓。
救いを示す塔はミトスの墓石。それは聖地カーラーン。大樹があった場所
かつての大樹をいただいたそこは、女神と大地を結ぶ
読み聞かせがすすんでいき、残りの三巻と四巻の内容。
もうどこから突っ込んでいいのかすらわからないほどにねつ造しまくりのその内容。
勇者ミトスを神格化している物語だ、とはたしかマルタがいっていたが。
しかし、ぱらぱらとみるマーテル教の経典らしきものにも似たようなことがかかれている。
「ミトス…の墓、ねぇ。よくもまあ……」
「ですね」
「これ、本当にあの子が?」
マルタのほうは何やらルーナという子供になつかれ、他の本を別に読んでいる今現在。
少し離れた場所にてぱらぱらと経典を読み進めるエミルの背後には、
いつのまにか影の中より出現してきたセンチュリオン達の姿が。
もっともその姿は一応、消しているらしく、普通の人間達にその姿を認識することはできないが。
それをのぞきこみつつも、淡々というグラキエスに、悲しそうな声をあげているアクア。
「…あの子。マーテルが喜ぶからって。よく物語をつくってたけど……」
以前のことを思いだした、のであろう。
アクアはマーテルと仲がよく、彼らのもとにいっていたがゆえに思いも強い。
自分のように蝶を通じ、視ていただけなのとはわけがちがう。
「……アクア。俺があのときもっと反対をしておけば……」
あまり人にかかわるな。
もっとあのとき強くいっておけばよかったのかもしれない。
「ううん!ラタトスク様のせいじゃ…せいじゃない!一番悪いのは、マーテルを殺したという人間よ!
何で人間は…いつも、いつも私たちを…ラタトスク様を……」
今にもなきそうになるアクアの頭をぽんぽんとなでる。
この子はセンチュリオン達の中でも人一倍感受性が強い。
感情移入してしまう、というべきか。
それは彼女の特性にもよる。
彼女が司りしは水。
水は全てを産みだし、また全てが還る場所。
大概の世界において水は全ての源として基準を定めている。
生物もまた水である海から始まり、そして世界が動きだす。
この世界においての初めての生物、プロトゾーンにしても然り。
彼らもまた水の中にて誕生した。
「…ただの物語、だけならばまだ許容範囲、ではあったのだがな……」
それこそ、ヒトは様々な物語をつくりだす。
センチュリオン達に関しての物語も、ヒトは様々につくりだしている。
いい例が、グラキエスなどを元にした雪女伝説など。
はたからみれば、何もない空間に手をおいているようにしかみえないのだが。
今、この場にいるのはエミル達以外には二名しかおらず、
その二名もどうやらそろそろ帰り支度を始めており、
読んでいた本を戸棚にもどし、扉のほうにむかっていっているのがみてとれる。
「エミル!そろそろ夕方だし、もどろ?」
ふとみれば、どうやらマルタのほうも話しおわったらしく、
というか子供のおそらくは保護者、なのであろう。
初老の女性がひとり、迎えにきたらしく、ルーナに話しかけている。
「うん。そうだね」
マルタの言葉にうなづきつつも、センチュリオン達に改めて隠れるようにと指示をだす。
外にでればいつ何どきクラトスにその姿をみられかねない。
それに、このような物語や経典を普及させている、ということは。
このあたりの場所が監視されていてもおかしくはない。
もっとも、姿を消しているだけなので、映像などにはその姿はうつらない。
直接にその姿をみなければ認識すらできないであろうが、念には念をいれたほうがよい。
ともあれたしかにすでにきづけば外は夕方になっており、日が暮れかけている。
ともあれ確認したいことは一応確認しおえた。
あとはテセアラ側のこういった資料も確認しておきたいところ。
そんなことを思いつつ、エミルもまたマルタとともに教会の資料室を後にしてゆく。
か~か~。
カラスの鳴き声がコダマする。
空は夕焼けに色に真赤にそまっている。
視線の先にみえるはどこまでもつづく天へとのびる救いの塔。
「…救いの塔がすぐ近くにみえる。ずいぶん遠くにきたね」
「ああ。そうだな」
頂上にとつづく一角にあるとある小屋の屋根の上。
その横ではネコニンがまるくなっているのがみてとれる。
どうやらあのネコニンはきょうはこの屋根の上で一晩をすごす、らしい。
屋根の上にいるのは、ロイド、ジーニアス、そしてコレットの三人。
彼らは屋根の上にすわりこみ、じっと視線の先にとある救いの塔を眺めている。
「こんな時、自分が馬鹿だったんだなって思うよ」
「……何で?」
夕焼けの空をながめてつくづく思う。
クラトスにもいわれたこと。
コレットを守る、といっておきながら、肝心なところで常にコレットにすがっていた自分。
だが、ロイドがそう自覚したとしても、それを口にしなければ意味がない。
そんな中、ぽつり、とつぶやかれたジーニアスの台詞に反射的に答えるロイド。
「これでよかったのか、悪かったのか。それすらわからないから」
「…そんなこと、誰にもわからね~よ。わかってるって思ってるやつが馬鹿なんだって」
「…そうかな?」
「そうだよ」
ジーニアスにそういうが、ロイドとて判ったわけではない。
何が正しいのかわからなくなっているのはロイドとて同じ。
だけど、クラトスがいったように今できることをする。
それしかできない、というのもまた事実。
「…とりかえしのつかないこと…か」
ふと、クラトス、そしてしいなの言葉をおもいだす。
「?ロイド?」
「いや、クラトスにいわれたんだ。お前は間違えるなって。
間違えたらやり直したらいいといったらやり直せるものならな、とも。
しいなは、世の中にはやり直せないこともある、といわれたんだよ。わけわかんねぇ」
何をもってしてやりなおせないのか、その意味がロイドにはわからない。
しかし、その言葉の意味はジーニアスには伝わったらしく、
ぱっとその視線をじっと救いの塔を眺めているコレットにむけ、
「コレットは…いいの!?ねえ!コレットは、こんなおわりかたで、本当に!」
その場にといきなりたちあがり、コレットに対し叫ぶように言い放つ。
そんなジーニアスの言葉にコレットはただほほ笑むのみ。
「…こんなの、絶対に間違ってるよ……そもそも、本当にこの旅に意味はあるの?」
もしも精霊達のいうように、一年ごとのマナの循環というのが契約、なのならば。
女神マーテルなんてものはいない。
なら、救いの塔にて神子が女神マーテルを目覚めさせる、というあの教えは?
ジーニアスの中でも疑問がどんどん膨らんでいっている。
「もうすぐ世界が再生されるのか……」
コレットの決意はどうやらかわらない、らしい。
しいなは別の道があるはず、といっていたが、それもロイドにはよくわからない。
ふと、ロイドの手にコレットが文字をかく。
「ごめんね?何であやまるんだ?」
いきなり手をにぎられ、文字をかかれたことにたいし戸惑いの声をあげるロイド似た石、
「最後なのに、話すことができないから?へんだって?
ばーか。そんなのどうでもいいよ。どんなになってもお前はおまえ。
たとえどんな姿になったってコレットはコレットだろう?
天使になってもマーブルさんみたいになっても、俺はお前のことへんだなんておもわないよ、絶対にだ。
そ、それより俺のほうこそお前に謝らないと……」
「?」
ロイドの台詞に首をかしげる。
そんなコレットの台詞に、
「俺、いつもお前にすがってたよな……守るっていったのにさ……
肝心なところでお前にすがってたって、クラトスにいわれて気付いたんだ」
いわれるまで、コレットにすがっている、などという認識はなかった。
無意識にたしかにコレットにすがっていたのかもしれない。
自分はこれまで、コレットが何とかしてくれる。
その台詞をいくらいった?
しかもコレットの状態をしらず、天使になっていくのを無邪気に喜んでいた自分。
そんな自分に嫌気がさす。
「それより、旅が終わるまでにお前の首飾り、つくってやるっていったのに……
まだまだ先だとおもって全然終わってないんだ」
あのとき、コレットに渡そうとしたあのとき、壊れていた首飾り。
「ずっと…まってる?天使になってもずっと、まってる?だからいつでもいい…?」
ロイドの手にかかれてゆくコレットの文字。
「わかった。今度こそつくるよ。どんなに時間がかかってもさ」
「というか、ロイドまだつくってなかったの!?」
そんな二人の会話をききつつ、ジーニアスが驚愕したような声をあげる。
イセリアからでてこのかた、どれくらい時がたっているとおもっているのか。
このロイドは。
そもそも、ロイドをあのディザイアン達の施設から救いだしたのち、
ロイドがコレットに手渡そうとして壊れていた首飾り。
しかし、それにしても、パルマコスタに初めて移動するよりも前。
オサ山道を抜ける前に壊れていた、としっているのだから、
作ろうとおもえばいくらでも夜にでも作業は可能だったろうに。
まだしていなかった、というロイドに呆れたようなジーニアスの叫びがこだまする。
「う、うるさいなぁ。あのとき壊れたままでなかなか作りなおす機会がなかったんだよ」
コレットと合流したときに渡そうとしたそれは、もののみごとに壊れていた。
それからいろいろとあり、結局いまだにコレットに首飾りは手渡せないまま。
もっとも、ロイドの場合は、すっかりきっぱり忘れていた、というのが理由なれど。
それがわかるがゆえにジーニアスがじとめでロイドを睨みつける。
「ロイドって、忘れっぽいよね」
「う…うるさいなぁ。それより。なあ…コレット。本当に後悔しないのか?天使になってもいいのか?」
声を失い、今度は何を失う、というのだろうか。
完全なる天使になれば、今の状態からコレットは解放されるのだろうか。
ロイドにはわからない。
「ロイド、自分の部がわるくなったらすぐに話しをそらすよね」
「うるさいな!」
そんなロイドにずばり、といっているジーニアス。
そんな二人のやり取りをほほえみながらききつつも、
そっとロイドの手をとり、そこに文字を書きはじめるコレットの姿。
「本当は…少し、こわい…そうだよな」
「そうだよ。…今度の救いの塔でコレット、どうなっちゃうの?」
コレットの指文字にロイドがいい、ジーニアスもすこし顔をふせてぽつりとつぶやく。
これまで、再生の神子が戻ってきた、という記述はどこにもない。
それは天界にいざなわれるからだ、そういわれていたが。
もしも、精霊達がいうところの、女神マーテルなんてものがいない、というのなら。
天界そのものの存在すらあやしい。
それはマーテル教の教えからしてみれば、異端、と確実にいわれそうな気がするが。
ふと、アイフリードの船にのっていた船員の一人の台詞をおもいだす。
異端、といわれ、追われていた自分をひろってくれたのが、アイフリードのお頭だった、と。
「でも…自分の人間としての命と引き換えにシルヴァラントが産まれかわるなら。
自分の命が世界仲にあふれるってこと。そう考えたら大丈夫…?」
手にかかれた文字をみつつ、コレットをみれば、コレットは張り付いたような笑みをうかべるのみ。
涙すら出ない、といっていたコレット。
笑顔をつくるのももしかしたらできなくなっているのかもしれない。
ふとそんな不安がロイドの中をよぎる。
「お前ってつよいな。天使になってもコレットはコレットだ。
だから、一緒にかえろう。俺達のイセリアに。この旅がおわったらさ」
「寒くなってきたね」
さすがに山の上。
崖を切り開いてつくられた町ハイマ。
ぶるり、とジーニアスが体を震わせる。
「そうだな。そろそろ宿にもどろう。コレットも寒いだろ?…あ、ごめん。お前…感じないんだったな……」
「ロイド!こ、コレット!もう、戻ろう。ね?」
ロイドが顔をふせぽつりといえば、ジーニアスがあわてたようにいってくる。
そんな二人にコレットは少し悲しそうにほほ笑み、
そのまま、ふわり、と羽を出現させ、屋根の上から屋根にと飛んでいき、
宿屋あたりに着地し建物の中にはいってゆくのがみてとれる。
「ロイドの馬鹿!コレットの気持ちかんがえてあげてよね!」
感じない、などといわないでほしかった。
ほんとうに、空気をよまないというか。
そんなロイドにほほえみ、先にもどるね、そう口元をうごかして、この場をあとにしたコレット。
そんなコレットをあわてておいかけるように、
屋根の上から飛び降りて、宿のほうへかけてゆくジーニアスの姿。
「わ…わるい。本当に、俺は馬鹿だな…くそ。どうにもならないのかよ…」
コレットが一番つらいだろうに。
たしかにジーニアスがいうように、わざわざいうことではなかっただろう。
それはコレットを傷つける以外の何ものでもなかった、のだから。
『……ラタトスク様』
ふと聞こえてくる声。
どうした?
何か異変があれば連絡するように。
そういっていた魔物達から何でも連絡があった、らしい。
「…ミトスが?」
マルタとともに宿にともどり、その直後。
かの地にてミトスの動きがあったらしく、
それを察知した魔物からセンチュリオン達に連絡が先ほどはいってきたらしい。
「エミル?」
「あ、僕ちょっと周囲を散策してくるね」
「あ、なら、私も……」
マルタがいいかけるとほぼ同時。
バタン。
扉が開く音がし、
「あれ?コレット。もどってきたの?皆は?」
宿にコレットの姿かなく、ソフィアにきけば、ロイド達とともに外にいる、ときいていたが。
その姿をみとめマルタが首をかしげつつもといかける。
そのまま無言で外を指さすコレット。
「あ。まだ外にいるんだ」
「コレット一人じゃ心配だし。だからマルタ、お願い、ね?」
「む~。エミルがそういうんだったら。あ、コレット、体がひえきってるよ?風邪ひいちゃうよ」
コレットの近くによっていき、コレットの手にふれたマルタが、
そのあまりの体の冷たさに驚きつつも心配そうにといかける。
「もう!ロイド達はコレットの体がこんなに冷え切ってるのに何やってるの!?」
いいつつ、ぐいっとコレットの手をひっぱり。
「ほら、コレット。しっかりと暖炉であたたまらないと。わたし、暖かい飲み物何かもらってくるね」
そのまま問答無用でコレットの手をひき、部屋の中の暖炉の前にすわらせて部屋を後にしてゆくマルタの姿。
そんなマルタの後ろ姿を見送りつつ、
「コレット。真偽をきちんと自分で見極めないと、取り返しがつかなくなるよ?
