「……どうなっている?」
いや、わかりたくないが判ってしまう。
世界の悲鳴とともに聞こえた声。
マーテルの消滅とともに、
新たなる種子を発動させたその刹那。
それはその惑星からの声。今の世界はこのままでもいいから、彼女をたすけて、と。
伊達に数億年くらい力を蓄えていたわけではなく、
すでに新たなる自らの種子たる実りは創りだしていた。
マーテルにいわれ、地上に干渉しなくなり、
…精霊の盟約として頼まれればイヤとはいえない。
どちらにしても自分が干渉しない、ということは自らの首をしめるようなものだ。
そういっても彼女はききいれなかった。
人を信じているから、と。
招かれた結果が、彼女の消滅。
本当にヒトは愚かでしかない、とおもう。
人の精神融合体たる彼女もまたヒトの概念から外れきれなかった、ということか。
直後に感じた時空震。
まばゆき光とともに目覚めれば、みおぼえのある間。
すばやくざっと世界に目を通す。
マナが希薄であり、さらには大樹の存在が地表に感じられない。
かつて創りだしていたはずの世界、天界や冥界、といったものすらも感じられない。
ついでに創りだしていたいくつかの精霊の気配も感じられない。
扉の理もまた、かつてのもの。
「…世界が、二つにわけられている?…過去…か」
しかし、過去とはいえいつの時代なのか。
「……外にでて情報収集、でもするしかない、か」
もしも、ここが過去ならば…否、確実に過去。
できれば知りたいことがある。
…どうして自らを裏切ったのか、その理由を、ミトス達当事者から。
『世界』というのは一つではない。
時間というものが存在する以上、それに付随する世界は無数にある。
そう、大樹が枝をひろげ、そこにいくつもの葉をつけるかのごとくに。
それを知っているのはごく一部の精霊と、あとはいるかいないかも分からない神くらいなもの。
逆をいえば、彼自身があるいみ、神、といえるであろう。
世界をあまたにつくりだしてはその種子をもってして世界をひろげてゆく。
ゆえにこそ、彼はそういった世界が無数にあることをしっている。
干渉しようとおもえばすることができるほどの力をも抱擁している。
ただ、普通の精霊などは無数に存在する『世界』の全てを把握はできないし、
ほんの一部でさえ垣間見ることも不可能に近い。
そういう『世界』があると知っているだけ。
最も、彼の気分によっては世界によっては精霊達のみに限り
記憶を共有、という方法の理も引いているが。
が、普通の人間はまず気づかないし、仮に思いついたとしてもそれは結局妄想の域を出ない。
そしてまた、その数多たる世界を垣間見て、移動できるのもまた彼ゆえの特性。
すでに元いた時間軸の世界(惑星)はすでにない。
その世界そのものをどうやらあのとき、自らに託しているらしく、
内部にその存在を感じ取ることができる。
どうやらたかが数億年、という時間であったにもかかわらず、
あの惑星の意思そのものは、彼女達に感じて何か思うところがあったらしい。
そして今、ここに自分がいる、ということは
新たなる過去の分岐点ができた、ということ。
ならば、新しい世界をまた産みだしてゆくのもわるくない。
そう、悪くない。
あのままあの世界をとりこみ新たな世界を構築し、記憶のない彼らを蘇らせるより、
またかつての…自分のようなものを仲間、といってくれた存在達にあえるのも。
彼らは自分のことをしらないが、それでもいい、とおもう。
あのような存在達はあれ以後、二度と…否、一度だけあったか。
マーテルの真意をヒトに忠告した。
彼女の言動に惑わされるな、と。
その真意に従い、彼らは行動をしたが、便利さに慣れた人は彼らの忠告すら無視していった。
生活にねづく多少のものならばまだいい、許容範囲たるもの。
あのとき、マーテルとの盟約がなければとっくにかの地を滅ぼし
あのようなことにはならなかったはずである。
かのラグナログのときに関しても然り。
「…久しぶりに、移動形体をとり世界を視てみることでもするか」
とてもなつかしい。
かつてはよく、外の様子をみるためにこの形体…分霊体をつくっては様子を視ていた。
扉の封印は問題ない。
今の自分は世界を取り込んだことによりかなり力がみちている。
ゆえに厳重に封印をほどこし、
かの地に自分とそしてセンチュリオン達以外が決してはいれないようにした。
眠りにつくまえに世界の保護をあたえていたものを排除する、という仕掛けはそのままに。
ミトスが裏切ったことはしっている。
また、かつてのようにリヒターのようなものが力を求めて扉を開いたりできないように、との処置。
…まあ、あれは感情にまかせ人を殺した自分に非があるとしても、である。
アクアもコアの破壊、といっていたが、あれはまあいつものこと。
その世界に絶望したときなどには破壊とともに再生することをしっているがゆえの台詞。
よもやあのとき、リヒターとて自分を破壊すれば世界そのものが破壊される、とは夢にもおもわなかったであろうが。
ふわり、意識をむけるとどうじ、体が光りにつつまれる。
次の瞬間、そこには一匹の紅き蝶が出現する。
その蝶は、ふわり、その場からとびたち、上空へ。
そのままそこに現れた黒き渦の中へと蝶は吸い込まれてゆく。
蝶がとびたったあとには、紅と緑のいりまじった光りの残滓がのこり、
きらきらと大地にと降りそそぐ。
もしもここでみているものがいればきづいたであろう。
光りの残滓が降り注いだそこから、信じられないことに
あらたなる草木が芽吹いている、という事実に。
他の世界の時間軸において、過去に飛び、未来をかえようとしたものもいる。
今の自分とは事情が…異なる、消滅覚悟の時空移動。
自らの存在意義すらかきかえて、世界を…惑星をまもった別の自分。
もっとも、あの時間軸は過去、現在、未来とごっちゃになってしまっていた時空のようであるが。
そのために分岐点より前に彼は移動できたらしい。
まあ、時空や次元が違えど同じ存在。
意識も感覚もその気になれば共有することは可能。
ただ、無数にというか無限にあるので面倒きわまりないがゆえにそれをしていない、ただそれだけのこと。
消滅と同時、その場の自らにマナが吸収され、かの時代の自分に記憶と知識が受け継がれたようであるが。
彼が移動したのは、世界再生の真っただ中。
ちょうど、今の自分と同じようなもの。
それが世界の願いで移動したのか、自らの願いで移動したのか、ただそれだけのあるいみ違い。
そもそも、過去に干渉する、ということはあらたな時間軸…すなわち、大樹でいうならば、
あらたな小枝を生み出し、そこからいくつもの葉…世界を構築するようなもの、なのだから。
主たる存在の目覚めの波動をうけ、
同じく眠りについていた配下たる存在達もまた目覚めの予兆をむかえる。
固く閉じられていた種はめぶき、蕾となる。
蕾の影響は、世界への影響。
孵化手前まで目覚めたそれらが及ぼす世界への影響は果てしなく、強い。
「・・・ゆき?」
「…?」
ひらひらと、まちおちてくるは、砂漠ではありえない、白きもの。
そしてまた。
ある場所では常にふりつづいていた雪が、いきなりぱたっとやんだ。
ある場所ではいきなり昼間でもないのにゆっくりと闇がおしよせてくる。
ざっと視たかぎり、今のこの地においての地理からいけば、
ここ闇の神殿から近いのは地の神殿。
「しかし、ラタトスク様?」
「何だ?」
「…ものすごく違和感を感じます」
「…気にするな」
人の姿を模していたことにも驚いたが。
よくもまあ、あれだけ嫌っていたヒトの姿になろう、とおもったものだ、とおもう。
まあ嫌っていても興味があったのは十分に承知はしていたが。
そもそもここにきてからのち、人の姿を模す、などしたことすらなかったのに。
…自分達が生みだした世界にてディセンダー、として存在していたとき以外は。
まあ金の髪、これはわかる。
精霊たる姿のときも基本金色はまとっていたのだから。
服装も、まあわかる。
ディセンダーとして他の世界を創っていたときによく好んでつかっていた服だということも。
だが、今の姿は永いつきあいであるセンチュリオン達ですらみたことがないヒトのもの。
大概はその時折にあわせ、その時代の特徴の平均値をもってして彼は実体化をしていた、というのに。
どうみても今の姿はその平均値?ではないような気がしてしまうのはこれいかに。
まあ、緑の瞳…翡翠色の瞳はかわりばえはしていないようではあるが。
基本、ディセンダーとして存在していたときも、翡翠色の瞳をしていた。
そして精霊としての力を発揮するときは紅。
このあたりはどうやらかわりばえはしていないらしい。
ついでに髪がかなり長いが、ご丁寧にみつあみにしているのはいかばかりか、ともおもうが。
それは口にはださない、怖いから。
「まあ、シャドウにもいわれたからな」
シャドウなどは本気でわからなかったらしく、分霊体をつれれてきたそれから、
王の波動を感じ取った、ときき絶句したほどである。
しかもどこからどうみてもヒト、である。
気配のそれまで人に擬態しているのが逆の意味で感心してしまう。
テネブラエとて彼に目覚めさせられなければ絶対に気づかなかっただろう、と確信をもっていえる。
それほどまでにうまく気配も完全に人のそれにごまかしている。
もっともその本質というか性質は精霊のそれとかわりなくしているっぽいが。
つまり、食事などをとる必要性はなかったりする。
それでも、わざわざ血などもあえて赤くしているのはまあどこか凝り症の主らしいといえば主らしい。
「しかし、私を真っ先に起こしにきてくださるとは。以外でした」
「…起こしにこなくてもお前はいつも真っ先に起きてきていたからな」
それは事実。
いつも彼がめざめる、もしくは何かあると真っ先にすぐさまにテネブラエは主のもとへといっていた。
波動を感じたのはつい先日。
それでも永い眠りにおいてすぐにさまに実体化するほどの力がなくもどかしい思いをしていたのもまた事実。
…その前に主が神殿にやってきたのだが。
「それに、俺の使う境界の扉より、お前の闇移動のほうがマナの消費がすくなくてすむ」
「……納得です」
どこか主らしいその説明。
それでもたよりにされている、ということはとてつもなく誇らしい。
口ではそっけないことをいいつつも、自分達を大切にしてくれているのはよくわかっている。
しかし、きにかかるのは…
「…ラタトスク様?」
「だから、何だ?」
「…眠りにつかれたときより力がみちたりてませんか?」
ゆらゆらと無意識ながら尻尾をふりつつ、横につきしたがう。
おそらく彼…つき従う僕たるセンチュリオン・テネブラエは気づいていないだろうが、
おもいっきりテネブラエ自身の顔がゆるんでいるということを。
永きつきあいであるからこそ、ラタトスクはわかる。
そしてそれを指摘すれば真赤になって訂正する、ということも。
だからいわない。
そのほうが面白いから。
「永き時がたったからだろ。きにするな」
「は…はぁ……」
かの地のどこかにおいて何かがあったのかもしれない。
世界の力は文字通り、ラタトスクの力にも繋がっている。
眠りについていた自分達には知らない何かが、魔界などにおいてもあったのかもしれない。
まあ、主の力が満ちているのはよろこばしいこと。
ゆえに考えることを放棄する。
「明日には月とネオ・デリス・カーラーンが重なり、マナが世界に満ちる。
その力をつかい、もう一つの分けられし世界へと移動する。その前にソルムとグラキエスをおこすぞ」
「…トニトルスは?」
「あいつには連絡役としてしばしここにいてもらう。何かとそのほうが都合もいいしな」
そもそも常に帯電している彼を盗み出すことなどできはしない。
触れた直後にまちがいなく普通の存在ならばくろこげどころか消滅まちがいなし、なのである。
「孵化前の状態でも、繋がりはもてるが。移動も楽になる」
「それと。お前も移動以外のときでは、常に全ての魔物と縁を新たに結び直せ。
おそらく縁がとぎれているだろう。それは他の奴らにも命ずる。そしてマナを紡げ」
「俺も俺のほうで契約はする」
それでも目覚めの波動をうけ、魔物達が確実に活性化しているのはわかっている。
どんなに離れていても、センチュリオンという存在は常にラタトスクとともにあるように産みだされている存在。
ゆえに世界が離れていようが距離や時空が離れていようが実は移動が可能であったりする。
それを知っているのは当事者たちのみ。
ノーム…否、ソルムの神殿にて。
テネブラエを迎えにいき、それからそれぞれのセンチュリオンを目指せさせるべく祭壇へ。
やはりというか、以前のように創り変えが多少されているものの、
こちらはかつてとあまり変わり映えはしていないらしい。
基本、大地を軸にしたがゆえ、というところか。
だがしかし。
「うわ~~い!ラタトスク様なの!?ほんとうに!?」
驚愕の声がおもいっきりもれているのはこれいかに。
「…あいかわらずだな。ノーム」
ぴょんぴょんととび跳ねている姿はかつてのまま。
「テネブラエ様がいなければ普通に契約しにきたひとか迷いこんできた人かとおもったよ~」
「気配も完全に隠しているからな」
「というより、今のラタトスク様の今の気配は確実に人以外にはありえないとおもいます」
おもわず突っ込みをいれるテネブラエはあるいみ正しい。
彼の手により直接目覚めさせられば間違いなく気づかなかった自覚がある。
それはもうひしひしと。
「ソルムを迎えにきた」
「本当ですか!?よかったぁ。何しろソルム様の目覚めの波動をうけて、
なんかこのあたりの地属性の魔物達が狂い始めちゃってたから。僕ではどうにもできないし~」
そこまでいいつつ、ちょこん、と首?をかしげ。
「それで、ラタトスク様?どうなさるの?たぶん確実に、絶対に。
ラタトスク様があたえた実りはもう力をうしなってるとおもうんだけど。僕」
「それには考えがある。とりあえずお前たちはしばらく、ミトスに悟られるようなことをするな」
「は~い」
異界の扉をひらき、そのまま別の祭壇へ。
たどり着いたはグラキエスの祭壇。
「ご無事にお目覚めになられたようで何よりですわ。しかし、その、王?眠られる以前より力が満ちていませんか?」
自分達にもわかる力の充実。
それは大樹が全盛期であったときのような、力強さがそこにある。
そしてまた、繋がりがある自分達にも力が満ち溢れてくるのがありありとわかる。
王が目ざめたその直後、から。
「何か問題でもあるか?」
「いえ。ありません。ここへの来訪はグラキエス様ですか?」
「そうだ」
「助かります…グラキエス様の波動で、このあたりの氷という氷は溶け始めておりましたので…
すでにこの大地における私の影響すらグラキエス様の力の余波で及ばなくなっておりましたし」
この地は、常に彼女、セルシウスの氷の波動にて冷たくなっていたのにもかかわらず、
グラキエスの波動をうけ、そのマナの流れが逆転し、逆に熱いものへとかわりゆいてしまっている。
