ユーリの叫びと同時。 それと友に先ほどフリンがマキシーンと呼ばれていた男に剣を突きつけられたとき、 床にとこぼしたワインから大量のワインが竜巻のごとくに立ち昇る。 ユーリ、アンリ、フリン、そして執事といった人々以外を全てそれらは飲み込み、 この部屋の中から排除してゆく。 「くっ!」 フリンと執事がかろうじて無事なのは、アンリがどうにか防壁を張っているため。 防壁を解けばフリンたちもまた飲み込まれるであろうことは必死。 そこまでユーリは混乱し、自分自身で制御ができない状態にと陥っている。 だからといって、今ここで自分が翼を出せば…… ユーリもまた触発されて翼を出し、この事態は収まるであろうが…… ユーリの身体にかかる負担は大きすぎる。 それは絶対に避けたい。 「ユーリ!おちつけ!ユーリっ!」 「うぉ~~!!」 アンリの声も届かない。 荒れ狂う力の波をどうすることもできない。 このままでは…… と。 壁の一部がまるで水面のようにと輝き、そこから出てくる一つの人影。 それをみてぱっと瞳を輝かせ、 「エドッ!ないすっ!ウェラー卿!!」 眞王が道をつなげたのだ。 とアンリはすぐさまに理解する。 さすがエド! と内心褒めていたりもしているが。 元を正せば彼のせい…というのもあるのだが。
「こ…これは?!猊下!?これは一体!?…って陛下っ!?」 壁からでできた。 正確にいえば、眞王廟から誘われ、移動した先はどこかの部屋の一室。 だが…部屋全体に強力な力が満ち溢れているのがわかる。 そして…目の前ではその力の中心であろうべき大切な人の姿が。 腰よりも長い黒髪が力の放出とともにたなびき、何とも近寄れない雰囲気をかもし出している。 「ともかくっ!ユーリを呼んで落ち着けて!!」 自分の声では届かない。 だけど、おそらくこの現象は…… ウェラー卿の左腕が斬りおとされたのを目の当たりにしたことに関係している。 関係というよりあれが確実に原因となっているのは明白。 だからこそ。 そう直感というか確信しているからこそアンリが叫ぶ。 それに、彼の声ならば…… 「陛下っ!…ユーリっ!」 アンリの言葉にうなづき、現状を把握するよりもまずは呼びかける。 声をかけながらも荒れ狂う力が満ちている中、ゆっくりとユーリの方にと近づいてゆく。 「ユーリっ!!」 ものすごい圧迫感と力の濁流。 近づくことすらもままならないほどの風圧…ともいえる力の壁。 だがしかし、このままではユーリの身体が持たない。 それゆえに。 「ユーリっ!オレだっ!ユーリ!! 落ち着けっ!でないと…でないとお前の身体がもたないっ!ユーリィィ~!!」 魂のかぎり、力いっぱいユーリに対して呼びかける。 そう。 彼は知っている。 今のユーリの状態で力を…あの力を放出しつづけたらどうなるのか…ということを。
ふと聞きなれた声がしたような…… 一瞬、ユーリの力が緩む。 「ユーリっ!」 その隙を逃さず、すかさずコンラッドがユーリの元にと駆けつける。 「コンラ……」 目を開いたユーリの眼には、一番心配していたコンラッドの姿。 その姿をみて。 ――まるで緊張の糸がほぐれたかのように、ユーリの身体はその場にと崩れ落ちる。 「ユーリっ!」 そんなユーリを顔色を変えてあわてて抱きとめているコンラッドの姿が。