…今はまだその子達が協力しているからいいけども」
「・・・?」
どういうこと?
「君の意識にその子達は語りかけてるはず、なんだけどね。
まあ、決めるのは君たち、ヒトでしかないんだけど」
それだけいい、
「じゃ。またね」
その場をばたん、とあとにする。
そんなエミルを見送りつつ、
エミル、何がいいたいんだろ?
真偽を見極める?それって?
でもどっちにしても、私は明日…
コレットはその道以外の方法は思いつかない。
ロイドが住むこの地を失いたくはない。
そして、しいながいっていたテセアラ、という大地にすまう命にたいしても。
全ては明日。
全ての答えというか旅の終わり。
だけど、何だろう。
この漠然とした不安は。
コレットがそんなことを思っている最中。
「おまたせ~。あたたかいホットミルクもらってきたよ」
マルタが湯気のたつコップを二つもって部屋にともどってくるのがみてとれる。
そんなマルタにコレットは考えていた思考をとめかるくほほ笑み、
「ありがとう?いいって、私もちょっと暖かいものがのみたかったし。はい」
ゆっくりと口をひらいたからか、マルタもコレットがいいたいことが伝わった、らしい。
マルタからコップをうけとるが。
やはり熱さも何も感じない。
湯気がたちのぼっていることから、まちがいなく暖かい、のだろう。
味もしないだろうが、かといってマルタがせっかくもってきてくれた品。
口をつけないわけにはいかない。
「うわ。熱い。コレット、火傷しないようにきをつけてね。これ、少しさましつつのんだほうがいいよ」
みればマルタは息をふきかけつつ、ミルクをのんでいる。
匂いも何も感じないが、その様子からこれはかなり熱い、らしい。
マルタはコレットがどこまで感覚を失っているのか、その詳しいことはわからない。
ただ、話しをきいているだけなので、それがどういう意味をもつのか。
漠然としかわからない。
そもそも、痛みも感じない、寒さ熱さも感じない、味も感じない、涙もでない。
それが神子の試練だ、というのなら、いったいどんな試練だ、というのだろうか。
マーテル教の祭司はその神子の試練は、シルヴァラントの人々の、
全ての苦痛を神子がひきうけて、ディザイアンを封じる前の儀式に過ぎない。
そういっていたが。
何となく漠然とではあるが何かが違っている、そうとしかマルタはおもえない。
そもそも、たった一人に全ての苦痛をおしつけて、
それが当然、といいきる大人たちのその感覚がマルタからしてみれば許せない。
だからこそ、最後の旅の終着点だという救いの塔。
そこで何がおこるのか。
それが心配でたまらない。
もしかして、このとてもお人よしでどこかぬけているコレットが、
そのまま自分の前から…否、この世界から消えてしまうのではないか、と。
うっすらと空が明るくなってくる。
ふと横をみれば、すやすやと眠っているマルタの姿がみてとれる。
そしてその横にはリフィルの姿も。
男女別に部屋が割り当てられ、マルタ、リフィル、コレットが一部屋。
エミル、ジーニアス、ロイド、クラトスが一部屋。
計二部屋にて一夜を過ごした。
ソフィア曰く、奮発してつくった、といっていた夕飯は、結局コレットは食べることすらできなかった。
エミルは食事の前にちょっと散策してくる、といい、それから戻ってきたのかどうかもコレットはわからない。
エミルは実のところ、ギンヌンガ・ガップに一度もどり、
それからその身を生命の場とよばれし、この世界の要ともいえるその場。
そこに意識を同化して、あらためてこの世界の調整をしているのであるが。
当然そんなことを第三者であるコレット、ましてや他のものたちがしるはずもない。
そっと、誰も起こさないように音をたてず部屋をでる。
まだ朝霧も深く、誰もが寝静まっている時間帯。
まだ一番鳥すらないていない時間帯であるがゆえに外もまだ薄暗い。
誰にも気づかれないように物音をたてないようにして、
そっと宿からでれば、そこにいるはずのない人影をみとめ、おもわずコレットは目をまるくする。
「お前一人では飛竜をあやつれまい?」
宿からでてすぐのところに腕をくんで、コレットの思考などわかっていた、
とばかりにいってくるクラトスの姿。
どうやら自分の考えはばれてたみたい。
そうおもいコレットは自分自身に苦笑してしまう。
やっぱり、すごくつらく、そして怖かった。
後悔はしていないが、それでも一人で、というのは怖かった。
それでも自分が死ぬところを彼らにみせたくはなかった。
黙ってでていけば怒られるだろう。
そういってくるクラトスにコレットは深く頭をさげる。
何もいわずに手伝ってくれる彼に感謝して。
そのままクラトスとともに飛竜がいるという宿舎へ。
話しはつけてある、といっていたとおり、
また夜があける前だ、というのに世話役の人物が待機していたらしく、
その人物とクラトスが話しをつけ、一匹の飛竜を従えて宿舎からでてくる。
そのまま、その竜にとまたがり空にとかけあがる。
コレットにとっては、最後の地。
死にゆくその場所にむかうために。
クラトスとコレットの乗った飛竜が朝焼けの中、とんでゆく。
やがて二人の乗った飛竜が塔に近づくと同時、
コレットの胸元につけられているクルシスの輝石が反応し淡い輝きを放つ。
それとともに、塔の周囲の結界が音をたててかききえる。
きらきらとした光の粒が周囲にたちこめ、それらはまたたくまにときえてゆく。
「ゆくぞ。神子」
飛竜を操るクラトスの背後にのりつつも、クラトスの言葉にこくりとうなづくコレット。
全ては自らの死地に向かうため。
「!!」
何か音がした。
それゆえに宿の一室にてとびおきるロイド。
「まさか!?」
漠然とした不安。
あわてて、飛び起き、隣の部屋をどんどんとたたく。
「ふわぁ。何?どうしたの?」
ねぼけたようなマルタの声。
「マルタ、コレットはいるか!?」
がちゃり、とマルタが扉をひらくとともに、
部屋にとびこむように駆けこんでゆくロイドの姿。
ある意味で、女性ばかりの寝室に飛び込んでゆくなど、普通はほめられた行為ではない。
「コレット・・・あれ?いない?」
それどころか寝ていた、という痕跡すらなく、布団はそのまま綺麗に畳まれている。
リフィルもその場にいないが、そちらは先ほどまではいた、のであろう。
布団をさわればほのかにまだ暖かい。
「…っ」
バンッ。
そのままきびすをかえし、元いた部屋へ。
「みんな!おきろ!コレットが!」
ロイドがさけび、あわてて全員…ジーニアスとしいなを揺り起こす。
どうみても、むなさわぎがする。
まちがいなく、コレットは一人で塔に向かった。
そう確信がもてるがゆえに。
クラトスの姿がみえないのもきにかかる。
そしてエミルの姿すら。
「何でだよ。何かんがえてるんだよ!コレット!」
「あの子、一人でいったのかい!?どうして!」
しいなが叫ぶが。
「エミルは?」
「まだいないよ!ともかくいそごう!おいつかないと!」
ともかくまずは、飛竜がいるという宿舎の小屋にいくしかない。
おそらく、もしも一人でいったとするならば、
まだ朝も早いがゆえに確実に宿舎のほうに出向いているはず。
それゆえにあわてて宿をでて支度を整え、宿舎があるという森の中を駆け抜ける。
と。
「…先生?」
「姉さん?」
「リフィル?」
竜小屋にむかい走っている最中、リフィルがいきなりふと足をとめる。
それにきづきロイド達も足をとめそのままリフィルをふりかえる。
「…ごめんなさい。コレットに…口止めされていたの」
ずっと黙っていようとおもっていた。
でも、自分の中でまきおこった不信感はどうしてもぬぐいきれない。
もしもアレが真実で、今まで信じていたことが偽りならば。
彼らも…特に、コレットの幼馴染であるロイドは知る権利がある。
そして、テセアラからきたというしいなにも。
それゆえのリフィルの台詞。
本当ならばずっとだまっているままであったファイドラ達から聞かされたこの旅の真実。
否、真実と思いこまされているその内容を。
「…姉さん?」
「…再生の旅は人としての死にゆくための旅。感覚をうしない、涙をうしない、声をうしない…
そして、旅の終わりには神子は人の全て…心と記憶をささげることを求められるわ」
「なに…いってるんだよ。先生」
ロイドにはリフィルが何をいっているのか理解できない。
「それらを自ら望むことで、神子は真の天使となる。
そして、天使となった神子の肉体に女神マーテルが宿る。
それが…世界再生の真実。コレットはそれを最初からしっていたわ。
でも十六年間。それを一人の胸にその真実をしまいこんできた」
「な!あんた、しってたのか!?」
しいなが驚愕の声をあげ、
「冗談だろ?先生。コレットはしんじまうってことか!?」
「ひどいよ、姉さん。どうしてだまっていたんだよ!」
それぞれに抗議の声をあげるロイドとジーニアス。
「しっていたらコレットをとめられて?」
「当たり前でしょ?!」
ジーニアスが即座に応答するが、
「この世界が滅んでも?」
リフィルの言葉にロイドもジーニアスも何もいえない。
と。
「あたしはいくよ」
「しいな?」
一人進んでゆくしいな。
「あの子の気持ちはわからなくない。けど、あの子は今、言葉もはなせない。
もしもレミなんとかってやつに直談判するにしても。言葉が話せないのにどうやって?
あたしは…あたしは、テセアラを守るために、もしもあの子が再生を果たすなら……」
「しいな!」
それはかつて、しいなにいわれたこと。
もしもダメなときはあたしはあんたを…コレットを殺すかもしれない、と。
ロイドが叫ぶが。
「あたしにだって守りたいひとがいるんだよ!あんたたちのようにね!
あたしだって、あの子を殺したくはないよ!でもっ!
テセアラだったらあの子の症状を完治させることもできて
レミエルってやつにでも直談判とかできたかもしれないけどさ!」
そのことばにふとジーニアスが首をかしげる。
「何でしいなのところだと完治させることができるかもっていうの?」
それは素朴な疑問。
「うちのところ。テセアラではクルシスの輝石についても研究が盛んなんだよ」
テセアラの神子の協力のもと、日々研究は重ねられている。
それこそ人工的にクルシスの輝石に近いものを創りだす。
そんな愚かな実験がまかりとおるほどに。
「じゃあ、もしかしたらテセアラにいけばコレットの症状がなおるかもしれないの!?」
はっと気付いたようにジーニアスが叫ぶ。
それは希望。
そんな会話をしている最中。
「あれ?まだみんなこんなところにいたの?
