平和な日常



その部屋は、すっきりと片付いていた。
一部を除いて……だが。
「何やってるんだか……」
入ってきたのは、一人の男性。
ここが彼の部屋なのだから、入るのは何もおかしい事ではない。
例え、その部屋にはすでに先客がいたとしても問題などあろう筈もない。
「リナ?」
先客は、小柄な栗色の髪をした少女だった。
名前はリナ、リナ=インバース。
どうやらすっかりと寝入ってしまっているみたいなのだが……年毎の娘さんがする格好とは思えない状態である。
部屋は机が一つ隅にあり、ほとんど使っていないだろう本棚には申し訳程度の本が入っている。
しかもほとんどが彼には手にもした事がないオブジェ程度の認識しかないのは、単純な話として彼の本ではないからだ。
机の上はよく片付けられているが、それは別に彼の性格ではなく単純に持ち主が使わないからだ。
部屋は広く10畳ほどあり、机の反対側には体の大きな彼の為のキングサイズのベッドと
オーディオの機材がずらりと並んだスツールがある。
その反対側にはカウチソファがあって、持ち主はほとんど使わないのだが
居座っている少女はそこから上半身をフローリングの床に落としている状態だ。
よく苦しくないものだと苦笑してしまうが……その周囲には分厚い本が散乱している所から、本を読んでいる間に眠ってしまい。
気温が熱いので自然と体が涼しいところを求めている状態、とでも言うのだろう。
「まったく……こんな調子じゃ体痛めるぞ?」
この部屋はリナの家からほど近いところにあって、彼の存在はリナの家族も先刻承知。
はっきり言って本人との付き合いに負けないくらい家族との付き合いは深く、
父親と姉に至っては見かける度にちょっかい……もとい、ありがたい訓示をたれてくれる事も多々あると言った感じだ。
「起きた時にあちこち痛くなっても知らないぞ?」
目覚めている時には触れた途端に猫が怒ったかの様になるが、眠り込んでいる今はすーすーと寝息が聞こえる程度だ。
常の反応が見られない寂しさと、体を抱き上げても拒否されない嬉しさとでせめぎあうのは男としては当然の反応だろう。
「ん……?」
起きたらしいリナの様子を見て、特に疚しい事をしているわけでもないのにあわててしまうのは当然の摂理と言うものなのだろうか?
それとも心の中を見透かされてしまって……と言う所だろうか?
「あれ、アンタ……いいや、暑い……」
どうやら寝ぼけているのか、心持ほっとしながらも床の上に横たえる。
ベッドの上に乗せてあげれば一番良いのだろうが、問題点が多すぎる事もあり。
なかなかそうはうまくいかないのが、男としては辛いところだ。
何より、ベッドの上は燦々と太陽の光が降り注いでおり。
窓際のカーテンが揺れている事から風はあるのだろうが、ふかふかそうな布団の気温を測りたいとは思わない。
「……これって、男としてはどうなんだろうな?」
声をかけてみるが、再び眠りの世界へ旅立ってしまったリナの耳には当然聞こえていない。
汗ばんだ顔に、張り付いた髪をどけてやるがちっとも動こうとしない。
どうやら、本格的に眠ってしまったらしくて。
「確かに……結構涼しいなあ……」
床の上で眠るなど、何年ぶりのことだろうかと思う反面。
そのひんやりとした感触は確かにリナでなくてもあっと言う間に眠りにいざなわれてしまうのも、無理はないだろうと核心した。
外の向こうから、かすかに聞こえてくる日常の音と。
背中のひんやりとした感触、風に混じってくる熱の混じった空気。

