If  ~もしも…~紫のタリム~

「しかし。リナン?この街では一切仕事しない。とか街に入るまえいってなかったか?」
ぼそりとララちゃんがリナンに対して言っている。
「時と場合。その場の事情ってやつ。きにしない。気にしない」
即効で返すリナンの台詞に、ぽつりと、
「……食べ物につられたのでは?」
何やら図星をついたことをいっているルルちゃんだけど。
「そ。それより。いつまでつけてるやつほうっておく気なんですか?」
とりあえず話題をそらすためにと前をあるくロッドにと話しかけているリナン。
「ほう。きづいていたか。…裏道をいくぞ」
それだけロッドはいって、私達はロッドに連れられて裏道へと進路を変えてゆく。

通りから道を一本たがえただけでがらりと変わる雰囲気。
それはまあ大概の街などにいえることであって。
ここに人通りがまったくないとか、道が狭いとか。
そういったことはどうでもいい。
問題なのは、私達をつけてきていたその中に。
あからさまに人でない気配を感じた。
という一点のみ。
「もういいだろう」
その気配に気づいているのかいないのか。
気づいてないほうに私は一票……
いってピタリと足をとめるロッド。
誰に言っているのかはあからさまに明白。
「さってと。あんたら気配をまったく隠さずにつけてくるなんていい度胸してるわね。
  でてきたらどう?いい加減に遊びはやめにしない?」
淡々と、それでいてあからさまについてきている複数の気配にむかって言い放つ。
そんなロッドや私の言葉をうけてか。
ざっと複数の気配が同時に動く。
それと同時に建物の影などから行く手をさえぎる形で数人の男たちがばらばらと姿を表してくる。
みれば後ろのほうからも数人の男たちがせまってきているようだけど。
はっきりいってみんな雑魚以外の何ものでもない。
「?この中にはいないな……」
どうやらララちゃんも気づいていたらしく、ぽそりとそんなことをつぶやいているけど。
というか、こいつら、あの気配の持ち主がいること自体知らないとみた。
「タリムのところの用心棒だな!?」
男の一人が私達にむかって何やらいってくるけど。
「あなたたち!人として恥ずかしくないんですか!?数名を大勢で襲おうとするなど!
  いいでしょう!この正義の仲良し四人組が、正義が何たるかを教えてさしあげますっ!」
「~~。ウィルさん…お願いですから。話をややこしくしないでください……」
そんな男たちにたいして、ぴしっと指をつきつけて言い放つウィルをみながら、
うつむき加減に、とりあえず無駄とは半ば悟ったような口調で突っ込みをいれているルルちゃん。
ルルちゃん。
それ正解。
ウィルには言っても絶対に無駄。
……何しろ、あのフィルさんの息子だしねぇ……
性格…信じたくないけどよく似ているようだし……ふぅ……
「用心棒かどうかはともかくとして。どうせあなたたちはわたくし達を斬るおつもりなのでは?」
ララちゃんがにこやかに、そんな男のほうにとむかって話しかけてるけど。
ふみゅ。
こんな雑魚あいてにしてても、時間の無駄だし。
「まあ。どうせこの先に待ち構えてる奴が時間稼ぎとばかりに仕向けてきてるんでしょうけど……」
いってため息一つ。
そのままタッンと地面にと手をつき、
そして。
氷窟蔦ヴァン・レイル
ピシピシビシッ!
「うわっ!?」
「ぎゃっ!?」
何やら前方やら、背後やらから悲鳴らしきものが聞こえてくるけど。
「よっし。一丁あがりっ!」
パッン。
軽く手をうつ私に対し、
「…エリー~。いきなりはやめてくださいな。下手したらこちらまで氷の彫像になってしまいますわ」
ララちゃんが何やら文句をいってきてるけど。
「何いってるの?ララちゃんたちの実力ならあの程度、かわすことなんか簡単でしょ?」
今、私が使った術は、触れた場所を起点にして、壁といわず、床や大地といったもの。
とにかく起点につながっている場所から一定範囲に対して無数の氷の糸を這わせる術。
これから逃れるのはいたって簡単。
その氷の糸に捕まらなければいいだけのこと。