これが目覚める直前の彼ら、センチュリオンのあるいみ厄介たるところ。
力が強大ゆえに、それをきちんと意識して調整していないがゆえに、逆転作用がおこってしまう。
滅多とコアにもどるような…しかも、孵化前までなるようなことはないので、あまり知られてはいないが。
見た目には一つしかない月、実際には二つある月がかさなり、マナが満ちる。
その力において歪められた空間の扉がひらく。
それを利用して移動する。
移動したさきはみおぼえのある景色。
…パルマコスタ、か。
この姿においての始まりの地。
かすむ記憶の中にあり、常に保ち続けていた地。
「ここは?ラタトスク様?」
「おそらくシルヴァラントとよばれし世界の一つだろう。まずはそこに街があるみたいだから、いくぞ」
「は」
「お前は目立つ。念のために姿はけしておけ」
「御意」
他のセンチュリオン達はいまだに魔物との契約に追われているらしい。
それでも、彼のみがここにのこっているのは目覚めたセンチュリオン達が、
交代にて彼の傍にいる、ということに決めたかららしい。
何でもおひとりで旅にださせるわけにはいきせん!とはセンチュリオン達談。
命令をうけ、姿をけす。
そこにいるがただ、目にみえなくしただけ。
マナの流れをみることができるもの、
もしくは気配をみることができるものならばわかるといどの擬態。
風が大地を駆け抜け、どこまでも続く若草色の絨毯が揺れる。
大草原のど真ん中に、エミルとテネブラエはいたりする。
今は夜。
ゆえに周囲に人影はない。
遠くには山脈が聳え、裾野まで緑色の草原が続いている。
ところどころ濃い緑色が見えるのは森。
反対側を見れば、視線の先に海岸線が見える。
もっとも、視力なども人と異なる彼にとってはどんなに離れていても視ることは可能なれど。
海岸線に沿って目を動かせば、小さく町のようなものも見える。
かつて見たことのある光景。
パルマコスタに間違いはない。
この辺りは何度も…かつて、記憶を失っていたときに歩いたためよく覚えている。
アスカードからハコネシア峠を通りパルマコスタに向かったときに通った道。
逆にリヒターを追ってハコネシア峠に向かったときもこの辺りを通った。
遥かなる過去のことのはずなのにありありと思いだされる・・・かつての記憶。
だが、今この世界のセンチュリオン達にはその記憶はない。
あえてその気になれば内部にある彼らの波動を同化させることは可能なれど、それはしていない。
ゆえにセンチュリオン達の前でそれはいえない。
絶対に。
「…マナがあちらにくらべて薄いですね」
「契約の上では、一年ごとにマナの循環を、ということだったはずだがな。
どうやらその契約すらたがえているらしいしな」
すでに内容は精霊達からきかされている。
今現在、八百年にわたり、マナが偏っている、と。
あのときの契約はそうであった、はずなのに。
なのにミトスは裏切った。
まあ、次なる彗星が接近するまで、というので種子には千年ばかり地表をある程度保てるほどの、
自然界が存続できるほどの力しか満たしていなかったのだが。
「…しかし、私にはまだ信じられません。あのミトスが、裏切り・・・ですか?」
精霊達から話しをきかされなければテネブラエとて信じたくなかったであろう。
あれほどまっすぐであったあの少年が、裏切りをおこしていた、などとは。
「人はかわる。それはお前もよくわかっているだろう。テネブラエ」
「……はい」
それでも、あのまっすぐさがここちよかった。
絶望に近い中でもあきらめない、その心が。
自分達から自分達の魂をわけてでも封印を、と願いだしたときですら感心したものである。
これ以上、人がおこしたことでラタトスク様の手をわずらわすわけにはいかないから、と。
そして、選択をし、彼らはその封印を見届け、確実に葬るために、とある生命体への変化を望んだ。
全ては世界を護るために。
始めは懸念していたラタトスクだが、彼らの心に負けたのもまた事実。
そもそもあの当時、彼はそばにはいたが傍にはおらず。
つまりは目たる蝶だけで彼らの様子をみていたにすぎない。
時折センチュリオン達に連絡をつけさせていただけのこと。
悪い予感は当たるものだと誰かが言っていた気がする。
もしくは自分がそうおもったからおこったのか。
それはどちらともいえないが。
だがしかし、
「お客様。絶対に外にはでないでくださいませ!」
切羽つまったような宿の従業員の台詞。
外が騒がしい。
とりあえず、夜でもあったことから街にとはいり、宿をとった。
ちなみにお金はこっそりとマナをもちい、ちょっとした宝石をつくりだし、
それをまだあいていた店で換金し、それなりの金額はすでに手にいれてある。
そもそも力がみちている以上、何かを創りだすことなど、彼、ラタトスクにとってはたやすいこと。
「…マナが異様にみだれているな。それと負の力があふれている」
街全体に恐怖と絶望といった負の力が満ち溢れている。
負は負を生み出す連鎖となる。
そのままそっとその負をとりこみ、自らのうちにてマナへと浄化する。
「どうなさいますか?」
「まずは元凶をたしかめる」
そのまま、部屋からでないように、と宿の従業員からいわれていたはずの部屋をあとにする。
ざわざわと街全体がさわがしい。
どうやら騒ぎの元凶は広間らしき場所にあるようである。
パルマコスタの中央に位置する大きな広場には、今多くの人間が集まっているらしい。
みれば、広場の中央にいは木製の巨大な絞首台。
青ざめた顔の女性が首に縄をかけられ、今にも殺されようとしている。
人々は絞首台を囲むように自然と円状に集まり、遠巻きにするばかりでその処刑をみつめている。
人々の表情ははてしなく暗い、絶望や嫌悪といった感情がこの場に渦巻いているのがよくわかる。
なのに、である。
女性を助けようとする者は誰もいない。
そんな人々にたいし、思わずため息がもれてしまう。
まったく、人というものは。
誰も好き好んで自分が絞首台に上がろうとするわけがない。
女性を助けようとすれば、次は自分が殺されるのは目に見えて明らかだから。
誰も自分の命が一番可愛い。
人間――普通の人間ならそれが当たり前。
そう分かっていても周囲の人間にまで苛立ちを感じてしまう。
そうでない人間もいるにはいるが、誰かが行動しないかぎり、動こうとしないのもまた事実。
また、動いたとしてもその人物を非難し、否定し、あげくは排除しようとする。
そんな人間達。
これだから人間は――
どうやら横にいるテネブラエも同じ考えらしくおもいっきり顔をしかめているのがみてとれる。
絞首台の前には武装した二人のハーフエルフ。
見張りなのか、それともこの現状を楽しんでいるのか笑みを浮かべているのもきにくわない。
問答無用で殴りたくなる衝動を抑え、頭をかるく横に振り考えを打ち消す。
まずは理由をしるべき。
まああの女性に非があるようにはみえないので、殺されそうになれば確実にたすけるが。
広場に集まるパルマコスタの住人達、そして絞首台の女性の前を威圧的に歩くハーフエルフ。
今から人が一人殺されるというのに、何が楽しいのか。
人を処刑するのが楽しいだなんて、とつくづくおもう。
いや、だが彼らにとっては人間の命など虫けらと同等なのだ。
彼ら――ディザイアンにとっては。
ディザイアン。
『衰退世界シルヴァラント』を荒らす、主にハーフエルフで構成された集団。
かつて、リフィルからそのようなことをきいたようなきがする。
詳しくは教えてもらった記憶はないが。
しかし、簡単なことは教えてもらっていた。
まだ記憶がよみがえらず、自分の心も不安定であったあのときに。
話でしかその存在を聞いておらずその姿を見たのはこれが初めて。
が、やはり認められないものは認められない。
「いつの時代も、人、というものは……」
おもわずエミルがつぶやくその様は間違ってはいない。
いつの時代も、ヒトは処刑などといった残虐きわまりないことをみせものにしてきた史実がある。
ひどいときには、わざとそのような遊びをしでかしたりしていた場所もあった。
…そのつど、あまりにひどいようならしっかりと自然災害、という形で報いをあたえてきてはいたが。
「どけ! マグニス様がお出ましだ!」
ディザイアンの一人が武器を振り上げ、近くにいた人間を追い払う。
怯える人間の姿に、ディザイアン達が嘲笑を上げている。
それもさらにきにくわない。
「東の牧場のマグニスだ…」
エミルのすぐ近くにいた男性が怯えた声で呟く。
本当に小さな声だったのに、ディザイアンは耳ざとく聞きつけたらしい。
先ほど姿を現した大柄な赤毛のハーフエルフが虫けらを見るような目で近づいてきた。
というか、虫にも小さな命はある、というのに。
どちらかといえば人間達よりも虫達のほうが世界にとっては重要に近い。
…人は、破壊するばかりで何かを循環させよう、という気がさらさらない。
が、虫達…自然界にいる存在達は別。
そのように自らが理をひき、彼らはその理のもと本能にのっとって役目を果たしている、のだから。
「…きさま、何をする?」
彼が何をしようとしたのかたやすくわかる。
近づいてきた男から、すぐさま横にいた男をかっさらい、すとん、と背後にと着地する。
「それはこっちの台詞です。あなたは誰なんですか?今何をしようとしましたか?」
一応懇切丁寧な口調できっと目の前の男にとといかける。
「きまってる。その無礼な口をきいた男を殺そうとしただけだろ?何だ?おまえは?みたことない顔だな?」
「僕はまだこの街に夕べついたばかりだからわかりませんが。だけど意味もなく殺すのは間違っていませんか?」
それは真実。
だが、そんなエミルの台詞に、からからと笑いをあげ…
ちなみに、このエミルという名。
人の姿をし、旅をしている以上、名が必要だからそうよべ、そういわれ、
センチュリオン達は素直にそれに従っているに過ぎない。
ナゼニエミル?ともおもうが。
まあこれまで…数多と経験した世界においてもいくつもの名をつかっていた主だからこそ
まっくもって疑問にすらおもってもいない。
「ち。この俺様をしらない。とはな。旅のものか。よくおぼえておけ。俺様はマグニス様、だ」
おそらく確実に、彼はこの背後にいる青年の首をおろうとした。
その思考がありありと読み取れた。
だからこそ、かばった。
ただそれだけのこと。
しかし、それ以上にいらいらしてしまう。
自らの保身のことしかかんがえていない、街の人間達に。
誰でも我が身はかわいい。
かわいいが、大勢で決起すれば可能性はつかめる、というのに諦めてしまっている人のその思考に。
これ以上犠牲者を出すべきではない。
そもそも目の前の男にはいくつもの怨嗟の気がまとわりついている。
自分だからこそ平気だが、普通の精霊ならばまちがいなく近づくことすらできないほどの、負の気。
と。
どこからともなく小さな石がなげつけられる。
しかも目の前のマグニス、と名乗った男にむかって。
みればどうやら小さな子供が石をなげつけたらしい。
子供ゆえに思ったまま、心のままに行動した、らしい。
本当に子供のころはまだ救いがある、というのに、どこから人は救いがなくなってしまうのだろう。
とつくづくおもってしまう。
「この、薄汚い豚がぁ!!」
マグニスが、石を投げたらしい少年に殴りかかろうとしている。
迷わず駆け出すと同時、おもいっきりけりつける。
「やめろ!!」
エミルが少年の前に躍り出てマグニスを蹴り飛ばすのと、聞き覚えのある声が聞こえたのはまったく動じ。
数瞬遅れてマグニスの背中に衝撃波が当たる。
見たことのある技。
自分も使えるが、微妙にというか型が違う――
「駄目よロイド! ここをイセリアの二の舞にしたいの!?」
(ロイド…それに、リフィル!?)
それは遥かなる過去、ともに旅をしたことのある人間達。
もっとも、彼らは自分のことをしらない。
知っているのはこの世界では自分だけ。
が、ロイドは結局、ラグナログのときに人の手にかかり死亡した。
リフィルは世界にハーフエルフとの共存を唱えていた最中、
それを快く思わないものに…そうおもえば何ともいえなくなってくる。
もっとも、それは間一髪でゼロスが救いだしていたが。
マルタとてヴァンガードの総帥の娘だ、という理由にて、
世界を変えていこうとし、軌道にのっていた最中、愚かなるヒトが暗殺を企てていた。
それを察知し、魔物に命じ、すくわせたが、それがよくなかったらしい。
魔物と通じているとかわけのわからない理由で、人々の恐怖がむかってしまっていってしまった。
それは過去の記憶。
遥かなる過去にて一緒に旅をしたことのある…仲間、と自分のことをいってくれた、ヒト達。
扉を閉じていこうも、自分をきにかけては、よく訪ねてきてくれていた。
尋ねてこなくなり、ああ寿命がきたのだ、と悟ったが。
それでも、最後には訪ねてきてくれた。
彼ら曰く、あなただけをのこしていく私たちを許して、ね。
もう二度と目にすることは叶わないと思っていた仲間達。
生まれ変わったとしてもそれは彼らではあるが彼らではない。
それはエミル自身がよくわかっている。
それが今、…その当事者達がエミルの目の前にいる。
「何言ってんだ! ここはディザイアンと不可侵契約を結んでいる訳じゃねぇだろ!
目の前の人間も救えなくて、世界再生なんてやれるかよ!」
なつかしき台詞。
ああ、そうか。
リフィルが昔いっていたあの台詞は。
こういうことだったのか。
すとん、と納得してしまう。
まああのロイドならいうよな、うん。
というのが自分なりの納得。
「…テネブラエ。影の中にひそめ。…クラトスがいる。天使化した彼にはお前の姿がみえかねない」
「わかりました」
さすがにその背後にいる彼にきづいたのか、テネブラエが大人しく従ってくる。
かつてリフィルがエミルに語ったこと。
――あなたは気を悪くするでしょうけれど……ロイドも同じようなことを言っていたわ。
目の前の人間も救えなくて、世界再生なんてやれるかよ、って。
本当に・・・・なつかしい。
たとえ彼らが自分のことを知らなくても。
と。
「危ない!!」
目の前でロイドの声が聞こえる。
思わず顔を上げると、目の前でディザイアンが一人崩れ落ちているのがみてとれる。
どうやら敵の目の前で考えに耽ってしまっていたらしい。
「大丈夫か?」
「あ…うん…」
「ぼーっとするなよ。危ないぜ」
記憶よりもいくらか低い視点からロイドが話しかけてくる。
無防備だった自分をディザイアンが攻撃しようとして、ロイドが助けてくれたのだとようやくきづく。
どうやら思い出に浸っていてしまっていたらしい。
もっとも、それでももし、彼が完全に攻撃をしかけていたとすれば、ラタトスクの防衛本能がはたらき、
その攻撃はもののみごとに反射されてしまっていたであろう。
今のラタトスクは完全に力を取り戻している状態、なのだから。
「あ、あの…」
(お気をつけください。ラタトスク様!)