「あれ?」
その中に、立っている間は気が付かなかったが音楽が聞こえてきている。
「リナが何かしてるのかな?」
それは耳障りでない程度なのに、ひどく内側に染み込む音楽だった。
どこから聞こえてくるのか判らないけれど、もしかしたら体の中から聞こえてくるのかも知れないと思わせるのには十分だった。
判っているのは、まるで伸ばされた手の様で。
迎え入れてあげたいと思わせる、そう言う音が集まっていた。
音が集まって作る、それが……音楽。
「似たようなこと言ってる、か?」
甘いメロディアスのものもあれば、ビートの効いたものもある。
けれど、その中にあるのは「自由」や「恋愛」に「旅立ち」などと言った言葉の中に隠された……寂しさ。
行かないでと叫んでも消えてゆく人を思う曲もあれば、
ストレートに自由と引き換えに孤独を得てしまった悲しみ、
誰かに首っ丈で気が狂いそうなのに駆け引きを楽しんでいたり。
かと思えば、一人きりでは何も出来ないけれど貴方と一緒ならばどこへも行けると歌っている曲もある。
(告白みたいだな……)
 言葉にはせず、唇だけで紡いで見る。
 優しくて、暖かくて、それでいて少し冷たい日常を守る為に戦いに出向く曲もあった。
 一体誰の事を指しているというのか……内心、どちらとも思えてどちらとも思えなくて。
 確かめてみたい様な、けれど確かめないほうが良いのかも知れないという気がする。
 (それでも、きっと……)
 視界の中には、眠りの中で旅しているリナ。
 置いてきぼりにされたみたいな気持ちになって、手を伸ばせば届くのに届かない錯覚。
 ぎりぎりまで指を伸ばして、そして諦めてしまう。
(リナは……)
 届く歌は、大好きな人に大好きと言える強さが欲しいといっている。
 幼い頃は平気で出来ていたことが、年齢を重ねるごとに弱くもろくなってゆく自分自身をあざ笑う。
 一歩を踏み出せば願いに届き叶うのに、その一歩を踏み出せなくてカラスが笑う。
 だけど忘れないで、もしも岐路に迷って立ち止まっても。
 必ず繋がっているから、もう一度思い出して欲しい。
あの始まりの日から。
 物語は続いて行く。
(きっと……)
 眠りの中、自分では踏み出すことなど出来ない一歩を。
 鼻で笑ってリナは、簡単に踏み出してしまうのだろうと。
 夢と現の間で、思った。
 その夢と現実の間で見たものが、果たして単なる幻だったのか。
それとも本当にあった のかは知らないが…
…細かい事はともかく、自分はずっとリナと一緒だったと言うのだけは確信が持てた。







おまけ

衝撃の中で、目覚めた。
「な、なんだあ!?」
周りが暗かったので判らなかったが、どうやらすでに夜になっているのだろう。
真夜中と言うほどではなさそうではあるが、腹時計から換算するにそろそろ夕飯を食べてもバチは当たらないと言った所だろうか?
「アンタ……どう言うつもりなのよ?これじゃあ!せっかくわざわざあたしんトコからアンタの部屋に移した意味がないじゃないのよ!」
いつしか、音楽は止まっていた。
リナが止めたのか、それとも自動的に止まるようになっていたのかは判らない。
「ええ……と?」
状況が理解出来ないと顔にでかでかと書いてあるのが見えたのか、それとも雰囲気で判ったのか。
リナは怒りの形相そのままで詰め寄った。
「アンタが!人の部屋に窓からとか外からとかうちの家族懐柔するとかご近所にわざわざ見つかるような真似をして、
  姉ーちゃんに冷やかされるわ。父ーちゃん切れるわ、母ーちゃん笑ってて何もしてくれないわで大変だから、
  わざわざこっちに来てるって言うのに!その部屋の持ち主のアンタが寝こけてどーするつもりなのよ!
  また姉ーちゃんに「あら、今日は泊まって来ないの?」とか言われて父ーちゃんに「なんだと!」とか言われて
  母ーちゃんがフォローしてくれなくて大変じゃないのよ!しかも……しかも……」
確かに、今日みたいな暑い日なのにリナが部屋から出ようという気になっただけでもおかしなものだと言う気がするだが。
家族や近所から散々からかわれた為に逃げ込んできたというのが、どうやら正しいらしい。
「えっと……リナ、ここに泊まった事あったっけ?」
「あるか、ボケぇっ!」
顔を真っ赤にしているだろう事は判るのだが、あえて部屋を暗くしのか。
それとも部屋に明かりを入れることを思いつく前にガウリイを蹴り飛ばしたのか、それはちょっと微妙な所だ。
「しかも! なんだって気が付いたらアンタに膝枕されてないといけないのよ!」
びしりっ!
さした指からは本当に空気を切る音が聞こえてきそうになり、
心の隅で「リナならやるかも知れない」と言う気になったのは全くもって意味がない。
「ひ、膝枕……?」
内心で「惜しい、なんで覚えてないんだ!」とかかました絶叫が声にならず。
故にリナに届かなかったのは物理的に顔の造詣が狂わなくて良かったと思う人は数多いだろう……
が、なぜか古来より美形男性は顔の造詣が自動的に回復すると言うジンクスがあるとかないとか言う話があったりする。
「そうよ!」
正確には、寝入ってしまったリナが同じく寝入ってしまった相手の太ももに寝ている間に
転がって寄りかかってしまったと言うのが正しいのだが、それで相手が正座でもしていれば立派な膝枕である。
「アンタ! 一体どう言うつもりでぇぇぇぇぇぇつ!」
「待て、リナ。落ち着け、話せば判る。多分! きっと!」
「問答無用ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