氷の糸に触れた対象はそのまま糸に絡めとられて氷の彫像と化す。
そんな些細なちょっとした術の一つである。
私の意見を裏付けるように、こちらのほうで氷づけになっているものはひとりもいない。
襲ってこようとしていた男たちはことごとく氷の彫像と化してるけど。
それはそれ。
「それはそうとして。…あ。何かさっきの店の男性まであそこで凍ってますよ?」
ウィルの言葉にそちらをみてみれば、
先ほど店で私たちに言い寄ろうとしていた男が路地の出口のあたりで凍り付いていたりする。
よけることができなかったらしい。
……普通よけれると思うけど。
ま、私達には関係ないし。
そのまま、すたすたと氷の彫像と化したその男の横をすり抜けて別の路地にと出てゆく私達。
と。
「…や、やるな。きさま……」
何かがちがちと震えるような声でこちらにむかっていってくる一つの声が。
そして、それと同時。
ぐにゅっ。
…あ、氷とかした男たち、ことごとく地面に飲み込まれていってる。
…ま、いっか。
みれば、路地の地面がドロの海と化して先ほど凍りづけになった男たちがことごとく、
そのドロの海の中に沈んでいっていたりする。
が、すでに私は次なる呪文を唱えて全員に浮遊(レビテーション)の術をかけているので問題はない。
そしてさらには、それをうけてリナンとレナンとルルちゃんとウィルがさらに術を上掛けし、
簡単な風の結界を纏っているような格好になっている私達。
「なさけないわね。あの程度の氷の糸にからめられたのか?
  おおかた、みたところ、その両肩のショルターガードに助けられたわけ?」
どうみても、あれって邪妖精ブロウデーモン合成獣キメラだし。
以前、兄ちゃんとルナに特訓と称されて、あれを作り出されて…思い出さないほうがいいわね。
うん。
どうやら、氷の彫像にされかかったが、肩のショルターガードに組み込んでいるそれのおかげで、
氷を溶かして術から逃れたらしい何やら言ってきた目の前の男。
「な。何とでもほざいているがいい。
  だが。デイミア様にたてつくものは、この魔道士カルアス様が片付けてくれるわ」
などとほざいてくるけど。
「…どうでもいいけど。震えながらいってますけど?あの人?」
ずばっと図星をついているウィルの言葉は何のその。
「どうやら。これが生きている。と偶然にもわかったようだが。
  いかにも。これはデイミア様がおつくりになった邪妖精ブロウデーモン合成獣キメラ()
  わがかわいい僕たち。ゆえに私は三つの呪文まで同時に操ることができるっ!」
がちがちと未だに震えながらも何やらいいはなってくる。
ええっとぉ。
…自分の実力でもないくせに、何をいばっているんだか。
こいつは……
「「「氷魔轟ヴァイスフリーズ」」」
コッキィィィン……
ため息とともに、私とレナンとリナンがいうと同時。
完全にその場にその姿勢のまま凍りつくその男。
たかが、邪妖精ブロウデーモン
それらがもっている魔力より上乗せしている術からは今度こそ逃れられないだろう。
ちなみに、この術。
氷系では最強呪文の位置にと一般的には知られており、使えるものもはっきりいってごくわずか。
というか使えるものはまずいない。
とすら言われている術の一つではある。
対する火の術に、烈火球バーストフレアがあるが、それはそれ。
「さってと。いきましょう」
そのまま、何事もなかったかのように全員を促しついでに凍らせた地面の上にと降り立ち、
「…ミもふたもなくないですか?というか!もっとこう!正義というものはっ!」
「はいはい。どうでもいいけど。とにかく。いそがないと。…完全に日が暮れるぞ?」
何やらいってくるウィルをひとまず制して、空を指差しているリナン。
すでに日も暮れかけており、このままだと真っ暗になることは間違いなし。
「…うっ。」
「……この人たちはどうするんですか?」
「ほっとけばいいんじゃない。」
いまだに、なぜか地面に半分うまったりして凍りついている男たちをそのままに。
私達はそのまま、タリムの屋敷にむかって進んでゆく。