さっき、コレットとクラトスさんが飛竜にのって塔にむかったらしいよ?」
いつのまにかロイド達は走りつつも飛竜の宿舎近くにきていたらしい。
ふと聞き覚えのある声がしてみてみれば、なぜか飛竜に囲まれているエミルの姿が。
ちなみに周囲には魔物達の姿もみてとれる。
ここまでエミルの周囲に魔物が集まっていることなど、
あまりロイド達はみたこどかなかったので一瞬戸惑うが、
しかし今はそれどころではないのでその考えをうちはらう。
「な!エミル、あんたは知っていてついていかなかったのかい!?」
しいなの問いかけに、
「僕もさっきここの人達やこの子達にきいたばかりだよ」
そして意識をむけてみれば、ミトスが地上に降りてきている様子も。
彼らの気配を感じ、その場の遠見の鏡を展開させていたのだが、
手をふるとともにその鏡もどきは消し去っている。
「誰を待っているのだ?」
クラトスの背後からかけられる声。
コレットが救いの塔にとはいり、クラトスがその入口にて腰をおろしていたその最中。
鏡にうつりしは、救いの塔、とよばれし塔の麓。
「…ユグドラシル様」
その姿を認め、その場にクラトスがその場に膝をつく様子がみてとれる。
……ミトス。
かつてのその瞳の輝きは失われ、その瞳はどこか濁っている。
それでもかつての面影はある。
面影のまま成長し…でもあの当時の光りをうしないし子供の姿。
その姿が今、エミルが写せし遠見の鏡というか水鏡にと映し出されている。
「まずは御苦労であった。クラトス。よもやこんなにはやくに神子が再生の旅を完了させるとはな。
しかし、まだ全てがおわったわけではない」
そういいつつも、クラトスの傍にちかづいていき、
「お前を裏切り者、とよぶものがいる。身のあかしをたてよ」
淡々としたミトスの台詞が耳につく。
冷めきったその声には感情がこもっていない。
あれほどその声の一つ一つに感情をこめていたあの子の面影は、今はそこにはない。
「は。身のの証、とは……」
クラトスがひざまづいたまま、といかければ、
「息子の首だ」
ひゅっとクラトスが無意識のうちに息をつまらせたのが映像からもわかる。
ぴくりとクラトスの体が無意識なれど反応している様がありありとみてとれる。
ミトス、まさか、お前は、本気で……
血の繋がり、家族の大切さ。
それをいつも語っていたミトス。
自分が聞いたわけでもないのに、常に姉の自慢話をあの場にて延々と語っていた。
「できぬ、とはいうまいな」
そんな思いをいだくエミルの前では、冷淡に笑うミトスの姿がそこにある。
ああ、今のミトスはあのときのミトスとはやはり違うのか。
どこかで期待をしていた。
あのときのミトスの心がどこかでまだ残っていてくれていれば、と。
しかし、みるかぎり、今のミトスからはそれらの気配は感じられない。
感じ取ることができない。
自らの口で家族の命をとれ、と命じるようにいうミトスなど。
誰の命も犠牲にしたくない、そういっていたあのときのあの子は…
自分が加護をさずけたミトス・ユグドラシル、というヒトはそこにはいない。
「クラトス。お前は控えの間でまつがいい。お前の忠誠心。僕は疑っていないからね?クラトス?」
それとともに、姿をかえるミトス。
青年の姿から少年の姿へ。
ロイド達の気配を感じたのは、ミトスがまさに姿をかえたその直後。
気配を感じ、これ以上変わってしまったミトスをみるのもはばかられ、
そのまますっと手をふりその映像をかき消した。
怪訝そうな表情をしているロイド達にむかい、すこし頬笑みつつ、
「それに僕は自分から自分で考えようともせずに流されるままに
とある選択を選ぼうとしているものを止めるつもりもないけど。
偽りの真実に踊らされ、君たちならいくら何でも気づくかとおもったんだけど。
結局、君たちは踊らされているままでここまできてしまってるし」
「どういう…?」
「自分達で調べよう、もしくは考えようとしない人にはいつもいってるよね?僕。
説明する気はないって。で、どうするの?このままコレットを一人でいかせたままにするの?」
エミルの言葉にはっとリフィルが顔をあげる。
まちがいなくエミルはあの遺跡の間にかかれている真実をしっている。
今の言葉でリフィルは改めて確信せざるを得ない。
あのとき、マナの守護塔でエミルはいっていたではないか。
遺跡に真実が記されている、と。
それを知らずに教えられていたままに踊らされていたのは自分達に他ならない。
それに気づき、リフィルからしてみれば言葉をつまらせるしかない。
自分の無力さが嫌になる。
かといって、それをコレットにいってもコレットは旅をやめようとはしないであろう。
そのようにコレットは育てられていた、のだから。
「コレットを死なすわけにはいかない!」
ロイドがそういい、足を一歩ふみだす。
「なら、この子達つかってもいいよ?」
エミルの言葉に、周囲にいた飛竜…どうみても野生…達が一斉にいななく。
「ロイド…あなた」
「姉さん。僕もいく」
「ジーニアス!…仕方ないわね。そうね。私も確認したいことがあるし…いきましょう」
エミルによくいわれる偽りの真実。
そして、テセアラトシルヴァラントの関係。
四千年以上にわたる、女神マーテルの復活の失敗。
女神マーテルというものは存在しない。
一年ごとのマナの循環、という精霊との契約。
そして、パラクラフ王廟の遺跡の中でみた、天使にかかれていた記述。
かつて、ヒトが開発した、ヒトの命を命ともおもわない…人をつかった生体兵器――。
ノイシュの傍にはセンチュリオンをつけてある。
ゆえに滅多としたことで何ごともおこらないであろう。
テネブラエを傍につけているのでいざとなれば闇にノイシュを保護してしまえばよい。
先ほど視たミトスの様子からすれば、あのときの約束を果たす気はないのかもしれない。
それすらも忘れ去っている可能性の方が高い。
まずは、かの地にいるであろうレインとの繋ぎをとる。
全ては、そこから――
塔の深部へ続いているであろう階段。
「塔の入口が開いてる……」
「まちがいない。コレットはもうきてる」
「救いの塔は神子の力、クルシスの輝石がないとはいれないからね」
ジーニアスがぼつり、といい、ロイドが確信したようにつぶやき、しいなもまたそんなことをいってくる。
薄く透明な階段は、塔への入口であろう扉につづいており、
その扉はぱっかりと招き入れるかのごとくに口をあけている。
「コレット達は…いない」
「もう、中にはいってるようね」
先についていたらしきリフィルが周囲を一応散策したらしく、そんなことをいってくる。
ジーニアスとロイドが同じ飛竜にとのり、しいなとリフィルが同じ竜。
エミルは、一番巨体である竜がのってくれ、とばかりに首をうなだれており、
その竜にてどうやら移動してきている今現在。
人数的にそんなエミルとマルタが同じ竜にてこの場にやってきている、のであるが。
エミルが何やら一言らしきものをいうのとともに、
竜達はそれぞれ、何か咆哮をあげその場を飛び立っていき、残されたのは彼らのみ。
「これらはすべてカーボネイドで創られているわ」
リフィルが床に手をおきつつそんなことをいってくる。
扉の前にはロイド達も見慣れた神託の石板、とよばれしものがあり、
その奥に封印が開かれているであろう扉の姿も。
「エミル?」
近くに感じる気配は間違いようがない。
あの地にて幾度も幾度もやってきた気配を間違えるはずもない。
そして、この上にはレインの気配も。
さらに意識を上にむければ、そこに大いなる気配と、微弱なれどマーテルの気配すら感じ取れる。
「何でもない。いこっか」
念のためにセンチュリオン達はまだ表にはでてこないようにそういっている。
特にアクアには念入りに。
もしも目の前にてミトスとであえば、アクアはその感情のままに外にでてきかねない。
それゆえの命。
扉の奥は白き光にみちており、その奥はみることができない。
そのまま扉をくぐれば、白い光につつまれ、直後、別の場所にと移動する。
扉そのものが転移装置となっており、くぐったものをとある場所に転送する装置となっているらしい。
「うわ!?何だ!?ここ」
いきなりみたこともない場所に扉をくぐっただけで移動したゆえに、ロイドが驚いた声を発しているが。
「どうやら扉そのものが転送装置だったみたいね」
リフィルもまた背後の
転移装置である
これまた透明な物質でできている足場。
その足場の左右には黒い石らしきものでつくられた柱がいくつも並んでいる。
透明な足場はまるで一枚の板づづであるかのように、
一枚、一枚の区切り場所があわい青い光を放っているのがみてとれる。
そして石柱はそんな板の境目に左右ともそれぞれ一しており、
柱には天使文字がきざまれ、淡い青い光を一部湛えているのがみてとれる。
それ以外には何もなく、ぼっかりと開けた空間のなかにただよういくつもの物質。
それはどこまでつづいているのかわからないほどの光の道。
孤を描くように続くその道は、それでも途中で区切られており、
ぽっかりとしたこの空間そのもののなかでこの道そのものが浮いているといってよい。
見あげた先のこの空間の行き着くさきもわからない。
見あげたその先ですら終着点がわからないほどの距離。
ざっとみるかぎり、救いの塔の中、なのであろう塔の中そのものは充実しておらず、
完全なる吹き抜け構造になっているのが誰の目にもあきらか。
「何か不思議な空間だね」
マルタがきょろきょろと周囲をみつつ…すこしばかり怖いのか、
ぎゅっとエミルの服のすそをつかんでそんなことをいってくる。
「あれは…何だ?」
きょとん、としたようなロイドの声。
何もないはずの空間に無数の箱らしきものが浮かんでいるのにきづき、
ロイドが首をかしげつつもぽつり、とつぶやく。
そんな会話をしつつも、ひとまず足をすすめていけば、
やがてそれらの箱が間近でみれる位置と足場があわさり、
その中身がよりはっきりと認識できる位置にとたどりつく。
「…うそ…あのなか…人?」
マルタの声が震える。
無数にある全ての箱らしきもののなかに、十代の少女らしき姿がみてとれる。
それも一つや二つ、という数ではない。
それこそ下をみおろしても、上をみてもどこまでもつづく…箱の数々。
「まさか…」
「嘘……」
さすがにこんななかにはいっている少女達が生きている、とはおもえない。
皆、それぞれみおぼえがないにしろ、同じ服をきているのがみてとれる。
それはコレットと同じ服。
コレット曰く、神子として出発するときには必ずきることになっている、という、
神子の正装でもあるその服を皆が皆着ているのが嫌でもわかる。
わかってしまう。
箱…棺のようなそれは、中身がみてとれるほどにしっかりとその上部の一部も透明で、
認識したくないその中身まで鮮明にロイド達にその事実をつきつける。
いくつもいくつも浮き上がっては、そして沈んでゆく箱の数々。
そのなかの一つ一つ、それぞれ異なる少女達が間違いなくそこに納められている。
なかにはこれでもか、というほどの血…であったのであろう。
その白き服をどすぐろい何かに染めてまで。
そこにただよっている幾多もの箱のようなものをみてロイド達は絶句せざるを得ない。
それが何だかわかってしまうがゆえになおさらに。
「…な、なんだこれって…死体!?」
近くにういてきたその箱の中をみて思わず驚愕の声をあげるロイド。
箱のなかには…どうみても人、がはいっている。
それも死んだときと同じ状態なのだろう。
ほとんどが…自分達と同じ年頃の…若い、少女。
「ということは…まさか…この浮かんでいる全て…棺…なのね……」
ぽつり、としたリフィルの声は気のせいでもなく乾いている。
そして、上と下、そして左右を見渡しつつ、
「おそらくは…今まで、世界再生に失敗した神子達…なのかもしれないわ」
みあげても天井すらみえないほどの高い塔。
雲すらをも突き抜けてあった塔の下から上、上から下、へと棺らしきものはゆらゆらと、
塔の中の空間を漂っている。
それこそ無数に。十、二十といった単位でも、百、二百の単位ですらない。
おそらくは万、数十万くらいはあるかもしれないほどの棺の数。
「どういうこと?!姉さん!」
「どうしてこんなに死体があるんだよ!?」
リフィルの呟きに反論するかのようなジーニアスとロイドの声。
そんなリフィルの呟きに、
「…世界再生はマーテルの器となりしもの。でもまだマーテルは復活していないわ。
つまり…女神マーテルの器となれなかったものたちの慣れのはて……」
おそらくは、確証はもてないが四千年、という間に犠牲となった神子達の器。
それが今まさにこの地にこのようにして漂っているのかもしれない。
誰にもみとられることもなく、墓もつくられることもなく。
その存在すら忘れ去られ。
「そんな…そんなこと、みとめられるかよ!コレット!!」
しばらくすすむと、透明な床らしきものがとぎれており、
その先にあるのはみおぼえのある転移装置。
「…今までの再生の神子様って、こんなところにいるの?どうして?だって……」
だって、これまでの旅、この八百年はともかくとして。
この数は尋常ではない。
八百年の間に失敗した神子の数、伝えられている数とあきらかに異なる。
それこそ四千年、という年月をえた数ならば納得がいくが。
でも、マーテル教の教えでは、神子はマーテルを蘇らせるために天界へと導かれる。
そう聞かされていた。
さきほど、リフィルがいった、聞かされたという内容。
女神マーテルの器として神子は死んでマーテルがよみがえる。
その内容からしても、ならばどうしてそんな神子達の体がここにあるのか。
それも人知れず忘れられたように、何もないこんな空間で一人ぽっちで、
否、同じ神子達、なのであろう仲間はいれど、このぽっかりと何もない空間で漂うのみで。
それともあの棺らしきものが歴代の神子の墓だから必要ない、というのだろうか。
皆が皆、まだ若い少女であることに、マルタは何ともいえない気持ちになってしまう。
これまでずっと、イセリアはディザイアンの不可侵条約を結んでおりずるい場所。
そんな認識しかなかった。
そして神子は守られる存在だ、そういわれて、ずるい、ともおもっていた。
何もしなくて守ってもらえるなんて、ずるい。と。
しかし、現実はどうだろう。
救いの旅が神子の命をささげる旅、など誰も教えてはくれなかった。
そして、その命をささげたあと、こんな場所で…知り合いも誰もいないちで、
いつまでここに漂っていればいいのかわからないほどに、
たったひとり、棺にいれられ、この空間にて上下を繰り返す。
みているだけで、棺はゆっくりと上にとのぼっていき、やがてゆっくりと下降している。
まるでそう。
水面の中で浮いたり沈んだり、それを幾度も繰り返しているかのごとくに。
「コレットも失敗したらこの中に組み込まれるのかよ!くそっ!」
「いそごう。コレットが心配だよ」
「むなくそわるいね。こりゃ…でも、全員少女?」
これまでの歴代の神子は男性もいた、はずなのに。
ここには男性の姿はみあたらない。
そういえば、とおもう。
歴代の神子で男性で成功した、という話しはきいたことがない。
繁栄時代に男性の神子はいれど、衰退時代に男性の神子が成功した、
そんな資料はテセアラにも残っていない。
あきらかに誰かに斬られたような痕跡の少女もいる。
中にはその体がなぜか石のようになっているような気がする少女の姿すら。
彼女達は何を思い、何を思って死んでいったのだろう。
しいながふとそんなことを思っている最中。
「エミル?あんた、大丈夫かい?」
「あ、はい」
どうして、どうして。
苦しい、苦しい。
助けて。
…私たちをここからだして!