「…これが…ウィンコット家の力……」 フリンが呆然とつぶやく。 正確には違うのだが。 アンリもその違いを訂正する余裕は今はない。 人間達がその力を恐れて迫害した。 というのもうなづけるほどの力。 すでに全ての窓、という窓は開くどころか完全にはぜ割れて、 押し入ってきていた黒づくめの男たちもいない。 呆然としているフリンの目の前では。 「助かったよ。ウェラー卿。きてくれて。僕の声、まったく聞こえてなかったみいいでさ~」 ひとまずコンタクトを外しポケットの中にと入れていた洗浄液にとつける。 青い瞳から元の黒にと変化する。 そんなことをいいつつ、ユーリを抱きかかえているコンラッドに近づいてゆくアンリに、 「…一体。何がどうなったんですか?」 腕の中で眠っているユーリは…いつも見慣れた姿ではなく、女性の姿になっている。 そう。 あのユーリの実の母親であるソフィアとまったくもって同じといっていい姿に。 「それは僕がききたいってば。ユーリがあそこまで力を暴走…… 正確には覚醒しちゃうほどに何があったのか。 今のは扉から入ってきた男たちをみてぶちきれちゃったみたい。 全身黒のコートの仮面の男たちをみて」 アンリにと問いかけるコンラッドに対し、アンリが疲れたような口調で簡単にと説明する。 その言葉に顔をしかめ、 「それは…もしかしたら、国で俺達を襲ってきた奴等と同じかもしれません。 全身黒尽くめに、全員仮面をつけていましたし。 でも…とにかく陛下が無事でよかった……女性体になっている。ということは。 やはり例の力の反動ですか?猊下?」 腕の中で気絶し、そのまま深い眠りに落ちているユーリの頬をそっとなで、 顔にかかっている髪を払いながら言っているコンラッド。 そんな彼の説明をきき、 「……なるほど。それで…か。それで納得。ま、その姿は。そう。そのとおり。 多分しばらくそのままだと思うよ。まだソフィアさんの封印は本来ならば完全には解かれていない。 ある程度は誕生日から数日経過しているから解けかけているにしても…だよ。 今のユーリの力はかなり不安定だ。 全ての力を意識するだけで使えたりする。という点もあるしね。 そこはまあ…何とか僕が抑えてるけど。でもすごくナイスタイミングだったよ。ウェラー卿」 本当に。 あそこで彼がこなかったら最悪、羽をだすしか方法がなかった。 「眞王陛下から話を…説明をうけていたんですよ。 で、陛下に危害を大シマロンが加えようとする前に、箱を回収せよ。 という命がくだりましてね。それで本来大シマロンにいく予定でしたのですけど…… 陛下の力の暴走を眞王陛下が感じ取りまして。ひとまず俺をここに送ってくださったんです。 何でも猊下だけの声では届かないかもしれないから。とかいって」 ユーリの無事な姿をみて安心する。 男の子から女の子になっていようとも、ユーリはユーリだ。 ずっと頭の髪をなでつつ、ユーリを抱えて座ったままで言っているコンラッド。 「―――確かに。一理はあるけどさぁ。 どちらかといえば、今のユーリの側にはウェラー卿がついていたほうがいいよ?」 そのほうが力もかなり安定する。 今のユーリは精神的な要素が力の安定にも関係するのだから。 「しかし…あの力は、ヨザックからの伝書鳩によれば。世界で現象が起きている。とか…… 他からも同じような連絡が同時に本日届きました。 …力をうけて、彼等がユーリを狙う可能性も……それだけは阻止しないと」 「まあね。そもそも創主ってのは本来。この地を守るための存在だったのに。 人々の負の気にひっぱられ、それを取り込んでしまってああなっちゃってるしね…・・・ たしかに。箱が大シマロンにある。というのは聞けんだけど。でもそれだと……」 フリン達には彼等が何を話しているのか判らない。 彼等はフリンに気取られないように、日本語で会話をしているのである。 「ウェラー卿コンラートではなく。地球で使っていたコンラッド・ウェラーでいくつもりですよ。 ウェラー家の名前におそらく奴等は飛びついてくるかと…… 箱のありかを見つけ出して…絶対に取り戻します」 呆然と立ちすくんだままのフリンや執事の前でそんな会話をしているアンリとコンラッド。 二人の会話は、フリンや執事の男性にはまったくって理解不能。 というより、どこの言葉? という疑問が本来ならば脳裏をよぎるであろうが。 