影の中からあせったような、それでいてあきれたようなテネブラエの声。
まあ、無詠唱で攻撃を跳ね返せば絶対にヒトでないことはまるわかりになるかもしれない。
それゆえのテネブラエの懸念と心配。
「くそっ、どいつもこいつも、俺様をバカにしやがって。お前達! この連中の始末は任せたぞ!」
礼を言おうとするが、マグニスに遮られる。
マグニスと名乗った人物は数歩下がると光に包まれて消えてゆく。
なぜか退却したらしい。
どうでもいいことにマナを消費する魔科学の転移装置を利用するな、といいたい。
切実に。
「よくもマグニス様を! さっさとくたばるがいい!」
残されたディザイアン達とおもわしき人間が各々武器を手に取り襲い掛かってくる。
「お前、戦えるよな?」
いきなり話しかけられとまどってしまう。
エミルの…彼の記憶にある中では、ロイドはつねに寡黙で自分達にすら無言で斬りかかってきていた。
もっとも、それはロイドの仲間達いわく、無理をしてキャラをつくっていた、ということらしいが。
「え? あ、うん」
というか初対面の人に戦えるとかきくか、と普通はおもうが。
しかし、この鬱憤というか何ともいえない気持ちを昇華するのにはちょうどいいかもしれない。
動けばすこしは気がまぎれる。
「よし、行くぞ!」
みれば、すでにロイドはいうなり駆けだして、近くにいるディザイアンとおもわれしものにきりかかっている。
背後から火の魔術がとんできてロイドを援護している模様。
…ちょっぴしその魔術をみて直撃する瞬間、感傷し威力を増幅…つまり、暴走状態にさせたのはほんの気まぐれ。
直前ならば気づかれないだろう、という思惑のもと。
何やらテネブラエが呆れたのかため息をついているのが感じ取られるが。
なんかなつかしいな。
ふと、過去のことを思い出す。
あのときは、エミルの人格は記憶を失ったがゆえに生み出された、とおもいこんでいた。
が、真実はそうではなかった。
あれは、かつて自分がディセンダーとして表にでていたときに人としてふるまっていた性格そのもの。
かの世界においては使用することがなかった、もうひとつの自分の側面に過ぎない。
この連携もなつかしいな。
そうおもい、おもわずくすり、と笑いつつも、剣をぬきなち、戦いの中へとおむもいてゆく。
これ以上、犠牲者をださせないために。
もっとも、そこには多少のうっ憤を晴らす、という気持ちがなきにあらずにしろ。
戦いは呆気なく終わりをつげる。
そもそも下級ディザイアン兵などエミルの敵ではないし、
ロイドたちもそう苦戦することなく全てのディザイアンを倒した模様。
まあ、エミルの記憶にあるよりロイドの腕がかなりお粗末なのはともかくとして。
みれば、ロイドとともにいるコレット…
どうでもいいが、クラトスすらもそこにいる。
おもわず顔をしかめてしまう。
そういえば、ロイドの実の父親だとユアンがいっていたが。
彼はラグナログのあと、彗星とともに、ラグナログのときにたまった力にて託した種子をとある世界にと芽吹かせた。
そしてそれからそこに仲間達とおりたっている、はずだが。
かの世界の名は、たしか……
そんなことを思っている最中、ふと視界にはいる彼らの姿がみてとれる。
人々に囲まれ感謝の言葉を投げかけられているコレット。
しかし、気になるのは、コレットのマナが歪んでいる、ということ。
相変わらず、というか一人一人にきちんと対応しているコレットは何というべきか。
もっとも、この場で名は決して呼ぶことはしないが。
少なくともセンチュリオン達ですら彼ら…
クラトス以外を知らないのに、自分が彼らをしっている、となれば矛盾が生じる。
もっとも、干渉して知ることは可能、なれど。
ふと、思う。
今の自分の行動は正しかったのかどうか、ということを。
たしかに過去はかえるつもり。
が、彼ら…すなわち、ロイド達とあうつもりなどはまったくなかったといってよい。
本来、時間移動には危険がともなう。
過去から未来へ、なら何の問題はないが、未来から過去、はあらたな分岐点を創りだすようなもの。
一度、かわってしまった過去から未来にもどっても、それはその過去の延長線上でしかない。
そもそも、かのトールの影響でどれだけの不安定の時間軸の世界ができあがったことか。
だからこそ、時空を司る新たな精霊を生み出した。
時の精霊、クロノス、を。
だが、今、彼がいるのはまぎれもなく、あの世界がのぞんだ結果。
もしもかつてと同じようにするのならば、
またセンチュリオン達をねむりにつかせ、ギンヌンガ・カップでねむりにつき、
当時とおなじように行動すればあのときと同じ結果がでるであろう。
が、そんなつもりはさらさらない。
そもそもマーテルに世界樹はまかせられない。
その結果としてあのような世界になってしまったのだから。
「兄ちゃん」
間近で聞こえた幼い声。同時に服の袖を小さく引っ張られる。
見ると、先ほどエミルが庇った少年がこちらを見上げているらしい。
「助けてくれてありがとう。おれ、実はちょっと怖かったんだ」
「ううん。無事でよかったよ。ディザイアンに石を投げるなんて、君凄いね」
「あのマグニスってやつ、許せないんだ。
町の人たちを牧場にさらって酷いことしてるんだ。おれの父ちゃんもさらわれて…」
その台詞に思わず顔をしかめてしまう。
かつて、テセアラでやっていたことと同じことをミトスがやっている、というのがいまだに信じられない。
あれほど嫌悪していた、というのに。
もっとも、当時はそんなことまったく思いだしてすらいなかったが。
一度だけ、牧場と呼ばれているところにいったことはあるにはあるがそれはイセリアの牧場であり、
すでに廃墟…かつてリフィルが破壊した、という施設でしかなかった。
人間を攫って強制労働させエクスフィアを製造する工場。
かつてのテセアラで開発された…忌まわしき技術。
当時のエミルは人体実験も同様のものだと聞いたことがあるが、どんなものなのか想像がつかなかったが。
だが、今は違う。
簡単に想像がつく。
どこぞの世界では精霊達をそのようにして取り扱った世界すらあったのだから。
「でも神子さまが世界を再生したらディザイアンはいなくなるだよな! 兄ちゃん、神子さまの知り合い?」
「…え?…あ」
いわれて振り向いてみれば、いつのまにかロイド達の姿はみあたらない。
どうやらすでにどこかにいってしまったらしい。
自分に声をかけてもらえなかったことが何となく少しばかりさみしくもあるが、それはしかたない。
彼らにとって自分は…ここで初めてあったあるいみ通りすがりその一、にすぎないのだから。
少しくらい話しをしてみたかった、というのは本音。
が、彼らにとってエミルと話しをするという選択はおそらくないであろう。
何しろ初対面、なのだから。
それでもエミルにとっては大切な…仲間、とよんでいい人間達であることにはかわりがない。
少しでもいいからゆっくりと話をしたかった。
そんな主の様子に何かを感じたのであろう、
「…ラタトスク様?」
不思議そうにといかけてくる僕の姿。
「何でもない。あとテネブラエ。名を呼ぶ時はきをつけろ。いいな。
みたかぎりクラトスがいたようだ。…あいつらはこの姿の俺はしらないが…念には念をいれたほうがいい」
「申しわけありません。エミル様」
どうやらクラトスの姿が視えなくなったのを確認して表にでてきたらしいテネブラエの言葉。
「しかし、無駄に魔科学を使用しているみたいだな……」
それでなくても希薄なマナなのに、あんなにほいほいとだたの移動だけで利用するなど。
どうせなら、転移石でもつくれ、といいたいが。
そこまでの考えにはいたっていないらしい。
自分の身の安全がかかっているときかされれば、協力せざるをえない。
精霊との契約は確かに怖い。
もしも彼らのいうとおり…というかクラトスという輩がいうとおり、ならば
自分は確実に今後も狙われてしまうのが用意に予測ができてしまつったがゆえに同行の意をしめす。
傀儡にされては洒落にならないから。
何やらごたごたがあったのかそれはわからないが。
宿にもどると、お客さん、無事でよかった、と安堵の声を投げかけられたが。
どうやら心配をさせてしまっていたらしい。
一応、謝り、町をみようと再び外へ。
みれば、どうやらそこからロイド達…神子一行とよばれし存在達が立ち去り、
広場は落ち着きを取り戻している、らしい。
否、というか…何というか……
「…たくましい?」
「…ですね」
おもわず唖然、としてしまう。
たしかに、あの処刑台からあの女性を助けだしたのはコレットが放った武器…だと認識していたが。
その処刑台の、斬られた縄をなぜかメインにし、神子様饅頭なるものを売りだしているのはこれいかに。
みれば、センベイなどといったものもあり、中にはこれであなたも神子様の加護を。
とかいい、普通の縄まで売られている始末。
そんな中で、処刑台は屈強なる男たち…格好からおそらくは猟師、なのだろうが。
彼らの手により取り壊されている模様。
と。
「お! エミル!」
「えっ?」
広場をみている最中、いきなり名を呼ばれおもわず立ち止まる。
「よかった無事だったか。巻き込まれてやいないかと冷や冷やしたよ。何だ、釣りにでも行くのか」
よくよくみれば、話しかけたのは自分ではなく、どうやら別の人間に、らしい。
が、すぐさまに思い当たり、おもわずまじまじとみてしまう。
たしかにエミルに話しかけている。
それは…本来のレイソルとラナソルの子供であり、
あのとき、記憶を失っていた自分がエミルだ、と認識してしまったかつての出来事。
みおぼえのある人。
猟師のトマス。
パルマコスタにあったという、エミルの隣の家に住んでいたという…人間。
が、エミルは自分が人のエミル・キャスタニエだと思い込んでいただけで、実際にはそうでなかった。
あのとき、本来のエミル・キャスタニエという人間は血の粛清とよばれた事件によって命を落としていた、のだから。
総督府の前で何やらみおぼえのない少年と話しているが。
だが、すぐさまに理解する。
あれが、あの少年が本当のエミル・キャスタニエなのだ、と。
パルマコスタで平穏に暮らし、大樹暴走からも無事に逃れ、
そしてあの血の粛清でロイドに扮したデクスに殺されたであろうエミル。
隠れるために人間としての居場所が必要だったラタトスクに名前と人生を貸してくれた少年。
否、貸してくれたわけではない。
たまたまそこに偶然あったのを、エミルが…ラタトスクが勝手に奪ってしまっただけ。
孵化したばかりで記憶があいまいであった彼が
無意識のうちにかざした手から母となのった人物から読み取った息子、としての記憶をもとに。
そして産まれた人格が、エミル・キャスタニエというもの。
そう、認識していた。
もっとも、使用することがなかったかつての性格が表にでてきただけ、とは夢にも思わなかったが。
思えるはずもなかった、当時の記憶。
あのとき、エミルとして生きたときに得たものは何物にも変え難いものだった。
久しぶりに自身が精霊、というこすら忘れて普通のたったひとりのヒト、としての視点でもあったとおもう。
だからといって、あの人間であるエミルに何かをすること。
すなわち、謝罪も礼も何の意味もなさないというのは目に見えている。
というか、センチュリオン達も同じ名、というので少しばかり不思議におもっているようだが、
まあ、しかしキャスタニエ、という名字はかつてより使用していたがゆえに不思議にはおもっていないっぽいが。
かるく心の中でのみお礼をいい、そっとその場を離れることにし、
「とにかく、いくぞ」
「は」
ここにいつまでいても仕方がない。
それに、歴史を変えるにしてもどうするか、という問題がある。
一番てっとり早いのは、ロイド達とともに行動をしてゆく、ことなのだが。
そうすれば、確実に種子にも…そして、ミトスにもたどり着ける。
その前にセンチュリオン達の覚醒を促す必要性も。
このままでは、下手をすれば八大精霊達以外にも、オリジン、そしてマクスウェルすら彼らの波動で狂う可能性が。
特に誰とはいわないが特に氷を司る彼女は…毎回毎回よく呑みこまれてしまうがゆえのその懸念。
しばし考えにひたり、ひたすらに黙々と歩いていたから、なのであろうか。
いつのまにか町の出口近くまでやってきていた、らしい。
しかし、町を歩いていてもロイド達の姿はみつからなかった。
気配をこっそりと視ることによりたどってみれば、すでに町の中にはない。
どうやらすでに町からでている模様。
かといってあまり彼らに注意をむけているとテネブラエは…どこかこの
ゆえに何かを気取られる可能性もあるがゆえにそうそう詳しくは気配をたどることができはしない。
…まあ、面倒なので彼らに記憶の継承をという手もあるが。
それはしたくない。
彼らにこれ以上の負担はかけたくない。
「しかし、世界再生…ですか、いったいミトスは何を考えて……」
「さあな。当人から聞きだすしかないだろう。こればかりは」
それは本音。
少なくとも語りあわなければわからないこともある、とおもうからこその台詞。
「しかし、それはあなた様を利用する、という方法を彼がとりかねませんが?」
「では、逆にきこう。テネブラエ。あいつが本当に堕ちきっていたとすれば、
なぜ、あいつはかつて自らが封じた魔族と契約をしていない?」
「それは……」
当時は怒りしかなかったが、時とともにその怒りもかわっている。
本当に世界を壊そうとしていたのならば、すくなくとも、
リビングアーマー達と契約を交わしていたはずだ、と。
「それをしていない、ということは、すくなくともまだどこかに救いはあるかもしれない、まだ…な」
そういえば、とふとおもう。
「……テネブラエ。配下に命じ、きちんとかの書物がまだヘイムダールに保管されているか、きちんと確認しておけ」
「御意」
「ついでにかの石もな」
ユミルの森の水につけていたはずのかの石。
封魔の石、と呼び称されるあれが人の手にわたれば、愚かなるものが何をかんがえるか。
かつてはあのリヒターですら間違った考えに捕われてしまっていた、のだから。
世界再生が具体的に何をする旅なのかは知らない。
知っているのは再生の後の世界につたわる話しのみ。
だが、あの場の人々からは一刻もはやく世界の再生を、と望む心が、気持ちがあふれだしていた。
そしてあのロイド達ならば、そんな人々の思いを無碍にはしないであろう。
それゆえにさくさくと旅をすすめる可能性のほうがはるかに高い。
今が夕方ならば宿をとっているだろうがまだ時刻は昼。
ゆえに先に進むことを優先して何ら不思議はない。
本気で足取りを追おうとおもうのならば、魔物に命じて調べることも可能なれど。
もしくはソルムの力をもってして大地をつうじ視て調べるか。
まあ、彼らがいくとすれば、船にのってイズールドへ向かうか、
陸路でハコネシア峠にむかうか、のどちらかであろう。
…今さらながらに、かつて、精霊達に彼らの行動をきいておくべきだったのかもしれないな。
とおもうが、それは今だからいえること。
当時はまあ、過ぎたことなのだから関係ない、とおもったのもまた事実、なのだから。
「さて。イグニスもおこしにいかないといけないが……」
どうやらイグニスの影響でかの地は雪が降り続いているらしい。
ちなみに、以前の二年前はまだ眠っていて、世界の情勢など知る由もなかった。
だから、最終的に世界を救い、英雄と呼ばれることになるであろうロイドに接触するのは極めて有効な手段。
何しろ確実に大いなる実りと接触するのがわかっているのだから。
「どうなさいますか?」
「そうだな、まずは……」
姿を現したテネブラエに口をひらきかけたその刹那。
ふと人の気配を感じ、すぐさま隠れるようにと指示をだす。
大慌てで町に向かって走ってくる人影がみてとれる。
その人影は大きく息を切らせ、今にも倒れそうな青ざめた表情を浮かべた男性。
「た、大変だ…!」
町に着くなり、彼は一番近くにいたエミルに息も絶え絶えになりながらも告げてくる。
「ショコラが…ディザイアンに浚われた…!」
「ショコラさん…って…」
「道具屋の娘だよ! 旅行代理店で旅業案内人もしている…」
そういえば、先ほど助けた人の娘とかいう名がたしかショコラだったような気がする。
それに、とおもう。
かつてのパルマコスタの道具屋にたちよったときに出会ったことがある人間の少女。
彼女はパルマコスタの住人でありながら、ロイドを信じていた者の一人。
パルマコスタをあのときは、ロイドが粛清した、とおもわれている最中で、である。
彼女の母親である道具屋の店主の顔を思い出してみれば、
たしかに先ほどの処刑台のところの人物たちと同一である、ということに今さらながらにふときづく。
「ついさっき、すぐそこでだ! 俺は何とか逃げられたが…。ドア総督に知らせないと…!」
話している間に息を整えたのであろう。
男は再び慌てて駆け出してゆく。
ディザイアンが浚った人間を連れて行くところと言えば、人間牧場以外にはない。
パルマコスタの近くには大きな人間牧場があったとマルタが話していたのを思い出す。
どうしてエミルは覚えていないの、といわれたことも思い出す。
今から追いかければ、人間牧場に着く前にショコラを助け出せるかもしれない。
「すみません!人間牧場って、ここからどの方向ですか?」
「ひ、東の方だよ…」
「ありがとうございます!」
手近にいた町の人にそれだけを聞き出すとそのまま街の外へ。
「エミル様!?」
「今からならおいつけるかもしれない。いくぞ!」
いいつつ、すっと目をとじ。
「魔物達に命ずる!我が
それは、絶対的な命。
とん、と大地に手をつき、そこから伝わる全ての魔物達へと号令をだす。
すでにソルムは目覚めさせている。
ゆえにたやすく大地を通じ、視通すことも可能。
ラタトスクがするよりも、大地をまかしている存在の力をつかったほうが違和感は悟られない。
そして今現在、エミルが伝えたのは、
視て確認したショコラという女性の姿を、この地にいる全ての魔物へとその脳内へとその姿を投影したにすぎない。
これもまたソルムの幻覚の応用、ともいえる。
「…どうもエミル様…人の姿を模されたとき、いつも甘くなりますね……」
かつて…デリス・カーラーンにてディセンダーと呼ばれ活動していた時もそうであったがゆえにため息ひとつ。
それはおそらく、どのセンチュリオン達にとっても同じ意見、であろう……
「……テネブラエ?まさかラタトスク様はヒトと契約をかわされたのか?」
何かものすごくみおぼえのある服である。
主たるラタトスクの波動を直接に感じ取った。
いくら大陸が異なろうとも、その波動を間違えるはずがない。
ゆえにその波動の近くに同胞の気配を感じ取り、こうして自らやってきたのだが。
目の前にいるのは、同胞たるテネブラエとそして金の髪をしている少年。
「ふむ。イグニスはわからないか。お前にもわからないのなら他のものにも気づかれないな。これで」
何やらしみじみとそんなことをいっている金髪の少年だが。
「……はい?」
腕をくみ、おもわずにやり、と笑みを浮かべるその様子は・・・何かとても覚えがある。
とてつもなく。
「…まさか…ラタトスク様ですか!?」
驚愕の声をあげてしまうのは仕方ない。
絶対に。
炎をまといし炎の鳥。
それがイグニスのセンチュリオンの基本たる具現化形体。
「何。ただ、人の姿を模しただけだ。あとこの姿のときはエミルとよべ」
「…この世界では初ではないですか?人の姿って……」
いつもつねに自分からはこの地においてはでむかなかった、というのに。
どういう心境の変化なのやら。
「まあ、いつもは扉の前にいたからな。門のほうは厳重に封印をしてきたので表にでても問題はない」
「は…はぁ……」
しかし、なぜだろう。
眠る前よりも確実に力が満ちている主の姿はあるいみすごいというか何というか。
「…ま、ラタトスク様ですしね」
それですませるイグニス。
そもそも、主のことを深くかんがえてもわからないものはわからないのである。
この世界においてはかつての世界。もしくは今までの世界のようにあまり気まぐれをおこしてはいなかったのだが。
……ヒトに裏切られたのがきっかけになったのでしょうか?