この地にやってきてこのかたずっと、ここに囚われている少女達の魂。
そして少女達をおそらくは無機生命体化するのに使われた精霊石達の思念。
それがひしひしとエミルには伝わってきている。
少女達は精霊石をその身に埋め込まれてしまい、
完全にその意思を、精神体を消滅させられることもなくずっとこの棺という枷にとらわれ、
その意識を精霊達に組み込まれることすら許されてはいないらしい。
ああ、それでか。
あのとき、数多の精神融合体となったマーテルのありよう。
これだけの人の精神体が融合したのならば、マーテルのあの変わりようもうなづける。
おそらくは、ここにいる全ての精神体があのマーテルと融合、したのであろう。
ミトスの魂が宿りし大いなる実りが発芽したそのときに。
精霊、となのりつつも、どこまでも人の思想でしかなく、自らが行動することなく、
必ず誰かをまきこんで解決しようとしていたかのユグドラシルの精霊マーテル。
少女達の思念体は精霊達の力に囚われ、完全に解放されることなく、
この地にてずっと幽閉されている状態、なのであろう。
いつこの救いの塔が崩れたのかはわからないが、目覚めたときにはすでになかったし、
たしか、あの禁書が流出したのが救いの塔が崩れたどさくさだとか聞いた覚えがうろ覚えであるが、
たしかにそんなことを聞いたような気もしなくもない。
だとすれば、大いなる実りが発芽する前にこの塔が壊され、彼女達が解放され…
それをマーテルが大いなる実りの力をもってして救おうとした、そんなところであろうか。
これは、この場はこのままにしておくわけにはいかない。
すくなくとも、これ以上、この負の念が大きくなれば、この地は逆に、魔界との新たな扉の発生源となりかねない。
「あ。転移装置らしきものがあるよ」
ふとジーニアスがその道の先にみおぼえのある転移装置らしきものをみつけ、そんなことをいってくる。
たしかに透明な足場の先に、
いくつもの封印の場と呼ばれし場所にありし転移装置と同じしかけらしきものがみてとれる。
少し意識して視ればどうやらこの装置はこの上にあるとある部屋にと続いている、らしい。
そしてそこにはレインの気配も感じ取られる。
そして、ざっと視るかぎり、そこにコレットと、そしてあのレミエルとなのりしものの姿すら。
「…いこう」
ぎゅっと手をにぎりしめつつ、ロイドが一歩踏み出してゆく。
「コレットをこんなさみしい場所の仲間入りなんかにさせてたまるか」
そんな決意を秘めつつ当人は黙っているつもりなのであろうが、
無意識のうちに本音がぽつり、とその口から漏れ出しているのがききとれる。
「コレット…大丈夫だよね?エミル?」
「さあね」
「さあねって、エミルは心配じゃないの!?」
「マルタ。どちらにころんでも、それは君たちヒトが望んだことじゃないの?そしてコレットも」
「エミルの馬鹿っ!!!!!」
ぱん、とエミルを叩こうとするマルタだが、そのままひょいっとエミルはそんなマルタをさける。
そのままむっとしたまま、転移装置のほうへと駆けだしてゆくマルタの姿。
そんなマルタを見つめているエミルに対し、
「ずいぶんと冷たいことをいうのね。あなたは」
「でも事実でしょ?現にリフィルさんはコレットが死ぬ。
そうきかされてもずっとそれを黙ってこの旅を進めていたんでしょう?
そして、それはシルヴァラントとよばれし場にすむ人々が望んでいること。違います?」
「…はっきりというのね。…そうね。その通りよ。
コレットの死をもってしてシルヴァラントは救われる。
少し前までは私もそれを疑うことはしなかったわ、でも……」
だからこそ。
「だからこそ、確認する必要があるの。あの子の犠牲が本当に正しい、のか」
「…一つの命で百の命が助かるのならば、一つの命が犠牲なればいい。
けど、それは間違ってる。百一の命も助かる方法があるはずだ。…か」
「エミル?」
「何でもない」
それは、かつてミトスが自分にいってきた台詞。
必ず、それをなしとげてみせるから!
そういっていたあの子。
だというのに。
そこまでいうのならば、とおもい、猶予を与えたあの選択がやはり間違っていたのだろうか。
裏切られたあのとき。
そして今。
「行きましょう」
ともあれ、レインにも確認する必要がある。
ミトスが…上書きの契約として何を望んだのか、というその事実を。
転移した先の空間は、上下左右ともに樹の根のようなものが張り巡らされている場所。
どうやらこの地にのこりし大樹の根を使用し、この塔はそのマナを用い建てられたらしい。
それは何となく予測はしていたが。
少し意識するだけで、自らの分身ともいえるこの地にある樹の根はすぐにたやすく操れる。
転移装置を抜けたさきの空間は、ちょっとした足場らしきものというよりは、
部屋のようになっており、少し高い位置に祭壇のようなものがあり、
その場にてコレットが祈りをささげているのがみてとれる。
そしてその少し前の位置には丸い白く淡くかがやく円陣らしきものがみてとれるが。
特質すべきはその中央にみおぼえのある剣が一振り、おさめられている、ということ。
『……レイン』
すっと目をとじ、そちらにむけて念話にて言葉を発する。
ぴくり、と反応してくる気配はあきらかにレインのもの。
『…ラタトスク…様?』
とまどったような声。
『お前がここにいる、ということは…世界と彗星との繋ぎをかねた楔の役目、か』
上空に繋ぎとめられている彗星ネオ・デリス・カーラーン。
本来マナの塊であり、自らのあるいみ分身体の一つであるあの彗星を繋ぎとめられるのは、
八大精霊達ですらそれはままならない。
できるとすれば力を授けているレインくらいといってよい。
それこそ時と空間を操る力を授けている彼くらい。
剣としての名はレインなれど、その器を実体化し、ヒトのそれとかわらない姿をしたときの姿は、
また異なる。
その名をゼクンドゥスという。
いくつもの名をもちい、使いこなしている。
それがレイン。
もっとも、根本の名はレインにて変わりがない、のだが。
名には力があるがゆえに、その時々にあわせ、異なる名をレインは名乗っているに過ぎない。
それほどまでに時と空間を操る力は強大で、利用しようと悪用しようとする輩は多々といる。
それゆえの処置。
エミルが思念にてレインと会話しているそんな中。
「あれは……」
ロイド達の前ではその先の祭壇の上にみおぼえのある光がつどい、
今まさにレミエルがその光の中から出現しているのがみてとれる。
きょろきょろとロイドは周囲をみわたすが、そこにいるであろうはずのクラトスの姿がない。
リフィルもそれに気付いたのか、何か考え込んでいる表情を浮かべているが。
ゆっくりと光の中より現れた…実際は魔科学による転送を光の屈折を利用して、
光の中からでてきたように見せかけている、にすぎないが。
現れたレミエルはゆっくりと、祈りをささげているコレットの前にと立ち尽くし、
「さあ。我が娘、コレットよ。最後の封印を今こそ解き放て。
そして人としての営みをささげてきたそなたに最後に残されたもの。
すなわち心と記憶をささげよ。それを自ら望むことでそなたは真の天使となる!」
始めのほうは感情のこもらない淡々とした台詞。
が、最後のほうは感極まったかのような強い口調で言い放つ。
「な…何だって?」
「心と記憶をささげる…だと……」
しいなとロイドの声はほぼ同時。
それは先ほどリフィルがいった台詞のまさにそのままに。
レミエルの口から語られるのと、リフィルがいうのとでは真実味が違う。
リフィルが先ほどいったのは嘘ではなかったのだ、と嫌でも思い知らされてしまう。
それゆえのしいなとロイドの叫び。
そして、
「コレット、僕らを忘れちゃうの!?」
ジーニアスも信じることができない。
「嘘…まさか…本当に?」
マルタとて信じたくはない。
でも、先ほどリフィルがいったことが正しい、のならば。
コレットの命でマナがよみがえる?
でもこれまでの旅でそんなことしなくても、あきらかにハイマとかは自然が蘇ってたよね?
実例があるがゆえにマルタもとまどわずにはいられない。
たしかに人は生きてゆくために命を犠牲にしている。
それは常に母がいっていること。
人がたべているものすべては別なる命を糧にいきているのだ、と。
しかしそれとこれとは話しが違うような気がする。
というか、あいかわらず、目の前にみえている天使となのっているあの男は胡散臭い。
そうとしかマルタは感じられない。
そこに情の一つでもはいっていればいいのかもしれないが、
まったくそんなことはなく、むしろコレットが死ぬことを嬉々として望んでいるかのごとく。
コレットのいる場所である祭壇は、一段高くなっており、
祭壇があるその場所には左右にある階段から登ってゆくよりすべがない。
下にいるロイド達は上のほうの作りがどうなっているのかはわからないが、
判るのはただひとつ。
この場所はなぜか周囲に樹の根らしきものがみとれる、ということ。
なぜに植物の根が?という疑問はあるにしろ。
そして目の前の床にぽっかりと輝く青白い床。
その中に透き通った剣らしきものが浮いているのもみてとれる。
「姉さん、嘘だよね?嘘だといって」
すがるようなジーニアスの台詞。
しかし、リフィルは首を横にふり、
「…ごめんなさい。ジーニアス。ロイド。
コレットに口止めされていたのだけども、今、レミエルがいったことは事実よ」
案に先ほど自分がいったことが嘘ではないことをロイド達につきつける。
それはあるいみで残酷な事実。
だとすれば、
「じゃあ…もしかして、僕、コレットが天使になっていくのを喜んでたのは……
コレットが死に近づいていたのを喜んでいたってことなの?ねえ?姉さん?」
ジーニアスはもはや涙目。
その言葉をきき、ロイドもはっとその事実に気付く。
コレットが天使になってゆくのをコレットの異変に気付くまでロイドもまた喜んでいたうちの一人。
つまり、裏を返せばロイドもまたコレットの死を知らなかったとはいえ願っていた。
そういうことに他ならない。
取り返しがつくのならばな。
そういったあのときのクラトスの台詞。
そして、しいなの、取り返しのつかないこともあるんだよ。
その意味が今さらながらにじわりじわりとロイドの心を浸食してゆく。
つまり、取り返しがつかないこと…それは…ヒトの、死。
そのヒトとは、他ならない、コレットの……
「…あの日。神託の日のあの日。私はクラトスとともにファイドラ様達から真実を聞かされたの」
そこまでいい、覚悟をきめ、そしてしっかりとロイド達と目をあわし、
「再生の旅は神子の死出の旅。神子の命をもってして、
勇者ミトスが行ったとおなじく、神子の命をもってしてマナを世界に蘇らせる」
そう、聞かされた。
そのときは疑ってすらいなかったのだが。
「なんでたかがヒトの命一つ程度で世界にマナが補充できる。なんて。
本気で人々がおもってるのか僕からしてみれば不思議ですけどね。
そもそも、原因はかつて人が魔科学によって大樹カーラーンを枯らしてしまった。
そのことに全ての原因がある、というのに」
全ては愚かなるヒトが招いたこと。
今のこの世界のありようは自分達精霊が許可をだしたから起こったといえばそうかもしれないが。
それでも、本来ならばそのままほうっておき、
かつてのデリス・カーラーンのように命がほとんど死に絶え、
ヒトが過ちを認識するまでまつつもりであった。
そのために巻き添えになるものは、新しい界などをつくりそちらに移動させる。
それが当初、かつての考えであったのだが。
それが狂ったのはミトス達の存在。
まだあがくのであればならばヒトが始めたことはヒトの手で。
そう決定したあのとき。
が、結局は今のようになってしまっている。
そしてかつてに関しては、種子すら…世界樹のありようすらヒトによって奪われた。
根本にその樹がもつ意味を理解していないヒトの精神体によって。
「耳が痛いわね。たしかに、ヒトがマナを産みだす源の樹を枯らしたのは事実よ。
でもエミル。よくマナを産みだす樹の名がカーラーンだ、と知っているわね。
今では聖地、としての名でしか知らない人のほうがおおいのに」
「聖地…ねぇ」
まあたしかに自らの分身でもある樹の根の痕跡はここにはある。
レインも楔の役割をするにあたり、マナを補充するのに樹の根をこの場にもってきた、のであろう。
それこそ地下に張り巡らせているそれらをすこしばかりこの地へと。
「世界を再生すれば、それとひきかえにコレットが、死ぬ。
これまでの再生の旅でもずっと……神子は世界への生贄、なのよ。マナを産みだすための」
「それって…勇者ミトスの命がマナになった、ように?」
ジーニアスの声はかすれている。
「死ぬことが天使となることだ、そう私は聞かされたわ」
そんなリフィルの台詞に。
「それは少し違う。神子の心は死に体はマーテル様にささげられる。
コレットは自らの体を差し出すことでマーテル様を復活させるのだ。
これこそが世界再生!マーテル様の復活そのものが世界再生そのもの!」
高々と言い放つレミエルの声が部屋の中にとこだまする。
「…あの子がそれを望むとはおもえないけどね」
「え?」
ぽそり、とつぶやいたエミルの台詞は、横にいたマルタが気付いたのみ。
レミエルにも聞こえたらしく一瞬、怪訝そうな表情を浮かべているのがみてとれるが。
そもそもあのマーテルは誰かを犠牲にする、などと絶対におもわないであろう。
それこそ魂の…少女達の精神融合体となったあの時ならばいざしらず。
かつてのままの心根のマーテルならば。
「そんな…そんなのって……」
お前は間違えるな。
やり直しができるのならばしてみるがいい。
クラトスのいっていた台詞の意味。
その意味が今さらながらにロイドにつきつけられる。
そんな中。
「……レミエルさま。シルヴァラントには隣り合うテセアラという世界があるそうですね」
これだけは確認しなければいけない。
一歩前に進み出て、レミエルにと淡々と問いかける。
そんなリフィルの台詞に、
「そなたがしるべきことではない」
そういうレミエルの表情はあくまでも冷たい。
なぜ同胞たるお前達が劣悪種などと共にいる、その目はあきらかにそう語っている。
ロイド達にむける視線と、リフィルとジーニアスにむけている視線が明かに異なっている。
ロイド達に関しては冷徹に。
そしてリフィルとジーニアスに対しては侮蔑しているかのごとく。
「ひたすらに隠す、というのは本当だからね。衰退世界と繁栄世界。
マナを交互に利用する、という二つの世界の在り様が」
「そのような話し、誰からきいたのだ」
この質問が他の人間かならば彼も答えなかったであろう。
が、質問してきているのは同胞たるもの。
ゆえに怪訝そうにといかけてくるレミエルの姿。
「クルシスでも両方の世界を豊かな平和な世界にすることができないのかい!
