遙か昔──
魔王シャブラニグドゥの1欠片が目覚める、約1年前──
世の中は平和であった。
人々は人生を──
──喜び──怒り──哀しみ──楽しむ──
喜怒哀楽をめざし、喜怒哀楽を忘れる。
だが何かの影響により──魔法が存在するこの時代──
運命か、神のいたずらか、魔法とは違う不思議な力を持って生まれる者た
ちが存在した。
この世に特別な命を受け生まれた者──
だが、その能力の開花はまれのことであり、その力は開花に共なりその者
の運命さえも変えてしまうという。
その力のため、多くの者は能力を神から授かる力と言い、より多くの者は
能力を魔王の印と言う。
また多くの者は『光』の能力を持つ者を神の子と呼び、またより多くの者
は『剣』の能力を持つ者を魔王と呼び恐れた…
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「っ!!」
あたしは悲鳴ともつかない、自分の声で突然目がさめた。
周りを見渡す。見知った土地、見知った大地──
また、ここに来ていた…
これで何度目だろう。
気付かないうちに、ここへ足を運んでしまったのは…
周りは暗闇に包まれ、たった一筋の光…満月から漂う光があたしを照らし
出す。
ここにやってくるのは必ず満月の綺麗な夜だった。
そして、目がさめる前までは、何か怖い夢を見る。
それが何であったのかははっきりとは解らない。
でも、全然覚えていないと言うことではなかった。
とても大事なこと──
数人の人の影が見えた。
一人は少年。
一人は少女。
金色の長い髪をした男女のペア…しかし、4人
の顔は見えない。
そして、最後にあたしと兄の姿が見えて──
そこで、夢が途絶える。
いったい彼らは何者なのだろう…思い出せない…
思い出そうとすると頭に鋭い痛みが走る。
あたしは思い出そうとすることをあきらめた。
興味が無い。
そう言えば妹はどこへいったのだろう?
ふと思う。
「………………」
沈黙は何も答えてくれない。
妹?あたしに妹がいたのだろうか?
そしてそれは次の満月の日にも──
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だむっ!
勢いをつけたせいか、かなり派手な音を立て、扉は左右に大きく開いた。
あっほい、もう一丁!
どかっ!みしっ…
別の扉に飛び蹴り一つ。
おや?
今…ドアにヒビが入んなかったか?
………………………………………………………………………ま…いっか…
というわけでもう一個ー!!
ばきいぃっ!
あ…壊れた…もろい扉ねぇ…腐ってたのかしら?
うりゃあぁぁーーー!!
それを数回繰り返す──
ぴーんぽーんぱーんぽーん…
しばらくお待ちください…
「…こっちだ!こっちで今、音がしたぞ…」
おおー、えらい!今の音を聞きつけた者がちゃんといたか!!
…といっても…わざとあたしが聞こえるように、音をたてたんだけど…
…がちゃ、がちゃ、がちゃ、がちゃ…
と後ろ手の少し先から鎧か何かの音
を立てて廊下を走り来る者が数人。
おびき寄せ大成功ってとこね…
あたしは静かに一つの部屋に入り、後ろ手で扉を閉めながら周りを一瞥す
る。ちょっとした書斎だ。
結構高めな机やら椅子やら、本棚。
カーペットも質素ながらいいものであしらわれている。
豪華な部屋ではないにしろ、一般家庭では用意できない部屋である。
──ここにあるわね──
そう…あたしの勘と経験が何かのインスピレーションを抱かせた。
……少ししてあたしの目は、一冊の本で停止する……
………ふーん……
「どこででも同じよね…隠し場所なんて…」
てくてくてくてく…
と本棚へ歩き、目に止めたやけに真新しい一冊の本を
抜き取る。
ことんっ…とその本から乾いた音がするのを確認すると本を開く。
あった
…予想通りの物が…あたしの口元が自然に綻む。
あたしの名はディ(D)…もちろん偽名…この国で3ヶ月ほど前から義賊
を始めた17歳の女の子。
義賊って知ってる?
弱気を助け強気を憎む、愛と正義の怪盗なのよ。
目のあたりを隠す緑色のバイザーに茶色のポニーテール。
ボディラインが
はっきりとわかるほど、ぴったりと体に密着した黒い服の上に、ざっくりし
た紺色のTシャツとホットパンツという格好。
「…さてと…そろそろかな?」
悲しそうな輝きを見せる、大粒のエメナル色の宝石を取り出すと、宝石を
隠すためにくり貫かれた本をその場に投げ捨てる。
すると、
だぐんっ!
