「お兄様。あけましておめでとうございます」
にこやかに聞こえる声にふりむけば、そこには一人の少女。
漆黒の長い黒髪をきれいに結わえ、そしてその漆黒の大きな瞳は見るものすべてを視了する。
「姫様。いつおもどりになられました?」
その声に多少驚きを含めてといかけているのは、年配といってもだいぶ年をとった男性。
老人、といっても過言ではないが、それでも老いぼれているわけでもなく、まだまだやる気だ、と目が語っている。
そもそも、驚くもの道理。
彼女は今の時期はとても忙しいのではないのではなかろうか?
「あら?爺。私はいつでも戻れるのをお忘れかしら?」
くすくすくす。
くすくすとほほ笑むその姿におもわず顔をしかめてしまう。
「というか。美智絵。巫女頭がいなくてもいいのか?」
そもそも、その能力からして、先祖がえりだの何だのといわれ、あるいみ現人神、ともいわれているのも事実。
それゆえに伊勢神宮に巫女頭として表向きは存在するようにとなっているのも事実。
兄、とよばれた青年が苦笑しつつも問いかけるが、その目は笑っていたりする。
この三つ年の離れた妹は、人の常識を覆した行動をとるのはすでにもう慣れている。
そもそも、時すらをも移動できる、という彼女にいったい何がいえる、というのであろうか?
徳川美智絵。
当代将軍、八代徳川吉宗の実の妹でありながら、その存在はあまりに知られていない。
それもこれも彼らの実母の生い立ちゆえ。
ごく一部のものにしかしれらてはいないが、彼らの母親の両親は共に天皇家の直系にあたる。
本来ならば彼らの祖父にあたる人物が当代天皇になっていてもおかしくはない血筋がら。
しかし、あまりに近い血のために結婚がゆるされず、そのまま皇居をでて、そして彼らの母が生まれた。
そのことを知っているのはほんのごく一握り。
「人の用事なんてどこにいてもできることだし。それよりお兄様。町にでましょう!」
「姫様!上様をさそわないでくだされ!それでなくても年始はいそがしいのですぞ!!」
毎年のことながらさそわないでほしい。
と切実に、爺、と呼ばれた人物はおもう。
というか、そもそも……
「そもそも。姫様。いったいそのお金はどこから用意されているのですか?」
巫女頭の職に一応は表向きはついてはいる、とはいえ彼女には定まった手取りなどはないはずである。
もしかしたら神社の関係者が彼女に何かしら渡しているのかもしれないが、そのあたりのことは詳しくはない。
「ああ。何か『総本山らしい何かありませんか?』といわれたので、以前にちょっとした祠をつくったのよ。
そこのお賽銭。なんでか毎年そこのお賽銭、ふえてるのよね~」
さも不思議そうに、それでいて面白いようにそういうその様子に思わず兄である吉宗と、そして爺、とよばれている人物は目をあわす。
あってはならないことかもしれないが、だがしかし、この美智絵のこと。
やりかなない。
ものすごく。
彼女がこのような表情をするときには何かしら人智を超えた『何か』をしているときに他ならない。
「…ものすごく聞きたくないのですが、ちなみに、どのような祠を?」
意を決してといかける。
「まさか、人がいきかえったり、もしくは病気が完治したりとかではないよな?」
恐る恐る問いかける老臣とは裏腹に、ため息まじりにといかける。
「あら。兄様。おしい!ただ、願い事をしながらお賽銭をいれたら、それに応じたお守りがでる祠をつくっただけよ?
たとえば、一度だけならば死を身代わりになってもらえるお守りとか」
「「十分すぎ(ます!)(るだろっ!)」」
さらっと何でもないようにいわれて思わず二人の声がかさなってしまうのは致し方ないのかもしれない。
が。
「変な兄様達。それより、兄様。はやくいきましょ!」
「あ!姫さま!おまちくだされ!!」
彼女にとってはそのような品物を創りだすのも何でもないこと。
それを知っているがゆえに普通の感覚からすれば戸惑わずにはいられない。
そのまま、兄の手を取りその場から消え去るのを止められるはずもなく。
「……よく今まで騒ぎになってないものだな……。一度、伊勢神宮の主殿と話しあう必要があるかもしれん・・・」
一人、ぶつぶつとつぶやく老臣の姿が、城の一室においてみうけられるのであった。
何はともあれ、今年も徳川八代将軍が治める世の中は安泰のようである……
~終わり♪~