そんなことを思うが口にはだせない。
口にだしたが最後、絶対に何らかの仕置き、もしくはにこやかなる話しあいが待っている。
それだけは避けたい。
「しかし。イグニス。あなたは自らこられたのですねぇ。
このたび、ラタトスク様は珍しく、ご自身で皆を迎えにいかれる、とおっしゃっていらっしゃるのに」
「・・・・・・・・・・・・・・な、なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
一瞬の沈黙。
そして次の瞬間には、驚愕に声をはりあげ、そして。
「うう。主様が自ら迎えにくるなんて滅多とない、ないのに…
世界一つにつき一度あるかないか、なのに…しくじった……」
おもしろいまでにがくり、とうなだれている様が何とも哀愁がただよっていたりする。
体に纏う炎もおもいっきり小さくなり、ほとんど鎮火状態となりはてる。
「とりあえず、イグニスも無事に目覚めたようだな。イグニス。
お前のほうも繋がりが途切れているだろう。魔物達と縁をあらたに全て繋ぎ直せ。そしてマナを紡げ。
何か用事があるときには呼ぶ。まずは縁の強化を実行しろ」
「あ。あと。イグニス。グラキエスやソルムとの話しあいで、
十日ごとにラタトスク様に各一名が、ラタトスク様のおともをすることになっていますので。
私の次はソルム、次がグラキエスとなっています。あなたもその次にラタトスク様の護衛をお願いいたしますね?」
「?今目覚めているのはそのものたちだけなのか?テネブラエ?」
「ト二トルスはあえてラタトスク様があちらに残されております。
ちなみにこちら側にはまだ昨日ついたばかりですのでまだどの神殿にもいっていません」
何がどうなったのか理解不能。
いきなり魔物の大群があらわれ、そのまま襲撃された。
おもわず覚悟をきめ、ぎゅっと目をつむり、いっしょに連行されていた小さな子供達をかばうと同時、
なぜか魔物達は自分達を素通りし、連行していたディザイアンだけを集中的に攻撃しはじめた。
しゃがみこんでいたがゆえに何がおこったのかはよく理解できなかったが。
しかし、ディザイアン達の叫びや怒号は聞こえていた。
ふと気付けば、魔物達はいつのまにかいなくなっており、自分達を連行していたディザイアンの全て。
それら全ては跡かたもなくきえていた。
「君たち、大丈夫?あれ?もしかしてあなたがショコラさん?」
茫然、としばらくしていると、ふと第三者の声がかけられてくる。
ふとみれば、どこかでみたような…よくよく考えてふと思い出す。
たしか、母が処刑されそうになったときに助けてくれたという、旅の人。
「あなたは、たしか……」
「よかった。無事で。君たちだけ?他の人は?」
どうやらここにいるのは彼女達三人だけ、らしい。
「…旅業に参加していた他の人達は連れて行かれました。いくつかの組にわけられての移動でしたので。
あの、あなたはどうしてここに?」
「街に、君が浚われた、と駆け込んできたひとがいたんだよ。で、ついさっき。
といっていたから追いかければまにあうかな、とおもってきたんだけど、間にあったようだね。大丈夫?たてる?」
そういえば、おずおずとどう反応していいのかわからないのであろう。
それでも、ゆっくりとおきあがる彼女達。
「また誰かに襲われでもしたら大変だし、町までおくるよ。えっと……」
「いえ、私たちはこのまま旅業をつづけます」
「え?でも……」
こんな目にあっても旅をつづけよう。というのだろうか、この人間達は。
しかしどうやら決意は固い、らしい。
ゆえにため息ひとつ。
「…じゃ、峠の先まではおくるよ。何かあっても大変だし、ね」
「…甘くありませんか?」
「まあ、かつてディセンダーとして表にでていた性格、ということでしょう。珍しい。
この世界においては一度もその形式をとったことはない、というのに」
何やら横では姿をけしているセンチュリオン達がいっているが。
彼らの言葉は目の前の人間達にはわからない。
原初たる言葉を使用しているがゆえ。
たしかにこの世界におりたってのち、ディセンダーとして一度もふるまったことはなかったが。
…そういわなくてもいいだろうに、とおもってしまうのは…仕方がないといえよう。
ショコラ達を安全地帯まで送り届けたのち、問題の牧場、という場所へ。
場所の把握はかつて破壊された場所にいったこともあり、しかも負の気配が満ちているので迷いようがない。
「こ…この、劣悪種がっ!」
「どっちか。でもまあ。嬉しいでしょ?君たちが信じてやまないマーテルのためになるんだから」
にっこり。
他者をないがしろにし、差別し、見下し、さらには実験体としてしかみないヒト。
そんなものは容赦する必要もなければ、意識改善がなされない以上、許容してやる必要性もない。
そのまますっと手をかざす。
刹那、目の前にいた多数のヒトは瞬く間にその体をマナにと戻される。
元々、この世界のものの器はマナにて構成されている。
そのマナを司りし彼にとっては、元にもどすことなどたやすいこと。
そのマナは瞬く間に元の場所。
すなわちラタトスクの内部にまたたくまに吸収…つまりは還っていたりする。
器を失い驚愕し、その場に残される精神体のみたち。
だが、許すことなどはしはしない。
「…皆、食事だよ?」
精神を食べる魔物、というのもは幾多もいる。
にこやかにいうその台詞とともに、背後にいくつもの魔物の影が出現する。
ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!
その場に声なき声が響き渡る。
彼ら精神体をたべる魔物に喰われた魂に未来はない。
そもそも、その魔物の力、となりはてるのだから。
第三者がそれをみていれば、まちがいなく彼のことをこう呼んだであろう。
魔王、と。
何しろ冷たい表情で笑みをくずすことなく、彼らが消滅するさまをじっとみているだけ、なのだから。
「……静かにおこってらっしゃいますね……」
「……だな」
誰がいいだしたのか、ヒトの諺にある。
まさに、さわらぬ神にたたりなし、とはよくいったもの。
笑みをうかべたままで裁きを下すのは、ラタトスクがあるいみ怒っている証拠でもある。
ぽそり、とおもわず同時につぶやいているテネブラエとイグニス。
「……まあ、これほどまでに勝手にしていればラタトスク様がおこるのも無理ないとおもうぞ……」
「ソルム」
大地の種たるとある鉱物をどうしてこのようなことに使用しているのやら。
ゆえにため息もでる、というもの。
「とりあえず、この地にあった全てのアレは大地にと還した」
そのように命をうけたがゆえに実行しただけのこと。
いくら体内に埋め込まれていようとも、基本、あれらは大地の眷属でもあるがゆえ、
大地を司るソルムの命には素直に従う。
あれらにも心があるがゆえ、その影響力は絶大。
「ヒトとはいつの時代も愚か、ですからねぇ」
しみじみとそんなことをいってくるグラキエス。
ちなみに、なぜかこの場には今現在目覚めている全てのセンチュリオンが集合していたりするのだが。
「しかし、私の出番がないのがさみしすぎます…この施設を凍りつかせれば早いとおもうのですけど…」
「それだと目立ちすぎるだろう。ここのシステムを逆探知してみればどうやらデリス・カーラーンのシステム。
それと繋がっていたようだしな。…まあ、ラタトスク様があっさりとブロックされたようだが」
そもそも、デリス・カーラーンにあるシステム全て、実はラタトスクの支配下にある、といっても過言でない。
まあ、主の機嫌がわるくなるのもまあわかる。
わかりすぎるほどに。
というか、何で戦争の原因の発端にもなったアレをまたこともあろうにあのミトスが利用しているのか。
というのが一番であろう。
マナを強制的に乱すことは、すなわち、ラタトスクが生みだした命にたいして手をくわえる、ということ。
魔物達との契約の最中に属性精霊達とも繋ぎをとった。
そのときにしったのは、あれから四千年以上が経過している、ということ。
つまりは、あのミトスは姉を蘇らせようと四千年以上もずっと主を裏切っているということに他ならない。
少し考えればわかるであろうに。
実りにあるは、大樹たるものの目覚めたるマナであり、それは純粋たるものであり、普通にあつかえる代物ではない。
生物を生み出すマナはまたそれなりの加工が必要なのである。
簡単にいえば原液から様々な品物が創られるようなもの。
「テネブラエ」
「は。ここの満ちていた念はすでに我が配下に。
彼らの念の願いは自分達をそのような目にあわせたものへの復習。いかがなさいますか?」
「…ここの責任者だけはまだおいておけ。かの惑星には繋ぎをとれなくはしている、が。
彼らの仲間同士では通信は可能にしてある。
ミトスの位置、そして実りの位置を把握するきっかけになるやもしれぬ」
伊達にながい付き合いではないので、すでに力を失っているかの実を一度内部に還すのだろう。
と説明されなくてもセンチュリオン達は理解している。
「ラタトスク様。すでに内部のものは、浚われてきていた一般人と責任者以外は全て消滅しました」
殺した、ではなく消滅。
それは文字通り、存在としての消滅である。
魂ごと喰われたものは次なる生におもむくことはない。
「ふむ。では一度解散、とする。何かあれば呼ぶ。…どうやら誰かがこちらにやってきているようだしな」
ふと外においてある目にて視ればみおぼえのあるものたちがこちらにやってきているのがみてとれる。
「ゆけ」
『は』
その言葉をうけ、そのまま集まっていた目覚めていたセンチュリオン達はその場よりかききえる。
気配そのものを精霊のそれとしていたがゆえに当然、監視モニターにすらエミルの姿は映っていない。
このモニターはヒトや体温を感知はできれはすれども、マナ自体を感知する機能はもちあわせていない。
あるいみマナの塊である彼らを感知することなど、彼らが姿をみせよう、としないかぎりそれは不可能に近い。
まあ、モニターではなく、大地の加護をうけし結晶をその身にとりこんだものならば、
その姿をその目でみることは可能、なれど。
人間牧場。
パルマコスタの東のほうにと位置しており、その西には救いの小屋、そして北にはハコネシア峠、
とよばれている場所がある。
牧場、とよばれているそこは森の中につくられており、空からみればどこに施設があるのか一目瞭然。
本来ならば複数の見張りなどがいたそこではあるが、魔物の襲撃…しかも不意打ち。
それらに彼らは対処のすべをなくしたといってもよい。
何よりも、力をつかおうとしても力が発動しない。
これがかなり大きかったというのもある。
そもそも、彼らがつかう魔術はマナを使用しているもの。
マナを司るものが許可をせずに封じれば当然のことながら使用は不可能となる。
それでも声が外にもれていないのは、彼自身が音が漏れ出ないようにこの施設全体を遮断しているがゆえ。
こういう場所に忍び込むのは、あのしのびの里のものたちがおそらく得意分野とするところなのだろう。
まあ、よくしっている頭領の彼女はかなりどじであったが。
忍であるしいなは潜入活動もお手の物だろうが、
反面彼女は落とし穴に何度も嵌るドジな面も持ち合わせているから実際どうだか分からない。
そんなことをおもいつつ、闇を利用し、少しばかり離れた位置へと移動する。
そのまま何ごともなかったかのように、施設のほうへとむかい歩きだす。
しばらく進んでゆくと何やら話し声が聞こえてくる。
「皆さんには、このままパルマコスタ地方を去って頂きたいのです」
「でもそうしたらショコラさんはどうするんですか?」
おっとりとした声は間違いなくコレットのもの。
だが再生の旅の途中のはずの彼女が何故こんなところにいるのだろうか。
「そうだよ。パルマコスタ軍と連携を取って、ショコラさんを助け出すんでしょ?」
「いえ、それが……」
「やはり…罠か?」
「……嫌な方の想像が当たっていたようね」
ジーニアス、リフィル、彼らの声もなつかしい。
まあジーニアスに関しては、声変わりしたときの声もおぼえているのでふと苦笑してしまう。
「あのものたちは……」
「先のパルマコスタにいた、おそらくは再生の神子の一行だな」
それは嘘ではない。
現実、あのときテネブラエもあの騒動をみているのだから。
「クラトス! それに先生も! どういうことなんだよ?」
クラトス。
新しい世界樹の元で、守人と機械越しに話していた人物。
ロイドと知り合いのようなことを言っていたから、再生の旅のメンバーだったのだろう。
いてもおかしくはない。
だが、それだけではないのを今のエミルは知っている。
クラトス、そしてユアン。
記憶を封じていたあのときは知らなかった。
だが今なら全て思い出している。
遥か昔エミルを――ラタトスクを裏切ったハーフエルフの少年ミトスと共にいた二人。
そしてまた、そのマナの在り様からしてロイドとクラトスが親子であることがありありとわかる。
「ディザイアンが組織立った軍隊を持つ街を大人しく放置していることが、私には疑問だった」
そのクラトスが何故神子の再生の旅に加わっているのか理解できない。
否、理解したくないのかもしれない。
精霊達からきいた理由、それは、神子とはマーテルの器をつくりだす儀式。
そう、セルシウスはいっていた。
つまりは、あのマーテルの器にコレットを望んだ、ということ。
まあ、おっとりしかなり天然極まりないところが似ている、というのはみとめるが。
ちなみに、それは人であったころのマーテルであり、多数の魂が融合したあとのマーテルのことではない。
強く人であったマーテルの人格が表にでてはいれど、やはり数多と融合した魂達の思い…
すなわち、人身御供でしかなかった彼女達の絶望や不安、そしてつらさなどがおもいっきり現れて、
あの精霊マーテル、という存在をうみだした。
クラトスが一緒にいる、というのはおそらくはコレットをマーテルの器に、とでも指令が下ったのか。
ざっとみたところ、ロイドはどうやらクラトスが親だ、とは気づいていないらしい。
まあ、マナを視ることができるものが極力いないとはいえ、よくにている、とはもおうのだが……
「…ふむ。あのクラトスの息子…か」
「マナがよく似ていますね」
視ただけでわかるほどのマナの酷似。
しかも天使化しているクラトスと…どうやら天使化しかけていたヒトとの混血らしい。
彼のマナは人のそれではなく、天使のそれでもなく、新たなる人種といってもいいようなありようとなっている。
「天使化…か」
人であることを望んでいたのに、あの封印のために、あえて天使化することを望んだ彼ら。
そんな彼らだからこそ、希望はある、そうおもったあの当時。
ただの人間であったクラトスやハーフエルフのユアンが、
エルフでさえもやっと生きていられるかどうかという程の四千年という長い年月を生きた理由ははっきりしている。
天使化。古代大戦に軍事目的で開発された、体を無機生命体へと変える技術。
大樹カーラーンを復活させる方法がある、と。
彼のもとにきたとき、ミトス達はそういった。
天使化を選んでまで自分達の手で人の不始末を片づけよう、としたその心根に嘘はなかったとおもう。
そんな彼らであったからこそ、加護をあたえた。
世界の加護…デリス・エンブレム…様々な不安要素から持ち主をまもる究極の護り、を。
が、彼らは結局うらぎった。
デリスエンブレムを与え、力を貸しあたえ、さらにはルインとも契約させた。
にもかかわらず、最後には裏切ってくれた。
結局大樹ではなく、亡くなった姉マーテルを復活させようとしたのだ、彼は。
それをしり、もはやこの実りは確実に実ることがない、そう瞬時に判断し、
ラタトスクは力を蓄えるため、そして封印をより強固にするために眠りについた。
主が眠りにつきセンチュリオン達もまた同時に眠りへとはいった。
姉マーテルが死んでから、ミトスは狂った。
ならば、マーテルがよみがえれば彼がどんな反応をするのかみてみたい。
というのも実はある。
どうせならば、死して罪をつぐなわせるよりは、生きて罪をつぐなわせたほうがはるかによいともおもう。
どちらにしろ、世界が一つになったときにおこる偏見と差別は人が人であるかぎり絶対になくなるはずもない。
話しをきいているのは少し離れた場所にて。
話し声はきくきになればラタトスクはどんなに遠くはなれていても、
というより逆をいえば地表の裏側、ですら聞きわけることが可能。
「昔はこんな方ではなかった…。本当に街の皆のことを考えておられたのです。
五年前クララ様を失ったときも、ディザイアンと対決することを誓っておられたのに…」
ふとそんな声がきこえてくる。
クララ?