などと音を上げてこの部屋の扉が開かれ、そこから数人の傭兵たちがわら
わらと入ってきた。
よっしゃあ、計画どおり!
心ん中でがっちゅぽおじゅ!
「見つけたぞ!」
そう声を上げながら鎧も着けていない男が傭兵たちを掻き分け、あたしの
方へと指差し、
「…………て、うわわわわわ…どうしておまえがそれを……?」
続きの言葉がそれだった…やはりそいつは右手に持つ宝石を見て、あたし
が思っていた通りの動揺をとる。
そんなおもいきし動揺しまくっている男の後ろから、
あたしがよく知って
いる白髪の老人…
ちなみにおもいっきし立派な鎧を着込んでいたりする…
の
ラウンディス…なんたらかんたら(おもいっきし長い名前なので中間は大カッ
ト)…
エルデス=ギアラードが同じくこの宝石を見て小さな呟きを漏らす。
「……ほお…<猫の目>じゃな…一週間前に盗まれたとかいう…」
「あったりー(はーと)」
あたしは笑顔で答えてあげる。
ラウンディスは自分の髭をさわり、
「…でじゃが…何故おぬしがここで、そんな物を持っとるんじゃ…」
「ここで見つけたの(ハート)」
ラウンディスの芝居かかった言葉に…もうすべてお見通しって感じね…猫
なで声できっぱりはっきり言うあたし。
「うそだ、デマだ、でたらめだ!こいつが私をはめようとしているんだ!!」
その言葉に、ここの屋敷の主…動揺している男…が大声をはり上げた。
さ
らに動揺しているのが人の目でもわかる。
「…ま…どう言おうが喚こうが、その辺にトーテムポールを立て掛けて踊っ
たりするのはあんたの勝手だけどさ……それより。
おっさぶり!
一ヶ月ぶりよね。ラウンくん」
ラウンディスが嫌な顔をして、
「…60の年寄りにくん付けはないじゃろうが…」
「…じゃあ…らーちゃん(はーと)」
「……………」
すばやく言い直したあたしの言葉に、とりあえずらーちゃんは沈黙する。
そこにすかさずあたしは手に収まっていた宝石を彼に放り投げ、
「これ本当の持ち主に返しといて」
「へ?」
言うと、らーちゃんは宝石を受け取り間抜けな返事を返す。
そして宝石を自分の目の前にかざすと、
「…本物じゃな…お前さんはこいつを盗みに来たんではなかったのか」
「…違うけど…」
「では…予告状までだして何を盗む気じゃ」
「…………………」
にこにこにこにこ…あたしは笑顔。
う〜ん…言ってしまおうか…でもすぐ
分かるだろうし…内緒にして驚かすのもおもひろそうだひなあ…どーしよっ
かなあ…
「なんだ、なんなんだ?お前の盗むものは!金か?宝石か?クリスタル象か
?」
にこにこにこにこ…ここの主人の言葉にあたしはただ笑い続ける。
おー、焦ってる焦ってる。
そんな感情などあたしには手に取るようにわかってしまう。
そしてひとしきり喋り捲った後、彼は
「ぜーはーぜーはー」
と荒い息を弾
ませる。
あたしは一つしかない開け放っている窓に後ろ向きで手すりに座り、両腕
を広げ彼に一言、答えてあげることにする。
「この屋敷ぜーんぶ……かな?」
『は?』
「んじゃまっ、そう言う事で…翔封界(レイ・ウィング)!」
唱えた呪文と一緒に体を倒しそのまま外に飛び出る。
すぐに魔法の影響…風系の呪文で空を飛ぶ魔法…で自分の体が浮かびあが
るのがわかった。
そのまま空を飛び少し屋敷から離れると、屋敷全体に閃光が走る。
あたしが屋敷のあちこちに仕掛けた、
発動爆破を同じ時間に合わせて設置
しまくった…ちなみに12ヶ所ぐらいかな…火炎球(ファイヤー・ボール)
によって──
『…かくして…我々の市民の味方、怪盗Dちゃんのおかげで一つの悪者…悪
徳金貸しの財産は屋敷もろとも吹き飛ばされたのだ!!』
『おおおおぉぉぉぉぉー!!!!』
あたしの後ろ先に見える…このあたりでは一番の待ち合わせスポットになっ
ている…噴水の周りで大きな歓声があがった。
いったい何人ぐらいが集まってるんだろ?