古代大戦がおわって四千年もたってるっていうのにさ!」
そんな会話をききつつも、しいながレミエルに対し叫ぶように言い放つ。
本当に、教えのとおり、天界クルシスが世界を守るためにあるものならば。
もう世界は救われていなければおかしい。
女神マーテルの目覚め。
その女神事態の存在がしいなの中でも今やあやしくおもえてきている。
そもそも精霊も、ユニコーンも女神などはいない。
そうきっぱりいっている以上、ならばどちらかが嘘をついていることとなる。
そして…精霊は、嘘をつけない、ということをしいなはしっている。
ならば、嘘をついているのはどちらか。
おのずと明かであるといってよい。
「……神子がそれを望むなら、天使となって我らクルシスに力を貸すといい。
神子の力でマーテル様が目覚めれば二つの世界は神子の望むように平和になろう」
しいなの言葉を鼻で笑い飛ばし、淡々と目の前にいるコレットに言い放つ。
「…?!」
本当ですか?!
そんなレミエルの言葉に、
それまでずっと祈りをささげていたコレットがその言葉に顔をあげ、
口をぱくはくさせつつ、目の前のレミエルにと問いかける。
「本当か、だと?なぜ自分がここにきたのか、神子はわかっておろう?」
「・・・」
レミエルのいい分はまさにそのとおり。
コレットはここに死ぬためにやってきた。
その命を世界にささげるために。
そのために育てられた。
産まれてきた。
そう、ずっと聞かされてきたコレットは黙りこむよりほかにない。
「マーテルさえよみがえれば全ては救われるのだからな。さあ、コレットよ。父の元へくるのだ」
その言葉をきき、コレットが祈りをささげていた体勢から立ち上がり、
すこし振り向き、ロイド達のほうをむき、にっこりとほほ笑んだのち、
そのままやがて決いしたようにレミエルのほうへと歩み寄る。
そんなコレットの姿をみて
「…まさか、コレットのやつ、本当に死ぬつもりかい!?」
しいなが驚きの声をあげ、
「っ!ダメだ!コレット!お前が犠牲になったらお前のことが好きな仲間も、
家族も友達も…俺も!皆が悲しくて犠牲になるのと同じだ!」
そんなロイドの言葉にコレットが目の前で腕をくみ、
「・・・」
それは。
そういいかけるが、
「まてよ!ダメだ!コレット!」
そのまま祭壇のある場所、すなわちコレットのほうに駆け寄ろうとするロイド。
「はなせ!ジーニアス!」
駆けだしてコレットのもとにいこうとするロイドをジーニアスがその背後から、
ロイドの体をはがいじめにする。
少し迷いはじめたコレットの目にとびこんだのは、そんなロイドをとめようとしているジーニアスの姿。
ロイドをとめる、ということは、自分の犠牲をジーニアスも望んでいる、ということ。
そのことに気づき、コレットはその場にて顔をふせ、やがて、向き直り、
そのままレミエルの元にと近づいてゆく。
「僕だってコレットが死ぬのは嫌だけどならどうすればいいの!?シルヴァラントの皆も苦しんでるんだよ」
「それは…」
それまでじたばたとその手から逃れようとしていたロイドだが、
ジーニアスの言葉に一瞬その動きがとまってしまう。
コレットか、世界か。
一瞬にしてもその選択を迷ってしまう。
彼らはまだ気づいていないらしい。
どちらにしても、コレットが犠牲になっても世界は救われるはずがない、ということに。
「神子一人が犠牲になれば世界は救われる。
それともお前は世界より神子の心だけが救われたほうがいい、というのか?」
淡々とした冷たいレミエルの台詞。
ああもう。
ほんとうにイライラする。
「…よくいう。コレットが犠牲になっても世界は救われるはずがないだろうが」
「エミル?」
いつものエミルの口調と違う。
マルタが不安そうな声をあげているのがみてとれるが。
しかし今はどうでもいい。
「世界にマナを供給できるのは、大樹、マナを産みだす力をもちしもののみ」
そして今のままでは確実にあの種子の力はほとんど失われてしまっている。
自分以外にマナを創りだせるものなど、まだ生み出してはいない。
かつてのときは、海の精霊にその役割の一端を担わせたが。
今はそんな精霊もまだ生み出してすらいない、のだから。
「…お前達は大いなる実りをどうしたい、というのだ?」
「「エミル?」」
きのせい、だろうか。
いつも緑のはずのエミルの瞳が深紅のようにみえるのは。
腕をくみ、淡々と言葉をだすエミルの様子がいつもと違う。
こころなしか、エミルの言葉とともに空気が重く感じられるのも気にかかる。
そんなエミルの変化にきづき、しいなとジーニアスもまた戸惑いの声を上げざるをえない。
しいなはたしかその気配はどこかで感じた覚えがある。
あれは、たしか…アスカードの地下の遺跡のあの場所で。
あれはずっと気絶していたときの夢、だとおもっていたが。
不思議な部屋の中にあった祭壇の上にありし何か。
コリンが必死で近づこうとした自分をとめたあれは。
あのときのエミルの気配と確かに似ている。
それに、何だろうか。
こう、何となくエミルからみおぼえがあるような感覚がするのはしいなの気せいか。
ふと肩をみれば、コリンが小さく、しかもかたかたと震えているのがみてとれる。
「…孤鈴(コリン)?」
そんなしいなの言葉にもコリンは言葉を発することもせず、ただ小さく震えているのみ。
そんな彼らとは対照的に、
「お前には関係のないことだ。しかし、なぜそのことをしっている?」
大いなる実りをどうしたいのか。
世界には大いなる実りは勇者ミトスの命でしかない、としているはずなのに。
すっとレミエルの目がほそめられ、エミルに注がれる。
劣悪種風情が何をしっている、といわんばかりのその視線。
始めから見下してものごとをみているがゆえに、その本質に気づけない。
気付くことができていないらしい。
「はなせ!ジーニアス!」
きのせい、だろうか。
エミルから感じるこの気配は、今まで感じたことのないより強いマナの感じは。
それはほんの一瞬ではあったが。
ゆえにジーニアスがロイドをはがいじめにしていた力がその気配にふと緩む。
それを好機、とばかりに力まかせに腕をふりほどき、
レミエル達のいる祭壇のある台座の前にと駆けだすロイド。
エミルの様子もきになるが、今は何よりもコレットのことがきにかかる。
「まてよ!レミエル!本当に他に方法はないのか?コレットはあんたの娘なんだろ?
あんただって本当はコレットが死ぬだなんて望んでいないんだろ!?」
かつてエミルが父親ではない、ときっぱりといったというのに。
ロイドはまだレミエルをコレットの実の父親だ、と信じているらしい。
相手の言葉に含まれている感情を読み取れないのだろうか。
それとも信じたくない心が強いがゆえにそれを無意識のうちに否定しているのか。
「…はっ。娘だと?笑わせる。
お前達劣悪種が守護天使として降臨した私を勝手に父親よばわりしたのだろう?」
冷めたような人を見下した視線にて言い放たれ、
「な…何……」
当事者からそういわれ、ロイドが戸惑いの声をあげる。
「私はマーテル様の器として生贄に選ばれたこの娘に、ハイエクスフィア…クルシスの輝石を授けただけだ」
そんなロイドに冷めた口調で淡々と言い放っているレミエルの姿。
ハイエクスフィア。
聞きなれない言葉。
しかし、今、レミエルはたしかにエクスフィア、といった。
その言葉にロイド達の不安が一気にたかまる。
エクスフィアがどのようにして創られているのか、彼らはアスカード牧場できかされた。
エミルがその前に行動していたので、ヒトが機械に吸い込まれる、
そんな悲惨な光景を目の当たりにしたわけではないにしろ。
「というか、以前にいったはず、なんだがな。
あいつはハーフエルフなのだから、コレットにはその血は含まれていない、と」
マナの守護塔で、彼らにそういったはず、なのに。
彼らは半信半疑であったのであろう。
ゆえにエミルからしてみれば呆れざるをえない。
本当に人は目にみえ、そしてきかされたことしか信じようとしない。
自分達で考えようとしない。
たしかに与えられた情報だけを信じていれば楽ではあろう。
そこにどんな裏があろうと、そちらが真実だ、と信じ込んでいれば、
自分達は関係ない、しらなかった、ですませられるのだから。
「ハーフ・・・エルフ?なの?あのレミエル?」
「わからないの?ジーニアス?よく感じてみたらわかるはずだよ。君たちならば」
エルフの血を引く彼らならば。
エミルにいわれ、じっとみる。
やがて、がくがくとジーニアスの体が震えだす。
たしかに少し何か違う感じはすれど、この感覚は間違えようもなく…同胞のもの。
それにきづき無意識ながらジーニアスの体が震えだしたらしい。
「何で君たちというかイセリアの人達が。
またコレットの家族も天使が親だ、なんておもったのかはしらないけどね。
コレットは間違いなく、あのレミエルという人の血も、ましてや天使化している彼らの血もひいてないよ」
もっとも、今ではコレット自身が天使化しかけているにしろ。
「くっ…コレット!」
そのままジーニアスの手を振りほどき、祭壇がある台座にと飛び上がり、
コレットの足元に魔方陣らしきものが浮かんでいるコレットの肩をがっとつかむ。
そんなロイドの脳内に、
『ロイド。大丈夫だよ。私、気づいてた。
何度かレミエル様に会ううちにこの人は違うって。思っていたから…
エミルにも違う、といわれてよりそう確信がもててたの…でも、どうしてだろう。目の奥が痛いよ……』
「え?この声…コレット?」
脳内に心に響くようなコレットの声。
その声はロイドだけでなく、しいな、そしてジーニアスとリフィルにも聞こえている。
当然エミルにも。
少しばかり干渉し、ロイドのみにきこえていたその声を、彼らにも聞こえるようにしただけこと。
周囲に根がある以上、これくらいのことは簡単に気付かれないようにどうとでもできる。
よくよく注意してみれば、気づいた、であろう。
周囲に張り巡らされている樹の根らしきものから、
淡い緑色に近い金色の光の粒子が立ち昇っている様に。
「コレット…気付いてたなら何で!」
何で、どうして。
とりかえしのつかないこともある。
その言葉がロイドの脳内をかけめぐる。
『私の声、きこえるの?嬉しい。最後にロイドにさよなら、いえるね』
「コレット…ごめん。助けてあげられなくて…ごめん」
つまり、ロイドはまだ真実に気づいていないらしい。
コレットが犠牲になっても世界は救われない、そういっている、というのに。
あの場からコレットをこちらに連れ戻せば、すくなくとも、
コレットの心が封じられる、というようなことは起こらない、というのに。
「もう、間違えないって誓ったのに…俺、また間違えていたみたいだ」
ぎゅっとコレットを抱きしめて、ロイドがそんなことをいっているのが聞き取れるが。
「…今もまた選択間違えてるけどね」
「まってよ!コレットが犠牲になっても本当に世界はすくわれるの!?何かちがわなくない!?」
ぽつり、とエミルがつぶやくとほぼ同時、マルタが第三者の視点、だからであろう。
これまで始めから旅に同行していたわけではないがゆえ、
何かがおかしい、と気付いたらしくそんなことを叫んでいる。
「コレット!あんたもしってるだろう!?他にも方法が…」
それに、何よりもユニコーンのあの台詞。
精霊達の言葉。
それを知っていて、なお。
そんなしいなの台詞に首をかるく横にふり、
『私はこのために産まれたの。そのために大切に守られて育てられたんだよ?
でも、嬉しい。皆にもこの声、届いてるんだ。ありがとう。皆。ありがとうロイド。
私ね?ロイドがいたからこの世界を守りたいっておもったんだよ?
ロイドが住んでいる世界だから。ロイドがいたから…
私、十六年の命をちゃんといきようっておもえたの。だから……』
「コレット!?」
『…もう、時間みたい。さよなら。さよなら、私の…大切な……』
しっかりと握りしめていたとおもった小さな手はロイドの手をするり、とすりぬける。
そのままふわり、とコレットの体はその場にうきあがる。
そして、コレットの背に羽が出現するとともに、コレットの体が一瞬、淡い光にとつつまれる。
目を閉じていたコレットの瞳が次にひらいたとき。
その目には何もうつしてはおらず、それはまるでガラス球。
コレットの意識が完全に深層意識に閉じ込められ、
精霊達の意識が表にでてきた状態となりはてる。
微精霊達の力はさほど強くはない。
ゆえにはためからは、そこに一つの人形が誕生した、ようにしかうつらない。
ぴくり、とも身動きすらしない、生きた人形。
と。
「ふ…ふははは!ふはははは!ついに、ついに完成したぞ!
マーテル様の器が!とうとう完成したぞ!マーテル様の器が!
これで私が四大天使の空位に収まるのだ!」
大声でいきなり笑いだし、コレットの横に並ぶようにとんでいき、
そんなことを高らかに言い放つレミエルの姿がそこにある。
「四大天使…ねぇ」
こいつはその意味がわかっていっているのだろうか。
今のミトスがそれを許す、とはおもえない。
みるかぎり、ミトスが心を許しているのは…かつての仲間のみ。
ユアンも反旗を翻してはいるが根本的に嫌ってはなさそう、そう捉えたのだが。
ふと、意識をミトスのほうにむけてみる。
「クラトス。あんなことをいっているあいつ、もういらない。排除してきて。
あんな愚かな奴が四大天使に?冗談じゃない」
「…は」
控えの間。
祭壇のありし間の横にある部屋にてその光景を眺めている最中、
横にいるユグドラシルがクラトスにと命じてくる。
その言葉をうけ、うなだれ、その場をあとにしてゆくクラトスの後ろ姿をみつつ、
「クラトス。信じていいんだよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
姿を少年のそれにかえて、かつてと同じ言葉をなげかけるミトスの姿。
その言葉には答えずに、クラトスは控えの間を後にしてゆく。
ああ、やはりか。
今の台詞はミトスにとって許容できるものではなかった、らしい。
おもわずそれを視たのち、頭をかるく横にふるエミルの様子とは裏腹に、
「まちな!コレットをどうするつもりだい!」
しいなが叫びつつも、その手に符を構える。
何かクルシスは胡散臭い、とおもっていたが。
今まさにそれが証明されたようなもの。
「天に導くつもりなのよ」
救いの塔から神子は天界クルシス…デリス・カーラーンに召喚される。
そう伝えられている。
だとすれば、コレットをつれてゆく先はきまっている。
そんなリフィルの台詞に、
「きさま…ゆるせねぇ。何がクルシスだ、何が天使だ!何が女神マーテルだ!コレットを返せ!」
ロイドが憤りながらも自らの上空部分に浮かぶレミエルにと言い放つ。
というか、ロイドがさきほど、迷い、そして世界を選んだことに起因しているのだが。
それにロイドは気づいていないのであろうか。
否、気づいていない、のであろう。
「…あれほど、コレットが犠牲になっても世界は救われない、といったのにな」
ぽつり、としたその言葉は横にいたジーニアスにのみ捉えられ、はっとしたようにエミルをみているジーニアス。
やはりきのせい、じゃない?