知っているのは、ドア夫人。
パルマコスタ総督府で出会った、優しい笑顔の金髪の女性。
自分にたいし、忘れてしまっていてごめんなさいね、と謝ってきた。
そもそも、彼女が悪いわけではなく、そもそも別人だったので理解されなかったといってよい。
…当時はまったくそんなことおもわず、自分の印象が小さすぎたがゆえに記憶にとどまっていない、
としか思っていなかったが。
かつてのエミルとしての記憶ではドア総督はディザイアンに殺され、
ドア夫人がその後を引き継いでいるはず。
そういえば、彼女の話しになったとき、彼らは口を濁していたような記憶もある。
ともあれ、いつまでもここにいても仕方がないのもまた事実。
ゆえに、そのまま普通に歩きだす。
かさり、音とともに、
「誰かいるのか」
直後、音のほう…すなわち、エミルのほうへと警戒色をむけてくる。
「ディザイアンか!?」
「…あ、あの?あれ?…もしかして、神子様一行ですか?」
とりあえず、先日出会っているので違和感のないように首をかしげてといかける。
「お前…たしか、この前の!?何だってこんなところにいるんだ?」
どうやら覚えていたらしい。
「あのときロイドと一緒に飛び出した子ね。どうしてここにいるのかしら?」
「えっ!? あ、ショコラさんが浚われたって聞いて…」
一瞬で笑顔になったロイドとは正反対のリフィルから鋭い視線がむけられる。
リフィルにこのような警戒心むき出しの眼で見られたことはそういえばなかったな、とふと思う。。
イセリアの学校で激怒したエミルが詰め寄ったときでさえ、リフィルはこんな眼をしていなかった。
「それで助けに来たのかしら? たった一人で?」
「は、はい…。街を出たときは、急げばディザイアンに追いつけるかもって思って…」
「あなたはパルマコスタの人かしら?」
「あ…いえ。旅をしてるんですけど……。街からでようとしたら、
なんかショコラって人が浚われたって血相かえた男の人が街に連絡にとびこんできて……」
嘘ではない。
真実、今はセンチュリオン達を目覚めさせる旅の真っただ中である。
ついでに連絡をもってきた男がとびこんできたのもまた嘘ではない。
「それで?」
「ついさっき、といわれたのでおいつけるだろう、とおもってそれで……」
「先生、何やってんだよー。そいつがディザイアンの仲間なわけないだろ?
パルマコスタで俺達と一緒にディザイアンと戦ったじゃんか」
リフィルの問いかけに答えているが、リフィルの視線はけわしいまま。
そんなリフィルにあっけらかん、とした口調でいっているロイドの姿。
「あらロイド。これが敵の罠ではないと完全に言い切れるかしら?
私達を油断させ内部から崩そうという敵の罠ではないと。彼は隠れて私達の会話をずっと聞いていたのよ」
「隠れていませんけど。なんかこっちのほうにきたら話し声がしたから。
たまたま少しはきこえたかもしれませんけど。あ、でもこんなところで何してるんですか?
まあ、罠とか心配するのもわかりますけど。…ここって本当に施設とかいうところなんですか?
人気がまったくもってないんですけど???」
そもそもなくしたのは自分達である。
が、それはいわない。
たしかに見張りもいない、しん、としずまりかえっている様がいように不気味ともいえる。
だからこそ、ロイド達はこの場にて話しあいをしていたにすぎない。
「つうか、お前一人で助けにきたのか?」
「え?えっと。とりあえず飛び出していったら途中でショコラさんという人には合流できたんです。
きけば魔物に襲われて、ディザイアン達とはぐれて助かったとか……
でも、いっしょにいた子供が家族がつれていかれた、というので。
なら僕が様子みてくるよ、と約束したからここまで様子をみにきたんだけど……」
それもまた、嘘ではない。
「え?ショコラ、たすかってるの!?」
「えっと。途中で、なんか旅の人?が救いの小屋とかいうところにいく、というから。
女の子達だけでは心配なのでお願いしたよ?たぶん、救いの小屋にいったんじゃないのかな?
僕は途中でわかれたからわからないけど」
ジーニアスが驚きの声をあげるが、それにとりあえずは答えておく。
ちなみに、これは事実である。
「え?あのショコラは助かってるんですか!?」
ロイド達とはなしていた男性が驚愕の表情をうかべているが。
「え?多分。街にもどってるかどうかまでは僕はわかりませんよ?」
知ろうとおもえば知ることも可能だが、あえてそれに触れることもない。
説明しているエミルであるが、あからさまなリフィルの警戒はとけそうにない。
相変わらず鋭い視線でエミルを見つめている。
だが、助け舟は意外なところから。
「皆さん、彼はディザイアンと通じていないでしょう。総督府に出入りしている人間なら私に見覚えがあるはずですから。
それに彼はパルマコスタではみたことがありません」
そう言うからには彼はパルマコスタ総督府の重要な位置にいる人間なのだろう。
彼の言葉に、リフィルが小さく息を吐いた。
納得してくれたらしい。
不承不承ではあるようだが。
「とにかくこのまま牧場に潜入しては神子様の身が危険です。
ショコラだけでなく旅業のもの全てが捕らえられた、とはきいていますが。あの…ほかの人達は?」
「それは、僕はわかりません。ですがあの彼女がいうには、
自分と子供二人以外は別々に連れていかれていた、といっていましたけど?」
「そうですか。…ともかく。皆様はどうか先にお進み下さい。一刻も早く世界を再生するために。
――あなたも一人で潜入するなんて馬鹿なことは止めるべきです」
後半はエミルに向けられて。
というかすでにもう潜入して実は内部は責任者とそこにいた捕らえられた存在達以外、
またくもって誰もいない無人の場となりはてているのだが。
「…ふむ。確かに世界再生のためには、ここを捨て置くべきだろうな」
コレットたちは――コレットとロイドとジーニアスは牧場の人たちを見捨てたくないだろう。
だが、冷静な大人二人に諌められてしまえば、諦めざるを得なくなるのではないか。
クラトスの冷酷とも言える判断にエミルは口を開きかけたが、コレットが反論する方が早かった。
「駄目です! このまま見過ごすなんてできない!」
「そうだよ。もしこのままにしておいたら、パルマコスタもイセリアみたいに滅ぼされちゃうかもしれない。
そうでしょ、ロイド!」
ジーニアスも立て続けに反論する。
続けてジーニアスに同意しようとしたロイドは、だがリフィルに遮られた。
「そう。それはその通りよ。でも私はクラトスの意見に賛成したいわね。
街が滅ぶのが嫌なら、今後不用意にディザイアンと関わらないことだわ」
正論だった。残酷にも聞こえてしまうが、リフィルの言葉は泣きたくなるほど正論だった。
だが、疑問もあった。
世界を再生してもディザイアンが放置状態なら人々は安泰には暮らせないのではないか?
エミルは世界再生のことを知らない。
大いなる実りからも離れギンヌンガ・ガップで眠り続けていた間の出来事を人から聞いて知識として知っているだけ。
ついでに精霊達もあまり詳しくなかったことを述べておく。
クルシスだのディザイアンだの世界再生だの、上辺だけの知識を持っているだけで、本質は何も分からない。
まあ、ミトスがクルシス、というのを創った、というのは精霊達から聞かされて一応は知っている。
本質を知っている者など、今この世界にはほとんどいないのだろう。
だが、エミルはそれ以上に何も知らな過ぎているといって過言でない。
そもそも知ろうとすらしなかったのである。
過ぎ去ったことをしっても、という思いと、ミトスが裏切った事実をみとめたくなかった、というのもあったのもまた事実。
よもや自分から大樹を取り上げることになるなどとは、夢にもおもってもいなかった。
「でも、世界を再生してもディザイアンを放置しておいたらまたこういうことが起こるかもしれないでしょ?」
そういえば、目覚めたとき、そんな名乗りをあげる存在達はいなかったな~。
そんなことをふとおもいつつの、素直な疑問。
一瞬でロイドたちの表情が変なものでも見たかのような怪訝なものへと変化する。
「お前、知らないのか?」
「?何がですか?」
何かおかしいことをいっただろうか。
というか、ミトスの配下であったような気がする。
ディザイアンとかいう輩は。
さきほどの彼らの台詞からも。
あれほど嫌っていたものを他者に…汚い部分をおしつけたものをうみだしていたミトス。
かつての記憶にあるミトスとはまったく予測がつかない行動をしていたというあのミトス。
「神子の旅ってのは、ディザイアンを封印する旅なんだぞ。なあ、コレット」
「うん。そして女神マーテル様の試練をこなすと、世界を護る精霊が復活してマナも復活するの」
「こんなの常識だぜ? お前なんで知らないんだ?」
「常識だなんて、ロイドにだけは言われたくないと思うよ」
「うっせ、ジーニアス!」
得意げに説明するロイドをジーニアスが茶化し、ロイドに小突かれているのがみてとれる。
日常茶飯事なのだろうか?
のほほんとコレットはそんな二人を身守っている。
が、さすがというかリフィルは違う。
「ロイド以上にこの世界について無知な子がいるなんて思わなかったわ…」
また警戒されたかと思いきや、ただ呆れているだけのよう。
額に手を当て、ため息をついているらしい。
「……は?」
おもわず素でそんな声がもれだすのも仕方ないとおもう。
そもそも、世界再生は二つの世界を一つにするためのものではないのか?
あと、ディザイアンって?
まあ、あの壊滅させたものたちが、マーテル復活だの、ユグラシドル様のためだの、
といっていたのであきらかにミトスにかかわりがある組織だ、というのは理解できてはいるが。
ディザイアンを封じるための旅だなんて聞いたことがない。
あときになるのは、世界を護る精霊?の件。
そんな精霊をラタトスクは創っていない、また産みだしてもいない。
……どこまでミトスは、ねつ造設定で伝承のこしてるんだ?