くううっ!
ロアニア羊の包み蒸し焼きがおいしいっ!
「結構いけますね。後宮で食べるのとあまりかわりませんよ」
……ウィルがさらっと爆弾発言をしているようだけど。
んなの今の私には関係ない。
とにかく!
今だされている目の前の料理の面々を味わうのみっ!
香辛料のほどよくきいている肉と青野菜のソテー。
口当たりがよく、あえかな香のお湯割りはちみつ酒。
ムール小エビのフライがまた絶品!
油がひどくなく、それでいてかりっとしていてもちもち感も申し分なしっ!
想像通り。
いや、想像以上というべきか。
出された夕食は、かなり豪華なもの。
これが仕事の話抜きで、ロッドとタリムがこの場にいなければ申し分ないのだが。
紫のタリム。
と呼ばれている人物は、ぶっぷりと太った初老の男。
魔道士協会から紫の色の称号と、マントとローブを与えられているがゆえに、
紫の…何。
とかいう呼び方がつくのは、魔道士協会の中では一般的。
ちなみに、私は銀でレナンは青で何故かリナンはピンクだったりするけども。
何を勘違いしたのか、ゼフィーリアの魔道士協会のおえらいさんたちが、
リナンを女とおもったらしくて、ピンク!で押し通したらしい。
とまあ、関係ないことはいとして。
しっかし、目の前のこの男。
はっきりいってその紫のマントとローブが似合っていない。
というか、紫…という色にはこの人物…似合わないと思うけど。
というのが私の率直な意見。
ありとあらゆるご馳走が、所狭しと並べられているテーブルの、正面向かいに腰をかけ、
ひたすら食事を詰め込んでいる太っている初老の男が鮮やかな紫の服に身を包んでいるなどと。
はっきりいって目に悪い。
さきほどまでハマキをすぱすぱと吸っていたが、ウィルが問答無用で水の術を彼にとぶっかけ、
「食事中にハマキなどをすってはいけない!とおそわらなかったんですかっ!?
  テーブルマナーを一から覚えなおしてください!何なら私から領主にかけあいますっ!」
とか、何やら叫んだからに他ならないけど……
その台詞から、ウィルが領主と何らかのつながりを持っていると判断したのか、
大人しくなっている目の前のタリム。
……フルネームを名乗りそうになったウィルの口をあわてて私が抑えたのはいうまでもないが。
ともあれ。
そんなこともあって、もくもくと会話を楽しんでいる私達。

話の内容は噂にきいていたのとほとんど変わらなかった。
評議長失踪の後の二人の対立。
ただ、違うのは、抗争、とはいっても一方的に手をだしてきているのはデイミアのほうだ。
とタリムは言い張り。
そして、自分が傭兵などを雇っているのはあくまでも警護のため。
というのが彼の言い分。