先ほどのあまりの出来事にそこまで思考が回転していない。 「いってもどうやら聞かなそうだね。ちょっとまって」 ふわっ。 いってアンリが手をすっと伸ばすと、アンリ達がもってきていたとランクが浮かび上がり、 ふわりとアンリの前に浮かび上がって移動し、そのままふわりと目の前にと降りて来る。 『……なっ!?』 今の……今のは呪文らしきものも唱えていなかったようなのに。 この男の子は……では、この男の子も…魔族? コンラッドが抱きかかえている、ユリアナ、と名乗った少女の髪は…黒。 黒髪のものは魔族。 と相場が決まっている。 それに、もう一人の男の子は、目からガラスのようなものを取り出した。 きっとアレで瞳の色をごまかしていたのだろう。 そのガラスの下から現れた瞳の色は…黒。 普通、黒髪、黒瞳のものは、二人と現れない…はずなのに。 そんな驚愕するフリン達の反応は何のその。 何やら荷物の中から小さな手鏡のようなものを取り出し、何やらアンリがつぶやくと、 一瞬、鏡そのものが揺らめき、そして一つであったはずの手鏡が二つにと変化する。 『!?』 それをみてただただ絶句するしかないフリンたち。 一方で、 「これで僕と連絡とって。ウェラー卿。小さいから胸のポケットにでも常に入れてて。 一応、特殊コーティングをしておいたから、少々の衝撃とかでも壊れないから。 連絡入れるときは必ず日本語か英語で。だったらまず誰にも何を話しているか判らないしね。 水鏡のようになって、僕のもっているこっちのやつとつながり会話できるから」 そういいつつ、今ラドに片方の手鏡を渡すアンリ。 「判りました。――あ」 みれば、再び先ほどコンラッドが出てきた壁がまたまた光っている。 「道が…開いたようです。俺はいかないと…猊下。陛下を…ユーリを頼みます」 「わかってるって。ウェーラー卿も無理はしないでね?」 「わかってます。ユーリを悲しませたくはないですから…ね」 そういいつつも、抱きかかえていたユーリをアンリに預け、 後ろ髪を引かれる重いにて光り輝く壁のほうに向かってゆくコンラッド。 ――しばらくは、ユーリと離れての任務である。 それもユーリ守るため…… 光り輝く壁の中に、コンラッドが吸い込まれるようにと消えてゆく。 彼が壁の中に入ってゆくと同時、再び壁は何ごともなかったかのように元の壁にともどりゆく。
「…さて。…で?君たちは何が目的なの?いっとくけど…ユーリを君たちの好きにはさせないよ?」 そういいつつ、フリンと執事を見据えるアンリの瞳は…紛れもない漆黒。 「あなたたち…いえ、私には彼女の力が必要なの。…戻ってきた捕虜だった人たちの為にも……」 黒髪、黒瞳…だった。 この少女は。 かなり高い地位の魔族なのだろう。 それに先ほどの男性。 いきなり現れていきなり消えた。 それに……何か、陛下に猊下とか呼んでいなかったか? あの男性は。 この二人のことを。 だけど…今は、二人の身分なんて…どうでもいい。 そんなフリンの言葉に。 「ノーマン・ギルビットの意志を継ぐため。…に?」 ため息とともに、それでいてどこか優しそうな口調で問いかけるアンリ。 「…え?どうして……」 図星をいきなり言われ、戸惑いの声を発するフリンに、 「だって。ずっと心配してあなたの側にいるもの。魂だけの存在として。 というか霊体として。正確にいえば器を持たぬ精神体。ってとこかな?…視せてあげるよ」 さらっと言い放つアンリ。 精神体が人に見えないのは、その人物に力がないため。 ならば少し、補佐することでそれらを視せることは…可能。
「…あなっ……ノーマンっ!?」 「旦那様!?」
その直後。 驚愕にもにた驚きの声が、全ての窓がわれたその一室にて響き渡ってゆく……
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