ちなみに宝石があった部屋に行く前に、偶然借用書も見っけたんで全部燃
やしといた。
ちょっと可哀相だとも思ったんだけどね…
ま、それは誰も知らないあたしだけの秘密。
「あっ、おっちゃん。そこのオレンジ20個ほど頂戴」
「あいよお」
果物屋のおっちゃんに少し小首をかしげ笑顔で言うあたし。
その動作に自
慢の黒色の長髪が揺れ動く。
…1個、2…あたしの言葉に一つ返事したおっちゃんは紙袋を一枚取り、
頼んだオレンジをひょいひょいと入れる
…19、20と…21…え?…22
?…
「あれ、おっちゃん。あたしは…」
「ミリィちゃんかわいいからね…」
…23個…
「…3個おまけだよ」
「わーい♪あんがと(はーと)」
よいしょっと…おっちゃんがよこすオレンジ入りの紙袋をしっかりと抱え。
『ほんと、Dちゃんってどんな子なのかな?可愛かったらいいなあ…』
『ばーか、お前みたいのが相手にされるわけないだろうが…』
『うるせい……ん、あれ………』
そんな声が向こうから聞こえてくるが…ま…とりあえず無視。
お金を払う。
「じゃあ、これ…」
「まいど。シスターにもよろしくな」
「OK」
お金を払った手でOの字を作ると、
「ほう…うまそうなオレンジじゃの。ワシにも一つくれんか…」
ぴきーん!
真後ろから聞こえた声で、そのままの状態に凍り付く。
「おっ、これはラウンディスの旦那じゃないっすか。こんな時間にどうした
んで…」
たらり…あたしの頬に一筋の汗。
「なあに…ちょいと知り合いに頼まれたもんでな、ほれそこの…屋敷に行っ
てきたところじゃよ…」
らーちゃんが後ろの方向へ軽く指を指し示し、その先をあたしは忍び目で
追う。
──これ本当の持ち主に返しといて──
昨夜のあたしの言葉が頭の中に浮かぶ…
あっ…約束守ってくれたんだ…
屋敷と一緒に吹き飛ばしちゃったてーのに……
まぁ…あそこの部屋だけは
被害が及ばないように計算して仕掛けたんだけど。
「ああ…もしかしてDちゃんが取戻してくれた、猫のなんとかって言う…」
<猫の目>
だよおっちゃん。
「うむ…」
らーちゃんは嬉しそうな顔をする。
「病気でなくなった母親の形見だったそうじゃ…戻ってきてとても喜んでおっ
たわい」
…そっか…喜んでたか…よかった…
「ところで……この娘さんはどなたかの?初めてお会いするが…」
ぴしいいぃぃっ!
だああぁぁー!しまった!つい逃げるの忘れてた!!
「ああー。この譲ちゃんですかい…」
果物屋のおっちゃんはにこにこと答える。
「…つい少し前からカルパチヤ教会で暮らすことになった子ですよ
nn…ほら…
ミリィちゃん。この人がラウンディスさんだよ。よくシスターから話しは聞
いてるだろ…」
うっ…おっちゃんふらないで…
「……………」
「どうしたい?」
一様、怪盗Dをやっている時は髪の色とか声質を魔法で変えているから、
普通の人にならばれはしないんだろうけど…
相手は凄腕の剣士、人の気配で
同一人物かどうかぐらいわかってしまうかもしれない……
…よ、よし…なせばなるだ…彼の方に勢いをつけて振り向くと、すぐに1
つ深々とお辞儀をする。
「…は、始めまして…あ、あたしミリィ=ディス=ファームと言います。こ
のたびは子供たちのために多額な援助金をありがとうございます!」
……よし、ごく自然な挨拶だ!
えらいぞあたし!!