いつも緑の優しい光をたたえているエミルの瞳が深紅にみえるのは。
あれ?
一瞬、その深紅の瞳の中に蝶のような模様を感じ取り、
その直後、何ともいえない感覚に襲われ、おもわずジーニアスはまじまじとエミルをみてしまう。
今はそんな状況ではない、とわかっているのに。
「…僕らがまちがってた…の?」
さきほど、ジーニアスはコレットと世界といわれ、迷うことなく世界のほうを選んだ。
しかし、今、エミルがいうには、コレットが犠牲になっても世界は。
なら、自分は?
自分がコレットを見殺しにしたの?
そんな戸惑いがジーニアスの中で産まれ初める。
「そうはいかぬ。この娘はマーテル様の器。長い時間…
四千年という時間をかけてようやく完成したマーテル様の新たな器なのだからな!」
高らかに言い放ち、
そして。
「きさまたちにはもう用はない、きえろ!」
その手に攻撃を繰り出すために力を集めだす。
「レミエル!てめえ!」
ロイドがその手を剣にかけるとほぼ同時。
ドシュ。
レミエルの背後から、突如としてその胸が剣にと貫かれている光景がロイド達の視界にと飛び込んでくる。
「な……」
自分の体に起こったことがわからないのか、胸につきささった剣を唖然とみつめる。
その直後。
「…神子の体に傷でもついてくれたらどうする。レミエル」
「「「!?」」」
これまで姿をみせなかった聞き覚えのある声。
レミエルの背後にいきなりあらわれたその姿をみて、
ロイド、しいな、マルタが息をのむ。
つい先ほどまでまったく姿すらみえなかったというのに、
なぜ彼があのレミエルの背後にいるのだろうか。
彼らには理解不能。
転移にてこの場にやってきた、などロイド達は気づかない。
否、気づくことができない。
そのまま突き刺している剣を薙ぎ払うようにし、いきおいのままに降りぬくとともに、
ドシャリ、とした何ともいえない音と、そして血しぶきが周囲にまちきらされる。
「クラトスさ…な…ぜ…」
自分の傷をおさえつつも、背後に出現した人物にかすれる声でといかける。
「ユグドラシル様よりの命だ。貴様のようなやつが四大天使をかたるな、とのことだ。
しかし神子をここまで導いたその功績には違いない。苦しまずに逝かせてやる」
何がおこったのか理解不能。
目の前で行われている光景がわからずに、その場にて固まるロイド達。
「なぜ…クラトスさま…ご慈悲を……私に救いの手を……」
「忘れたか?レミエル。私も元は劣悪種…人間だ。
最教の戦士とは自身が最もさげずんでいたものに救いもとめるものなのか?
お前の死因は、その愚かなる身にもかかわらず、四大天使の空位に収まろう。
そんな野心を抱いたことだ。ユグドラシル様の命でもある」
「…ぐうっ…」
ユグドラシルの命。
その言葉をきき、レミエルはその顔を歪めるしかできない。
そのままよろり、とよろけるレミエルに対し、
「死ね」
その言葉とともに再びクラトスの剣が振り下ろされ、レミエルの体がゆっくりと祭壇のある場所、
すなわち高くなっているその場からどさり、とロイド達の目の前にとおちてくる。
おちてきたレミエルの体はぴくり、とも動かない。
目の前でおこっていることがわからない。
わからないが、
はっとしたように。
「コレット!戻ってこい!俺が必ず元にもどしてやるから!」
コレットが今いる位置は、祭壇のある舞台と床とのちょうど間。
ゆえにコレットの真下にとかけより、浮いているコレットに手をのばしつつも叫んでいるロイド。
周囲とは異なる青い床。
その青き床の奥になぜか一振りの剣らしきものがみてとれるが。
今のロイドはそれに気付くことができない。
その真上にはぴくり、ともうごかなくなったレミエルの体が横たわっている。
レミエルの真横に移動した形で、ロイドがコレットにと呼びかける。
そんなロイドの言葉にもコレットはぴくり、とも反応しない。
その表情すらも固まっているまま。
瞬きすらしていない。
はたからみれば、その頬笑みも顔に張り付いているだけで、
その意味も理由も失われているようにみてとれる。
実際は微精霊達がそこまで表情を動かす必要がない、とおもっているからの変化、なのだが。
あるいみで精霊達の力に呑みこまれる直前の光景、といってよい。
本来ならば、この状態に至るまで微精霊達が負に穢され、
彼らの意識すらも狂わされてしまっており、そこにヒトの手がくわわり、
そのまま物をいわない兵器、として利用していたかつての人間達。
が、今のコレットの内部にいる微精霊達はエミルの力によってその意識ははっきりしており、
ゆえに問答無用にて周囲に破壊をまき散らす存在とはなっていない。
負に侵され、穢されていれば、その本能のままに周囲に破壊を振りまいていた、であろうが。
「コレット…本当に俺のこと、忘れてしまったのか!?」
コレットに手をのばし、といかけるロイドだが、コレットは無反応。
正確にいえば、コレットの意識は深層心理のその奥のほうに閉じ込められている、といってよい。
それは精神の檻。
強い意思をもってしてそこから出ようとおもわないかぎり、
そのままその心は微精霊達の内部にと取り込まれ消滅してしまう。
それでも、そのままジャンプしてしっかりとコレットの手をにぎる。
ふわふわと浮いていたコレットはなされるまま。
ロイドの手にひかれるように、ロイドの目の前にとおりてくる。
しかしその表情はまったく動くこともせず、その瞳にすら何もうつっていないらしい。
「無駄だ。その娘にはお前の記憶どころかお前の声に耳をかす心すらない。
今のこれとは死を目前にしたただの人形だ」
そんなロイドの声がきこえていた、のであろう。
舞台の上からその端にまでやってきて、ロイドを見下ろすように淡々といっているクラトスの姿。
コレットをロイドが空中からおろしたことについては何も咎めない。
むしろクラトスからしてみればそのほうが都合がいい、のかもしれないが。
「お前、今までどこにいたんだ!何をいってるんだ!?それに…っ」
さきほどのあの台詞。
ユグ何とかの命?
ロイドの中で不安がつのる。
どこにもいなかったはずのクラトスがなぜこのレミエルの背後にいきなり出現し、
しかも背後からその体を剣でつらぬいた?
それがロイドには判らない。
否、判っているのかもしれないが、心が、その可能性を否定する。
「「クラトスさん!?」」
そんなクラトスの様子にジーニアスとマルタが不安そうな声をあげているが。
本当に彼らは気づいていなかったのだろうか。
これもでもクラトスは多々と何かがおかしい、と感じさせる行動をとっていたというのに。
あげくは、レネゲードのものも、そして精霊のあの台詞。
さらにはディザイアン達ですら彼を知っていた、というのに。
そこまで状況証拠がそろっていてまったく疑っていなかった、というのだろうか。
この人間達は。
リフィルのみは警戒していたようだが、他の人間達はそんなそぶりはまったくなかった。
それゆえに呆れざるをえない。
お人よしにもほどがある。
そのあたりは、かつてのミトスとマーテルによく似ているな、とつくづく思わざるを得ないが。
彼らもかつては、誰も疑わず、そしていつもユアンがその気をもんでいた。
何しろ暗殺者としてさしむけられた刺客すら許してしまっていた彼らの旅。
ミトスは彼らの旅をみていたのだろうか?
ならばわかったはず、である。
彼らの旅はかつての自分と同じである、と。
その目的としているものが異なるにしろ。
「神子は世界の再生を願い、自ら望んでそうなった。
神子がデリス・カーラーンに召喚されることで初めて封印はとかれ、再生は完成される」
「…クラトス……?どういう…ことだ……!?」
「何…いってるの?クラトス…さん?」
信じたくないという思いから、であろう。
無意識のうちに強い口調になっているのにロイドは気づいているのかいないのか。
ジーニアスもとある可能性にここにいたりようやく気付いた、のであろう。
その声がかすかに震えている。
そんな彼らの反応をまったく気にもとめず、
「お前達もそれを望んだ。神子はマーテルの新たな体としてもらいうける」
淡々としたクラトスの台詞が決定打として告げられる。
「どういうことなんだ!クラトス…答えろ!」
イセリアからこのかたずっとともに旅をしてきた旅の仲間。
自分にたいし、強くあれ、といろいろとアドバイスをしてくれた。
どこか、なつかしさをかんじる…なのに、信じたくないことが今まさにおこっている。
嘘だ、冗談だ、といってほしい。
その願いをこめてロイドが叫ぶ。
「そこをのけ」
そのままコレットの体を自分の後ろに隠すようにし、きっとクラトスをみつめるロイド。
そんなロイドに淡々といいつのるクラトスの姿。
「クラトス…お前は一体、何ものなんだ!?」
「…私は、世界を導く最高機関。クルシスに属するもの。
神子を監視するために差し向けられた四大天使だ」
その言葉とともに、クラトスの背から…ロイド達も見慣れた…
コレットの背にある薄く輝く翼と同じものが出現する。
コレットの翼の色は桃色だが、クラトスのその背から現れた翼の色は、青。
透き通ったその羽は、レミエル達のそれとは異なり、
コレットと同じものであるというのが嫌でもわかる。
「クラトスさんの背に…青い…羽が…あれってコレットの羽と色は違うけど…同じ?
マーテル教の経典の中にかかれてる天使の翼……」
茫然としたマルタの呟きに、
「まさか…クラトスさんも…天使なの!?」
何が起こっているのだろうか。
しかし、たしかにクラトスのその背にあるのは、コレットと同じ翼。
おもわず、コレットとクラトスを幾度もみなおし、驚愕の声をあげているジーニアス。
ジーニアスも一気にいろいろとありすぎて思考が混乱しているといってよい。
何が何なのか。
「精霊がいっていた…裏切りものって……」
シルフとの契約のときに、風の精霊シルフがいっていたあの言葉。
何でもっと僕はそのことをよく考えなかったんだ!?
そんな思いからぎゅっとジーニアスはその手をつよく握りしめる。
いくつもヒントはあったはず、なのに。
ディザイアン達がクラトスのことをしっていたような口ぶりも確かにきいた。
なのに、疑いすらしなかった。
「あんた…あたしたちをだましてたのか!?」
しいなが拳をふりあげつつ叫ぶ。
まさか、とおもっていたが、でも信じたくはなかった。
クラトスがロイドにむけていた視線はたしかに真実だった、とおもう。
なぜか、はわからないにしろ。
「だますとは?神子がマーテルと同化できればマーテルは目覚め、世界は救われる。それに不満があるのか?」
クラトスのたっている位置は舞台の上であるがゆえ、必然的に全員を見下ろす形となっている。
腕をくみ淡々と語るそのクラトスの言葉には感情がこもっていない。
むしろ与えられた、当たり前の説明を淡々とこなしている、そんな印象でしかない。
「そして、女神マーテルに体を奪われることでコレットは本当の意味で死を迎えるのね」
そんなクラトスに対し、たんたんとリフィルが言いつのる。
「違うな。マーテルとて新たに産まれかわるのだ」
「くそ。やらせるか!コレットは俺達の仲間だ!」
そのまま剣を引き抜き、だっとクラトスのいる場所にと飛び上がる。
キッン。
剣と剣とが重なりあう音が部屋の中にとひびきゆく。
勝てないだろう、というのはわかっている。
これまでいくどもクラトスに剣の手ほどきを受けていたのだから。
それでも、諦めるわけにはいかない。
コレットを殺させるわけには。
剣をもち、そのまま正面から向かっていったロイドの一振りは、
いともあっさりとクラトスが抜いた剣にとはばまれる。
「ひけ。…このままここを立ち去れ」
「何?」
いくどもロイドが斬りつけようとするが、全ての攻撃はクラトスにといなされる。
キン、カン、キン。
鋼同士がぶつかりあうおと。
ロイドがおもいっきり剣を振り仰ぎ、クラトスに再びつっかかる。
そんなロイドの剣を軽く止め、ぽそり、とそんなロイドの耳元にてクラトスが言葉を発する。
それはとても小さな声。
近くにいなければ聞こえないであろうほどの小さな声。
「……傷つけたくはない」
その言葉にロイドは目を丸くする。
ならば、どうして。
どうして、こんな。
ロイドの中にこれまでのクラトスとの思い出が一瞬よぎる。
その中に…あれ?