おもわずそうおもってしまう彼は…おそらく間違ってはいないであろう。
まちがいなく、彼らがいっている女神マーテルとは、マーテル・ユグラシドル。
ミトス・ユグドラシルの姉であり、その姉の死が原因で実りの力が失われてしまった一番の原因。
おそらく、未来をしらなければ、確実に混乱していたであろう。
何が真実で、何が偽りなのか。
だが、彼らは彼らの真実に疑問を持っていない。
神子の世界再生の旅は、女神マーテルの試練をこなし、精霊を復活させ、ディザイアンを封じ、
マナを蘇らせるための旅であると。
だからこそ。
「…はい?歪な世界を元通りにする、それが世界再生じゃないんですか?」
おもわずそういったエミルは…おそらく間違ってはいないであろう。
歪な世界。
約束では一年機関で生態系に影響をおよばさずにマナを巡らせるというはずだったのに。
きけば四千年も偏っているらしい。
八百年間、こちらの大地にはマナがほとんど供給されていない。
この地におりたち、おもいっきりマナの理が乱れまくっていたのは記憶にあたらしい。
ゆえに、先にあちら側で目覚めさせていたセンチュリオン達をまずこちらにと呼寄せて、
こちら側の魔物との縁を強めさせている真っただ中。
マナの理を正すために。
「お前は…」
クラトスが警戒をあらわにしてエミルをみてくるが。
「歪な世界。たしかに。ディザイアンがいるかぎり歪…なのでしょうね」
リフィルはそんなことをいっているが。
「クラトス。何睨みつけてるんだよ?たしかにいいえているよな。歪か。
そもそもなんでディザイアンなんてものがいるのやら」
ロイドもそんなことをいってくる。
とりあえずだけども聞きたいことは別にできた。
ゆえに。
「あの?質問いいですか?世界を再生?すればそのディザイアンっていなくなるんですか?」
「…おまえ、どこまでしらないんだよ?」
「あなた、学校で何をならったのかしら?」
あきれたロイドの口調と、咎めるようなリフィルの言葉。
「…え?」
いわれてふとおもう。
そういえば……
「僕、そういえばそんなものに一度もいったことないな……」
そもそも、世界を護るのに、常にかつては大樹の元にいたし、
扉をつくってからはほとんどそちらにいた。
世界をみるのは分身たる蝶にまかせ。
『・・・・・・・・・・・・・は?』
素直なエミルの言葉に、なぜかその場にいる全員…クラトスですら目をみひらいて固まっていたりする。
「何ですって!あなた、学校にいったことないの!?あなたの親はなにをしていたの!?
あなたの住んでいた村は学びの場がなかったというの!?」
リフィルが異様にそんなことをいってくるが。
「?親?」
親という記憶はない。
まあ、エミル、として記憶をうしなっていた当時、親代わりであったものはいたにしろ。
あれは親とはよべないとおもう。
まあ、最後には一応、見知らずの自分を保護してくれていたのは確かなので一応、一応お礼はいってはいるが。
「いいな~。お前、学校にいかなくてもおこられないんだ」
「ロイド。そういう問題じゃないとおもうよ……」
素直になぜかうらやましそうにいうロイドと、あきれた口調のジーニアス。
(…まあ、ラタトスク様はたしかに。学びの場というものにいったことありませんよね。)
(そもそも知ろうとおもえばすぐに知ることが可能たるお立場ですし。)
テネブラエのいい分は至極もっとも。
何しろしろうとおもえば、その気になればすぐに知ることができるのである。
ただそれをしないのは、全てがわかってしまうと面白くない、というただの彼自信の我がままである。
親、ときいてただひたすらに首をかしげているエミルをみて、
まずいことをきいた、といったような表情をうかべているリフィル。
クラトスにしても然り。
どうやら素で首をかしげているのをみて、エミルが親のことをしらない。
つまりは両親がいない、と解釈したらしい。
まあ事実いないが、彼らがおもっているいない、とはわけが違う。
「世の中には学びたくても学べない人がいる、とはきいてたけど……」
「うん。村にはリフィル先生がいたから私たちは学べたけど……
あ、あと。先生。あのね。私ね。世界を再生することと目の前の人を助けることって、相反することなのかな。
私はそうは思わないの」
「うん、僕も思わない」
それは本音。
だけども世界のためには犠牲を払わなければならないのもまた本音。
ただ、救うものと救わなくていいものの見極めが必然となってくる。
ふと見ればロイドとジーニアスも深く頷いているのがみてとれる
「コレットがそう言うのなら、私達にそれを止める権利はなくてよ」
リフィルが小さくため息を吐く。
さっきからため息ばかりだ。
「?あの?ため息ばかりついてますけど、先生?とかいうの大変なんですか?」
「…あなた、名前は?」
「え?エミルといいます」
「……あなたはまず、ヒトとしての常識を知るべきだわ。なぜに旅を?どこにいく予定なの?」
「え?なぜ、といわれても…とりあえず、風の街と、あとは間欠泉ですね」
とりあえず、ウェントスとアクアを迎えにいかなければならない。
今、目覚めているのは、テネブラエ・ソルム・グラキエス、イグニス、の四柱。
残りはアクア・ウェントス・ルーメン、そしてトニトルスの四柱のみ。
トニトルスはあえてかの地にそのまま置いてはいるが。
こちら側のセンチュリオンを目覚めさせると同時に迎えにいく予定でもある。
「…アスカードとソダ島ね。何かの目的があるからなんでしょうけど。
…とりあえずあなたに関しては後でしっかりと話すことがあるとして。
まず、この旅の決定権を持つのは神子であるコレットなのですから。皆もそれでよろしい?」
皆と言いながらも、リフィルの視線はクラトスに向いている。
彼も神子の意見が最優先という条件には納得しているらしく、リフィルの視線を受けて小さく頷いた。
「しかし…」
「いいっていいって。コレットが嫌だって言ってるんだから」
今までずっと黙っていた総督府の男性
エミルがいまだ名前を知らないその人間はまだ渋っている。
当然だろう。
自分の街のゴタゴタでシルヴァラントの唯一の希望である神子を危険に遭わせるわけにはいかないのだから。
「さて、これから取るべき方法は二つ…。
まずはこのまま正直に牧場へ突入して捕らわれた旅業の人達と牧場の人々を救い出すこと。
こうなった以上牧場を放置しておくことは、第二のイセリアの悲劇を生み出すでしょうから。
もう一つはドアの真意を確かめること。
彼が罠を仕掛けたのなら、牧場の配置もきっとよく分かっているでしょう。
……少しだけおしゃべり好きにしてあげましょう」
何となくその笑みに共感がもててしまう。
彼女の遺跡モードではなく、自分もよくよく考えれば似たようなことをよくしている、ともおもう。
センチュリオン達や精霊達曰く、怒らせたらダメ、とはほぼ共通認識。
「順当に考えれば、まずドアを押さえるのが正解だろう」
「ロイドはどう思う?」
「パルマコスタに戻ろう。まずはドアの口から話を聞こうぜ」
「そうだね」
「でもなるべく早く皆を助けてあげようね。きっと心細いはずだから…」
「まあ、ロイドもたまには冷静な判断をしてくれるのね」
「どういう意味だよ、先生」
「そのまんまの意味だと思うよ」
言ってから慌てて口を噤む。
初対面も同然なのに今の発言は変だ。
だが、
「会ったばっかりのお前までそう言うか?」
「だってロイドって分かり易いもんね」
「ジーニアス、お前なぁ…」
怪しまれずに済んで、エミルは内心胸を撫で下ろす。
(まあ、確かに判り易そうなヒトではありますね。このものは。)
どうやらテネブラエもまた疑っていないらしい。
「なあ、お前も牧場に潜入するつもりだったんだろ?」
「あ、うん」
「じゃあ俺達と一緒に来いよ」
「……は?」
なぜにそういう結論になるのだろう。
いや、ロイドだからこそ、といえるのだろうが。
は、とといかけたエミルはおそらく反射としては間違っていない。
「ああ。一緒にディザイアンをぶちのめしてやろうぜ! な、コレット」
「うん。そだね。一緒に来てくれると嬉しいな」
発言が最優先されるコレットがそう言ったおかげで、大人たちから反論されることはなかった。
なぜかリフィルなどからは、
「学んだことがない、だと?この短い期間にどこまで……」
などなぜかぶつぶつとそんなことをいっており、警戒の色がまったくもって今現在はみえなくなっていたりする。
ただ、クラトスのみはエミルをじっと鋭く見据えてきているが。
今現在、テネブラエは影の中に潜ませており、横には待機していない。
もしも横に待機していれば、彼らはセンチュリオンを見知っている。
自分と大樹の精霊とを関連づけるであろう。
それゆえの処置。
「俺はロイド=アーヴィング。よろしくな」
向けられた笑顔はエミルの知るものよりもだいぶ幼い。
そう言えば喋り方なんかも幼い感じがする。
「あ、僕…」
何となのっていいのか一瞬迷う。
パルマコスタには「エミル」がいるし、だからと言ってラタトスクの名を出すのは余りにも危険。
気の利いた偽名が一瞬で思いつくわけもなく、結局、
「エミル、です。よろしく」
差し出されたロイドの手を握り返す。
やっぱりエミルの名が一番しっくりくる。
確かに自分はラタトスクだが、「エミル」と名乗っていた時期はそう短くはない。
「私はコレットだよ。よろしくね、エミル」
「リフィル=セイジよ。教師をしているわ。こちらは弟の…」
「ジーニアスだよ。よろしく、エミル」
リフィルと、何故かコレットは変わらないように見えるが、ジーニアスの背は小さかった。
「よろしく」
いいつつクラトスをみるが、厳しい表情をしているのがみてとれる。
「クラトス=アウリオン。傭兵だ」
声には警戒が色濃く混じっている。
が。
(…バレテはいないとはおもうが、警戒は必要、だな。)
(テネブラエ。他のセンチュリオン達につたえろ。
用件があるときは影からいえ、もしくは念波のみで、とな。)
(はい。)
その言葉とともに、気配が影の中からかききえる。
てっとり早く今どこに種子があるのかがわかればいいが。
ざっと世界を視たかぎり、それらしきものはない。
ならばおそらく空間がゆがめられているその場所、であろう。
まだセンチュリオン達の力も完全ではない。
そこに至るまでの力は満ちていない。
レインに連絡をとりたいが、それにはリスクが伴う。
あの狂ったままのミトスが自分にきづけば、コアのことまで知っていたとすれば。
自らの力を姉の復活に、とかわけのわからないことをいいだしかねない。
※スキット※
ロイド「改めてよろしくな、エミル!」
エミル「うん、よろしく…」
記憶にある彼らとは幼い、ついでにいえば成長した姿もしっているがゆえの戸惑い。
ロイド「いやー、俺さ、イセリアでも同年代で同性の友達っていなかったから、エミルと友達になれて嬉しいぜ!」
エミル「え? もう友達なの?」
ロイド「あ、嫌か?」
エミル「ううん、嫌じゃないよ。けど…」
違和感を感じてしまうのは仕方がない。絶対に。
ロイド「けど?」
エミル「あ、何でもない。僕も同年代の友達ってあまりいないから…」
ロイド「ならいいじゃん! 俺達はもう友達ってことで!」
エミル「うん、そうだね」
そもそも、エミルと同年代、という存在は存在しない。
まあ、今の見た目はたしかにロイド達とあまりかわりばえがしない、というのはあるにしろ。
コレット「えへへ、よろしくね、エミル」
エミル「よろしく、コレット」
コレット「お友達がどんどん増えて、凄く嬉しいな」
エミル「…コレットとロイドって、結構似てるよね」
コレット「え? そんなことないよ。私ね、しょっちゅう転んじゃうんだけど、ロイドは転ばないし」
エミル「いや、そういうことじゃなくて…」
コレット「身長だって離れてるし、髪の長さも違うし」
エミル「そういうことでもなくて」
コレット「??」
どうやら彼女は昔からこう、であったらしい。
まあ自分もコレットと同じく天然だ、とよくいわれていたが。
精霊である自分に人と同じ感性をもとめてほしくない、というのもまた事実。
もっとも、当時は自分が精霊ラタトスク、など夢にもおもっていなかった、のだが。
ジーニアス「ボクもよろしくね!」
エミル「よろしく。ジーニアスとも、これで友達なの?」
ジーニアス「ああ、コレットに言われたの?」
エミル「ロイドも言ってたよ。もう友達だって」
ジーニアス「あはは、やっぱりね。うん、ボクとももう友達でいいんじゃないかな」
エミル「あの二人って似てるよね」
ジーニアス「エミルはよく見てるね。ボクもそう思うよ。ま、コレットはちょっと行きすぎだけど」
エミル「ああ、分かる分かる」
ジーニアス「エミルならボクの苦労が分かってくれる気がするよ」
ちなみにちょこっとよく似ているとおもうのがアクアである。
あの子も天然なところがあるからなぁ…ふとおもう。
エミル「えーと、よろしくお願いします、リフィルさんでしたよね?」
一応、見た目上は年上になるので一応さんづけ。
リフィル「こちらこそ、よろしくお願いするわね」
違和感がありまくる。
もっともそれを表にだすことは絶対にしないが。
リフィル「エミル、あなたは学校に行ってなかったのね?」
エミル「え? あ、はい…」
リフィル「ロイドレベルの子が他にもいるだなんて、ちょっと驚きだわ」
エミル「?」
リフィル「短い間だけれども、世界再生について教えましょうか」
エミル「え、ええ!? あ…でも少し知りたいような…。で、でもリフィルさん、今は早くパルマコスタに…」
リフィル「仕方ないわね。では授業はまた今度にしましょう」
エミル「あ。えっと。よろしくお願いします」
リフィル「あら。素直ね?」
エミル「知れることは知っておくのがいいとおもうので」
リフィル「その姿勢はロイドに身ならなってほしいものだわ」
エミル「あの、よろしくお願いします…」
気づかれてない、とはおもうが。
そもそも今の自分は完全に人のそれの気配にしている。
何しろあのイグニスですら気づかなかったほど。
センチュリオン達が傍に控えないかぎり…そうそうばれない、とはおもうのだが。
警戒してくる視線のクラトスにととりあえず挨拶したのだが。
クラトス「……ああ」
エミル「……あの?」
クラトス「お前は…」
エミル「はい?」
クラトス「……」
エミル「あの…?」
クラトス「いや、すまない、忘れてくれ」
エミル「はぁ…」
オーラが乱れていることから何かの葛藤の真っただ中、というのはわかるが。
センチュリオン達に気づかれた、というわけではないようだが。
この姿で出会ってもいないのに気付かれる、とはおもえないが。
そもそも、たしかクラトスはマナを読み取ることは不可能だったはず。
それに、ソルムの力において幻影としてマナをもごまかしているのだから、
エルフ達も気配を解放しない限りはわからない…はず、である。
すくなくとも、精霊達やセンチュリオン達ですら自分が気配を隠していたがゆえに、
すぐには気づかなかったほど、なのだから。
パルマコスタ総督府。
その内部は異様なほどに静まり返っている。
結局のところ、ドアとかいう人物の真意を確かめるために一度街にともどることに。