「あくまで。あんたたちにはわしのボデー・ガードとしてやってもらいたい」
やや舌ったらずに、外見に似合っていない甲高い声でタリムがいってくる。
ボディー・ガードときちんと発音すらもできないらしい。
「あやつはたびたび、わしに暗殺者などを送りつけてきよるが。
 だからといって儂まで同じまねをするつもりはないんじゃよ。」
さて。
どうだか……
「まあ。あやつは儂が評議長になった後で適当に処分して……と。
  この言い方は誤解を招くの。つまり権力を取り上げてやればよかろうて」
そういうタリムの言葉に、
「しかし。そのデイミアという人が評議長になったらどうするんですの?」
ルルちゃんがうつむき加減に問いかけていたりする。
「ああ。そいつは絶対にありえん。次の評議長は儂じゃよ。
  というのはな。確かにあやつの権力は強力じゃ。おそらくはこの儂を二回りは上回っとるじゃろう。
  貴族の家の一人っ子。というんじゃから、かなりのコネもあるじゃろうしな。
  じゃが、あやつはの……ちいとおかしいんじゃよ。ここが。な」
途中で言葉をきって、軽く自分の頭をたたきながら声を低くしていってくる。
ちらりとみれば、ララちゃんはといえばせっせとピーマンの選別作業を行っている。
…どうやら苦手のようらしい。
リナンとレナンは食事争奪戦やってるし。
そしてまた、タリムの横では常にロッドが殺気を振りまきつつたたずんでいたりする。
どうでもいいけど、逐一殺気振りまいてて…こいつ、疲れないんだろ~か?
「…は、はぁ……」
そこまできっぱりと言い切るって…どんな人なんだろう?
そのデイミアって人……
「本来、何かの探求というのが魔道士としての本分のはずなのじゃが。
  あやつはそれを遊びか何かのように考えておる。『不死の研究』などと称して、
  人造人間ホムンクルスだの合成獣キメラをつくって、一人で悦に入っているようなやつじゃ。
  趣味で命を持てアゾフとは…魔道士の風上にもおけぬやつじゃよ。まったくもって……」
合成獣キメラという単語でルルちゃんがピクリと反応しているようだけど。
まあ、たしかに。
命をもてあそぶ…というのはいただけないけど。
しかし、たしかに。
そういった話を聞く限り、好き好んで付き合いたいと思うような相手ではないらしい。
「評議会の選出委員の連中も、そのことはよっく知っておる。
  あれを評議長に据えるようなことだけは、いくら何でもやるまいて。」
「不死の研究はたしか、表立っては禁止されているはずでは?得に不死の探求については。
  かつてのレテディウス公国に例を見るとおり、国を疲弊する最もな原因になるので」
ウィルがそんなタリムとあたしの会話にわって入ってくる。
まあ、そのあたりはウィルのほうが国に携わるものとして詳しいだろう。
何はともあれ、私が気になるのはもうひとつ。
「それで?失踪したハルシフォム評議長という人はどんな研究をしていたんですか?」
びくぅっ。
リナンの問いかけにあからさまに体を震わせ硬直しているタリム。
そして、くちごもりつつ、
「……あ、評議長…は…その・・・そう。命……そうそう、命に関する研究をしておったようじゃが……」
命に関する研究。
しかも、このくちごもりよう…まさか……どうやら確認してみなければいけないとみた。
「しかし。そう評議会の内幕を暴露してもいいんですの?
  まだ私達はこの一件、引き受けるとも何ともいってないとおもうのですが……」
先刻の問いかけに続いて、ルルちゃんもまた同じことをおもったのか、タリムに対して問いかける。
表情からしておそらく、私と同じ可能性を思いついたらしいけど。
今ここでそれは確認することではないし。
そんなルルちゃんの問いかけに、
「もちろん。あんたたちが嫌だ。というのならこの話はなかったことにするがの」
「「「「「……へ?」」」」」
さらっといったタリムの言葉に、私とルルちゃんとウィルとレナンとリナンの声が同時に重なる。
ララちゃんは…まだピーマンの選別作業にいそしんでるようだ……
「嫌がるものを無理やり、アメと鞭で使っても、いい仕事なんぞはきたいできんからの。
  結局は本人たちの意思。ということじゃな」
などといってくるし。
う~む。
正直いって私としてはもっと話しがこじれるとおもっていたのだが……
それはどうやら、レナンとリナンとルルちゃんにしても同じらしい。
ウィルもあっさりというタリムの台詞に目を丸くしているし。
「ともあれ。儂ももういい年じゃが、まだ死にたくはない。
  腕のたつ護衛を探している。ということは事実じゃ。色よい返事を期待しておるぞ」
いってタリムはテーブルの燭台ごしに、私たちにむかって不器用なウィンクを送ってくる。
ウプッ。
それをまともに直視したのか、ルルちゃんが口元を押さえてるし……
いやあの……タリム…さんというけど、気持ちわるいからそれはやめて……

ともあれ、私達はそんな会話をしつつも。
しばしタリム屋敷にて夕食をご馳走になってゆく。


                              -続く?-