記憶にない…それでいてとても懐かしい何か、がよぎったような気もするが。
それは一瞬のことですぐさまロイドの感情の中にとかききえてしまう。
傷つけたなくい、というのならば。
そのまま、だっと間合いをとり、剣をかまえたまま、
「クラトス…お前……何んでなんだよ!こたえろ!クラトス!!!!!!!」
本気で自分と対峙していなかったのは、今、幾度か剣を交えたからわかった。
もう、何を信じていいのかわからない。
そんなロイドの台詞とほぼ同時、舞台の上…祭壇の上に眩しい光があふれだす。
その光はやがてゆっくりとその場にとどまり、やがてその光りははじけとぶ。
「…やはり、いかなお前でも本気で対峙することには至らなかったか」
光の中から現れたのは、ロイド達がみたこともない男性。
細身の体にひときわ輝く、七色の翼をもちし長い髪をした金髪の青年。
ぴっちりと体にフィットしている服でなければ、エミルと同じく、
女性?と勘違いされてもおかしくはないほどにその顔は整っている。
体にぴっちりとフィットしている服から、その人物が男性である、というのがみてとれる。
「…何だ?あいつ」
その現れた青年をみてジーニアスが怪訝そうな声をもらす。
「……ミトス……」
「え?」
ふともらしたその声をひろったのは、エミルの横にいたマルタのみ。
「また天使かい!次から次へと!」
しいなの叫びは誰もの心情を現しているといってよいであろう。
レミエルに続き、クラトスが天使、と判明し、さらに別なる天使の出現。
それで叫ばないほうが、何かいわないほうがどうかしている。
「お前が、ロイドか…?」
「人に名前を尋ねるときはまず自分から名乗れ!」
クラトスはその男性が現れるのと同時にその場に膝をついている。
その態度からクラトスの関係者、しかもクラトスの上に位置するものだろう。
そうリフィルは認識するが、相手の正体がわからない以上、警戒せざるをえない。
じっとみれば、彼からもレミエルと同じような同胞の気配を感じる。
が、何というのか、その気配は何かとまじりあい、
何か別なものになっている、そんな感覚をうけてしまう。
よくよく注意して感じようとしなければ、同胞だ、とは気付かないほどに微弱な気配。
リフィルがすっとその現れた人物にたいし、観察を続けているそんな中、
ロイドがそんな青年にむかって叫んでいるのがみてとれる。
「ははは。犬の名を呼ぶときにわざわざ名乗るものはいまい?」
いや、マーテルもお前も以前は犬に自分の名をいってただろうが。
思わず内心にて突っ込みをしてしまう。
――僕の名はミトス、姉さんはマーテルっていうんだよ?君は?
子犬とかにでもそういって語りかけていたのはお前だろう。ミトス?
そのときの思い出すらミトスは忘れてしまっているのだろうか。
映像で視たミトスと今のミトス。
蝶を傍にただよわせ、視ていたあのときの光景は、今でもはっきりと思いだせる。
やはりその目にはかつての輝きは…ない。
その瞳に宿っていたその意思すら完全に濁ってしまっている。
それこそ、そう、ヒトが負に侵され、もしくは瘴気に狂わされ、
その過程でおこりえるその瞳の混濁のごとく。
長き時をあの中で魂の一部が存在するがゆえ、本体にも影響がおこっているのだろうか。
しかし、それでもデリスエンブレムを身につけてさえいれば防げたはず、なのに。
今のミトスがそれを身につけている気配はない。
というよりは、センチュリオン達が調べたところ、あの加護の力を使用し、
かの地に罠をミトスは張っている、らしい。
かの加護にかかわるあの試練、という役割を利用して。
「何だと?」
「哀れな人間のために教えよう。我が名はユグドラシル。
クルシスを…そしてディザイアンを統べるものだ!」
「「「!!?」」」
ミトスの言葉に息をのむ気配は一つ、だけではない。
みれば、リフィル、ジーニアス、しいな、マルタが息をのんでいる。
クルシスを統べるもの。
確かに今、彼はそういった。
天界クルシスをすべるもの。
マーテル教においては天界の…女神マーテルにつかえし絶対者。
が、それだけではない。
今、信じがたいことが彼の口から語られた。
クルシス…はまだわかる。
が、なぜにディザイアン、という言葉がでてくるのか。
女神マーテルと敵対していたはずのディザイアンをなぜ?
マルタにはその意味がわからない。
今、目の前の人物がいっていることが理解できない。
そしてそれはジーニアスにしても同じこと。
「…そういう…こと……」
リフィルの中では、かちり、と何かが合わさったように感じ、ぽつり、とつぶやく。
ずっと疑問におもっていた。
ディザイアン、そして、天界。
あのとき、あの遺跡であの文献を石碑の中にて読み解いたあのときから。
その直後、ミトスの手から放たれた衝撃派が、ロイドをその場から吹き飛ばす。
「くっ!」
咄嗟的にコレットの手をつかみ、
自分のほうにたぐりよせて自らの体でコレットをかばうようにして吹き飛ばされたのは、
さすがというべきか。
ロイドの体がクッションとなり、コレットの体に傷はない。
が、その反動で吹き飛ばされた先にあった一本の柱がぽっきりとその場に折れてゆく。
そんな行動にでるくらいならばどうしてさきほどそうしなかったのか、
とかなりいいたいが。
「クラトス、依存はないな?」
いいつつも、すっと手をかざす。
が、
「…どういうことだ?」
ロイドが先ほどまでいたその場所。
そこから一振りの剣がふわり、と床からういてくる。
それにたいし、ユグドラシル、となのりし青年が手をかざすが、
何もおこらず、逆にユグドラシルがそんなことをいっているのがききとれる。
『その命令は契約に違反している。それをきくことはできない』
その場にある剣に力をこの場にいるものたちに振るうように命じた、というのに。
もどってきた答えはミトスの予想外のもの。
「何?この声……」
「まだ他にもいるのかい!?」
響いてくるような声はどこからきこえているのか、ジーニアスにもしいなにもわからない。
「何だと?契約は契約だ。やれ!」
『我の契約と違反している。つまりお前は自ら契約を破棄するというのか?』
周囲を見渡しても他に人はいない。
あきらかに、ユグドラシル、と名乗りしものは誰かと話している。
脳内に響いてくるような声の主は、ジーニアス達にもわからない。
ないが。
「…あの剣…?」
ふとようやくそれにきづき、かすれた声をあげているジーニアス。
見た目は剣。
が、感じる力は剣のそれ、ではない。
むしろ剣から感じるその気配は精霊のそれ。
だとすれば、この声の主は?
ジーニアスが混乱する思考の中で、何とかもちなおそうとおもいつつ、
ちらり、と姉であるリフィルのほうをみてみれば、
リフィルは先ほど吹き飛ばされたロイドのもとにかけより、その身に治癒の術をかけているのがみてとれる。
「くっ」
その直後。
どこからともなく飛んできた光の球が、手をのばしているユグドラシルにと辺りそうになる。
その光りの球があたりそうになったその直後、かろうじてその球から体をそらし、
その光りの球はそのまま背後にむかっていき、背後にあった樹の根らしきものにぶつかり、
どごんっ。
爆音をその場にと響き渡らせる。
「くっ!神子はすでに天使化してしまったか!やむをえん。殺さずにつれかえるのだ!」
ふとみれば、転送陣のほうから幾人もの人物がこの場に移動してきたのがみてとれる。
「あ、お前!」
その人物にみおぼえがあるがゆえ、ジーニアスが思わず叫ぶが。
「ボータ様。ユグドラシルが降臨しています」
「お前達は、神子を!そしてあのものを傷つけるではないぞ!」
ボータ、とよばれし人物の言葉をうけ、ディザイアンの鎧に身をつつんだ男性達が、
わらわらと柱の傍にいまだに倒れていたロイドのほうへと走り出す。
「今はいいあっている時ではない!ユグドラシルは天界の最高指導者。お前達もここはひけ!」
「ディザイアンのあんたたちが何いってるのさ!」
ボータ、とたしか彼は呼ばれていたはず。
アスカード牧場にて、しいなも彼をみているので覚えている。
そんなしいなの叫びに、
「ディザイアンか。我らはディザイアンなどではない」
「「え?」」
ボータの台詞に、ジーニアスとしいなの声が同時に重なる。
「薄汚いレネゲードがっ!エターナルソード!いうことをきけ!」
『契約に反することは力をかさない、そのような契約だったはず。ゆえに拒否する』
「ちっ……何?」
術を放ったはず、なのに、視えない壁のようなものに遮られ、眼下の誰にもその攻撃はとどかない。
この壁はエターナルソードによるものなのか?
エターナルソードの力がつかえないのならば、自らの力を彼らに下してやればよい。
それゆえに術を発動させ、放ったはず、なのだが。
その術は見えない壁のようなものにさえぎられ、攻撃は無効化される。
「よくわからんが。エターナルソードがユグドラシルと反発しあっている。とにかく、ここはひけ!」
「でもっ!」
ジーニアスが何かいいかけるが。
「このままでは神子はユグドラシルにつれていかれるぞ!あいつは、神子以外を殺すことに戸惑いはしないっ!」
「…っ」
「今は、仕方ないわ。いきましょう。…コレットの安全が第一、よ。それに…それに、ロイドが目覚めないもの」
打ちどころがわるかったのか、ロイドはいまだに目覚めない。
その腕の中にしっかりとコレットを抱きしめたまま。
「いこう。ジーニアス」
「でも、マルタ!」
「よくわかんないけど。でも、たぶんその人、きっと嘘はいってない、とおもう」
マルタはボータをしらない。
が、彼がいっていることは何となく事実のような気がする。
あの男が本気なれば、自分達などあっさりと殺されてしまうだろう。
それは本能的な勘。
そうこうしているうちに、気絶しているロイドを二人がかりで抱きかかえるようにし、
そのまま転送陣にむかっていっているディザイアン達…彼らは違う、といっていたが。
どうみてもディザイアン達の鎧を着込んだ男性達が転送陣へロイドを抱えたままむかってゆく。
彼らがコレットに触れようとするが、ばちり、とした何か稲妻のようなものにとはじかれる。
「…いきましょう。コレット」
リフィルがそんなコレットの手をにぎり、その場をうながすと、
コレットはそのままいわれるままにリフィルに手をにぎられたまま、
ふわふわとうかびつつもされるがままにと移動する。
いろいろと思うところもあるが、たしかにリフィルのいうとおり。
今はコレットの安全が第一。
ゆえにジーニアスもぎゅっと手を握り締めつつも、ロイド達がむかったさき、転送陣のほうへとむかってゆく。
「…こざかしいレネゲードが」
攻撃を繰り出しても視えない壁にはばまれてたどり着くことなはい。
なぜエターナルソードがいうことをきかないのか、という思いはあるが。
しかし今問題なのはそこではない。
この場にレネゲードがやってきて、神子を連れていった、ということのみ。
ふとみれば、約一名。
じっと自分のほうをみている子供の姿がみてとれる。
長い金の髪にローブを着こんだその子供。
おそらくは神子一行の仲間、なのだろうが。
なぜ彼は彼らと逃げることなく、じっとこちらを視ているのだろうか。
しかもなぜだろう。
彼をみるとなぜか心がざわつく。
それはなぜかはユグドラシル…ミトスにはわからない。
「…っ。まあいい。ひくぞ、クラトス」
「御意」
この感情が何なのか、ユグドラシルにはわからない。
が、ここにいてはいけない。
そんな本能的な何かが彼の中で警告する。
じっと視線を合わせるようにしてきている子供の視線から目をそらし、
そのまま背後をふりむくとともにこの場から移動する。
ユグドラシルが光につつまれ、完全にこの場から消えてしまうのを見届けつつ、
「レネゲードに助けられたか…死ぬなよ。ロイド」
ぽつり、とロイド達が移動したさきの転送陣をみてつぶやいているクラトスの姿。
「…クラトスさん。なぜ、彼をとめようとしないの?」
「…エミル?お前は……」
なぜエミルはこの場にのこっているのだろうか。
じっと見つめるエミルのその視線は、クラトスをせめているようで。
しかも、今、たしかにエミルはなぜ止めようとしないのか。
そういった。
ゆえにクラトスとしてはとまどうしかない。
と。
目の前にいまだに浮いている剣…エターナルソードが淡く輝きはじめる。
「……クユムグ」
――王。
「ティアエティ フンルルイバ……エ ワイムティ ディエワティ ウス ワアエムグンド?」
――あいつは…契約をたがえているのか?
「ヤエス」
――はい。
「…ウティ ワイムスウスティンド イフ バアンム?」
――いつからあのようになった?