それはいい、いいが。
ショコラはまだ戻ってはきていないらしい。
ちなみに、先刻のこともあり、魔物達は異様に大人しい。
興奮しているものもいるが、無意味にヒトに襲いかかりはしはしない。
すでにこのあたりの魔物達はほとんどセンチュリオン達と縁を結び直している。
上司が締め上げられるところは見たくないだろうということでニールは牧場に置いてきた。
しかし、問題の総督府には誰もいない。
否、ここにはいないだけで人の気配はある。
「……誰もいないな」
ロイドが総督府の中をみて、そんなことを呟いているが。
「うん…」
「…何か、下の方から声が聞こえるよ」
「…痛!」
コレットの言葉に、机の下を覗いていたジーニアスが頭上げたらしく、
その拍子に机に頭をぶつけ大きな物音を立てている。
ついでに大声も出したからか、すかさずリフィルに頭を叩かれているっぽい。
「ジーニアス、大丈夫?」
「う、うん…」
エミルが声をかけるが、ジーニアスはリフィルにゲンコツを二連撃を受けた為なのであろう。
頭を涙目でさすりながら泣きそうな声で答えてくる。
相当痛かったらしい。
「たしかに、声がするね」
すっと意識をしたにむければ感じるけはいがいくつか。
しかし、今の音で誰かが上がってくる気配もない。
「……何も聞こえねーけど」
ロイドが困ったように呟く。
天使化の影響は周囲の声などがよくわかるようになることもあげられる。
何しろ元が兵器、としての開発なのである。
かつて、エクスフィギュアとよばれていた不都合きわまりなかった人体兵器のそのゆきついた先。
何よりも地下から感じる気配はエミルからしてみればあまりおもしろくないものがある。
「下に行ってみよう」
「エミルの言う通りだな。ここには誰もいないのだ。地下に行ってみるべきだろう」
クラトスが珍しく同意してきて、ロイドもまたそれにうなづいてくる。
少し調べてみれば、地下へと続く階段はすぐにとみつかった。
それゆえにクラトスが先頭にたち、階段をおりてみることに。
ロイド、コレット、エミル、ジーニアス、リフィルの順に後に続く。
クラトスが先に下りたのは、何かあったときにロイドが下手に飛び出さないようにするためだろう。
現に今、地下の光景を見て頭に血の昇ったらしいロイドが飛び出そうとしてクラトスに押し止められていた。
地下にはディザイアンが二人いた。
…とりこぼしがあったか。
そんなことをおもうが、おそらく目の前にいるそれらは施設が壊滅したことすら知らないであろう。
武装したディザイアンの前には中年の男性がいて精一杯の虚勢を張っているように見えた。
あれがおそらくはドアとかいう人間なのだろう。
「妻は……クララはいつになったら元の姿に戻れるのだ」
ドアとおもわしき人間が震える声で問いかける。
「まだだ。まだ金塊が足りないからな。段々少なくなって来るな」
ディザイアンとおもわしきハーフエルフはそんなドアを見てせせら笑った。
完全に相手を見下した笑い方。
「これが精一杯だ!」
ドアが声を張り上げてもディザイアンは小馬鹿にしたように笑い続けている。
「通行税に住民税、マーテル教会からの献金。これ以上どこからも絞り取れん!!」
「まあよかろう。次の献金次第ではマグニス様も悪魔の種子を取り除いて下さるだろうよ」
そう言い捨て、ディザイアンはエミルたちのいる側とは反対にある扉から出て行った。
最後まであの嫌な笑みを浮かべたまま。
残されたドアは拳を強く握り締め、俯く。
拳は遠目からでも分かるほど震えている。
「お父様…」
小さな声はドアの影にかくれていた少女のすがたをしたもの、から。
しかし彼女は少女ではない。
というかよくまあここまでマナを無理やりにかえたものだ、とあるいみあきれてしまう。
金色の髪を頭の高いところで二つに分けて纏めている一見可愛らしい少女。
歪すぎるほどのマナをもち、それゆえにありえるはずの姿すら維持できていないらしい。
おもいっきり人為的に歪められたいびつなるマナ。
人間ともハーフエルフとも違う、いびつに歪められた不自然なマナ。
どの自然においても絶対にありえない、マナのありよう。
どうやらドア、と呼ばれている男はそれにすら気づいていないらしい。
ヒトがマナを感知できなくなってはやいくつきか。
古に、ヒトたる種族を生み出したときは、彼らもまた自然を大気を感じることができた、というのに。
今では、マナを感知できるのは、ヒトの範囲内ではエルフの血をひくもの、のみ。
あとは自然界におけるマナに深くかかわりのある魔物くらいであろう。
自然の恩恵を忘れてしまった人間にマナは感知できない。
そして人間の姿をしているとは言え正真正銘の精霊。
――しかもマナの流れを司る精霊であり、うみだせし精霊でもある。
ゆえにエミルにはエルフ以上にマナの流れが分かる。
それこそ手に取るように。
そもそも今ある世界の全ての命は、エミル…否、ラタトスクが生みだしているものなのだから。
「もう少しだ。もう少しでクララは元の姿に戻れるのだ。旅業の料金を底上げして…」
ドアは少女に語りかけているように見えて、その実少女を見てはいないようだった。
少女はその姿を見て、哀れみのような表情を浮かべる。
だがエミル以外にそれに気づいた者はいないらしい。
「どういうことだよ」
ロイドの声に、ドアが素早くこちらを振り向く。
ゆっくりとロイドがそんな彼の前に姿を表すが、どうやら今度はクラトスはとめなかったらしい。
「何だよ、そのツラは。まるで死人でも見たような顔じゃねぇか」
「ねぇロイド。その台詞、ありがちだよ」
「うるせー!」
何やらそんなやり取りをして顔を赤くしているロイドの姿がみてとれるが。
しかし、ドアとおもわしき人物はそんな彼らの行動というかやり取りすら目にはいってないらしい。
その視線はじっとコレットにむけられている。
「何故、神子達がここに…。ニール! ニールはどうした!」
声を震わせ、なぜか一歩後ろにさがりながらそんなことをいってくるが。
「ニールさんはいなくてよ」
リフィルの言葉に、
「そうか…。ニールが裏切ったのか!」
ギリ、と噛む。
「あんたの奥さんがどうしたってんだ? 人質にでも取られているのか?」
ロイドが何やらそんなことをといかけているが、そんなロイドの言葉にたいし、
はっと吐き捨てるような笑みを浮かべ、
「人質だと…? 笑わせる。妻なら…ここにいる!」
ドアが壁に不自然にかけられていた布を勢いよく剥ぎ取る。
布で隠されていたのは、壁ではなくひとつの牢。
一本一本が人間の手首ほどの太さがある頑丈な鉄格子はちょっとやそっとの力では壊せそうにない。
普通ならば。
その中には、異形の生物が一体ほど閉じ込められているのがみてとれる。
「…!!」
クラトスがその姿をみて息を呑む。
人に近い形をしてはいるが、その大きさは優に三メートルは超える。
異様に長い腕の先には短剣ほどもある鋭い爪が三本。
…人がいうところの普通なら間違いなく命はない。
頭部と思われる部分には鋭い牙が覗いた大きな口と、不気味な光を放つ目の様な器官。
突然の光に驚いたのか、その『生物』は地に響くような低い声で咆哮する。
「な、何、このバケモノ…」
ジーニアスが震える声で呟き、よろよろと後ずさる。
その隣でコレットが胸の前で両手を握りしめ、悲痛に訴える。
「泣いてる…。あの人、苦しいって泣いてる。化け物なんて言っちゃダメだよ…」
「…エクス…フュギュア……」
おもわずそれをみてつぶやいてしまう。
かつて、人がうみだせし、無理やりにマナを狂わされた生体兵器。
かつてのテセアラで量産されていた…人をつかった生体兵器。その一つ。
痛いほどにわかる。
悲しみと、苦痛の入り混じったマナ。
元々は人間だったのだ。マナを不自然に無理矢理いじられ、
結果あんな姿になってしまった人間。
本当に嫌になる。
そんなヒトだけではない、とはわかっている。
いるが、ヒトはどこまでも愚かになれる、その典型。
エミルが呟いた言葉の意味はこの場の誰もわからない。
否、この場でわかるのはクラトスのみか。
「ま…まさか…」
ロイドの声はカラカラに乾いていた。
どうやら彼も気づいたらしい。
今のロイドは完全に天使化している、というわけではなさそう、であるが。
すくなくとも、マナをよみとって気づいた、というわけではないらしいが。
かつてのロイドはある一件を境にして天使化を果たしている。
もともと、彼は天使化したクラトスと、そして天使化手前の女性…
エクスフィアとよばれしものをその身に宿された女性から生まれた子供。
産まれたときからその要素はあったといってよい。
ゆえに、とあるきっかけをかわきりに、彼もまた天使化を果たしていた。
それはかつての記憶。
「そうだ。これが私の妻、クララの変わり果てた姿だ!」
吐き捨てるようにいってくるドアとおもわしき男性。
「だから、亡くなったことにしていたのね」
リフィルがそんな彼に淡々と問いかけるが、
「父が愚かだったのだ。ディザイアンとの対決姿勢を見せたために、
先代の総督だった父は殺され、妻は見せしめとして悪魔の種子を植え付けられた。
私が奴らと手を組めば、妻を助ける薬を貰えるのだ」
悪魔の種子、ということばにびくり、と反応してしまう。
そもそも、あれを勝手に人が使用しているだけで、あの子達には罪はない、というのに。
本当に人はどこまで愚かなのだろう、とつくづく思ってしまう。
「嘘です、それは。薬なんて存在しません。
あなたの奥さん…ドア夫人は体内のマナを無理にいじられてマナが暴走してしまったんです。
それを治す薬なんてものはありません。
あるとすれはマナをあるべき姿にただす術です。薬ではマナは正せません」
そう、薬ではなおせない。
マナを正す薬、などというものはありえない。
そのようなものを創りだしてすらいない。
「貴様が一体何を知っているというのだ!」
そんなエミルの言葉にドアがくってかかるが。
「あなたが知らないだけでしょう?マナの乱れはレイズ・テッドという術にて修正は可能です。
リフィルさん、あの?つかえませんか?」
「……エミル、あなた…いえ、私はつかえないわ」
リフィルのどこかとまどったような声。
どうやら使えないらしい。
おもわずため息。
「それに、わかってないんですか?彼らを信じて、この街の人達を、
あなたを信じている人達を裏切って。
薬なんてものは存在しない。またあんなヒトどもが約束をまもるともおもえない」
それは本音。
信じて裏切られるその結末をエミルは嫌というほどに知っている。
「信じて、裏切られたときの気持ちをあなたは考えたことがあるんですか?」
それは切実。
信じたから、あのとき、世界を浄化しなかった。
なのに。
ミトスは彼を裏切った。
それは紛れもない事実。
ドアはディザイアンが薬を持っているものと信じ込んでいるらしい。
いや、そう信じ込まざるを得ないのだろう。
妻を化け物に変えられてしまった苦しみを、ありもしない薬を信じることで少しでも減らそうとしている。
それをあるいみ現実逃避、ともいう。
「あなたはディザイアンの言葉を信じるんですか?
ディザイアンなんかを信じて、この街の人たちを裏切って、薬なんて絶対にない、とわかりきってるのに。
マナを人為的に狂わせるような実験をするものたちなど」
自らが生みだした生命をいじられるのは面白くない。
ものすごく。
「そうだよ! あんたはパルマコスタの人たちを裏切ってるんだ!」
ジーニアスが震える手を握り締めて続けてさけんでくる。
みればなぜかその顔色はあまりよくない。
「知ったことか! 所詮ディザイアンの支配からは逃れられん」
「コレットが…神子が世界を救ってくれる!」
そんなロイドの台詞におもわずエミルはまじまじとロイドをみてしまう。
それはある意味でコレットに全ての責任を押し付けるという言葉、だとロイドは気づいていないのだろうか。
いうのならば、コレットが、でなくて自分達が、というべきだ、とおもうのに。
個人のみを限定すればコレットのこと、へたに責任感を負いかねない。
「神子の再生の旅は絶対ではない。前回も失敗しているではないか!
それにこの街の者は私のやり方に満足している。ただ、私がディザイアンの一員と知らぬだけだ」
それもどうか、とおもうが。
もしもそれをしったときの人々の反応を彼は考えたことがあるのだろうか。
いや、ないのであろう。
人は自分かわいさにあっさりと他人を売り渡すような性格をしているのだから。
もっとも、そうでないものたちばかりではない、ということも知ってはいるが。
「黙れ! 何がお前のやり方だ!」
ロイドが叫ぶ。
「あんたの奥さんは確かに可哀想さ。でもな、あんたの言葉を信じて牧場に送られたばかりに、
あんたの奥さんのようにされた人だっているかもしれないんだぞ!」
エミルの隣で、ジーニアスがマーブルさん…と小さく呟いているようだが。
そういえば、ジーニアスが使用していたかの石にマーブルという女性が閉じ込められていたような気がする。
すこし意識をそちらにむければ、たしかに彼のつけている石の中から一人の女性の気配もしてくる。
「黙れ小僧! 自分だけが正義だと思うな!」
そんなロイドにたいし、どなりちらすようにドアが叫んでくるが。
「ふざけろ!!正義なんて言葉、チャラチャラ口にすんな! 俺はその言葉が一番嫌いなんだ!」
そんなドアにたいし、ロイドもまた叫び返す。
かつての世界においてレザレノ第二社屋の最上階で聞いた言葉。
ロイドは怒りに声を震わせ、ドアに怒鳴りつける。
「奥さんを助けたかったら、総督の地位なんて捨てて、薬がなくたって、治す方法を探せばよかったじゃないか!
あんたは奥さん一人のためにすら地位を捨てられないクズだ!」
「ロイド、止めて!」
コレットが今にも泣き出しそうな声で訴えている。
何故止めるのかという視線でロイドはコレットをみているようだが。
「皆が強い訳じゃないんだよ。だから、もう止めてあげて!」
「コレット…」
今にもドアに殴りかかりそうだったロイドであるが、
コレットの言葉をうけ戸惑いながらも握り締めていた拳を下ろした。
ロイドも許したわけではないのであろう。
が、コレットの意見を尊重しようとしている、のだろう。
が、エミルは許せない。
許せるはずがない。
そもそも、あるいみ自分の欲で他者を巻き込む、
それはいちばんエミル達…精霊達が嫌悪すること。
目の前の人間、ドアは、パルマコスタの人間全てを裏切っていた。
信頼しているほど、裏切られたときの衝撃は大きい。
パルマコスタの人々はドアを信頼しきっていた。
それなのにドアはその信頼を裏切ってディザイアンに加担していた。
許せるわけがない。
その裏切りがかつてのミトス達の裏切りとおもいっきり重なってしまう。
今でこそ何か理由があった、とおもえるが。
しかし、マーテルやミトスが裏切ったのは…世界云々のことだけ、ではない。
何しろかの種子にミトスの命がやどり、そしてマーテルがその守護たる精霊についた。
それだけでも…自分から大樹を取り上げた、という裏切りであった、というのに。
「クララさんを治す方法、私達で探してあげよう?