「ほう教会の…」
「は、はひ…」
「…ふむ…子供たちは元気かえ」
「え、ええ…元気すぎて、いつもシスターを困らせたりしてます」
笑顔で答える…ちと固い笑顔だが…
「ほほほほほ…そうかえ、そうかえ…」
らーちゃんは嬉しそうにうなずく。
ほっ…
とりあえずばれてないようだ…けど…どうも彼の感情は取りづらい…
なん
か芝居しているように感じるんだけど。
シスターの話では彼は教会で育てている子供たちを自分の子、または孫の
ように思ってくれているそうだ。
あたしが教会に来てからはミリィとしてまだあったことは無かったんだけ
ど…怪盗Dとしては3ヶ月ほど前にあっている。
この国にやってきて、初仕事からいきなり彼と鉢合わせした。
その時から
の知り合いだ。
彼はこの国の城に使える老将軍。
先祖には結構有名な戦士を持つと聞くが
あまり興味がないんであたしは知らない。
…で、なんであたしが教会の子として暮らす事になったのかってーと。
そ
れはほんの2週間前。
あたしが街の中で3人組のにいちゃんたちにナンパさ
れていた時だ。
いつもなら、こんなナンパやろうなんか、軽くあしらえる自信はあった。
けどその時はちょっと油断してしまい…その中の1人が魔道士だった…魅力
系統の呪文をかけられた
…神経を刺激して体中をしびれさせるといった魔法
だ…
一生の不覚…
その魔法をかけられ、ほとんど体の自由が効かなくなったあ
たしは3人に体を触られ放題。
くそ…今思い出しても腹が立つ(怒)
そんなあたしを助けてくれたのがシスター。
しかもあたしが一人暮らしをしてると聞いたや否や、半ば強引に教会で一
緒に暮らすようにと連れてこられたのである。
いやー、あん時のシスターの強引なこと、強引なこと…え?シスターがど
うやってあたしを助けてくれたかって?
それはやっぱり女性の秘密って事で
…ね(はーと)
「へーい、彼女」
らーちゃんと果物屋のおっちゃんと別れて少ひ…十数歩ぐらいかな。
いき
なり身も蓋もない呼び方とともにあたしの歩く先に3人の同年代…とりあえ
ず見た目で…の男が立ち構えていた。
その顔は知った顔(努)
2週間前にあたしの体を触りまくった奴等…こいつは飛んで日にいるなん
とやらってか…ふふふふふふふ…
はっ!
ってちょっとまて!
そういやまだ後ろにらーちゃんがいるんじゃ…ちらり、後ろを見てみる。
いた。
らーちゃんは果物屋のおっちゃんと楽しそうに何やら話をしている。
ん、子どもが一人、彼に話してるぞ。
…いやそんな事を気にするより、ちょっとやばいってこれ…彼の前で本気
を出したら、いくらなんでも正体に気付いちゃうかも知れない…
…ど…どうひよう…
そんなあたしのためらいが、脅えていると勘違いをしたのか男どもは、に
やにやしながら言った。
「そんなに脅えなくてもいいんだぜ」
そして下卑た笑声をたて、なれなれしく片手であたしの肩を触る。
そんな彼からスケベなことばかりの考えが画像になってあたしの頭の中に
流れ込む。
…むかっ…すんごいむかつく。
らーちゃんがここにいなけりゃあ、あんたたちなんかあたしがねぇ、ずた
ずたの、ぼこぼこの、ぼろぼろの…えーっとそれから…うーんと…そう!
ばらばらにしてるんだから!!
うんっひゃっ!
その手があたしのお尻を触ってきた。
「ちょ、ちょっとどこ触ってるのよ!」
「いいじゃねぇか尻くらい…へへへ…」
…こ、こいつ…この間みたいにあたしの体を触りまくる気か…人が下手に
でてりゃずにのって…
「この間はいろんな所を触った仲なんだしよお」
それはあんたが体の自由を奪ったからでしょうが!男は静かにあたしの耳
元でささやく。
「今度はそれ以上の事をしてあげるぜ」
…ぷちっ…呪文詠唱…
「雷撃…」
…………ぼこっ!
魔法発生のために解き放つ最後の言葉は、お尻を触っていた男を後ろから
伸びて殴る剣の鞘によって頭の中にだけにとどまった。
殴られた男が叫ぶ。
「な、何しやがるっ!」
何?あたしは振り替える──そこには────わあお。
内心声を上げる。
年のころは22、3か…あたしと同じ黒色の長髪は乱れぬためにか細いな
めし皮で縛っている。
瞳はまたまたあたしと同じ緑のすんだ色。
顔は……はっきし言って超美形(ハート)背も高く彼の着込む鎧は軽装の
ブレストアーマー。
そして彼の左腕に光り輝くブルーメタリックの……あれ?…その腕輪…
…そういえば…この顔どことなく…
「…3年ぶりだな…ミリィ…」
その青年の最初の一言はあたしの名前。
…って………まさか…
「…テ…ティム…兄…?」
あたしの呼びかけにその人物は歯をむき出して笑った──