「……エフティンディ スアン ウス クウルルンド ウティ ウス ブンアウムド フイディ エ バアウルン」
――彼女が殺されてからしばらく後に。
「……ドインス ウティ トゥンティ」
――・・・そうか
剣から発せられた言葉は、まただ、とおもう。
あのとき、精霊達とエミルが会話していたらしきその言葉。
その言葉の旋律。
エターナルソードから発せられたその声は、ウンディーネとの契約の場にてきいたその旋律と同じもの。
あきらかにエミルはエターナルソードと何かを会話している。
その言葉の意味はわからないにしろ。
とまどわずにはいられない。
「…っ」
そのままその場から転移しその場からかききえてゆくクラトスの姿。
そのままそこにいて、エミルと向き合っていれば取り返しのつかないことになるような。
そんな気持ちがまきおこり、そのままその場をあとにする。
しばしそんなクラトス、そしてミトスが消えた空間をみつめつつ、
「…我も…決断するときが近づいているのかもしれないな」
「……ラタトスク様……」
ぽつり、とつぶやかれたその言葉に何ともいえない言葉をもらす。
そうとしかいえない。
かつてのミトスをしっているレインだからこそ。
「…いきましょう。ラタトスク様」
ふと、真横に出現したテネブラエがそんなエミルにといってくる。
「そうだな。…ユアンが何を考えているのか、それも気になるしな」
ミトスの考えに反発しているであろうユアン。
かつてのときは融合体となったマーテルの守り人となったあの男性。
全ての真偽を見極める必要がある、とおもっているのもまた事実、なのだから。
「その前に」
その場に横たわっているままのレミエルにと手をかざす。
刹那、その体が淡く輝きだし、次の瞬間。
光の粒となりて、その光はエミルの中に吸い込まれるようにときえてゆく。
レミエルとなのっていた人物の体…すなわち、器をマナにと還したのみ。
それとともにレミエルが使用していたであろう精霊石もまた孵化させる。
人の器にて無理やり捉えられていた微精霊はそれによって解放され、
微精霊達がふわふわとエミルの周囲にとまとわりつく。
「・・・・・・・・・・。・・・・・・」
微精霊達が淡く輝きつつも言葉をかけてくる。
御手をわずらわしてもうしわけありません。ありがとうございます、と。
「気にするな。…他のやつらも解放しなければ、な」
囚われているのは彼らだけ、ではない。
ここにくるまでかなりの数の微精霊たちが人の器に捕らえられているまま。
まずはそんな微精霊達を解放しなければ。
「――ウム ティアン フウゴディン バアウワア サイオルド ンズウスティ」
転送陣を利用せず、そのまま階下へ。
周囲にまとわりつく怨嗟の念。
それによってさらに狂わされていっている微精霊達の魂。
長き時間にわたり、ヒトの器に捕らえられていた微精霊達。
彼らには罪はない。
罪があるとすれば、微精霊を利用しようとしたヒトの心。
より嫌悪していたはずのその方法をとっている…今のミトスの心のありようというべきか。
あるべき姿へ。
今、この場には誰もいない。
目を気にする必要はない。
すでに気配を感じてみればロイド達はすでにこの場から移動し、
レアバードとよばれし乗り物によってある方面にむかっているらしい。
外にて一人ほど自分がいない、とリフィルがきづいたらしく、
何かボータにいっている光景がみてとれる。
キッン。
澄んだ音とともに、光りがはじける。
その光りは塔の内部全てをつつみこむ。
淡く輝く金色の光り。
金色の中に赤と緑が入り混じった光とともに、それらの光りは、その場に漂う一つ一つの棺を包み込んでゆく――
「まだ、一人のこっているの」
「あの場にか?…それは……」
全員を乗り物にのせ、その場を撤退するように、と命じたが。
天使化した神子は自分達にふれられず、結果としてハーフエルフの少年が、
神子の手をとることにより、羽を生やしているままなので空の移動も問題ないだろう。
もっとも普通は一人から二人乗りのところに三人乗せることとなり、その席が狭くなってしまうにしろ。
しっかりと手をつないではなさないように、といっていたので問題はないはず。
そんなことをおもいつつも、残った同胞たる女性の台詞をきいているボータ。
「ユグドラシルがどう行動してくるかわからん。
下手すれば、一人のこっているというその少年は、もう……」
「そんな!」
リフィルがいい、そのままだっとかけだして、塔の中へと戻ろうとするが。
「よせ!」
「はなして!」
「いっても無駄だ!」
そんなやり取りをしている最中。
目の前にそびえたつ塔そのものが淡く輝いたようにみえ、
直後、
「「…なっ!?」」
近くにいるからわかる。
膨大なマナが、今一瞬のうちに解放された。
はっとしてみれば、塔の周囲からきらきらと何かが…マナの塊のような何かが。
光の粒となり周囲の空気に溶け込んでいっているのがみてとれる。
ハーフエルフだからこそわかるその異質さが。
ふと、リフィルはこの感覚をどこかで味わったような気がしてしまう。
それはエミルによって消されているはずの記憶。
だが、深層意識の中ではのこっている…大樹の気配。
しかし記憶がない以上、その違和感にリフィルは気づけない。
何とももどかしい思いを抱くよりほかにない。
「いったい、何が……」
茫然とつぶやくボータと、
「あれは……」
ふと、みれば救いの塔の出口からでてくる一つの人影。
光に包まれた扉の向こうから現れたのは、リフィルにとってはみおぼえのある姿。
「エミル!!…よかった、無事だったのね。あなただけここにいなかったから心配したのよ」
その姿みてほっとする。
ざっとみたところどうやら怪我もなさそうである。
「あ。すいません。ちょっと……」
「あいつは…ユグドラシルとクラトスはどうした!?」
ボータの叫びに、
「消えちゃいました」
それは嘘ではない。
あの場から彼らが移動したのは本当。
「…そうか。では今は見逃す、というのか?いやしかし……」
何やらぶつぶつとそんなことをいいだしているが。
「ともかく。今はここでのんびりしている暇はない。
いつユグドラシルが手勢をつれてやってくるともしれないからな。
ひとまず、我らの基地に御同行願うこととなる。すでに神子達は仲間が基地に連れていっている」
いいつつも空をみあげていってくる。
そんな体格のいい男性…ボータの台詞に。
「あ。でも、あの。…ノイシュは?」
「そういえば、ノイシュは安全のためにハイマの馬小屋に預けているままだったわね」
このまま彼らとともにいけば、ノイシュがあの場に取り残されてしまう。
まあ、テネブラエがここにきている以上、ノイシュをつれてきている可能性がはるかに高いが。
「ノイシュ…ああ、あのプロトゾーンか」
「え?」
さらり、といわれたその台詞にリフィルが思わずボータの顔をまじまじとみるが。
「しかし、残っている機体は一つしかない。さすがに三人はのせることは……」
「ああ。それでしたら問題ないですよ。…こい」
すっとエミルが目をとじ、そして手をつきだすとともに。
青き魔方陣がその場にと出現する。
「何!?」
視たこともない魔方陣。
ゆえにボータが警戒した姿勢をとるが、
「エミル、まさか、あなた、あれを呼ぶんじゃあ……」
今ここで、敵か味方かもわからないのに、シムルグをよべば、かなりまずい。
そんなリフィルの不安の言葉は何のその。
淡く輝く青き光の中から一つの影が出現する。
緑と青を主体とした体に、顔の下にある白き毛はまるで髭のよう。
尻尾はささくれだっており、その毛はとても固く、触れば確実につきささる。
「――およびでございますか?」
「たまにはレティスやラティス以外でもいいだろう?」
現れたその鳥の魔物…それが口をきいたことにもリフィル、そしてボータは絶句せざるをえない。
その鳥らしきもの…姿形からおそらくはワイバーン。
しかしそんなワイバーンなど、リフィルはみたことすらない。
飛竜の種の一つであるといわれているワイバーン。
ちなみに主に彼らの種族は基本、肉食、といわれている。
「ローヴァ。頼めるな?」
「お任せを」
いいつつも、首をうなだれてくる。
「エミル?その魔物は……」
「この子はローヴァですよ」
「いえ。聞きたいのはそうではなくて……」
いまだにボータは固まっているまま。
今、この子供は…少年なのか少女なのかはわからないが。
たしかに目の前でこの魔物を呼んだ。
魔物を呼ぶ、召喚できるものなどきいたことすらない。
ふと、これまで牧場にて魔物が襲った、という報告を思い出す。
パルマコスタ牧場にしても然り、アスカード牧場にしかり。
さらには、絶海牧場に潜入させていた部下からもそのような報告をうけている。
魔物がまるで意思をもっているかのように統制され、施設のディザイアン達を襲っている、と。
そのまま、エミルがローヴァ、とよびしワイバーンにと飛び乗り、
「じゃ、僕はとりあえず一度、ハイマにいきますから」
「あ、エミル、まっ……」
リフィルが呼びとめる間もなく、ばさり。
そのままその場からワイバーンは飛び上がる。
その姿はあっというまに視界の彼方にときえてゆく。
「…あの子は、何、なんだ?」
茫然、としたボータの呟き。
それにリフィルは答えられない。
目の前の人物…同胞、というのはわかるが、本当に味方なのかすらもわからない。
エミルのあの力は力を求めるものからしてみればノドから手がでるほどほしいであろう。
だからこそ、リフィルは答えることができはしない。
「…あの子が心配なの。一度、あの子とともにハイマによってもいいかしら?
…祭司様にも伝えたいことがあるし」
「それはかまわんが。マーテル教の祭司に何をつたえるつもりだ?」
リフィルの言葉にボータの目がすっとほそまる。
「…救いの塔から再び試練があり、まだ旅はおわらない、と」
おそらくすぐのすぐに救われる、とは誰もおもっていない、であろう。
すくなくとも、救いの塔にて祈りをささけたのは数日かかった、
そう経典にもあるし、伝説にもある。
祭司達に真実をいうわけにはいかない、であろう。
まちがいなく祭司達は真実をしっている以上、コレットの犠牲を強いる。
それが最善だ、と思い込んでいるがゆえに。
それでも、自分達が救いの塔へむかったのは事実。
なぜすぐに世界が再生されないのか、そういった人々の疑問は、
そして不安はまちがいなくコレットにむけられ、その感情は時として爆発し、
コレットを虐げ、責任をとらそうとするであろう。
それを避けるための…一つの布石。
八百年も救いの旅が失敗していた、のである。
そのあたりはどうにでもごまかせる、とおもいたい。
少しでも、心を今は失ってしまったコレットの…教え子のために。
もっとはやくに決心がついていれば、コレットはあのような状態にはならなかったであろう。
あの遺跡にて知ったあの内容が真実だ、と伝えられていれば。
否、あの場にコレットをつれて読み聞かせるべきだったのかもしれない。
しかしそれらの後悔はすでに過ぎさてしまった以上、今思っても仕方がない。
「ふむ。だが余計なことをいわないように、私も同行させてもらうが、よいな?」
「…かまわないわ。それに、私は子供達を…ロイド、そして弟を、
あなたたちに人質にとられているようなものだもの」
すでに、ロイド、ジーニアス、しいな、マルタ達は彼らによってどこかに連れていかれている。
あの場にのこっていたのはリフィル、そしてエミルのみだったのだから。
自分が下手な行動をとれば彼らの身に何がおこるかわかっているつもりである。
それゆえのリフィルの台詞。
「なら、いいだろう。いくぞ」
いいつつも、何やら翼をもちし機体…のようなそれにとうながすが。
「それは、何なの?」
先ほどからきになっていた乗り物?らしきもの。
実際にそれが飛び立つところをみているがゆえにリフィルはとまどわずにはいられない。
空を飛ぶ乗り物など、きいたことすらない。
「…レアバード。マナを利用した移動用の乗り物だ」
そんなものはきいたことがない。
全長は約五・八メートル、といったところか。
翼を開いた鳥の形をしているその乗り物らしきもの。
「…マナ、を?」
「いくぞ」
それ以上は教えられない、とばかりにそのままリフィルを促すボータ。
ディザイアンではない、と彼らはいった。
しかしこのような空を飛ぶ乗り物、など。
ディザイアン達がかなりの高度な文明、設備をもっている以上、
まったく関係がない、とはいいきれない。
「それで、どうなさるのですか?」
横を平行するように浮かびつつもといかけてくるテネブラエの姿がみてとれる。
「まずは、ユアンの考えをきくいい機会、であろうな」
ユアンがミトスから反発し、レネゲードなる組織をつくりあげている。
それは魔物達の報告にも、センチュリオン達の調べでもそれはあきらか。
ロイド達を連れていったこともきにかかる。
誰もいなければそのままあの場から自力での移動が可能であったのだが。
リフィルがあの場にて待っていた以上、足がなければ不思議におもわれるのもまた事実。
レティスは完全にセンチュリオン達の力が満ちたこともあり、彼女がすべき役割にとすでにもどしている。
レティスはすこししぶったが、常に一柱以上、
センチュリオン達が傍にいる、というのをセンチュリオン達が伝えたらしく、
結果として自分の役割を果たすためにと移動していっている。
本来、彼ら魔物達は世界のマナの循環を任せている。
世界に滞りなくマナがゆきわたるように。
だからこそ属性ごとの魔物が存在している。
そのように産みだしている。
「ミトス…どうして……」
ふわふわと横にうかびしは、うなだれているアクアの姿。
あまりのミトスの変わりようにショックをうけているらしい。
人はかわるもの。
そう永き時を得てわかっていても、目の当たりにするのと客観的に見るのとわけが違う。
おちこんでいるアクアをみるたびに、あまり彼らにかかわるな。
そうもっと強くあのときにいっておけばよかった、とつくづくおもう。
自分は彼らセンチュリオン達につらい思いをさせたいわけではない、というのに。
だからこそ、かつての…自分がたどったあのときの記憶を彼らには継承させていない。
センチュリオンとはラタトスクとともにありしもの。
ゆえにあの時間率からはじかれたあの時点にて、
過去に移動した時点にてセンチュリオン達は彼の内部に還りゆいているといってよい。
センチュリオン達の存在理由。
それはラタトスクあってのもの、なのだから。
こっそりと彼らのその魂は今のセンチュリオン達に融合させてはいるが。
その記憶に封印はかけたままで。
pixv投稿日:2014年2月8日某日(Hp編集:2018年4月22日(日)
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あとがきもどき:
豆知識;テイルズオブ用語辞典より抜粋
名;レアバード(出:ファンタジア。シンフォニア)
シンフォニア版。
マナを動力源として動くTOSの任意移動機関。
基本的なコンセプトや原理などはTOPのそれとほぼ同じであり
Bボタン(PS2版では×ボタン)を押すだけで飛び立てる使いやすさもそのままである。
時期的にはテセアラ編中盤にてしいながヴォルトと契約してからとなる。
携帯品であるため、テセアラでもシルヴァラントでも
どこでも気軽に使えるのはありがたい。
絶海牧場をクリアすることでシルヴァラントベース、
もしくはテセアラベースの上空へ行く事で自由に二つの世界を行き来できるようになる。
ファンタジア版。
TOPにおける任意選択可能な移動機関
時期としては未来編のアルヴァニスタにて、
且つヴォルトと契約したあととなるのでかなりの終盤となる。
特に重要アイテムを使用するでもなく、固定の乗り物が常に
街の外に待機しているでもなく、
フィールドならばAボタン(PS版では○ボタン)を押すだけで
いつでもどこでも飛び立てる利便性は歴代作でも屈指の快適さを誇る。
ただし、SFC版及びGBA版では
「Yボタン押したまま行きたい方向にキーを入れる」というかなり面倒な操作。
ファミコン時代のあれは操作が…うん、失敗しまくってたのは思い出すまい…
豆知識:
ラタトスクの騎士魔物図鑑
No172
名:ワイバーンロード
同種の中でもたかい飛行能力をもつとされるワイバーンの古代種。