RRRRRRR RRRRRRRRR

天の助けとばかりになった電話のベルを聞いて、流石にリナも手を止めた。
振り上げた手の先にあったのは……とりあえず影からすると鈍器に見える様な見えない様なと言ったところだろうか?
「……出れば?」
すねた顔をして横を向いた隙に、なんとか電話に出る。
流石に、かかっている電話を放置して制裁を加える気にはならないのだろう。
「はい……ああ、どうも」
天の助けに感謝をしながら出たが、出た途端に本当に天の助けなのかどうか判らなくなった。
そう言う相手は、長い人生の中でもなかなか存在するものではない。
「リナ、電話。ルナさんから」
「ねねねねね、姉ーちゃんからぁっ!?」
何をそれだけ怖がっているのか……理由は幾つか思い当たるが、リナの怖がり方は幼い頃からのスリコミのせいか。
本当に見ている方が気の毒になるくらいの怖がり様で、
しかもルナ本人がそれに対してフォローを一切しないものだからリナの
「考えすぎる癖」が異様な発動の仕方をしているのは知っているのだが…
…「つい」見て居たくなって誰もフォローを入れなくなってしまったと言うのは、実はリナだけが知らない事実である。

「どこで見てたのよぉぉぉぉぉぉぉっ!」
リナの叫び声が出た頃には、もう回線は切れているのだろう。
この姉妹の電話は、大体がこう言う感じだ。
「どうしたんだ、リナ?」
明かりをつけると、予想よりもリナの顔が赤く染まっている。
どうやら、更に顔が赤くなるようなことをルナに言われたのだろう。
「姉ーちゃんが……寝こみを襲わなかったのは褒めてもいいけど、どうせならもうちょっと色気を出せって」
「ルナさんが……」
話が進展しない!
と言っては人を計略にはめて。
それは行きすぎ! 
と言っては良いところで邪魔に入るタイミングを、一体ルナがどうやって計っているのかはかなり深遠な謎だ。
恐らく、手足となって働く人材が幾らでもいるということなのだろうが、それにしても手回しが良すぎると思う事がしばしばである。
要するに、それだけ可愛い妹の事が心配だとか言うのもあるのだろうが楽しみたいと言うのもあって。
聞けばルナの事だからあっさりと「ええ、そうよ」と答えるだろう。
ルナはそう言う人物なのは……初日でイヤと言うほど思い知らされた。


「お腹すいたから帰るわ……父ーちゃんがまた切れても困るし」
「ああ、送って……」
「いいわよ、それこそ後が面倒よ。それでもいいの?」
少し考えて。
切れた父親に、追いかけられるパターンと。
酒に誘われて潰れるまで酔わされたあげく、邪魔だからと外に放置されるのと。
問答無用で仕事を手伝わされるパターンを思いついて……結局、フルコースが一番ありそうな気がして。
どれもイヤだという結論に達した。
あの家族に関わって良い目を見る事など一年にあるかないか、
どちらかと言えばほとんどないに等しいあると言う、誠に持って形容が難しい。
「ヤダ」
「じゃあ、またね。あ、今度あたしがお昼寝してたら。帰って来た時点であたしを起こす事!」
「はいはい……気をつけます」
 苦笑しながら、明かりをつけて扉の向こうに消える少女を見送った。
こんな日常的な事がつらつらと起こっても、どれだけ怒りが沸いても、それでも「また来る」と言っているのだ。
 これが愛しく思わずに、果たしていられるだろうか?








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管理人より:
ずいぶん前に無理いってリクしてたのを無理いっていただきましたのですv
でも、すいません!Mさん!これもらったの9月なのに編集したのが・・・あ・・・あはは(汗
何はともあれ!ステキなお話ありがとうございます!!

2005年1月30日某日