そしたら総督だって、もうディザイアンの味方にならなくてもいいんだから」
コレットが何やらロイドにそんなことをいっている。
「…私を許すと言うのか」
コレットの言葉をうけ、どこか毒気の抜かれたようなドアの台詞。
「あなたを許すのは、私達ではなく街の人です。でもマーテル様はきっとあなたを許してくれます。
マーテル様はいつでもあなたの中にいて、あなたの再生を待っていて下さるのだから」
「私の中に…」
また、マーテル。
女神マーテルというものは絶対に存在しない。
いらいらする。
どこまでミトスはヒトを・・・世界を裏切ればいいのだろう。
女神マーテルと新しい大樹の精霊マーテルは同一人物だ、という話は聞いたことがある。
他でもない、世界再生の旅のメンバーから。
だが、その世界再生の本人達ですら、今は何か誤解をしている、否、真実をしらないらしい。
当人は自分はマーテルであってマーテルではない、といっていたが。
あくまでも彼女は…数多の少女達の精神融合体が精霊体になったにすぎない、のだから。
ただ、核となったのがマーテル、という精神体であった、ただそれだけのこと。
と。
「――馬鹿馬鹿しい!」
声の主は、ずっとドアの影にかくれていた少女。
少女は一見可愛らしい顔には不似合いな禍々しい表情でドアを睨み付け、
その細い腕でドアの胸を問答無用で貫いてゆく。
「人間ごとき劣悪種にマーテル様が救いの手を差し伸べて下さることはありません」
酷く冷たい声。
いや、かつての性格のヒトたるマーテルなら確実に救う。
それはもう確信をもっていえる。
融合したマーテルならばヒトをだまくらかして自分の利益になるようにもっていくであろうが。
「キリア…?何を…」
少女は口の端だけを歪めて笑うと、父親の胸を貫いていた腕を一気に引き抜いた。
胸と口から鮮血を吹き出しながらドアがどさりと崩れ落ちる。
明らかに致命傷。
彼女から殺意がでていたのはわかっていた。
だけど止めるきにはならなかった。
自分はあくまでも悪くない、そう思い込んでいるヒトになぜに手をさしのべねばらなぬのか。
彼を信じ、家族を殺された存在達の思いなど、このドアには微塵もみあたらない。
「何をするんだ!」
「お父さんでしょ!? どうしてこんな…」
ロイドとジーニアスが叫ぶ。
その横でリフィルがドアに治癒術をかけるべく飛び出そうとしたが、既に剣を抜いたクラトスに押し留められているっぽい。
マナが、歪む。
目の前の少女のマナが激しく、歪に動き出す。
それ人にあらず。
人間ではありえない。
あいかわらず人というものは、と呆れてしまう。
マナが助けをもとめている。
他ならぬ、世界に。
自分自身に。
「ふざけるな。私はディザイアンを統べる五聖刃が長、プロネーマ様のしもべ。
五聖刃の一人であるマグニスの新たな人間牧場とやらを観察していただけ。
優れたハーフエルフである私に、こんな愚かな父親などいない」
今や少女は完全に姿を変えていた。
肌の色は禍々しい紫に染まり、
頭の両脇で纏めていた髪は太く捻れた角に変化し、両の腕の先には鋭い爪が生えた。
リフィルとジーニアスが動揺しているのが気配で分かる。
少女は自らをハーフエルフだと言った。
ハーフエルフは人間とエルフとの混血だが、外見は人間と大して変わらない。
元々人間とエルフの外見の違いも耳以外にはほとんどないのだから。
それなのに、この自分をハーフエルフと称する少女は人間にもハーフエルフにも見えない。
マナだって、ハーフエルフのものではない。
ハーフエルフであるリフィルとジーニアスが戸惑うのも当然であろう。
この少女は元々は確かにハーフエルフだったのであろう。
が。
それを、戦闘能力を上げるためだろうが、無理に人工的にマナを操作し、結果その代償がこの姿。
原理はドア夫人と同じだが、
自分の意思で姿を変え尚且つ制御しているこの少女とドア夫人との差は大きい。
ほんとうに愚かでしかない。
かつてミトス自身が嫌悪していたその技術を使っている、というその事実に。
「愚かな父親ですって…!?」
コレットが珍しく声を荒げているのがみてとれる。
彼女の意思に従い、背に淡い桃色の翼が現れる。
それをうけてか、はたまたようやく我にかえったのか、ロイドも気づけば剣をぬき、
そしてジーニアスが距離をとり詠唱を始めているのがみてとれる。
「愚かではないか! 娘が亡くなったことにも気づかず、
化け物の妻を助けようとありもしない薬を求めるなどと。あはははは!
「こいつ…!」
「許せない!」
ロイドが正面からキリアに斬りかかり、後ろからコレットがチャクラムを放つ。
キリアは片手でロイドの双剣を受け止め、もう片方の手で飛んできたチャクラムを払う。
そのままその手でロイドに斬り付けた。
持ち前の反射神経で後ろに下がったロイドだが、避けきれなかったらしく頬から血が流れていた。
「ファーストエイド!」
すかさずリフィルの治癒術がかかる。
だが傷も塞がらないうちに、両手が自由になったキリアがその鋭い爪をロイド目掛けて振り下ろした。
慌てて交差させた双剣で受け止めるが、
腕力ではキリアが勝るらしく、ロイドは顔に苦悶の表情を浮かべた。
この状態ではロイドを巻き込んでしまうため、
ジーニアスは詠唱の終わった術を放つことが出来ずに必死でマナを制御している。
一方でクラトスは早々に詠唱を破棄し、ロイドの援護に駆け出した。
「……本当に、ヒトは愚かな……」
おもわずつぶやきつつも、すでに牢の前にと移動は完了している。
その位置は必然的に元キリアの真後ろ。
キリアの背後に回り、その無防備な背中に一気に斬り付ける。
「ぎゃああああああああ!!」
「うるさい!」
絶叫を上げるキリアを横に蹴り飛ばす。
ついでに斬りつけたときに内部に純粋たるマナを叩き込んでいたりする。
歪められたマナは純粋なマナに悲鳴をあげる。
歪められたマナは正しく元に戻ろうとするが、歪であろうとする意思がそれを邪魔をする。
その結果が器の崩壊、という事実すら気づかずに。
間髪入れずジーニアスが術を放ち、無数の風の刃がキリアを切り裂く。
「グレイブ!」
クラトスが放った術によりキリアは大地より突き出た槍に体を貫かれ、呻き声と共に倒れ伏した。
「馬鹿な…」
キリアが呻く。
その血まみれの体は小さく痙攣し、声もまた掠れている。
「ならばせめて…」
だがキリアはその体で起き上がった。
身構えるエミル達だが、キリアは彼らに背を向け、
「この怪物を放ち、お前達に死を!」
どうやら牢の中の彼女を解き放つつもりらしい。
しかし、牢の前にはエミルがまだいる。
「…哀れだな。力におぼれしものよ」
「あ…が…がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
どうやら限界であったらしく、そのままその体はあわく光りはじめ、
次の瞬間、ぱんっ、という音とともに光りとなりてはじけ飛ぶ。
歪められたマナは大気にととけ、大気中のマナとまじりあい、本来の姿へと循環してゆく。
その様子にロイド達が驚きに目をひらくが。
マナを無理やりに狂わされたものの末路は有無をいわさず修正力により大気へとかえる。
マナそのものが本来の姿にもどろうとしておこる現象。
そこに猶予時間、というものは一切存在していない。
「またかよ…」
ロイドがぽつりと呟いた。
「また、辛い思いをしている人を倒さなきゃいけないのか…?」
殺してほしい。
そう願っている。
だけども。
あなたは、償う必要がある。
止められたはずである。
それでも間違いなくとめた、のであろう。
狂ってゆく夫をそのまま視ていた彼女もまたあるいみ被害者であるといえるだろうが。
それでも、真実を人々に伝えることができるのは、今は彼女しかいない。
「……仕方ない。あまりやりたくなかったけど……」
いいつつも、すっと腰にさげている鞄の中にと手をいれ小さなボウのようなものをとりだしつつ、
「深淵なる眠りにつきし 還りゆく命の源よ 今一度本来の姿にもどりゆかん」
力ある言葉をつむぎだす。
そして、そのまますっと手にした小さなボウを牢の中にとむけ、
「聖なる癒しのその力 大地の息吹よ 我が前に横たわりしこの者を救いたまわん…レイズ・デッド」
エミルの混沌の言葉のあとにつづく力ある言葉にて術は、発動する。
ちなみに、これは力の媒介によってその詠唱はまた異なってくる。
エミルだからこそ、もどりゆかん、という言葉で発動した、ただそれだけのこと。
それでも短い詠唱ならば何かいわれかねないので、かつて使用されていた混沌の言葉を利用する。
「「「な!?」」」
その場にいた全員…クラトスまでもが驚きに目をみひらく。
異形であった女性はゆっくりと光りにつつまれ、
やがてその姿は小柄な一人の女性へと姿をかえる。
そのまま、どさり、とその場に崩れ落ちる小柄な女性。
淡い栗色の髪のその女性がおそらく、ドアの妻たるクララ、なのであろう。
「…エミル?あなた、法術がつかえるの?」
かすれたような、驚愕したようなリフィルの声。
「法術、とはたぶん少し違うかと…まあ、一通り回復術は使用できますよ?
基本、僕はそっちより体を動かすほうが好きなのであまり使用しませんけど……」
というか全般的に全て使用可能である。
まあ、面倒なので属性に関してはセンチュリオン達の力を使うことのほうが多いが。
今の術も周囲にあるマナに呼びかけ、発動させたにすぎない。
何しろ彼がここにいることで、マナは自然と浄化されていっているのだから、
それくらいのマナを集めることはたやすいこと。
「聞いたことのない詠唱、ね」
「そうですか?僕にとっては普通なんですけど……」
かつて自分が伝えた自然に働きかける混沌の言葉を利用しているのだから、エミルからしてみればしごく当然。
まあ、古代大戦より前に一度滅んだ文明が使用していたものなので、
今現在覚えているものなどはまず精霊や自分達以外にはありえないのだが。
それでも最後の言葉を、復活、ではなくて
今普及している力ある言葉のそれにかえているだけでもましだとおもう。
「…すごい。今、周囲のマナがいっきに注がれたよ……」
感じたのは、エミルの言葉とともに、周囲のマナが一気に異形とかされたヒトに注がれたこと。
そのマナがあきらかに彼女の体を元にもどした。
その流れがつかめたからこそのジーニアスの驚き。
「…レイズ・デッドでたしかにマナの流れを修正、そして正すことは可能、だが…だが…」
だが、かの術はその意思の力と、その力量に応じていた。
ゆえに、レイズ・デッドにて元の姿にもどされる人体兵器では役にたたない、という理由から、
新たに開発されたのが、天使、とよばれし生体兵器達である。
「その、杖?かしら?みせてもらっても?」
「え?」
それは避けたい。
何しろこれは、実は大樹カーラーンの枝からつくっていたりする。
以前に暇だったので実は樹をつかい様々なものをつくることにこっていた時期があった。
そのときの名残の品の一つである。
「あ。すいません。これ僕にしか使用できないので」
というか他のものがもてばまちがいなく樹の枝そのものに全てのマナをもっていかれる。
それだけは断言できる。
一応謝りつつも、とりあえず腰の鞄の中に再びそれをしまいこむ。
「さて。と、どうします?彼女もすぐに目覚めないでしょうけど……」
「…このまま、牢の中においておくわけにはいかないわ。とりあえず中からだしてあげましょう」
リフィルの提案に反対するものは誰もいない。
じっとクラトスがこちらをみているが。
まあ気づかれてない、とはおもう。
あのマーテルに与えられていたかの杖とこれが同じもので創られている、ということは。
妻が元の姿にもどったのを目の当たりにしてか、ドアは大きく目をみひらき、
そして一筋涙をながし、そのまま息絶えた。
答えはこんな簡単なところにあったのである。
ディザイアンなどに協力せずとも、さがせばよかった。
腕のよい、法術士を。
それすらしようともせず、また調べようともしなかったのは、彼自身なのでエミルも何もいわない。
努力しようともしないものに救いの手をさしのべるほどエミルは…否、ラタトスクは甘くない。
生かしておいたとしても、確実にドアは街の人々から糾弾されそして見せしめのためにと殺される。
自分達を裏切っていた当事者、として。
裏切られたという思いはずっと残る。
何もしらないのならば、人々には何もしらないままでいてほしい、ともおもう。
裏切りから闇に…心の負にまけてしまう命などいくつもあるのだから。
「なあ、エミル。お前、回復術つかえるんだったら、どうしてあのドアって人をたすけなかったんだ?」
「ロイド。回復術は万能ではないんだよ?そもそも当人に生きる気力がなければ意味がない。
それに、彼を生かしておいてどうするの?彼は街全体を裏切っていた。
牧場に捕らえられている人達はそのことをしっているかもしれない。
それをしったとき街の人達がどう反応するとおもう?」
エミルのいい分はしごくもっとも。
「…暴動、がおこるわね。下手をすれば街全体が戦乱になりかねないわ」
信じたい一派と、許せない一派。
勢力がわかれ、どろどろの展開になるのは目にみえている。
そして確実にドアは当事者として殺される。
人々に怒りと悲しみ、裏切られた絶望、という思いを刻みつけたまま。
リフィルが淡々と真実をいってくる。
「真実は知らないほうが幸せ、ということもあるんだよ。信じたままでいられたらどんなにいいか……」
「うん。それはわかる」
「・・・・・・・・・・・」
エミルのいい分には実感がこもっている。
そしてまた、幾度もヒトに裏切られているからこそ、ジーニアスもエミルの言葉に賛同し、
リフィルも思うところがあるがゆえに何もいわない。
あのとき、信じたまま、託したまま力を蓄えたまま眠りについたままでいれば。
それでもマナの調整するのは自分しかおらず、ずっと眠りつづけているまま、というわけにもいかない。
ゆえに眠りについていても最低限の理だけは可動するようにとしていた。
「知らなくて済むのなら知らないほうがいいんだよ。
もっとも当事者達が知らない、というのはそれは罪でしかありえないけどね」
知らないから何もしなかった。
というのはあるいみいいわけ。
それはエミルからしてみれば、しろうとしなかった、ただそれだけのこと。
※スキット※
ロイド「裏口から入っただけあって、ディザイアンが少ないな」
リフィル「少ないというかまったくいないわ」
ジーニアス「でも、見張り以外のディザイアンが一切いないって、おかしくない?」
クラトス「罠…かもしれぬな」
ロイド「ええ!?」
リフィル「ロイド! 声が大きいわよ」
ロイド「ご、ごめん…」
エミル「でも、罠っていってもどんな?」
クラトス「そこまでは分からぬ。だが用心するに越したことはない」
ロイド「…分かってるよ、そのくらい」
クラトス「分かっていればいい」
ロイド「けーっ」
エミル「ロイドって…」
ジーニアス「罠らしい罠なんて見かけないけど、本当に罠なのかな」
エミル「罠があるとすれば、落とし穴とかかな?」
ロイド「何言ってんだよエミル。落とし穴なんて古臭い罠が今時あるわけないだろ」
エミル「え? でも……岬の砦にはあったよ?」
その岬の砦がどこなのかロイド達はわからない。
コレット「オサ山道にはあったよ、ロイド」
ロイド「ああ! あの暗殺者も哀れというか何というか…」
ジーニアス「ホント、コレットのドジは幸運をもたらすよねー」
エミル「ちょっと待って! 暗殺者!? コレット狙われてるの!?」
コレット「そんなことないよー。きっと、あの暗殺者さん、お友達になろうとしてくれたんだよ、ね、ロイド」
ロイド「何言ってんだよコレット! あいつしっかり『神子、覚悟!』って言ってたじゃねーか」
ジーニアス「…なのにコレットが落とし穴に落としちゃった、と」
コレット「でもあの後ちゃんと再会できたから…きっとあの落とし穴は幸運に続く落とし穴だったんだよ!」
エミル「(……まさか、しいな…のような気がするが…まさかな)」
よもやそのまさかだ、とはさすがのラタトスクも気づかない……
クラトス「エミル、一つ訊きたい」
エミル「え!? な、何ですか…?」
クラトス「お前の剣は我流か?」
エミル「え…えーと…我流…になるんだと思います…」
クラトス「随分曖昧だな」
エミル「う…。あ、でもどうしてそんなことを?」
クラトス「いや、少々気になっただけだ…」
エミル「……」
何しろ数多たる時間を得てのこの技である。
ちなみにこの世界においては古代に失われた技術たる技も当然エミルは使用可能。
pixv投稿日:2014年1月5日某日(Hp編集:2018年4月22日(日)
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あとがきもどき:
さて、pixvさんに投稿しているのを改めて編集してておもったこと。
…文章、書き直したぃぃぃっっっっっっっっっ。
きになる部分はちまぢまっと編集しつつの編集です。
何かこの当時に書き始めたのって全体的に固い気がする……